大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台地方裁判所 平成20年(行ウ)14号 判決 2010年11月29日

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は,別紙2(請求対象者目録)の「議員名」欄記載の各人に対し,同「議員名」欄に対応する「返還請求金額」欄記載の各金員及びこれらに対する平成20年9月25日から支払済みまで,年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。

第2事案の概要等

1  事案の概要

本件は,a市民により構成される権利能力なき社団である原告が,b県が別紙2「議員名」欄記載のb県議会議員(以下「本件各議員」という。)に対し,県議会議員の報酬等に関する条例(平成21年b県条例第41号による改正前のもの。以下「本件条例」という。)6条5項に基づき,平成20年2月20日から平成20年3月18日までの間に開催された第317回定例会に出席した際に支給した費用弁償の一部は違法な公金の支出であり,本件各議員には不当利得が生じていると主張して,地方自治法(以下「法」という。)242条の2第1項4号本文に基づき,被告に対し,本件各議員に対してそれぞれ別紙2「返還請求金額」欄記載の各金員及びこれらに対する平成20年9月25日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を請求することを求めた住民訴訟である。

2  前提事実(争いがない事実及び当事者が明らかに争わない事実については証拠番号を付さない)

(1)  当事者等

ア 原告は,地方行財政の不正を監視・是正すること等を目的として結成された,仙台市民を構成員とした権利能力なき社団である。

イ 被告は,b県の長であり,法242条の2第1項第4号の執行機関である。

ウ 別紙2「議員名」欄に記載された被告補助参加人らは,いずれも平成20年度にb県議会議員であった者である。

(2)  本件費用弁償の支出

ア 普通地方公共団体の議会の議員等は,職を行うため要する費用の弁償を受けることができ(法203条3項。ただし,平成20年法律第69号による改正前のもの。改正後は同条2項。),その費用弁償の額及びその支給方法は,条例でこれを定めなければならない(同条5項。ただし,平成20年法律第69号による改正前のもの。改正後は同条4項。以下同じ。)。

b県は,法203条5項の規定に基づき,本件条例により,費用弁償について以下のとおり規定している(本件条例6条5項)。

(ア) 一日の行程距離が50キロメートル未満

日額1万0800円

(イ) 一日の行程距離が50~80キロメートル未満

日額1万2200円

(ウ) 一日の行程距離が80~120キロメートル未満

日額1万4100円

(エ) 一日の行程距離が120~180キロメートル未満

日額1万6900円

(オ) 一日の行程距離が180キロメートル以上

日額2万0200円

イ 平成20年2月20日から平成20年3月18日のうち16日間,第317回定例会が開催され,本件各議員は上記定例会に出席した(なお,別紙2に記載された11番の議員は1日の欠席,同22番の議員は2日の欠席がある。)。

b県は,本件条例6条5項に基づき,本件各議員に対し,上記定例会への出席日数に応じて,別紙2「定例会支給総額」欄記載の各金額を支給した(以下,「本件費用弁償の支出」と総称する。)。

(3)  住民監査請求

原告は,平成20年6月19日,b県監査委員に対し,法242条1項に基づき,本件各議員に対する本件費用弁償の支出について,住民監査請求をした。[甲1]

b県監査委員は,同年8月18日,上記住民監査請求を棄却し,同日付通知書が原告に送達された。[甲2,弁論の全趣旨]

(4)  本件訴訟の提起

原告は,平成20年9月10日,本件訴訟を提起した。

3  争点

(本案前の争点)

(1) 本件費用弁償の支出が違法であることの理由として本件条例6条5項の違法性を主張した場合における,訴えの利益の有無(争点1)。

(本案の争点)

(2) 本件費用弁償の支出の根拠となった本件条例6条5項は,法203条5項が地方議会に認めた裁量権の範囲を超え又はそれを濫用した違法,無効なものであるか(争点2)。

4  争点に関する当事者の主張

(1)  争点1について

ア 被告及び被告補助参加人らの主張

原告の主張は,財務会計行為である本件費用弁償の支出は,その手続等に違法がなかったとしても,その根拠となる条例に違法がある以上,結果として違法な支出になるというものである。

