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仙台地方裁判所 平成21年(ワ)2493号 判決 2013年2月21日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、四五〇〇万円及びこれに対する平成二一年一二月二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告所有に係る別紙一の物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)が火災により全焼したことを理由に、原告が、被告に対し、火災保険契約に基づき、保険金四五〇〇万円及び訴状送達日の翌日である平成二一年一二月二日から支払済みまで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の支払を求め、これに対し、被告が、上記火災は原告の代表者の故意によって生じたものであることを理由に、火災保険普通保険約款による免責を主張して争っている事案である。

一  前提事実(争いがない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨等により認められる事実―争いがない事実及び当事者が争うことを明らかにしない事実については特に根拠を明記しない。)

(1)  当事者

原告は、平成一九年四月に設立された不動産の所有、賃貸、管理等を目的とする株式会社である。なお、A(以下「原告代表者」という。)は、原告設立時以降、現在に至るまで、原告の代表取締役である。

被告は、損害保険業等を目的とする株式会社である。

(2)  火災保険契約の締結

ア 原告は、平成一九年六月五日、a株式会社(以下「a社」という。)から、本件建物を買い受け、同月一一日に所有権移転登記を経由した。

イ 原告は、同月一九日、被告との間で以下の内容の店舗総合保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結し、保険料七万八七五〇円を支払った。

(ア) 保険の目的 本件建物(ただし、基礎工事を含まず、畳・建具・造作、門・塀、物置・納屋・車庫を含む。)

(イ) 保険金額 四五〇〇万円

(ウ) 保険料 七万八七五〇円

(エ) 保険期間 同日午後四時から平成二〇年六月一九日午後四時までの一年間

ウ 本件保険契約には店舗総合保険普通保険約款(以下「本件約款」という。)が適用されることとなっており、同約款には以下の規定がある。

(ア) 保険金を支払う場合

火災によって保険の目的について生じた損害(消防又は避難に必要な処置によって保険の目的について生じた損害を含む。)に対して損害保険金を支払う(本件約款一条一項)。

(イ) 保険金を支払わない場合

保険契約者、被保険者又はこれらの者の法定代理人(保険契約者又は被保険者が法人であるときは、その理事、取締役又は法人の業務を執行するその他の機関)の故意若しくは重大な過失又は法令違反によって生じた損害に対しては保険金を支払わない(本件約款二条一項(1))。

(ウ) 損害保険金の支払額

被告が本件約款一条一項の損害保険金として支払うべき損害の額は、保険価額(損害が生じた地及び時における保険契約の目的の価額)によって定める(本件約款四条一項、一条七項)。保険金額が保険価額の八〇%に相当する額以上のときは、被告は、保険金額を限度として、本件約款四条一項の規定による損害保険金を支払う(本件約款四条三項)。

(3)  本件建物に係る火災事故の発生

平成二〇年三月三〇日午前一時一五分頃(なお、大河原消防署が火災を覚知した時刻は同日午前一時二六分である。)、本件建物内で火災が発生し(以下「本件火災」という。)、本件建物が全焼した。

二  争点及び争点に関する当事者の主張

本件の争点は、①本件火災は、原告代表者の故意(本件約款二条一項(1))によって生じたものか(争点一)、②本件保険契約により原告に支払われるべき損害保険金の額はいくらか(争点二)であり、各争点に関する当事者の主張は、後記第三で特に摘示するもののほか、別紙二に記載したとおりである。

第三当裁判所の判断

一  争点一(故意免責の成否)について

本件火災が、原告代表者の故意によって生じたものか否かを判断するに当たっては、①本件火災の出火原因が人為的なものであるか否か、②本件火災の出火原因が人為的なものであるとして、原告代表者(その意を受けた者を含む。)がその人為的な出火に関与したか否かが問題となるので、順次検討する。

