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仙台地方裁判所 平成22年(ワ)1836号 判決 2013年6月25日

原告

X1(以下「原告X1」という。)

原告

X2(以下「原告X2」という。)

両名訴訟代理人弁護士

生越照幸

被告

Y1株式会社(以下「被告会社」という。)

代表者代表取締役

被告

Y2(以下「被告Y2」という。)

両名訴訟代理人弁護士

近藤弦之介

藤原健補

上西芳樹

河本泰政

中村英男

菅真彦

馬場幸三

主文

1  被告会社は,原告らに対し,それぞれ3470万3290円及び内金1415万円に対する平成21年10月7日から,内金2055万3290円に対する平成23年12月1日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,原告らについて生じた費用の5分の3及び被告会社に生じた費用の5分の3を被告会社の負担とし,その余の費用をいずれも原告らの負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告らは,原告ら各自に対し,連帯してそれぞれ5617万2791円及びこれに対する平成21年10月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要等

1  事案の概要

本件は,被告会社のa営業所(以下「a営業所」という。)に勤務していた原告らの長男B(昭和61年○月○日生まれ。以下「亡B」という。)が,連日の長時間労働のほか,上司の被告Y2からの暴行や執拗な叱責,暴言などのいわゆるパワーハラスメント(以下「パワハラ」という。)により精神障害を発症し,平成21年10月7日に自殺するに至った(当時22歳。以下「本件自殺」という。)と主張して,遺族である原告らが,被告会社に対しては安全配慮義務違反の債務不履行又は不法行為による損害賠償請求権に基づき,被告Y2に対しては不法行為による損害賠償請求権に基づき,各2分の1の割合で法定相続した各損害金5617万2791円及びこれらに対する本件自殺の日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。

2  前提事実

以下の事実は,当事者間に争いがないか,又は括弧書きで摘示した証拠により認めることができる。

(1)  被告会社は,貨物自動車運送事業,貨物利用運送事業,倉庫業等を目的とする株式会社である(証拠<省略>)。

(2)  亡Bは,平成21年4月,被告会社に正社員として雇用され,a営業所において勤務し始めた。亡Bは,平成21年10月7日,自殺した(本件自殺)。

(3)  被告Y2は,亡Bの本件自殺当時,a営業所長を務めていた(争いがない。)。

(4)  原告X1は亡Bの父,原告X2は亡Bの母であり,それぞれ亡Bの権利義務を2分の1の割合で法定相続した(証拠<省略>)。

(5)  b労働基準監督署長は,平成22年11月30日,亡Bが業務上の心理的負荷により適応障害を発症した結果,本件自殺に至ったものであるとして,本件自殺が業務災害に当たるものと認定し,原告らに対し,遺族補償一時金837万6000円,遺族特別支給金300万円,遺族特別一時金13万6000円及び葬祭料56万6280円(合計1207万8280円)を支給した(証拠<省略>)。

3  争点

(1)  本件自殺と業務との間の相当因果関係の有無(争点1)

(2)  被告会社の安全配慮義務違反の債務不履行又は不法行為の有無(争点2)

(3)  被告Y2の不法行為の成否(争点3)

(4)  損害(争点4)

4  争点に関する当事者の主張

(1)  争点1(本件自殺と業務との間の相当因果関係の有無)について

ア 原告らの主張

(ア) 過重な労働であったこと

亡Bの時間外労働時間は,別紙1「労働時間表(原告ら)」記載のとおり,平成21年4月が92時間35分,同年5月が112時間35分,同年6月が108時間,同年7月が132時間45分,同年8月が122時間,同年9月が118時間,同年10月1日から同月6日までの勤務日4日間が21時間であった(甲28)。

(イ) このように亡Bは,平成21年7月から生じた業務量の増加と同年4月から続いていた恒常的な長時間労働により疲労が蓄積し,同月18日に実家に帰省した際には既にやつれているように見え,目の下にくまができるなど,易疲労感と評価できる身体症状があった。そして,亡Bは,平成21年9月16日から同年10月7日までの間には,①解雇されることに対する強い不安,焦躁,過敏,混乱などの情緒的な症状,②易疲労感や,ろれつが回らないといった身体的症状,及び③飲酒をした後の出勤や欠勤という問題行動を見せていたのであるから,上記期間内に適応障害を発症していたといえる。特に,平成21年10月1日からは,亡Bの業務量が極端に増加することが予想されており,同月6日には亡Bが被告Y2から違法な退職勧告を受けていたのであるから,亡Bが受けていた心理的負荷は,重畳的に増大していたといえる。

イ 被告らの主張

(ア) 量的にも質的にも過重労働ではなかったこと

a 量的に過重な労働ではなかったこと

亡Bの時間外労働時間は,平成21年4月が69時間45分,同年5月が88時間35分,同年6月が100時間,同年7月が119時間50分,同年8月が85時間20分,同年9月が49時間40分,同年10月1日から同月6日までが16時間30分である(甲28)。

亡Bが休日出勤した日は平成21年7月15日のみであり(証拠<省略>),当該勤務日については,被告会社は亡Bに対し,午後6時までに勤務を終了させ,アルバイトの日当として現金8000円を支給している。被告会社は,変形労働時間制を採用し,土曜日を所定労働日としていたため,亡Bが出勤した土曜日の労働は,いずれも所定労働日における労働であって,時間外労働には当たらない。

b 質的に過重な労働ではなかったこと

被告会社における家電リサイクル業務は,(a)個人,家電量販店,引越業者及び産業廃棄物処理業者等から持ち込まれた家電リサイクル品の受け取り,(b)家電に貼られているリサイクル券の伝票処理及び(c)家電リサイクル品を品目ごとに専用コンテナに積み込む作業等を行うものである。具体的な作業は,①家電リサイクル品を配送してきた運転手と一緒に荷下ろしをする,②家電の中身を確認し,異物があれば返却する,③家電に貼ってあるリサイクル券と家電の内容を確認し,間違いがなければ,リサイクル券を剥がして受領証を返却する,④品目ごとに専用コンテナに積み込む,⑤リサイクル券の控え記載の情報をまとめて伝票入力する,という手順で行われる。

当初,亡Bは上記①から⑤までの作業を行っていたが,⑤の伝票入力作業のミスが多かったことから,被告Y2は,⑤の伝票入力作業を亡Bに行わせるのではなく,専らD係長(以下「D係長」という。)に行わせていた。そのため,亡Bが行う業務は①から④の作業,中でも④の積込み業務がほとんどであり,単純な業務であった。また,④の積込業務は,新品の製品を運ぶわけではないため,それほど神経を使うものではない上,リサイクル品を運ぶ際には,「デッチ」と呼ばれる運搬器具である二輪台車(以下「デッチ」という。)やフォークリフトを使用していたのであるから,重労働でもなかった。

家電リサイクルの総搬入数は,別紙2「家電リサイクル搬入数」(証拠<省略>)記載のとおりであるが,亡Bがその全てを行っていたのではなく,D係長も一緒に行い,平成21年8月からはE(以下「E」という。)も行い,その他忙しいときには常に他の従業員も手伝う態勢であった。平成21年7月頃からの繁忙期については,営業に出ていた被告Y2及び女性であるF事務員(以下「F事務員」という。)以外は,ほとんど全員で家電リサイクル業務を行っていた。したがって,家電リサイクルの搬入数が増えたからといって,亡Bの業務負担が同程度増えたというわけではなかった。

また,家電リサイクル業務においては,搬入の合間に休憩を取ることができ,実際に亡Bは少し時間があるとすぐたばこを吸いに行くなどして休憩を取っていたし,休日も確保されていたから,肉体的に過度の負担が掛かる業務ではなかった。

(イ) 被告Y2によるパワハラの事実がないこと

亡Bは,日頃から伝票の打ち間違いという単純なミスを続けたり,伝票の一部を隠し持っていたりすることがあり,被告Y2のほか,G所長代理(以下「G所長代理」という。)及びH係長(以下「H係長」という。)からも注意,指導されることが多かった。

被告Y2の亡Bに対する発言は注意や指導の範囲内のものであり,亡Bに対するパワハラは一切ない。被告Y2は,新人の亡Bがミスをした場合には,亡Bを指導する者にも悪い面があると考え,G所長代理やH係長を叱ることが多かったのであり,被告Y2は従業員に対して平等に注意及び指導をしていた。

また,被告Y2は,亡Bに対してはもちろんのこと,他の従業員に対しても一切暴行を加えたことがなかった。

(ウ) 亡Bは精神疾患に罹患していなかったこと

平成21年7月29日にa営業所等を管轄する○○主管支店において新人社員の研修が行われた際,亡BはI・c主管支店長(以下「I支店長」という。)に対し,明るく元気に,「今の仕事を続けられるようにいろいろ勉強します。」と述べていた(証拠<省略>)。I支店長が月1回程度,a営業所を訪問し,たばこを吸いながら,5分ないし10分程度亡Bと話をした際にも,特に変わった様子はなかった(証拠<省略>)。

また,ふだん亡Bと接している者も,誰一人として亡Bが悩んでいたり,精神疾患に罹患していたような様子を見ていない(証拠<省略>)。平成21年9月に亡Bと一緒に旅行に行ったEですら,亡Bが悩んでいた様子を感じていなかった。

さらに,亡Bは,平成21年9月に自動車(フォルクスワーゲン:POLO)を購入したばかりであった(証拠<省略>)。また,亡Bは,10月の連休には被告会社d支店に所属する同期入社のJ(以下「J」という。)と車で遊びに行く予定であった(証拠<省略>)。このように,亡Bはプライベートにおいて楽しもうとしていたのであり,至って通常の行動である。

したがって,亡Bが本件自殺当時精神疾患に罹患していたとは認められない。

(エ) 本件自殺の要因について

以下に述べる事実経過からすれば,亡Bは,平成21年10月6日に飲酒をして出勤し,被告Y2から叱責されたことで自責の念が生じ,また同月7日にも飲酒をしたためにその判断能力が低下し,自殺をするに至ったものと考えるのが相当である。

a 平成21年10月6日に亡Bが飲酒をして出勤したこと

亡Bは,平成21年10月6日午後0時45分頃に出勤し,Eに対し,「朝,焼酎を4杯飲んで来た。」と述べていた。Eが亡Bに対し,「運送会社なので,車の運転をする人でなくてもまずい。」と述べたところ,亡Bは「すぐ抜けるから。」と答えた。なお,亡Bは9月頃にも,焼酎を飲んで出社したことがあった(証拠<省略>)。

その後,亡Bはいつも以上ににこにこして興奮した様子で,フォークリフトを荒っぽく運転したり,フォークリフトの操作ミスでテレビのブラウン管を割ったり,テレビの数を間違えるなどのミスを続けた(証拠<省略>)。

同日,午後5時頃,亡BがD係長に対し,「テレビの数を間違えたみたいですー,あと見といて下さい,ちょっとわかんないですー。」と言ったとき,D係長は亡Bの口から強い酒の臭いを感じたため,「お前,酒飲んでんか。」と問いただした。すると亡Bは,最初は否定したものの,「朝,8時頃に,焼酎を生で飲みました。」と述べた。D係長は,朝8時に飲んだにしては余りに強い酒の臭いが亡Bからしたため,亡Bの回答を疑い,さらに問いただした。D係長は,飲酒をして車で通勤するということは,会社の職業上まずいことになるので,きつく注意し,亡Bに対し,被告Y2に報告するように伝えた(証拠<省略>)。

