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仙台地方裁判所 平成21年(わ)25号 判決 2010年9月22日

主文

被告人は無罪。

理由

(公訴事実の要旨)

第1(平成21年1月28日付け)

被告人は,A,B及びCと共謀の上,D信託銀行株式会社(以下「D信託銀行」という。)がE株式会社(以下「E」という。)に対する金銭債権(元金残高5億1644万1460円)を担保するため第1順位の抵当権を設定していた,いずれも同社所有の別紙1(省略)記載の土地及び同土地上の建物等(以下「物件1」という。)を株式会社F(以下「F」という。)に売却するに当たり,その売却価格を低く偽り,少額の弁済で前記抵当権に関する登記を抹消させて財産上不法の利益を得ようと企て,平成16年8月20日ころ,仙台市青葉区ab丁目c番d号E本社において,D信託銀行から債権回収業務を委託されていた株式会社G債権回収(以下「G債権回収」という。)の常務執行役員H及び同社社員Iに対し,真実は,EとFとの間でEがFに物件1を代金合計約15億円で売却する旨の合意が成立し,前記金銭債権全額を返済する能力があるのに,これを秘し,売却代金が5億円であるなどとうそを言った上,同月26日ころ,前記E本社において,行使の目的で,ほしいままに,物件1にかかるF作成名義の価格5億円の買付証明書1通を偽造して,これを東京都港区ef丁目g番h号G債権回収にファクシミリ送信し,前記Iらに対し,これを真正に成立したもののように装って行使し,さらに,同年9月初旬ころ,前記E本社において,行使の目的で,ほしいままに,物件1にかかるF作成名義の売買代金総額5億円の土地・建物売買契約書1通を偽造して,同月9日ころ,前記E本社において,前記Iに対し,これを真正に成立したもののように装って提出行使するなどし,同人及び前記Hをして,前記買付証明書及び土地・建物売買契約書がいずれも真正に成立したものであり,物件1は5億円で売却された旨のうそを信用させ,よって,前記Hをして,同順位担保権者との按分額である2億325万368円の弁済により前記登記を抹消させることを承諾させ,同日,前記弁済と引換えに,法務局において,情を知らない登記官をして前記登記を抹消させ,もって人を欺いて前記金銭債権全額と前記弁済の差額である3億1319万1092円相当の財産上不法の利益を得たものである。

第2(平成21年2月18日付け)

被告人は,A,B及びCと共謀の上,J金庫がEに対する金銭債権(元金残高12億2415万円)を担保するため第1順位の根抵当権(極度額7億4000万円)を設定していた物件1をFに売却するに当たり,その売却価格を低く偽り,少額の弁済で前記根抵当権の設定登記を抹消させて財産上不法の利益を得ようと企て,平成16年8月18日ころ,前記第1記載のE本社において,電話で,仙台市青葉区ij丁目k番l号J金庫仙台支店にいた同支店営業企画課調査役Kに対し,真実は,EとFとの間でEがFに物件1を代金合計約15億円で売却する旨の合意が成立し,前記金銭債権全額を返済する能力があるのに,これを秘し,売却代金が5億円であるなどとうそを言った上,同月25日ころ,前記E本社において,行使の目的で,ほしいままに,物件1にかかるF作成名義の価格5億円の買付証明書1通を偽造し,情を知らないE従業員等を介して,前記J金庫仙台支店において,前記Kに対し,これを真正に成立したもののように装って提出行使し,さらに,同年9月初旬ころ,前記E本社において,行使の目的で,ほしいままに,物件1にかかるF作成名義の売買代金総額5億円の土地・建物売買契約書1通を偽造して,同月9日ころ,前記E本社において,前記Kに対し,これを真正に成立したもののように装って提出行使するなどし,同人及びJ金庫審査第三部上席審査役Lをして,前記買付証明書及び土地・建物売買契約書がいずれも真正に成立したものであり,物件1は5億円で売却された旨のうそを信用させ,よって,前記Lをして,同順位担保権者との按分額である2億7774万9632円の弁済により前記登記を抹消させることを承諾させ,同日,前記弁済と引き替えに,前記第1記載の仙台法務局名取出張所において,情を知らない同出張所登記官をして前記登記を抹消させ,もって人を欺いて前記極度額と前記弁済の差額である4億6225万368円相当の財産上不法の利益を得たものである。

なお,検察官は,第1回公判期日において,第1記載の買付証明書と第2記載のそれは同一機会に作成された同一のものである旨釈明している。

(争点及び当裁判所の判断)

第1争点及び結論

1  検察官は,被告人が,A,B及びC(A,B及びCを併せて「Aら3名」という。)と共謀の上,有印私文書偽造,同行使,詐欺の各犯行に及んだものであり,被告人は共謀共同正犯としての責任を負うと主張する。

これに対し,弁護人は,

(1) 被告人と,Aら3名との間で,共謀は認められない(争点①),

(2) 平成21年1月28日付け公訴事実に係るG債権回収のHら及び同年2月18日付け公訴事実に係るJ金庫のKらが偽造された買付証明書及び土地・建物売買契約書を真正に成立したものと信用して担保の抹消に応じたという事実を証拠上認めることができず,詐欺罪は成立しない(争点②)から,被告人は無罪であると主張し,被告人も,争点①に関し,捜査及び公判を通じて一貫して上記(1)の主張に沿う内容の供述をしている。

(なお,弁護人は,本件各公訴事実に記載された買付証明書及び土地・建物売買契約書の偽造並びにこれら偽造文書の行使の事実については,積極的に争っていない。)

2  当裁判所は,争点②については,弁護人の主張を認めず,詐欺罪は成立するが,争点①については,被告人とAら3名との共謀を認めることはできず,結局,被告人は無罪であると判断した。以下詳述する。

第2前提事実

別紙2(省略)掲記の関係各証拠によれば,以下の前提事実が認められる。

1  平成16年当時のEの組織等

(1) Eは,昭和43年4月9日,遊技,娯楽場の経営等を目的として設立され,平成16年当時,被告人の甥であるAが代表取締役を,Bが財務部の責任者である財務部長を,CがBの部下として財務副部長をそれぞれ務めていた。

