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仙台地方裁判所 平成21年(行ウ)23号 判決 2010年6月07日

主文

1  処分行政庁が,原告に対し,平成20年8月15日付けでした厚生年金保険法による遺族厚生年金を支給しない旨の処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文同旨

第2事案の概要

本件は,死亡した厚生年金保険の被保険者であった者の元妻である原告が,被告の機関である処分行政庁に遺族厚生年金の裁定を請求したところ,処分行政庁が,原告は被保険者であった者の死亡当時その者により生計を維持されていたとは認められないとして,不支給処分をしたため,被告に対し,その取消しを求めた事案である。

1  前提事実(認定根拠を示すほかは,当事者間に争いがないか,又は,明らかに争いがない。)

(1)  原告は,昭和49年4月23日,Aと婚姻し,Aとの間に,長男B及び長女Cをもうけた。

(2)  Aは,平成12年2月27日,障害等級2級の障害厚生年金の受給権を取得した(甲8,乙9の1)。

(3)  原告とAは,平成12年2月28日,協議離婚した。

(4)  Aが経営していた有限会社D(以下「D会社」という。)は,平成12年3月1日に解散し,Aは,同日,厚生年金保険の被保険者資格を喪失したが,Aは,それまでに,378月の厚生年金被保険者期間と,同年3月から平成15年2月までの36月の国民年金保険料免除期間を有していた(乙4,9の8,弁論の全趣旨)。

(5)  Aは,平成12年3月15日,原告及び子らと同居していた仙台市a区bの居宅(以下「旧宅」という。)から同区c(以下「A宅」という。)へ転居して,同所に住民票を異動し,以降,平成15年3月3日に至るまで,住民票の異動はなかった。

(6)  原告は,平成12年4月5日を住定年月日として,旧宅から仙台市d区e(以下「原告宅」という。)へ転居して,同所に住民票を異動し,以降,平成15年3月3日に至るまで,住民票の異動はなかった。

(7)  Aは,平成12年4月20日,生活保護受給の決定を受けた(甲8,乙9の1)。

(8)  Aは,自己破産の申立てをし,平成12年7月3日,破産宣告を受け(乙9の5,弁論の全趣旨),同年10月12日,免責決定を受けた。

(9)  Aは,平成15年3月3日,死亡した。

なお,原告は,そのころ,特段の収入を有していなかった。

(10)  原告は,平成20年5月1日,処分行政庁に対し,Aと事実上婚姻関係と同様の事情にある者であって,Aと生計を同じくしていた者に該当するとして,遺族厚生年金の裁定を請求したところ,処分行政庁は,同年8月15日,原告はAにより生計を維持されていたとは認められないとして,遺族厚生年金を支給しない旨の処分をした(以下「本件処分」という。)。

(11)  原告は,平成20年9月1日,E社会保険事務局社会保険審査官に対し,本件処分につき審査請求をしたところ,同審査官は,同年10月9日,これを棄却した。

(12)  原告は,平成20年12月9日,社会保険審査会に対し,審査請求に係る決定を不服として再審査請求をしたところ,同審査会は,平成21年3月31日,これを棄却した。

(13)  原告は,平成21年9月28日,本訴を提起した(顕著な事実)。

2  遺族厚生年金の支給に関する法令の規定等

(1)  厚生年金保険法(以下「法」という。)及び法施行令

ア 遺族厚生年金の支給要件

法58条1項は,被保険者又は被保険者であった者(以下「被保険者等」という。)が,障害等級の1級又は2級に該当する障害の状態にある障害厚生年金の受給権者であって,その者が死亡したときには,その者の遺族に対し,遺族厚生年金を支給するとし,遺族厚生年金を受けることができる遺族とは,被保険者等の配偶者等であって(以下「配偶者要件」という。),被保険者等の死亡の当時,その者によって生計を維持したもの(以下「生計維持要件」という。)とする旨規定する。

イ 配偶者要件

法3条2項は,配偶者要件について,婚姻の届出をしていないが,事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含むとする旨規定する。

ウ 生計維持要件

法59条4項は,生計維持要件について,その認定に関し必要な事項を政令で定める旨規定し,これを受けた法施行令3条の10が,被保険者等の死亡の当時その者と生計を同じくしていた者であって(以下「生計同一要件」という。),厚生労働大臣の定める金額以上の収入を将来にわたって有すると認められる者以外のものその他これに準ずる者として厚生労働大臣の定める者とする旨規定する。

