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仙台地方裁判所 平成20年(わ)707号 判決 2009年2月25日

主文

被告人を懲役3年に処する。

この裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,仙台市(以下略)に本店を置き,食肉,肉加工品類の販売等を目的とする株式会社Aの代表取締役として,同会社の業務全般を統括していたものであるが,同会社従業員Bらと共謀の上,

第1不正の目的をもって,別表1(別表は省略)記載のとおり,平成19年2月7日ころから同年6月20日ころまでの間,前記本店に所在する同会社事務所において,情を知らない同会社従業員Cをして,前後27回にわたり,同会社が仙台市教育委員会教育長と締結した学校給食物資売買契約に基づき同市(以下略)所在のD学校給食センター中学校ほか5か所に引き渡す商品である下味付き豚肉ロース切身合計8万6260個(重量合計約4173.6キログラム)につき,真実は,上記商品は外国産豚肉を加工した下味付き豚肉ロース切身であったのに,上記商品の取引に関する書類である製造(加工)証明書合計27通の各産地欄に,いずれも「宮城県米山町」と記載させてその原産地を誤認させるような表示をさせた上,同年2月8日ころから同年6月21日ころまでの間,前後27回にわたり,前記D学校給食センター中学校ほか5か所において,同会社配送従業員Eほか7名をして,同センター職員Fほか9名に対し,上記下味付き豚肉ロース切身合計8万6260個を上記表示をした製造(加工)証明書合計27通と共に引き渡させ,もって,不正競争を行った

第2外国産豚肉を加工した下味付き豚肉ロース切身を,国産豚肉を加工した下味付き豚肉ロース切身と偽って販売し,その代金名下に現金を騙し取ろうと計画し,「肉は国内産とする。」旨の規定がある仙台市食品規格に従って食品を納入することが要求されている前記学校給食物資売買契約締結に関する見積合せに参加し,仙台市教育委員会教育長をして,株式会社AをD学校給食センター中学校ほか5か所への食品納入業者として決定させた上,別表2(別表は省略)記載のとおり,同会社がD学校給食センター中学校ほか5か所に引き渡した下味付き豚肉ロース切身合計8万6260個(重量合計約4173.6キログラム)に関し,真実は,上記下味付き豚肉ロース切身は,いずれも外国産豚肉を加工したものであるのに,その情を秘し,前記学校給食物資売買契約に基づき国産豚肉を加工した下味付き豚肉ロース切身合計8万6260個を引き渡したかのように装い,同年3月19日ころから同年7月23日ころまでの間,前後5回にわたり,情を知らない同会社従業員Gをして,前記同会社事務所から,同市(以下略)所在の仙台市教育委員会総務企画部健康教育課に宛てて請求書16通を送付させて上記下味付き豚肉ロース切身合計8万6260個の販売代金合計437万2538円を請求させ,上記請求書16通を受領した上記学校給食物資売買契約書に基づく代金支払決定権者である仙台市教育委員会総務企画部健康教育課長Hほか1名をして,上記下味付き豚肉ロース切身合計8万6260個が国産豚肉を加工したものである旨誤信させ,よって,同年3月30日から同年7月31日までの間,前後5回にわたり,同人らから指示を受けた仙台市職員から,a区b町c丁目d番e号所在の株式会社I銀行J支店に開設した同会社名義の普通預金口座(口座番号省略)に,上記下味付き豚肉ロース切身合計8万6260個の代金として合計437万2538円の振込入金を受け,もって,人を欺いて財物を交付させた

ものである。

(証拠の標目)

省略

(法令の適用)

被告人の判示第1の所為は別表1記載の各番号毎に刑法60条,不正競争防止法21条2項1号,2条1項13号に,判示第2の所為は別表2記載の各番号毎に刑法60条,246条1項にそれぞれ該当するところ,判示第1の罪について所定刑中懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により刑及び犯情の最も重い判示第2の別表2記載番号5の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役3年に処し,情状により同法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