(2) 被告人は,実兄と共にEを設立し,以後,同社の経営に携わり,平成9年ころからは取締役副社長を務め,平成13年7月26日付けでこれを辞任した後は,信用組合M(その後,「N信用組合」に名称変更)の理事長に就任し,平成16年5月20日付けで辞任するまで同理事長の職を務めた。

2  平成16年当時のEの経営状態等

(1) パチンコ店の経営を中心として事業を拡大し,不動産投資等を行ってきたEは,バブル経済が崩壊して不動産価値が下落したことやパチンコ業界の競争激化に伴い売上げが減少していったことなどから,経営を悪化させて資金繰りに窮するようになり,平成16年当時は,債権者から担保不動産の処分による債務の圧縮を求められるなど,既に債務超過の状態に陥っていた。

(2) Eは,不採算物件を処分する方針の下,平成16年1月,その所有するOビルを株式会社Pに代金8億2000万円で売却し,債権者をしてその担保権登記の抹消に応じさせた。その際,Eは,株式会社Pから,上記売却代金とは別に退去補償費等の名目で1億3000万円を受領したにもかかわらず,同債権者にこれを説明していない。

なお,Aら3名は,この取引に関わったが,被告人は一切関与していない。

(3) その当時,物件1のうち別紙1(省略)記載の土地14筆及び同土地上の建物1棟には,①J金庫により,Eに対する金銭債権(元金残高約12億円)を担保するための極度額7億4000万円の第1順位の根抵当権が,②D信託銀行(なお,D信託銀行は,被担保債権の回収業務等をG債権回収に委託している。)により,Eに対する金銭債権(平成16年8月2日時点での元金残高5億1644万1460円)を担保するための第1順位の抵当権が,それぞれ設定され,さらに,③Q債権回収株式会社(以下「Q債権回収」という。)により第2順位の根抵当権(極度額8億円)が,④N信用組合により第3順位の根抵当権(極度額3億円)が,それぞれ設定されていた。

3  本件犯行に至る経緯等

(1) 被告人は,平成16年初めころ,Fに対し,その委託を受けたRと会い,Bを通じて入手した,物件1,仙台市青葉区所在のE所有にかかる土地及び建物(以下「物件2」という。)等の不動産明細をRを通じてFに渡すなどして,これらの売買交渉を始めた。

(2) Fは,同年7月初旬ころまでには,物件1及び物件2を合計20億円で購入することを決定し,Rを通じて,その旨を被告人に伝えた。

(3) Fの不動産開発課課長代理(当時)であったSは,同月7日ころ,被告人から買付証明書を作成してほしいと言われたRからの依頼を受け,物件1及び物件2について,①売買金額20億円のEあての買付証明書1通及び②売買金額(なお,書面上は「買金額」と記載)1億円のA社長あての買付証明書1通を各作成してRに交付し,Rは,そのころ,上記各買付証明書を被告人に交付した。

4  犯行状況等

(1) 被告人は,平成16年7月初旬ころ,E本社において,Aに対し,Fが物件1及び物件2を20億円か21億円で購入する意向を有していることを伝えた。

(2) Aは,その後,B及びCに対し,Fが物件1及び物件2を購入する意向を有しており,その金額が20億円前後になること,売買契約がうまく進めば,ある程度会社に余裕ができ,債務を縮小することができることなどを伝えた。

(3) その後,EはB及びCを,FはRを,それぞれ窓口として売却交渉を進め,同月30日には,EとFとの間で,物件2を代金3億6212万円で売買する旨の売買契約が締結された。Fは,同日,物件2の担保金融機関及びEに対し,その代金を振込入金した。

(4) 当時,J金庫仙台支店営業企画課調査役であったKは,遅くとも同月中旬ころまでには,Cから,物件1を4億円で売却したい旨の連絡を受けていたところ,同月下旬ころ,上司であるTと共にEを訪れ,A及びCに対し,4億円では低いことを伝えた。

同年8月中旬ころ,Tほか1名は,Eを訪問し,5億円であれば物件1の担保解除に応じることができる旨伝えた。その後の同月中旬ころ,Cは,Kに対し,電話を掛け,物件1につきFとの間で5億円で売買できること,必要経費を差し引いて同順位のD信託銀行と配分し,担保解除をしてほしい旨伝えた。

(5) 当時,G債権回収常務取締役であったHは,同年6月ころ,E本社において,Aら3名に対し,担保物件の処分による債務圧縮等を要請するとともに,物件1については4億7400万円の鑑定評価を超える金額での売却を希望している旨伝えた。その際,E側からは,4億円程度の価格を示唆された。

H及びG債権回収社員Iは,同年8月下旬ころ,E本社において,A及びCから,Fが物件1について5億円での購入を希望していること,必要経費等を差し引いて,J金庫と配分して返済するので,抵当権を解除してほしい旨伝えられた。

(6) Aは,その後の同月下旬ころ,C及びBに対し,物件1のFとの売買に関し,価格5億円の買付証明書を偽造するよう指示し,C及びBは,そのころ,物件1を5億円で購入する旨の同月15日付けF作成名義の買付証明書を偽造した。

(7) Cは,同月26日,G債権回収Iにあてて,上記(6)の偽造に係る買付証明書及び物件1の売却に伴う按分弁済額を記載した書面をファクシミリ送信し,さらに,そのころ,J金庫Kにあてて,上記買付証明書及び上記按分弁済額を記載した書面を送付した。

そして,そのころ,G債権回収は,2億325万368円の按分弁済を,J金庫は,2億7774万9632円の按分弁済を,それぞれ受けることで,抵当権又は根抵当権設定登記をそれぞれ抹消することを承諾した。

(8) EとFは,同年9月1日,物件1につき,売主をE,買主をF,売買代金総額を15億3788万円とする同年8月31日付け土地・建物売買契約書を作成して同売買契約を締結した。

