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仙台地方裁判所 平成20年(ワ)1248号 判決 2009年1月29日

主文

1  被告は,原告に対し,10万円及びこれに対する平成20年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを2分し,その1を被告の,その余を原告の各負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者が求めた裁判

1  請求の趣旨

(1)  被告は,原告に対し,20万円及びこれに対する平成20年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  訴訟費用は,被告の負担とする。

(3)  仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は,原告の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,原告が,被告に対し,a市長の行った公開請求不受理決定を違法と主張して,国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項に基づき,損害賠償として20万円及びこれに対する本訴状送達日の翌日である平成20年8月1日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

2  前提事実(証拠援用部分を除き,争いがない。)

(1)  原告は,宮城県a市内に住所を有する住民である。

(2)  原告は,平成20年1月28日,a市長に対し,a市情報公開条例(以下「本条例」という。本条例の規定内容は,別紙情報公開条例記載のとおりである。甲1)6条1項に基づき,別紙文書目録1記載の行政文書について公開請求を行った(なお,原告は,同月31日,公開請求の対象文書を同目録2記載の行政文書に訂正した。以下「本件公開請求」という。)。

(3)  a市長は,本件公開請求に対し,公開決定又は非公開決定をする期限である平成20年2月15日(同年1月31日の上記訂正から15日後。本条例7条1項)を経過した以降も公開決定等を行わず,同年3月3日,原告に対し,本件公開請求を不受理とした旨を通知し(以下「本件不受理通知」という。),本件公開請求書を返却した(以下「本件a市長の行為」という。)。

(4)  原告ほか2名は,a市長を被告として,当庁に対し,a市がa市b土地区画整理組合に対して賦課した開発負担金債権4588万6680円のうち2987万4810円の徴収を怠っていることが違法であることの確認を求める住民訴訟を起こしており,本件公開請求は別訴に関連してなされたものである。

3  争点

(1)  原告の主張

ア 本件a市長の行為の違法性

(ア) 本条例7条1項本文は,「実施機関は,前条の規定による公開請求書を受理したときは,受理した日から起算して15日以内に,公開請求に係る公文書を公開する旨又は公開しない旨の決定(以下「公開決定等」という。)をしなければならない。」と定めている。また,同条2項は,「実施機関は,公開決定等をしたときは,前条の公開請求書を提出したもの(以下「公開請求者」という。)に対し,速やかに当該決定の内容を書面により通知しなければならない。ただし,公開請求書の受理後直ちに公開する場合は,この限りでない。」と定めている。

(イ) 原告は,平成20年1月28日及び同月31日,本条例6条1項所定の事項を記載した公開請求書を公文書公開窓口であるa市総務課総務係に提出し,同窓口では同公開請求書を受け付けた。したがって,本件公開請求は上記日時にいずれも受理されている。

(ウ) したがって,本件公開請求の実施機関であるa市長は,本件公開請求に対し,公開決定等をしてその内容を原告に通知すべき職務上の義務がある。

(エ) しかるに,a市長は,本件公開請求に対し,公開決定等をすることなく,適法に提出された公開請求書を原告に返却した。不受理は,住民の公文書の公開を請求する権利を侵害する行為である以上,それが認められる要件は条例で定められていなければならないところ,本条例にはそのような定めは存在しない。

(オ) したがって,本件a市長の行為は,法令上の根拠を持たない行為であって,違法である。

(カ) 本件a市長の行為は,公権力の行使に当たる公務員がその職務を行うについて,故意又は過失によって行った違法な行為(以下「本件違法行為」という。)であるから,被告は,国賠法1条1項に基づき,原告の後記損害を賠償すべき責任を負う。

イ 原告の損害

(ア) 原告は,本件違法行為により,本条例に基づく公文書公開請求権を侵害され,必要な情報を相当期間内に取得することができず,a市政の問題点を是正する活動及び住民訴訟の遂行を妨害され,無形の損害及び精神的苦痛を被った。

これを金銭的に評価すると,10万円を下らない。

(イ) 原告は,本件違法行為によって侵害された本条例に基づく公文書公開請求権の回復を図るため,本訴の提起を余儀なくされ,弁護士に本訴の提起と追行を委任し,相当額の弁護士費用を負担した。その金額は10万円を下らない。

ウ よって,原告は,被告に対し,国賠法1条1項に基づき,損害賠償として20万円及びこれに対する本訴状送達日の翌日である平成20年8月1日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(2)  被告の主張

