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仙台地方裁判所 平成20年(ワ)566号 判決 2009年4月22日

主文

1  被告Dは,原告Aに対し,2050万0422円及びこれに対する平成18年9月15日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

2  被告Dは,原告Bに対し,1975万0422円及びこれに対する平成18年9月15日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

3  被告Dは,原告Cに対し,30万円及びこれに対する平成18年9月15日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

4  原告らの被告Dに対するそのほかの請求,被告Eに対する請求をいずれも棄却する。

5  訴訟費用は,原告らと被告Dとの間で生じたものの5分の2を被告Dの負担とし,その5分の3と,原告らと被告Eとの間で生じたものを原告らの連帯負担とする。

6  この判決は,第1項から第3項までに限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  被告らは,原告Aに対し,連帯して,4787万5441円及びこれに対する平成18年9月15日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

2  被告らは,原告Bに対し,連帯して,4593万4206円及びこれに対する平成18年9月15日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

3  被告らは,原告Cに対し,連帯して,220万円及びこれに対する平成18年9月15日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は,交通事故で死亡した当事者の遺族である原告らが,相手方当事者,その使用者に対し,民法709条,自動車損害賠償保障法3条及び民法715条に基づいて,その賠償を求めた事案である。

2  前提事実(認定に用いた証拠〔枝番を含む。〕などは末尾に掲げる。)

(1)  本件事故の発生(甲1~4)

Fは,以下のとおりの交通事故(以下「本件事故」という。)に遭った。

日時  平成18年9月15日午後4時ころ

場所  加美郡色麻町黒沢字切付7番地10の先にある色麻町道北條線と取付道路との交差点(以下「本件交差点」という。)

本件車両1  Fが運転する原動機付自転車

本件車両2  被告Eが運転する大型貨物自動車

事故の態様  被告Eが,色麻町道北條線で,加美農業高校方面(北側)から色麻町王城寺方面(南側)に向かって,本件車両2を運転し,本件交差点に左折で進入を始めたとき,本件車両2と色麻町道北條線の左路端の間を併走していた本件車両1を,本件車両2の左前部バンパーを衝突させるとともに,Fを本件車両2の底部に巻き込んで,傷害を負わせた。

傷害の結果  Fは,本件事故により,脳挫傷の傷害を負い,同日午後5時ころ,搬送先の大崎市民病院で死亡した。

(2)  被告Dの地位など(甲8,乙7)

ア 被告Dは,本件事故当時,本件車両2の所有者であり,この自動車を自己の運行の用に供していた。

イ 被告Dは被告Eの使用者である。本件事故は,被告Eが,被告Dの業務である飼料の運送を行っている際に発生した。

(3)  相続など(甲5,6)

原告A及び原告Bは,それぞれFの父母であり,2分の1ずつの割合で,Fの権利義務を相続した。

原告CはFの祖母である。

(4)  刑事事件(乙1,3,弁論の全趣旨)

仙台地方検察庁古川支部検察官は,仙台地方裁判所古川支部に,本件事故に関し,業務上過失致死の公訴事実で,被告Eに対する公訴を提起した(同庁平成18年(わ)第105号事件)。

仙台地方裁判所古川支部は,平成19年3月6日,本件事故に関し,業務上過失致死の事実を認定して,被告Eに対し,禁錮1年・3年間執行猶予の有罪判決を宣告した。

被告Eは,仙台高等裁判所に,控訴の申立てをした(同庁平成19年(う)第67号事件)。

仙台高等裁判所は,平成19年11月1日,原判決を破棄し,無罪判決を宣告した。この判決はそのころ確定した。

3  争点及び主張

(1)  本件事故は,被告Eが,本件交差点を左折で進入するに当たって,注意義務を怠った過失により発生したものか。それとも,被告Eは注意義務を怠っておらず,Fの過失により発生したものなのか。

(原告らの主張)

ア(ア) 被告Eには,本件交差点を左折で進行するに当たっては,①あらかじめ本件車両2を色麻町道北條線の左路端に寄せ(左寄義務,道路交通法34条1項参照),②本件車両2と色麻町道北條線の左路端の間を走行する後続車両の有無,動きを十分に確認し(左後方確認義務,道路交通法70条参照),③衝撃を感じたり,異常な音が聞こえたときは,直ちに本件車両2を停車させ,安全を確認する義務(損害拡大防止義務)があった。