本件は,食肉,肉加工品類の販売等を目的とする株式会社A(以下「A社」という。)の代表取締役であった被告人が,外国産豚肉の加工品を国産豚肉の加工品であると偽って販売し,売買代金名下に現金を騙し取ろうと企て,同会社の従業員と共謀の上,製造(加工)証明書合計27通の各産地欄に国内である宮城県米山町産の表示をした上,6か所の学校給食センターに対し,合計8万6260個の外国産豚肉ロース切身の加工品を販売,納品し,その代金として仙台市教育委員会から合計437万2538円を交付させた不正競争防止法違反及び詐欺の事案である。

被告人は,学校給食センターが安定して利益を得られる大口の取引先であることから,継続的に契約を取りたいと考え,同センターに納入する肉は国内産でなければならないことを知っていながら,同センターが一丸となって,小中学校の児童,生徒に与える健康被害のおそれ等を考慮し,規格を国内産に限定して優良な学校給食の提供を目指していることを全く弁えず,私的な利潤の追求のみを考えて本件に及んだもので,欲得に基づく身勝手な犯行動機に酌量の余地は微塵もない。本件各犯行は,代表取締役である被告人を頂点に,営業部長,仕入課長,入札担当者,製造課長及び配送担当者らA社の幹部従業員数名が明示ないし黙示に意思を通じ合って役割分担をした上,組織的,常習的に敢行されている。欺罔の手口は,栄養士等の立会の下に行われる見積合せには,見本として国産肉を出品した上,事前に入念に検討した入札単価で入札し,落札に成功するや外国産豚肉を納品するという狡猾なものであり,全ての加工品の製造加工証明書に国内産である旨の虚偽表示をしていた点も大胆かつ巧妙で,納品先担当者から肉の品質について苦情を申し立てられたことを覚知しても,別の外国産肉に切り替えて納品するなどして巧妙に発覚を免れながら偽装を続けていた点も甚だ悪質である。本件犯罪事実だけでも,4か月間で27回にわたり,合計4000キログラム以上の豚肉を国産品と偽って納品し,430万円以上の現金を詐取しており,常習性は顕著で被害額も多額である。被告人は,豚肉以外の肉や学校給食センター以外への納品についても,外国産を国産と偽るなど,本件と同様の偽装行為に及び,多年にわたり本件と同種の行為を繰り返してきたもので,この種事犯に対する被告人の規範意識は極めて低いといわざるを得ない。本件が,小中学校関係者,児童生徒及びその保護者らに与えた不安は大きく,食の安全に対する意識が急速に高まっている今日,これに逆行して敢行されたことも軽視できない。

