仙台地方裁判所 平成20年(行ウ)20号 判決 2009年9月28日
主文
1 原告らの訴えをいずれも却下する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 原告ら
(1) 被告は,仙台市児童福祉施設条例(昭和43年6月7日仙台市条例第17号)の一部を改正する条例(H20仙議議第112-42号)附則第二号及び同第三号に基づく甲保育所及び乙保育所の廃止の施行日を定めてはならない。
(2) 被告が仙台市児童福祉施設条例(昭和43年6月7日仙台市条例第17号)の一部を改正する条例(H20仙議議第112-42号)の制定をもってした甲保育所及び乙保育所を被告代表者が定める日限りで廃止する旨の処分を取り消す。
(3) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
(1) 本案前の答弁
主文同旨
(2) 本案の答弁
ア 原告らの各請求をいずれも棄却する。
イ 訴訟費用は原告らの負担とする。
第2事案の概要等
1 事案の概要
本件は,被告が,その設置する市立保育所のうち,甲保育所及び乙保育所(以下,甲保育所と乙保育所を総称して「本件各保育所」という。)を,仙台市長が定める日をもって廃止する内容の条例(以下「本件条例」という。)を制定したことから,本件各保育所に入所している児童の保護者である原告らが,被告代表者が本件条例の施行日を定める処分の差止めと,被告が本件条例の制定をもってする本件各保育所の廃止処分の取消しを求めた事案である。
2 前提事実(後掲各証拠により容易に認定できる事実,争いがない事実,明らかに争わない事実)
(1) 当事者等
被告は,仙台市児童福祉施設条例(昭和43年6月7日仙台市条例第17号)を制定し,児童福祉法59条の4第1項及び同法35条2項に基づく児童福祉施設の保育所として甲保育所と乙保育所をそれぞれ設置して,児童の保育を実施していた[争いがない]。
なお,保育所は,同法39条1項によれば,保護者の委託を受けて,保育に欠けるその乳児(満1歳に満たない者)又は幼児(満1歳から小学校就学の始期に達するまでの者)を保育することを目的とする施設であるとされる。
原告Aは,児童である訴外Cの親権者であって,その監護する児童につき,被告から委任された仙台市太白福祉事務所長により,甲保育所への入所承諾等の決定を受け,現に児童を同保育所へ入所させている者である[争いがない]。
原告Bは,児童である訴外Dの親権者であって,その監護する児童につき,被告から委任された仙台市宮城野福祉事務所長により,乙保育所への入所承諾等の決定を受け,現に児童を同保育所へ入所させている者である[争いがない]。
(2) 被告は,平成9年度に「仙台市すこやか子育てプラン」及び「保育所整備五カ年計画」を策定した。同計画においては,老朽化した公立保育所を順次廃園するとともに,新しく私立保育所を設置する法人に対し,被告所有の土地を無償貸与し,同法人が独自に建設する施設の建設費のうち95パーセントを被告が補助することとされ,公立保育所の比率を下げることにより,公私の保育所の比率を同程度にする方針が示された。[争いがない]
被告は,同計画に基づき,平成10年3月に公立保育所を1か所廃園して公設民営の保育所を1か所設置し,平成12年3月に公立保育所を1か所廃園して民設民営の保育所を4か所設置し,平成13年3月に公立保育所を1か所廃園して民設民営の保育所を1か所設置した[争いがない]。
(3) 被告は,平成18年4月,仙台市行財政集中改革計画を策定し,公立保育所のあり方について,管理運営の効率化,廃止,統合など,そのあり方の見直しに取り組んでいく旨の方針を示した[争いがない]。
(4) 被告社会福祉審議会児童福祉専門分科会は,平成18年11月,公立保育所の建替えについて,基本的には,建替えにあたっては民間の力を活用して保育所を新設し,当該公立保育所は廃止するべきであるが,他方において,中核的保育所ないし地域ネットワーク型保育所の役割を担うべき公立保育所や,公立・民間保育所の適正配置等の事情を勘案して被告の責任において建て替えるべき公立保育所も存在するものと考えられ,公立保育所の廃止を伴う民間保育所の新設にあたっては,その手続等についての基本的なルールを策定するとともに,保護者等の理解を得ながら進めていくことが重要であるとする内容の報告書をまとめた[争いがない]。
(5) 被告は,平成19年6月,「今後の保育施策推進のための保育所の役割について(方針案)」を策定し,同年6月28日から同年7月27日までの間,市民からの意見公募を実施した[争いがない]。
市民からの意見総数386件のうち,公立保育所の建替え等にあたっては当該公立保育所を廃止し民設民営方式を基本とする方針案に対する意見が257件であり,そのうち181件が上記方針案に反対であるとの意見であった[争いがない]。
被告は,上記の各意見を踏まえ,同年8月,ガイドラインを作成した。ガイドラインの概要は,概ね以下のとおりである。[甲2,乙4,なお被告が上記の各意見を踏まえた点については明らかに争わない事実]
ア 移行まで1年半以上の期間を確保した保育所建替え等整備計画を公表すること,建替え等の対象となる保育所の保護者に対して建替え等に至った経緯及び移行までの今後のスケジュール等について説明会を開催し十分な情報提供に努めること,建替え等が必要な公立保育所については民間事業者の参入を促し保育所を新設したうえで当該公立保育所を廃止する民設民営方式を基本に整備を進めること,民間保育所の運営主体は,原則として,認可保育所等の児童福祉施設の運営実績があり,かつ,保育の質の維持・向上が確保できる社会福祉法人とすること,より優良な事業者を確保するために原則として事業者を公募すること,運営主体となる事業者については被告の認可保育所の整備基準及び保育基準を満たし保育の質を維持・向上できる事業者の選定を原則とすること,運営主体となる事業者の選定にあたっては学識経験者等の専門家を含めた「保育施設整備に関する社会福祉法人等選定委員会」を開催し,さらに「社会福祉法人設立認可及び施設整備補助に関する審査委員会」において審議にあたること及び事業者名を公表すること等がそれぞれ定められている。
イ 円滑な引継ぎが行えるようにするため,運営主体となる事業者において新保育所の施設及び事業の概要を保護者に説明するとともに,引継ぎ体制や合同保育の実施内容等,円滑な移行に十分な配慮をした移行計画を策定し,保護者及び市と協議したうえで同計画を決定すること,保護者・事業者・市による「三者協議会」を設置し,引継ぎ体制や合同保育のあり方等について十分な意見交換を行うこと,移行の際には保育士等の職員が入れ替わること等による保育環境の変化が児童へ及ぼす影響を最小限にする必要があるため,対象となる保育所に段階的に事業者の職員を配置し,児童が新しい保育士に早く慣れることができるよう市職員と合同で保育にあたる期間を設け,合同保育では継続的な保育が実現できるよう児童に配慮したきめ細やかな引継ぎを行っていくものとし,合同保育の期間については6か月を目安とするものの,対象となる保育所の状況を踏まえて三者協議会で協議のうえ決定していくこと,移行準備期間や合同保育期間において事業者の職員の雇用が無理なくできるよう必要な支援を行うこと,引継ぎが移行計画にしたがって実施されているか逐次進行管理を行い,問題が生じた場合には必要な改善指導等を行うこと等が,それぞれ定められている。
ウ 民間移行後も,引き続き一定期間は必要に応じて三者協議会を開催し,情報の共有とより良い保育環境の確保に努めること,苦情解決の仕組みとして,中立・公正な第三者の立場から助言を行う学識経験者等の専門家による「第三者委員」の設置を民間移行後の新しい保育所に義務づけること,事業者の保育の質の維持・向上のため,補助金・研修・人材育成の面で被告が支援をしていくこと等が,それぞれ定められている。
エ 移行までのモデルスケジュールとして移行1年半前において保育所整備計画公表,保護者説明会開始,事業者選定,移行1年前において事業者決定,保護者説明会(事業者の紹介,新保育所概要,移行計画説明等)実施,三者協議会開始,移行半年前において引継ぎ・合同保育開始をそれぞれ実施することが定められている。
(6) 被告は,平成19年8月,「今後の保育施策推進のための保育所の役割について(方針)-子育て支援の充実とより良い保育環境の実現に向けて-」と題する方針(以下「本件方針」という。)を策定した。同方針の内容は,概ね以下のとおりである。[乙3]
ア 保育を取り巻く状況
民間保育所は,延長保育や一時保育等,利用者の求める保育ニーズへの対応がなされてきたこと,施設の新設・増設,定員の弾力化等,待機児童の解消に寄与してきたこと等について評価されるべきである。