しかしながら,具体的な財務会計行為の固有の違法性を主張することなく,その前提となる条例等の瑕疵・違法を主張することは,財務会計行為の違法を是正するという住民訴訟の類型として法が予定したものではないから,当該財務会計行為の固有の違法性に関する事実主張がない限り,訴えの利益を欠くというべきである。

イ 原告の主張

本件条例の違法性は,本件費用弁償の支出の違法性そのものとして発現するから,被告及び被告補助参加人らが主張するような違法性の承継という概念を持ち出す必要はない。

また,本件条例の制定と本件費用弁償の支出は,直接的関連性ないし一体的関係を有していることから,違法性の承継という概念を用いたとしても,本件条例が違法であれば,本件費用弁償の支出も違法性を帯びることになる。

(2)  争点2について

ア 原告の主張

費用弁償とは,職務に要した費用の実費弁償であり,勤務に対する給付とは区別される実費の支給である。

そうであれば,条例により,実費弁償の意義に反し,費用性が認められず,あるいは標準的な実費として合理的に算出されたとは認められない場合には,法203条5項が,普通地方公共団体の議会(以下「地方議会」という。)に認めた裁量権の範囲を超え又はそれを濫用したものと評価されるべきである。

そして,本件条例6条5項は,以下の事情を考慮すれば,法203条5項が地方議会に認めた裁量権の範囲を超え又はそれを濫用したものであると評価される。

(ア) 本件条例6条5項に定める費用弁償の算定方法は,日当3300円,宿泊料7450円,一日の行程距離が50キロメートル以上の場合には日当及び宿泊料の合計額に,1キロメートル当たり車賃47円を加算するものである。

しかるに,会議への出席は議員本来の職責であるから,議員報酬とは別途に日当を支給することは報酬の二重取りに等しい。仮に,日当を報酬ではなく諸雑費であると解したとしても,b県議会議員が会議に出席するに当たって要する費用は,交通費以外には存在しないから,諸雑費の存在は架空のものである。

また,b県議会議員が,会議への出席の際,実際に宿泊を要することは皆無であるし,懇親会等への出席に備えるために計上しているのであれば,職務に要する費用であるとは認められないから,いずれにしても,全ての議員に対して一律に宿泊費を支給することは実費弁償の趣旨に反する。

以上要するに,本件費用弁償の支出は,交通費に充てられる部分以外については,実費弁償という実態を有していない。

そして,b県議会議員が,第317回定例会に出席するに際して実際に支出した費用は,支給された費用弁償の約18.74パーセントに過ぎない。すなわち,本件費用弁償の支出は,実際に必要と見込まれる費用と比較して,議員一人当たり約1万円を過大に支給しているに等しいものである。

これに対し,被告は,「準備,連絡調整,移動費その他の諸雑費」が実費性のある費用と考える余地があると主張するが,これらが具体的にどのような活動を指し,そのためにどの程度の費用が発生しているかという点について,それを裏付ける証拠はない。これらは,実費弁償であると評価することはできないのであって,歳費もしくは報酬であると評価されるべきである。

(イ) 費用弁償は,他都道府県においても算定根拠が不明瞭なまま,既得権益化し,支給され続けているに過ぎないのであるから,本件費用弁償の支出が実費弁償の意義に反するか否かは,単純な他都道府県との比較において判断されるべきではない。仮に,他都道府県との比較という点を考慮するとしても,その算定根拠には合理性がないのであるから,費用の内訳やb県の実態を考慮することなく,単に他都道府県と支給金額が近似しているというだけで合理性を認めることはできない。

なお,b県の支給基準は,全国的に費用弁償についての見直しが進む状況において,依然として高額な自治体に分類される。

(ウ) 本件条例は,「在勤地における会議に出席した場合」に生じた費用の弁償を定めているのであって,文言上,議員活動全般の費用を償うことを定めたものではない。

また,b県議会議員に対しては,高額な政務調査費が支給されており,議員活動に要する費用は,全て網羅的に政務調査費により賄われる仕組みが存在するのであるから,費用弁償によって議員活動に要する諸雑費を支給する前提を欠く。

