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仙台地方裁判所 平成20年(ワ)748号 判決 2010年4月20日

原告

同訴訟代理人弁護士

杉山茂雅

崔信義

原田憲

北見淑之

被告

佐川急便株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

八代徹也

被告

羽田タートルサービス株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

今井和男

柴田征範

有賀隆之

箭内隆道

佐藤亮

塗師純子

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、連帯して金9334万5376円及びこれに対する平成18年3月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  第1項について仮執行宣言

第2  事案の概要等

1  本件は、派遣社員が派遣先の会社で恒常的に長時間の深夜労働を余儀なくされ、うつ病に罹患したために、自殺するに至ったとして、上記派遣社員の母(原告)が派遣先の会社及び派遣元の会社に対し、安全配慮義務違反による債務不履行又は不法行為に基づき上記派遣社員及び母の被った損害の賠償を求めた事案である。

2  前提事実

(1)  被告羽田タートルサービス株式会社(以下「被告羽田タートル」という。)は、施設内における宅配貨物等の仕分け等の請負事業や労働者派遣事業を主な目的として設立された株式会社である。(争いがない。)

(2)  被告佐川急便株式会社(以下「被告佐川急便」という。)は、貨物自動車運送事業を主な目的として設立された株式会社である。(争いがない。)

(3)  原告は、亡C(昭和○年○月○日生、以下「亡C」という。)の母であり、同人の唯一の相続人である。(書証(省略)、弁論の全趣旨)

(4)  亡Cは、平成12年7月に短期アルバイトとして被告羽田タートルの東北本部営業所に採用され、被告佐川急便の東北支社仙台店(以下「仙台店」または「職場」という。)に配属となった。なお、平成13年6月に被告羽田タートルの契約社員となった。(書証(省略)、弁論の全趣旨)

(5)  亡Cは、平成18年3月27日午後零時50分、仙台市<以下省略>所在の自宅内にて首を吊って自殺(以下「本件自殺」という。)しているのを発見された。a内科クリニックのD医師は、同日、亡Cの遺体を検案し、その直接死因を縊頸による窒息死、死亡推定時刻を同日午前11時ころと診断した。(書証省略)

(6)  原告は、仙台労働基準監督署長(以下「監督署長」という。)に対し、亡Cの本件自殺は業務上の事由によるものであるとして遺族補償一時金及び葬祭料の請求をしたが、監督署長は、亡Cの本件自殺は業務上の事由によるものとは認められないとして、平成20年1月10日付けで、労働者災害補償保険法による遺族補償一時金及び葬祭料を支給しない旨の処分(以下「本件不支給決定」という。)をした。(書証(省略)、弁論の全趣旨)

(7)  原告は、本件不支給決定を不服として、宮城労働者災害補償保険審査官に審査請求したが、同審査官は、平成20年8月29日付けでこれを棄却した。(書証省略)

(8)  原告は、上記棄却決定を不服として、本件不支給決定の取消しを求めて、労働保険審査会に再審査請求したところ、同審査会は、平成21年7月29日付けで、亡Cの死亡は業務上の事由によるものと認められるとして、本件不支給決定を取り消した。(書証省略)

3  争点

(1)  亡Cの業務と同人の死亡との間の因果関係

(2)  被告らの安全配慮義務違反

(3)  亡C及び原告の損害額

(4)  過失相殺

4  争点についての当事者の主張

(1)  争点(1)について

ア 原告

(ア) 亡Cの労働内容

亡Cは、貴重品の仕分けを継続的・反復的に行っていたほか、日常的に入れ替わりの激しい派遣社員の指導監督を行うなど精神的な緊張を伴う業務に従事しており、別紙(省略)「亡Cの労働時間(原告)」のとおり、本件自殺前の1年間、総労働時間が毎月300時間程度で時間外労働時間が毎月100時間を優に超えるという過酷な労働を強いられてきた。また、1時間の休憩時間があるだけで恒常的に午後7時から翌午前7時ころまでの実質11時間の深夜労働を強いられていた。

(イ) 亡Cのうつ病発症

a 亡Cは、平成17年11月ころから様子がおかしくなり始め、約1か月間、家族と口をきかなくなり、自宅に帰ってくると、疲れているからとすぐに自室に入ってしまうことが続いた。

平成18年になると、亡Cは家族に対して、精神的苦悩や自責の念、職場での疎外感等の愚痴をこぼすようになった。

平成18年2月になると、言葉で疲労を連日訴えるようになり、同月末には、日中寝られず夢遊病者のように室内を徘徊し、壁に体をぶつけながらフラフラ歩いたり、何回もボーッと立っていたことがあった。

b 亡Cのこれらの状態は、「抑うつ気分」、「興味と喜びの喪失」、「活力の減退による易疲労感の増大や活動性の減少」という、ICD-10におけるうつ病の典型的症状をすべて満たしている。

また、①集中力と注意力の減退、②自己評価と自信の低下、③罪責感と無価値観、④自殺の観念や行為、⑤睡眠障害というICD-10におけるうつ病の一般的症状も認められ、日常生活に支障をきたしていた。