公立保育所は,保育の質の向上に取り組むとともに,障害者保育や児童虐待の防止等に積極的に取り組んできたこと等について評価されるべきである。
保育所の運営に係る経費を公立保育所と民間保育所で比較すると,人件費等の影響により,公立保育所のほうが約3割多くの経費を要している。
イ 保育施策推進のための方向性
被告は,今後,より充実した保育施策を効率的に展開するためには,公立保育所と民間保育所の特徴をより一層活かした取組みが重要になると考えており,民間活力を活用して待機児童の解消を図りつつ,公立保育所の役割を考慮して,保育所機能の充実に努めていくこととしている。
ウ 公立保育所の建替え等について
建替え等にあたっては,効率的な運営と柔軟性,機動性をより発揮しうる民間の力を活用して保育所を新設し,当該公立保育所を廃止する民設民営方式を基本とする。民間保育所では対応できない場合には公設公営方式によるものとし,耐用年数に至っていない鉄筋コンクリート造や比較的新しい木造の公立保育所については,民間事業者への移管がふさわしいと判断された場合には,既存の施設を民間事業者が運営する譲渡(移管)方式とする。
建替え等にあたっては,策定したガイドラインにより,保護者等の理解を得ながら進めていく。
(7) 被告は,平成19年8月,「乙保育所建替え整備計画について」と題する計画を策定した。同計画の内容は概ね以下のとおりである。[乙5]
ア 施設の状況等
乙保育所(仙台市宮城野区○○○○所在)は,昭和42年に建築され,木造の公立保育所としては築40年を迎える最も古い建物であり,早急に建替えが必要な施設の一つである。定員は90人であるところ,平成19年4月時点で86名の入所児童がいる。
乙保育所を含む学区内には3歳未満児を中心に同月時点で36名の待機児童がおり,将来的にも需要が見込まれるため,整備にあたっては定員数の増員を図る必要がある。
イ 建替え等の手法
乙保育所の近隣に市有地が存在しないことから,事業者の所有する土地を用いる方法か乙保育所の敷地を利用しての現地建替えの方法のいずれかを条件に事業者を公募し,民間保育所の創設後,乙保育所を廃止する。
(8) 被告は,平成19年8月,「甲保育所建替え整備計画について」と題する計画を策定した。同計画の内容は概ね以下のとおりである。[乙6,乙23の3の1]
ア 施設の状況等
甲保育所(仙台市太白区○○○○所在)は,昭和49年に建築された木造の公立保育所であり,老朽化に伴う建替えの必要性に加え,富沢駅周辺土地区画整理事業においても移転新築の必要がある。
定員は100人であるところ,平成19年4月時点で105名の入所児童がいる。
甲保育所周辺地域には,平成18年に90人規模の民間保育所を創設したものの,甲保育所を含む学区内には3歳未満児を中心に平成19年4月時点で26名の待機児童がおり,将来的にも需要が見込まれるため,整備にあたっては定員数の増員を図る必要がある。
イ 建替え等の手法
区画整理事業の中で,現在より南方200メートルの場所に新たな保育所用地を確保しているので,適正な定員規模の民間保育所の創設を条件に事業者を公募し,民間保育所の創設後,甲保育所を廃止する。
(9) 被告は,平成19年11月28日,被告行財政改革推進会議において,今後10年間で20か所程度の公立保育所を廃止する方針を明言しつつ,公立保育所が果たしてきた役割が大きかったことを認め,それを尊重しながら両立を図っていく方針を示した[争いがない]。
(10) 被告は,平成20年3月,「公立保育所の民間移管に伴う私立保育所設置及び運営主体の募集,選定について」と題する概要を定めた[乙7]。
また,同年5月28日,「平成20年度 公立保育所施設建替えに伴う私立認可保育所設置運営法人の募集要項」を定めた。同募集要項の内容は概ね以下のとおりである。[乙8]
ア 応募資格
本件各保育所の建替えに伴い,各定員120人規模の認可保育所の設置及び平成21年10月1日からの保育所の運営ができること及び認可保育所等の児童福祉施設の運営実績があり,かつ,保育の質の維持及び向上が確保できる社会福祉法人であることが応募資格となっている。
イ 応募要件
(ア) 保育内容
本件各保育所が,現在実施している保育サービス,行事,給食,衛生管理,健康管理等について,その内容を引き継いで行うこととし,新保育所において新たに保育期間の延長(月曜日から金曜日までの保育時間を12時間以上,土曜日の保育時間を11時間以上とすることが望ましい),給食の主食提供,一時・特定保育及び産休明け保育の各サービスを実施することが望ましいものとされている。
(イ) 職員の資格及び配置
職員については,事業者が直接雇用する者を配置することとされている。また,廃止の対象になる公立保育所に勤務していた臨時職員等が民間移管後の新保育所で就労を希望する場合には,その採用に配慮することとされている。
① 施設長に関する要件
保育所において保育士又は栄養士として10年以上勤務した経験を有する者であり,かつ,専任の施設長又は主任保育士として3年以上勤務した経験を有する者。
② 主任保育士に関する要件
保育所において常勤の保育士として5年以上勤務した経験を有する者。
③ 保育士に関する要件
児童福祉施設基準(昭和23年厚生省令第63号)33条2項に規定する保育士数については,常勤の保育士を配置し,かつ,上記常勤の保育士のうち,保育所での保育士経験年数を有する者の割合は,概ね,5年以上の者が3割以上,その者を含め3年以上の者が6割を超えた配置とする。
なお,退職等により保育の仕事に従事していない期間が継続して6年以上ある場合は,復職後からの経験年数で算定する。
④ フリー保育士(保育所において,組又はグループを専ら担当しない常勤の保育士で,施設長ではない者)に関する要件
常勤の保育士を1名以上配置する。
⑤ 栄養士に関する要件
常勤の栄養士を1名以上配置する。
⑥ 調理員に関する要件
3名以上配置し,うち2名以上は常勤の調理員とする。
⑦ 看護師に関する要件
1名以上配置することが望ましい。
(ウ) 保育室等の施設整備
120人定員規模の施設で,入所児童のおよそ3割以上は3歳未満児を入所させることができる構造及び設備を有することとされているほか乳児室,遊戯室,駐車場等についての要件が定められている。
(エ) 三者協議会の設置・開催
円滑な引継ぎ・合同保育のあり方について意見交換を行うため,保護者,法人及び被告により構成する「三者協議会」を設置することとし,新保育所設置後も一定期間,三者協議会を設置し,より良い保育環境の確保や向上を図るための協議を行うこととする。
(オ) 引継ぎ・合同保育の実施
両保育所の保育内容等を円滑に引き継ぐため,新保育所設置前後において被告が指定する期間,三者協議会で協議のうえ,引継ぎ・合同保育等を行うこととする。
ウ 審査方法
法人の応募書類に基づき,保育所の設置運営に対する考え方等についてのヒアリング及び公認会計士による資金計画等の審査を行う。その後,被告職員及び学識経験者による外部委員から構成される保育施設整備等に関する選定委員会において,保育所の設置運営を行う法人としての適性,保育所運営内容,施設整備計画,財政力等を審議し,被告と保育所設置へ向けた協議を行う法人を選定する。
同選定委員会において選定された法人は,保育所建設に対する被告からの補助金交付候補者となるため,社会福祉法人設立認可及び施設整備補助に関する審査委員会での審議を経て,最終的な設置運営法人に決定する。
(11) 上記募集要項に従い,乙保育所の廃止及び新保育所の設置に関しては3つの社会福祉法人からの応募があった。被告は,「保育施設設備等に関する選定委員会設置要綱」(以下「選定委員会設置要綱」という。)に基づき,3名の外部委員を加えた13名の委員からなる保育施設整備等に関する選定委員会(以下「選定委員会」という。)を開催し,応募法人との面接審査及び選定の評価基準に基づく採点をもとに検討を加え,最終的に,平成20年9月25日,社会福祉法人X会を選定した。被告は,同年11月28日,X会に対し,平成20年度仙台市私立保育所施設整備費補助金として6089万4000円の交付を予定している旨を通知した。[乙10,乙11,乙36の1及び2,乙37の1,乙37の2の1及び2,乙37の3]
また,甲保育所の廃止及び新保育所の設置に関しては4つの社会福祉法人からの応募があった。被告は,選定委員会設置要綱に基づき,選定委員会を開催し,応募法人との面接審査及び選定の評価基準に基づく採点をもとに検討を加え,最終的に,同年9月25日,社会福祉法人Y会(以下,X会とY会を総称して「新保育所運営法人」という。)を選定した。被告は,同年11月28日,Y会に対し,平成20年度仙台市私立保育所施設整備費補助金として6089万4000円の交付を予定している旨を通知した。[乙13,乙14,乙36の1及び2,乙37の1,乙37の2の1及び2,乙37の3]