(イ) 色麻町道北條線は,本件交差点の手前で,幅員が6.4メートル(両側にある幅1メートルの路肩を加えると8.4メートル)であり,左路肩には土の緩衝部分が設置されていたのだし,取付道路の幅員も4.6メートル(両側にある幅1メートルの路肩を加えると6.6メートル)だった。全長10.25メートル,幅員2.49メートルの大型貨物自動車である本件車両2であっても,十分に減速することで,左路端に寄せて左折することはできたはずである。

ところが,被告Eは,本件交差点を左折で進行するに当たって,左寄義務に違反して,左路端に寄せず,本件車両2と色麻町道北條線の左路端との間に約2メートルの間隔を空けたまま,本件車両2を走行した。

(ウ) 交差点を左折で進行するに当たっては,左折の合図をした後であっても,後続車両が自車と左路端との間を走行してくることは十分に予見できるはずである。左折の合図をした後にも,本件車両2の左前部に取り付けられていた3つのサイドミラーで左後方を十分に確認していれば,衝突するまでに,本件車両2と色麻町道北條線の左路端との間を走行していた本件車両1を確認できたはずである。

ところが,被告Eは,本件交差点を左折で進行するに当たって,左後方確認義務に違反して,左折の合図をした後は,左後方を確認せず,本件車両1に気づかないまま,本件車両2を走行した。

(エ) 交差点を左折で進行するに当たって,衝撃を感じたり,異常な音が聞こえたときに,本件車両2の左前部に取り付けられていた3つのサイドミラーで左前部を十分に確認していれば,本件車両2に衝突した本件車両1を確認し,直ちに停車することで,Fを本件車両2に巻き込んだり,轢過することは避けられたはずである。

ところが,被告Eは,本件交差点を左折で進行するに当たって,損害拡大防止義務に違反して,本件車両1が本件車両2に衝突したときに聞こえた異常な音を,ファンベルトが切れた音と勘違いをし,左前部を確認せず,本件車両1に衝突したことにも,Fを巻き込んだり,轢過したことにも気づかないまま,本件車両2を走行した。

イ(ア) 以上のとおり,被告Eは,本件交差点を左折で進行するに当たって,これらの義務に違反して,本件車両2を走行した過失により,本件事故を引き起こし,Fを死亡させた。被告Eには,原告らに対し,不法行為に基づいて,本件事故により被った損害を賠償する義務がある。

(イ) 被告Dは本件車両2の保有者であるから,原告らに対し,自動車損害賠償保障法3条本文に基づいて,本件事故により被った損害を賠償する義務がある。被告Eの使用者であり,本件事故は,被告Eが,被告Dの業務である飼料の運送を行っている際に発生したのであるから,民法715条1項に基づいても賠償する義務がある。

(被告らの主張)

ア 交差点で左折しようとする車両の運転者には,そのときの道路及び交通の状況そのほかの具体的状況に応じた適切な左折準備態勢に入った後は,特別な事情がない限り,後続する車両があっても,その運転者が交通法規を守り,追突などの事故を回避するよう適切な行動に出ることを信頼して運転すれば足り,それ以上に,あえて交通法規に違反して自車の左方を強引に突破しようとする車両のあり得ることまでも予想した上での周到な安全確認をする注意義務はない(最高裁昭和46年6月25日第二小法廷判決・刑集25巻4号655ページ)。

被告Eは,本件交差点を左折で進行するに当たって,本件車両2をできる限り左端に寄せていた。あらかじめ左折の合図をするとともに,この合図をしたときと左折の開始をしようとしたときにサイドミラーで,左後方を走行する車両がいないことを確認している。本件交差点付近の色麻町道北條線は見通しがいい直線道路であり,交通量も少なかったことなどの事情も考慮すると,本件車両2は,左折の合図をした時点で,適切な左折準備態勢に入ったとみるべきである。

Fは,本件車両1を運転し,本件車両2が左折の合図をしたときには,その死角になる真後ろを走行していた。ところが,左折の合図をした後に,本件車両2を左側から追い越そうとして,進路を変更して,時速40キロメートル以上で,本件車両2と色麻町道北條線の左路端との間を走行した結果,道路の凸凹にハンドルを取られて,左側に転倒し,その直後に左折で進入してきた本件車両2と衝突した。

このように,本件事故は,本件車両2が適切な左折準備態勢に入った後に,最高速度,交差点内での追越禁止,右側追越しの原則,徐行義務といった交通法規に違反して,本件車両2の左方を強引に突破しようと無謀な運転をした結果,転倒した本件車両1との衝突事故である。被告Eには,適切な左折準備態勢に入った後には,このように無謀な運転をする車両があり得ることを予想して,安全を確認する注意義務はない。

