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仙台地方裁判所 平成20年(ワ)1345号 判決 2013年1月17日

主文

1  被告は,原告に対し,440万円及びこれに対する平成15年8月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを100分し,その4を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告に対し,1億0468万2876円及びこれに対する平成15年8月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要等

1  本件は,被告の開設するa病院(以下「被告病院」という。)において,左側未破裂脳動脈瘤(以下「左側脳動脈瘤」という。)に引き続き右側未破裂脳動脈瘤(以下「右側脳動脈瘤」という。)の経動脈的コイル塞栓術(以下,経動脈的コイル塞栓術一般を「コイル塞栓術」といい,原告の右側脳動脈瘤に対するコイル塞栓術を「本件手術」という。)を受けた原告が,本件手術の結果,左上下肢機能障害等の後遺障害を負ったのは,被告の過失(①手術適応に関する注意義務違反,②手術の手技上の注意義務違反,③手術間隔の設定に関する注意義務違反,④術後の経過観察に関する注意義務違反,⑤説明義務違反)によるものであると主張して,被告に対し,債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき,損害額合計1億0468万2876円及びこれに対する本件手術の日である平成15年8月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

2  前提事実(争いがない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨から容易に認定できる事実―争いがない事実及び当事者が争うことを明らかにしない事実については特に根拠を明記しない。)

(1)  当事者等

原告は,昭和25年8月2日生の女性で,本件手術当時,アメリカ合衆国に居住し,b航空に勤務していた者である(甲C4,弁論の全趣旨)。

被告は,被告病院の設置,管理を行う国立大学法人である。

(2)  本件の事実経過

ア 原告は,平成15年2月22日に,アメリカ合衆国(以下「米国」という。)において,交通事故に遭遇し,CT及びMRI検査を受けたところ,脳に未破裂脳動脈瘤(以下,単に「脳動脈瘤」ということがある。)が発見され,同年5月2日に実施されたc大学病院における検査の結果,左右に1つずつ脳動脈瘤があることが確認された。

イ 原告は,平成15年7月9日,被告病院の外来を受診し,同年8月15日に被告病院に入院した後,同月17日には,主治医であるd医師(以下「被告主治医」という。)から手術の概要について説明を受け,その説明を理解した旨記載された承諾書に署名押印した(乙A1・149頁,弁論の全趣旨)。

ウ 原告は,被告病院において,平成15年8月18日に,左側脳動脈瘤のコイル塞栓術を受け,無事終了後,同月22日午後1時30分から午後4時50分まで右側脳動脈瘤のコイル塞栓術(本件手術)を受けたが,本件手術後の同日午後8時,原告に嘔吐,眼球運動不可,左上下肢不動等の症状が見られたため,直ちにCT検査を実施した結果,撮影された画像から,看過できない血腫の増大(脳内出血)が確認されたため,同日午後10時4分に原告に対する開頭手術が実施された。

エ その後,原告は,被告病院において治療及びリハビリを受け,平成15年12月24日に被告病院を退院した。

(3)  本件手術後における原告の状態

原告は,平成16年4月1日に身体障害者手帳の交付を受けた後,平成19年10月1日に脳梗塞による左上肢機能障害(2級)及び左下肢機能障害(4級)を内容とする身体障害者手帳の再交付を受けている(甲C1,弁論の全趣旨)。

3  争点及び争点に関する当事者の主張

本件における争点及び争点に関する当事者の主張は,後記第3で特に摘示するもののほかは別紙争点整理表記載のとおりである。

第3当裁判所の判断

1  手術適応に関する注意義務違反(手術適応のない脳動脈瘤に対して本件手術を実施した過失)の有無(争点1)

(1)  前提となる医学的知見

後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の医学的知見が認められる。

ア 日本脳ドック学会作成に係る「脳ドックのガイドライン」(2003年版)によって認められる医学的知見(乙B9)

(ア) 無症候性未破裂脳動脈瘤では,最大径が5mm前後より大きく,年齢がほぼ70歳以下で,その他の条件が治療を妨げない場合には手術的治療が勧められるとされているが,3mmないし4mmの病変の場合には,脳動脈瘤の大きさ,形,部位,手術のリスク,患者の平均余命などを考慮して個別的に判断するものとされている。

(イ) 無症候性未破裂脳動脈瘤の破裂リスクは全体でおよそ1%と推定されており,日本未破裂脳動脈瘤悉皆調査(UCAS JAPAN,日本脳神経外科学会)の中間発表においても,全体としての破裂率は年間0.7%,5mm以上の病変では年間1.1%(0.8%から1.8%までの平均値)であると報告されている。

(ウ) 未破裂脳動脈瘤が破裂すれば,平成15年当時でも,くも膜下出血患者の約50%以上は死亡するか,高度の後遺症に陥る。他方,予防的な手術的治療による危険が5%内外とされているため,平均余命が10年以上の患者を対象に手術的治療を考慮することは妥当であるとされている。