(1)  本件火災の出火原因が人為的なものか否かについて

ア 認定事実

前記前提事実のほか、証拠<省略>によれば、以下の事実が認められる。

(ア) 本件建物の利用状況に関する経緯

本件建物は、昭和五八年二月二三日以降、Bが所有していたところ、C(以下「C」という。)は、平成一一年二月末に、本件建物において旅館「b」(以下「本件旅館」という。)の営業を開始した。

そして、本件建物の所有権が、Bからa社(平成一九年四月三日売買による。)、同社から原告(同年六月五日売買による。)へと順次移転したことに伴い、Cは、同日以降、本件建物を原告から賃借することにより、本件旅館の営業を継続した。

その後、Cは、同年一二月頃、本件建物の所有権を原告から取得しようとしたが、資金調達ができなかったことから、これを断念し、賃借形式により営業を継続することとしたものの、賃料の支払ができなくなったことから、本件旅館の営業を停止することとし、平成二〇年三月九日までに本件建物の電気、ガス、水道を全て停止し、プロパンガスボンベを撤去し、灯油の容器も空の状態にするなど、燃焼器具類の燃料は全て撤去して、本件旅館の営業を停止した上、同月一〇日には本件建物の鍵を全て返却し、本件建物を明け渡した。

(イ) 本件建物及びその周囲の状況

本件建物については、雑木林内の閑静な地域に位置しており、同じ敷地内には本件建物を含めて五棟の建物が存在している(他の建物については、Cが、b旅館別館(宴会場)やボイラー室、c館(岩盤浴場)、d館(劇場施設)など、本件旅館の関連施設として使用していたが、上記(ア)の本件旅館の営業停止に伴い、いずれの施設も使用を停止するに至った。)。また、本件建物の敷地は、県道と▲▲川へ続く△△沢に囲まれており、敷地内に本件建物を含む上記五棟の建物を除く建築物は存在していない。また、上記敷地の周囲には、県道を隔てて雑木林があり、そこに僅かに民家一般住宅等が点在している(以上の建物の位置関係については別紙三のとおり。)。そして、本件建物は、昭和五〇年頃に築造された防火造二階建ての建物であるところ、その内部構造は、別紙四の図面のとおりであり、一階南東側の建物中央部にロビー(以下「本件ロビー」という。)が存在し、北西側には浴室が、北東側には客室が、南西側には食堂や厨房が存在している。

(ウ) 本件火災の発生日時、内容(前記前提事実(3))

本件火災は、平成二〇年三月三〇日(日曜日)午前一時一五分頃に発生し、その結果、本件建物が全焼した。なお、本件建物の敷地内にあった他の建物については、本件火災により本件建物に隣接するb旅館別館の雨樋が一部焼損したほかには被害がなかった。

(エ) 本件火災の現場の客観的状況

① 本件火災の火災原因等に関する大河原消防署川崎出張所作成の火災原因判定書の要旨は以下のとおりである。

・ 出火箇所

本件ロビーのある本件建物南側の柱や土台については、焼損時にできる亀甲模様が大きく、炭化深度が深くなって焼損が強いのに対し、北側、東側では焼損した柱と壁が残存しており、本件ロビー側から離れるに従って焼損が弱くなっていること、本件火災の発見者も本件建物の南側の一階と二階の間辺りで一階上部の小窓が割れて炎が二mくらいの高さまで噴き出していた旨述べていること、本件建物の開口部や小窓等が本件ロビーのある本件建物南側に多く存在していることから、本件火災の出火箇所は本件ロビー内と推定される。

・ 出火原因

本件建物の施設全体が平成二〇年三月九日から使用休止となっており、電気関係についても停止状態であった上、ストーブ等の燃焼器具類についても燃料のガスボンベが搬出され、灯油等の燃料も中身が残存していない状態で灯油用容器のみが建物内に残されていたにとどまることから、漏電による発熱、電気器具や燃焼器具類等からの出火の可能性はない。