イ 以上のとおり,本件事故はFの過失により生じたものであり,被告Eには,本件交差点を左折で進入するに当たって,注意義務を怠った過失はない。被告らには,原告らに対し,本件事故により被った損害を賠償する義務はない。

(2)  損害の有無,額

(原告らの主張)

ア 逸失利益  5766万8412円

Fは,本件事故の当時,17歳の男子高校生であり,67歳まで就労して収入を得られたはずなのに,本件事故により死亡したことで,その収入を得ることができなくなった。

また,Fは,本件事故の当時,独身で,両親,祖母である原告らと同居していたが,宮城県農業実践大学校畜産学部(酪農専攻)を受験することが決まっており,近い将来に,家業である酪農業を引き継ぎ,その収入のすべてを生活費として家庭に入れるとともに,原告らの扶養の中心的役割を果たすことが確実であったのだから,その生活費控除割合は40パーセントにとどまる。

その金額は,以下の計算式のとおり,5766万8412円である。

(計算式)

555万4600円(賃金センサス平成18年第1巻第1表産業計男性労働者学歴計の年収額)×(1-0.4〔生活費控除割合〕)×17.3035(67歳までの就労可能期間に対応するライプニッツ係数)=5766万8412円(1円未満切捨て)

イ 死亡慰謝料  2000万円

本件事故は,前記(1)で主張したとおり,被告Eの重大な過失により,引き起こされたものである。

また,Fは,宮城県農業実践大学校畜産学部(酪農専攻)を受験することが決まっており,近い将来に,家業である酪農業を引き継ぐことになっていたのに,このような事故に遭い,志半ばで夢を断ち切られたのであり,その無念は察するに余りある。

このような事情を考慮すると,Fが,本件事故により,被った精神的苦痛は多大なものであるから,その苦痛を慰謝するための慰謝料は2000万円を下回らない。

ウ 葬儀費用

原告Aは,174万1235円を負担して,Fの葬儀を執り行った。この葬儀費用は,本件事故により生じた損害であり,被告らが負担すべきである。

エ 原告ら固有の慰謝料

原告A及び原告Bは,自分たちの長男であり,近い将来に,家業である酪農業を引き継ぎ,自分たちの扶養の中心的役割を果たすことが確実だったFが死亡したことで,その期待がかなわないものとなり,精神的苦痛を被った。原告Cも,初孫であり,自分と同居して,身近にいたかけがえのないFが死亡したことで,精神的苦痛を被った。その苦痛を慰謝するための慰謝料は,原告A及び原告Bについては各300万円,原告Cについては200万円を下回らない。

オ 弁護士費用

原告らには,本件事故により生じた損害の賠償を求めるため,弁護士に委任し,本件訴訟を提起する必要があった。そのための弁護士費用は原告Aについては430万円,原告Bについては410万円,原告Cについては20万円を下回らない。

(被告らの主張)

争う。

(3)  過失相殺

(被告らの主張)

Fは,前記(1)で主張したとおり,本件車両2が適切な左折準備態勢に入った後に,本件車両2を左側から追い越そうとして,進路を変更して,時速40キロメートル以上で,本件車両2と色麻町道北條線の左路端との間を走行した結果,道路の凸凹にハンドルを取られて,左側に転倒し,その直後に左折で進入してきた本件車両2と衝突して,本件事故に遭っている。

このように,本件事故は,本件車両2が適切な左折準備態勢に入った後に,最高速度,交差点内での追越禁止,右側追越しの原則,徐行義務といった交通法規に違反して,本件車両2の左方を強引に突破しようと無謀な運転をした結果,転倒した本件車両1との衝突事故である。Fが,本件交差点を通過するとき,本件車両2の追越しをしようとしなければ,本件事故は発生しなかったはずである。そうすると,原告らに対する損害賠償の額を決めるに当たっては,その損害額の大部分を控除すべきである。

(原告らの主張)

Fは,本件車両1を運転し,時速約30キロメートルで,本件車両2の後方を走行していたとき,本件車両2に近づきすぎているのに気づいたことから,追突を避けるため,とっさに,本件車両2と色麻町道北條線の左路端との間に進路を変更するとともに,本件交差点付近の色麻町道北條線は舗装はされているものの,凸凹が激しく,本件交差点の北東角のアスファルト舗装も陥没して,未舗装部分が露出していることから,急ブレーキを掛けると転倒するおそれがあったため,態勢を立て直すまで走行を続けていただけである。

このような事情のほか,本件事故が前記(1)で主張したとおり,被告Eの重大な過失により,引き起こされたものであることからすると,Fには,原告らに対する損害賠償の額を決めるに当たって,その賠償額を控除されるほどの落ち度はない。