ICD-10によると、典型的症状のうち少なくとも2つ、他の一般的症状のうち少なくとも3つ(4つが望ましい)が存在すれば、中等症うつ病と診断されるところ、亡Cには、上記のとおりこれらの症状が存在したから、遅くとも平成18年2月末には中等症うつ病を発症していた。

(ウ) 亡Cの業務と同人のうつ病発症及び本件自殺との相当因果関係

a うつ病発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合には、業務とうつ病発症の関連性が強い等の医学的経験則があるところ、亡Cの本件自殺前1年間の時間外労働時間は毎月100時間を優に超えていたから、亡Cのうつ病発症とその業務の関連性は非常に強い。(恒常的な長時間労働)

b 深夜労働は、昼間に活動し夜間に睡眠をとるという人間の生体リズムに反し、心身に極度の負担を与え、疲労を蓄積させ、慢性疲労を生じさせやすいところ、亡Cは、平成12年7月から本件自殺まで恒常的に深夜労働することを余儀なくされていた。(恒常的な深夜労働)

c また、亡Cには業務以外の心理的負担及び個体側要因によりうつ病を発症したことをうかがわせる事情は全くない。

d 労働保険審査会も、亡Cが恒常的に長時間労働及び深夜労働をしていたことから、同人は、業務に関連する出来事が有力な原因となってうつ病を発症したと結論づけている。

e また、精神保健指定医のE医師(以下「E医師」という。)が、亡Cが中等症うつ病を発症しており、このうつ病の発症は亡Cの業務に起因するものである旨の意見を述べている。

f 以上のことからすれば、亡Cの業務と同人のうつ病発症との間には相当因果関係が認められる。そして、このうつ病発症と本作自殺との間に相当因果関係があることは経験則上明らかである。

イ 被告ら

(ア) 亡Cのうつ病発症

a 亡Cの業務内容

(a) 亡Cの業務内容は、貴重品の仕分けという単純なものであり、緊張を伴うものでもなく、その労働の密度も低く、軽作業であって肉体的な負担はなかったし、何らかのノルマ達成や成果を求められるものでもなかった。なお、亡Cには新人教育といった役目もなかった。

(b) 亡Cの業務には、平日は午前零時から午前1時まで1時間の一斉休憩が、土日祝日は2時間以上の一斉休憩があったほか、担当部署毎に交替で合計1時間の小休憩があった。これを踏まえて亡Cの平成17年4月から本件自殺までの労働時間を計算すると、別紙(省略)「亡Cの労働時間(被告羽田タートル)」のとおりとなり、賃金算定期間である当月21日から翌月20日を基準に残業時間を計算すると、別紙(省略)「亡Cの労働時間(被告佐川急便)」のとおりとなる。

(c) また、亡Cは深夜勤務であったとはいえ、その勤務時間帯は一定していたから、昼夜交替勤務に従事した場合に比べ、はるかに肉体的な負担は少なかった。

(d) その他、亡Cは職場での人間関係も円満であったし、亡Cの勤務シフトは同人の希望に沿ったものであったし、休日を取れないこともなかった。

b 平成17年11月から平成18年3月にかけて、亡Cは何の問題もなく被告佐川急便の仙台店で業務に従事していたから、亡Cに異常な状態はなかった。

c 亡Cが本件自殺直前まで受診していた内科・胃腸科を扱っているbクリニックの診療録からも、亡Cがうつ病その他の精神疾患を発症していたことは全くうかがわれないし、平成17年12月3日に実施された定期健康診断でも、亡Cは全て「異常なし」であり、医師に対し何の不調も訴えていない。

d ICD-10のうつ病の診断基準は、うつ病の概念が変化している中では、その基準自体がうつ病の診断方法として適当であるか疑問である。仮にICD-10によるとしても、亡Cの状態は、典型的症状のいずれにも該当しないし、一般的症状もなかった。その他、うつ病に顕著とされるその他の身体症状(体重減少、頭重、頭部熱感、肩こり、手足のしびれなど)もなかった。

e 以上のとおりであり、亡Cはうつ病を発症していなかった。

(イ) 亡Cの業務と同人のうつ病及び本件自殺との相当因果関係

a 長時間労働の関係では、専門研究者の中でも、「長時間労働と精神疾患の発症との明確な関連性はまだ十分には示されていない」との報告があるなど、長時間労働と精神疾患との関連性は肯定されていない。