また、たばこ(残り火)による出火の可能性については、<ア>円柱形の灰皿が本件ロビー内において発見されているものの、同灰皿については、円柱の外側部分の片面のみが焼損しているため、灰皿内部から出火したのではなく、特定の一方向から熱を受けて焼損したと考えられること、<イ>本件建物が同日から使用休止となっている状況下で同月三〇日に本件ロビー内の灰皿から自然出火することは考えられないこと、<ウ>本件建物自体は施錠されており、出火箇所が本件ロビー付近と考えられることを併せ考慮すると、本件建物の敷地が防護棚等もない開放状態となっているため、通行人がたばこを投げ捨てる可能性は残るものの、その可能性は極めて低い。

他方、放火の可能性については、同月九日から本件建物が使用休止状態ではあるものの、敷地内への出入りは自由となっていたこと、出火の推定時刻が午前一時一五分頃という夜間の人通りが少ない時間帯であること、本件火災と同じ日に行われた実況見分の時点において、本件ロビーの玄関自動ドアのドアストッパーの停止位置が左右の扉で異なっており、東側の扉が〇・三m開放されている状態であったことから、外部から本件建物内に侵入して放火する可能性は十分に考えられる。

したがって、放火の可能性は高いが、現場からガス検知による油脂反応が検知されなかったため、出火原因は特定できず、不明である。

② また、株式会社日本工学鑑定センターのD作成に係る鑑定書(以下「本件鑑定書」という。)は、現場の焼損状況を基に波及延焼方向及び出火箇所を推認して、出火箇所を本件ロビーの床上付近と推認している。そして、出火原因については、火災の危険性のある火源となり得る電気やガス等の供給が絶たれており、営業や生活が全く営まれていない建物であること、失火に伴う火源は、当該建物内には存在しないことから、本件火災は、何らかの火源が外部から持ち込まれた人為的な放火による火災であると見るのが妥当であるとしている。

イ 認定事実に基づく検討

まず、本件火災の出火箇所について見るに、火災原因判定書及び本件鑑定書は、いずれも、本件建物の波及延焼方向の態様が、本件ロビーから離れるに従って焼損の程度が弱くなっていることなどから、本件ロビーが出火箇所である旨の意見を一致して記載しており(上記ア(エ))、その信用性は高いものといえるので、本件火災は、本件ロビーから出火し、それが本件建物全体に波及して延焼した結果、全焼に至ったと見るのが自然かつ合理的である。

次に、本件火災の出火原因を検討するに当たり、本件火災の発生時における本件建物の利用状況について見ると、以前に行われていた本件旅館の営業が終了したことに伴い、明渡しが完了していたという状況にあって、電気、ガス等の利用契約も終了していたものである(上記ア(ア))ところ、そのような状況下において、火気がなく、無人であるはずの本件建物から、深夜に出火したこと(同(ウ))、本件建物が雑木林内の閑静な地域に位置しており、本件建物の周囲には一般住宅等が点在しているにとどまるなど、人通りの少ない場所にあること(同(イ))からすれば、他の原因による出火の可能性が認められない限り、本件火災の原因は人為的なものであることが強く推認されるというべきである。

そこで他の原因による出火の可能性について検討するに、火災原因判定書や本件鑑定書が指摘するとおり、本件火災については、本件建物の電気、ガスの利用契約が終了していた以上、電気器具や燃焼器具類等による出火可能性は認められない。また、本件建物は、本件火災当時、空き家となっており、何者かが無断で居住していたことをうかがわせる証拠もないので、無断居住者等による失火の可能性はないといえる。そして、通行人によるたばこの投げ捨てによる出火可能性についても、火災原因判定書がその可能性が極めて低いと指摘しているように、本件火災の出火箇所が本件ロビー付近であること(同(エ))、後記(2)ア(イ)で認定するように、本件建物が、本件火災当時、全ての出入口が施錠された状態であったことに照らせば、本件火災当時、施錠された本件建物の内部に通行人がたばこを投げ捨てることは極めて困難といわざるを得ないので、たばこの投げ捨てによる出火可能性も認め難い。