(12) 被告は,平成20年10月から平成22年3月までの1年半を移行期間と位置づけ,以下のような施策を講じることとしている。[乙15]
ア 平成20年10月から平成21年3月まで(引継ぎ準備期間)
(ア) 引継ぎ・合同保育の実施に向け,保育所ごとの移行計画(合同保育への法人職員配置計画,実施内容等に関する計画)を作成するなど準備を行う。
(イ) 具体的には,三者協議会において移行計画の作成に向けた協議,園長及び主任保育士予定者等による公立保育所訪問及び行事等視察,民間への移行を踏まえた平成21年度年間指導計画(案)の作成を行う。
(ウ) 三者協議会を月1回程度開催し,引継ぎ・合同保育の体制・実施内容等について協議することとし,協議の進捗状況に応じて保護者説明会を開催して三者協議会での協議状況を報告することとしている。
イ 平成21年4月から同年9月まで(引継ぎ・合同保育実施期間)
(ア) 新保育所の職員は,上記移行計画に基づき,公立保育所における合同保育を中心とした業務を行い,公立保育所の保育サービスを把握し,児童や保護者との信頼関係を形成する。また,被告は,法人職員向け研修を実施するとともに,引継ぎ・合同保育の進行管理を行い,必要に応じて調整・助言指導を行う。
(イ) 具体的には,新保育所職員は,①事務の引継ぎや実地における業務の把握(事務書類・マニュアル類等について書面・口頭による引継ぎ,保育や給食の場における実践,行事への参加等による業務の実施状況等の把握),②合同保育(公立保育所の各クラスにおいて公立保育所保育士と連携・協力しながら日々の保育を実施),③会議・研修(被告が主催する研修・公立保育所会議への参加,合同保育の進捗状況確認のための会議を定期的に開催)といった業務を行う。
(ウ) 三者協議会を月1回程度開催し,引継ぎ・合同保育の進捗状況報告・確認を行うとともに,課題等に関して解決に向けた協議を行うこととしている。また,協議の進捗状況に応じて保護者説明会を開催して三者協議会での協議状況を報告することとしている。
ウ 平成21年10月から平成22年3月まで(移行後支援期間)
(ア) 旧公立保育所の職員が定期的に新保育所を訪問し,助言・指導を行うことにより,移行前の保育内容の継承と一層の保育の質の向上を図る。
(イ) 具体的には,旧公立保育所長・主任保育士による定期的な新保育所の訪問,被告保育課・保育指導課による移行後の状況確認を行う。
(ウ) 三者協議会を月1回程度開催し,移行後の保育所運営状況,児童の状況等報告・確認等を行うとともに,課題等に関して解決に向けた協議を行うこととしている。
(13) 三者協議会について
三者協議会は,父母の会から選出された保護者3名程度,新保育所設置運営法人から3名程度,被告から3名程度により構成され,平成20年11月から平成22年3月まで設置される予定である[乙16]。
被告は,本件各保育所に児童を入所させている保護者全員に対し,三者協議会の協議内容が記載された「三者協議会だより」を配布している[乙27の2,乙28の2,乙30の1及び2,乙38の1及び2,乙46の2,乙48の2,乙50の2,乙52の2,乙54の2,乙56の2,乙63]。
ア 乙保育所における三者協議会の開催状況
(ア) 委員構成[乙24の3の1,なお訴外安部の姓名につき弁論の全趣旨]
① 保護者代表
原告B,訴外E
② X会
訴外F理事長,訴外G理事,訴外H
③ 被告子供未来局職員
訴外I子育て支援部長,訴外J保育指導課指導係長,訴外乙保育所長K
(イ) 開催状況及び協議内容
① 第1回(平成20年11月29日)[乙24の2]
構成メンバーの顔合わせと今後の三者協議会の進め方について
② 第2回(平成20年12月13日)[乙24の2]
合同保育の実施期間,実施体制,職種ごとの業務内容等について
③ 第3回(平成21年1月17日)[乙27の1]
引継ぎ・合同保育の実施体制,移行計画の策定,父母の会で実施した保護者に対するアンケートの回答,新保育所において行われる新サービスについて
④ 第4回(平成21年2月7日)[乙38の1]
移行計画,応募要件への対応状況,父母の会のあり方について
⑤ 第5回(平成21年2月28日)[乙40の1]
平成21年4月から9月までの移行計画,平成21年10月から平成22年3月までの移行計画,布団のレンタル及び主食の提供について
⑥ 第6回(平成21年5月9日)[乙50の1]
引継ぎ・合同保育等に関する今後のスケジュール,平成21年10月以降の定員増,学童保育,わらべ歌について
⑦ 第7回(平成21年6月6日)[乙54の1]
引継ぎ・合同保育等に関する今後のスケジュール変更,引継ぎ・合同保育等に関する保護者アンケート,平成21年10月の引越し,新保育園における大型遊具・散歩コース・男性職員の配置について
⑧ 第8回(平成21年7月4日)[乙58]
引継ぎ・合同保育等に関する保護者アンケート,平成21年10月の引越し,移行調査,遊具等の引渡し,X会の保育士の顔写真入り職員紹介,新保育サービスの利用申込みについて
⑨ 第9回(平成21年7月31日)[乙65]
乙保育所移行後支援計画,(仮称)丙保育所の保育需要見込みについて
イ 甲保育所における三者協議会の開催状況
(ア) 委員構成[乙25の3の1]
① 保護者代表
原告A,訴外M,訴外N,訴外L,訴外O,訴外P,訴外Qのうち,いずれか3名が出席
② Y会
訴外R理事,訴外S,訴外T
③ 被告子供未来局職員
訴外U保育課長,訴外V保育指導課主幹,訴外甲保育所長W
(イ) 開催状況及び協議内容
① 第1回(平成20年12月22日)[乙25の2]
三者協議会の進め方,引継ぎ・合同保育の実施体制について
② 第2回(平成21年1月17日)[乙28の1]
引継ぎ・合同保育の実施体制,移行計画の策定,移行後支援のあり方について
③ 第3回(平成21年2月14日)[乙38の2]
移行計画,新保育所において行われる新サービス,保護者の意見について
④ 第4回(平成21年2月28日)[乙40の2]
移行計画,新保育所において行われる新サービスについて
⑤ 第5回(平成21年3月14日)[乙46の1]
移行計画,布団のレンタル及び3歳以上児の主食提供,平成21年10月以降の定員増,新保育所移行後の被告の支援体制,同年10月の引越しの進め方について
⑥ 第6回(平成21年4月25日)[乙48の1]
引継ぎ・合同保育等に関する今後のスケジュール,これまでの引継ぎ・合同保育,移行後の支援について
⑦ 第7回(平成21年5月30日)[乙52の1]
引継ぎ・合同保育等に関する保護者アンケート,これまでの引継ぎ・合同保育について
⑧ 第8回(平成21年6月27日)[乙56の1]
引継ぎ・合同保育等に関する保護者アンケート,これまでの引継ぎ・合同保育,(仮称)丁保育園のクラス名等について
⑨ 第9回(平成21年7月25日)[乙64]
甲保育所移行後支援計画,(仮称)丁保育園の保育需要見込みについて,これまでの引継ぎ・合同保育について
(14) 保護者説明会について
ア 乙保育所における保護者説明会の開催状況及び協議内容
(ア) 第1回(平成19年8月25日)[乙17の1]
今後の保育施策の方針,ガイドライン,平成19年度公立保育所建替え等整備計画について
(イ) 第2回(平成19年10月14日)[乙18の1]
今後の保育施策の方針,ガイドライン,平成19年度公立保育所建替え等整備計画,第1回保護者説明会での意見・質問に対する仙台市の考え方について
(ウ) 第3回(平成20年3月8日)[乙19の1]
今後の保育施策の方針及びガイドラインの概要,障害児保育事業等,運営主体の募集・選定,今後のスケジュールについて
(エ) 第4回(平成20年4月12日)[乙20の1]
保育所にかかる運営経費,事業者の公募,今後のスケジュールについて
(オ) 第5回(平成20年5月14日)[乙21の1]
保育所設置運営法人の応募条件,今後のスケジュールについて
(カ) 第6回(平成20年7月24日)[乙22の1]
事業者の応募要件及び応募状況,今後のスケジュール,建替えに伴う仮設保育所の概要について
(キ) 第7回(平成20年10月29日)[乙23の1]
新保育所設置運営法人の決定,これまでの経過及び今後のスケジュール,仮園舎の建設スケジュール及び引越し,公立保育所から新保育所への移行,三者協議会について
(ク) 第8回(平成21年1月31日)[乙31,なお流会の事実につき弁論の全趣旨]