むしろ、精神疾患発症について問題となりうるのは睡眠不足であるが、亡Cには被告佐川急便での業務を前提にしても睡眠をとる時間は十分にあり、亡Cには睡眠不足をうかがわせる事情は一切なかったし、bクリニックの診療録でも、亡Cは8時間程度の睡眠が確保されているとされていたから、亡Cは睡眠不足でもなかった。

b 深夜労働との関係では、睡眠時間帯が固定している場合は、その時間帯が通常よりも著しく遅かったり早かったりしても、睡眠自体は、正常な質と持続時間を持つものであることが文献で示されているところ、亡Cは深夜労働で一定しており睡眠時間帯も固定していたから、亡Cの深夜労働とうつ病発症とは関連性がない。

c また、亡Cには、具体的エピソードとしては必ずしも明確ではないものの、①平成18年3月3日以降、bクリニックに通院し、急性胃炎、急性気管支炎を伴う急性上気道炎、十二指腸潰瘍と診断されたこと、②平成13年に父親を癌と脳梗塞で亡くしたこと、③結婚していた姉の一家が子供を連れて同居し始めたことによりストレスを感じていたこと、④平成17年11月半ば頃、近所での新築工事に係る騒音発生という問題が起きたこと、⑤消費者金融や同僚からの借金など金銭面での心理的負担を負っていたこと等業務以外に多数の心理的負荷があった可能性がある。

d 亡Cは、責任感が強く、おとなしく、優しい性格であり、うつ病になりやすい性格であった。

e なお、E医師は、生前の亡Cを診察したことがないこと等からすれば信用性は低いし、労働保険審査会の裁決は、基礎となる事実の認定を誤っているから参考とされるべきではない。

f 以上のとおり、仮に亡Cがうつ病を発症していたとしても、それは業務以外の心理的負荷に起因するのであって、亡Cの業務と同人のうつ病との間に相当因果関係は認められない。

(2)  争点(2)について

ア 原告

(ア) 被告らは、亡Cが恒常的に月100時間を超える時間外労働や深夜労働に従事していたことを認識していたから、このような勤務状態によって亡Cの健康状態が悪化することは容易に認識し得た(予見可能性)。

(イ) そうであれば、被告羽田タートルは亡Cの使用者として、被告佐川急便は、亡Cの派遣先の事業者の立場で派遣労働者である亡Cに対し業務上の指揮命令権を行使し労務を管理する者として、それぞれ、亡Cに対し、亡Cの労働時間をチェックし、産業医に相談するなどの方法で亡Cの健康状態に留意するなどして、亡Cの心身の健康保持について注意すべき義務(安全配慮義務)があった。

(ウ) それにもかかわらず、被告らは、亡Cに恒常的に月100時間の時間外労働や深夜労働をさせた上、年1回の簡易健診しか実施せず、最低限の労働安全衛生教育すら行わず、時間管理もしなかった。すなわち、被告らは、亡Cの恒常的な長時間労働及び深夜労働について何らの配慮も是正もすることなく、漫然と放置していたのであるから、明らかな安全配慮義務違反が認められる。

(エ) そして、被告らが亡Cの労働時間を適正な程度に抑えることを前提に、同人の精神面での健康状態を調査し、亡Cについて休養の必要性を検討したり、人員を増やすなどしてその恒常的な長時間労働や深夜労働を改める等の対応を取っていれば、亡Cの本件自殺を防止し得る蓋然性は高かった。したがって、被告らの上記安全配慮義務違反と本件自殺との間には因果関係が認められる。

イ 被告羽田タートル

(ア) 労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(以下「労働者派遣法」という。)によれば、派遣先事業主を労働者を使用する事業主とみなして労働安全衛生法の主な規定は適用され、その場合派遣元事業者には適用されない(労働者派遣法45条3項、同5項)。また、安全配慮義務は、基本的に実際に労働者を指揮命令する派遣先事業者にあると解されている。したがって、本件では、実際の労働現場での派遣労働者の働かせ方については、派遣先事業者の被告佐川急便が責任を負う。

(イ) また、亡Cの業務は前記のとおり心身に過重な負担が生じるものではないから、格別な配慮義務は生じないし、深夜労働それ自体は、勤務時間が規則的で一定している場合には、睡眠の質・量には問題がないし、法律上禁止されているものでもない。したがって、被告羽田タートルは原告が主張する安全配慮義務を負うものではない。

(ウ) さらに、亡Cには出勤時の点呼においても、勤務中も特段異常な点も奇異な様子もなく、亡Cを診察した医師ですら、亡Cがうつ病であるとの疑いを抱いていないという状況であったから、被告羽田タートルが亡Cのうつ病発症を具体的に予見することは不可能であり、結果の予見可能性がないことは明白である。

(エ) 以上のとおりであり、被告羽田タートルに安全配慮義務違反はない。

ウ 被告佐川急便

(ア) 被告佐川急便には、亡Cのうつ病発症について予見可能性はないし、結果回避可能性もない。

(イ) また、自殺は本来本人の決断であって、他人が自殺を予見することも、他人がこれを回避させることも事実上不可能であるから、自殺についての結果回避可能性が被告佐川急便にあるということはできない。

(ウ) 以上のとおりであり、被告佐川急便に安全配慮義務違反は成立しない。

(3)  争点(3)について

ア 原告

(ア) 亡Cの逸失利益 7277万6945円

平成17年度に亡Cが受け取った給与は367万2710円であるが、未払残業代をいれて別紙(省略)「賃金再計算書」のとおり再計算すると、亡Cが本件自殺前1年間に受け取るべき給与は合計616万3641円となる。生活費の控除率は30パーセントとするのが相当であり、29歳の者の就労可能年数は38年間(ライプニッツ係数は16.8678)である。これによると、亡Cの逸失利益は7277万6945円となる。