(9) Aは,そのころ,C及びBに対し,物件1のFとの上記売買契約に関する売買代金総額5億円の売買契約書を偽造するよう指示し,C及びBは,同年9月初旬ころ,物件1の売買代金総額を5億円とする同年8月31日付け土地・建物売買契約書を偽造した。

(10) 同年9月9日,E本社において,EからAら3名が,FからSらが出席し,J金庫K,G債権回収Iら債権者側の各担当者も立ち会って,Fからの中間金の支払手続などが行われた際,C又はBが,K及びIに対し,それぞれ,上記(9)の偽造に係る売買契約書を交付した。J金庫は,2億7774万9632円が,G債権回収は,2億325万368円が,それぞれFから振込入金されていることを確認した後,担保権の登記抹消手続に関する一件書類をE側にそれぞれ交付して抵当権又は根抵当権の設定登記を抹消することを承諾し,同日付けでその抹消登記手続が行われた。

5  本件犯行後の事情

(1) Aは,Rから,物件1及び物件2の売買代金総額が本来は19億円ではなく20億円であり,被告人がFの社長に「先代の息子3人に1億円をあげたい。」などと依頼し,19億円とは別に1億円の支払を求めていたことを聞いた。そして,Aが,Fに対し,被告人への1億円の支払を取り止め,物件1の売買代金総額を本来の金額に訂正するよう申し入れたことから,平成16年12月7日,物件1の土地・建物売買契約書の売買代金総額欄等を15億3788万円から16億3863万円に訂正する手続が取られた。

(2) 被告人は,同月ころ,Uを介して,Aに対し,1億円の支払を要求したところ,同月7日,「今後,Eの経営に一切関与しない。」などと記載した念書を差し入れるとともに,Eから,被告人の妻名義の口座に7000万円が支払われた。

第3争点②について

被告人とAら3名との共謀の成否(争点①)について検討する前に,まず,上記第2の前提事実に基づき,詐欺罪の成否(争点②)について判断しておく。

1  Aら3名は,平成16年1月のOビルの売却の際に,債権者に売却代金を偽って少額の弁済で担保権登記の抹消に応じさせたところ,Aは,同年7月初旬ころ,被告人からFが物件1及び物件2を20億円か21億円で購入する意向を有していることを聞き,B及びCに対し,物件1及び物件2の売却価格が20億円前後になることや,うまく進めば会社にある程度余裕ができ,債務を縮小することができることなどを伝えたものであり,この時点において,Aら3名の間で,少なくとも物件1につき,債権者に対して売却価格を低く偽り,少額の弁済で担保権に関する登記を抹消させて財産上不法な利益を得ることの共謀が成立したと認められる。その後,Cは,G債権回収H及びI並びにJ金庫Kに対し,それぞれ物件1の売却価格が約15億円であるにもかかわらず5億円である旨うそを述べて担保権解除に応じるよう交渉し,その過程において,Aら3名が,物件1が5億円で売買されることを仮装するために買付証明書及び土地・建物売買契約書をそれぞれ偽造した上,G債権回収及びJ金庫の各担当者らに対し,これらを真正に成立したもののように装って交付するなどして行使したものである。そして,G債権回収は,D信託銀行がEに対して有する5億1644万1460円の被担保債権の回収業務を委託され,J金庫も,Eに対する元金残高約12億円の金銭債権の担保として極度額7億4000万円の根抵当権を設定しているのであるから,各担当者が物件1が約15億円で売却されることを知っていれば,上記5億円の金額で担保解除に応じることはなかったものと認められる。にもかかわらず,G債権回収及びJ金庫は,Eから,5億円から必要経費を控除した残額を按分した金額の支払を受け,それに伴い,設定されていた抵当権又は根抵当権の設定登記が抹消されたものである。

2  以上からすれば,Aら3名は,共謀の上,物件1に関し,有印私文書偽造,同行使,詐欺罪に該当する行為をしたと認めることができる(以下,物件1に関する上記Aらの犯罪について「本件中抜き詐欺」という。)。

したがって,詐欺罪が成立しないとする弁護人の主張は採用できない。

第4争点①について

そこで,続いて,被告人とAら3名との共謀の成否(争点①)について判断する。

1  上記第3で見たとおり,本件では,上記第2の前提事実のみによってAら3名による本件中抜き詐欺の成立を認めることができる一方,その前提事実のみからは,被告人が,物件1等の売却についてAに話を持ち掛けたこと,20億円と1億円の2通の買付証明書の交付をRを通じてFに要求し,これらを受領したこと及び物件1等の売却後にEから7000万円を受領したことのほかに,物件1の売却に関与したことをうかがわせる事情が認められない。

この点,検察官は,被告人が,①Eが実質破たん状態にあること等を十分認識していたこと,②単独で本件中抜き詐欺を画策し,準備行為を進めていたこと,③Aに「余った金でちゃんと会社をやっていけよ。」と言ったこと,④債権者に対する弁済額を極力低く抑え,中抜き金額の最大化をねらっていたこと,⑤実際の中抜き金額を認識していたこと,⑥裏で1億円の取得を画策していたこと,⑦買付証明書及び土地・建物売買契約書の偽造の必要性を認識していたことから,被告人には本件中抜き詐欺の犯意が認められるとともに,Aら3名との間で共謀を遂げたことが優に認められるなどと主張する。

2  検察官の主張する上記事実を基礎付ける重要な証拠はC及びAの各証言並びにBの捜査段階における供述である。そこで,これらの証言等の信用性について順次検討する。

(1) C証言の信用性

ア Cは,本件中抜き詐欺に関する被告人とのやりとり等について,要旨,以下のとおり証言する。

(ア) 平成16年6月8日ころ,被告人から電話が掛かってきて,物件1,物件2及び仙台駅前のE本社ビル(以下「駅前本社」という。)の三つの物件について,京都の業者が購入の意向があるということで,第1順位の抵当権者の被担保債権の金額の調査及び債権者に対して担保の解除を合計8億5000万円に収めるように言われた。