本件は,代表取締役として業務全般を統括していた被告人の指示の下に行われたものと認められ,主導者である被告人の刑事責任は誠に重い。ところが,この点について,被告人は,一連の偽装について積極的に指示したことはなく,従業員らが勝手に始めたことで,途中で気付いたが止めなかっただけであるとして,消極的な関与に止まるかのように主張している。しかし,平成13年ころからA社に勤務して製造部商品管理主査の役職に就いていたBは,「世間で牛肉のBSE問題が騒がれた平成13年の秋から冬ころ,当時の工場長が被告人に,精肉分野でBSE問題が明るみに出ているので,A社でも今後精肉部門の経営方針を見直し,学校給食関係も国内産の物と価格でやっていく旨提案し,被告人も了承した。しかし,国産品の物と価格で仙台市教育委員会に見積書を提出しても落札できなかったため,被告人が工場長に対し,国内産の肉では入札が取れないから外国産を使わないと駄目だねと指示していた。」などと,同会社の仕入課長として仕入れや在庫管理に関与していたKも,「他の従業員から,以前は学校入札の価格を社長も入れて決めていたが,その価格は外国産の価格を基に決めていたと教えられた。平成17年ころ,私とBさんとで学校の入札価格を相談していた時,国産品の値段を言ったところ,被告人が私たちに,国産ばかり使っていたのでは入札が取れないなどと言って,国産品の値段では落札できないから,外国産の肉を使って落札するように言ってきた。」などと,同会社の営業部長であったLは,「A社は,全ての営業方針が社長の一存で決定される会社であり,その決定に従業員が背いたり,意見を言うことができない会社であり,ほんの小さなことでも社長の了承なしでは進めることができない。今回のような偽装は私が入社する以前から続けられていたことであり,全て社長の指示命令や許可を受けないと仕事が行えないという体質から考えても,社長の指示を受けて,長年にわたって会社ぐるみで続けられてきたことだと言える。」などと,それぞれ供述しており,他の従業員らも一様に,被告人がいわゆるワンマン経営者で,A社の業務についてはどんな細かいことでも把握しており,従業員らは社長に逆らえず,皆被告人の顔色をうかがいながら仕事をする有様で,被告人の許可なく勝手なことなどできない状態だった旨述べている。これらの従業員らの供述は,それぞれ,不正に気付いていながら止めようとしなかったことなど自己に不利益な事実についても述べた上,時期や会話内容等について具体的に述べたもので,相互に概ね符合し,代表取締役である被告人の関与なくして従業員が勝手に会社の存続に関わるような違法行為に及ぶとは考えがたいことに照らしても,十分信用することができる。これに対し,被告人は,「A社の社長に就任した当初,加工場の見学や配送の手伝いをしたが,そのときには国産の肉を納めていた。ところが,平成15年に当時の工場長から,せめて学校給食センターには国産の冷凍物を納入するなどと言われ,いつの間にか外国産の物を納入していたと分かった。工場長の言葉を聞いて,その後A社では国産の冷凍肉を納入していたと思っていたが,平成17年ころ,A社の加工場で,学校給食センター用の食肉として,外国産の冷凍肉が加工されているのを見てしまった。少し驚いたが,入札をとるためにやむを得ずやっているのかと思い,特に注意しなかった。」などと供述している。しかし,被告人のこの供述は,被告人が会社の業務全般について詳細に把握し,従業員らが被告人の意向に反し勝手に行動することは許されない体制であったとか,被告人もその不正を知らないわけがない旨を従業員らが一致して述べていることと符合せず,代表取締役であるにもかかわらず,納入品を国産品に改めるか,それで落札できるか,その後実際に国産品を仕入れているかどうか,なぜ外国産を使用したままだったかという会社の存立に関わるような重要な事項を,全て社員まかせにして殆ど把握していなかったなどとする不自然不合理なもので,到底信用できない。したがって,信用できる上記従業員らの供述に照らし,被告人が,平成13年秋ころより以前から,学校給食用に外国産肉を納入していたことを知っており,その後一時国産品に改めようとしたものの落札できなかったことから,外国産肉を使用するよう指示したことが認められ,その後も被告人が指示して一連の偽装を行ったものと認められる。それにもかかわらず,被告人は,上記のように不自然な弁解をし,自己の関与の程度について曖昧な供述をして責任の軽減を図り,他の従業員らに責任を転嫁する姿勢が窺われ,自己の刑事責任を自覚して真摯に反省しているとは認めがたい。

そうすると,被告人の刑事責任は重く,厳しい非難に値し,より重い処罰をもって臨むことも考慮されるところである。

しかしながら,被告人については,被告人が本件各犯行を発案して敢行させたとまでは認められず,被告人が代表取締役に就任する以前から慣例的に行われていた疑いがあること,幸か不幸か,豚肉以外の肉や学校給食センター以外への偽装納品やJAS法違反等の事案については起訴されておらず,これらを処罰することができないこと,本件各犯行自体は認めて反省の弁を述べていること,本件を始めとする種々の食品偽装が発覚してA社の経営が行き詰まり,他の会社に営業を譲渡せざるを得なくなり,被告人も代表取締役の地位からの退任を余儀なくされていること,仙台市との間で,本件被害額全額を弁償することで示談が成立し,これを納付していること,前科前歴がなく,老齢の両親が被告人による介護を必要とする状態であることなどの事情も認められるので,これらの事情を斟酌して,主文掲記の刑を科した上,今回に限り,その刑の執行を猶予し,社会内で自力更生する機会を与えることとする。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑 懲役3年)

(裁判長裁判官 山内昭善 裁判官 小池健治 裁判官 佐藤彩香)

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