計算式 6,163,641×(1-0.3)×16.8678=72,776,945

(イ) 亡Cの慰謝料 3000万円

亡Cは被告らの行為により、筆舌に尽くしがたい苦しみを受け、ついには自らの命を絶つに至っており、これによる精神的苦痛を金銭に換算すれば3000万円を下らない。

(ウ) 原告固有の慰謝料

亡Cの本件自殺により原告は甚大な精神的苦痛を受けており、これを金銭に換算すれば1000万円を下らない。

(エ) 亡Cの葬祭費は150万円が相当である。

(オ) 以上の損害のうち、一部請求として、8486万5376円の範囲で請求を行う。

(カ) 本件訴訟を提起・追行するにあたっては弁護士による必要があり、その費用は848万円とするのが相当である。

(キ) 以上のとおり、被告らの行為によって亡Cが自殺したことによる、その相当因果関係の範囲内にある損害の合計は、9334万5376円を下らない。

イ 被告ら

損害額に係る原告の主張はすべて争う。亡Cが一家の支柱であったかは不明であり、原告の固有の損害についても具体的主張はない。

(4)  争点(4)について

ア 被告ら

労働者は自らの精神的疾病や身体不調があったとすれば、直ちに医師の診察を受けてその指示に従うなど労務の提供に支障がないよう健康管理に留意しなければならず、労務の提供が不可能ないし不十分であれば、心身の回復を図り労務の提供が可能となるよう使用者に申告して、欠勤ないし休養を図らなければならない義務を負うが、亡Cが仮にうつ病であったとすれば、同人はこれらの義務を怠っている。また、原告は、亡Cと同居していながら、亡Cをうつ病の専門医に連れて行くなどの措置を採っていない。これらは、亡C(原告側)及び原告の過失として評価されるべきであり、大幅な過失相殺をすべきである。

イ 原告

被告らの主張するような義務は観念できず、原告及び亡C(原告側)に過失相殺されるべき事情はない。

第3  当裁判所の判断

1  争点(1)について

(1)  前記前提事実、証拠(省略)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる的確な証拠はない。

ア 亡Cの就業状況等

(ア) 亡Cは、遅くとも平成15年以降、仙台店の構内において、貴重品係として顧客が貴重品として指定した荷物(コンサートチケット、クレジットカード、重要書類等、以下「貴重品」という。)の仕分けを担当していた。(証拠(省略)、弁論の全趣旨)

(イ) 貴重品係の具体的な業務内容は、もっぱら、仙台店の貴重品室に待機し、作業員が直接持参する貴重品を受け取り、保管棚の所定位置に仕分けし、その後、その貴重品を取りに来た作業員にこれを手渡すというものである。取り扱う貴重品は、ほとんどが小さく軽量のものであり、貴重品全体の物量も一般の貨物のそれに比べてかなり少なかった。また、貴重品の紛失があった場合に担当者がそれを弁償するということはなかった。(証拠省略)

(ウ) 亡Cの勤務形態は常夜勤勤務であり、所定労働時間は午後7時から翌午前4時まで、所定休憩時間が午前零時から午前1時まで、所定休日が週休1日制であった。午前4時以降は時間外労働となるが、亡Cは、実際には午前7時まで行われる夜勤業務を担当していた。(書証省略)

(エ) 仙台店では、平日、土日祝日ともに、荷物の配送が一段落する午前零時ころから一斉休憩となり、平日はそれから1時間、荷物が少ない土日祝日はそれから2時間以上の休憩時間があった。また、この一斉休憩の他に、各担当部署ごとに交替で15分ずつの小休憩が、おおよそ午後8時、午後10時、午前4時、朝方等の時間帯に4回から5回あった。(証拠省略)

(オ) 亡Cの平成17年9月から平成18年3月までの各日の出勤時刻、退社時刻、拘束時間数、労働時間数、各月の総労働時間数等は別紙(省略)「亡Cの出退勤状況一覧」のとおりである。(書証(省略)、弁論の全趣旨)

(カ) 亡Cは、遅くとも平成15年ころから、支給給与を増やすため、月5日の休日(うち1日のみ連休)という勤務シフトを希望しており、おおむね希望どおりの勤務シフトが組まれていた。(証拠(省略)、弁論の全趣旨)

(キ) 亡Cは、職場において、平成18年3月ころに体調を崩すまでは、特に変わった様子はなかった。(人証(省略)、弁論の全趣旨)

(ク) 亡Cには、職場において、業務の関係や同僚との関係で特にトラブルはなかった。(人証(省略)、弁論の全趣旨)

イ 亡Cの家庭での生活状況等

(ア) 亡Cは、原告、実姉のF、その夫のG、FとGの子であるH、同Iの6人で同居していた。(書証省略)