イ 多発性脳動脈瘤(脳動脈瘤が左右の脳に存在するなど複数認められるもの)については単発性のものよりも増大速度の速いものが多いとの指摘もあり,多発性であることが脳動脈瘤破裂の危険因子としても指摘されている(甲B3,乙B6)。

ウ 脳動脈瘤の大きさが5mm以下の場合,その破裂率は年0.5%を下回るため,手術実施には相当のインフォームド・コンセントが必要であるとの指摘もあり,この場合には手術などの処置を行わず経過観察するという方針をとることに賛同する医療施設が87%に上るという調査結果もある(甲B4の1・2,乙B6)。

(2)  認定事実

前記前提事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 平成15年5月の時点で原告に認められた脳動脈瘤は,左右に一つずつ存在する多発性のものである(前記前提事実(2)ア)。

イ 原告の右側脳動脈瘤の大きさは,本件手術前の同年8月18日の検査結果によれば,正面からの測定結果が6.2mm×4.4mm,側面からの測定結果が4.3mm×4.9mmというものであった(乙A1・20頁,乙A2の4及び5,証人d29頁ないし31頁)。

ウ 原告は,本件手術当時53歳であった(前記前提事実(1))。

(3)  上記(1),(2)の認定事実等に基づく検討

原告の右側脳動脈瘤は,最大径が6.2mmである(上記(2)イ)から,5mm以上ということができ,手術当時の年齢も70歳以下である(同ウ)から,他に治療を妨げる特段の事情がない限り,手術的治療が勧められるものであったといえる(上記(1)ア(ア))。加えて,原告の右側脳動脈瘤は,多発性のものであるため,その増大の速度や破裂リスクが比較的高いと考えられるものであったこと(上記(2)ア,(1)イ)や,上記調査結果において,多数の医療施設が経過観察とすることに賛同したとされる脳動脈瘤の大きさは,5mm以下のものにとどまること(同ウ)を併せ考慮すると,右側脳動脈瘤につき手術適応があるとした被告主治医の判断は,当時の医療水準に照らして不合理とはいえない。

これに対し,原告は,右側脳動脈瘤の最大径6.2mmは頸部(脳動脈瘤が本体の動脈と接合している部分)に係るものであるから,実際には5mm以上の大きさを有しているとはいえず,本件手術は手術適応を欠く旨主張するが,上記ガイドラインを含め,脳動脈瘤の大きさを測定するに当たって,頸部を考慮しないとする文献はなく,原告の上記主張を裏付ける証拠はないから,原告の上記主張は採用できず,他に上記認定を左右するに足りる事実及び証拠はない。

したがって,手術適応に関する注意義務違反(過失)は認められない。

2  手術の手技上の注意義務違反(本件手術中に危険が予測された時点で,手術を中止すべきであったにもかかわらず,コイルの充を優先させた過失)の有無(争点2)

(1)  認定事実

前記前提事実のほか,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 本件手術においては,被告主治医が5本目のコイルを挿入しようとしたところで同コイルが瘤内から逸脱した(乙A2の26,証人d34頁,35頁)。

イ 原告の右側脳動脈瘤の下側部分については,その造影状況からコイルの充塡が十分でないと認められたため,被告主治医は,バルーンを用いて同コイルを瘤内に戻そうと試みたが,同コイルが瘤内に戻らなかった(乙A2の26,証人d14頁,15頁,35頁)。

ウ 被告主治医は,上記イの後,続けて6本目のコイルの挿入を行おうとしたところ,中大脳動脈の枝が閉塞していること(脳梗塞)を確認したため,閉塞部にウロキナーゼ(血栓のもととなっている繊維素を溶かす薬剤)を注入するなどした結果,最終的に閉塞していた中大脳動脈の枝が一部再開通した(乙A1・21頁,乙A2の26ないし37,証人d15頁,16頁,36頁ないし40頁)。

エ 被告主治医は,上記ウの時点で,これ以上処置を継続すれば,カテーテル等によって血管を穿孔する可能性があることや,既にウロキナーゼの予定使用量を全量使用したこと,その時点で特段,原告に異常を示す臨床症状がなかったことなどを併せ考慮して,本件手術を終了した(証人d15頁,16頁,40頁)。