第3裁判所の判断

1  認定事実

前提事実,関係証拠(甲3,8~10,24,乙5~16,23~25,28~31,被告E〔認定と異なる部分を除く。〕)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められる。

(1)  本件交差点の状況

本件交差点は,信号機による交通整理の行われておらず,色麻町道北條線と東西に向かう取付道路がほぼ直角で交わる交差点であり,その付近の状況は,別紙「交通事故現場見取図」表示のとおりである。

色麻町道北條線は,本件交差点の手前では,見通しがいい直線道路であり,幅員が6.4メートル(両側にある幅1メートルの路肩を加えると8.4メートル)であり,本件交差点の北東角(隅切部分)と左路肩との間には土の緩衝部分が設置されていた。また,アスファルト舗装はされているものの,凸凹が激しく,本件交差点の北東角(本件事故の現場)はアスファルト舗装が陥没して,未舗装部分が露出していた。

本件交差点から東側に向かう取付道路は,幅員が4.6メートルであり,両側にある幅1メートルの路肩を加えると6.6メートルだった。

本件交差点付近では,本件事故当時,歩行者の通行はほとんどなく,車両もたまに通行する程度であった。

(2)  本件車両2の形状など

本件車両2は,最大積載量9080キログラム,車長10.25メートル,車幅2.49メートル,車高3.69メートルの大型貨物自動車(粉粒体運搬車)である。

その左前部には3つのサイドミラーが取り付けられていた。運転席からの目視,このミラーでの視認をすると,死角になる本件車両2の真後ろを走行する車両は確認できないが,本件車両2の左側面から約3.0メートルの範囲では,運転席の後方約68.7メートルの地点からは何らかの物体があること,約33.8メートルの地点からは原動機付自転車が走行していることの確認はできる。

本件車両2には,本件事故当時,構造上の欠陥,機能上の障害はなかった。

(3)  本件事故の態様

ア(ア) 被告Eは,色麻町道北條線で,加美農業高校方面(北側)から色麻町王城寺方面(南側)に向かって,時速約30キロメートルで,本件車両2を運転していた。本件交差点に左折で進入するため,別紙図面①付近で,左折の合図をして,エンジンブレーキを使って減速を始めるとともに,サイドミラーで,左後方を走行する車両がいないことを確認した。このとき,本件車両2と色麻町道北條線の左路端との間に約2メートルの間隔があった。

(イ) Fは,本件車両2が左折の合図をしたとき,その約8.5メートル真後ろから,色麻町王城寺方面(南側)に向かって,時速約40キロメートルで,本件車両1を運転していた。

イ(ア) 被告Eは,左折の合図をした後,本件車両2と色麻町道北條線の左路端との間に約2メートルの間隔を空けたまま,時速約10キロメートル程度まで減速して,別紙図面②(同図面①から約31.1メートル進行した地点)で,左折を始めた。

(イ) Fは,本件車両2が左折の合図をした後,本件車両2を左側から追い越そうとして,その真後ろから進路を変更し,時速40キロメートル程度で,色麻町王城寺方面(南側)に向かって,本件車両2と色麻町道北條線の左路端との間の走行を始めたが,別紙図面<ア>付近で左側に転倒した(道路の凸凹にハンドルを取られてのことと推測される。)。

ウ 被告Eは,左折を始めてからはサイドミラーで左後方を確認しなかったため,本件車両1が本件車両2と色麻町道北條線の左路端との間の走行を始めたことや,本件車両1が転倒したことに気づかないまま,時速約10キロメートルで,左折を続け,別紙図面③(同図面②から約7.1メートル進行した地点)で,転倒した直後の本件車両1を本件車両2の左前部バンパーと衝突させ,本件車両2の底部に巻き込み,別紙図面⑤(同図面③から85.8メートル進んだ地点)まで引きずるとともに,別紙図面③の付近で倒れていたFも巻き込んで,別紙図面④(同図面③から約11.6メートル進行した地点)付近で,左後輪で轢いて,脳挫傷などの傷害を負わせた。

被告Eは,本件車両1と衝突したとき,異常な音を聞いたが,ファンベルトが切れた音と勘違いをし,Fを轢いたときも,何かに乗り上げた衝撃を感じたが,窪地に落ちた衝撃と勘違いをしていたため,サイドミラーで左前部,左後方を確認することなく,別紙図面⑤で停止するまで,本件事故があったことに気づかなかった。

2  争点(1)についての検討

(1)  左寄義務違反について

原告らは「被告Eには,本件交差点を左折で進行するに当たっては,あらかじめ本件車両2を色麻町道北條線の左路端に寄せる義務があったのに,この義務を怠って,左路端に寄せず,本件車両2と色麻町道北條線の左路端との間に約2メートルの間隔を空けたまま,本件車両2を走行した過失がある。」と主張する。