(イ) 亡Cは、平成17年11月ころ、約1か月間、帰宅してもすぐに自室に入ってしまい、同居の家族と顔をあわすこともなく、会話もなかったことがあった。(書証(省略)、原告本人)

(ウ) 亡Cは、平成17年11月ころに近所で行われていた新築工事について、「うるさくて眠れない。」と言うことがあった。(書証(省略)、原告本人)

(エ) 亡Cは、平成18年1月ころ、原告に対し、仕事から帰宅した際、「俺だけなんだよ。」「俺だけいろいろ言われるんだ」と言うことがあった。(書証(省略)、原告本人)

(オ) 亡Cは、平成18年2月ころ、仕事から帰ってくると、「疲れた、疲れた」などと言うようになったり、トイレに行く際に壁に体をぶつけながら歩くことが3、4回あり、また、何も言わずに原告の後ろに立っていることがあった。(書証(省略)、原告本人)

(カ) 亡Cは、平成18年3月ころ、原告に対し、「休みたいけど休めないんだ」と言うことがあった。(書証(省略)、原告本人)

ウ 亡Cの平成18年3月当時における受診状況等

(ア) 亡Cは、平成18年3月1日に38.6℃、同月2日に37.8℃の発熱等があり、同月3日にbクリニックのJ医師(以下「J医師」という。)の診察を受けた。このとき亡Cが訴えた症状は、上記発熱に加え、全身倦怠感、筋肉痛、喉頭痛であり、来院時体温は37.0℃であった。J医師はインフルエンザウイルス感染症を疑ったが、エスプラインを施行した結果、陰性であったため、急性気管支炎を伴う急性上気道炎との診断で薬を処方した。(書証省略)

(イ) 亡Cは、同月8日、前日から10回以上の嘔吐があり、38℃の発熱もあったため、J医師の診察を受けた。このとき亡Cが訴えた症状は、上記嘔吐、発熱に加え、関節痛、倦怠感であった。J医師が亡Cの血液検査を行ったところ、白血球数11900、CRP2+であったため、細菌感染症を疑い、また、嘔吐の症状から脱水症状、消化管疾患及び消化性潰瘍をそれぞれ疑い、薬を処方した。その結果、翌9日には亡Cの症状には改善傾向が認められた。(書証省略)

(ウ) 亡Cは、平成18年3月15日、同月13日に下痢6回、同月14日に下痢が2回あり、嘔気、腹部不快感があったため、J医師の診察を受けた。J医師が上部消化管内視鏡検査を施行したところ、十二指腸球部に小潰瘍、びらん、胃内に急性胃炎の所見がそれぞれ認められた。その後、同月25日にJ医師が亡Cを診察した際には、軽度の胃部不快感があったものの、嘔気、胸やけ及び下痢はなく、症状の改善が見られていた。このとき、J医師が亡Cに勤務状況を尋ねたところ、午前9時ころ帰宅し、食事をとり、午前10時ころから午後6時ころまで就寝し、午後7時ころから翌午前8時ころまで仕事ということだった。(書証省略)

(エ) J医師は、亡Cが自殺した後、原告から亡Cが自殺したこと等を聞いたが、亡Cがうつ病であったかについては明らかではないと判断したほか、亡Cの精神疾患については、「意見書に記載してある症状に関する数値(高熱、白血球数の増加等)は内科的な症状であり、精神的な症状については考えなかった」としている。(書証省略)

(オ) 亡Cが平成17年12月3日に受けた定期健康診断では、聴力検査、血圧測定、診察、胸部X線検査、糖尿病検査、腎機能検査が実施されたが、いずれも異常はなかった。(書証省略)

エ ICDの診断基準

ICD-10によれば、うつ病の典型的症状として、「抑うつ気分」、「興味と喜びの喪失」及び「活力の減退による易疲労感の増大や活動性の減少」があり、他の一般的症状としては、「集中力と注意力の減退」、「自己評価と自信の低下」、「罪責感と無価値観」、「将来に対する希望のない悲観的な見方」、「自傷あるいは自殺の観念や行為」、「睡眠障害」、「食欲不振」がある。そして、軽症うつ病と確定診断されるには、典型的症状のうち少なくとも2つ、一般的症状のうち少なくとも2つが存在する必要があり、中等症うつ病と確定診断されるには、典型的症状のうち少なくとも2つ、一般的症状のうち少なくとも3つが存在する必要がある。(書証省略)

オ E医師の医学的意見等

E医師の長時間労働、深夜労働及び亡Cの本件自殺についての意見は要旨次のとおりである。(証拠省略)

(ア) 残業時間が1か月当たり100時間を超える場合、または、2か月から6か月間、残業時間が1か月当たり80時間を超える場合には、長時間労働そのものが疲労を蓄積させるのみならず、長時間労働により睡眠時間が短縮されて脳や身体の回復が十分に図れなくなり、脳への疲労蓄積により自律神経の働きが低下し、精神疾患にも大きな影響を及ぼす。