(2)  上記(1)の認定事実に基づく検討

上記(1)の事実経過の下で,原告は,5本目のコイルが逸脱した時点で手術を中止すべきであった旨主張するので検討するに,一般に,本件手術当時,コイルが逸脱した場合に直ちに手術を中止すべきとする医学的知見は認められず,本件全証拠によっても,コイルが逸脱した場合の処置について記載した医学文献はなく,コイル逸脱の結果,血管に梗塞が生じた場合に,直ちにコイル塞栓術を中止すべきとする医学文献もない。そうすると,コイルの逸脱があった場合であっても,医師としては,塞栓や出血等の事態が生じたときにこれらに対応した処置を行う必要があるにとどまり,コイルの逸脱や塞栓が生じたことから直ちに手術を中止することを義務付けられるものではなく,コイルの逸脱に伴う塞栓等が生じた場合に,引き続きコイルの充塡を試みるとともに血管閉塞の再開通を試みるか,手術を中止するかの判断は,手術を担当する医師の合理的な裁量に委ねられていると解するのが相当である。

これを本件について見ると,被告主治医は,5本目のコイルの逸脱後,中大脳動脈に血栓が生じたことに対応し,血栓に対する処置としてウロキナーゼを注入し,血栓が一定程度解消されて動脈が一部再開通したことを確認するとともに,その時点で,原告に特段異常を示す臨床症状がなかったことから,本件手術を中止したものであって(上記(1)アないしエ),その当時の判断に特に不合理な点があったということはできず,他に同認定を覆すに足りる事実及び証拠はない。

したがって,手術の手技上の注意義務違反(過失)は認められない。

3  手術間隔の設定に関する注意義務違反(左側脳動脈瘤に対する手術のわずか4日後に右側脳動脈瘤に対する本件手術を実施した過失)の有無(争点3)

原告は,本件手術当時,原告が抗血液凝固剤であるヘパリンの影響下にあった以上,本件手術の合併症である血管損傷等により出血が生じれば血腫の増大等により予後が悪化することは明らかであるとして,本件手術については,左側脳動脈瘤に対する手術終了後4日以上の間隔を空けるべきであった旨主張する。そこで,検討するに証拠(甲A3の1及び2,乙A1・234頁)及び弁論の全趣旨によれば,①本件手術においては,手術開始後の午後2時15分頃から午後4時15分頃まで1時間ごとに抗血液凝固剤であるヘパリンが持続投与されていたこと,②被告主治医が,原告が米国在住中に受診したc大学病院医師への書簡の中で,中三日の間隔で左右側脳動脈瘤の手術をしたことが原告の出血拡大を招いた疑いがある旨記載していることが認められる。

しかしながら,本件全証拠によっても,上記②の記載について,格別の医学的な根拠が存したとは認められず,多発性の脳動脈瘤に対する手術において,その手術間隔を4日以上空けなければならないとする医学的知見も認められない上,証拠(証人d23頁ないし26頁)及び弁論の全趣旨によれば,医療の実務において,複数の脳動脈瘤について,手術の間隔を空ける例が多いとしても,その理由は,医師の集中力保持の見地等によるものであって,医学的に禁忌とされているわけではなく,被告主治医自身,同一の日に,同一の患者に対し,複数の脳動脈瘤の手術を実施したことがあることや,ヘパリンの投与下において実施する他の手術(人工心肺を用いた心臓の手術や大動脈乖離の手術など)では,再手術を翌日や翌々日に実施することもあることが認められ,これらの事実等に照らせば,被告主治医において,原告の右側脳動脈瘤に対する手術を左側脳動脈瘤の手術終了後4日以上の間隔を空けずに実施したことについて,注意義務違反があったということはできないから,原告の上記主張は採用できず,他に同認定を左右するに足りる事実及び証拠はない。

したがって,手術間隔の設定に関する注意義務違反(過失)は認められない。

4  術後の経過観察に関する注意義務違反(本件手術後のCT検査による画像において,出血が認められたにもかかわらず,血腫増大防止措置を採らなかった過失)の有無(争点4)

(1)  前提となる医学的知見

後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の医学的知見が認められる。

ア 脳動脈瘤に対する血管内治療においては,平成15年当時,手術終了後から24時間ないし48時間の間は,術後の塞栓症の合併症である脳梗塞を防ぐためにヘパリンを持続投与することとされていた(証人d19頁,証人e15頁,16頁,弁論の全趣旨)。

イ ヘパリンの半減期は約1.5時間とされており,その薬効は,投与後2,3時間は持続し,最大でも6時間経過すると消失するとされている(甲B6,証人d50頁,証人e16頁,17頁,弁論の全趣旨)。

ウ 手術後に脳動脈瘤の破裂に伴う脳内出血ないしくも膜下出血が認められた場合には,破裂による致命的な事態を避けるために,ヘパリンは中和することとされている。他方,脳梗塞が認められた場合には,ヘパリンを中和すると再び血栓が詰まり,新たな脳梗塞が生ずるなど,脳梗塞が悪化するとされている(以上につき,証人d19頁ないし22頁,弁論の全趣旨)。

エ 臨床症状のみでは脳梗塞と脳内出血との鑑別をすることは困難であり(脳内出血ないしくも膜下出血の場合には症状として麻痺がないことが多いが,手足が麻痺したりすることもあるとされている。),CT検査やMRI検査を実施するのが通常とされている(甲B7,乙B12)。