(2)  行政通達

ア 配偶者要件

昭和55年5月16日庁保険発第15号通知「事実婚関係の認定事務について」(乙1。以下「昭和55年通知」という。)は,法3条2項にいう事実上婚姻関係と同様の事情にある者とは,いわゆる内縁関係にある者をいうのであって,内縁関係とは,婚姻の届出を欠くが,社会通念上,夫婦としての共同生活と認められる事実関係をいい,次の要件を備えることを要する旨を定めるとともに,離婚後の内縁関係についても,同様に扱う旨を定める。

(ア) 当事者間に,社会通念上,夫婦の共同生活と認められる事実関係を成立させようとする合意があること

(イ) 当事者間に,社会通念上,夫婦の共同生活と認められる事実関係が存在すること

イ 生計同一要件

昭和61年4月30日庁保険発第29号通知「生計維持関係等の認定基準及び認定の取扱いについて」(乙2。以下「昭和61年通知」という。)は,生計同一要件について,次のいずれかの要件を備えることを要する旨定めるとともに,これらによって生計維持関係の認定を行うことが実態と著しく懸け離れたものとなり,かつ,社会通念上妥当性を欠くこととなる場合には,この限りでない旨定める。

(ア) 住民票上同一世帯に属しているとき

(イ) 住民票上世帯を異にしているが,住所が住民票上同一であるとき

(ウ) 住所が住民票上異なっているが,次のいずれかに該当するとき

a 現に起居を共にし,かつ,消費生活上の家計を一つにしていると認められるとき

b 単身赴任,就学又は病気療養等の止むを得ない事情により住所が住民票上異なっているが,次のような事実が認められ,その事情が消滅したときは,起居を共にし,消費生活上の家計を一つにすると認められるとき

(a) 生活費,療養費等の経済的な援助が行われていること。

(b) 定期的に音信,訪問が行われていること。

3  争点及びこれに対する当事者の主張

本件の争点は,①原告が配偶者要件を満たしていたか否か,②原告が生計同一要件を満たしていたか否かである。

なお,昭和55年通知及び昭和61年通知の内容は,遺族厚生年金の支給要件に関する法及び法施行令の解釈として一応の合理性を有するところ,原告においても,これら通知の示す解釈の相当性を特段争わないから,以下,これら通知の示す判断基準を前提として,当事者の主張を摘示するとともに,当裁判所の判断を示すこととする。

(1)  争点①(配偶者要件充足性)について

ア 原告の主張

次のとおり,原告は,Aの死亡当時,配偶者要件を満たしていた。

(ア) 原告とAの離婚及び別居は,株式会社F(以下「F会社」という。)その他の債権者の厳しい取立てから身を守るための便法として弁護士から勧められた一時的なものであって,原告及びAともに,負債に関する裁判が終了したらすぐに復縁して同居するつもりであったが,Aの死亡に至るまでF会社に対する不当利得返還訴訟が係属していたこと,D会社の倒産により原告及びA一家の生活が困窮する中,Aが一人暮らしであるとして生活保護を受給していたこともあって,原告とAは,別居状態を解消することができなかった。

(イ) 原告と子らは,原告とAの離婚後,毎日のように,交代でA宅へ行くか,病弱なAを原告宅へ連れて来るかしており,原告とAは,週に4日程度,相互の家に宿泊したりすることがあり,また,原告は,A宅に炊事用具,洗濯機等がなく,Aの糖尿病が悪化して食事管理が必要だったこともあり,原告宅で,Aの食事を作ったり,洗濯をしたりしていた。

原告は,Aが入院する際,身の回りの品を買い揃え,また,Aが人工透析のために通院する際,Aを病院まで迎えに行き,タクシーでA宅まで送っていた。

原告は,Aの破産後,収入がなく,長男Bの奨学金及び長女Cのアルバイト代等で生活していたが,子らの収入が不安定であったため,生活保護を受給していたAから,食費を入れてもらい,それでも足りないときは,それを超える援助を受ける一方,Aの生活費が不足した時には,A宅の家賃及び公共料金を支払い,また,Aのために灯油を購入し,A宅へ届けていた。