出席者が1名であったため流会
(ケ) 第9回(平成21年3月19日)[乙42]
三者協議会の開催状況,引継ぎ・合同保育の開始,新保育所における保育サービスについて
(コ) 第10回(平成21年7月31日)[乙66の1]
保護者アンケートの集計概要,移行に伴う今後のスケジュール,(仮称)丙保育所への移行にあたってのお知らせ等
イ 甲保育所における保護者説明会の開催状況及び協議内容
(ア) 第1回(平成19年8月25日)[乙17の2]
今後の保育施策の方針,ガイドライン,平成19年度公立保育所建替え等整備計画について
(イ) 第2回(平成19年10月14日)[乙18の2]
今後の保育施策の方針,ガイドライン,平成19年度公立保育所建替え等整備計画,第1回保護者説明会での意見・質問に対する仙台市の考え方について
(ウ) 第3回(平成20年3月8日)[乙19の2]
今後の保育施策の方針及びガイドラインの概要,障害児保育事業等,運営主体の募集・選定,今後のスケジュールについて
(エ) 第4回(平成20年4月12日)[乙20の2]
保育所にかかる運営経費,事業者の公募,今後のスケジュールについて
(オ) 第5回(平成20年5月17日)[乙21の2]
保育所設置運営法人の応募条件,今後のスケジュールについて
(カ) 第6回(平成20年7月24日)[乙22の2]
事業者の応募要件及び応募状況・今後のスケジュールについて
(キ) 第7回(平成20年10月29日)[乙23の2]
新保育所設置運営法人の決定,これまでの経過及び今後のスケジュール,仮園舎の建設スケジュール及び引越し,公立保育所から新保育所への移行,三者協議会について
新保育所設置運営法人の紹介
(ク) 第8回(平成21年1月31日)[乙32]
三者協議会の開催状況,引継ぎ・合同保育の基本的な実施体制,学識経験者の意見を踏まえた10月移行の考え方
(ケ) 第9回(平成21年3月19日)[乙43]
三者協議会の開催状況,引継ぎ・合同保育の開始,新保育所における保育サービスについて
(コ) 第10回(平成21年7月31日)[乙67の1]
保護者アンケートの集計概要,移行に伴う今後のスケジュール,(仮称)丁保育園への移行にあたってのお知らせ等
(15) 甲保育所は,民間に移行した後は,丁保育園(仮称)となる予定であり,同保育園の住所は仙台市太白区○○○○である[乙67の1]。
乙保育所は,民間に移行した後は,丙保育所(仮称)となる予定であり,同保育所の住所は仙台市宮城野区○○○○である[乙66の1]。
(16) 被告代表者である仙台市長は,平成20年12月3日から開催された被告市議会平成20年第4回定例会において,本件各保育所を廃止する内容の本件条例を提出し,本件条例は,同年12月18日,被告市議会において可決された(以下,「本件民営化」という。)[争いがない。なお,本件条例が可決された事実については明らかに争わない事実]。
3 争点
(1) 被告代表者の本件条例の施行日を定める行為が「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当するか
(2) 本件条例が「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当するか
(3) 本件条例に違法性が認められるか
4 争点に対する当事者の主張
(1) 争点(1)について
ア 原告らの主張
本件条例の施行日を定めることは,原告らの法的権利・利益に直接影響を及ぼす時期を確定するものであるから,行政事件訴訟法3条7項所定の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(なお,条文の引用において,裁決,決定その他の行為についての記載は省略する。以下同じ。)に該当する。
イ 被告の主張
本件条例の内容は,仙台市児童福祉施設条例の別表中の本件各保育所の項をいずれも削るとともに,その施行日を被告代表者の定める日とするものである。したがって,被告代表者が本件条例の施行日を定め,その定められた日に本件条例が施行されることによって,仙台市児童福祉施設条例が改正されて本件各保育所が廃止されるということであって,本件各保育所の廃止は,あくまでも仙台市児童福祉施設条例が改正されたことに基づくものである。
また,原告らが両保育所においてその子らに保育を受けさせる権利ないし法的利益に影響があるとしても,それは,本件条例の施行によって直接もたらされたものというべきではなく,本件各保育所の法令上の存立の根拠が失われることになる結果として,間接的に生じたものにすぎない。
したがって,被告代表者の行為は,本件各保育所を廃止することそのものではなく,本件条例の施行日を定めることであるにすぎないから,行政事件訴訟法3条7項の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当しない。
(2) 争点(2)について
ア 原告らの主張
条例という形式によるものではあっても,他に行政庁による具体的な処分を待つまでもなく,それ自体によってその適用を受ける特定の個人の権利義務や法的地位に直接の影響を及ぼす場合には,例外的に当該条例の制定をもって処分と解するべきである。そして,本件条例は,原告らの保育所選択権に直接影響を及ぼすものであるから,行政事件訴訟法3条2項の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当する。
イ 被告の主張
(ア) 取消訴訟の対象となる行政処分は,直接権利義務を形成し又はその範囲を具体的に確定することが法律上認められているものであることを要するのであって,当該行為による法律行為の形成又は変動が間接的又は一般的・抽象的である場合には,取消訴訟の対象となる行政処分には該当しないというべきである。本件条例は,公の施設である本件各保育所を廃止することを含む一般的・抽象的な効果を生じさせる立法であるにすぎない。また,原告らが両保育所においてその子らに保育を受けさせる権利ないし法的利益に影響があるとしても,それは本件条例によって直接もたらされたものというべきではなく,本件各保育所の法令上の存立の根拠が失われることになる結果として,間接的に生じたものにすぎない。
(イ) 違憲ないし違法な条例は当然に無効とされるべきであるから,行政処分に一般的に認められている公定力や不可争力を条例について認めることは相当でない。
(ウ) 地方公共団体の議会の固有の立法作用に基づく条例をもって,行政庁の行為であると解することは,文言解釈としても無理がある。
(エ) 実効的な権利救済という観点からしても,条例の取消訴訟を抗告訴訟として認める必要性は乏しい。
(オ) 小括
したがって,本件条例は,行政事件訴訟法3条2項の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当しない。
ウ 被告の主張に対する原告らの反論
(ア) 本件条例は,特定の保育所を廃止することを目的とした条例であるところ,保護者らは,特定の保育所で保育を受けさせる法的な利益を有しており,また,児童らは,特定の保育所において,保育期間中にわたって保育の実施を受けることができるという法的な利益を有しているものであって,保育所が廃止されてしまえば,その特定の保育所で保育を受けさせる法的利益及び保育を受ける法的利益が直接・具体的に侵害されるものである。これは,本件条例によって直接に廃止の効力が生じ,他の行政庁による具体的な処分を待つまでもなく,原告らが当該保育所において保育を受けることが不可能になるのであって,本件条例以外に,条例に基づく行政庁の執行手続と想定される行為は存在していないことからも明らかである。以上によれば,本件条例は,法の執行として行う処分と実質的に同視することができる。
そもそも,処分性の有無の判断は,規定が一般的か個別具体的かという不明瞭な形式論ではなく,国民の具体的権利義務に直接影響を及ぼすか否かで判断されなければならないものである。
(イ) 条例が絶対無効であろうと,公定力・不可争力により取り消されうるものにすぎないのであろうと,裁判によってその無効・取消しが確定するまでは条例が有効であることを前提にして事態が進展してしまうことに変わりはない。
(ウ) さらに,当該保育所が廃止された場合,廃止を取消す以外に当該施設で保育を受ける法的利益を回復する救済方法は存在しない。条例が無効であることを前提にして,いつまでも無効を主張できるとしても,上記のように廃止を取消す以外に当該施設で保育を受ける法的利益を回復する救済方法は存在しないのであるから,権利救済にとって意味をなさない。
(3) 争点(3)について