ところが,亡Bは被告Y2に報告しに行かず,D係長に対して「所長に言ったら,始末書を出せと言われた。」と言ってうそを述べた。

D係長は,亡Bが被告Y2に報告に行かないため,自ら被告Y2に対し,「Bから報告がありましたか。」,「Bから酒の匂いがした。午前8時頃に飲んだと言っていた。」などと報告をした。

その後,被告Y2がいくら待っても亡Bから報告がないため,被告Y2はホーム(トラックがバックで入庫し,リサイクル家電や貨物等が積み卸される空間。証拠<省略>。以下「ホーム」という。)にいた亡Bのところに行き,「私に何か報告はないのか。」,「Dから聞いているが,何か話すことはないのか。」と問いただした。ところが亡Bは,被告Y2の問い掛けをも無視する態度を示した。

被告Y2は,亡Bが飲酒をして出勤したこと及びD係長に嘘の報告をしたことについて強く叱責し,「お酒を飲んで出勤し,何かあったり,警察に捕まったりした場合,会社がなくなってしまう。」,「そういった行為は解雇にあたる。」と述べたが,亡Bは一切返事をしなかった。被告Y2は,亡Bに対し,「心を入れ替えて頑張るか,それとも会社を辞めるのかよく考えなさい。」と述べ,G所長代理に事実関係の確認と後のフォローを託した。

このように,亡Bは平成21年10月6日の朝,焼酎を飲んだ上で車で会社に出勤し,フォークリフトの運転を含む業務を行っていたのであるから,当然,被告Y2から上記のように強く叱責される立場にあった。また,亡BがD係長から被告Y2に報告に行くように言われても行かなかったり,嘘を述べたりしたのであればなおさらである。

b 亡Bは平成21年10月7日朝も飲酒をしたこと

従前,亡Bは歓迎会の席でY2所長に対し,酒が好きだと述べ,気分が悪くなるほどの量を飲んでいた(証拠<省略>)。また,亡Bは,研修のときからいつもビールを飲んでおり,同期で集まったときにも,すぐにビールを飲み,350ミリリットルのビールを1日四,五本は飲んでいた(証拠<省略>)。亡Bは,Eと旅行に行ったときにも,車の中やトイレ休憩,食事中など,常に酒を飲んでいた(証拠<省略>)。

このように,亡Bは入社した当初から飲酒の絶えない生活をしていたのであり,プライベートの時間があったり,何か嫌なことがあったりすると,アルコールに頼る性質があったといえる。そうであれば,平成21年10月6日についても,午後からの出勤であったことから,誘惑に負けて飲酒をしたというべきである。

そして,平成21年10月7日に亡BがH係長の携帯電話に電話をかけた際,ろれつが回っていない状態でしどろもどろに話をしていたこと(証拠<省略>)及び同日G所長代理が最初に亡Bを発見した際,亡Bの部屋の中に酒やビールの瓶や缶が大量にあったことからすれば,同日にも亡Bが飲酒をしていたことが認められる。

以上の事実からすれば,亡Bは飲酒をした状態で正常な判断をすることができず,自殺を選択するに至ったというべきである。

したがって,亡Bの自殺は,飲酒という専ら亡B固有の要因によるものというべきであり,精神疾患に罹患して自殺をしたのではない。

(オ) まとめ

亡Bに過度の心理的負荷が掛かるような長時間労働の実態はなく,被告Y2によるパワハラの事実もなかった。亡Bは適応障害を発症しておらず,平成21年10月7日に飲酒をして正常な判断をすることができない状態であったところ,前日に飲酒をして出勤してしまったことに対する自責の念から本件自殺をするに至ったというべきである。

(2)  争点2(被告会社の安全配慮義務違反の債務不履行又は不法行為の有無)について

ア 原告らの主張

使用者は,労働契約に付随した信義則上の義務として安全配慮義務を負っているところ,安全配慮義務の内容として,使用者は労働環境を改善し,又は,労働者の労働時間,勤務状況等を把握して労働者にとって長時間の過酷な労働とならないように配慮するのみならず,労働者に業務遂行に伴う疲労や心理的負担等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないように注意し,それに対して適切な措置を講ずべき義務を負っていた。

そうであるのに,被告会社は,亡Bが新卒の新入社員であり,かつ,運送業務に関する知識も経験も有していなかったにもかかわらず,別紙1「労働時間表(原告ら)」記載のとおり,亡Bを長時間にわたって過酷な労働に従事させるとともに,平成21年7月及び同年10月に業務量が増加していたにもかかわらず,派遣社員を大幅に増員させる等の適切な措置を行わなかった結果,亡Bに疲労や心理的負担等を過度に蓄積させ,もって適応障害を発症させた。

また,被告会社は,被告Y2の一方的な叱責や違法な退職勧奨を防止することなく,漫然と被告Y2の亡Bに対するパワハラを放置した結果,亡Bに疲労や心理的負担等を過度に蓄積させ,もって適応障害を発症させた。

したがって,被告会社は,a営業所の労働環境を改善し,あるいは,亡Bの労働時間,勤務状況等を把握して,亡Bにとって長時間又は過酷な労働とならないように配慮するのみならず,亡Bの業務の遂行に伴う疲労や心理的負担等が過度に蓄積して亡Bの心身の健康を損なうことがないように注意し,それに対して適切な措置を講ずべき義務に違反したものである。

イ 被告会社の主張

(ア) 被告会社に過失がないこと

仮に本件自殺と業務との間に因果関係があるとしても,被告Y2を始めとして被告会社a営業所の従業員の誰しもが亡Bの精神障害の発病を認識していなかった。

また,家電リサイクル業務が増加することに伴い,業務量が増加していたのは確かであるが,被告会社は亡Bら家電リサイクル業務を行っている従業員の負担を減らすべく,平成21年6月からはK(以下「K」という。)をa営業所勤務とし,同年8月からは派遣社員のEにも家電リサイクル業務に従事させている。そして,被告Y2は,家電リサイクル業務の繁忙期にはF事務員を除いた全員で作業を行うように指示していた。

さらに,被告会社は,亡Bらに負担が掛からないようにするため,自分の好きなときに自由に休憩することのできる態勢をとっており,実際に亡Bは頻繁に喫煙の休憩をとっており,被告会社がこれを制限することはなかった。

加えて,被告Y2は,亡Bが新入社員であることを考慮し,平成21年7月15日を除いて亡Bに休日出勤をさせなかった。

このように,被告Y2は増加していく家電リサイクル業務に関して,亡Bに負担が掛からないようにできる限りの対応を行い,日々の業務を行っていたのであって,仕事量の増加及び時間外労働によって亡Bに与えた心理的負荷について,過失はない。

(イ) 過失相殺及び損益相殺

仮に被告らに一定の過失がある場合でも,亡Bが飲酒をして出勤し,報告も怠ったことで被告Y2から叱責を受けるに至り,自ら命を絶ったということを考慮すれば,相当の過失相殺がされるべきである。

また,原告らは労災保険により一定額の保険金を受領しているのであるから,損益相殺がされるべきである。

(2)  争点3(被告Y2の不法行為の成否)について

ア 原告らの主張

被告Y2は,a営業所長として,亡Bの労働時間,業務量及び指導の方法などについての権限を有していたのであるから,a営業所の労働環境を改善し,あるいは,亡Bの労働時間,勤務状況等を把握して,亡Bにとって長時間又は過酷な労働とならないように配慮するのみならず,亡Bに業務の遂行に伴う疲労や心理的負担等が過度に蓄積して亡Bの心身の健康を損なうことがないよう注意し,それに対して適切な措置を講ずべき義務を負っていた。

しかるに,被告Y2は,亡Bが新卒の新入社員であり,かつ,運送業務に関する知識も経験も有していなかったにもかかわらず,別紙1「労働時間表(原告ら)」記載のとおり,亡Bを長時間の過酷な労働に従事させるとともに,平成21年7月及び同年10月に業務量が増加していたにもかかわらず,派遣社員を十分に増員させるなどの適切な措置を行わなかった結果,亡Bに疲労や心理的負担等を過度に蓄積させ,もって適応障害を発生させた。

また,被告Y2は,新入社員である亡Bに対する指導において,亡Bの新卒の新入社員という地位及び同人の疲弊を考慮しない一方的,かつ過剰な叱責を行い,業務日誌における記載において,感情的かつ一方的な記載をし,些細なミスで亡Bに対して暴行を加え,必要性のない事故報告書を繰り返し作成させた上,合理的な理由なくその受け取りを拒否し,負傷した亡Bに業務を強制し,出勤簿の不正記載を強制したことにより,亡Bに疲労や心理的負担等を過度に蓄積させ,もって適応障害を発症させた。

したがって,被告Y2は,a営業所の労働環境を改善し,あるいは,亡Bの労働時間,勤務状況等を把握して,亡Bにとって長時間又は過酷な労働とならないように配慮するのみならず,亡Bの業務の遂行に伴う疲労や心理的負担等が過度に蓄積して亡Bの心身の健康を損なうことがないように注意し,それに対して適切な措置を講ずべき義務に違反したものである。

イ 被告Y2の主張

亡Bが何らかの精神障害に罹患し,自殺をすることを被告Y2において予見することは不可能であったから,被告Y2に注意義務違反は認められない。

また,被告Y2の亡Bに対する指導や叱責は,業務上相当な範囲に留まるものであり,被告Y2が亡Bに対して暴行を行った事実はない。

したがって,被告Y2の行為について,亡Bに対する不法行為は成立しない。

(4)  争点4(損害)について

ア 原告らの主張

亡Bの死亡による損害は,合計1億1234万5583円である。その内訳は,以下のとおりである。

(ア) 逸失利益 7214万5583円

亡Bは,本件自殺当時,大学卒の22歳であり,平成19年賃金センサスによる大学卒全年齢平均の年収額は680万7600円である。そして,亡Bの就労可能年数は44年であり,これに対応するライプニッツ係数は17.663である。また,生活費控除は,4割と考えるのが相当である。

したがって,亡Bの逸失利益は,7214万5583円(1円未満切捨て)である。

(計算式)6,807,600×17.663×(1-0.4)=72,145,583円

(イ) 慰謝料 3000万円

亡Bは,大学を卒業し,希望に燃えて被告会社に就職したにもかかわらず,被告らの違法行為により,22歳の若い命を自ら絶たなければならない状況に追い込まれ,その無念さは察するに余りある。また,原告らは,最愛の長男を亡くし,絶望から立ち直ることができずにいる。

したがって,亡Bの死亡に関して被告らが賠償すべき慰謝料は3000万円を下らない。

(ウ) 弁護士費用 1020万円

原告らは,本訴訟を追行するために訴訟代理人として弁護士を選任することを余儀なくされたのであり,その弁護士費用としては,上記(ア)及び(イ)の合計額1億0214万5583円の約1割である1020万円とするのが相当である。

よって,原告らは,被告らに対し,被告会社に対しては安全配慮義務違反の債務不履行又は不法行為による損害賠償請求権に基づき,被告Y2に対しては不法行為による損害賠償請求権に基づき,亡Bの前記損害金合計1億1234万5583円を各2分の1の割合で法定相続した各損害金5617万2791円及びこれらに対する平成21年10月7日(本件自殺日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。