イ 被告の主張

次のとおり,原告は,Aの死亡当時,配偶者要件を満たしていなかった。

(ア) 原告とAは,離婚後,Aの死亡までの間,一度も復縁することがなく,また,平成12年10月12日にAの破産免責手続が終了した後も含め,復縁に向けての動きすらなかったのであるから,原告とAは,真実婚姻関係を解消する意思で離婚届を提出したというべきである。

(イ) 原告とAは,Aの破産免責手続が終了し,かつ,生活保護の受給を是非とも必要とする事情がないなど,復縁を不可能ないし困難とする客観的な事情がなかったにもかかわらず,復縁に向けての動きすらなかったほか,原告に対し「1人でゆっくり休みたい。」旨述べたことからすると,Aに内縁の意思はなく,原告も,実姉から助言があったにもかかわらず,遺族厚生年金の受給へ向けた相談をためらい,Aの障害厚生年金につきAの死亡届を提出した際,未支給となっていた平成15年2月分及び3月分の年金の受領可能性につき担当者に相談しなかったことからすると,Aとの間に夫婦の実態がないことを十分認識していたということができるから,原告とAとの間において,離婚届提出後Aが死亡するまでの間,復縁の意思,すなわち,夫婦の共同生活の合意を形成する意思はまったくなかったというべきである。

(ウ) 原告とAは同居生活を送ることに何ら支障はないのに敢えて別居生活を送っており,しかも,原告の生活は子らのアルバイト代等で賄われ,Aの生活は障害厚生年金及び生活保護で賄われ,その収入管理はA自身でしていたことからすると,仮に,原告がAの通院の送迎,食事作り,洗濯等を担当し,Aが原告に対しせいぜい月額2万円程度の援助をしていたとしても,原告とAとの間に,社会通念上,夫婦の共同生活と認められる事実関係は存在していなかったというべきである。

(2)  争点②(生計同一要件充足性)について

ア 原告の主張

次のとおり,原告は,Aの死亡当時,生計同一要件を満たしていた。

(ア) 上記(1)アのとおり,原告とAは,債権者の厳しい取立てから身を守るため,離婚及び別居したが,平成12年10月12日にAの破産免責手続が終了した後も負債に関する裁判が終了しておらず,また,Aが一人暮らしであるとして生活保護を受給していたため,別居状態を解消できなかったのであって,「止むを得ない事情」があった。

(イ) 上記(1)アのとおり,原告とAは,離婚後も,お互いの家を頻繁に行き来しており,負債に関する裁判が終了すれば,復縁して同居するつもりであったし,別々に生計を立てていたのではなく,お互いに補い合いながら暮らしていた。

イ 被告の主張

次のとおり,原告は,Aの死亡当時,生計同一要件を満たしていなかった。

(ア) 上記(1)イのとおり,原告がA死亡当時Aと別居していたことに「止むを得ない事情」があったということはできない。

仮に,債権者の厳しい取立てから身を守るために別居したことが「止むを得ない事情」に当たるとしても,Aの破産免責手続が終了した後は,別居することに「止むを得ない事情」があったとはいい難い。

また,仮に,生活保護を受給する必要があったために同居できなかったとしても,そのような事情は,「単身赴任,就学又は病気療養等」と同等の事情ではないから,「止むを得ない事情」には当たらない。

(イ) 上記(1)イのとおり,Aは原告に対し生活費等の援助をしていない。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

前記第2の1の前提事実に証拠(甲6,9~14,乙8,9の3及び6,10原告本人)及び弁論の全趣旨を併せれば,以下の事実を認めることができる。

なお,被告の主張には,弁護士が偽装離婚を助言することは通常考え難いとして,以下の認定に沿う原告の供述の信用性に疑問を呈する部分もあるが,かつてF会社による債権取立てが過酷であるとして社会問題となったこと(顕著な事実)からすると,弁護士が,そのような過酷な債権取立てへの対応として,責任財産隠匿等を目的とした偽装離婚とは趣旨を異にする離婚及び別居を助言することはあり得ないことではないから,原告の供述の信用性を否定することはできない。