(イ) 人間の生体リズムは、自律神経の働きにより、昼間は交感神経が優位に働き、活動が活発となり、夜間は副交感神経が優位に働き、活動が抑えられるようになっており、この生体リズムを人間の努力によって逆転させることはできないから、深夜労働後の昼間の睡眠は浅くなり、疲労が回復せず慢性疲労が生じやすくなる。

(ウ) もっとも、深夜労働の身体に及ぼす影響に関しては、深夜と昼間の勤務を交替することが生活リズムを崩すのであって、深夜労働で一定していれば、身体に対する影響はさほどないという見解もある。

(エ) 原告の陳述書や聴取結果からすれば、亡Cは平成18年2月ころ、疲労を連日訴えるようになり、不眠が出現し、家庭内の行動も傍目からみても異常に感じられ、精神的、身体的疲労もかなりすすんでいたと考えられる。このような状態は、抑うつ的であり、興味と喜びの喪失がみられ、易疲労的であり、ICD-10における典型的エピソード3種類を満たしている。また、その他の症状としても、集中力と注意力の減退、自己評価と自信の低下、罪責感と無価値観、睡眠障害が認められ、日常生活に支障をきたしつつあった状態であったと想像でき、亡Cは、発症時期は明らかではないが、遅くとも平成18年2月末には中等症うつ病に陥っていたと考えられる。

(オ) うつ病を発症した要因は、本件自殺の直近6か月間の残業時間が毎月80時間以上であること、連続出勤が続いていたこと、サーカディアンリズム(24時間周期を持つ概日性リズム)に反する深夜勤業務であり、疲労が蓄積しやすくさまざまな健康被害に陥りやすい状態であったこと、派遣社員であり心理的差別を受けていた可能性があること、業務以外に強度の心理的負荷を生じさせるような問題があった様子がないこと、精神的脆弱性という個体側の要因がうかがわれないこと等から、業務上に起因性があったと判断する。

(カ) その後、亡Cは、精神的、身体的疲労が続くなか、うつ症状の一つである自殺念慮が強まり自殺したと考えられる。

(キ) J医師は精神疾患を念頭において亡Cを診察したわけではないから、同医師が亡Cの精神疾患を考慮しなかったことは当然であるし、健康診断では何らの異状も指摘されていないが、同診断では省略健診が適用されており、精神的健康状態までは明らかにできなかったに過ぎず、これらのことは亡Cの精神疾患を否定するものではない。亡Cは、深夜業務のもと、ほぼ恒常的に100時間以上の時間外労働に従事していたのであるから、その心理的負荷は大きく、本件自殺には業務起因性が認められる。

カ 長時間労働と精神疾患に関する医学的知見等

(ア) 日本産業精神保健学会が平成16年3月に作成した「平成15年度委託研究報告書・I 精神疾患発症と長時間残業との因果関係に関する研究」(以下「精神保健学会研究」という。)では、「長時間残業(に)よる睡眠不足が精神疾患発症に関連があることは疑う余地もなく、特に長時間残業が100時間を超えるとそれ以下の長時間残業よりも精神疾患発症が早まるとの結論が得られた」とされる。もっとも、「長時間労働は抑うつなどの精神健康に悪影響を及ぼすことが報告されているが、仕事量や負担感のような主観的評価に比べると客観的な労働時間との関連は弱い。縦断的研究では長時間労働の精神疾患発症との関連は一部で示唆されるが、一貫して統計学的に有意な結果は見あたらなかった。長時間労働と精神疾患の発症との明確な関連性はまだ十分には示されていない」ともされる。また、睡眠時間に関連して、「4―5時間睡眠が1週間以上続き、かつ自覚的な睡眠不足感が明らかな場合は精神疾患発症、とくにうつ病発症の準備状態が形成されると考えることが可能と思われる」、「長時間労働が精神疾患の発症に関与していると判断された例では、…発症前に十分な睡眠時間が確保されなかった例が約4割みられ、うち半数近くが仕事と強い関連があると判断された。その睡眠時間は4~5時間が多かった」とされる。(書証省略)

(イ) 厚生労働省が平成16年8月18日に発表した「過重労働・メンタルヘルス対策の在り方に係る検討会報告書(案)」では、「精神障害による自殺の労災認定事案の分析結果をみると、平成14年度以前に労災認定された51件の事案のうち、27件において月100時間以上の時間外労働時間が認められ、長時間労働が心の健康にも大きく関与していることが考えられる」とされる。(書証省略)

(ウ) 厚生労働省労働基準局長から都道府県労働局長に宛てられた通知「脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について」(平成13年12月12日、基発第1063号)では、「発症前1か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たり…おおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まると評価できる」とし、「発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できる」とされる。(書証省略)

(エ) 精神科医Kの著書「成果主義とメンタルヘルス」は、過労自殺の症例研究をした結果として「労働時間の詳細が明らかな事例からは、最低月間残業時間60時間以上の長時間労働に従事していた」と分析しているほか、仕事におけるストレスフルな出来事の第1位として長時間労働が挙げられ、そのストレス強度は、「非常に強い」と「極めて強い」の中間値としている。(書証省略)