なお,損益相殺をする場合には,不法行為に基づく損害賠償責任は,亡Bの死亡日から遅滞に陥っているところ,まずは遅延損害金に充当し,その後,元本に充当すべきである。

イ 被告らの主張

争う。

なお,被告会社の場合,大学卒の1年目の年収額は300万円弱であり,順当に勤務を継続しても,年収額が600万円を超えるのは50歳になってからであり,最大の年収額も644万円である(証拠<省略>)。したがって,賃金センサスの年収額は実態と大幅に掛け離れており,基礎収入額について,賃金センサスによるべきではない。

また,原告らは労働者災害補償保険から保険給付を受けているから,損益相殺がされるべきである。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

前記前提事実,証拠(証拠・人証<省略>,原告X2供述,原告X1供述,被告Y2供述,後記各項末尾の括弧内に掲記の証拠)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。

(1)  亡Bの身上,経歴等

亡Bは,昭和61年○月○日,e県に居住する原告らの長男として生まれ,同県f中学校及び同県g高等学校を卒業後,平成17年4月に自らの希望によりh県内にあるi大学(現在のi1大学)j学部k学科に入学した。亡Bは,書道と将棋を趣味としており,書道は3段,将棋は2段の実力を有していた(証拠<省略>)。

(2)  亡Bの被告会社入社までの経緯

ア 亡Bは,被告会社(資本金約24億円,年間売上高約380億円,保有車両台数約3000台,従業員数約2600人,東京証券取引市場2部上場〔証拠<省略>〕)の平成20年度の採用に応募し,応募の際の履歴書には,「クラブ活動・・・等」として,「アルバイト(接客,工場,派遣など)接客の仕事では数ヶ月ほど休日なしで店の中心的存在として仕事を任され信頼されていました。」と記載し,「志望の動機」として「お客様第一主義を経営方針の第一義としている点に強く共感しました。サービス業である物流業にとって最も重要なことはお客様の満足や信用を勝ちとることだと考えています。貴社では運送システム上のボトルネック分析が可能なEDIや15種類もあるサービスなどでお客様のきめ細かいニーズにも対応していける点や環境重視型経営を実践することで物流にとって大切な環境対策も推進されており魅力を感じ貴社を希望いたします。」と記載し,「自覚している性格」として,「長所は真面目,誠実さで,友人からはよく相談事を持ちかけられます。一時的な感情に流されずに冷静に物事を判断します。短所は,マイペースな面があり,深く考えすぎてしまうところがあります。自分が思ったことは率直に表現するように心がけています。」と記載していた(証拠<省略>)。

亡Bは,平成20年5月22日頃被告会社から採用の内定通知を受けた(証拠<省略>)。

イ 亡Bは,平成21年3月に大学(i1大学と改称)を卒業した。

ウ 亡Bは,平成21年3月上旬に,1泊2日で行われた被告会社の本社での研修に参加した後,正式採用前の同月24日から同月31日まで,被告会社のa営業所において日当6400円のアルバイトとして勤務した。

エ 亡Bは,平成21年4月1日,被告会社に事務職3級として採用され,c主管支店のa営業所勤務を命じられた(証拠<省略>)。なお,I支店長は,当時a営業所の業績が好調で業務が忙しかったため,c主管支店(l営業所,m営業所,n営業所,o営業所,p営業所,a営業所及びq営業所の合計7か所の営業所を管轄する。)に配属された新入社員6名のうち1名をa営業所に配属することとし,亡Bがr市出身であったことから亡Bをa営業所配属とすることを決めた(証拠<省略>)。

(3)  亡Bの性格及び嗜好,健康状態等

亡Bは,子供の頃,真面目で素直で思いやりがあって優しく,頑張り屋で忍耐強い子供であった。また,亡Bは,元自衛隊員の父の下で厳しく育てられ(証拠<省略>),「自分で何ができるか。どうやっていくか。」ということを考え,中学校時代から新聞配達のアルバイトをしていた。亡Bは,自宅にいるときには掃除洗濯などの家事を手伝い,原告X2の誕生日には必ず花束や化粧品などのプレゼントを渡していた(証拠<省略>)。

a営業所の他の従業員や亡Bと同期入社の被告会社社員等から見た亡Bの印象は,おとなしい,真面目,明るく朗らか,という印象であった。

亡Bは,たばこを1日に約1箱(20本)吸っていたほか,飲酒を好み,ふだんはビールをよく飲んでいた。

亡Bは,平成21年3月6日,同年4月に被告会社に入社するに当たり健康診断を受診した。その際,亡Bはエックス線写真において右肺門異常影があるとの診断を受けたが,その後精密検査を受けた結果,異常なしと診断された(証拠<省略>)。

(4)  a営業所の従業員及び業務内容等

ア 亡B以外の従業員について(証拠・人証<省略>,被告Y2供述)

平成21年4月1日以降本件自殺の頃までの期間において,a営業所では,ドライバーを除き,管理職(所長及び所長代理),運送業務を行う運輸担当職員及びリサイクル業務を行う家電リサイクル担当職員が勤務していた。

被告Y2は,平成6年に被告会社に入社し,平成12年頃に転職のため被告会社を退社したが,平成19年11月頃に再び被告会社に入社して,平成20年2月からa営業所長となり,現在もa営業所長を務めている。

G所長代理は,平成元年に被告会社に入社し,平成20年11月にa営業所長代理となり,亡Bの本件自殺当時もa営業所長代理としてa営業所に勤務していた。

平成21年4月1日の時点において,a営業所では運輸業務及び家電リサイクル業務が行われており,運輸業務担当従業員は,営業係長のH係長(平成8年4月に被告会社入社)及びF事務員(平成11年4月に被告会社入社)であり,家電リサイクル業務担当従業員は営業係長のD係長(昭和44年4月に被告会社入社)であった。

被告Y2は,a営業所における家電リサイクル業務量が増加していたため,I支店長にa営業所の従業員の増員を依頼したところ,平成21年6月にK(平成16年4月に被告会社入社)がa営業所に転勤となって運輸業務を担当することとなり,また同年8月から派遣社員のEがa営業所の家電リサイクル担当として勤務することとなった。

イ 平成21年4月頃から同年10月頃におけるa営業所の業務の内容等(証拠・人証<省略>,被告Y2供述)

(ア) 勤務時間及び休日

a営業所における所定労働時間は午前8時30分から午後5時30分までであり,休憩時間は午後0時から午後1時までであった。平成21年6月頃からa営業所の業務が忙しくなり,従業員の残業時間が多くなったため,I支店長は,被告Y2に対し,平成21年8月から1日の休憩時間を2時間として,午後0時から午後1時まで以外にも午後6時頃の時間帯に1時間の休憩を取るよう指導した。

公休日が日曜日及び祝祭日,週休が土曜日であるが,土曜日にもリサイクル家電の受付を行っているため,土曜日に最低2名が出勤することとなっていた。土曜日に出勤した従業員は,その分平日が週休となるように調整されていた。

(イ) 運輸業務

運輸業務は,衣料品や機械部品等の一般商業貨物の集配作業及び配送作業であり,その内容は,集荷車が集めてきた貨物を積み卸し,配送先方面ごとに振り分けて大型トラックへ積み込むというものである。

a営業所には,午前8時30分頃から午前9時頃の間,午前11時頃から午後0時頃の間,午後3時頃,午後5時30分頃から午後6時頃の間の合計4回,大型トラックが到着し,その都度荷物の積卸しと配送先への仕分作業が行われていた。

また,午後8時頃から午後8時30分頃の間に長距離トラックがa営業所から出発するため,同トラックへの荷物の積込み作業が行われていた。

平成21年7月頃から,深夜1時ないし2時頃に東京へ出発する大型トラックの便が加わったため,午後8時30分頃から約1時間30分を掛けて同トラックへの積み込み作業が行われていた。この積み込み作業は「宵積(よいつみ)」と呼ばれていた(以下,同作業を「宵積」という。)。

(ウ) 家電リサイクル業務

a営業所における家電リサイクル業務は平成17年8月頃から始まり,当初は家電の量が多くなかったため運送業務と一緒に行われていたが,平成21年3月頃から家電の量が急増したため,D係長が専属で家電リサイクル業務を担当するようになった。

a営業所で扱う家電は,テレビ,薄型テレビ,冷蔵庫,洗濯機,エアコンの5品目である。業務の手順は,①持ち込まれた家電リサイクル品をトラック等から荷下ろしする,②家電の中身を伝票と照合して確認し,伝票の商品と異なる商品であれば返却する,③家電に貼られているリサイクル券と家電の内容を確認し,間違いがなければリサイクル券を剥がして受領証を客に渡す,④家電を品目ごとの専用コンテナに積み込む,⑤コンテナが一杯になったらトラックに積み込む,⑥リサイクル券の控えをまとめて伝票入力する,というものである。

a営業所にリサイクル家電を持ち込むのは個人,家電量販店,引越業者,産業廃棄物の業者等であり,中でも家電量販店による持込みが多かった。

リサイクル家電の受付は,平日及び土曜日の午前9時から午後0時まで及び午後1時から午後5時までであるが,午後0時から午後1時の間にリサイクル家電が持ち込まれる場合にはその都度対応することとなっていた。

平成21年3月頃からa営業所に持ち込まれるリサイクル家電の量が増えてきたため,その頃からD係長が家電リサイクル業務の専属担当となった。亡Bは,平成21年4月に被告会社に入社し,a営業所での勤務を開始した当初は運輸業務及び家電リサイクル業務の両方を担当していたが,同年5月頃からはD係長と共に家電リサイクル業務をほぼ専属的に担当するようになった。また,平成21年8月から,派遣社員のEがa営業所において勤務することとなり,主に家電リサイクル業務を担当した。

リサイクル家電は,家電メーカーごとにAグループとBグループに分かれており,a営業所は当初Aグループの家電リサイクル品のみを扱っていた。しかし,平成21年10月からAグループとBグループの区別がなくなり,a営業所においては従前のAグループとBグループの両方の家電を扱うことになったため,同月以降家電リサイクル業務の業務量が増加した。

(エ) a営業所における平日の業務の流れ

a営業所においては,前記のとおり,従業員は運輸担当と家電リサイクル担当とに分かれていたが,その区別は相対的なものであり,H係長,K,D係長,亡B及びEは,運輸担当であるH係長とKがD係長らと共に家電リサイクル業務を手伝ったり,家電リサイクル担当であるD係長,亡B及びEが運輸業務を手伝うなど,人手が必要な業務を適宜行っていた。

平日の業務は,概ね,①午前8時30分頃から朝礼が行われ,被告Y2がその日の伝達事項をa営業所の全従業員に伝える,②午前8時30分頃から午前9時頃に大型トラックがa営業所に到着し,荷物の積卸しや配送先への仕分けが行われる(運輸業務),③午前9時からリサイクル家電の受付が始まる,④午前11時頃から午後0時頃の間に大型トラックがa営業所に到着し,荷物の積卸しや配送先への仕分が行われる(運輸業務),⑤午後3時頃に集配トラックがa営業所に到着し,荷物の積降ろしや配送先への仕分けが行われる,⑥午後5時30分頃から午後6時頃の間に集配トラックがa営業所に到着し,荷物の積降ろしや配送先への仕分けが行われる,⑦午後8時頃から午後8時30分頃の間に長距離トラックがa営業所から出発するため,同トラックへの荷物の積込み作業が行われる,という流れで行われていた。さらに,平成21年7月頃以降は,前記①ないし⑦に加え,午後8時30分頃から約1時間30分を掛けて宵積が行われていた。