以上によれば、本件火災の出火原因は、人為的なものであると見ることができる(なお、本件火災の現場からは、ガス検知による油脂反応がなかったことから、本件火災時に何者かによって裸火が放たれたと見るのが相当である。)。

ウ 原告の主張に対する検討

これに対し、原告は、火災原因判定書の結論は、「放火の疑い」(推定)にすら該当しないとして、その原因を「不明」とするものであるから、本件火災が人為的な放火によるものとはいえないとして、失火の可能性がある旨主張する。

しかしながら、本件火災の出火箇所が本件建物内部であること、本件建物の全ての出入口が本件火災当時、施錠された状態であったことからすると、通行人等の第三者が、わざわざ本件建物内の施錠を解いて本件建物内に入り、喫煙するなどしてたばこによる失火等を生じさせるとは考え難く、他に失火の原因として考えられる具体的事実も認められないから、原告の上記主張は、上記ア、イの認定、判断を左右するものとはいえない。

なお、原告は、通行人によるたばこの投げ捨てによって本件火災が生じた可能性があると主張し、放火を否定する一つの理由として、火災原因判定書が、本件火災の出火箇所が本件ロビー内ではなく、本件ロビーの外側の玄関先ポーチ付近である可能性について検討していないことを指摘するが、上記火災原因判定書及び本件鑑定書は、何ら限定を付さずに本件火災の出火箇所を判定するよう求められて作成されたものである上、その内容を見ても、出火箇所に関する記載が、本件ロビー内とする点で一致していることに照らせば、上記火災原因判定書及び本件鑑定書は、本件建物内のみならず、本件建物外から出火した可能性についても当然に検討した上で、本件ロビーを出火箇所である旨の意見を述べたものと見ることができる。したがって、原告の上記主張も採用できず、他に原告が縷々主張するところも上記結論を左右しない。

(2)  原告代表者の本件火災への関与の有無について

この点については、原告代表者が本件火災に関与していたことを直接証明する証拠がないため、本件火災の現場関係の客観的状況(出入口等の設置状況、施錠状況、鍵の管理状況等)、原告代表者の本件火災前後の行動、原告代表者の属性、経済状態や本件火災の結果から原告が受ける利益、本件保険契約に関する事情(契約締結と本件火災との時間的近接性)等の間接事実を総合考慮して、原告代表者の本件火災への関与が認められるかについて判断する。

ア 認定事実等

前記前提事実、上記(1)アの認定事実のほか、証拠<省略>によれば、以下の事実が認められる。

(ア) 本件建物の出入口等の設置状況

本件建物については、正面玄関として自動ドア(以下「本件自動ドア」という。)が設置されているほか、宿泊棟と浴場の間のところに勝手口がある。また、別紙四の図面には記載がないものの、事務室隣の和室(押入)と厨房の境目付近の厨房側のところに出入口(以下「厨房出入口」という。)がある。

そして、これらの出入口のうち、本件自動ドアは、東西に開く両開きの長さ三・六mのものであるところ、本件火災直後の実況見分の時点(平成二〇年三月三〇日午前一〇時から午後三時三〇分までの間)で、ドアのストッパーの位置は、西側の扉ではレールの端から〇・六mの位置で停止しているのに対し、東側の扉ではレールの端から〇・三mの位置で停止しており、東側の扉が〇・三m開けられた状態になっていた。

