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仙台地方裁判所 平成22年(モ)172号 決定 2012年2月03日

主文

1  相手方は,本決定送達の日から2週間以内に別紙文書目録3,9及び10記載の各文書を当裁判所に提出せよ。

2  申立人のその余の申立てを却下する。

理由

第1事案の概要等

1  第1事件は,本訴原告である申立人が,本訴被告であるA(以下「被告A」という。)の事実無根の告訴によって,被告Aに対する強姦未遂被疑事件(以下「本件被疑事件」という。)の被疑者として逮捕,勾留等の強制処分を受けた上,懲戒免職処分(以下「本件懲戒処分」という。)を受けたとして,被告Aに対し,不法行為に基づく損害賠償の一部請求として慰謝料等合計2000万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事件であり,第2事件は,被告Aが,反訴として,申立人から本件被疑事件に係る強姦未遂による被害を受けたことを理由に,申立人に対し,不法行為に基づく損害賠償として慰謝料1000万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事件である。また,第3事件は,申立人が,相手方に対し,事実に反する本件被疑事件を理由に,適正手続に反して本件懲戒処分を行ったなどとして,国家賠償法1条1項に基づき慰謝料等合計3506万4572円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事件である(以下,第1ないし第3事件を総称して「本件本案事件」という。)。

2  申立ての趣旨及び理由

申立人は,別紙文書目録記載の各文書(以下「本件各文書」という。)が,申立人の被告Aに対する本件被疑事件に係る不起訴記録を構成するものとして,いずれも民事訴訟法(以下「法」という。)220条3号後段所定の「挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成された」文書(以下「法律関係文書」という。)に当たる上,本件本案事件の争点である本件被疑事件に係る強姦未遂行為の存否や本件懲戒処分手続の違法性の有無(第3事件について)を判断する上で必要不可欠な基本書証に当たるので,相手方には文書提出義務があると主張して,本件申立てをした。

3  相手方の意見

これに対し,相手方は,本件各文書のうち別紙文書目録1,8及び14記載の各文書を除く文書(以下「本件所持文書」という。)について所持していることを認めた上で,第3事件では,本件被疑事件における捜査活動の適否ではなく,本件懲戒処分における国家賠償法上の違法性の有無が争点となっているので,本件被疑事件に係る不起訴記録が直ちに法律関係文書に当たるとはいえないとし,仮に法律関係文書に該当する場合であっても,本件所持文書は,刑事訴訟法47条本文の「訴訟に関する書類」に当たるところ,本件懲戒処分は仙台地方検察庁検事正(以下「検事正」という。)の指示を受けた同庁総務部長(以下「総務部長」という。)が本件被疑事件の捜査とは独立して調査を行っており,本件懲戒処分の根拠資料は,既に本件本案事件において書証として提出されている乙1号証ないし9号証のみであるから,本件所持文書の取調べの必要はなく,また,本件所持文書の開示により被告Aのプライバシー等に対する弊害や捜査活動に対する支障が生ずることから,本件所持文書を提出しないことは,保管者である相手方の合理的裁量の範囲内にあり,同条ただし書の「相当と認められる場合」に当たらないので,本件所持文書につき文書提出義務は認められない旨主張する。

第2当裁判所の判断

1  前提事実

本件記録によれば,以下の事実が認められる。

(1)  申立人は,本件懲戒処分当時,仙台区検察庁副検事であり,被告Aは,仙台地方検察庁の検察事務官として,申立人の立会事務官を務めていた(争いがない)。

(2)  被告Aが,平成18年1月4日,申立人から本件被疑事件に係る強姦未遂の被害を受けたとして,申立人を告訴し,これを受けて,申立人は,同日,本件被疑事件の被疑者として逮捕されたほか,勾留や捜索差押え等の強制処分を受けた(争いがない)。

(3)  法務大臣は,平成18年1月25日,国家公務員法82条1項1号及び3号に基づいて,下記の理由により,申立人を懲戒処分(免職)とする本件懲戒処分を行った(甲1)。

被処分者は,

ア 平成17年11月下旬ころ,仙台区検察庁副検事として刑事事件の捜査を担当し,同事件の被害者B(以下「訴外B」という。)を取り調べたものであるが,同年12月初めころまでの間に,同女と面会の約束を取り付け,同月5日,同女から飲食提供の申し出を受けて面会した際,同女を仙台市a区bc丁目d番e号被処分者方に招き入れ,同所において,同女と情交したもの