ア 原告らの主張
(ア) 原告らの法的利益について
児童福祉法24条は,保護者に対してその監護する児童にどの保育所で保育の実施を受けさせるかを選択する機会を与え,市町村はその選択を可能な限り尊重すべきものとされていることから,保護者には,保育所を選択する権利が保障されているものと解すべきである。そして,この保育所選択権には,当該保育所に入所した後,一定期間にわたる継続的な保育の実施を受ける権利ないし法的利益も含まれる。また,保育所選択権の前提として,保護者には,保育所を選択する際の基礎情報の提供を受け,適切な説明を受ける権利が保障される(以下,これらを総称して「保育所選択権等」という。)。
保育所選択権等は,自己決定権,教育の自由,宗教の自由などの憲法上の基本的人権及び子どもの権利条約に基づくものであり,児童福祉法24条は,このような憲法上の人権及び子どもの権利条約を具体化したものである。
なお,保育所において実際に保育を受ける主体は児童であるから,法が保育所選択権を権利として保障し,その内容として保育所を選択した後の保育の実施を受ける権利を含めている以上,実際に利益を享受する主体である児童に対してもこれらの保障が及ぶことは当然である。
(イ) 法的利益の侵害について
① 判断基準
以上のような権利の重要性に鑑みれば,保育所を民営化するにあたっての行政裁量は極めて狭いものであると解するべきであり,具体的には本件民営化の目的,保護者らの同意の有無,民営化公表までの経緯,行政庁の負う配慮義務の履行の程度,移管時期,侵害される利益及び被害の重大性,緊急の必要性等の諸事情を総合的に考慮し,保育所廃止及びそれに伴う民営化という行政庁の判断が,真に合理的であり,かつ,そのような判断に伴う利益侵害を正当化しうるだけの真に合理的な理由があり,これを補うべき代替的措置が十分に講じられている場合に限り,行政裁量の範囲内と評価できるものと解すべきである。
② 本件民営化の目的等
被告は,限られた財政の中では,本件各保育所の老朽化に伴う建替え等を,民間に委ねた方が経済的に効率的であるとしている。しかし,公立保育所においても非正規雇用の保育士が増えており,人件費を抑制した自治体では,児童一人あたりの運営費について,民間保育所が公立保育所を上回っているところもある。また,質のよい保育は社会全体の利益になるものであるから,保育の経済的効率性を考える際には,単に収入支出のみならず,保育のもたらす社会全体の経済的利益も考慮する必要がある。したがって,本件民営化によって財政の効率化が図られるという主張には理由がない。
また,多様な保育のニーズを充たすことは自治体においても可能であるから,保育のニーズの多様性という観点からも本件民営化を理由づけることはできない。
さらに,本件民営化を推進することで,自治体の児童に対する公的投資のレベル,保育分野の法制の状態及びその質,施設の量及び質,職員の採用・訓練・条件のレベル,職員と児童の比率等が後退してしまう可能性があり,市場化がなされれば,その傾向は一層顕著なものになるところ,本件民営化は,現在入所している児童の利益に対する配慮がなされていないのであって,現在入所している児童・保護者には何らメリットがない。
③ 新保育所の運営主体
被告の定めるガイドラインには抽象的な選定基準しか定められておらず,また,被告が主張する選定結果の理由も抽象的であって,どのような選定手続を経て新保育所運営法人が選定されたのか不透明である。
また,募集の開始から新保育所運営法人の決定まで,わずか3か月の期間しかなかったことは拙速としかいいようがない。
さらに,選定手続の中で行われた意見交換についても,わずか1時間半の抽象的な意見交換にすぎなかったうえ,経済的観点からの検討はなされているものの,新保育所運営法人が児童の保護養育にふさわしいか否かという観点からの議論はなされていない。
そして,被告は,どのような事業者が保育所を運営するのかという点が原告らにとって最大の関心事であったにもかかわらず,選定委員会から原告らの保護者を排除していた。
④ 保護者への説明状況等
被告は,原告らに対して保護者説明会を実施してきたが,実態は被告が決定した事項を伝達するだけのことであり,質疑応答においても具体的な説明は何らなされていない。本件民営化は,必然的に保育士や保育内容の変更を伴うものであるところ,これらが児童に与えるデメリットについて検証せず,保護者らに対して説明もしていない。とりわけ,本件民営化の時期を10月とすることについては,多くの保護者から疑問・不安・反対の声が寄せられているにもかかわらず,それらを払拭するだけの客観的・科学的な説明はなされていない。
市民意見募集の結果によれば,約89.1パーセントの市民が本件民営化に否定的,疑問的な意見を有しており,甲保育所において実施されたアンケート結果によれば,約7割の保護者が民営化について明確に反対している。また,本件訴訟には参加しなかったが,本件民営化や10月の民間への移行に関して,反対していたり,疑問を抱いている保護者は多数存在する。
⑤ 引継ぎ・合同保育の実施内容等
引継ぎ・合同保育の期間は,最低でも1年は必要であり,被告が予定している6か月間は極めて不十分な期間である。引継期間が3か月であった横浜市の検証結果において,保護者の約9割が民間移行後の保育園の運営に満足しているとされているが,アンケートに回答した保護者のうち,民営化される以前から当該保育園に在園していた児童の保護者は全体の42パーセントしかいなかったうえ,その保護者が実際にどのような回答をしているかは不明であるから,横浜市の検証結果をもって,被告が計画している6か月の引継・合同保育を正当化することはできない。なお,横浜市では,今後の民営化について引継期間を1年としている。
そもそも,保育は人と人との関係で成り立つものである以上,保育士が入れ替わることを前提とする保育事業の引継は,保育の本質と相容れないものである。平成19年4月の時点において,乙保育所に入所している児童数は84名,甲保育所に入所している児童数は105名であるところ,仮に保育事業を引き継ぐ場合には,この児童ら全員について,一人一人の性格,健康状態やアレルギーの有無等の情報に加え,これまでの保育士と児童との愛着関係や成長状況等についても把握する必要がある。しかるに,わずか6か月の期間,週に4回だけ新保育所運営法人の保育士が公立保育所に派遣されただけで,これらの引継ぎを完了することは不可能である。
さらに,新保育所運営法人が被告に提出した共同保育の計画は,その時々の到達目標を示したものにすぎず,その目標も抽象的なものにすぎないのであって,新保育所運営法人が実際にどのような保育を行い,どのように個々の児童の特性を引き継ぎ,どのように不可避的に生じる保育環境の変化による弊害を最小限とする努力を行うのかという点については何ら明確になっていない。同様に,本件民営化の前後を通じて,保育内容のうち何が変わらず何が変わるのか,保育内容の追加・変更に関する被告の検証はどのようになっているのかという点についても,具体的に明らかにされていない。
⑥ 民間保育所への移行時期
被告が徴した学識経験者の意見は,10月の民間への移行に肯定的な評価とはいえず,複数のデメリットを指摘しているが,被告はこれらのデメリットについて具体的かつ十分な検討をすることなく,10月の民間への移行に向けて計画を進めている。
通常,保育は4月からスタートし,1年を周期として保育指導計画が組まれ,基本的に1年間は同じ環境が保障されているからこそ,児童らは安定して個性を育むことが可能になる。このような1年周期の保育計画の中では,年度途中の10月に保育環境が激変することはおよそ想定されていない。
また,本件民営化は,在園中の児童にとっては大きな心理的負担となるうえに,10月の移行となれば,4月の進級に伴う心理的負担のほかに,10月にも担任の保育士との別れなどによる心理的負担を負うことになり,これは児童にとって極めて酷であって,児童の最善の利益を図った対応とは認められない。
さらに,10月頃には運動会等の行事もあり,そのような中で民間への移行を実施する合理性は見い出せない。特に,年長児は,本件民営化後の新しい保育所に移行後,わずか半年しか新しい保育所や先生と過ごせずに卒園を迎えることになるところ,卒園までの貴重な半年間を不安と混乱の中で過ごし,保育所での生活に児童らなりの終止符を打つことができないまま卒園していくことが,児童らのその後の成長や周囲の大人達との信頼関係の形成に悪影響を及ぼすことは必至である。
そして,被告は,本件民営化について,木造建物の早期建替えの必要性や多様な保育ニーズに応えることを理由としているが,これらの理由によれば,あえて10月に民間へ移行しなければならない必要性及び緊急性は全くないことは明らかである。