(イ) 同年7月初旬ころ,被告人が駅前本社を訪れ,Aに対して,物件1及び物件2をFが20億円で購入する旨の話をした後の,同月6日ころ,被告人から電話が掛かってきて,物件1で展開していたパチンコ店関係の割賦手形の回収,名取市に対する固定資産税の支払,地主に対する滞納地代の残金の支払をしっかりとするようにと言われた。

(ウ) (イ)の際,Cが,被告人に対して,物件1に設定された担保の解除につき,G債権回収とJ金庫に対して4億円で担保の解除ができないかを交渉しているが,かなり厳しい状況にある旨伝えたところ,被告人からそのまま4億円で交渉を続けるよう言われた。

(エ) 同年8月ころ,被告人から連絡があり,Cが,被告人に対して物件1に担保権者が5億円での担保解除を要求している旨の話をした際,被告人は少し高いというような雰囲気の話をしていたが,最終的に5億円での担保解除に納得した。

(オ) 同月下旬ころ,Cが,被告人に対して,物件1のうち,Q債権回収が単独で担保権を有している部分があり,その部分については正当な金額の返済額でなければ担保解除に応じられないと言っている旨報告したところ,被告人から判こ代だけで交渉するように言われた。その後も判こ代だけの支払ということで交渉をしたが,Q債権回収は応じてくれず,再度,被告人に報告したところ,3000万円くらいで交渉するように言われた。しかし,Q債権回収から5400万円くらいでなければ応じられないということを言われ,その旨被告人に報告したところ,被告人は最終的にその価額で納得した。

イ Cは,J金庫やG債権回収の担当者と直接交渉し,本件中抜き詐欺の実行行為を行い,その過程で買付証明書及び土地・建物売買契約書の偽造・行使に及んだことについて,詳細かつ具体的な証言をしており,弁護人の反対尋問に対してもその証言が動揺していない。この点は,検察官の主張するとおり,C証言の信用性を高める事情として考慮することができる。

ウ しかしながら,本件中抜き詐欺の実行行為等について詳細かつ具体的な証言をしていることが,直ちに本件中抜き詐欺に被告人が関与したとする証言部分の信用性を高めるものではない。

しかも,本件中抜き詐欺において最も利益を得たのは,上記第2の前提事実のとおり,G債権回収及びJ金庫に対する多額の弁済を免れたEであり,Cは,当時,社長であるA及び財務部の責任者であるBの部下として,そのEの財務副部長を務めていたものである。Cは,本件中抜き詐欺に関わったことを認め,既に執行猶予付き懲役刑の判決を言い渡されているが,その事実関係は,C証言並びに後述するA証言及びB供述の内容に基づき,本件中抜き詐欺に被告人が首謀者として関与したことを前提とするものであることからすれば,依然として,被告人が本件中抜き詐欺を首謀したとの事件の構造を維持するため,共犯者とされる立場から被告人を引き込む危険性を否定することはできず,被告人に不利な虚偽の証言をするおそれがないとはいえない。このような事情に照らすと,被告人の関与を認める部分のC証言の信用性については,慎重に検討する必要がある。

エ そこで検討するに,上記各証言のうち,平成16年6月8日ころ,被告人から,物件1を始めとする三つの物件の担保解除を合計8億5000万円で収めるように言われたこと((ア))及び同年7月6日ころ,被告人から,手形回収等に関して話をされたこと((イ))については,Cが作成した当時の備忘録に同趣旨の内容が記載されており,客観的な裏付けがあるといえる。第2順位の根抵当権を設定しているQ債権回収との担保解除の交渉に関する被告人とのやりとり((オ))についても,同年8月下旬ころ,物件1の担保解除交渉に関し,EからG債権回収及びJ金庫に対して按分弁済額の案が示された状況からすれば,当時,その担保権解除の交渉が大詰めを迎えていたといえるのであり,同証言はその客観的な状況と整合する上,Cが証言するQ債権回収との交渉状況等も具体的である。したがって,これらの点については,上記の虚偽証言のおそれを考慮しても,その信用性を失わせるものとはいえないと考える。

しかしながら,同年7月6日ころに被告人から4億円での交渉を続けるように言われたとの証言((ウ))については,C作成の上記備忘録に手形の回収,税金及び地代の支払に関する記載はあるが,被告人のCに対する4億円での交渉継続に関する指示の記載はなく,この備忘録が,検察官の主張するような同証言の客観的な裏付けとはならない。Cは,被告人から指示されたと述べている時期よりも以前から,J金庫及びG債権回収と物件1について4億円での担保解除を交渉していたのであり,被告人からの4億円での交渉継続の話があったとされる時期も,Aら3名の間で本件中抜き詐欺の共謀が成立したと認められる同年7月初旬ころよりも後である。その後,Cが,被告人の上記要望に従ってG債権回収及びJ金庫の各担当者に対して4億円での担保解除を強く交渉したという事実も認められない。これらの事情に照らすと,被告人から4億円での担保解除の交渉を継続するように言われたとの上記(ウ)の証言を客観的に裏付ける証拠も,被告人の上記発言がCの担保解除の交渉に影響を与えたとの事情も,いずれも見当たらないといわざるを得ない。しかも,Aら3名の間で共謀が成立した後に被告人の上記発言がされたというのはやや唐突な面があり,Cに上記のとおり虚偽の証言をするおそれがないわけではないことも併せ考慮すると,その部分については信用性に疑いが残るというべきである。

加えて,債権者が5億円での担保解除を要求している旨被告人に報告し,その納得を得たとの証言((エ))については,被告人に対して報告を行った具体的な状況が明らかではない。検察官は,A証言及びB供述が上記(エ)のC証言と整合する内容を有しておりこれを裏付けていると主張するが,A証言及びB供述は,後述するとおり,その信用性に疑いを差し挟む余地があることに照らせば,上記(エ)のC証言を客観的に裏付ける証拠として位置付けることは困難である。結局,被告人に不利な虚偽の証言をするおそれが否定できないことを勘案すると,同証言の信用性についても疑いが残るといわざるを得ない。