ア 権利濫用

(ア) 本件条例の条文上は,原則として,a市長は公開請求に対する開示決定等をしなければならないことになっているが,以下のように原告の公文書公開請求が権利の濫用に当たる場合には,a市長には開示決定等をする義務はないというべきである。

(イ) 情報公開請求が権利濫用となるのは,事務を混乱・停滞させることを目的とし,公開請求の本来の目的を著しく逸脱していることが一見明白である場合だけに限られるものではなく,その判断に際しては,公開請求の目的だけではなく,従前の公開請求の回数,当事者の態度,公開請求の必要性などを総合的に検討して判断されるべきである。

原告は,別訴に関連する公開請求を,別訴提起前に5回,別訴係属中に9回の合計14回にわたって行い,それに対し,被告はその都度公開決定等を行い,請求された文書のうちの一部については現に公開がなされていた。そして,本件公開請求が行われた平成20年1月には,別訴も双方の主張・書証が出そろう段階にまで至っており,既に原告が必要とする資料は出尽くしていたと考えられた上,被告は,従前の原告による度重なる公開請求により事務の遂行に多大な支障を生じていたことから,原告側に対し,文書をより特定して請求するべきこと及び受訴裁判所を通して請求すべきことを要請したにもかかわらず,原告はこれら要請を聞き入れることなく本件公開請求に固執した。以上の事実を総合すると,仮に本件請求が事務の混乱・停滞を目的とするものではないとしても,なお権利の濫用と評価できる。

(ウ) したがって,a市長には開示決定等をする義務はないから,本件a市長の行為は違法ではない。

イ 本件不受理通知の実質的意味

(ア) 本件条例には公開請求の回数等の量的な制限規定がなかったので,被告は,条例上の不開示とすることができないと考え,被告職員が精神的にも限界に達した末のやむを得ない対応として,本件不受理通知をした。

(イ) したがって,本件不受理通知は実質的に不開示決定と同じことであり,本件公開請求に対する公開決定等はなされていると言える。

ウ 損害について

上記アのとおり,別訴において原告が必要とする資料は本件公開請求に先立つ公開請求によって既に出尽くしていたから,本件a市長の行為によって,原告に無形の損害及び精神的苦痛が生ずる余地はない。

(3)  被告の主張に対する原告の反論

ア 公開請求が権利濫用とされるのは,当該請求が行政機関の事務を混乱,停滞させることを目的とし,公開請求の本来の目的を著しく逸脱していることが一見明白である場合に限られる。

イ 原告は,a市長を被告とする別訴を提起していたところ,その中でa市長がb土地区画整理組合により施工されたと主張する工事について,真に同組合が施工したものであるのか否かを確認する目的で本件公開請求を行ったものであり,不当な目的によるとは言えない。

ウ したがって,本件公開請求は権利の濫用には当たらない。

第3当裁判所の判断

1  被告の責任原因について

(1)  本件a市長の行為が本条例に違反するか否かについて

ア 原告は,平成20年1月28日,本条例6条に定める事項(請求者の氏名及び住所,公文書の件名・内容その他当該公文書を特定するために必要な事項等)を記載した書面(以下「本件公開請求書」という。)を,a市の公開窓口(本条例に基づく公文書の公開の請求の受付等を一元的に行うため,すべての実施機関にわたる総合窓口として置かれた総務部総務課の情報公開窓口のことをいう。以下同じ。情報公開事務取扱要綱(平成12年3月31日a市告示第50号)3条)に提出し,a市長に対する本件公開請求を行った。原告は,同月31日,本件公開請求の対象文書を,同目録2記載の行政文書(ただし,同目録2記載の1項本文には,「以下①~⑬までの関係する一切の書類を請求します。」との文言が付加されていた。)に訂正する旨の書面(以下「本件訂正書面」という。)を公開窓口に提出した。公開窓口の職員は,本件公開請求書及び本件訂正書面をその場で受け付けた。(前記前提事実,甲2ないし4,弁論の全趣旨)。

イ 本条例7条によれば,公開請求に対する実施機関であるa市長は,6条の規定による公開請求書を受理したときは,受理した日から起算して15日以内に公開決定等をしなければならず,公開決定等をしたときは,公開請求者に対し,速やかに当該決定の内容を書面により通知しなければならない(ただし,公開請求書の受理後直ちに公開する場合は,この限りでない。)と定められている。本条例7条1項本文の定める「公開請求書を受理したとき」とは,公開窓口において公開請求書(形式的要件を具備した公開請求書)を受け付けたときをいうと解すべきであり,したがって,本件公開請求書及び本件訂正書面はいずれもa市長によって受理されたものというべきである。