もっとも,法が費用弁償の支給を許容している以上,合理的な裁量の範囲内での標準的な交通実費の定額支給は許容されると解されるところ,b県議会は,自ら車賃を1キロメートルにつき47円と定めていることから,少なくとも,この範囲を超える費用弁償については,法203条5項が地方議会に認めた裁量権の範囲を超え又はそれを濫用したものというべきである。

したがって,本件各議員は,上記記載の範囲を超える部分(別紙2「返還請求金額」欄記載の各金員)について,b県の損失の下,本件費用弁償について不当に利得している。

イ 被告及び被告補助参加人らの主張(ただし,(ア)及び(エ)は被告のみ,(ウ)は被告補助参加人らのみの主張)

費用弁償額を定めるに当たっては,会議が議員の重要な活動の場であることにかんがみ,上記会議への出席に伴い,その職責を十全に果たすための準備,連絡調整及び移動等の費用を含む,常勤の公務員にはない諸雑費や交通費の支出を要する場合があり得ることから,他の都道府県における費用弁償額との均衡を考慮しつつ,費用弁償の額を定めていた場合には,法203条5項が地方議会に与えた裁量権の範囲を超え又はそれを濫用したとして違法,無効なものになるとはいえない。

そして,本件条例6条5項は,以下の各事情を考慮すれば,法203条5項が地方議会に認めた裁量権の範囲を超え又はそれを濫用したものであるとは評価できない。

(ア) 最高裁判所平成22年3月30日判決は,c市議会における費用弁償に関して,「準備,連絡調整及び移動等の費用を含む,常勤の公務員にはない諸雑費や交通費の支出」があり得ると判示しているところ,b県議会も,地方議会である点において,c市議会と同様に位置づけられ,その議員として果たす職責にも何ら差異はないと解される以上,上記のような諸雑費等の支出を要する場合があり得る。

なお,本件条例において,費用弁償を予定していた費目の具体的内容は必ずしも明らかではないから,費目の一つして推測されるに過ぎない交通費のみを捉えて,費用弁償として支給される額に占める割合を評価することは無意味である。

(イ) 費用弁償の支給に当たって,法は,必ずしも議員に実際に支出した金額と地方自治体の支給する額とが一致すべきことを要求しているわけではないし,実際上も,支給額を決定するに当たっては,条例により定められた標準的費用を基礎とした定額に基づいて支給する自治体が多数である。また,本件費用弁償の支出は,b県と類似する状況にある他都道府県と比較して,突出して高額であるというものではない。

(ウ) b県議会は,費用弁償の額について,その金額を不断に見直し,条例改正を繰り返している。本件条例は,「交通の発達により,在外地外の議員に全日分の宿泊費を支給することが時流に合わなくなってきたのではないか」という問題意識から,より実態に沿うように支給の仕組みの部分から全体を見直した結果,成立したものであって,その当時のb県議会の判断に裁量の逸脱又は濫用はない。

(エ) 本件費用弁償と政務調査費は,その支給目的及び対象が明確に異なるから,重複支給が生じる余地はない。議員が会議に出席することが議員もしくは会派の調査,研究と性質上異なることは明らかである。

なお,b県においては,各会派等から政務調査費の収支報告書等が提出された後,事務担当者が政務調査費と費用弁償の重複支給がなされていないかを事後的にチェックし,重複している場合には適宜是正するよう指摘するなどして,重複支給を防止,回避している。

第3当裁判所の判断

1  争点1について

(1)  住民訴訟は,普通地方公共団体の公金,財産及び営造物等が,本来,住民の納付する租税その他の公課等の収入によって形成され,自治体行政の経済的基礎をなすものであることから,執行機関又は職員による違法な支出等を住民の手によって防止,矯正し,もって住民全体の利益を擁護することを目的とした制度であると解される。

そうであれば,住民訴訟において問題とすべき財務会計行為の違法性の有無は,当該行為によって普通地方公共団体に財産的損失を与えることが法の許容するところであるか否かという観点から判断すべきであるところ,上記のような違法性の有無については,一連の行為の中から財務会計行為のみを取り出し,それのみを他から切り離して評価するという方法では適切に判断することができない場合も容易に想定される。