オ 以上検討したところによれば,C証言からは,上記(ア),(イ)及び(オ)に沿う事実を認定することができるに止まる。

(2) A証言の信用性について

ア Aは,本件中抜き詐欺に関する被告人とのやりとり等について,要旨,以下のとおり証言する。

(ア) 平成16年7月初旬ころ,被告人とEの社長室で会い,被告人からFが物件1及び物件2を20億円か21億円で買いたいと言っているということを聞いた。その際,被告人から,余った金でちゃんと会社をやっていけよという趣旨の話をされた。

(イ) 同月中旬から同年8月初めころ,E本社で,被告人がBやCに対して,「債権者の金額をもっと下げさせろ。もっとまけてもらえ。」などと言っているのを目撃した。

(ウ) Cから,物件1の担保解除については,債権者は5億から6億円の間の金額でなければ応じてくれないと聞いていた。被告人が4億円で交渉しろと言っているとCから報告されたので,Cに対して,被告人が言う金額から交渉をスタートする旨指示した。その後,Cが被告人に債権者が5億円でならば担保解除に応じられる旨の報告をしたら被告人からもっと何とかならないのかと言われたとの報告をCから受けた。

イ Aは,本件中抜き詐欺の実行行為をB及びCに指示し,買付証明書及び土地・建物売買契約書を偽造・行使させたことなどを詳細かつ具体的に証言しており,この点は,検察官の指摘するとおり,その証言の信用性を高める事情といえる。

ウ しかしながら,C証言について上記(1)ウで検討したことはA証言についても同様に当てはまる。すなわち,実行行為等を指示したことなどの証言が詳細で具体的であるからといって被告人の関与を認める部分の証言の信用性を高めることにはならないこと,Aが,本件中抜き詐欺により最大の利益を受けたEの代表取締役であって,Cと同様,被告人が首謀して本件中抜き詐欺が行われたことを前提として,当該事件について執行猶予付き懲役刑の判決を言い渡されていることに照らすと,引き続き,被告人を引き込む虚偽の証言をするおそれがないとはいえず,A証言について,本件中抜き詐欺に被告人が関与したとする証言部分の信用性を検討する際にはこの点に十分留意する必要がある。

エ そこで検討するに,Aと被告人との関係については,Aが,Eの代表取締役であったAの実父(被告人の実兄)の死亡後に,取締役副社長であった被告人が代わって代表取締役になることを阻止するため,自らその地位に就いたところがあるなどと述べているとおり,Aと被告人との関係が疎遠であったことが認められる。Aは,Eの代表取締役として,平成16年1月に行われたOビルの売却でも,本件中抜き詐欺と同様,債権者に売却代金を偽って利益を得た経験を有している上,Eの財務状況の悪化を十分に認識していたのであり,かつ,本件中抜き詐欺によりEが最も利益を得ていることからすると,Aが,本件中抜き詐欺を行う強い動機を持ち得る立場にあったことは容易に想像することができる。その上,B及びCに対して本件中抜き詐欺の実行行為等を指示するなどした責任そのものは免れないものの,被告人を首謀者として本件中抜き詐欺に関与させることによって自らの責任を軽減させようとする積極的な動機を抱き得る状況にあったといえなくはない。弁護人が指摘するとおり,遅くとも平成20年9月16日までには本件中抜き詐欺に関する捜査が開始され,Aがこれを察知することができたことがうかがわれるのであるから,その後,B及びCとの間で,口裏合わせがされたか否かは明らかではないものの,他方で,このような口裏合わせが全くされていないということも断言はできない。このように見てくると,A証言については,C証言に比べても,虚偽の証言をするおそれがより大きいといわざるを得ない。

証言内容を見ると,被告人が物件1についてFへの売却話を持ち込んだ際,被告人から,余った金でちゃんと会社をやっていけよという趣旨の話をされたとの点((ア))については,Aが,検察官の主尋問において,「被告人から,15億,10億残る,その金でちゃんと会社をやっていけよと言われた。」旨証言する一方,弁護人の反対尋問においては,「被告人は,15億から16億残るとは言っていない。最後に10億は残ると言った。いや,残ると言っていない。残った金でちゃんとやっていけよ,会社もこれで楽になるだろうという言い方だった。(残った金ではなく)余った金である。」旨証言しており,被告人が,この機会に,中抜き金額についてもAに伝えたのか否かといった会話の重要部分について,その内容が合理的な説明のないまま変遷していることからすると,記憶に従った証言と見るにはちゅうちょを覚える。しかも,どのような流れで被告人から上記の発言がされたのかが必ずしも具体的ではないのみならず,Aが最終的に証言するところの「余った金でちゃんとやっていけよ。会社もこれで楽になるだろう。」という被告人の発言のみから,被告人が直ちに本件中抜き詐欺を企図していると読み取ることは難しい面があるといわざるを得ない。

検察官は,上記のA証言は,C証言及びB供述によって裏付けられている旨主張するが,後述するとおり,B供述はその信用性に疑問が残ることから裏付け証拠とはならず,C証言についても,上記のとおりその信用性は限定的に考えるべきであるところ,上記(ア)に関して言えば,C証言によって裏付けられるのは,Fが物件1及び物件2を20億円くらいで購入する意向があるという話があった部分のみであって,「余った金でちゃんと会社をやっていけよ。」という部分まで裏付けているとはいえない。被告人がBらに担保解除の金額を下げるように言っていた点((イ))及び被告人に対する交渉状況等を報告した点((ウ))についても,C証言及びB供述の信用性に照らすと,その証言等を裏付けとすることには抵抗がある。

もちろん,Fと交わした土地・建物売買契約書の売買金額が後に約1億円増額されていることなど,A証言の中には,客観的な書類によって裏付けられ,かつ,R証言等の客観性の高い証言等とも整合する部分が存在するが,これによって,上記(ア)から(ウ)までの証言が裏付けられるものとはいえない。

オ 以上によれば,上記(ア)から(ウ)までのA証言については,その信用性に疑いを差し挟む余地が大きく,上記各証言内容に沿う事実を認定することはできない。

(3) B供述の信用性

ア Bは,本件中抜き詐欺に関する被告人とのやりとり等について,要旨,以下のとおり供述する。

(ア) 物件2の任意売却を一旦白紙に戻した後,被告人がEにやってきた際,被告人から物件1及び物件2につき,「債権者にはなるべく低い金額で売れることにして抵当権を抹消できるように交渉しろ。いくらでも低くなるように交渉するんだ。」と指示された。