そもそも,保育は,人格形成に決定的に重要な時期に行われるものであるから,現在入所している保育所がなくなり,別の保育所に変わって,保育士も入れ替わるとすれば,児童達の心に傷をつけ,安定した発達成長の妨げになることは避けられない。したがって,原則として,保護者の都合以外の理由による別の保育所への移動は認められるべきではない。仮に,民営化の理由及び必要性があるとしても,入所中の児童が全員卒園するのを待って公立保育所を廃止すればよいのであって,入所中の児童らを無理やり民間の保育所に移動させる必要性はない。
⑦ 条例施行日の定めの違法性
本件条例により市長に委任されている内容は,本件各保育所が廃止される期日すなわち原告らの保育所利用権が消滅させられる期日を定めることであるにもかかわらず,本件条例には,この期日が平成20年12月23日以降であることしか定められておらず,いつまでに期日を定めなければならないかという点については何ら限定が付されていない。すなわち,原告らが有している本件各保育所の利用権の終期が未定な状態であり,原告らをはじめとする保育所利用者は不安定な状態に置かれている。このような行政立法への委任は委任の範囲の限界を超えており,違法である。
⑧ 本件民営化を補う代替的措置
被告は,保護者の同意が得られていない本件民営化に際して,保護者の法的利益の侵害を正当化しうるだけの合理的理由と,これを補うべき代替的措置を講じなければならないところ,被告は実質的に何らの代替的措置も講じていない。たしかに,被告は保護者らに対し,他の公立保育所への保育所移行調査を行ってはいるものの,移行先とされている公立保育所はいずれも通園することが現実的には困難な場所にあり,しかも,優先的な入所は保障されていないのであって,きわめて不十分である。
⑨ 小括
以上の検討からすれば,原告らの保育所選択権が侵害されていることは明らかであるから,本件条例は違法である。
イ 被告の主張
(ア) 原告らの法的利益について
平成9年に改正された児童福祉法は,同法24条において,保護者に対し,保育所について選択の機会を与え,市町村はその選択を尊重すべきものと規定し,児童及びその保護者に対し,保育所の選択について一定の法的利益を認めたものではあるが,これをもって権利と捉えることは正しい理解とはいえない。
すなわち,①入園者の現存する児童福祉施設の廃止を容認している法令には廃止の制限に関する規定が置かれておらず,②公の施設は基本的には住民全体の利益に適う有効利用がなされるべきであり,③保育所の利用は長ければ6年間にも及び,当該保育所を取り巻く諸情勢に変化が生じることは避けがたいところであり,④入所時に定める保育期間は入所時における見込期間にすぎないのであるから,原告らは,その選択に係る保育所において一定の期間保育を実施することを請求できる権利を有するものではない。
(イ) 法的利益の侵害について
① 判断基準
公立保育所は,地方自治法244条に定める公の施設に該当し,本件各保育所の廃止は,保育所を取り巻く諸事情を総合的に考慮し,住民を代表する議員によって構成される市議会の議決による条例の改正によって行われている。
したがって,本件各保育所の廃止が無効とされるのは,議会に委ねられた政策的な裁量判断に基づく広範な条例制定権の逸脱にあたるような極めて例外的な場合に限定されるべきである。
② 本件民営化の目的等
乙保育所は築40年,甲保育所は築33年を経過した木造建物であること等の理由から早期の建替えを実施する必要があったところ,建替えの機会に,被告の財政状況等を踏まえ,被告が作成したガイドライン及び本件方針等に則り,民間の力を活用して保育所を新設し,市立保育所としては廃止することとしたのであって,合理性を有するものである。
③ 新保育所の運営主体
民間の保育所への移行については,一定の保育水準の確保が前提となっており,新保育所運営法人においても,これまでの保育水準が維持されることは確実な状況にある。被告は,選定委員会設置要綱に基づく選定委員会を開催し,応募法人との面接審査及び選定の評価基準に基づく採点結果をもとにして,複数の応募者の中から新保育所運営法人を選定しているところ,上記選定の過程において,新保育所運営法人は,保育所の運営実績があるだけではなく,社会福祉法人として福祉施設の運営に長年の実績があり,本件各保育所での保育サービスを継承し,保育の質を維持・向上していくことができると判断されている。
④ 保護者への説明状況等
民間への移行の2年以上前の平成19年8月25日から本件各保育所の保護者に対して説明会を実施してきており,今後も保護者説明会を実施していく予定であることから,保護者への説明は十分に行われている。横浜市の同種事案の原告数が67名であるのに対し本件では原告数が2名であることや,説明会への出席者数が少ないことからも明らかなように,本件においては,基本的な事項について大方の保護者から理解が得られている。
さらに,民間への移行にあたっては,被告職員,父母の会から選出された各保育所の保護者,新保育所運営法人から構成される三者協議会が設置され,平成20年11月から平成22年3月まで協議が行われる予定である。三者協議会においては,合同保育のあり方等について保護者側から意見が出されるなど,実質的な協議が行われている。
⑤ 引継ぎ・合同保育の実施内容等
被告は,平成19年8月,本件方針及びガイドラインを策定したうえで本件各保育所の建替え整備計画を策定した。そして,平成21年4月から9月までの6か月間を引継ぎ及び合同保育期間として,各クラスごとに本件各保育所の保育士と,新保育所運営法人の保育士による合同保育を行う予定としている。なお,他の政令指定都市の合同保育期間と比較においても期間に不足するところはない。しかも,本件では,平成20年12月26日の本件条例の制定から廃止予定日の平成21年10月1日まで9か月余の期間がある。さらに,民間への移行後においても,平成22年3月までの6か月間は移行後支援期間として,円滑な移行が行われるよう十分な措置が講じられている。
なお,被告が作成した引継ぎ・合同保育実施状況報告書によれば6か月の引継期間で十分に引継ぎが可能であることが理解できる。
⑥ 民間保育所への移行時期
移行時期についても,①クラスの児童と保育士とが共に異動する4月よりも,10月の方が児童に対する影響が緩和されるうえ,職員も落ち着いて移行の業務に対応することで,児童に十分目を向けることが可能になるとともに,②半年間で慣れ親しんだ保育士とともに10月の安定期に移行を迎えることで,合同保育の効果も高くなることから,移行時期を10月にすることには十分な合理性がある。
⑦ 条例施行日の定めの違法性
被告代表者による施行期日の指定に最終期限が定められていない趣旨は,本件条例が保育所を廃止するものであることに鑑み,本件各保育所の現場の状況,建設工事の進捗状況等を的確に把握し,条例の適切な執行にあたるべき市長の合理的な判断に委ねることにあるのであって,条例制定権を有する議会の合理的な裁量に基づく委任である。
⑧ 小括
以上によれば,本件条例が,議会に委ねられた政策的な裁量判断に基づく広範な条例制定権の逸脱にはあたらないことが明白である。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)について
(1) 抗告訴訟は,個人の具体的な権利ないし法的利益への侵害に対する救済方法であることから,差止訴訟の対象となる「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当するといえるためには,行政庁の行為が,個人の具体的な権利ないし法的利益を侵害していることが前提となる。
(2) しかるに,被告代表者が本件条例の施行日を定める行為は,その定められた日に本件条例が施行されることにより,本件各保育所が廃止されるという仙台市児童福祉施設条例の改正内容が実施されるということにとどまるのであって,本件各保育所の廃止の効果それ自体は,あくまでも本件条例に基づくものであるから,被告代表者が本件条例の施行日を定める行為は,それ自体で個人の具体的な権利ないし法的利益に影響を及ぼすという完結した効力を有するものではなく,独立に抗告訴訟の対象となるものではない。
(3) 以上のとおり,被告代表者が本件条例の施行日を定める行為は,差止訴訟の対象となる「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当しない。
したがって,本件請求は訴訟要件を欠き,不適法である。
2 争点(2)について
(1) 原告らの主張する保育所選択権等