(イ) 本件建物の施錠状況

本件建物の厨房出入口は、鍵を開けて出入りすることができるものであったところ、本件火災の二、三日前に当たる平成二〇年三月二八日頃には、不動産業を営む有限会社eの代表取締役社長であるE(以下「E」という。)及び同社従業員であるF(以下「F」といい、Eと併せて「Fら」という。)が本件建物の内覧を希望する顧客を連れて本件建物を訪れており、本件自動ドアから中に入ろうとしたが、Eの知人であり、本件建物の販売仲介をEに依頼したG(以下「G」という。)から渡されていた鍵ではいずれも解錠することができなかったため、本件建物の周囲を回り、最終的に厨房出入口から鍵を開けて中に入った。そして、Fらは、上記内覧終了後、再び厨房出入口を施錠して退出したが、内覧の前後を通じて、本件自動ドアを内側から解錠することは一切しなかった。

(ウ) 鍵の管理状況

本件建物の鍵は、それぞれ一〇個前後の鍵の束三つから成り、それぞれの束はリングに通された状態になっている。

本件建物の鍵は、CからH弁護士(以下「H弁護士」という。)を介して原告代表者に交付され、その後に、原告代表者からGを介してFらに交付された。

そして、Cは、H弁護士に対し、合い鍵も含めてCが所持していた鍵は全て渡しており、Gも原告代表者から受け取った鍵を受け取った翌日にはリングに通された状態のまま交付した。

(エ) 原告代表者等の事故前後の行動等

① 原告の設立経緯、活動状況等

原告代表者は、これまで不動産業や温泉旅館経営業を営んだことがなく、原告設立時においても、継続的に不動産業を営む意図は全くなかったが、本件建物をa社から買い受けるに当たり、原告を設立した。

原告設立当時、原告代表者の住民票の住所は、仙台市<以下省略>であり、指定暴力団f組傘下のg会系h興業の組事務所の所在地でもあった。他方、原告の本店所在地は、仙台市<以下省略>のiビル一〇階の部屋とされているものの、同部屋に係る賃貸借契約は締結されておらず、同部屋には水道やガスは通っていない上、トイレやファックスも設置されていない状態であった(なお、原告の名刺には、ファックス番号として、仙台市<以下省略>所在の原告代表者の自宅の番号が記載されていたが、同番号に原告宛てのファックスが届くことはなかった。)。また、原告においては、従業員はおらず、従業員の雇用契約も締結されたことはなかった。

このように、原告は、本件建物の所有名義の主体となり、本件保険契約の締結をしたほかは、実際には何も活動していない状況であった。なお、原告の本店所在地のあるビルの管理人二名は、いずれも原告のことを知らず、郵便物等が届いたことも全くなかった旨述べている。

② 本件建物における営業状況、原告による取得の経緯

本件建物においては、Cが本件旅館を経営していたものの、平成一六年頃から経営が悪化し、遅くとも平成一九年六月に原告が本件建物の所有権を取得するまでには、本件旅館の温泉は保健所の検査の結果、温泉表示を禁止され、客足が大きく減少した結果、経営が著しく悪化した。なお、Cは、平成一四年にBが破産した旨の連絡を受けてからは、本件建物の賃料を支払っていなかった。

a社は、Bから、同人の破産に伴い、一括して買い受けた物件の一つとして、本件建物を買い受けたものであるが、本件物件については権利関係が複雑であることや反社会的な人物が占有していることなどを理由に早く手放したいと考え、原告に対し、具体的な代金額を定めずに、転売されたらその売上げを折半するという約定の下、本件建物を売却し、現金のやりとりを一切せずに所有権移転登記手続を行った。他方、本件建物に係る賃料収入や、本件保険契約に係る火災保険金については、分配の約定はなかったので、原告が全て取得することとされていた。

原告は、賃料収入を得る目的で、a社から本件建物の所有権を取得したが、取得後、賃料収入を得たことは一度もなかった。

なお、原告は、本件建物を取得した後、七〇万円程度の固定資産税の納付請求を受けたが、これを支払っていない。

③ 原告による本件建物の転売に向けた活動内容

本件建物については、原告とCとの間で、平成一九年一二月六日に、代金額一二〇〇万円で売買する旨の契約が締結されたが、Cによる資金調達が困難となり、従前どおり賃貸借契約による利用が継続することとなった。その後、原告代表者は、Gを通じて、本件建物の転売を試みたが、なかなか具体化しなかったため、代金額も最終的には五〇〇万円でよい旨述べていた。