(イ) 物件1の債権者に対する交渉について,Cから「被告人が4億円で交渉しろと言っているが,その金額ではJ金庫もD信託銀行も納得してくれない。」などとぐちを聞かされた。

(ウ) 平成16年8月ころ,Cから「Aの了解を得て,5億円に金額を上げて交渉することにし,被告人にそのことを説明したところ,被告人も渋々納得してくれた。」と聞いた。

(エ) (ウ)と同じころ,被告人から「銀行へは5億円で交渉して決めてくれ。この金額で買付と契約書を作ってくれ。」などと買付証明書と売買契約書を偽造するよう指示され,その際,「しっかりやらなきゃだめじゃないか。」と言われた。

イ Bが,被告人及びAの指示で,本件中抜き詐欺を実行していく過程で買付証明書及び土地・建物売買契約書を偽造・行使したことなどについて詳細かつ具体的に供述しているのは検察官の主張のとおりである。

ウ しかし,B供述についても,C証言について上記(1)ウで述べたことと同様の虚偽供述のおそれがないわけではない。すなわち,Bは,本件中抜き詐欺によって最も利益を得たEの財務部責任者であり,本件中抜き詐欺の遂行に当たり,買付証明書等の偽造等の場面で社長であるAの指示を直接受けていた旨認めていることからすると,捜査段階において,AやCと通じて被告人に不利な虚偽の供述をするおそれが皆無とはいえない。加えて,B供述の場合には,Bが死亡したことにより,その捜査段階における供述が反対尋問を経ないまま証拠とされている。その信用性判断に当たっては,以上の要素を十分に踏まえる必要がある。

エ そこで検討するに,まず,B供述のうち,被告人からの土地・建物売買契約書及び買付証明書の偽造の指示(上記ア(エ))につき,以下のとおり変遷がある。

① 平成20年12月15日付け警察官調書

当時,被告人指示の下,各金融機関に対し,5億円という売買代金を提示して,その手段として売買契約書などを作成し,提示した。買付証明書については記憶が定かではないが,被告人から指示を受け,Cか経理の事務員に作成させた。

② 平成21年1月21日付け警察官調書

平成16年8月中旬ころ,Aが同席していたかもしれないし,Cもいたかもしれないが,被告人から買付証明書を5億円の金額に直して造ってくれ(ママ)と頼まれた。売買契約書については,個別に被告人から指示を受けたかどうかは定かではない。

③ 平成21年1月24日付け検察官調書

平成16年8月に入ったころ,被告人から5億円で買付証明書と売買契約書を作ってくれと言われた。

④ 平成21年2月9日付け警察官調書

平成16年8月中旬ころ,Aが同席していたかもしれないし,Cもいたかもしれないが,被告人から買付証明書を5億円の金額に直して造ってくれ(ママ)と頼まれた。売買契約書については,個別に被告人から指示を受けたかどうかは定かではない。

⑤ 平成21年2月12日付け検察官調書

平成16年8月中旬ころ,被告人と直接会ったときだったと思うが,被告人から5億円で買付証明書と売買契約書を作ってくれなどと指示された。

オ 次に,B供述のうち,被告人から債権者との交渉について指示されたという場面(上記ア(ア))についても,以下のとおり変遷がある。

① 平成21年1月24日付け検察官調書6項

Aから20億円でFに売却する話を聞いてからしばらくしたころ,被告人がEにやってきて,債権者には,なるべく低い金額で売れることにして,抵当権を抹消できるように交渉しろ,いくらでも低くなるように交渉するんだと言ってきた(この部分は,その直後に物件2について供述していること,前後の5項及び7項でも物件2に関する交渉状況を供述していること,Bは物件2の交渉を担当していたことに照らすと,物件2に関する供述であると認められる。)。

② 平成21年2月12日付け検察官調書3項

平成16年7月中旬ころ,被告人がE本社に来た際に,物件2や物件1の債権者にはなるべく低い金額で売ることにして担保を解除してもらうよう交渉しろと言ってきた。

カ 上記エの変遷は,被告人が,Bに対して買付証明書及び土地・建物売買契約書の偽造を指示したという,被告人が本件中抜き詐欺の首謀者であることをうかがわせる重要な事実に関するものである。しかしながら,Bは,当初,警察官に対し,買付証明書の偽造について記憶が定かではない旨供述し(①),平成21年1月21日付け警察官調書では,買付証明書の偽造は被告人から指示されたが,売買契約書については定かではないと供述し(②),同月24日付け検察官調書に至って,初めて,いずれの文書も被告人の指示で偽造した旨の供述をする一方(③),同年2月9日付け警察官調書では,再び②と全く同じ供述(④)に戻った後,同月12日付け検察官調書において,再度,③と同じ供述をしているものである(⑤)。このような供述の変遷状況を見ると,事実認定に供される各検察官調書は,その前後に作成された上記各警察官調書の内容と比べ,明らかに被告人に不利な内容が録取され,しかも,その供述変遷の理由について何ら合理的な説明がなされていないといえる。このことは,Bの取調べに当たり,検察官が,被告人の関与が認められる方向に供述を誘導した疑いを生じさせるものである。上記オにおいても,検察官は,物件1と物件2の各担保解除交渉を明確に区別せず,被告人が物件1に関する交渉にも口を出していたとする供述を最終的に録取しており,この点でも被告人に不利な内容となるようB供述を誘導したことをうかがわせる。このような供述の変遷の存在は,B供述のうち,上記ア(ア)及び(エ)の部分の信用性を否定するものであることはもとより,特に,上記エの変遷部分が被告人の関与を基礎付ける本件の核心的部分であることにかんがみると,本件中抜き詐欺に被告人が関与したとする部分全体の信用性を減殺する事情になるといわざるを得ない。