(オ) 厚生労働省労働基準局長から都道府県労働局長に宛てられた通知「過重労働による健康障害防止のための総合対策について」(平成18年3月17日、基発第0317008号)では、5(2)「長時間にわたる時間外・休日労働を行った労働者に対する面接指導等」において、「①時間外・休日労働時間が1月当たり100時間を超える労働者であって、申出を行ったものについては、医師による面接指導を確実に実施するものとする。②時間外・休日労働時間が1月当たり80時間を超える労働者であって、申出を行ったもの(①に該当する労働者を除く。)については、面接指導等を実施するよう努めるものとする。③時間外・休日労働時間が1月当たり100時間を超える労働者(①に該当する労働者を除く。)又は時間外・休日労働時間が2ないし6月の平均で1月当たり80時間を超える労働者については、医師による面接指導を実施するよう努めるものとする。…」とされ、「面接指導等により労働者のメンタルヘルス不調が把握された場合は、面接指導を行った医師、産業医等の助言を得ながら必要に応じ精神科医等と連携を図りつつ対応するものとする」とされる。(書証省略)

キ 深夜労働と精神疾患に関する医学的知見等

(ア) 国際労働機関(ILO)の「夜業に関する勧告(第178号)」は、「夜業労働者の通常の労働時間は、夜業に従事するいかなる二十四時間においても八時間を超えるべきではない。」、「夜業労働者の通常の労働時間は、一般的に、関係のある活動又は企業の部門において昼間に同一の条件で行われる同一の労働に従事する労働者の労働時間よりも平均して少ないものであるべきであり、かつ、いかなる場合にも平均してそれらの労働者の労働時間を超えるべきではない。」など、夜間労働について勧告をしている。(書証省略)

(イ) 第79回日本産業衛生学会のシンポジウムで、名古屋市立大学労働・生活・環境保健学分野大学院医学研究科のLから、夜勤は「昼業夜眠生活に反するため、勤務中に、眠気やだるさ、注意集中困難が増大する。…夜勤後の昼間の睡眠は、夜間の睡眠に比べ、睡眠の質、量ともに劣る傾向にある。そのため、夜勤が連続する場合、夜勤による疲労を昼間睡眠で回復できないまま、次の夜勤に持ちこすことになる。このように、夜勤・交代勤務は、労働負担の大きさと、疲労回復の困難さから、慢性疲労を生じやすい。」、「夜勤の疲労を昼間睡眠で回復することが困難であること、そのため長期の連続夜勤では、休日の夜間睡眠でも回復しにくくなること、夜勤への完全なリズム適応は不可能である」などの意見が示された。(書証省略)

(ウ) 旭川医科大学医学部教授のM氏及び北海道大学大学院教授のN氏が編著した「サーカディアンリズム睡眠障害の臨床」では、「睡眠時間帯(睡眠相)が通常よりも慢性的に数時間後れて固定している」睡眠相後退症候群について、「たとえその睡眠相が後退していてもほぼ正常な質と持続時間を示す24時間周期の睡眠をとることができる」、「睡眠時間帯が通常よりも著しく前進して」いる睡眠相前進症候群について、「入眠および覚醒時刻は毎日ほぼ一定であり、睡眠相は前進していても、ほぼ正常な質と持続時間をもった24時間周期の睡眠相が認められる」とされる。(書証(省略))

(2)ア  上記認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、亡Cには、平成17年11月ころから平成18年3月にかけて、原告に不眠を訴え、仕事上の不満を述べ、疲労感を訴えたほか、約1か月間家族と会話しない時期や、壁に体をぶつけながら歩いたり、何も言わずに立っていたりしたことがあったことがうかがわれるものの、上記諸事情は原告が断片的に観察したものにすぎない上、うつ病発症の契機となる具体的なエピソードとしては十分な内容ということはできず、これらのエピソードのみをもって、ICD-10に記載されている典型的症状の「抑うつ気分」や「活力の減退による易疲労感の増大や活動性の減少」、一般的症状の「自己評価と自信の低下」、「罪責感と無価値観」等があったとはたやすく認めがたいものというべきである。かえって、前示認定の事実によれば、平成17年12月の定期健康診断では亡Cに何ら異常はなく、亡Cが平成18年3月にJ医師の診察を受けた際に訴えた症状は、発熱、倦怠感、筋肉痛、喉頭痛、嘔吐、下痢、腹部不快感等であり、睡眠不足等のICD-10に記載されているうつ病の典型的症状または一般的症状に該当するような症状については訴えておらず、亡Cは、職場においては、平成18年3月ころまで特に変わった様子はなく、担当業務を問題なく行っており、平成18年3月ころに職場においても観察された体調不良は、亡Cの発熱の症状や消化器官の異状によるものであって、当時亡Cを診察していたJ医師は、亡Cの本件自殺を聞いた後でも、亡Cの高熱、白血球数の増加等の症状は内科的なものであり、同人のうつ病発症は明確ではないとしていることの各事実が認められ、これらの諸事実に照らすと、家庭内において亡Cがうつ病に罹患したことをうかがわせるに足りる具体的なエピソードを認められず、本件記録を精査しても、他に上記事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