ウ a営業所におけるリサイクル家電の搬入数(証拠<省略>)

平成21年4月1日から同年10月6日までにa営業所に持ち込まれたリサイクル家電の数は,概ね別紙2「家電リサイクル搬入数」のとおりであり,各月の合計数は以下のとおりである。

平成21年4月 2442台

平成21年5月 2381台

平成21年6月 3577台

平成21年7月 5787台

平成21年8月 5219台

平成21年9月 3900台

平成21年10月 965台(同月1日から同月6日までの合計数)

(5)  亡Bの担当業務及び勤務態度等(証拠<省略>,原告X2供述,被告Y2供述,H証言,ほか人証<省略>)

ア 担当業務

亡Bは,平成21年3月24日から同月31日までアルバイトとして勤務し,a営業所における業務内容を覚えるために主に事務所内でH係長の指導を受けた。

亡Bは,平成21年4月以降は伝票入力や電話対応を行い,H係長やD係長の指示を受けつつ次第にa営業所の業務全般の仕事を補助するようになった

平成21年5月15日にいわゆる家電エコポイント制度が始まった影響によりa営業所に持ち込まれるリサイクル家電の量が増えたため,亡Bは同年5月頃以降主に家電リサイクルの業務を担当するようになった。

イ 業務日誌(証拠<省略>。以下「本件業務日誌」という。)について

被告Y2は,平成21年4月初め頃,亡Bに対し,仕事を早く覚えさせようと考え,業務日誌を書くように指示した。被告Y2は,亡Bに対して業務日誌の具体的な書き方については指示せず,業務に関し覚えたことを書くように指示した。

亡Bは,被告Y2の指示に従い,平成21年4月初めにノートを購入して本件業務日誌をつけ始め,同年10月5日までの間,休日を除いてほぼ毎日記載した。亡Bは,平成21年4月から同年8月初旬頃までは業務の手順や反省点,気付いたこと等の要点をまとめて記載していたが,同年8月中旬頃以降は出社から退社までの時間ごとの業務内容を羅列するようになり,文章を記載することはほとんどなくなった。

被告Y2は,数日間に1度,亡Bに本件業務日誌を提出させ,その内容を確認して印鑑を押した。また,被告Y2は,亡Bの記載に対して,「発送入力業務の目的は?」,「業務,作業内容毎に整理し直す事」,「中継手板,作成は,何のため?」,「中継業務,工程を書け!!」,「日誌はメモ用紙ではない!」,「書いている内容がまったくわからない!」,「内容の意味わからない わかるように具体的に書くこと。」等の注意指導のコメントを記入することはあっても,進歩や成長を褒めたり,努力したことを評価するようなコメントを付することがなかった。

ウ 勤務態度等

(ア) 亡Bの勤務態度は,他の従業員らが,「可もなく不可もなく普通」(証拠<省略>),「コミュニケーション能力がもっと上がれば,もっと伸びる」(証拠<省略>),「他の新入社員と比較しても普通と言った印象で,特に出来る社員と言った雰囲気ではありませんでしたが,特に出来ない社員と言う印象もありません」(証拠<省略>),「一生懸命覚えようという意思があったので,私は評価していました。」(H証言)などと述べていることからすると,一般の新入社員として標準のものであったと認めることができる。

(イ) 仕事上のミスについて

a 亡Bは,平成21年5月中旬頃,荷物を傷つけるミスをし,本件業務日誌に「自分の不注意により荷物事故を発生させてしまい大変申し訳なく思っております」,「これは自分だけの問題ではなく会社全体にも関わってくる重大なことだと自覚してこれからこのようなことがないように気を付けます」と記載した。なお,この件について亡Bが事故報告書等を作成することはなかった。

b 亡Bは,平成21年6月29日,一斗缶をぶつけるというミスをし,本件業務日誌に「今日自分で考えてみても酷いケアレスミスをしてしまった」,「所長の仰る通り自分の仕事に対する甘さが出てしまった事に他ならない」などと記載した。なお,この件について亡Bが事故報告書等を作成することはなかった。

c 亡Bは,平成21年7月4日,デッチで冷蔵庫を運搬していたところ,パレットに積まれていた段ボールに冷蔵庫の角をぶつけて段ボールに傷を付けるというミスをした。G所長代理は,亡Bに対し,反省を促すため,被告Y2宛てに事故報告書を書くよう指示した。なお,この際G所長代理は,事故報告書の体裁について具体的な指示をしなかった。

G所長代理は,亡Bからレポート用紙で作成された事故報告書の提出を受けたが,その記載内容に反省が十分表れていないと判断し,亡Bに対して事故報告書を書き直すよう指示した。

亡Bは,G所長代理から事故報告書を書き直すよう指示を受け,H係長にどのように事故報告書を書けばよいのか相談した。H係長が,亡Bに対し,被告会社における事故報告書の一般的な書式として「事故報告書」という書類があること及びその書き方を教えたところ,亡Bはこれに従い「事故報告書」(証拠<省略>)を作成した。

亡Bの前記ミスについては,被告Y2又はG所長代理が顧客に謝罪し,顧客もこれに納得したため,被告会社に金銭的な損害が発生することはなかった。

d 亡Bは,前記aないしcなどのミスのほか,伝票入力の間違いを繰り返す,荷物をぶつけたり傷つけるなど,仕事上のミスをすることは少なくなかったが,被告会社に金銭的な損害を生じさせたり,亡B自身が何らかの責任を取らされるようなミスはなく,新入社員としてよくあるような範囲内のものであった。

(6)  亡Bに対する指導及び教育について(証拠・人証<省略>,被告Y2供述)

被告会社においては,「新入社員の心得」という新入社員用のマニュアルがあるが,具体的な業務の内容や方法等に関する業務マニュアルはなく,新入社員は,配属された営業所において上司や先輩の指導を受けながら実際の仕事を行う中で仕事を覚えていくこととされていた。

a営業所においても,独自の業務マニュアル等は作成されておらず,亡Bに対する指導や教育は,実際の仕事を行う中で一緒に仕事を行う上司や先輩が口頭で指示することにより行われていた。

(7)  被告Y2の亡Bに対する叱責について(証拠・人証<省略>,被告Y2供述)

ア 被告Y2は,仕事に関して几帳面で厳しく,誰に対しても細かく指導しており,従業員を指導する際には厳しい口調で5分ないし10分程度叱責し,怒鳴ることもしばしばあった。

G所長代理,D係長,H係長,K,E及びF事務員は,被告Y2から叱責を受けることはあっても,暴力を受けたことはなく,また被告Y2が亡Bに対して暴力を振るったところを見たことはなかった。Eは,被告Y2について,あそこまで怒鳴っていて,よく暴力を振るわないなとむしろ感心していたほどであった(証拠<省略>)。

イ 亡Bは,新入社員としてよくあるような範囲内のものではあったが,業務中にミスが多く,同じようなミスを繰り返すことも少なくなかった。被告Y2は,亡Bがミスをした際には,「何でできないんだ。」,「何度も同じことを言わせるな。」,「そんなこともわからないのか。」と亡Bを叱責し,その際大体において怒鳴っていた。被告Y2は,亡Bのミスが重大であった際には,気持ちが高ぶり,「馬鹿。」,「馬鹿野郎。」,「帰れ。」などという言葉を発することもあったが,それはまれなことであった。亡Bが被告Y2から叱責を受けるのは,亡Bがミスをしたときであり,その頻度は1日に何度もあったわけではなかったが,少なくとも週に二,三回程度はあり,亡Bは被告Y2からほぼ毎日何かしらの注意を受けていた。被告Y2は,G所長代理やH係長に対して叱責することも多く,その頻度は亡Bに対する叱責よりも高かった。

ウ 亡Bは,被告Y2から叱責を受けた直後は,多少落ち込んでいる様子を見せることがあったが,数十分後には特に気にしていない様子に戻っていることが多かった。亡Bは,被告Y2から叱責を受けることについて,Eに対し「ただ怒るだけで,具体的にどうしたらよいか教えてくれない。」などと漏らしており,Eがどうすればよいか尋ねたのかと聞くと,「聞くと怒られる。」などと答えていた。

(8)  亡Bの労働時間について(甲4,28,ほか証拠・人証<省略>,被告Y2供述)

ア 被告会社の就業規則(証拠<省略>)等による労働時間等の定めは次のとおりであった。

(ア) 運転乗務員以外の者のうち,通常勤務者の就業時間は,休憩1時間を含み午前8時から午後5時までとする。ただし,業務の都合により,別表第3号に沿って,始業,終業時刻を変更することがある。その場合1時間以上2時間の範囲内で休憩時間を与えることができる(11条1項(イ))。

(イ) 運転乗務員以外の者のうち,変則勤務者の就業時間は,あらかじめ定められた勤務時間により別表第3号に沿って,始業,終業時刻及び休憩時間を定める。その場合1時間以上2時間の範囲内で休憩時間を与えることができる(11条1項(ロ))。

(ウ) 業務の都合により,組合との協定により1年単位の変形労働時間制をとることがある。この場合,労使協定により1年以内の期間を平均して1週間の労働時間が40時間を超えない範囲で,1日10時間,1週52時間までを限度として,各日・各週の労働時間を定めるとともに,変形期間の初日を起算日とする1週間ごとに毎週1日以上の休日を定めるものとする(12条)。

(エ) 公休日は4週につき4日(原則として日曜日とする。),特定休日は年末年始5日間,国民祝祭日(日曜日と重複した場合はその翌日),国民の休日1日(9月22日),週休は5月が1日間,9月及び11月が2日間,12月が3日間,2~4月,7月,8月及び10月は4日間,6月は5日間であり,原則として会社が指定する土曜日とし,特定休暇は夏季休暇が3日間(7~9月の各月に1日),指定休暇が1日間(原則として会社が指定する土曜日),年末休暇が1日間(12月30日)とする(15条)。

(オ) 業務の都合により,休日及び特定休日を他の日と振り替えて勤務させることができる(16条)。

(カ) 会社は,業務上必要がある場合あらかじめ組合との協定に基づき,休日出勤又は時間外勤務をさせることがある(17条)。

(キ) a営業所は,組合との間で労働基準法36条に基づくいわゆる36協定を締結し,b労働基準監督署に届け出ていた(証拠<省略>)。

イ 出勤簿(甲4,28,ほか証拠<省略>)について

a営業所においては,従業員ごとに作成された出勤簿が被告Y2の机の上に置かれており,被告Y2を除く従業員は,自分の出勤簿の「出退時刻」に手書きで毎日の始業時間及び終業時間を記入していた。各従業員は,始業時間は毎朝出勤した際に,終業時間は業務を終えた際に記入することが多かったが,特に終業時間については帰宅する際に記入し忘れることも多く,忘れた場合には翌朝等に記入するなどしていた。

被告Y2は,各月末に従業員の出勤簿を回収し,各日ごとに設けられている「確認印」の欄に被告Y2の印鑑をひと月分まとめて押し,各従業員の時間外労働時間を計算した。その上で,被告Y2は,c主管支店に各従業員の出勤日及び時間外労働時間を報告していた。