イ 事件捜査のため仙台地方検察庁検察事務官Aを伴って東京都内に1泊2日の予定で出張した際の同月15日午後7時50分ころ,宿泊先である東京都f区gh丁目i番j号Cホテルk館l号室の自室に,同女が職務上自らの指揮下にあることに乗じて,同女を呼び寄せ,同女に対し,同女が着用していたパンツを無理矢理はぎ取り,同女に抱き付いて手指でその陰部をなでるなどしたもの(以下「本件非違行為」という。)

(4)  被告Aが,平成18年1月25日,申立人に対する告訴を取り消したため,申立人は,本件被疑事件につき不起訴処分とされ,その後釈放された。なお,本件所持文書は,本件被疑事件の捜査段階で作成された刑事事件記録である(以上につき,乙5,審尋の全趣旨)。

2  本件各文書のうち別紙文書目録1,8及び14の各文書について

上記各文書については,相手方がその所持を否定しているところ,相手方が上記各文書を所持していることを認めるに足りる事実及び証拠はないので,本件申立てのうち,上記各文書に係る部分には理由がない。

3  本件所持文書について

(1)  法律関係文書該当性について

本件被疑事件において,申立人が被疑者として逮捕,勾留や捜索差押え等の強制処分を受けたこと(前記前提事実(2))からすれば,本件被疑事件において,申立人が,捜査機関ないし同機関の属する相手方との関係において,身体の自由を制約され,強制処分の受忍を余儀なくされ,あるいは被疑者としての地位に置かれたことにより,申立人と相手方との間には一定の法律関係が生じているといえる上,本件所持文書は,いずれも本件被疑事件の捜査段階で作成された不起訴記録であって(同(4)),上記各強制処分の要件充足の立証に資することを目的として作成されたものということができ,本件本案事件の各請求に係る請求原因事実の存否にも関連するので,本件所持文書は,申立人と本件所持文書の所持者である相手方との間の法律関係文書に該当することは明らかである。

これに対し,相手方は,本件本案事件のうち第3事件については,本件被疑事件における捜査活動の適否ではなく,本件懲戒処分における国家賠償法上の違法性の有無を争点とするものであることなどを理由に,本件所持文書が法律関係文書に当たらない旨主張するが,法220条3号後段所定の法律関係文書にいう「法律関係」は,訴訟物たる権利を直接基礎付ける関係にある場合に限られるものではなく,これを間接的に基礎付ける関係にある場合を含むものと解されるところ,本件所持文書のうち,別紙文書目録3(被告Aの供述調書),9(申立人の検察官に対する弁解録取書)及び10(申立人の供述調書)記載の各文書は,その内容及び性質上,本件被疑事件に係る被疑事実ひいては本件非違行為の存否に直接関連するものであり,本件文書目録2(被告A提出の告訴状),5(逮捕状請求書),6(捜索差押許可請求書),11(勾留請求書)及び12(勾留延長請求書)記載の各文書も,被疑事実の要旨の記載を伴う点で間接的には本件被疑事件に係る被疑事実ひいては本件非違行為の存否に関連するものである点で,いずれも本件本案事件の各請求に係る請求原因事実の有無に関連する文書ということができる(もっとも,証拠として取り調べることが必要不可欠な文書といえるかどうかは別論である。)から,本件所持文書が法律関係文書に当たらないということはできず,相手方の上記主張は採用できない。

(2)  刑事訴訟法47条との関係について

ア 本件所持文書は,不起訴処分とされた本件被疑事件の捜査段階で作成された不起訴記録であって(前記前提事実(2),(4)),逮捕,勾留その他の強制処分の要件の充足に加え,公訴提起ないし公判における立証に資することがその作成目的とされていたといえる。したがって,本件所持文書は,公判期日に提出されず,公判において公開されなかった書類であるから,刑事訴訟法47条本文により原則として公開が禁止される「訴訟に関する書類」に該当する。