オ 脳内出血については,CT検査による血腫の確認が診断のポイントとされており,発症後,早期に行ったCT検査により撮影された画像において高吸収域が存在しなければ,脳内出血は完全に否定できる。他方,上記CT検査による画像において発症急性期に高吸収域を認めた場合には脳内出血の診断に迷うことはないが,慢性期や非定形的な出血で他の疾患との鑑別が付かない場合には,更に造影CT検査やMRI検査を行うこととされている(以上につき,甲B7)。

(2)  認定事実

前記前提事実のほか,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,原告の本件手術の助手及び術後の経過観察を担当したe医師(当時,大学医学部卒業から3年余の医師として,i 大学院に在席し,被告主治医の下で臨床経験を積んでいた(乙A10,証人e18頁,19頁)。以下,同医師を「被告担当医」という。)は,被告主治医と電話による連絡を取り合いながら,以下のとおり,原告の経過観察を行ったことが認められる。

ア 本件手術終了後の平成15年8月22日午後5時21分に原告の右脳大動脈及びその周辺について,CT検査による画像を撮影し,その結果,同画像上,原告の前頭葉弁蓋部の皮質下付近に直径2cm程度の出血と思われる高吸収域が認められるほか,右半球外側の脳溝に沿ってくも膜下出血と思われる高吸収域が認められたため,ヘパリンの持続投与(なお,原告に対するヘパリンの最終投与時刻は,同日午後4時15分頃である。)を中止した上で,CT検査による画像診断では,MRI検査による場合と異なり,造影剤も出血と同様に高吸収域として映し出されてしまうことから,同日午後5時38分にMRI検査による画像を撮影した(乙A1・56頁,234頁,同A4の3,証人d18頁ないし22頁,証人e9頁,16頁,26頁)。

イ 上記MRI検査の結果,画像上,右前頭葉弁蓋部に血腫が見られるものの,通常は自然に吸収される程度と見られ(乙A1・58頁,同A4の4及び5,同A10,証人e45頁,46頁),右半球の深部白質に淡い高信号があるようにも見えるが断定はできないという程度であったため,中大脳動脈に生じた閉塞を一部再開通させたことに伴う出血性脳梗塞,又は本件手術時のガイドワイヤーとマイクロカテーテルの操作に伴う血管穿孔による脳内出血(右前頭葉皮質下出血)若しくはくも膜下出血の両方の可能性があると考えたが,もともと原告には,前記2(1)で見たように,コイル逸脱に伴う脳梗塞が先行して生じていたことから,脳梗塞の進行を防止するため,ヘパリンの中和まではせず,上記アのヘパリンの持続投与の中止にとどめた(乙A1・3頁,21頁,58頁,同A8,証人d18頁ないし22頁,証人e12頁,38頁,39頁,46頁)。

ウ 以上の経緯の下で,原告については,同日午後5時30分に,左手の挙上不能,残渣様の嘔吐,左半身麻痺等の症状が見られたほか,同日午後7時の時点においても,質問への回答不能,発語なしといった症状が見られたところ,被告担当医は,これらの症状の原因として,脳梗塞と脳内出血の両方が考えられるが,原告の上記症状が麻痺としてはごく軽く,入眠傾向との区別も困難な程度と見られたことなどから,被告主治医の指示を仰いだ上,脳内出血の可能性に対する対応としては経過を観察することとし,脳梗塞の可能性に対する対応としては,同日午後7時ころにリンデロン(脳を含む体全体のむくみを減らす効果のあるステロイド剤で,平成15年当時は脳梗塞に対しても投与することがあった薬剤)を投与することとして,引き続き経過観察をした(以上につき,乙A1・233頁ないし235頁,証人e31頁,32頁,46頁,47頁)。

エ その後,同日午後8時,原告について,嘔吐とともに,意識レベルの低下,右への共同偏視,左顔面等の麻痺症状の進行が見られるなど,状態が急変したものと認められたため,同日午後8時6分頃,CT検査による画像診断が実施され,その結果,画像上,脳内出血の進行が確認されたことから,直ちに緊急開頭手術が実施された(乙A1・3頁,38頁,同A4の7,証人e17頁)。

オ 被告病院においては,同日午後5時39分以降,午後8時の原告の急変までの間に,原告に明らかな急変を認めなかったため,CT検査やMRI検査を実施しなかった。また,この間,被告担当医が2回ほど原告の病室を回診し,看護師も同日午後6時及び午後7時に原告の病室を訪問して,麻痺の有無や状態等を確認,検査したが,それ以上に被告担当医又は看護師が原告の症状の確認及び検査をしてはいない(以上につき,乙A1・233頁ないし235頁,証人e41頁,弁論の全趣旨。なお,被告は,被告担当医が原告の病室を頻繁に訪問して観察した旨主張し,証人eの証言及び同人からの供述を録取したという代理人作成の報告書(乙A10)の記載には,これに沿う部分があるが,同供述部分は,病室内での観察と病室付近の室内での待機の区別等の点で曖昧不明確で,直接頻繁に原告の病室を訪問したという点については,客観的な裏付けもなく,証人fの供述に照らして採用することができない。)。