自動車運転者には,交差点を左折で進行するに当たっては,交差点手前30メートルの地点で合図を出すとともに(道路交通法施行令21条参照),道路の形状及び車両の形状などの客観的状況に応じて,あらかじめできるだけ左側端に寄り,かつ,できる限り道路の左側端に沿って徐行する義務を負っていると解するのが相当であって(道路交通法34条1項参照),それ以上に,このような客観的状況にかかわらず,左路端に寄せる義務があると解するまではできない。

そして,本件交差点から東側に向かう取付道路は,色麻町道北條線とほぼ直角で交わっており,幅員が4.6メートルと狭いことは前記認定のとおりである。このような本件交差点を左折で進行するに当たって,車長10.25メートルの本件車両2を道路の左側端に寄せると,本件交差点の手前から,大回りで左折することを余儀なくなるだけでなく,前記認定のとおり,本件交差点の北東角はアスファルト舗装が陥没して,未舗装部分が露出していたのだから,道路の左側端に寄せての左折は困難であったとみるのが相当である。

このような道路の形状及び車両の形状などの客観的状況を踏まえると,被告Eが,左側端に寄せず,本件車両2と色麻町道北條線の左路端との間に約2メートルの間隔を空けたまま,本件車両2を走行したことは,できるだけ左側端に寄り,かつ,できる限り道路の左側端に沿って進行したものとみるのが相当であるから,被告Eに,それ以上左路端に寄せる注意義務があったとか,左寄義務を怠った過失があるとは認められない。

(2)  左後方確認義務について

ア 原告らは,「被告Eには,本件交差点を左折で進行するに当たっては,左折の合図をした後にも,サイドミラーで,本件車両2と色麻町道北條線の左路端の間を走行する後続車両の有無,動きを十分に確認する義務があったのに,この義務を怠り,左折の合図をした後は,本件車両1と衝突するまで,左後方を確認しなかった過失がある。」と主張する。

イ 交差点で左折しようとする自動車の運転者は,あらかじめ道路の左路端に寄って進行することが困難な場合にも,左折の合図をして,かつ,できる限り道路の左端に寄って徐行をして,さらにミラーで後続車両の有無を確認した上で,左折を開始すれば足りると解するのが相当である(最高裁判所昭和45年3月31日第三小法廷判決・刑集24巻3号92ページ)。左折を始めたときには,交差点で左折する車両の運転者は,その後は左後方ではなく,左折で進入する交差道路を横断する歩行者,交差道路を右方から走行する車両,対向車線から右折しようとする車両の有無,動きを確認すべきであるし,左後方から進行する車両の運転者も,右前方の車両が左折を始めて,自車の進路を進行していることが確認できるはずであるから,左折を始めてからも左後方を確認しなければならない義務があると解することはできない。

前記認定のとおり,本件交差点では道路の左側端に寄せての左折は困難であった。被告Eは,本件交差点を左折で進行するに当たって,左折の合図をしたときに,本件車両2をできる限り左端に寄せていた。Fは,このとき,その死角になる真後ろで,本件車両1を運転していた。

このような状況からすると,被告Eに左後方確認義務を怠った過失があると認めるためには,本件車両1が,本件車両2が左折の合図をしてから左折を始めるまでに(本件車両2が別紙図面①から②まで進行するまでに),進路を変更していたと認められることが前提となる(本件車両1が,本件車両2が左折を始めるときも,その死角を走行していたときには,被告Eには本件車両1が走行していることを確認できない。)。

ところが,本件全証拠を検討しても,本件車両1は,本件車両2が左折の合図をした後,左折を始めるまでに,進路を変更していたのかどうかがはっきりしない(本件車両1の後方を,原動機付自転車で走行していたGは,刑事事件の公判廷で,本件車両2が左折を始める前に,進路を変更したとの証言をしている〔乙30〕。しかし,本件車両1と本件車両2の速度差,その本件事故直後の供述・指示説明〔甲10,乙6,14〕を踏まえると,Gが進路変更した状況をしっかりと目撃,記憶していたのか疑いを容れざるを得ない。また,被告Eも,尋問,刑事事件の公判廷,検察官・警察官の取調べで,別紙図面②で,経験上,無意識に,サイドミラーを見たはずであると述べるにとどまり,左後方を走行する車両の有無を確認したのかはっきりとした記憶がない。G,被告Eの供述によっては,このことをはっきりと判断することはできない。)。