イ そして,同条ただし書きによって,「訴訟に関する書類」を公にすることを相当と認めることができるか否かの判断は,当該「訴訟に関する書類」を公にする目的,必要性の有無,程度,公にすることによる被告人,被疑者及び関係者の名誉,プライバシーの侵害,捜査や公判に及ぼす不当な影響等の弊害発生のおそれの有無等の諸般の事情を総合的に考慮してされるべきものであり,当該「訴訟に関する書類」を保管する者の合理的裁量に委ねられているものと解すべきである。そして,民事訴訟の当事者が,法220条3号後段の規定に基づき,上記「訴訟に関する書類」に該当する文書の提出を求める場合においても,当該文書の保管者の上記裁量的判断は尊重されるべきであるが,当該文書が法律関係文書に該当する場合であって,その保管者が提出を拒否したことが,民事訴訟における当該文書を取り調べる必要性の有無,程度,当該文書が開示されることによる上記の弊害発生のおそれの有無等の諸般の事情に照らし,その裁量権の範囲を逸脱し,又は濫用するものであると認められるときは,裁判所は,当該文書の提出を命ずることができるものと解するのが相当である(以上につき,最高裁平成16年5月25日第三小法廷決定・民集58巻5号1135頁,最高裁平成17年7月22日第二小法廷決定・民集59巻6号1837頁,最高裁平成19年12月12日第二小法廷決定・民集61巻9号3400頁参照)。

(3)  そこで,上記(2)を踏まえ,まず,民事訴訟における取調べの必要性の有無,程度について検討する。

ア 前記前提事実に加え,証拠(乙11)その他本件記録によれば,以下の事実が認められる。

(ア) 本件懲戒処分に先立ち,検事正は,平成18年1月中旬ころ,総務部長に対して申立人の非違行為について調査するよう指示し,総務部長は,被告Aや申立人から事情聴取等を行うなどの調査を行った。その後,検事正は,同月23日,仙台高等検察庁検事長宛てに,申立人に対する懲戒処分を行うよう職責上申を行い,これを受けて,法務大臣は,平成18年1月25日,本件懲戒処分を行った。

(イ) 本件被疑事件の捜査は,仙台地方検察庁特別刑事部(以下「特別刑事部」という。)の検察官が担当した。

(ウ) 本件懲戒処分の調査を担当した総務部長は,平成18年1月20日に申立人から弁解を聴取するに当たり,本件被疑事件の捜査を担当していた検察官から,申立人の供述内容を聴取した。

(エ) 検事正の指示を受けた仙台地方検察庁の検察官は,同日ころから同月23日ころにかけて,本件被疑事件の捜査とは別に,被告Aや訴外Bから複数回にわたり事情を聴取し,上記両名にそれぞれ陳述書(被告Aにつき乙4,訴外Bにつき乙8)を作成させた。

(オ) 総務部長は,職責上申の根拠資料として,本件被疑事件の刑事事件記録から,本件非違行為の現場の状況に関する実況見分調書(乙1)や被告Aが本件非違行為について相談等をしたとされる仙台地方検察庁検事D及び同庁検察事務官Eの携帯電話に登録された被告Aからの電子メール等の内容に係る写真撮影報告書ないし捜査報告書(乙2,3),訴外Bの携帯電話に登録された申立人からの電子メールの内容等に係る捜査報告書(乙6,7),被告Aの携帯電話に登録された申立人からの電子メールの内容等に係る捜査報告書(乙9)を流用して用いたほか,被告A及び訴外Bの各陳述書(乙4,8)を用いた。

(カ) 申立人は,本件非違行為については当初から一貫して否認している。

イ 本件本案事件においては,被告Aに対する申立人の本件非違行為の存否や本件非違行為があることを前提に行われた本件懲戒処分の違法性の有無(第3事件について)が争点となっているため,本件非違行為の存否を直接立証し得る文書や本件懲戒処分を行うに当たって直接基礎とされ又は本件懲戒処分に密接な関連性を有する文書については,本件本案事件における取調べが必要不可欠であるといえる。

そして,本件非違行為が申立人と被告Aが出張先で宿泊したホテルの客室内で行われたとされていること(前記前提事実(3))からすれば,本件非違行為の存否を直接立証し得るのは,本件非違行為の当事者である申立人及び被告Aのみであるといえる。

そこで,以上を踏まえ,本件所持文書について,本件本案事件における取調べの必要性の有無,程度を検討する。

ウ 本件文書目録2(被告A提出の告訴状),5(逮捕状請求書),6(捜索差押許可請求書),11(勾留請求書)及び12(勾留延長請求書)記載の各文書について

上記各文書は,直接的には本件被疑事件の捜査手続に関する書類であるところ,本件本案事件では,本件被疑事件における捜査手続の違法性の有無は争点となっていない上,上記各文書の性質上一般的に記載されていると考えられる内容及びその程度から見て,その記載内容が,本件非違行為の存否を直接基礎付けるものとは考え難く,本件懲戒処分の基礎資料とされたという事情もうかがわれないので,本件本案事件において,これらの書類の取調べが必要不可欠であるとはいえない。