ア 原告らは,本件条例によって原告らの保育所選択権等が侵害されると主張するところ,抗告訴訟は,個人の具体的な権利ないし法的利益への侵害に対する救済方法であるから,原告らに具体的な権利ないし法的利益が認められないのであれば,原告らの主張は失当となる。そこで,まず,原告らの主張する保育所選択権等の性質について検討する。
イ 前提となる法令の定め等
(ア) 児童福祉法24条1項は,乳幼児の保育に欠けるところがある場合において,保護者から保育の申込みがあったときは,市町村が当該児童らを保育所において保育しなければならないとして,市町村の義務を定めている。
また,同条において,上記の申込みは入所を希望する保育所等を記載した申込書を市町村に提出して行うこと(2項),当該保育所における適切な保育の実施が困難となることその他のやむを得ない事由がある場合においては当該保育所に入所する児童を公正な方法で選考することができること(3項),市町村は必要があると認めるときは児童の保護者に対して保育の実施の申込みを勧奨しなければならないこと(4項),市町村は保護者に対して保育所の設置者,設備及び運営の状況等に関する情報の提供を行わなければならないこと(5項)が,それぞれ定められている。
(イ) 児童福祉法施行規則24条1項は,児童福祉法24条2項に規定する申込書の記載内容について,以下のとおり定めている。
① 法24条1項の規定による保育の実施を希望する保護者の氏名,居住地,生年月日及び職業
② 保育の実施に係る児童の氏名及び生年月日
③ 保育の実施を希望する理由
また,児童福祉法施行規則25条は,児童福祉法24条5項に規定する市町村が提供すべき情報について,以下のとおり定めている。
① 保育所の名称,位置及び設置者に関する事項
② 保育所の施設及び設備の状況に関する事項
③ 次に掲げる保育所の運営の状況に関する事項
a 保育所の入所定員,入所状況,職員の状況及び開所時間
b 保育所の保育の方針
c 保育の実施に係る費用
d 保育所への入所手続に関する事項
e 市町村の行う保育の実施の概況
(ウ) 児童福祉法35条6項は,市町村が児童福祉施設を廃止し又は休止しようとするときは,その廃止又は休止の日の1か月前までに,必要な事項を都道府県知事に届け出なければならないと定めている。
また,児童福祉法施行規則38条1項は,児童福祉法35条6項に定める必要な事項を,以下のとおり定めている。
① 廃止又は休止の理由
② 入所させている者の処置
③ 廃止しようとする者にあっては廃止の期日及び財産の処分
④ 休止しようとする者にあっては休止の予定期間
ウ 検討
(ア) 以上の各法令の定めからすると,原則として,児童は,保護者が申し込んだ保育所において保育の実施を受けることが可能となっており,保護者が申し込んだ保育所において保育の実施を受けることができないのは,やむを得ない事由がある場合に限定されている。また,入所について選考が行われる場合においても,その選考は当該申込みに係る保育所ごとに行われるのであるから,保護者が申込みを希望していない保育所で,児童が保育の実施を受けるということは想定されていないところである。
また,市町村は,保護者に対して,保育所の入所定員,入所状況,職員の状況及び開所している時間等の情報を提供しなければならないところ,保護者は,当該申込みに際し,上記提供情報によって保育所の状況や保育内容等を検討したうえで,特定の保育所を選択・希望するものと考えられる。
このように,児童福祉法24条は,保護者に対し,その監護する児童に関して,どの保育所で保育の実施を受けさせるかを選択する機会を与え,市町村はその選択を可能な限り尊重すべきものとしているということができるのであるから,保育所を選択し得るという地位を保護者の法的利益として保障しているものと解するのが相当である。また,上記の法的な利益を実効あらしめるためには,入所が認められた保育所において,保護者が児童に保育を受けさせることができる地位ないし児童が保育を受けることができる地位についても,法的な利益として保障が及ぶものと解すべきである(以下,これらの法的利益を総称して「原告らの法的利益」という。)。
(イ) もっとも,児童福祉法35条6項は,保育所を含む児童福祉施設を廃止する手続を定めているところ,関係法令において保育所の廃止に保護者の同意等を必要とする規定はないことに加え,児童福祉法施行規則38条1項2号は,入所者が現に存在している保育所についても廃止される可能性があることを前提にした規定と解されることから,原告らの法的利益といえども,絶対的に無制約なものではなく,市町村の合理的な裁量によって制約されるべき性質を有するものである。
なお,原告らは,原告らの法的利益は,自己決定権等の憲法上の人権によって保障される権利であると主張する。しかしながら,保育はあくまで行政等によって行われる福祉サービスを前提としているのであるから,その前提を度外視してもなお保障される権利であるとすることはできない。もとより,保育の実施により児童の福祉が増進されることについては疑う余地がない事実であることから,市町村が保育についての福祉サービスの内容を検討するに際しても,上記のような児童の福祉に密着した事柄である旨に配慮した合理的な裁量であることが求められることになる。
(ウ) 小括
そうすると,児童福祉法等により,原告らには,上記の意味において具体的な法的利益が保障されているものというべきである。
(2) 原告らの法的利益に対する制約の態様
被告は,本件条例が,原告らの法的利益に影響を与えるとしても,それは本件条例によって直接もたらされたものではなく,本件各保育所の法令上の存立の根拠が失われることになる結果として,間接的に生じたものにすぎないと主張する。
しかしながら,条例の名宛人が具体的に特定されていないとしても,当該保育所が廃止されてしまえば当該保育所での保育の実施が不可能になることに照らせば,少なくとも本件各保育所に在園している児童及び保護者との関係においては,本件各保育所の廃止を内容とする条例によって,原告らの法的利益が直接かつ具体的に制約されることは明らかである。
したがって,本件条例によって,原告らの法的利益は直接かつ具体的に制約されているものと解すべきである。
(3) 救済方法としての取消訴訟の適否
ア もっとも,本件条例によって原告らの法的利益が直接かつ具体的に制約されるとしても,論理必然的に取消訴訟の提起が可能になるものではないと解される。すなわち,取消訴訟は,法によって定められた権利回復手段であることから,法定の要件を満たさない限り,適法に訴訟提起ができないことはもとより当然である。そこで,本件訴訟が行政事件訴訟法の要件を満たす適法なものであるか否かが,原告らの法的利益の性質及び制約の有無に加えてさらに検討されなければならない。
イ(ア) 行政事件訴訟法3条2項において,処分の取消しの訴えとは「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為の取消しを求める訴訟をいう」とされている。そこで,「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に条例が含まれるか否かを検討する。
(イ) 「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」とは,法が認めた優越的な地位に基づき,行政庁が法の執行としてする権力的意思活動をいうと解される。しかるに,通常,条例は,地方議会において,住民の代表者たる議員の審議を経て成立する一般的・抽象的な法規範であって,立法そのものである。したがって,条例が,行政庁の法の執行に対する権利回復手段である取消訴訟の対象に含まれると直ちに解することはできない。
(ウ) また,法が取消訴訟を含む抗告訴訟を定めた趣旨は,行政庁の行為には専門性・迅速性の観点から立法により一定程度の裁量が認められている反面,必ずしも厳格な審議が尽くされる性質のものではないうえ,行政庁の誤った判断により権力が濫用されて市民の権利利益を侵害する可能性も否定できないことから,司法において行政庁の行為が法に適合しているか否かを判断することによって,行政庁の行為による市民の権利侵害を防止することにあると解される。
しかるに,条例は,立法機関である地方議会において住民の代表である議員による審議を重ね,最終的に出席議員の過半数の賛成があった場合に成立するものであることに鑑みると,地方議会が制定した条例をもって,行政庁の行為と全く同一視することは相当でない。
したがって,法が抗告訴訟を定めた趣旨からも,条例が取消訴訟の対象に含まれると直ちに解することはできない。