したがって,財務会計行為が直接法令に違反する場合だけでなく,その直接の原因となった行為等が法令に違反する場合にも,当該財務会計行為は違法性を帯びるものと解すべきである(最高裁判所昭和60年9月12日第1小法廷判決・集民145号357頁参照)。

(2)  上記解釈を踏まえて検討するに,本件においては,本件条例6条5項により,各議員が会議に出席するのに必要な行程陸路の距離に応じて,当然に所定額の費用弁償が支出されるのであるから,本件条例6条5項は,本件費用弁償の支出の直接の原因となっているといえる。

したがって,本件条例6条5項の違法性を,本件費用弁償が違法な支出であることの理由として主張することは許されるというべきであるから,被告及び被告補助参加人らの主張は採用できない。

2  争点2について

(1)  地方議会の議員等は,職務を行うため要する費用の弁償を受けることができ(法203条3項),その費用弁償の額及び支給方法は条例でこれを定めなければならないと規定しているところ(同条5項),上記費用弁償の額及び支給方法の定めについて,法は特に限定をすることなく,条例の定めにゆだねていることから,条例において,あらかじめ費用弁償の支給事由を定め,それに該当するときには,実際に費消した額の多寡にかかわらず,標準的な実費である一定の額を支給することとする取扱いをすることも許されると解すべきであり,いかなる事由を費用弁償の支給事由として定めるか,また,標準的な実費である一定の額をいくらとするかという点については,基本的に費用弁償に関する条例を定める当該地方議会の裁量判断に委ねられていると解するのが相当である(最高裁判所平成2年12月21日第2小法廷判決・民集44巻9号1706頁参照)。

もっとも,地方議会の裁量はおよそ無制限に認められるものではなく,本件条例6条5項の規定は,法の委任の範囲内で有効と認められるものであるから,本件費用弁償の支出が,b県議会に委ねられた裁量の範囲内にあるか否かは,法203条5項が,費用弁償について議員等の「職務を行うために要する」ものと規定している趣旨にかんがみ,議員等の職務遂行上の必要性に照らして検討する必要があるというべきである。

この点に関し,原告は, 費用弁償が,実費弁償の意義に反し,費用性が認められず,あるいは標準的な実費として合理的に算出されたとは認められない場合には,法203条5項が地方議会に認めた裁量権の範囲を超え又はそれを濫用したというべきであると主張するところ,先に説示した解釈は,原告の主張する上記解釈と相反するものとは解されない。

(2)  そこで,本件費用弁償の支出の根拠とされた本件条例6条5項が,法203条5項の趣旨に照らし,同項が地方議会に認めた裁量権の範囲を超え又はそれを濫用したものであるか否かを判断するに当たり,まず,地方議会の議員の職務の内容,性質等について検討する。

我が国の地方自治制度は,議事機関としての議会と執行機関としての首長が,対等な住民代表機関として相互に緊張関係を保ちつつ自治体の運営に当たる責任を有しており,いわゆる二元代表制を採用している(憲法93条1項,2項)。

上記のような二元代表制を前提とすれば,独任制の首長との対比において地方議会に求められる機能としては,とりわけ首長に対する監視機能,首長の政策を修正し,代案を提示する機能,独自に政策を立案する機能等が重要であると考えられるところ,法は,地方議会が上記の機能を適切に果たすために,地方議会の権限として,条例の制定・改廃及び予算の議決(法96条1項),普通地方公共団体の事務に関する管理,議決の執行及び出納の検査(法98条1項),普通地方公共団体の事務に関する監査(同条2項),普通地方公共団体の公益に関する事件についての国会又は関係行政庁への意見書の提出(法99条),普通地方公共団体の事務に関する調査及び選挙人その他の関係人の出頭及び証言並びに記録の提出の請求(法100条1項)等について規定している。

そして,地方議会が,上記の権限等を適切に行使するためには,地方議会を構成する個々の議員の活動の充実が必要不可欠であって,地方議会の議員には,例えば,議員提案による条例制定のための議員間の会議,懇談等の開催,住民懇談会や出前議会等による民意の把握,地方議会に関する住民への広報活動,普通地方公共団体の事務に関する調査,いわゆる百条委員会の活動など,種々の活動が期待されているところである。