ウ 出勤後朝礼までの時間について

亡Bの出勤簿(甲4,28)及び本件業務日誌(証拠<省略>)によれば,亡Bは,平日の朝は遅くとも午前8時までには出勤していたと認められる。

そして,①本件業務日誌に,亡Bが平成21年5月中旬頃「朝は早めに来て出勤して掃除すること」(証拠<省略>),「朝出勤したらゴミが落ちてないか見回り」,「くもの巣を取っておく」,「掃除は外から内へする」(証拠<省略>)などと記載したり,同年6月26日以降,毎日の業務内容を列記するようになると,午前中に行った業務内容として掃除を初めに記載していること(証拠<省略>)や,②被告Y2が日頃従業員らに対して少しでもごみが落ちていると注意したり,朝早く出勤して掃除をしなければならないと指導するなど清掃について特に厳しく注意しており,従業員らは,ふだん業務中に手が空いたり汚れに気付けば清掃を行い,朝の清掃は被告Y2も含め出勤している従業員みんなで行っていたこと(証拠・人証<省略>),③G所長代理がいつも午前6時半頃から午前7時に出勤し,1時間ほど掃除を行っていたこと(G証言)などに鑑みれば,亡Bは,出勤後始業時間である午前8時半までの間掃除をしていたものと認めることができ,これは被告Y2の明示又は黙示の指示によるものというべきであるから,出勤後始業時間である午前8時半までの時間は,事実上の拘束時間として労働時間に含まれると解するのが相当である。

エ 退勤時間について

亡Bは,平成21年3月中はアルバイトとして勤務していたため残業がなかったが,同年4月以降は正社員となり,他の従業員と共に残業を行った。

a営業所においては,D係長,H係長,K及び亡Bが終業まで勤務し,同時に退勤しており,誰か1人が残って業務を行ったり,誰か1人が先に帰るということはほとんどなかった(証拠<省略>,D証言,K証言)。

オ 休憩時間について

(ア) a営業所においては,平成21年8月から休憩時間が2時間となったが(前記(4)イ(ア)),昼休み以外の1時間の休憩は時間が定められておらず,各自業務の合間を見て適宜休憩を取ることとされたものの,実際にまとまった時間の休憩を取ることは困難であり,休憩を取ることができるとしても5分や10分程度の短い時間であった(証拠<省略>)。

(イ) 亡Bは喫煙者であり,1日の業務中に1箱(20本)程度のたばこを吸っていた。亡Bを含む喫煙者は,業務の合間を見て休憩室でたばこを吸っていた。

(ウ) 休憩時間とは,労働者が労働時間の途中において休息のために労働から完全に解放されることを保障されている時間であり,単に実労働に従事していないというだけで,何かあれば即時に実労働に就くことを要する場合には,休憩時間ということはできない。

この点,平成21年8月以降,各自取ることとされた昼休み以外の1時間の休憩時間は,業務が忙しい場合には休憩を取ること自体困難であり,休憩を取ることができても業務の合間に一息つく程度のもので,何かあればすぐ業務に戻らなければならなかったものであるから,労働者が休息のために労働から完全に解放されることを保障されていたということはできず,休憩時間とみることはできない。

また,亡Bの喫煙時間についても,業務の合間を見て休憩室へたばこを吸いに行っていたものであり,休憩室が事務所やホームから近距離にあることや何かあればすぐ業務に戻らなければならなかったことからすれば(証拠<省略>),喫煙時間を休息のために労働から完全に解放されることを保障されていた時間であるということはできず,休憩時間とみることはできない。

したがって,亡Bの労働時間を算定するに当たっては,平成21年3月から同年10月までの全ての勤務日において休憩時間を1時間として計算するのが相当である。

カ 亡Bの労働時間及び時間外労働時間

前記アないしオによれば,亡Bの出退勤時間,労働時間及び時間外労働時間は別紙3「認定労働時間表」の「認定拘束時間」欄,「認定実労働時間」欄及び「認定時間外労働時間」欄記載のとおりであると認めることができる。

以下,その認定理由を補足的に説明する。

(ア) 平成21年4月4日について

亡Bの出勤簿(甲4,28)においては,平成21年4月4日は週休とされ,出退時刻の記入もないが,原告X2が,亡Bから同日に引っ越しの手伝いをし,手渡しで現金8000円を受け取った旨聞いているところ(証拠<省略>),4月は引っ越しシーズンであるため従業員がアルバイトとして働くことがあり,賃金は一律に8000円となっていること(証拠<省略>)に照らせば,亡Bは同日引っ越しのアルバイトをしたと認めるのが相当である。

労働時間については,亡Bが平成21年3月24日から31日までアルバイトとして午前8時30分から午後5時30分まで労働したこと(証拠<省略>)に照らし,休憩時間として1時間を控除した8時間を労働時間と認めるのが相当である。

(イ) 平成21年7月15日について

亡Bの出勤簿(甲4,28)においては,平成21年7月15日は週休とされ,出退時刻の記入もない。しかしながら,本件業務日誌(証拠<省略>)に,亡Bが平成21年7月15日の業務内容の他,「デッチの使い方を直すこと」,「冷蔵庫のナンバーが見えないものは控えておく」,「マルハを仕別けた伝票には自分のサインを書く」と記載し,同日の記載に対して被告Y2の印鑑が押印されていることからすれば,亡Bが同日出勤したと認めるのが相当である。

出勤時間については,本件業務日誌に午前中の業務内容として「掃除」が記載されていることから,亡Bは遅くとも午前8時までには出勤し掃除を始めたと認められる。退勤時間については,前記エのとおり,亡Bは通常,H係長及びD係長とともに終業まで勤務していたところ,平成21年7月15日のH係長の退勤時刻が午後9時30分(証拠<省略>),同日のD係長の退勤時刻が午後10時10分であること(証拠<省略>),亡BはD係長と共に家電リサイクル業務を担当していたことに鑑み,午後10時10分を亡Bの退勤時間と認めるのが相当である。

(ウ) 平成21年8月12日から同年9月9日までの退勤時間について

亡Bは,平成21年8月12日以降,本件業務日誌に1日の業務内容を出勤から退勤まで時間ごとに記載するようになった。亡Bが出勤簿(甲4,28)に記載した退勤時刻と本件業務日誌に記載した退勤時刻は,平成21年9月9日までは概ね一致しているものの,10分ないし20分程度のずれのある日が数日あると認められる。

この点,出勤簿は月末に被告Y2に提出して給与算定の基礎になるものであり,被告Y2の机の上に置かれてあり,各従業員が退勤時に記載することが多かったものであること及び亡Bの本件業務日誌の記載を見ると,1時間ないし30分間刻みで時間を記載していたと認められることから,亡Bが出勤簿に記載した退勤時間がより正確な時刻であると認められる。

よって,平成21年8月12日から同年9月9日までの退勤時間は,出勤簿(甲4,28)の退勤時間により認定する。

(エ) 平成21年8月12,19日,同年9月2,10,16日の休憩時間について

亡Bは,平成21年8月12日以降,本件業務日誌に毎日の業務内容を出勤から退勤まで時間毎に記載するようになり,同年9月10日及び午後からの出勤であった同月16日を除いて,必ず昼食休憩の時間帯に「昼食」と記載し,さらにそのうちの大半の日については午後0時から午後1時までを「昼食」と記載しているところ,同年8月12日,同月19日及び同年9月2日については昼食休憩を30分間と記載しているか,又は午後0時から午後1時までの時間帯に「昼食」に加えて業務内容を記載していることから,休憩時間は30分間であり,残り30分間は業務に従事していたと認めるのが相当である。

また,前記のとおり,平成21年9月10日は昼食休憩の記載がなく,同月16日は後記(キ)のとおり本件業務日誌における記載によれば午後からの出勤であり休憩がなかったと認められるから,両日の休憩時間は0時間と認めるのが相当である。

(オ) 平成21年8月13日について

亡Bの出勤簿(甲4,28)においては,平成21年8月13日は特定休日とされ,出退時刻の記入もない。しかしながら,亡Bは,平成21年8月13日午後3時25分に,同期の被告会社社員であるL(以下「L」という。)から「仕事終わったの!?今△△だよ」というメール(証拠<省略>)及び同日午後11時59分に「15日に会おうな仕事だから仕方ないけどBと一緒に△△これなかったのは残念だょ」というメール(証拠<省略>)を受信していること,また同日a営業所に搬入されたリサイクル家電は316個であり,同日前後の平日における搬入数と比較しても相当程度業務が多忙であったことがうかがわれるにもかかわらず,被告Y2,G所長代理,H係長,D係長及びKの出勤簿においても同日は特定休日とされ,出退時刻の記入がないこと(証拠<省略>)からすれば,亡Bが同日出勤したと認めるのが相当である。

労働時間については,平成21年8月13日前後でリサイクル家電の搬入数が同程度である同月11日(搬入数323個)の亡Bの出勤時刻が午前8時,退勤時刻が午後10時10分であり,同月20日(搬入数298個)の亡Bの出勤時刻が午前8時,退勤時刻が午後9時50分であることに鑑み,同月13日の出勤時刻を午前8時,退勤時刻を午後10時と認めるのが相当である。

(カ) 平成21年9月10日以降同月30日までの労働時間について

亡Bは,平成21年9月10日以降同月30日まで,同月12日を除き,始業時刻及び終業時刻共に,出勤簿に初めから印字されている勤務計画どおりの始業時刻(平日の午前出勤は午前8時,平日の午後出勤は午後1時,土曜日は午前8時30分)と終業時刻(平日は午後8時,土曜日は午後7時)を記入している(甲4,28)。

他方で亡Bは,本件業務日誌には出勤簿に記載した終業時刻よりも遅い時間帯に業務を行い,その後退社した旨記載しており,出勤簿に記載された終業時間と本件業務日誌に記載された終業時間とは1時間ないし4時間半程度の差がある。また,亡Bは,本件業務日誌において,出勤簿には午前8時に出勤したと記入した平成21年9月16日については午前の業務の記載をせずに午後1時以降の業務のみ記載し,また出勤簿には午後1時に出勤したと記入した同月17日については,午前8時からの業務を記載した。

この点,①平成21年9月10日以降同月30日までの期間において,亡Bがa営業所の他の従業員よりも早く退社したことをうかがわせる事情はなく,亡Bは従前どおりD係長,H係長及びKと共に業務を行い同時に退社していたと認められるところ,亡Bが本件業務日誌に記載した終業時間は,D係長,H係長及びKの出勤簿(証拠<省略>)における退社時間とほぼ同じ時刻となっていること,②本件業務日誌には日々行った業務が具体的に記載されており,亡Bが毎日業務終了後や翌日の朝などに記載していたものとうかがわれ,記載内容の正確性が担保されていることからすれば,亡Bは,その理由は不明であるが,平成21年9月10日以降同月30日まで,実態とは異なるにもかかわらず出勤簿には勤務計画どおりの始業時刻及び終業時刻を記入し,実際には本件業務日誌に記載したとおりの業務を行ったと認めるのが相当である。

したがって,平成21年9月10日以降同月30日までの労働時間は,亡Bが本件業務日誌に記載した始業時刻及び終業時刻により認定する。なお,平成21年9月12日については,亡Bは出勤簿及び本件業務日誌共に始業時間を午前8時,終業時間を午後5時と記載していることから,同時刻を始業時刻及び終業時刻と認める。