ウ 本条例上,一旦受理された公開請求について,これを不受理とする(これは,受理を取り消して公開請求書を返却し,公開請求がなされた事実自体を消滅させることを意味する。)ことができる旨の条項は存在せず,不受理とする取扱は許されていないと解するほかない。実質的に見ても,不受理は,実施機関が公開請求者に対して公開決定等の意思表示をすることを拒絶するもの(公開請求がなされた事実自体が消滅するのであるから,これに対応する意思表示がなされる余地はない。)にほかならず,公開請求者としては,不服申立の機会が奪われるという意味において,極めて大きな不利益を被ることになる(不開示決定に対しては,公開請求者は不服申立てをすることができる(本条例14条1項)が,不受理の場合は,公開請求がなされた事実自体が消滅するのであるから,不服申立てを観念する余地がない。)。

したがって,本条例上,いかなる場合であっても,実施機関が,一旦受理された公開請求を不受理とする途は許容されていないと解するのが相当である(一旦受理された公開請求に形式的な不備が発見された場合には,公開請求者に対し,補正を求めることができるのみである(本条例6条2項)。請求者がこの補正に応じない場合には,形式的な要件を欠く公開請求として不開示決定をなせば足りる。)。

エ 被告は,本件不受理通知は実質的に不開示決定と同じことであると主張するが,不受理と不開示決定の上記のような法形式及び公開請求者に与える効果の相違に照らせば,本件不受理通知を安易に不開示決定と同視することは許されない(少なくとも,実施機関において,本件不受理通知は不開示決定と同じであるから,公開決定等はなされているというような弁解をすることは許されない)というべきである。

オ 以上のとおり,本件不受理通知を前提とする本件a市長の行為は,本条例上許容されていない公開請求者に不利益を及ぼす措置を実行したものであって,その余の点を判断するまでもなく,本条例に違反するといわざるを得ない。

カ 被告は,原告の本件公開請求は権利の濫用に当たるから,a市長には開示決定等をする義務はなく,本件a市長の行為は本条例に違反しないと主張する。

しかし,仮に,原告の本件公開請求が権利の濫用に当たるというならば,実体的な公開請求権を欠く公開請求として不開示決定をなせば足りる。公開請求者に対し不服申立ての途を閉ざすこととなる不受理の措置をとることは許されないというべきである。実施機関が公開請求を一旦受理した以上,実施機関は,いかなる場合であってもこの請求に対して開示をするのかしないのかの意思表示(開示決定等)をする義務はあるというべきであって,その義務の履行を拒絶したに等しい本件a市長の行為は本条例に違反するとの評価を免れない。したがって,被告の権利濫用の主張は,主張自体失当といわざるを得ない。

キ なお,付言するに,被告の主張事実を前提としても,本件公開請求が権利濫用に該当するとは認め難い。その理由は以下のとおりである。

(ア) 本条例7条1項は,公開決定等について,原則として,公開請求書を受理した日から15日以内に行わなければならない旨を定め,同条4項は,やむを得ない理由により期間内に公開決定等をすることができない場合には,公開請求書を受理した日から45日を限度としてその期間を延長することができる旨を定め,さらに,本条例8条は,公開請求に係る公文書の量が著しく大量であるために45日以内にすべてについて公開決定等をすることにより事務の遂行に支障が生じるおそれがある場合には,相当の期間を定めて公開決定等をすることができる旨を規定する。したがって,本件公開請求に係る公文書の量が著しく大量であるため、本件公開請求があった日から起算して45日以内に、そのすべてについて公開決定等をすることにより事務の遂行に支障が生じるおそれがある場合には、上記規定を適用し,相当の期間を定めて公開決定等をすれば足りる。被告の主張事実を前提としても,上記規定の適用すら考えられない程度の事情が被告に存在したとは認め難い。