キ 検察官は,B供述が,C及びAの各証言等とよく一致していると主張するが,C及びAの各証言の信用性については,上記のとおりであり,これらと一致しているとしても直ちにB供述の信用性を高めるとはいえない。

なお,上記ア(イ)及び(ウ)の証言は,C証言において信用性が認められない部分に関するものである。

ク 以上のとおり,B供述は,反対尋問を経ていない事情と相俟って,被告人が本件中抜き詐欺に関与したとする部分についての信用性は認め難いといわなければならない。

3  以上を前提に,被告人とAら3名との間に共謀があったか否かについて,以下,検察官の主張につき検討する。

(1) 被告人が,Eが実質的破たん状態にあること等を十分に認識していたこと

(検察官の主張①)

Eの経営状態については前記第2の2で認定したとおりであるところ,被告人供述によれば,被告人は,Eの取締役副社長を退任した際,Eの債務が120億円前後はあったと認識していたこと,N信用組合の理事長を務めていた際,Eに対する貸付けが毎月稟議に上がり問題視されたことから,同理事長を退任したことが認められる。これらの事情からすると,被告人は,Eの経営状態が資金繰りに窮しており,債務超過状態にあったことを認識していたものである。

被告人のこのような認識は,被告人が本件中抜き詐欺を企てる動機を有することを基礎付ける一事情にはなり得るものの,これだけで被告人が本件中抜き詐欺の犯意を形成し,Aら3名との間で共謀を遂げたことを推認するとはいえず,その推認力は弱い。

(2) 被告人が,単独で本件中抜き詐欺を画策し,準備行為を進めていたこと

(検察官の主張②)

第2の3(1)によれば,被告人は,平成16年初めころから,Fに対し,Rを通じてEが所有していた物件1等について売買交渉に関わるようになり,物件1及び物件2の売却につき,最終的に合計約20億円でFが購入することになったことが認められる。また,C証言によれば,上記のとおり,被告人が,Cに対して,物件1を含む三つの物件について,その担保権の抹消を8億5000万円で収めることができないかと言っていたことが認められる。

これらの事実のうち,前者について見ると,R及びS証言によれば,Fが,Rを通じて被告人に接触を図り,その後,物件1等の売買交渉につながっていったことが認められることからすると,被告人の関与は通常の不動産取引に見られる仲介行為にすぎず,この事実を,本件中抜き詐欺の犯意の形成及びAら3名との共謀を推認させるものと評価することは難しい。

後者については,物件1等のFへの売却交渉が進み,20億を超える額での売却も検討されていた時期に,被告人が売買代金の交渉金額よりも低額で担保権解除の交渉を行うことを要求していたことを示すものである上,被告人はこのような指示はしたことはないと明らかに虚偽の供述をしていることからすれば,被告人が中抜き詐欺を画策していたことを推認させる事実といえる。

もっとも,その後,被告人が,Cに対し,上記指示どおりに交渉したのかを確認したような事実は証拠上認められない上,Cが,被告人から上記要求を受けた後,物件1外2件について8億5000万円での担保権解除の交渉を債権者との間で行った事実を証拠上認めることができないことに照らすと,上記事実だけから被告人が中抜き詐欺を画策していたと断定することはできない。

(3) 被告人が,Aに「余った金でちゃんと会社をやっていけよ。」と言ったこと(検察官の主張③)

同主張に沿うA証言を信用することができず,被告人がAに対して上記発言をした事実を認めることができないのは,上記2(2)のとおりである。

(4) 被告人が,債権者に対する弁済額を極力低く抑え,中抜き金額の最大化をねらっていたこと(検察官の主張④)

C証言によれば,被告人は,Cから第2順位根抵当権者であるQ債権回収が5400万円余りの弁済を受けなければ根抵当権の抹消に応じられないと言ってきているとの報告を受けた際,100万円の判こ代だけで交渉するよう指示していることが認められる。

しかし,検察官の主張のうち,被告人が,Cに対して,J金庫やG債権回収に対して,引き続き4億円で交渉するよう指示したこと,Bに対して,債権者に対してなるべく低い金額で売れることにして抵当権を抹消できるよう交渉するよう指示したことに関しては,上記2(1)及び(3)のとおり,C証言及びB供述のうち,これに沿う部分がいずれもその信用性に疑問があることからすると,これらの事実を認めることはできない。

なお,上記Q債権回収に関する被告人の言動は,検察官が主張するとおり,被告人が後順位の担保権者に対しては担保抹消手数料だけに抑え,中抜き金額の最大化をねらっていたことを意味するものとも考えられる。しかし,被告人供述によれば,被告人は,物件1につき,被担保債権が十五,六億円くらいであったと認識していたというのであるから,これに,被告人が,CやBに対して,債権者に対する弁済を低く抑えるように指示していたという上記事実を認めることができないことを併せ考慮すれば,Q債権回収に関する被告人の上記言動は,後順位担保権者についてその担保抹消金額をできる限り廉価に抑えようとする通常の担保権抹消の代価交渉に関する営みにすぎないと考える余地も十分にあり得るところである。そうすると,この事実は,被告人が上記犯意を形成し,Aら3名との間で共謀を遂げたことを一応は推認させるものの,その推認力はそれほど強いものではない。

(5) 被告人が,実際の中抜き金額を認識していたこと(検察官の主張⑤)R証言,被告人供述等によると,被告人は,平成16年7月30日,EとFとの間の物件2の売買契約に立ち会っていたことが認められ,物件2につき,3億6212万円で売買契約がされたことを認識していたといえる。

もっとも,検察官は,被告人がCからG債権回収やJ金庫が5億円の売買金額でなければ担保権の解除に応じない旨の報告を受け,「5億円ではちょっと高く,もっと何とかならないか。」などと不満を漏らしながらも,最終的に5億円で了承した事実が認められると主張するが,上記2(1)で述べたとおり,この部分に関するC証言は,その信用性について疑問があり,同事実を認めることはできない。しかも,第2の4(3)によれば,被告人が,平成16年7月初旬ころにAに物件1のFへの売却話を持ち込んだ後は,その交渉窓口はBやCであり,関係証拠によれば,EとFが物件1の売買契約を締結した同年9月1日及びF側からの中間金の支払日である同月9日のいずれにも,被告人は同席しなかったことが認められる。以上によれば,被告人が,物件1の売却交渉及び担保解除交渉の各状況を具体的に把握していたと認めることは困難である。