(キ) 平成21年9月11日について

亡Bの出勤簿(甲4,28)において,平成21年9月11日は始業時間が午前8時,終業時間が午後8時と印字されているが,亡Bは出退時刻に記入をしなかった。しかし,本件業務日誌には平成21年9月11日の業務内容が記載されているから,亡Bは同日出勤し業務に従事したものであるが,出勤簿への記載を忘れたものと認めるのが相当である。

労働時間については,亡Bが本件業務日誌に午前8時に出勤して業務を開始し,午後11時30分まで業務を行い退社したと記載していることから,始業時間を午前8時,終業時間を午後11時30分,休憩時間を1時間と認めるのが相当である。

(ク) 平成21年10月1日から同月6日について

平成21年10月1日から同月6日については,甲第4号証には出退時刻の記入がなく,甲第28号証の記入は亡Bの筆跡であると認めることができない。

他方,亡Bは本件業務日誌に平成21年10月1日から同月5日の始業時間から終業時間までの業務内容を時刻と共に記載しているから,同期間の労働時間については本件業務日誌の記載によって認めるのが相当である。

なお,平成21年10月6日については,本件業務日誌に記載がなく,後記(8)のとおり,亡Bは午後1時から業務に従事し,午後10時30分頃に退社したと認めることができる。

(9)  平成21年10月6日から同月7日について(証拠・人証<省略>,被告Y2供述)

ア 平成21年10月6日について

(ア) 亡Bは午後0時45分ないし午後1時頃に出勤した。亡Bは,a営業所に車で出勤した際,アクセルをふかして入ってきたため,それを見ていたH係長は危ないと感じた。

(イ) 亡Bは,午後0時50分,Jから送信された「くそまじめに辞めたくなった。一時間半前」とのメールに対し,「命令するだけの人に限界はない。割り切ろう。そんな上司になるまいと反面教師に」とのメールを送信した(証拠<省略>)。

(ウ) 亡Bは,午後1時からリサイクル家電業務を行い,その後,フォークリフトでカゴを運んだが,その運転は今までになく荒っぽい運転であり,テレビが倒れてブラウン管が割れるなどした。その後,亡Bが割れたブラウン管を手で片付けていたため,D係長が危ないと注意したにもかかわらず,亡Bは最後まで手で片付けを行った。

(エ) 亡Bは,午後5時頃,D係長のところへにこにこしながら近付き,「テレビの数を間違えたみたいですー。あと見といて下さい。ちょっとわかんないですー。」などと述べた。D係長は,亡Bから酒の臭いがしたためおかしいと感じ,亡Bに近付いて亡Bの口の臭いを嗅いだところ,酒の強い臭いがした。そのためD係長は,亡Bに対し,「お前,酒飲んでんか。」と問いただしたところ,亡Bは最初はとぼけていたが,その後「朝,8時頃に,焼酎を生で飲みました。」と答えた。

D係長は,亡Bに対し,被告Y2に報告するよう指示し,午後7時頃に亡Bに確認したところ,亡Bは被告Y2に報告したと答え,「始末書を出せと言われた。」などと落ち込んだ様子であった。

ところが,D係長が午後8時頃に被告Y2に対して確認したところ,亡Bからは何の報告も受けていないと被告Y2から言われた。そのためD係長は,被告Y2に対し,「Bから酒の匂いがしたので,聞いたところ,午前8時頃に飲んだと言っていた。」と報告した。

(オ) 被告Y2は,D係長からの報告を受け,亡Bに対し,「私に何か報告はないのか。」と尋ねたが,亡Bは被告Y2の問い掛けを無視して作業を続けようとした。そこで被告Y2が再び,「D係長から聞いているが,何か話すことはないのか。」と尋ねたが,亡Bは再度被告Y2の問掛けを無視した。

そこで,被告Y2は,亡Bに対し,「お酒を飲んで出勤し,何かあったり,警察に捕まったりした場合,会社がなくなってしまう。」,「そういった行為は解雇に当たる。」などと強く叱責した。

(カ) 亡Bは,Eに対し,「朝,焼酎を4杯飲んで来た。」と言い,「首ですよね。」,「自分のことを会社はどう思っているのか。」などと述べて解雇されることを気にしており,転職に対する不安を漏らしていた。

(キ) 亡Bは,午後10時04分,Mに電話をし「酒臭いと言われ,怒られた。もう会社にはいられない。どうしたらいいかわからない。」と言った。これに対し,Mが,「Dさんから所長に報告するように言われたのにどうして報告しなかったの。」と尋ねると,亡Bは,「怖くて言えなかった。」,「前の日に嫌みを言われてむしゃくしゃして飲んだ。二日酔いだったかも知れない。」などと述べた。

(ク) G所長代理は,落ち込んでいる様子の亡Bに対して,「仕事中にお酒が匂うような飲み方をするのは論外だ。」,「今日は先にもうあがれ。」と声を掛けたところ,亡Bは午後10時30分頃に退勤した。

(ケ) 亡Bは,午後11時5分,親しくしていた運転手のN(以下「N」という。)に対し,「明日辞表出します 申し訳ないです」とのメールを送信した。これに対して,Nが「辞めるんかぁ?」と返信したところ,亡Bは,「もう居づらいですし自業自得で情けないです 言い訳できません Nさん大好きでした」とのメールをNに送信した。Nは,亡Bに対し,午後11時37分に「何か悩み事でもあるんか?」とのメールを送信したが,その後亡Bからの返信はなかった。

イ 平成21年10月7日

(ア) 亡Bは,午前7時22分頃,H係長の携帯電話に電話をし,「私のことは,みんなにどのように思われているんでしょうか。」,「僕はどうすればいいんでしょうか。」などと述べた。この際の亡Bの口調はしどろもどろであり,呂律が回っていない様子であった。これに対して,H係長は,「何のことを言ってるんだ。みんな悪く思っているはずがない。何バカなことを言っているんだ。」,「会社に来い。」と言った。しかし,亡Bは午前8時30分を過ぎても出勤しなかった。

(イ) G所長代理が,午前9時30分過ぎ頃,亡Bのアパートへ行き,合鍵でドアを開けて部屋をのぞいたところ,亡Bがドアのストッパーに紐をかけて首を吊っているのが見えた。

(ウ) 亡Bは,縊死により平成21年10月7日午前9時死亡(推定)と検案され,遺書等は確認されなかった。

(10)  本件自殺に至るまでの亡Bの言動について(証拠・人証<省略>,原告X2供述,原告X1供述)

ア 平成21年7月30日

亡Bは,本件業務日誌に,「Y1社の志望理由飯を食うため」と記載した(証拠<省略>)。

イ 平成21年9月頃

亡Bは,平成21年9月頃,被告Y2から「今度何かやったら首だ。」と叱責を受け,被告会社から解雇されることを心配しており,Eに解雇や転職の不安を漏らしていた。Eは,亡Bに対し,自ら退社することはやめた方がよいとアドバイスしていた。

ウ 平成21年9月10日又は同月16日

亡Bは,平成21年9月10日及び同月16日は午後1時からの勤務であったが(別紙3参照),そのいずれかの日に,出勤前に焼酌を飲んできており,顔色が赤かった。亡Bは,Eに対して出勤前に酒を飲んだ旨話した。

エ 平成21年9月13日

亡Bは,午後2時頃,「高速道路に乗ったら実家まで来てしまった。2時間半で着いた。」と言って,原告らに前触れもなく突然,約300km離れたe県にある実家に自動車で帰った。亡Bは,約20分実家で食事を取った後,渋滞により約5時間半掛けてt市に戻った。

オ 平成21年9月20日から同月23日

亡Bは,平成21年9月20日から同月23日まで,Eや亡Bの同期の被告会社従業員と共に日光や東京,大阪へ旅行をした。旅行の中で,亡Bは車の中やトイレ休憩などの際にビールを飲んでおり,1日で350ミリリットルのビールを四,五本ほど飲んでいた。

カ 時期は不明であるが,亡Bは,Jに対し,仕事が厳しいという内容のメールを送っていた。

(11)  亡Bの携帯電話でのメールの送受信について(証拠<省略>)

ア 平成21年5月10日

原告X2が亡Bと電話した際,「頑張るんだよ。」との言葉を掛けたところ,その電話の後,亡Bは原告X2に対し,「毎日15時間以上働いてんのに具体的何を頑張るんだよ」というメールを送信した(証拠<省略>)。

イ 平成21年6月25日

Lは,亡Bに対し,「Bドンマイ 互いに耐えて頑張るしかないですね」とのメールを送信した(証拠<省略>)。

ウ 平成21年7月15日

Lは,亡Bに対し,「今日やっぱり出勤しているの!?」とのメールを送信した(証拠<省略>)。

エ 平成21年7月28日

Jは,亡Bに対し,「時間,真面目にヤバくないすっか?ようやるのぅ」とのメールを送信した(証拠<省略>)。

オ 平成21年7月30日

Jは,L及び亡Bに対し,「書面上土曜二度の出勤と昨日が週休扱いになってるn営業所です。どういうY1社マジックが展開されるのかのぅ」とのメールを送信した。これに対し,Lは,「昨日が週休扱いになってるけど実際は出勤でしよう!?Y1社マジック分かりますょ笑 o営業でもY1社マジックあります」とのメールをJ及び亡B宛てに送信した(証拠<省略>)。

カ 平成21年8月2日

Jは,L及び亡Bに対し,「ただ働きはさすがに辛いぜ。やってくれるぜ。Y1社。」とのメールを送信した(証拠<省略>)。

キ 平成21年8月7日

Jは,L及び亡Bに対し,「明日も出勤じゃいそれは毎度のことだが三日分休み扱いになっとるがな。来月反映されてなかったら冗談じゃねぇ Y1社クオリティとか言ってる場合じゃねぇな」とのメールを送信した(証拠<省略>)。

ク 平成21年8月13日

Lは,亡Bに対し,午後3時25分に「仕事終わったの!?」とのメールを,午後11時59分に「15日に会おうな 仕事だから仕方ないけどBと一緒に福岡これなかったのは残念だよ」とのメールを送信した(証拠<省略>)。

ケ 平成21年8月23日

Lは,亡Bに対し,午後5時20分に「何がやられたの!?」とのメールを,午後8時53分に「G代理がどうしたの!?」とのメールを送信した(証拠<省略>)。

コ 平成21年8月29日

Lは,亡Bに対し,午後5時58分に「B,何があったの!?夜仕事終わったらメールでも連絡頂戴心配だから俺から電話して話し聞くよ 何があっても俺はBの味方だし俺達同期の絆は深い」とのメールを,午後9時36分に「仕事終わったの!?」とのメールを送信した(証拠<省略>)。

サ 平成21年9月12日

亡Bは,Lに対し,「お疲れ様です 俺もうダメかも分からん」とのメールを送信した(証拠<省略>)。

シ 平成21年9月13日

亡BとJは次のとおりメールをやり取りした(証拠<省略>)。

(ア) 亡B「お疲れ様です わしそろそろクビになるかもわからん」

(イ) J「それは俺だ 約6万n営業所に損失を出してしまって叱責されたのよ」

(ウ) 亡B「どしたの」

(エ) J「重量を2,800kgを小数点とコンマを間違えたのです。3kgと入力すべきを2800kgと入力したんだ。この類が2件。」

(オ) 亡B「豪快やのオ わしもそれやって所長Y2に顔面伝票ナリ 生きている それだけでいいじゃない人間だもの みつを」

ス 平成21年9月16日

亡BとLは,次のとおりメールをやり取りした。

(ア) 亡B「Lちゃんどしたの 一緒に頑張ろう? 最近o営業所も遅いみたいですね」(証拠<省略>)