したがって,相手方において,上記各文書を提出しないことが裁量権の範囲の逸脱ないしその濫用に当たるとはいえないから,上記各文書に係る本件申立てには理由がない。

エ 本件文書目録4(実況見分調書及び写真撮影報告書),7(捜索差押調書),13(被告Aが使用していた携帯電話の通信記録に関する捜査報告書・写真撮影報告書),15(検察官作成の捜査報告書),16(Eの供述調書),17(Eが使用していた携帯電話の通信記録に関する捜査報告書・写真撮影報告書)及び18(Dが使用していた携帯電話の通信記録に関する捜査報告書・写真撮影報告書)記載の各文書について

上記各文書は,本件非違行為の存否を直接立証するものとはいえず,本件懲戒処分の基礎資料とされたという事情もうかがわれないので,本件本案事件において,これらの書類の取調べが必要不可欠とはいえない。

したがって,相手方において,上記各文書を提出しないことは裁量権の範囲の逸脱ないしその濫用に当たるとはいえないから,上記各文書に係る本件申立てには理由がない。

オ 別紙文書目録3(被告Aの供述調書)記載の文書について

本件本案事件のうち,第1事件及び第2事件においては,申立人の被告Aに対する本件非違行為の存否が争点となっており,申立人が同事実を一環して否認していることからすると,上記争点に対する判断に当たっては,被告Aの供述の信用性を吟味することが極めて重要であるところ,申立人の供述(陳述書の記載及び当事者本人尋問)のみでは,そうした吟味を適切に行うことが困難であることは明らかであって,本件当時の被告Aの認識を示す被告Aの供述調書は,上記争点に係る事実の存在を直接立証するものとして,その取調べが必要不可欠であるといえる。また,第3事件の争点である本件懲戒処分の違法性の有無につき判断するに当たっても,同処分の前提となっている本件非違行為の存否につき,被告Aの供述の信用性を吟味することが極めて重要であるから,第3事件においても同様に,被告Aの供述調書は,その取調べが必要不可欠であるといえる。

これに対し,相手方は,本件懲戒処分は,本件被疑事件の捜査とはその主体を異にしており,捜査を担当した特別刑事部とは独立して,総務部長らが調査,処分を行っているので,本件懲戒処分の違法性が争点となっている本件本案事件においては,本件所持文書を取り調べる必要性がない旨主張する。

確かに,懲戒処分は検察庁法9条2項の検事正の庁務処理権限に基づき行政機関としての仙台地方検察庁が国家公務員法82条1項各号に規定する懲戒事由の存否を認定して行うものであって,本件においては,検事正の指示を受けた総務部長が行っている(上記ア(ア)の認定事実)。

他方,不起訴処分となった本件被疑事件の捜査は,特別刑事部の検察官らが行っており(同(イ)),本件懲戒処分手続とは,その主体や意思形成過程を異にするものといえる。

しかしながら,本件懲戒処分の根拠資料の中には本件被疑事件に係る不起訴記録が一部含まれていること(同(オ)),職責上申に当たった総務部長は本件被疑事件の捜査担当検察官から少なくとも申立人の供述内容を事情聴取していること(同(ウ))からすると,不起訴記録のうち上記決裁資料以外の部分が直接,職責上申の根拠資料とされていないとしても,懲戒処分の職責上申をした総務部長らが,本件被疑事件に係る不起訴記録の内容を踏まえて職責上申を行ったことが推認できる。

そして,申立人が本件非違行為について当初から一貫して否認していること(同(カ)),懲戒免職処分が検察官としての地位を失わせる重大な処分であることからすれば,本件懲戒処分に当たっては事実関係の存否を判断することが極めて重要な意義を有していたといえるので,本件懲戒処分の職責上申を担当した総務部長らは,少なくとも本件非違行為の存否を直接的に証明する証拠については刑事事件記録の閲覧や本件被疑事件の担当検察官からの事情聴取等の方法によりその内容を検討したと推認するのが相当であって,本件被疑事件に係る不起訴記録のうち,被告Aの供述調書の内容についても閲覧ないし事情聴取により検討したと推認される。この点に関し,総務部長は,陳述書(乙11)において,客観的で代替性のない乙1ないし9号証のみ閲覧し,その他の刑事事件記録は確認していない旨述べているが,乙1ないし9号証自体,総務部長らが特別刑事部とは別に独立して再度調査して作成することは可能であって,代替性がないとはいえない上,先に述べた申立人の供述状況や懲戒免職処分が被処分者に与える不利益の重大性のほか,本件被疑事件における被告Aの供述の重要性に鑑みれば,申立人の供述内容のみを事実上確認したにもかかわらず,被告Aの供述内容は確認しなかったというのは不自然というべきであるから,陳述書(乙11)中,上記供述に係る部分は信用できない。