(1)  原告とAは,D会社の経営が行き詰まり,弁護士に相談したところ,弁護士から,裁判が終わればいつでも復縁及び同居は可能なので,F会社その他の取立ての厳しい債権者から身を守るため,原告とAは離婚届を提出し,原告及び子らはAと距離をおいて暮らすよう助言を受けたため,原告とAは,平成12年2月28日,助言に従って離婚届を提出し,原告及び子らとAは,同年3月,別居を開始したが,原告ら一家は,別居する際,子らの収入,家財道具等を売って捻出した金銭等により,原告及びA双方の家賃その他の生活費を工面していくことを話し合った。

(2)  Aは,原告との別居後,持病であった糖尿病が悪化し,入院することになったが,Aは,入院費用を捻出するため,原告及び長女Cの協力により,生活保護の申請をすることとし,平成12年4月20日,生活保護受給の決定を得,原告は,Aの入院の際,自らの出捐により必要な身の回りの品を買い揃え,Aの入院中は,Aの身の回りの世話をした。

(3)  Aは,退院後,再入院の時以外は,A宅で一人暮らしをしつつ,透析のために週3回通院していたが,Aは,体調が良くないため,通院にタクシーを利用することが多く,また,原告は,Aの透析が終わったころに病院まで迎えに行ったほか,Aが原告宅に滞在していた場合には病院まで送った。

(4)  原告は,Aが通院しない日には,A宅に電話がないこともあって,Aの体調が悪いときにAを原告宅へ連れてきて休ませたり,Aの体調が良いときにA宅へ行ったりして,毎日のようにAの様子を見たが,Aは,原告宅に宿泊することもあった。

(5)  Aは,原告と再度の同居につき話し会った際,原告に対し,「子どもに,これ以上,弱いところを見せたくない。1人でゆっくり休みたい。」旨述べたが,原告は,Aが糖尿病を患っていたことのほか,A宅にやかん以外の炊事用具,洗濯機等がなかったこともあり,長女Cの協力の下,Aの毎日の食事を他の家族分と味付けを分けて作ってA宅へ届けるとともに,原告宅でAの衣類を洗濯するなどした。

(6)  Aは,原告との離婚後,生活保護月額約10万円を受給したほか,平成12年12月からは,身体障害者年金月額12万9700円を受給し,これらの収入を自ら管理し,原告に対し,その中から食費として月額約3万円を交付し,加えて,タクシー代が浮いた月には最大約2万円を交付し,他方,原告及び子らは,Aから受領する食費等のほか,長男Bの奨学金等及び長女Cのアルバイト代等の収入により生活したが,原告は,原告宅の家賃月額7万5000円のほかに,A宅の家賃月額5万円(平成13年9月以降は4万6000円)の大半を支払い,A宅の電気代及び水道代を支払うこともあった。

(7)  Aは,平成12年10月12日,免責の決定を受けたが,その後もA所有不動産に関する競売手続は係属し,Aは,平成14年3月13日,不動産引渡命令を受け,また,D会社がF会社を相手方として提起した不当利得返還訴訟も,Aが平成15年3月3日死亡するまで係属し,D会社は,この間の平成14年7月30日,第一審の仮執行宣言付き勝訴判決に基づき,F会社に対する強制執行の申立てをしたこともあった。

2  争点①(配偶者要件充足性)について

(1)  上記1の認定事実によれば,原告とAとは,債権者の厳しい取立てから身を守るため,実質的には婚姻関係を継続する意思で離婚届を提出し,別居したにすぎず,その後も,互いに行き来し,経済的援助をし合い,原告においてAの日常生活上の援助をするなどの物心両面の交流が継続していたのであるから,原告とAとの間には,社会通念上,夫婦の共同生活と認められる事実関係を成立させようとする合意があり,そのような事実関係が存在したというに十分であり,すると,原告は,Aの死亡当時,配偶者要件を満たしていたということができる。