このような地方議会の議員に求められる活動の多様性及び非定型性や,地方議会の議員が扱う対象領域の広範性及び専門性等にかんがみれば,地方議会の議員として議案の提案や審議等に必要な本会議その他の会議への出席に伴い,その職責を十全に果たすための準備,連絡調整及び移動等の費用を含む,常勤の公務員にはない諸雑費や交通費等の支出を想定して費用弁償の額を定めることも,原則として地方議会に委ねられた裁量の範囲内にあるというべきであって(最高裁判所平成22年3月30日第3小法廷判決・裁判所時報1505号150頁参照),上記裁量権の範囲を超え又はそれを濫用していると評価される場合は,支給事由について,議員の職務の執行とはおよそ関係のない事由を定めたり,支給金額について,議員がその職責を果たすために求められる活動に照らして実費の弁償とはおよそ考えられないほど著しく高額な金額を定めている場合など,例外的な場合に限定されると解するのが相当である。

(3)  以上を踏まえて本件費用弁償の支出の適法性について検討するに,前記前提事実(2)のとおり,本件条例6条5項は,各議員が会議に出席するのに必要な行程陸路の距離に応じて,所定額の費用弁償の支出を認めるものであるところ,同条項の定める費用弁償の支給事由についてみると,地方議会の議員として議案の提案や審議等の活動に必要な会議に出席した場合に限定するものと解される点で,職務遂行上の必要性という観点からみて地方議会の裁量の範囲内にあるということができる。

次に,本件条例に定める費用弁償の支給額についてみるに,本件費用弁償の支出の根拠法令である本件条例の施行時である平成19年4月を基準時として,本件条例と他の都道府県の条例に定める費用弁償額を比較すると,47都道府県中,交通費実費支給の都道府県はd県とe県の2県,定額支給に加えて交通費実費支給をする都道府県はf県,g県等の7府県であり,b県を含むその他の38都道府県はいずれも定額支給を定めている(丙2)。

また,定額支給を定めている上記38都道府県について見ると,下限額が3000円から1万2000円,上限額が8000円から2万円程度で分布している(丙2)。

そうすると,本件条例6条5項に定める費用弁償額は,下限額が1万0800円,上限額が2万0200円であるところ,その額は,他の都道府県との比較すると,平均よりも高額ではあるものの,同程度の額もしくはより高額の費用弁償を支給していた都道府県も存在していたのであるから,b県だけが突出して高額な費用弁償を支出していたとは認められない。

そして,上記のとおり,他の都道府県の定める費用弁償額との均衡を失していないことに加え,上記(2)で記載したような地方議会の議員に求められる活動の多様性及び非定型性や,地方議会の議員が扱う対象領域の広範性及び専門性等を併せ考慮すれば,本件条例6条5項が定める費用弁償の額は,議員がその職責を果たす上で求められる活動に照らして実費の弁償とはおよそ考えられないほど著しく高額であるとまではいえない。

そうであるとすれば,費用弁償の支給事由及び支給方法について定めた本件条例6条5項は,議員の職務遂行上の必要性に照らして,地方議会に認められた裁量権の範囲を超え又はそれを濫用したものとは認め難いというべきである。

(4)  原告の主張についての検討

ア 日当,宿泊費を算定根拠とすることについて

原告は,本件条例6条5項で定めた費用弁償額につき算定根拠とされた費目は,交通費1キロメートルにつき47円,日当3300円,宿泊費7450円というものであり,その他の費目については,本件条例制定において算定の基礎として考慮されていないところ,日当は報酬としての意味を有する支給であり,宿泊費が必要とされる議員は数名に限られることから,これらの費目を標準的な実費として支給することを定めた本件条例6条5項は,法203条5項が地方議会に認めた裁量権の範囲を超え又はそれを濫用した違法,無効なものであると主張する。

確かに,原告が主張するとおり,本件条例6条5項で定めた費用弁償額は,交通費1キロメートルにつき47円,日当3300円,宿泊費7450円を算定根拠として定められていたことが窺われる(甲3)。