④ 本件建物の転売可能性

本件建物については、新築時に建築確認がされず、検査済証も交付されなかったが、その後、平成一一年頃には、建築確認及び検査済証の交付を経て、旅館営業の許可がされており、平成二三年八月一二日時点で、本件建物の所在地である川崎町からも違法建築物ではないと評価されている。

もっとも、本件建物については、温泉表示が禁止され、平成二〇年三月一〇日以降は、旅館営業も停止されているため、そのまま旅館として利用することは困難であり、建て替えにも費用がかかるといった問題があり、転売するのには相当の困難が伴うことが予想された。

(オ) 原告代表者の属性、動機(経済状態)等

原告代表者は、遅くとも平成八年一一月九日以降、現在に至るまで、指定暴力団f組系g会h興業(以下「h興業」という。)の構成員であり、本件火災の当時、若頭補佐兼金庫番(資金管理や収益を徴収する担当の責任者)という立場にあった。原告代表者の所属しているh興業は、地域住民から事務所の立ち退きを求める訴訟が提起されたことや、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(以下「暴対法」という。)が施行されたことなどにより、資金繰りが困難となっており、原告代表者自身も、以前はパチンコ台の中古台の取引等をしていたが、本件火災当時は少なくとも正業には就いていなかった(なお、Iの証言は、二五年で一五〇〇件ないし一六〇〇件の調査経歴を有する調査員としての調査結果に基づくもので、同人が、被告から調査の依頼を受けている立場にあるとはいえ、虚偽の供述まで行う動機を有するとはいえず、同人が事情聴取をした対象者として、暴力団対策弁護団や暴力団対策協議会関係者といった具体的な名称を挙げているのを始め、その証言の内容は、それ自体具体的で、裏付けを伴い、反対尋問によっても揺らいでいないことからすると、信用性を肯定することができる。)。

(カ) 本件保険契約の締結等と本件火災との時間的近接性(前記前提事実(2)、(3)、上記(1)ア(ア))

本件火災は、本件保険契約の締結日(平成一九年六月一九日)から約九か月が経過し、本件保険契約の期間満了の二か月余前に当たる平成二〇年三月三〇日に発生している。また、Cが本件建物の明渡しを完了した日(同月一〇日)から約二〇日で発生している。

イ 上記間接事実に基づく検討

まず、本件火災の際に火を放った者の侵入経路について検討するに、本件建物の出入口等の設置状況及び施錠状況(上記ア(ア)、(イ))からすれば、本件火災の二、三日前にE、Fが本件建物を訪れた際には、本件自動ドアを含め、全ての出入口が施錠された状態であったと認められる。そして、Fらは、本件建物の厨房出入口を解錠して建物内に入った後、退出時には施錠した上で本件建物を離れている(同(イ))ところ、本件火災後には、本件自動ドアの東側扉が〇・三m開けられた状態になっていたこと(同(ア))、本件火災の出火箇所は本件自動ドアがある正面玄関の中央ロビー付近であると認められること(上記(1))からすれば、本件火災の際に火を放った者は、本件自動ドアを解錠して本件建物内に侵入して火を放ったものと推認できる。

上記侵入経路を前提として、本件火災当時における本件自動ドアの鍵の所在について見るに、Cが本件建物の全ての鍵をH弁護士経由で原告代表者に渡していること(上記ア(ウ))、その後に、原告代表者からG経由で本件建物の鍵全てを渡されたと聞いていたFらが、本件建物を訪れた際には、いずれの鍵を使っても本件自動ドアを解錠できなかったこと(同(イ)、(ウ))に加え、原告代表者と本件建物の鍵束の受渡しをしているH弁護士及びGについては、いずれも本件建物の転売を仲介する者にすぎず、リングにまとめて束にされている本件建物の鍵のうち、殊更に本件自動ドアの鍵だけを抜き取る理由も見当たらないことを併せ考慮すると、本件自動ドアの鍵については、原告代表者がCからH弁護士経由で受け取った後、Gに渡すことなく、本件火災当時も所持していたものと推認することができ、この点は原告代表者による放火の可能性に沿うものといえる。