(3)  上記(1),(2)の認定事実等に基づく検討

原告は,本件手術後も,嘔吐や麻痺等の症状が継続していたことなどから,被告主治医ないし被告担当医において,術後の経過観察を適切に行い,血腫増大防止措置を採るべき注意義務に違反したものである旨主張するので,検討するに,まず,本件手術後の原告に対するヘパリンの投与に関する措置について見ると,被告主治医ないし被告担当医としては,本件手術を終了した後間もない平成15年8月22日午後5時21分の時点におけるCT検査による画像及び午後5時38分の時点におけるMRI検査による画像からは脳内出血か脳梗塞かの判断が付かなかったことから,ヘパリンの持続投与を中止して経過観察をすることとしたものであり(上記(2)ア,イ),その当時の原告の症状である麻痺等の程度から見て,その原因が脳梗塞か脳内出血かの判別は困難なものであった(同ウ,上記(1)エ)上,同時点において,原告には,コイル逸脱に伴う脳梗塞が先行して生じていたこと(前記2(1)),コイル塞栓術中におけるへパリン投与の指標とされるACT(activated coagulation time・活性化全血凝固時間)の数値もヘパリン投与による効果が顕著な同日午後5時の時点で323(秒)であったのが,その後午後6時に195(秒),午後7時には152(秒)と若干高めながら正常値に戻りつつあったこと(乙A1・234,235頁,同A8・6頁,証人d45頁,証人e33頁,34頁)などに照らすと,本件手術を終了した時点において,被告主治医及び被告担当医が,ヘパリンの中和まではせず,ヘパリンの持続投与を中止して経過観察をすることとした判断が,当時の医療水準に照らして不合理であったということはできない。

もっとも,一般に,術後に実施したCTないしMRI検査の結果,脳内出血か脳梗塞かの鑑別ができなかった場合に,更にいずれの疾患によるものかの鑑別診断に努めることは,各疾患の患者の生命,健康に対する影響が重大であることに加え,その鑑別が臨床症状のみでは困難である一方,各疾患の治療方法の内容が血管に与える影響という点から見て全く異なることからすると,極めて重要なことということができる。

しかしながら,本件手術当時の医療水準上,どの程度の間隔でCTないしMRI検査を再度実施すべきであるかについては,CT検査の際の放射線照射に伴う被ばくの可能性やMRI検査中に患者が単独で検査室に相当時間拘束されることを考慮して,症状に明らかな急変があった場合を除いては実施しないとする証人eの証言(証人e28頁,41頁)のほかに,この点に関する医学的知見を明らかにした文献等がないことに加え,本件において,本件手術後間もない同日午後5時21分頃の時点のCT検査による画像が,明らかに脳内出血と判断できるものではなく,造影剤によるものとの判別も困難なもので,MRI検査による画像上も,血腫が見られるものの,通常は自然に吸収される程度と見られたこと(上記(2)ア,イ),原告の意識の状態や麻痺に関する症状について,MRI検査による撮影が実施された同日午後5時38分から午後8時までの間に明らかな急変は認められず(同ウ,エ),同日午後8時に急激に血腫が増大したと考えられる原因としては,同時刻の嘔吐に伴う血圧上昇によるもの,あるいは詰まっていた血栓が溶けて脳梗塞巣の中に一気に出血したことによるものとの説明も可能であること(証人e17頁)に照らすと,被告主治医及び被告担当医が,原告について,同日午後5時38分から午後8時までの間にCTないしMRI検査を再度実施しなかったことが,医学的に見て根拠を欠く不合理なものということはできない。

そうであれば,被告病院において,本件手術後,原告に対し,ヘパリンの持続投与を中止したが,中和まではしなかったことや,同日5時38分から午後8時までの間にCTないしMRI検査を再度実施しなかったことが,医療水準に照らして裁量を逸脱した不合理なものということはできないから,結果的に血腫増大を防止できなかったとしても,被告主治医又は被告担当医が,原告について,血腫増大防止に関する注意義務に違反したということはできない

また,被告病院における原告に対する本件手術後の経過観察の内容は,上記(2)オで認定したとおりであって,先に見た原告の症状から見た鑑別診断の重要性及び証人dの証言(44頁)に照らすと,被告担当医及び看護師において,原告の症状をより頻繁に観察することが望まれたというべきであるが,そのような観察をしていれば,脳内出血を早期に発見し,上記血腫増大を防止できたと認めるに足りる証拠はないから,上記の点から被告に注意義務違反があったとは認められない。