このように,本件車両2が別紙図面①から②まで進行するまでに,本件車両1が進路を変更していなかった可能性があり,そうであれば,別紙図面②で左後方の確認をしても,本件事故を回避することはできなかった以上,被告Eには左後方確認義務を怠った過失があると認めることはできない。

ウ(ア) 他方で,被告らは,「被告Eには,適切な左折準備態勢に入った後には,このように無謀な運転をする車両があり得ることを予想して,安全を確認する注意義務はない。」と主張する。

(イ) 交差点で左折しようとする車両の運転者には,そのときの道路及び交通の状況そのほかの具体的状況に応じた適切な左折準備態勢に入った後は,特別な事情がない限り,後続する車両があっても,その運転者が交通法規を守り,追突などの事故を回避するよう適切な行動に出ることを信頼して運転すれば足り,それ以上に,あえて交通法規に違反して自車の左方を強引に突破しようとする車両のあり得ることまでも予想した上での周到な安全確認をする注意義務はない(最高裁昭和46年6月25日第二小法廷判決・刑集25巻4号655ページ)。

(ウ) 前記認定のとおり,被告Eは,本件交差点を左折で進行するに当たって,本件車両2をできる限り左端に寄せていた。被告Eは,あらかじめ左折の合図をするとともに,サイドミラーで,左後方を走行する車両がいないことを確認している。本件交差点付近の色麻町道北條線は見通しがいい直線道路であり,本件事故当時,歩行者の通行はほとんどなく,車両もたまに通行する程度であった。

しかし,本件車両2と色麻町道北條線の左路端との間に約2メートルの間隔を空けたままで走行しており,追越しをしようとするかどうかは別として,後続の原動機付自転車,自動二輪車がこの間隔を走行することがあり得ることは予見できたはずである。関係証拠(乙28,31,32,被告E本人)によると,本件交差点の付近には宮城県立加美農業高等学校があり,本件事故が起きた時間(平日の午後4時ころ)はその下校時間と重なっていたのだし,被告Eも本件交差点付近で原動機付自転車に乗って下校する高校生を見たことがあるし,本件交差点以外の道路では直進しているときに左後方から進行してきた原動機付自転車,自動二輪車に追い抜かれたことがあったのだから,なおさらである。

このような本件事故当時の道路及び交通の状況そのほかの具体的状況からすると,左折の合図をした時点で,適切な左折準備態勢に入ったとみることはできるが,後続の原動機付自転車,自動二輪車がこの間隔を走行することを予見すべき特別な事情があったとみるのが相当である。

(エ) そうすると,被告Eに左後方確認義務を怠った過失はないと認めるためには,被告Eが,左折の合図を出した別紙図面①だけでなく,左折を始めた別紙図面②の地点でも,左後方を走行する車両がないことをはっきりと確認していたと認められることが前提となる。

ところが,被告Eは,前記のとおり,別紙図面②で,左後方を走行する車両の有無を確認したのかはっきりとした記憶がない。また,前記判断のとおり,本件車両2が別紙図面①から②まで進行するまでに,本件車両1が進路を変更していたかどうかもはっきりしない。

(オ) このように,本件車両2が別紙図面①から②まで進行するまでには,本件車両1が進路を変更していた可能性もあり,そうであれば,別紙図面②で左後方の確認をすることで,本件事故を回避することができた以上,被告Eには,左後方確認義務を怠った過失はなかったとまでは認めることはできない。

(3)  損害拡大防止義務について

原告らは,「被告Eには,衝撃を感じたり,異常な音が聞こえたときは,直ちに本件車両2を停車させ,安全を確認する義務があったのに,この義務を怠り,本件車両1が本件車両2に衝突したときに異常な音が聞こえたのに,左前部を確認しないで,そのまま走行を続けた過失がある。」と主張する。

しかし,被告Eは,それまで本件車両1が走行していたことに気づいていなかったのだから,その直後に限ってみれば,本件車両1と衝突したときに聞いた異常な音を,本件車両1を巻き込んだ音ではなく,ファンベルトが切れた音と勘違いしても,明らかにおかしいとみるまではできない。また,本件車両2の速度,Fが倒れていた位置からすると,仮に,被告Eが,直ちに交通事故を疑い,左前部を確認し,本件車両1を巻き込んだことに気づくとともに,本件車両2を停止させたとしても,Fを轢かずに停止するのは困難であったとみるのが相当である。