しかしながら,本件条例6条5項を見ると,「在勤地における会議に出席した場合」という支給事由は定められているものの,具体的にどのような費目について費用弁償を支給するかという点については,本件条例その他の法規によっても何ら限定が付されていないから,日当及び宿泊費という費目それ自体を違法ということはできない。

なお,原告の主張は,本件条例6条5項の定める費用弁償額を定めるに当たって,本来考慮すべきでない日当及び宿泊費相当額をその算定根拠に含めたことから,結果としてその額が不当に過大なものになっており,これは203条5項が地方議会に認めた裁量権の範囲を超え又はそれを濫用したものであるといった趣旨であるとも解されるところ,上記(2)で述べたとおり,地方議会における議員の活動の多様性及び非定型性や,地方議会の議員が扱う対象領域の広範性及び専門性等にかんがみ,議員がその職責を果たすためには準備,連絡調整及び移動等の費用を含め,常勤の公務員にはない諸雑費や交通費等の支出が想定されることに加え,本件条例6条5項の定める費用弁償額が他の都道府県における費用弁償額と比べて明らかに均衡を失するに至っているとはいえないことを考慮すれば,本件条例6条5項の定める費用弁償額が不当に過大なものということはできないというべきである。

イ 支給額に占める現実の実費の割合について

原告は,b県議会議員が同県議会の会議に出席するために現実に要した実費は,支給された費用弁償額の約18パーセントに過ぎず,会議に出席する度に約1万円の架空収入が生じる計算になることから,本件条例6条5項は,法203条5項が地方議会に認めた裁量権の範囲を超え又はそれを濫用した違法,無効なものであると主張する。

確かに,b県議会議員が同県議会の会議に出席するために要した実費は,平均すると,支給された費用弁償額の約18パーセントに相当することが認められる(被告補助参加人らの尋問の結果)。

しかしながら,被告補助参加人らの尋問の結果によって明らかとなった実費は,b県議会の会議への出席に伴う交通費及び宿泊費のみであるところ,これらが支給された費用弁償額のうち約18パーセントに相当するに過ぎないとしても,地方議会の議員に求められる他の事前調査や研究等といった準備行為について必要とされた実費は,本件全証拠によっても明らかになっていないのであるから,原告が主張するような費用弁償額に占める実費の割合を理由として,直ちに本件費用弁償の支出が,地方議会に認められた裁量権の範囲を超え又はそれを濫用したものであるとはいえない。

ウ 他の都道府県との比較について

原告は,本件条例に定める費用弁償額が他の都道府県と比較して均衡を失していないことは本件費用弁償の支出の適法性を基礎づけるものではなく,全国的には,費用弁償が制度の廃止又は支給金額の減額が行われる傾向にあることから,本件条例6条5項は,法203条5項が地方議会に認めた裁量権の範囲を超え又はそれを濫用した違法,無効なものであると主張する。

しかしながら,各都道府県によって議員の活動に著しい差異があるとは考えられないこと,他の都道府県の費用弁償の額も当該都道府県の民意の反映である条例によって定められていること,地方議会の在り方等を含む政策決定において他の都道府県の状況を参考にすることも相応に合理的な判断であることなどにかんがみれば,本件条例に定める費用弁償額が,他の都道府県と比較した結果,均衡を失していないことも,本件費用弁償の支出の適法性を基礎づける一事情となるというべきである。

また,確かに,原告の主張するように,平成21年1月時点で,h府が費用弁償の支給を廃止し,費用弁償を定額支給する都道府県もb県を含む26都道府県に減少していたことが認められる(乙3)が,上記の費用弁償の制度の廃止又は費用弁償額の減額は,当該地方議会における議員の活動の在り方や都道府県における財政状況等を総合的に勘案した結果,政策判断として採られた一つの選択肢にとどまるのであって,仮に,本件費用弁償の支出時において,費用弁償制度の廃止又は費用弁償額の減額といった選択肢を検討する地方公共団体が増加する傾向にあったとしても,上記のとおり,本件条例6条5項に定める費用弁償額が,他の都道府県における費用弁償額との均衡を失するまでには至っていなかった状況下においては,b県議会が費用弁償の定め自体の廃止又は支給額の減額という選択をしなかったことが,地方議会及び各議員の政治的責任を超えて,法的に違法であるとまでは断じられない。