(イ) L「仕事はやく終わってもどっちみち怒られるし遅くなっても怒られる 結局怒られるしかないってつらいな」(証拠<省略>)

(ウ) 亡B「Lちゃん,結局やるしかないよね!業務内容と関係ない言葉はキニシナイ あと2日じゃけ耐えよう」(証拠<省略>)

セ 平成21年9月19日

Jは,亡Bに対し,「まいど帰らない 会社からも帰れない」とのメールを送信した。

Lは,亡Bに対し,午後8時7分に「今,仕事中だよね!?」とのメールを,午後9時22分に「今,電話無理か!?仕事終わった!?」とのメールを送信した(証拠<省略>)。

ソ 平成21年10月2日及び同月3日

Lが,平成21年10月2日午後9時27分に亡Bに対して「仕事終わっているかな!?」とのメールを送信したところ,亡Bは同月3日午前0時57分に「いまおわりました ねむい…」とのメールを返信した(証拠<省略>)。

タ 平成21年10月7日

Nは,亡Bに対し,午前8時38分に「おはよう!会社に出社しとるかぁ?」とのメールを,午後5時45分に「B返事してくれ 心配してるんでぇ」とのメールを送信した(証拠<省略>)。

チ 平成21年10月10日

Eは,亡Bに対し,「B,お前がこんなことになっても机に花も飾る事もないそんな会社だ。そんな会社の為に人生を終わらせてしまうなんてもったいなさ過ぎるよ。一緒に働いていたのに派遣の俺にはなんの話も無いから詳しいことは解らないけど仕事の事しか理由は無いよな?あの日の夜,少しでも話を聞いてあげようと連絡先を送っておくって言ったのに俺のアドレスの登録ミスで送れなかった。御免,早く送れない理由に気付けばこんな事にはならなかったかも知れないな?。二ヶ月間有難う。会社は外部の俺には何にも教えてくれないから通夜や告別式には行けそうもないけど許してや。あの世では俺が常々言ってたようにもっと上手くやれよ。じゃあな」とのメールを送信した(証拠<省略>)。

2  本件に関連する医学的知見等

(1)  労働時間と精神障害等との関係に関する知見等

ア 厚生労働省通達「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(平成23年12月26日付け基発第1226第1号。証拠<省略>。以下「認定基準」という。)

認定基準は,心理的負荷による精神障害等に係る労災請求事案の処理に当たっては,環境由来の心理的負荷(ストレス)と,個体側の反応性,脆弱性との関係で精神的破綻が生じるかどうかが決まり,心理的負荷が非常に強ければ,個体側の脆弱性が小さくても精神的破綻が起こるし,逆に脆弱性が大きければ,心理的負荷が小さくても破綻が生ずるとする「ストレス-脆弱性理論」に依拠し,①対象疾病(原則としてICD-10第Ⅴ章「精神及び行動の障害」に分類される精神障害)に該当する精神障害を発病していること,②対象疾病の発病前概ね6か月の間に,業務による強い心理的負荷が認められること,③業務以外の心理的負荷及び個体側要因により当該精神障害を発病したとは認められないこと,の要件をいずれも満たす精神障害は,労働基準法施行規則別表第1の2第9号に該当する業務上の疾病として取り扱うこととしている。

そして,精神障害の発病の有無,発病時期及び疾患名の判断は,「ICD-10 精神および行動の障害臨床記述と診断ガイドライン」(以下「診断ガイドライン」という。)に基づき行い,精神障害の治療歴のない事案については,関係者からの事情聴取内容等を偏りなく検討し,診断ガイドラインに示されている診断基準を満たす事実が認められる場合,あるいはその事実が十分に確認できなくても種々の状況から診断項目に該当すると合理的に推定される場合には,当該疾患名の精神障害が発病したものとして扱うとする。

また,業務による心理的負荷の強度の評価に当たっては,精神障害発病前概ね6か月の間に,対象疾病の発病に関与したと考えられる業務によるどのような出来事があり,また,その後の状況がどのようなものであったかを具体的に把握し,それらによる心理的負荷の強度がどの程度であるかについて「業務による心理的負荷評価表」(以下「評価表」という。)を指標として用いるとする。

評価表は,まず「特別な出来事」に該当する出来事がある場合と「特別な出来事以外」の具体的出来事がある場合に分けられ,前者については心理的負荷の総合評価が「強」と判断される。後者については,「具体的出来事」が一般的にはどの程度の強さの心理的負荷と受け止められるかを3段階で判断する「平均的な心理的負荷の強度」を前提とした上で,具体的事実関係を考慮して心理的負荷の強度が「弱」,「中」,「強」のいずれであるかを判断することとされている。

認定基準は,長時間労働について,発病前1か月間に概ね160時間を超える時間外労働を行った場合等は「極度の長時間労働」として「特別な出来事」に当たるとするほか,1か月に80時間以上の時間外労働を行った場合の平均的な心理的負荷の強度を3段階中の真ん中に位置づけ,心理的負荷の強度が「強」と判断される具体例として,①発病直前の連続した2か月間に1月当たり概ね120時間以上の時間外労働を行い,その業務内容が通常その程度の労働時間を要するものであった場合と②発病直前の連続した3か月間に1月当たり概ね100時間以上の時間外労働を行い,その業務内容が通常その程度の労働時間を要するものであった場合を挙げている。また,恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働をいう。)が認められる場合には,恒常的長時間労働の中で発生した出来事の心理的負荷をより強度なものと評価する事情として考慮される。

そのほか,業務によりICD-10のF0からF4に分類される精神障害を発病したと認められる者が自殺を図った場合には,精神障害によって正常の認識,行為選択能力が著しく阻害され,あるいは自殺行為を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害されている状態に陥ったものと推定し,業務起因性を認めるものとされている。

イ 適応障害について(証拠<省略>)

ICD-10において,適応障害は,F4の中のF43.2と分類されている。適応障害の下位概念として,短期抑うつ反応(F43.20),遷延性抑うつ反応(F43.21),混合性不安抑うつ反応(F43.22)等がある。

適応障害は,生活上の出来事や変化,例えば死別,入学,退職,職場環境の変化などの心理的・社会的ストレスに対する不適応な反応である。適応障害の起こりやすさには個体差があるが,ストレッサーがなければ発症しなかったと考えられるものである。症状は,不安,抑うつ,焦燥,過敏及び混乱などの情緒的な症状が中心であるが,不眠,食欲不振,全身倦怠感,易疲労感,頭痛,肩凝り及び腹痛などの身体症状,遅刻,欠勤,早退及び過剰飲酒などの問題行動など多様である。原因となる出来事から1か月以内に発症し,通常は6か月以上持続しないものをいう。

(2)  亡Bの精神障害発症等についての意見(証拠<省略>)

s労働局地方労災医員協議会精神障害専門部会は,平成22年9月6日,亡Bの精神障害の発病の有無と原因等について協議を行った。協議に参加した3名の医師の協議結果「Bに係る精神障害の業務起因性の医学的意見」は,次に引用するとおりである。

「1 精神障害の発病の有無

B(以下「B」という。)は,平成21年3月にi1大学j学部k学科を卒業し,平成21年4月1日付けでY1(株)に採用され,同日付けでa営業所(以下『事業場』という。)に事務職として配属された。

当該事業場は,道路貨物運送及び家電製品のリサイクル業務を主に行っていた。また,トラック運転手以外を事務職と称していた。

Bは,新規採用社員のため,主に貨物運送による伝票入力処理,受付や電話の応対等を行い,また,荷物の積み込み作業,冷蔵庫・テレビなどのリサイクル品の分別等を補助的に行っていた。

当該事業場は,6月からエコポイント制の効果から家電製品の流通と共にリサイクル業務が増加し,Bの担当業務もリサイクル業務が主たる業務となった。

7月からは,東京便の運送に伴う積み込み作業が午後8時から1,2時間割り当てられ,長時間労働が認められるようになった。

また,Bは,仕事でもミスが多く,……(黒塗り)と……(黒塗り))から度々,注意・指導を受けていた。

Bは,9月頃,……(黒塗り)に対し解雇などの不安を漏らし,生活状況においては,9月16日,午後からの出勤であったが,酒臭く……(黒塗り)に飲酒後出勤した話をし,10月6日も午後からの出勤であったが,酒臭く飲酒後の出勤を疑わせる等の病的行動が窺えた。

10月7日朝,Bから……(黒塗り)に電話があったが,Bの口調はろれつが回っておらず,しどろもどろの状態であった。その後,Bが午前9時30分を過ぎても出勤しなかったため,……(黒塗り)が,Bが居住していた社宅アパートの合鍵を持ってアパートを訪れドアの鍵を開けたところ,室内のドアクローザーにビニール紐を掛け縊死しているBが発見された。10月7日午前9時(推定)自殺と検案され,遺書等は確認されなかった。

以上のことから,平成21年9月16日頃より不安障害,病的行動等が認められ,精神障害を発病していると判断され,Bに現れた精神障害はICD-10の診断基準から判断して「F43.2適応障害」と判断できる。

2  業務要因の検討

Bは,平成21年4月に事務職として採用され,事業場に配属後,貨物運送による伝票入力処理,受付や電話の対応等を主に行い,補助的に荷物の積み込み作業,リサイクル品の分別等も行っていた。

リサイクル業務は,……(黒塗り)の下,Bも5月途中からリサイクル業務を行うようになり,6月からは,エコポイント制の効果から家電製品の流通と共にリサイクル品の搬入が増えたため,……(黒塗り)も営業の合間にリサイクル業務を行っていた。8月からは,派遣社員を配置して業務処理が行われた。

リサイクル業務は,フォークリフトによる運搬も行われたが,搬入されたリサイクル品の荷降ろし及び分別作業で,主に人力による肉体的労働であった。

リサイクル業務が増大する中,7月からは,東京便の運送に伴う積み込み作業が午後8時から1,2時間割り当てられ,深夜に及ぶ恒常的な長時間労働となった。所定時間外労働時間数は,6月100時間,7月119時間50分,8月104時間20分,9月102時間30分と恒常的な長時間労働があった。

Bは,仕事でのミスが多く,同様のミスを繰り返していたため,その都度……(黒塗り)から指導を受けていた。指導内容は,Bが同様のミスを繰り返していたことから厳しく指導することもあったが,業務指導の範疇と考えられ,対人関係のトラブルとして評価する程度までは至っていないものと判断される。

Bの出来事の心理的負荷の強度について,これを『心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針』(以下『判断指針』という。)における別表1に例示された具体的出来事に当てはめて考えれば,7月から,東京便の運送に伴う積み込み作業が,午後8時以降行われるようになった。これに伴って,深夜時間帯に及ぶ長時間の時間外労働が度々行われるようになり,出来事として『仕事の内容・仕事量の大きな変化を生じさせる出来事があった』に該当し,出来事の平均的な心理的負荷の強度は,『Ⅱ』となる。また,出来事以前からリサイクル業務に伴い,恒常的な長時間労働が認められることから出来事の平均的な心理的負荷の強度は,『Ⅲ』に修正すべきと判断される。