そうすると,被告人が物件2の売買価格を認識していたという事実だけでは,被告人が,本件中抜き詐欺における中抜き金額を認識していた事実を推認することはできず,検察官主張の同事実を認めることはできない。

(6) 被告人が,裏で1億円の取得を画策していたこと(検察官の主張⑥)

上記第2の5(1)のとおり,被告人は,Fに対し,支払われる合計20億円の売買代金のうち1億円を被告人に渡すことを要求していた。

検察官は,上記事実が,被告人個人が利得するために中抜き詐欺の中抜きをすることを示すものである旨主張する。しかし,弁護人が指摘するとおり,それ自体は上記不動産の仲介手数料の要求であると考えることもできる。したがって,検察官の主張するとおり上記事実が直ちにAら3名との共謀を推認させる事情と見ることは難しいといわなければならず,被告人とAら3名との共謀が存在しているとすれば矛盾はしないという程度のものにとどまるというべきである。

(7) 被告人が,買付証明書及び土地・建物売買契約書の偽造の必要性を認識していたこと(検察官の主張⑦)

検察官は,B供述により,被告人が,Bに対して,売買金額を5億円とした買付証明書及び土地・建物売買契約書の偽造を行うよう指示した事実が認められる旨主張するが,上記2(3)で検討したとおり,この点に関するB供述は信用性には疑問があるので,同事実を認定することはできない。したがって,検察官が主張する,被告人が上記各文書の偽造の必要性を認識していた事実を認めることはできず,ほかにこれを推認させる事情も見当たらない。

4 他方,弁護人は,被告人は,D信託銀行及びJ金庫のEに対する各貸金債権の連帯保証人となっており,本件中抜き詐欺を行う動機がない旨主張する。

H及びKの各証言によれば,被告人が,D信託銀行及びJ金庫のEに対する各貸金債権の連帯保証人であること,J金庫として,物件1の売却によって弁済金を受領した際,被告人に連帯保証人として支払請求をする意思を有していたこと,J金庫のEに対する上記貸金債権が保証人付きで譲渡されており,今後,被告人が債権譲受人から連帯保証人としての請求を受けるおそれがあること,D信託銀行から債権回収業務を委託されたG債権回収が,上記の連帯保証に基づき,被告人の財産を仮差押えしていることが認められる。

貸金債権につき,主債務者の所有する不動産に抵当権等の担保物権が設定されている場合,連帯保証人としては,主債務者の所有する不動産が任意売却される際には,連帯保証人への請求ができる限り少なくなるように,より高額で売却され,債権者に対してより多くの弁済がされて債務が縮小することを期待するのが通常であると考えられる。とすると,D信託銀行及びJ金庫のEに対する貸付債権につき連帯保証人となっていた被告人が,同貸付けの主債務を大幅に減少させる可能性のあった物件1の取引に関し,敢えてその可能性を捨てて本件中抜き詐欺を行う利益があったとは考えにくい。

この点につき,検察官は,本件中抜き詐欺によって得た資金をEの運転資金に充てて事業継続し,その間,少なくとも債権者に対する利息を支払っていれば,被告人に対し保証債務の履行を請求されることはなく,被告人は現実に手に入る現金を獲得することが目的であり,Eの倒産後に請求されるかもしれない連帯保証債務を意識して行動していたとは考えられない旨主張する。確かに,被告人が現金を獲得する目的を有していたことは,被告人がFに対して売買代金のうち1億円を渡すように依頼していたことからうかがわれる。しかし,本件当時,Eは大幅な債務超過の状態にあり,本件中抜き詐欺によって得た資金を運転資金に充てても,債権者に対する利息の支払ができるかについては不透明な部分もあったこと,被告人が,当法廷において,被告人が物件1等の取引に当たり,自身の連帯保証の存在が気になっていたなどと述べ,現に債権者から財産の仮差押えを受けていること,Fとの売買契約が通常どおり成立すれば,これを仲介した被告人が幾ばくかの仲介手数料的な金銭を手にすることは十分に可能であり,敢えて売却金額について債権者に虚偽を述べて本件中抜き詐欺を行う必要性があるとは認められないことからすると,検察官の上記主張を採用することはできない。

以上によれば,上記のとおり被告人が連帯保証人であることは,被告人が本件中抜き詐欺を行う犯意を有していたこと及びAら3名との間で共謀を遂げたことの推認を妨げる重要な事情といえる。

5 まとめ

以上検討した事情を総合考慮すれば,検察官が主張する事実のうち,Eが債務超過状態にあったことを被告人が認識していたこと(3(1)),Cに対して物件1等の担保解除を8億5000万円で収めるよう指示したこと(3(2))及び被告人がQ債権回収の担保解除に関してCに低額に抑えるよう指示したこと(3(4))のみが,被告人が本件中抜き詐欺の犯意を有し,Aら3名との間で共謀を遂げたことを一応うかがわせるものであるが,3(2)のみでは被告人に犯意があったとは断定できない。そのほかの事実の推認力も強いものではなく,上記第2の前提事実をも含めすべての事情を総合考慮しても,被告人の犯意及び共謀の存在を認定するまでには至らない。加えて,上記共謀の存在についての推認を妨げる上記4の事情を踏まえると,結局,被告人が,共犯者であるAら3名と共謀の上,本件中抜き詐欺を行ったとするについては合理的な疑いが残るというべきである。

第5結論

よって,冒頭に述べたとおり,本件各公訴事実については,本件の証拠を精査しても,被告人とAら3名との共謀を認めることができず,いずれも犯罪の証明がないときに当たるから,刑事訴訟法336条により,主文のとおり判決する。

(求刑 懲役5年)

(裁判長裁判官 川本清巌 裁判官 丹羽芳徳 裁判官 市野井哲也)

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