また、本件建物の経済的価値について見ると、本件建物は、本件火災当時、明らかな違法建築物ではなかったものの、温泉表示が禁止され、旅館業も廃業された状態となっており、原告が所有権を取得した当初から、賃料収入も一切ない状態であった(同(エ)②ないし④)ため、そのままでは利用価値が極めて乏しい状況にあったといえる。このような状況に加え、原告においては、本件建物が火災により滅失すれば、四五〇〇万円の火災保険金が支払われることとなっている一方、本件建物の転売が実現したとしても、その代金額はa社と折半するという約定になっており、転売交渉自体も相当程度難航していたこと(前記前提事実(2)イ、上記ア(エ)②ないし④)からすると、原告代表者には、本件建物に放火する動機が存在したといえる。加えて、原告代表者が、本件火災当時、正業に就いていなかったことや、暴対法の施行により資金繰りが悪化していたh興業において若頭補佐兼金庫番という役職に就いていたこと(同(オ))も、原告代表者が放火により火災保険金を得ようとする動機の存在を補強する事情といえる(なお、原告が本件建物の購入及び本件保険契約の締結以外の業務を一切行っておらず、ライフラインも通っていないような本店所在地の事務所において、従業員を雇うこともしていないこと(同(エ)①)からすれば、原告の設立は、本件保険契約の締結に際し、原告代表者の住民票上の住所であるh興業の住所地を記載することを避けるために行われたものと見るのが自然かつ合理的である。)。

次に、本件火災の発生時期について見ると、本件火災の発生日(平成二〇年三月三〇日)は、本件保険契約の締結された平成一九年六月一九日からは約九か月経過しているものの、本件保険契約の期間満了まで三か月弱の時期に当たり、Cによる本件旅館の営業が停止され、明渡しが完了した平成二〇年三月一〇日から二〇日程度しか経過しておらず(同(カ))、本件建物内部に人が居住しない状態になったことにより放火する上での障害がなくなった時点から比較的短期間で出火している。さらに、本件建物の転売交渉については、もともと原告代表者からGに代金五〇〇万円でよいと述べるなど難航していた(同(エ)③)上、同月二七日ないし二八日にFらが顧客を伴って内覧を実施したものの、具体化することなく交渉が終了したこと(同(イ))により、本件建物につき、転売によって利益を上げることが事実上期待できなくなったといえるところ、本件火災が、同日からわずか二、三日後に出火していることからすれば、本件火災は、本件建物の利用状況や転売交渉の状況について相当程度事情を把握している着による放火と見ることができ、このような点からも、原告代表者の本件火災への関与が推認される。

以上の諸点に加え、本件建物と同一敷地内には複数の建物が存在していたにもかかわらず、原告が所有し、火災保険を掛けていた本件建物のみが放火により全焼していること(上記(1)ア(イ)、(ウ))を総合考慮すると、本件火災は、原告代表者又はその意を受けた者により放火されたものと認めるのが相当である。