エ 政務調査費との比較について

原告は,本件費用弁償の支出は政務調査費の支給と重複するものであることから,本件条例6条5項は,法203条5項により地方議会に認められた裁量権の範囲を超え又はそれを濫用した違法,無効なものであると主張する。

確かに,政務調査費は,地方議会のおける会派又は議員の調査研究に資すると認められる調査研究費,研修費,会議費,資料作成費,資料購入費,広報費,事務所費,事務費,人件費について支出されるものであること(b県議会における政務調査費の交付に関する条例(平成16年b県条例第38号)10条)から,地方議会の議員の多種多様な活動についての費用弁償との間で,ある程度,重なり合う部分が生じ得ることは否定し難いところである(甲9,弁論の全趣旨)が,その全てが重複するとは断じ難い。

また,被告は,本件費用弁償の支出当時,政務調査費の交付に関して,「収支報告書確認事務」と題する文書をもって,各議員に対し,旅費について費用弁償との重複支給が生じることがないように周知を図っており(乙14,弁論の全趣旨),各議員においても,旅費以外の点を含め,費用弁償と政務調査費が重複支給されているとの誤解を招かないような方法で費用計上をしていたことが窺われ(甲9,弁論の全趣旨),違法,不当な重複支給の回避は,政務調査費の支給の適正な運用によって図られることが予定されているということができるから,費用弁償に関する本件条例6条5項の定め自体が,すべからく政務調査費との重複支給を生じさせる不合理なものということはできない。

オ 会議への出席との関連性について

原告は,本件条例6条5項は「在勤地における会議に出席した場合」に生じた費用の弁償を定めているのであって,議員活動全般の費用を定めたものではないことから,本件費用弁償の支出は条例の根拠に基づかない違法な支出である旨主張する。

もとより,費用弁償の対象が,会議に出席した場合の費用であることは原告の主張のとおりであるが,地方議会の議員が,会議に出席するに当たり議員としての職責を果たすためには,単に会議に出席するだけではなく,議案の提出や審議への参加のための事前調査や研究といった準備行為を行う必要があることは明らかであるから,そのような準備行為のために要した実費に相当する支出が,本件条例6条5項に定める「在勤地における会議に出席した場合」に生じる費用に含まれるとすることが,不合理な解釈であるとはいえない。

カ 小括

原告の主張に対する検討結果は,以上のとおりであり,その他,原告が縷々主張するところも,前記(3)の判断を左右するには足りない。

3  なお付言するに,地方議会及び議員の在り方が議論され,多様な意見があり得る現状において,本件費用弁償の支出の当否を検討するに当たっては,b県の財政状況が大変厳しい状況にあること(甲8)を斟酌するとともに,必要以上に議員に係る歳費を削減することは,議員の活動の軽視,ひいては地方議会の住民代表機能の低下を生じさせるおそれがあることにも留意することが必要であると考えられるところ,財政の健全化と議員の職務の充実との均衡をどのように考えるかは,まさに民意にゆだねられるべき問題であるから,判示中で述べたような例外的な場合に当たらない限り,地方議会及び各議員の政治的責任が問題とされるにとどまるというべきである。

もっとも,被告が,b県議会において本件条例6条5項の立法を行う際に考慮した事由を必ずしも明らかにしない点で,b県議会における本件条例の制定の過程において,地方議会及び議員の活動の在り方や県の財政状況等を踏まえた議論がどこまでなされていたか,疑問を禁じ得ない。

当裁判所としては,上記2で検討したとおり,本件費用弁償の支給事由及び支給額のいずれも違法であると認めるに足りないことから,上記条例の制定過程のみを捉えて,本件費用弁償の支出を違法,無効とするものではないが,b県議会における審議の過程において,費用弁償制度及びその運用の在り方につき,地方議会及び議員に求められる活動や県の財政状況を踏まえた検討が今後更に尽くされることを望む次第である。

第4結論

以上のとおり,原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用の上,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 関口剛弘 裁判官 本多哲哉 裁判官 佐藤雅浩)

(別紙1は添付省略)

file_2.jpg別紙

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例