したがって、原告の上記主張は採用できない。

イ また、原告は亡Cが長時間労働によりうつ病に罹患した旨主張し、亡Cの労働時間等は別紙(省略)「亡Cの出退勤状況一覧」のとおりであるところ、長時間労働と精神疾患発症との関連性を示唆し、あるいは、深夜労働後の昼間の睡眠が質・量ともに劣り、慢性疲労を生じさせやすいとの専門家の意見等があることは前示のとおりである。

しかし、前記認定の亡Cの業務内容等に照らしても、その業務は、もっぱら、小さく軽量の貴重品を仕分けるものであり、全体の物量も他の一般的な荷物に比べれば少なく、業務それ自体の肉体的負担は少ないものであるのみならず、貴重品を取り扱うものの、紛失した際に従業員個人が弁償までの責任を負うことはないから、業務自体による精神的負担が大きいとはいいがたい上、亡Cの時間外労働時間を、所定労働時間を「当該月の日数÷7×40時間(小数点未満切り捨て)」として計算すると、平成17年9月が69時間、同年10月が91時間15分、同年11月が81時間02分、同年12月が103時間09分、平成18年1月が35時間13分、同年2月が77時間41分、同年3月(本件自殺までの26日として計算する)が26時間44分となるところ、長時間労働と精神疾患発症との明確な関連性は十分には示されていないとの医学的意見もあることをも考慮すると、上記の程度の時間外労働により直ちにうつ病を発症させるものとまでは断定し難い。かえって、長時間労働による睡眠不足がうつ病発症と関連性があるとの医学的意見が示されているところ、亡CはJ医師に対し、勤務状況等について、午前10時ころから午後6時ころまでは就寝していると述べており、8時間程度の睡眠時間は確保していたから、亡Cは上記時間外労働によって睡眠時間が確保できないといった状況にはなっておらず、平成17年11月ころは、近所の新築工事による騒音の関係で睡眠不足になっていたと見る余地もあるが、これは明らかに業務外の要因である。また、亡Cは、遅くとも平成15年から恒常的に深夜労働に従事しているところ、深夜労働の身体に及ぼす影響については、深夜労働で一定していれば身体に対する影響はさほどないとの医学的見解があったり、睡眠時間帯が通常より慢性的にずれていても、ほぼ正常な質と持続時間を示す24時間周期の睡眠をとることができるとの見解もあるなど、恒常的な深夜労働が慢性疲労を生じやすくさせるとの見解につき確定した医学的知見が存するとはいえず、恒常的な深夜労働によっても亡Cに慢性疲労が生じていたとは認められないというべきである。

これらの諸事情を総合考慮すると、原告の長時間労働及び深夜労働に係る前記主張はたやすく認められず、本件記録を精査しても他に原告の主張を認めるに足りる的確な証拠はない。

したがって、原告の主張は採用できない。

(3)  さらに、原告は、亡Cがうつ病に罹患していた旨主張し、その根拠として、E医師が、亡Cが中等症うつ病であるとの意見を述べていることを指摘する。しかし、E医師の本件自殺についての意見は、生前に亡Cを診察していないため、もっぱら原告が断片的に観察した亡Cの状態を根拠とするものである上、同医師は平成18年2月ころ同人に不眠が出現していたことをうつ病発症の根拠として挙げるものの、亡Cが8時間睡眠をとっていたことは前示のとおりであり、この事実に照らすとうつ病発症に係る原告の上記主張はたやすく認められず、また、同医師は亡Cが派遣社員であり心理的差別を受けていた可能性を業務起因性を認める根拠として挙げるものの、本件全記録によってもこれを裏付けるものはなく、直近6か月間の残業時間が毎月80時間以上であるとの事実も認められないのであって、これらの諸事情に照らすと、原告の上記主張はたやすく採用し難い。

(4)  以上に検討したところによれば、亡Cがうつ病を発症していたか必ずしも明らかではないといわざるを得ず、仮に亡Cがうつ病を発症していたとしても、そのうつ病発症が、被告佐川急便の仙台店での業務に起因するものであるとはたやすく認め難く、本件記録を精査しても、他に亡Cのうつ病が上記業務に起因することを認めるに足りる的確な証拠はない。

(5)  したがって、亡Cのうつ病発症やその業務起因性が認められない以上、原告の亡Cの本件自殺が同人の業務に起因するとの上記主張は採用できない。

その余の争点(2)から(4)については、争点(1)についての原告の主張が認められることを前提とするものであるところ、争点(1)についての原告の主張が認められないことは上記のとおりであるから、これらの争点について検討するまでもなく、原告の本訴請求はいずれも理由がない。

第4  よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 足立謙三 裁判官 髙橋幸大 裁判官近藤幸康は転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官 足立謙三)

<別紙省略>

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