このような事情からすると,被告Eには,原告らが主張する損害拡大防止義務があったとは認められない。

(4)  まとめ

以上の検討結果によると,Fが本件事故で死亡したことが被告Eに過失によるとまでは認められない。ほかに本件全証拠を検討しても,この認定を覆すほどのものは見当たらない。被告Eには,原告らに対し,不法行為に基づいて,本件事故で被った損害を賠償する義務はない。被告Dにも,原告らに対し,民法715条に基づいては,本件事故で被った損害を賠償する義務はない。

しかし,被告Eには,左後方確認義務を怠った過失はなかったとまで認めることもできない。被告Dには,原告らに対し,自動車損害賠償保障法3条に基づいて,本件事故で被った損害を賠償する義務がある。

3  争点(2)についての検討

(1)  逸失利益  5080万1691円

関係証拠(甲5,25)によると,Fは,本件事故の当時,17歳の男子高校生であり,67歳まで就労して収入を得られたはずなのに,本件事故により死亡したことで,その収入を得ることができなくなった。

また,関係証拠(甲5,6,25~27,乙21,26,原告A本人)によると,Fは,本件事故の当時,独身で,祖父母,両親,弟2人と同居していたが(ほかに仙台市内で生活する姉がいる。),宮城県農業実践大学校畜産学部(酪農専攻)を受験することが決まっており,近い将来に,家業である酪農業を引き継ぎ,その収入のすべてを生活費として家庭に入れるとともに,原告らの扶養の中心的役割を果たす可能性が大きかったと認められる。そうすると,その生活費控除割合は40パーセントとみるのが相当である。

以上によると,Fの逸失利益は,以下の計算式のとおり5080万1691円とみるのが相当である。

(計算式)

489万3200円(賃金センサス平成18年第1巻第1表産業計全労働者男女計の年収額)×(1-0.4〔生活費控除割合〕)×17.3035(67歳までの就労可能期間に対応するライプニッツ係数)=5080万1691円(1円未満切捨て)

(2)  慰謝料  1800万円

Fは,前記認定のとおり,近い将来に,家業である酪農業を引き継ぐことを希望していたのに,まだ17歳の若さで,本件事故に遭い,生命を絶たれるとともに,この希望をかなえることができなくなった。

このような事情のほか,本件事故の態様,本件事故後の経過など本件訴訟で顕れた事情を考慮すると,Fが本件事故により被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は1800万円とみるのが相当である。

(3)  相続

関係証拠(甲5,6),弁論の全趣旨によると,原告A及び原告Bは,Fの両親であり,Fの被告Dに対する損害賠償請求権の2分の1ずつ3440万0845円を相続した。

(4)  葬儀費用  原告Aについて150万円

関係証拠(甲7,25,原告A本人)によると,原告Aが,費用を負担して,Fの葬儀を執り行ったことが認められる。本件事故により生じたものとして被告Dに負担させるべき費用は150万円とみるのが相当である。

(5)  原告ら固有の慰謝料

原告A及び原告Bについて各150万円

原告Cについて50万円

関係証拠(甲25~27,乙21,26,原告A本人)によると,原告A及び原告Bは,自分たちの長男であり,近い将来に,家業である酪農業を引き継ぎ,自分たちの扶養の中心的役割を果たす可能性が大きかったFが死亡したことで,その期待がかなわないものとなり,精神的苦痛を被ったことが認められる。原告Cも,初孫であり,自分と同居して,身近にいたかけがえのないFが死亡したことで,民法711条で定める遺族と同様に,精神的苦痛を被ったことが認められる。本件事故の態様,本件事故後の経過など本件訴訟で顕れた事情を考慮すると,その苦痛を慰謝するための慰謝料は,原告A及び原告Bについては各150万円,原告Cについては50万円を下回らない。

(6)  弁護士費用

弁論の全趣旨によると,原告らは,本件事故による損害の賠償を求めるため,弁護士に委任し,本件訴訟を提起する必要があったことが認められる。しかし,損害額から過失相殺をすべきときには,その残額がある場合にそのための弁護士費用を認めるかどうか判断すべきであるから,ここでは判断しない。