(イ) 被告の主張するその余の事情は,いずれも本件公開請求が権利濫用であることを裏付けるに足りるものとは言えない。

(2)  本件a市長の行為が国賠法上の違法性を備えるか否かについて

ア 本条例1条は,a市民の公文書の公開を請求する権利を保障するとともに、公文書の公開に関し必要な事項を定めるとし,本条例7条ないし12条によれば,本条例7条に基づく公開請求があった場合,公開請求にかかる公文書を保有する実施機関は同条の規定に従い,一定の期間内に公開請求に係る公文書の全部又は一部について公開決定等をしなければならないものと規定されているから,公開請求者には,原則として本条例7条所定の期限内にその公開請求に対する公開決定等を受ける権利が与えられているというべきである。そして,本条例は,同条例1条に掲げた、a市が市政について説明する責務を全うするという目的を達成するため,本条例5条で市内に住所を有する者等は公文書の公開を請求できるとしているのであるから,原告が適切な時期に公開決定等を受けることのできる権利を有していることが明らかである。

イ しかし,その一方で,本条例は,「市民の市政に対する理解と信頼を深め、もって市民参加による公正で民主的な市政の発展に寄与すること」を公文書公開制度の目的としているのであって(本条例1条),これによれば,公開決定等の期限の定めは,上記のような公文書公開制度の究極の目的である適正な市政運用の監視,確保というa市民全体の一般的利益の実現に資するための目的的な規制であり,上記公開請求者の権利もそのような目的的な規制と表裏の関係にあると解するのが相当である。そうすると,公開請求に対する公開決定等が適切な時期になされないという遅延が発生したといって直ちに国賠法上保護に値する権利の侵害があったと評価するのは妥当ではなく,公開決定等の遅延の程度が公文書公開制度の上記目的の実現を阻害する程度に著しいものであるため,社会通念上一般人において受忍すべき限度を超えていると評価できる場合に,初めて国賠法上保護に値する権利の侵害があった(国賠法上の違法があった)と評価するのが相当である。そして,受忍限度を超えたか否かの判断に際しては,本条例8条が「事務の遂行に支障が生じるおそれがある場合には、前条の規定にかかわらず、相当の期間を定めて公開決定等をすることができる。」と規定することによって,公開請求の処理のみならず,他の市政事務の遂行にも配慮している趣旨からすれば,遅延期間の長短のみならず,公開請求のなされた文書の量,性質,担当する人員数,他の市政事務等の市政側の事情も考慮しなければならないと解するのが相当である。

ウ もっとも,本件においては,上記(1)のとおり,実施機関であるa市長は,本条例7条4項及び8条の規定を適用することなく,本条例に違反することが明らかな本件不受理通知を行い,公開請求者である原告に対して不服申立ての途を閉ざしてしまうという不利益措置を実行したものであるから,上記イの判断基準に照らしても,本件a市長の行為は原告の受忍限度を超えているといわざるを得ない。

そして,上記(1)の事情に照らし,本件a市長の行為は,公権力の行使に当たる公務員がその職務を行うについて,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然とこれを実行したと認めるのが相当である(本件a市長の行為が顧問弁護士の助言に従って行われたものであるとしても,上記認定・判断を覆すには足りない。)から,国賠法上も違法な行為(本件違法行為)に当たるというべきである。

したがって,被告は,国賠法1条1項に基づき,原告の後記損害を賠償すべき責任を負うというべきである。

2  原告の損害について

(1)  上記1において説示した本件a市長の行為の違法性の程度及びこれによる原告の被った不利益の程度に照らすと,原告は,本件違法行為により,相当程度の精神的苦痛を被ったものと推認されるところ,これに対する慰謝料の額は5万円と認めるが相当である。

(2)  原告は,本件違法行為によって侵害された本条例に基づく公文書公開請求権の回復を図るため,本訴の提起を余儀なくされ,弁護士に本訴の提起と追行を委任し,相当額の弁護士費用を負担したことが認められるところ(弁論の全趣旨),そのうち本件違法行為と相当因果関係が認められる金額は,5万円と認めるのが相当である。

(3)  被告は,別訴において原告が必要とする資料は本件公開請求に先立つ公開請求によって既に出尽くしていたから,本件違法行為によって,原告に無形の損害及び精神的苦痛が生ずる余地はないと主張する。

しかし,上記1のとおり,本条例に基づいて原告が有する公文書公開請求権は,市民が市政に対する理解と信頼を深める目的で行使されれば足り,それ以外に特段の必要性は不要というべきであるから,別訴の追行のための必要性が消滅したというだけで原告に損害が発生していないということはできない。したがって,被告の上記主張は採用の限りではない。

(4)  したがって,原告の被告に対する本訴請求は,国賠法1条1項に基づき,損害賠償として10万円及びこれに対する本訴状送達日の翌日である平成20年8月1日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容すべきであるが,その余の請求は理由がないからこれを棄却すべきである。

3  よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 潮見直之)

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