したがって,被告Aの供述調書は本件非違行為の存否を直接立証し得る文書であり,かつ,本件懲戒処分の職責上申に当たって直接基礎とされてはいないものの,密接な関連性を有しているといえるので,本件本案事件における取調べが必要不可欠というべきであり,本件懲戒処分の職責上申手続と本件被疑事件の捜査手続とが主体や意思形成過程を異にしていることを踏まえても,相手方の上記主張は採用できない。そして,他に上記認定を覆すに足りる事実及び証拠はない。

カ 別紙文書目録9(申立人の検察官に対する弁解録取書)及び10(申立人の供述調書)記載の各文書について

申立人が本件非違行為の存在を一貫して否認していること(上記ア(ア)の認定事実)からすれば,その弁解や供述の内容は,本件非違行為の存否を判断する上で重要な資料となるといえる。また,本件懲戒処分の職責上申を担当した総務部長が,本件被疑事件の捜査担当検察官から申立人の当時の供述状況を聴取したことからすれば,本件懲戒処分の直接の根拠資料ではないものの,密接な関連性を有するといえる。したがって,上記各文書については,本件本案事件における取調べが必要不可欠であるといえる。

(4)  次に,上記(2)及び(3)を踏まえ,本件本案事件における取調べが必要不可欠であるといえる別紙文書目録3,9及び10記載の各文書について,文書開示による弊害発生のおそれの有無を検討するに,上記各文書の供述者である被告Aないし申立人は,いずれも本件本案事件の訴訟当事者であって,既に本件被疑事件に関するそれぞれの認識に沿う事実を詳細に主張するなどの訴訟活動を行っているので,上記各文書の開示により,被告Aや申立人のプライバシー等が侵害されることによる弊害が発生するおそれがあるとは認め難い。

これに対し,相手方は,被告Aが第2事件の反訴提起に至ったのは申立人による第1事件の提訴を契機にしたものにすぎない上,被告Aは事実関係に関する主張を積極的に望んで行っているものではなく,プライバシーが明らかにされることを容認しているものではないとして,被告Aのプライバシー等が侵害されることによる弊害がある旨主張する。

たしかに,本件被疑事件のような性犯罪について捜査段階で作成された被害者の供述調書が民事訴訟において開示される場合,被害者のプライバシーの侵害という弊害が発生するおそれがあることは,一般的には否定し難いものの,先に述べたように,被告Aが自ら原告となって本件被疑事件に係る事実について反訴を提起し,事実関係について詳細に記載した陳述書等を書証として提出していることに加え,被告Aが本件本案事件において,訴訟記録の閲覧制限の申出等をしていないことからすれば,本件においては,上記文書の開示によって,被告Aのプライバシー等が侵害されることによる弊害が発生するおそれがあるとは認め難く,相手方の上記主張は採用できない。

さらに,捜査に対する支障のおそれの有無について見ても,本件所持文書のような捜査段階で作成された刑事事件記録が公判の開廷前に民事訴訟において開示される場合に,捜査や公判に不当な影響を及ぼす等の弊害が生ずるおそれがあり得ることは一般的に否定し難いところであるが,本件被疑事件が告訴取消しにより終局している上,本件本案訴訟において既に書証として提出されている被告Aの陳述書等には,被告Aの供述内容として本件非違行為の態様が極めて詳細かつ具体的に記載されていることからすると,本件本案訴訟において,上記各文書が開示されることによって,本件被疑事件や同種の事件の捜査や公判に不当な影響を及ぼす等の弊害が生ずるおそれがあるとは認め難い。

(5)  以上によれば,本件文書目録3,9及び10記載の各文書については,本件本案事件における取り調べの必要性の程度及びこれらを公にすることによる被疑者及び関係者の名誉,プライバシーの侵害,捜査や公判に及ぼす不当な影響等の弊害発生のおそれの有無,程度等の事情を総合的に考慮すると,本件本案事件の審理手続において,上記各文書を提出しないことは当該「訴訟に関する書類」を保管する者の合理的裁量を逸脱又は濫用するものということができるから,相手方は,上記各文書については法律関係文書として提出義務を負うというべきである。

4  結論

よって,本件申立ては,主文の限度で理由があるからこれを認容することとし,その余の部分は理由がないからこれを却下することとし,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 関口剛弘 裁判官 渡辺力 裁判官 吉賀朝哉)

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