したがって,術後の経過観察に関する注意義務違反(過失)は認められない。

5  説明義務違反の有無(争点5,6)

(1)  判断の枠組み

医師は,患者の疾患の治療のために手術を実施するに当たっては,診療契約に基づき,特別の事情のない限り,患者に対し,当該疾患の診断(病名と病状),実施予定の手術の内容,手術に付随する危険性について説明すべき義務があると解される(最高裁平成13年11月27日第3小法廷判決・民集55巻6号1154頁参照)ところ,医師が患者に予防的な療法(術式)を実施するに当たって,医療水準として確立した療法(術式)が複数存在する場合には,その中のある療法(術式)を受けるという選択肢とともに,いずれの療法(術式)も受けずに保存的に経過を見るという選択肢も存在し,そのいずれを選択するかは,患者自身の生き方や生活の質にも関わるものでもあるし,また,上記選択をするための時間的な余裕もあることから,患者がいずれの選択肢を選択するかにつき熟慮の上,判断することができるように,医師は各療法(術式)の違いや経過観察も含めた各選択肢の利害得失について分かりやすく説明することが求められるものと解される(最高裁平成18年10月27日第2小法廷判決・集民221号705頁参照)。

(2)  認定事実

ア 本件手術に至る経緯

前記前提事実及び前記1(2)イの認定事実のほか,証拠(甲C6の1,原告本人2頁ないし7頁)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(ア) 原告は,平成15年2月頃,当時居住していた米国で交通事故に遭ったのを契機に,同年5月に同国内のc大学病院において左右の未破裂脳動脈瘤の存在を発見され,開頭手術を提案されたものの,手術による開頭を恐れたことと,母国語である日本語での説明を希望したことから,日本に帰国してセカンドオピニオンを受けることとし,同年7月2日頃,g病院を受診した。

(イ) 原告は,同病院においてコイル塞栓術を提案されたものの,同手術により過去に死亡した患者が1人いることを聞いて同病院での治療を断念し,さらに,その頃,h病院を受診した。

(ウ) h病院では,応対した医師が米国のUCLAで治療を行っているため,米国に戻ったらUCLAに連絡するよう言われたにとどまり,治療を受けるには至らなかった。

(エ) その後,原告は,同月9日,被告病院の外来を受診し,被告主治医から本件手術の説明を受け,過去に死亡した患者がいないこと,バルーンカテーテルを用いるのでより安全であることなどを聞いて安心し,一度米国に戻って家族とも相談した上,被告病院において左右の脳動脈瘤についてコイル塞栓術を受けることとして,同年8月15日に被告病院に入院し,同月17日には,原告の長男とともに,被告主治医から手術の概要について説明を受け,その説明を理解した旨記載された承諾書に署名押印した。

(オ) そして,本件手術前の同月18日の検査結果によれば,原告の右側脳動脈瘤の大きさは,正面からの測定結果が6.2mm×4.4mm,側面からの測定結果が4.3mm×4.9mmというものであった(前記1(2)イ)。

(カ) かくして,原告は,同月18日,左側脳動脈瘤のコイル塞栓術を受け,無事終了後,同月22日,右側脳動脈瘤を対象とする本件手術を受けるに至ったものである。

イ 説明内容に関連する医学的知見

前記1(1)ア,ウによれば,関連する医学的知見は,以下のとおりである。

(ア) 脳動脈瘤の最大径が5mm以上で70歳以下の患者の場合には,手術的治療が勧められるものの,その実施が義務とまではされていない。また,脳動脈瘤の破裂リスクは全体でおよそ1%と推定されており,5mm以上の病変では,年間1.1%(0.8%から1.8%までの平均値)であると報告されている。

(イ) 脳動脈瘤の最大径が5mm以下の場合には相当のインフォームド・コンセントが必要であり,この場合,多数の医療施設が経過観察をする方針を支持している。

ウ 被告主治医による説明内容(同年8月17日時点のもの)

証拠(乙A1・135頁ないし140頁,乙A8,証人d7頁ないし9頁)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(ア) 被告主治医は,未破裂脳動脈瘤という病名等を伝えた上で,開頭手術(クリッピング手術)及び血管内治療(コイル塞栓術)の2つの選択肢を示し,それぞれの手術内容のほか,手術に付随する危険性について,その内容を紙にメモしながら,原告及び原告長男に説明した。

(イ) 被告主治医が上記(ア)でした説明内容は,以下のとおりである。

① 本件手術の問題点として術中破裂と塞栓の二つがあるところ,合併症全体の発生リスクは5%前後であり,生命に関わるリスクは0%である。

② 術中破裂については,コイル等の使用に伴ってくも膜下出血が生じる可能性もゼロではなく,緊急の場合には開頭手術を要することがあるほか,くも膜下出血が生じない場合でも,治療後1か月以上,神経症状が残るリスクもある。