(2)  これに対し,被告は,主として,①Aの破産免責手続が終了した後も,生活保護の受給を是非とも必要とする事情がないのに,復縁に向けての復縁の動きすらなかったこと,②Aが原告に対し「1人でゆっくり休みたい。」旨述べたこと,③遺族厚生年金の受給へ向けた相談をためらい,Aの平成15年2月分及び3月分の障害厚生年金の受領可能性につき相談しなかったこと,④原告の生活は子らのアルバイト代等で賄われ,Aの生活はA自身が管理するAの収入で賄われていたことを理由として,配偶者要件を満たしていない旨主張するけれども,①については,Aの破産免責手続が終了した後も,Aの負債と密接に関連するA所有不動産に関する競売手続及びD会社のF会社に対する不当利得返還請求訴訟がなお係属していたことからすると,法律に明るくないと推認される原告及びAが,裁判が終わるまで離婚及び別居するようにとの弁護士の助言について,不動産競売手続及び訴訟が終了するまで離婚及び別居を継続すべきものと誤解して,これを継続したとしても不自然とまではいい難く,また,生活保護受給の必要性に関して被告が主張するところは,具体的な原告及びAの生活実態及び収支状況を踏まえたものではなく,結局は,推測の域を出ないこと,②については,Aは,上記のような誤解の中,これ以上,子らに自分の弱いところを見せたくないとして,そのような発言をしたとすれば,これをAが原告との内縁関係を拒絶する趣旨とは捉え難いこと,③については,原告は,被告主張のような経過を自認しつつも,遺族厚生年金は,法律上離婚しており他人になるのでどうなのか悩み,障害厚生年金は,未支給分があるのは知らなかった旨弁明するところ,そのような弁明は首肯できないものではないこと,④については,上記1に認定のとおり,原告とAとの間には一定の経済的な援助関係があり,他の生活援助等の状況と相俟って,社会通念上,夫婦の共同生活と認められる事実関係が存在するとみて差し支えないことからすると,被告の主張は採用できない。

(3)  そのほかに被告が種々主張する点を検討しても,上記認定判断を左右するものではない。

3  争点②(生計同一要件充足性)について

(1)  上記1の認定事実によれば,原告とAは,止むを得ない事情により住所が住民票上異なっているが,生活費等の経済的な援助が行われ,かつ,定期的に音信,訪問が行われており,その事情が消滅したときは,起居を共にし,消費生活上の家計を一つにすると認めるに十分であるから,原告は,Aの死亡当時,生計同一要件を満たしていたということができる。

(2)  これに対し,被告は,①原告とAが別居に至ったのには「止むを得ない事情」はなく,仮に,債権者の厳しい取立てから身を守るために別居したことが「止むを得ない事情」に当たるとしても,Aの破産免責手続が終了した後は,別居することに「止むを得ない事情」があったとはいい難く,②仮に,生活保護を受給する必要があったために同居できなかったとしても,そのような事情は,「単身赴任,就学又は病気療養等」と同等の事情ではないから,「止むを得ない事情」には当たらない旨主張する。

しかしながら,昭和61年通知が「止むを得ない事情」を住民票上の住所が異なる場合に生計同一要件を認定するための要件としたのは,そのような事情により住民票上住所を異にしているのであれば,当該事情が消滅したときに起居を共にし消費生活上の家計を一つにする蓋然性が高いことにかんがみたものと解されるから,「止むを得ない事情」については,必ずしも客観的にみて「止むを得ない事情」でなくとも,当事者の認識を前提として「止むを得ない事情」があれば足りるというべきところ,①については,F会社による債権取立てが社会問題となるほど過酷であったとすれば,そのような取立てから身を守るための別居は「止むを得ない事情」に当たるというべきであり,さらに,Aの破産免責手続が終了した後もD会社とそのようなF会社との間になお訴訟が係属していたとすれば,法律に明るくないと推認される原告及びAが弁護士の助言を誤解して更に別居を継続したことにも「止むを得ない事情」があったといって差し支えなく,②についても,敢えて別居をして経済的援助関係を秘匿することにより,本来不可能な生活保護を受給することは法律上許されることではなく,客観的にみれば,これをもって「止むを得ない事情」ということはできないものの,上記2(2)のとおり,原告とAにおいてAが生活保護の受給を継続する必要性を認識していたことを否定することはできず,結局,原告とAが別居していたことには「止むを得ない事情」があるというに十分であるから,被告の主張は採用できない。

(3)  そのほかに被告が種々主張する点を検討しても,上記認定判断を左右するものではない。

第4結論

以上によれば,原告は遺族厚生年金の受給要件に欠けるところはなく,これを支給しないとした本件処分は違法であって取消しを免れず,原告の請求には理由があるから,これを認容することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 畑一郎 裁判官 廣瀬孝 裁判官 雨宮隆介)

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