ウ 原告の主張に対する検討

上記ア、イの認定、判断に対し、原告は、本件建物の窓が室内から鍵を掛けていても容易に外れて開いてしまうことから第三者による侵入可能性が排除されない旨主張し、Cも、本件建物の窓が、子供でも押したりすれば簡単に鍵が外れるなどとこれに沿う証言をしているが、他方で、Cは、本件建物の出入口については、全て施錠されていたため、容易に出入りすることができるかは分からない旨証言しており、Fらが、内覧時において、鍵の合う厨房出入口を発見するまで、鍵なしで本件建物内部に入ることができずにいたこと(上記ア(イ))に照らせば、本件建物の出入口については、勝手口や厨房出入口を含めて、鍵を用いずに開けることはできなかったと認めるのが相当であるから、原告の上記主張は採用できない。また、窓からの侵入可能性についても、本件ロビー上部には小窓がないことからすれば、他の窓から侵入してわざわざ本件ロビーに移動して火を放つとは考え難いので、原告の上記主張は抽象的な可能性を指摘するにとどまり、採用できない。

また、原告は、本件自動ドアについては、そもそも当初から鍵が存在しなかったので、原告代表者がその鍵を所持していたはずがない旨主張する。

この点、確かに、Cは、本件自動ドアの鍵はCが本件旅館の営業を開始した当初から存在しておらず、常に内側から施錠していた旨証言するが、本件建物の鍵は三つのリングにそれぞれ一〇個前後の鍵が付いているものであるところ、Cは上記鍵束の中に本件自動ドアの鍵があるか否かを調べたとは証言していない上、本件自動ドアの正面に鍵穴があるか否かは覚えていないなど記憶に曖昧なところがあることは否定できない(正面玄関に当たる本件自動ドアの鍵の有無は本件建物の鍵のやりとりに当たって重要と思われるところ、Cから本件建物の鍵を受け取ったH弁護士が原告代表者に対して鍵を交付する際にも、本件自動ドアの鍵がないことを特段告げていなかったことからしても、Cが本件自動ドアの鍵の有無を正確に把握していたとは考え難い。)。そうであるとすれば、本件自動ドアについては常に内側から施錠、解錠をしていたというCの証言を前提としても、それは、Cが、勝手口や厨房出入口から出入りすることで特に支障を感じていなかったために、多数の鍵が付いている鍵束の中に本件自動ドアの鍵があるか否かをあえて確認することなく、本件建物に出入りしていたことによるものと見ることができるから、Cの上記証言によっても、本件自動ドアの鍵が存在していたとの認定が左右されるものではない。

さらに、原告は、本件火災当時、原告代表者がh興業の事務所内で当番として待機しており、寝ていた旨主張するが、その供述内容は曖昧であり、客観的な裏付けもない上、仮に原告の主張どおりであったとしても、原告代表者がh興業という暴力団組織の若頭補佐という立場にあることも加味すれば、原告代表者の意を受けた者が本件火災を生じさせるということも十分に可能であったということができる。しかも、原告代表者が、資金繰りに窮しているh興業の金庫番であり、本件保険契約によって最大四五〇〇万円という多額の保険金を入手することのできる立場にいたことからすれば、原告代表者がh興業の他の構成員に本件火災を起こすよう指示する可能性及び必要性は相当程度高いものといえるから、原告の上記主張は採用できない(この点に関し、原告は、原告代表者がh興業の仲間には本件旅館の取得や本件保険契約の締結等について一切口外していない旨主張するが、客観的裏付けが一切ない上、原告代表者自身、同じh興業の組員であったJなる人物から本件建物の転売に関してGを紹介された旨供述しており、Gも同じf組系の暴力団組織に所属していたことからすると、原告代表者が、本件建物の取得や本件保険契約の締結について、h興業の構成員に対して一切口外していないという内容は不自然というほかなく、採用できない。)。

その他、原告が縷々主張するところも上記結論を左右しない。

(3)  小括

以上によれば、本件火災は、原告代表者又はその意を受けた者による放火によって生じたものと認められるので、本件約款二条一項(1)にいう保険契約者の故意により損害が生じた場合に該当し、被告は、原告に対し、火災保険金の支払を拒絶することができるというべきである。

二  結論

よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 関口剛弘 裁判官 工藤哲郎 吉賀朝哉)

別紙一 物件目録<省略>

別紙二 当事者の主張<省略>

別紙三、四<省略>

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