③ 塞栓が生じた場合には強力な薬でコントロールを行い,このコントロールがきちんとできれば虚血のリスクはほとんどなくなるが,仮に血栓や塞栓が生じた場合には脳梗塞を引き起こすおそれがあり,その場合,基本的には血管内治療で対応するものの,万が一の場合には緊急開頭手術を行うことなどが含まれている。

(3)  上記アないしウの認定事実等に基づく検討

上記(2)ウの認定事実によれば,被告主治医による説明内容は,一般に患者にとって関心の高いと思われる,手術に伴うリスクの内容やリスクが現実化した場合の対応等を含むものであったということができる上,上記(2)ア(エ)によれば,原告及び原告長男は,上記説明内容を踏まえ,説明を受けて理解した旨記載された承諾書に署名押印しているのであるから,被告主治医が本件手術前に原告に対して行った説明中,合併症や後遺症に関する部分から直ちに説明義務違反があったということはできない。

もっとも,本件手術のような予防的療法(術式)の実施に当たって行う説明においては,原告と同様の状況に置かれた通常人が本件手術を受けるか否か(手術の時期を含む。)につき熟慮して決定する上で重要と考えられる情報(これには,手術の結果,起こり得る事態に備えて家族と相談する際に必要となる情報等も含まれると解される。)について,説明すべき注意義務があると解される。そして,本件全証拠によっても,被告主治医が,本件手術前に,原告に対し,術中の塞栓やコイル逸脱等に伴う合併症の発生可能性及び合併症の具体的内容や対応の難易度(脳梗塞と脳内出血の鑑別や対応が容易とはいえないことを含む。),頭蓋内合併症が生じた場合の脳機能障害の内容や具体的症状(麻痺,言語障害,意識障害等)について,明確に説明した形跡はないところ,頭蓋内合併症が生じた場合の脳機能障害が,一般に社会生活に重大な支障を生じ得る重篤なものとなり得るものであることからすると,上記注意義務違反の有無を判断する際には,上記事項(合併症の発生可能性,具体的内容,対応の難易度及び頭蓋内合併症が生じた場合の脳機能障害の内容や具体的症状)に関する情報提供の必要性の有無やその程度を踏まえて更に検討を尽くすことを要するというべきである。

このような見地から更に検討するに,原告の右側脳動脈瘤は,平成15年8月18日当時,最大径の部分を除いては5mmを下回っていたのである(前記(2)ア(オ))から,原告の右側脳動脈瘤については,定期的に経過観察を行いつつ手術するか否かを判断していくということも主要な選択肢の一つとして存在したということができる。そうすると,被告主治医において,経過観察という選択肢に関し,その利害得失として,破裂リスクが年間1%程度であるとされていること(上記(2)イ(ア))を前提に,原告が平均余命まで生存した場合における自然経過での破裂リスクがどの程度であり,手術治療を受けた場合における術中破裂等のリスクと対比して,どちらの方が原告にとって利益であるか等について分かりやすく説明することが求められていたというべきところ,被告主治医は,本件の治療方法として,開頭クリップ手術,血管内治療の二つを挙げるにとどまり(同ウ(ア)),本件全証拠によっても,被告主治医が原告及び原告長男に対する説明で用いたメモを含め,被告主治医が右側脳動脈瘤に対して経過観察を行うという選択肢の存在や,その選択をした場合の利害得失(特にコイル塞栓術に伴う合併症の具体的内容)について分かりやすく説明したとは認め難い。

以上の事実関係の下では,被告主治医は,原告に対し,同様の状況に置かれた通常人が本件手術を受けるか否かにつき熟慮して決定する上で重要と考えられる情報について,説明を尽くしたとは認め難いから,説明義務違反(過失)が認められる。

(4)  被告の主張に対する検討

これに対し,被告は,原告において,被告病院を受診する前に米国c大学病院での相談を経て,手術を受けることは既に決めていたので,経過観察にとどめるという選択肢を説明する必要はない旨主張するが,原告が,被告病院受診前にg病院を受診した際には,g病院において手術後の死亡例を聞いて手術を受けるのをやめていること(前記(2)ア(イ))に加え,被告主治医から,被告病院においてコイル塞栓術の失敗例はない旨の説明を受けて手術を受けることを決めるに至ったこと(同(エ))に照らすと,原告が,被告主治医の説明を受ける前の段階で既に,いかなる条件であれ,本件手術が実施された時期に右側脳動脈瘤に対するコイル塞栓術を受けることを決めていたとは認め難く,被告主治医自身,その証言において,原告について,最初に会った時点で,左右の脳動脈瘤が残っていれば気になるタイプであるという,いわばバイアスがかかった理解をしていたことを認めていること(証人d57頁)も考え併せると,被告の上記主張は採用できない。