(7)  前記合計額  原告Aについて3740万0845円

原告Bについて3590万0845円

原告Cについて50万円

4  争点(3)についての検討

Fは,前記認定のとおり,本件車両1を運転し,本件車両2が左折の合図をしたときには,その死角になる真後ろを走行していたのに,本件車両2が左折の合図をした後,本件車両2を左側から追い越そうとして,その真後ろから進路を変更し(ただし,本件車両2が左折を始めた後に,進路を変更したとまでは認められない。),時速40キロメートル程度で,色麻町王城寺方面(南側)に向かって,本件車両2と色麻町道北條線の左路端との間の走行を始めたが,本件交差点の北東角付近で転倒して,本件事故に遭っている(原告らは,「本件車両2に近づきすぎているのに気づいたことから,追突を避けるため,とっさに,本件車両2と色麻町道北條線の左路端との間に進路を変更するとともに,急ブレーキを掛けると転倒するおそれがあったため,態勢を立て直すまで走行を続けていただけである。」と主張する。そうであれば,本件車両2が左折を始めることは分かったはずだから,本件交差点の手前までで停車するために,緩やかにブレーキを掛けたり,徐々に減速するといった措置を講じていたはずである。ところが,関係証拠〔乙30〕によると,進路を変更してから本件車両1のブレーキランプは点いておらず,減速をしたり,態勢を立て直そうとした様子はうかがわれないから,この主張は採用できない。)。

時速40キロメートル以上で本件車両2を左側から追い越すことは,最高速度規制,交差点内での追越禁止といった交通法規に違反することである。Fは,追い越そうとしたときには,進路を変更するまで本件車両1が本件車両2の死角を走行していたのだし,本件車両2が左折の合図をしていたのだから,被告Eに本件車両1が気づかれないまま,左折で進入される可能性があることは分かったはずである。Fが,本件交差点を通過するとき,本件車両2を追い越そうとしなければ,本件事故は発生しなかったはずである。

そうすると,これらの事情のほか,本件交差点では道路の左側端に寄せての左折は困難であり,本件車両2はできる限り左端に寄せていたことや,本件交差点付近の色麻町道北條線は舗装はされているものの,凸凹が激しく,本件交差点の北東角(本件事故の現場)のアスファルト舗装も陥没して,未舗装部分が露出しており,原動機付自転車を高速で走行させるとハンドルを取られやすい状況であったことも考慮すると,原告らに対する損害賠償の額を決めるに当たっては,その損害額の50パーセントを控除するのが相当である。

5  賠償すべき損害の額

(1)  原告Aについて

前記判断のとおり,原告Aが本件事故により被った損害の額は3740万0845円である。この損害額から50パーセントの控除をすると,その残額は1870万0422円(1円未満切捨て)である。

前記判断のとおり,原告Aは,本件事故による損害の賠償を求めるため,弁護士に委任し,本件訴訟を提起する必要があった。そのための弁護士費用は180万円とみるのが相当である。

したがって,被告Dが原告Aに対して賠償すべき損害の額は2050万0422円である。

(2)  原告Bについて

前記判断のとおり,原告Bが本件事故により被った損害の額は3590万0845円である。この損害額から50パーセントの控除をすると,その残額は1795万0422円(1円未満切捨て)である。

前記判断のとおり,原告Bは,本件事故による損害の賠償を求めるため,弁護士に委任し,本件訴訟を提起する必要があった。そのための弁護士費用は180万円とみるのが相当である。

したがって,被告Dが原告Bに対して賠償すべき損害の額は1975万0422円である。

(3)  原告Cについて

前記判断のとおり,原告Cが本件事故により被った損害の額は50万円である。この損害額から50パーセントの控除をすると,その残額は25万円である。

前記判断のとおり,原告Cは,本件事故による損害の賠償を求めるため,弁護士に委任し,本件訴訟を提起する必要があった。そのための弁護士費用は5万円とみるのが相当である。

したがって,被告Dが原告Cに対して賠償すべき損害の額は30万円である。

第4結論

以上によれば,原告Aの請求は,被告Dに対するもののうち,賠償金2050万0422円及びこれに対する弁済期(本件事故の発生日)である平成18年9月15日から支払済みまで民法で定める年5パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるが,被告Dに対するもののうちそのほかの部分,被告Eに対する請求はいずれも理由がない。

原告Bの請求は,被告Dに対するもののうち,賠償金1975万0422円及びこれに対する弁済期(本件事故の発生日)である平成18年9月15日から支払済みまで民法で定める年5パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるが,被告Dに対するもののうちそのほかの部分,被告Eに対する請求はいずれも理由がない。

原告Cの請求は,被告Dに対するもののうち,賠償金30万円及びこれに対する弁済期(本件事故の発生日)である平成18年9月15日から支払済みまで民法で定める年5パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるが,被告Dに対するもののうちそのほかの部分,被告Eに対する請求はいずれも理由がない。

よって,訴訟費用の負担について民事訴訟法65条1項ただし書,64条本文,61条,仮執行の宣言について同法259条1項を適用して(相当ではないから,訴訟費用の負担を求める部分についての仮執行の宣言,仮執行の免脱宣言はいずれも付さない。),主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤幸康)

(別紙は省略)

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