(エ) さらに,条例が取消訴訟の対象となるということは,条例が取り消されるまでは有効であるという公定力及び出訴期間が経過した場合には何人も条例の瑕疵を争うことができないという不可争力を認めることを意味すると解されるところ,条例は,一般的・抽象的な法規範であり,対象となる住民の全てに一律にその効力を及ぼすものである以上,瑕疵がある場合には当然に無効であるという性質を有するものと解されることから,条例の効力が取り消されるか否かが不明確なままの状態や,瑕疵があっても条例の効力をおよそ否定し得ない状態を想定するということは,法の予定するところではないというべきである。
(オ) そして,法は,条例によって住民の権利が侵害されている場合,本来的には政治的方法での救済を予定しているものと解される。これは,地方自治法において,議会における条例の改廃の議決の議決に当該普通地方公共団体の長が異議ある場合の再議に付する手続(同法176条),選挙権を有するものによる条例の制定又は改廃の請求(同法74条),議会の解散請求(同法76条),議員の解職請求(同法80条)等の手段が具体的に規定されていることからも明らかである。
ウ 小括
以上の検討によれば,条例は,原則として,「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当しないと解するのが相当である。
(4) 例外的に取消訴訟を認めるべき場合の検討
ア もっとも,地方議会は,国会と異なり,行政庁が行う重要な契約,財産の取得又は処分に関する議決権を有するなど,立法機関としての性質に加えて執行機関としての性質を併有していると解されることから,条例も行政処分に近い性質を有している場合がありうる。また,条例に対して取消訴訟を認めなければ,明らかに著しい権利侵害が生じるような場合には,例外的に取消訴訟の対象とする余地もあると解される。
そこで,当該条例によって法的利益を直接かつ具体的に制約されていることに加え,①当該条例を実質的に行政庁が法の執行として行う処分と同視できる場合,もしくは,②権利侵害の程度が著しく,かつ,取消訴訟の他に適切な権利救済方法がおよそ存在しないような場合においては,条例を,例外的に「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に含まれると解釈して,取消訴訟の対象とすることも許容されるべきである。
イ 検討
(ア) そこで検討するに,当該条例を実質的に行政庁が法の執行として行う処分と同視できる場合とは,当該条例によって限られた特定の者に対してのみ具体的な効果が生じることが規定上明らかにされている場合や,要件等の規定の仕方が一応抽象的になっているものの,実際には特定の者に対してのみ効果を生じさせることを目的として条例が制定され,他の者に適用される可能性がない場合等をいうと解するのが相当である。
そして,本件条例は,たしかに原告らの法的利益を直接かつ具体的に制約する側面を有しているものの,同時に,本件各保育所に児童を入所させていない住民一般に対しても,廃止後は本件各保育所を利用できないという効果を生じさせるものである。また,本件条例は,本件各保育所に入園している児童及びその保護者に対してのみ効果を生じさせることを目的として制定されたものではなく,財政状況の改善や民営化による多様な保育ニーズへの対応等,住民全体の福祉の増進を目的としているものと解される。
したがって,本件条例は,実質的に行政庁が法の執行として行う処分と同視できる場合には該当しないというべきである。
(イ)① 次に,本件条例により,権利侵害の程度が著しく,かつ,取消訴訟の他に適切な権利救済方法がおよそ存在しない状況が,原告らに生じているか否かを検討するに,原告らの法的利益は重要なものであることは上記(1)で検討のとおりである。
② しかしながら他方,前提事実(14)で認定のとおり,被告は,本件各保育所につき,民間への移行の2年以上前から継続して保護者説明会を実施しており,保護者に対して,本件民営化に関する資料等を提供するとともに,移行計画の進行状況等を伝えている。また,前提事実(13)で認定のとおり,三者協議会において合同保育のあり方や民間への移行後の保育内容等につき実質的な協議が重ねられており,保護者の意見に配慮して民間への移行を進めていることが窺われる。さらに,前提事実(5),同(6),同(12)で認定のとおり,被告は,公立保育所の民営化に際して,公立保育所の民営化に関するガイドライン及び本件方針等を定めており,本件各保育所の民間への移行に関しては,ガイドラインや本件方針の趣旨を踏まえ,合計1年半の移行期間を,引継ぎ準備期間,引継ぎ・合同保育実施期間,移行後支援期間に区分して,保育内容の引継ぎ等が効率的に実施されるよう計画されている。
そして,保育所に児童を入所させる保護者にとっては,保育所が立地する場所が極めて重要な要素であると解されるところ,前提事実(15)で認定のとおり,乙保育所については本件民営化の前後を通じて保育所の所在地に変更は生じない。また,甲保育所については本件民営化の前後を通じて所在地に変更が生じるものの,それによる移動距離は200メートル程度にとどまる。したがって,本件民営化により,児童の送迎等に関して著しい不利益が生じたり,児童の通所そのものが困難になるといった事情までは想定しがたい。
以上の諸事情を総合考慮すれば,本件条例の制定当初において,仮に,原告らに何らかの混乱や不利益が生じていたとしても,本件記録から,被告がおよそ原告らの意向を無視したり,定められた手続を踏まなかったというような事情が窺われない以上,原告らの権利侵害の程度が著しいという状況にあったと認めることはできない。
③ さらに,現時点での状況を検討するに,本件各保育所に入所している児童については,前提事実(12)で認定のとおり,平成21年9月現在において,本件各保育所の保育士と,新保育所運営主体の保育士との合同保育を実施している期間中であるところ,合同保育が開始されてから既に6か月が経過しようとしているのであって,児童も新保育所運営法人の保育士に馴染んだ頃であると推測される。また,新保育所運営法人の保育士も,同年10月以降は正規の担任として児童を受け持つのであるから,児童との関係を深めてきている時期であることは容易に推認できる。このような状況において,本件民営化が中止された場合には,児童にとって大きな心理的負担を生じさせることも想像に難くないところである。
また,本件民営化が中止になれば,新保育所で始まる予定であった延長保育等の新たな保育サービスを前提に同年10月以降の生活を計画していた保護者らに対して多大な混乱を生じさせることが想定される。さらに,本件民営化の中止により,新保育所と契約関係に入る予定であった業者等と新保育所との間に混乱等が生じる可能性は否定できないし,同年10月以降,保育士等のスタッフとして誰を配置すべきかも不明確になることから,少なからず保育現場に混乱が生じることは必至である。
このように,合同保育が開始されてから6か月が経過しようとしている現時点においては,児童及び保護者に,本件条例が取り消されない利益もまた生じているものと解されることから,少なくとも取消訴訟の対象となるか否かという観点からは,原告らの権利侵害の程度が著しいという状況にあると認めることはできない。
④ 小括
以上の事情を総合考慮すれば,本件条例によって,原告らの権利が著しく侵害されているとは認められない。
(ウ) 仮に,権利侵害の程度が著しいという状況があったとしても,原告らの法的利益について,民事訴訟や当事者訴訟等の訴訟形式で争う余地は否定されないのであって,取消訴訟の他に適切な権利救済方法がおよそ存在しないという場合に該当するとまではいえない。
ウ したがって,本件請求は,例外的に本件条例を「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当すると解釈して,取消訴訟を認めるべき場合にはあたらない。
(5) 総括
本件条例は,行政事件訴訟法3条2項に定める「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当しない。
したがって,本件請求は訴訟要件を欠き,不適法である。
3 結論
以上の検討によれば,その余の点について判断するまでもなく,本件訴えはいずれも不適法であるから却下することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,同65条1項本文を各適用の上,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 沼田寛 裁判官 安福達也 裁判官 佐藤雅浩)