また,被告は,脳動脈瘤に対する治療は外科的治療(コイル塞栓術,クリッピング手術)のみであり,他に保存的療法というべきものは存在せず,原告が保存的療法として主張する薬物療法や食事療法,運動療法などによっては脳動脈瘤の破裂を予防することはできないので,外科的治療以外の選択肢について説明すべき義務はない旨主張する。

この点,確かに,経過観察を行うこと自体が脳動脈瘤に対する治療効果を有しないことは被告主張のとおりであるが,他方で,脳動脈瘤の破裂リスクは大きさ等の事情によって区々である(上記(2)イ(ア))上,外科的治療には合併症や後遺症といったリスクが一定程度あること(同ウ(イ))からすれば,脳動脈瘤に対して経過観察をすることも有用な選択肢の一つであるといえるので,被告の上記主張は採用できない。

さらに,被告は,前記平成18年最高裁判決の事案は本件よりも7年も前の事案であり,医療水準も変化している旨主張するが,一般的,抽象的な主張にとどまる上,平成15年当時の脳ドックのガイドラインにおいても,脳動脈瘤の大きさが5mm前後より大きい場合等に手術的治療が勧められるとしつつも,手術しない場合は1年間隔で経過観察を行うなどとされており(上記(2)イ(ア),乙B9),脳動脈瘤につき経過観察を行うことが選択肢の一つとされているのであるから,被告の上記主張は採用できず,他に上記認定を覆すに足りる事実及び証拠はない。

6  過失(6)と損害との間の因果関係の有無(争点7)について

(1)  前記5の認定事実等に基づく検討

前記5の認定事実等によれば,原告が,被告病院を受診した当時,開頭手術による治療は希望していなかったことは明らかであるものの,他方において,原告が,日本国内のg病院において,コイル塞栓術に関する説明を受け,手術失敗に伴う死亡リスクを聞いた上でもなお,治療自体を断念することはせずに,被告病院を含む複数の病院を受診していることからすると,原告には,未破裂脳動脈瘤に対する治療を受けることなく放置する意思はなく,むしろ被告病院を受診した当時,未破裂脳動脈瘤を放置することによる自然経過に伴う破裂のリスクを強く恐れていたものと認められるから,仮に,同時点において,原告の右側脳動脈瘤につき経過観察を行う選択肢が存在する旨の説明を受けたとしても,最終的には本件手術を受けた可能性は高いと見ることができるから,上記5で認定した説明義務違反がなければ,本件手術を受けなかったという高度の蓋然性までは認め難い。

したがって,被告の説明義務違反(過失)と原告の損害との間に因果関係があるとは認められない。

(2)  原告の主張に対する検討

これに対し,原告は,もともと左側脳動脈瘤の手術のみを考えており,米国でも左側脳動脈瘤について開頭手術を提案されたため,来日して日本語での説明を受けることとしたが,日本で受診した被告病院以外の病院でも,手術の目的は左側脳動脈瘤のみであったから,右側脳動脈瘤については,経過観察についての説明を受ければ本件手術を受けなかった高度の蓋然性がある旨主張する。

しかしながら,原告自身,脳動脈瘤について詳しいことは分からず,脳動脈瘤を放置しておいては非常に危険があり,手術をする理由があるということだけ頭の中にあったのは事実である旨供述していること(原告本人13頁)に照らせば,当初は左側脳動脈瘤のみを手術するつもりであった可能性は否定できないものの,本件手術を受けることを決めた時点では,経過観察という選択肢を示されたとしても,なお脳動脈瘤破裂の危険性を考慮して左右両方の脳動脈瘤につき手術を受けた可能性が相当程度あったと見るのが自然かつ合理的であるから,右側脳動脈瘤に対する本件手術を受けなかった高度の蓋然性があるとは認められず,原告の上記主張は採用できない。

7  以上の検討によれば,前記5で認定した説明義務違反と原告主張の損害との間の因果関係までは認められないものの,同説明義務違反の結果,原告が,本件手術を受けるに当たり,合併症により自身及び家族の基本的な生活に重大な支障を生じる可能性をも念頭に置きつつ,手術の要否及び時期について熟慮して意思決定をする機会が奪われたことは否定できず,このような人格的利益(自己決定権)の侵害の内容及び性質に鑑みると,上記説明義務違反により原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料の額としては,400万円と認めるのが相当であり,本件訴訟の追行に伴う弁護士費用のうち40万円は,上記説明義務違反と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

第4結論

よって,原告の請求は,被告に対し,440万円及びこれに対する本件手術の日である平成15年8月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからその限度で認容し,その余は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法64条本文,61条を,仮執行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 関口剛弘 裁判官 小川理佳 裁判官 吉賀朝哉)

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