出来事後の状況が持続する程度は,出来事以降の業務が更に増加し,新たに派遣社員を配置するなどの対応が行われたが,業務処理のため恒常的な長時間労働が持続していたこと。また,事業場で唯一の新入社員であったことなどから,心理的負荷は相当程度過重であったと評価できる。

以上のことから,業務による心理的負荷の総合評価は「強」と判断される。

3  業務以外要因の検討

(1)  業務以外の心理的負荷の評価

Bの私生活において,ストレスとなるような出来事の有無に関して,関係者からの具体的証言は得られていない。

(2)  個体側要因の評価

精神障害と関連の深い病歴等は,確認されなかった。また,家族の精神障害の既往歴も確認されなかった。

性格傾向は,大人しいなどの証言が得られた。

4  自殺についての検討

自殺に至る経過から,『F43.2適応障害』にり患したことにより,正常な認識,行為選択能力又は抑制力が著しく阻害されていたと判断される。

5  結論

(1)  Bは,平成21年9月16日頃から精神障害を窺わせるような状態が見られるようになり,その症状,経過から,『F43.2適応障害』を発病したものと判断される。

(2)  業務による心理的負荷となる出来事については,前記2で述べたように『判断指針』別表1による総合評価は『強』であり,業務以外の精神障害を発病させるおそれのある程度の心理的負荷は認められず,個体側要因として特に評価すべきものは認められない。

(3)  以上のことから,業務による心理的負荷により『F43.2適応障害』を発病し,正常な認識,行為選択能力及び抑制力が著しく阻害され自殺したものと認められ,本件は業務上による死亡と判断される。」

3 争点1(本件自殺と業務との間の相当因果関係の有無)について

(1) 業務の過重性について

ア 業務内容の過重性

(ア) 亡Bが従事していた業務は,主として家電リサイクル業務であり,加えて適宜運輸業務を行っていた。

a営業所で扱う家電は,テレビ,薄型テレビ,冷蔵庫,洗濯機,エアコンの5品目である。業務の手順は,①持ち込まれた家電リサイクル品をトラック等から荷下ろしする,②家電の中身を伝票と照合して確認し,伝票の商品と異なる商品であれば返却する,③家電に貼られているリサイクル券と家電の内容を確認し,間違いがなければリサイクル券を剥がして受領証を客に渡す,④家電を品目毎の専用コンテナに積み込む,⑤コンテナが一杯になったらトラックに積み込む,⑥リサイクル券の控えをまとめて伝票入力する,というものである。

また,運輸業務は,衣料品や機械部品等の一般商業貨物の集配作業及び配送作業であり,その内容は,集荷車が集めてきた貨物を積み卸し,配送先方面ごとに振り分けて大型トラックへ積み込むというものである。

亡Bは,家電の受付や伝票の入力に際しミスをすることが少なからずあり,D係長は平成21年7月後半頃からは亡Bに受付業務を担当させず,被告Y2も同年5月頃から伝票の入力を亡Bにさせないようにしていたとうかがわれるから(証拠<省略>),亡Bは家電リサイクル業務については前記の作業のうち①持ち込まれた家電リサイクル品の荷下ろし,④品目毎の専用コンテナへの積込み,⑤家電で一杯になったコンテナのトラックへの積込みを,運輸業務についてはトラックからの荷下ろし,配送先ごとの振り分け及びトラックへの積み直しという作業に主として従事していたと認められる。

亡Bは,上記業務内容のうち,リサイクル家電を運搬する際にデッチを利用していたが,トラック等からの積卸しの際やリサイクル家電を重ねて積む場合にはデッチを使うことはできないため手作業で行っていた。テレビ,薄型テレビ,冷蔵庫,洗濯機及びエアコンのうち,冷蔵庫及び洗濯機は平積みされることが多かったが,テレビ,薄型テレビ,エアコン及び小型の洗濯機は2段ないし4段程度重ねて地面やコンテナに積んでいた(証拠<省略>)。

(イ) 前記の亡Bの業務内容によれば,亡Bは1日の業務のうちそのほとんどにおいて肉体労働に従事しており,特に家電リサイクル業務については相当程度重量のある家電を手作業で上げ下げしていたものであること,またいわゆるベテランの従業員であったD係長(昭和44年4月に被告会社入社)及びH係長(平成8年4月に被告会社入社)や亡Bよりも被告会社において業務経験の長いK(平成16年4月に被告会社入社)が,家電リサイクル業務について,「量が多かったら,やっぱりそれだけでも力も使いますから。」(D証言),「家電を積んだり下ろしたりする作業ですので,体力をかなり使います。」(H証言),「体力的には大変なこともあるかと思う」(K証言)などと述べていることからすると,新入社員でまだ十分に業務に習熟していなかった亡Bには家電リサイクル業務により肉体的に大きな負荷が掛かっていたと認めるのが相当である。

また,a営業所における家電リサイクル搬入数は,平成21年4月が2442個,同年5月が2381個,同年6月が3577個,同年7月が5787個,同年8月が5219個,同年9月が3900個であり,同年4月から7月にかけて大幅に業務量が増加し,同年7月及び同年8月の搬入数は同年4月と比べて2倍以上にも上っているところ,亡Bが本件業務日誌に,「いかにしてスピードを上げ正確にやるか」(同年8月3日),「宵積発送を進めるため 早く終わらせるために 荷物の段取等」(同年9月10日),「どのようにして仕事が早く終わるか」(同月16日)と記載するなど,被告Y2を始めとする他の従業員から業務を効率化し,業務密度を上げるよう指示ないし指導を受けていたとうかがわれることからすれば,家電リサイクル業務量の増大とともに亡Bの業務密度が上昇したと認めることができる。

さらに,亡Bが主に業務に従事していた場所であるホームは屋外と遮断されていない空間(証拠<省略>)であり,同所に冷房機能が付いていたともうかがわれないから,平成21年7月ないし9月頃の夏場においては,暑さによる肉体的な負荷も加わっていたと認められる。

イ 長時間に及ぶ時間外労働による負荷

(ア) 前記認定の亡Bの労働時間及び時間外労働時間によれば,亡Bが被告会社に入社した平成21年4月から本件自殺までの亡Bの時間外労働時間は,①本件自殺1か月前(平成21年9月7日~同年10月6日)が102時間30分,②本件自殺2か月前(平成21年8月7日~同年9月6日)が103時間55分,③本件自殺3か月前(平成21年7月7日~同年8月6日)が129時間50分,④本件自殺4か月前(平成21年6月7日~同年7月6日)が99時間50分,⑤本件自殺5か月前(平成21年5月7日~同年6月6日)が110時間15分,⑥本件自殺6か月前(平成21年4月7日~同年5月6日)が63時間45分であったと認めることができる。

また,亡Bが深夜10時を超えて勤務したのは,①本件自殺1か月前(平成21年9月7日~同年10月6日)が9日間,②本件自殺2か月前(平成21年8月7日~同年9月6日)が9日間,③本件自殺3か月前(平成21年7月7日~同年8月6日)が16日間,④本件自殺4か月前(平成21年6月7日~同年7月6日)が2日間,⑤本件自殺5か月前(平成21年5月7日~同年6月6日)が1日間,⑥本件自殺6か月前(平成21年4月7日~同年5月6日)が2日間であった。

(イ) 亡Bの上記時間外労働の時間数は,被告会社の三六協定に定める1か月当たりの時間外労働時間である月45時間を著しく超過している。さらに,被告会社の36協定においては,前記の目安を超えて労使が協議の上特別に延長することができる時間が月100時間(ただし6回まで)とされているが,本件自殺3か月前の亡Bの時間外労働時間はかかる100時間を優に超える129時間50分にも達しており,かつ亡Bは本件自殺5か月前からほぼ月100時間かそれを超える恒常的な長時間時間外労働に従事していたものである。

一般に,長時間労働や休日労働は心身の疲労を増加させ,ストレス対応能力を低下させ,とりわけ1か月平均の時間外労働時間が概ね100時間を超えるような恒常的な長時間労働による心理的負荷は強度であるとされていること(証拠<省略>)からすれば,亡Bが従事していた恒常的な長時間時間外労働は,それ自体で過酷な肉体的・心理的負荷を与えるものであったということができる。

ウ 被告Y2による叱責

(ア) 前記認定のとおり,亡Bは,新入社員としてよくあるような範囲内のものではあったが,業務中にミスをすることが少なからずあり,同じようなミスを繰り返すこともあったことから,被告Y2は,亡Bがミスをした際には,「何でできないんだ。」,「何度も同じことを言わせるな。」,「そんなこともわからないのか。」と亡Bを叱責していた。被告Y2は,亡Bのミスが重大であった際には,気持ちが高ぶり,「馬鹿。」,「馬鹿野郎。」,「帰れ。」という言葉を発することもあったが,それはまれなことであった。亡Bが被告Y2から叱責を受けるのは,亡Bがミスをしたときであり,その頻度は1日に何度もあったわけではなかったが,週に二,三回程度はあった。

亡Bは,被告Y2から叱責を受けることについて,Eに対し「ただ怒るだけで,具体的にどうしたらよいか教えてくれない。」などと漏らしており,Eがどうすればよいか尋ねたのかと聞くと,「聞くと怒られる。」などと答えていた。

(イ) 被告Y2の叱責の態様は,「何でできないんだ。」,「何度も同じことを言わせるな。」,「そんなこともわからないのか。」などという言葉を怒鳴るというものであり,まれに「馬鹿。」,「馬鹿野郎。」,「帰れ。」などのより厳しい言葉を怒鳴ることもあった。しかし,被告Y2が亡Bに対して叱責していたのは,亡Bが何らかの業務上のミスをしたときであり,理由なく叱責することはなく,叱責する時間も5分ないし10分程度であったこと,また被告Y2は全ての従業員に対して同様に業務上のミスがあれば叱責しており,亡Bに対してのみ特に厳しく叱責していたものではなかったこと等に鑑みると,被告Y2の亡Bに対する叱責は,必ずしも適切であったとはいえないまでも,業務上の指導として許容される範囲を逸脱し,違法なものであったと評価することはできない。

しかしながら,亡Bは,前記のとおり本件自殺3か月前には月129時間50分にも上る時間外労働時間に従事し,また本件自殺5か月前から月100時間程度かそれを超える恒常的な長時間時間外労働に従事していたものであり,そのような過酷な勤務状況の下において,被告Y2からの日常的な叱責は亡Bに相当程度の心理的負荷を与えていたというべきである。このことは,亡Bが本件業務日誌において,「ミスをしないための対策…(中略)…これで大丈夫だろうではなく必ずどこか間違っていると考え作業終了後は確認作業を意識的に増やす」(平成21年7月10日),「ミスをしないための対策は人の話しを最後まで真剣に聞いて覚えるという事と分からないことがあれば人に聞いて分からないままにせず,分かるまで必ず理解するまで質問をすること」(同月13日),「デッチを真ん中にささなかった これをいい加減な仕事という 荷物を台車に置くのは手前からこれができないということはできないということ所長」(同月22日),「何でも人に聞くのではなく自分で考えて調べてみることを心がける」(同年8月3日),「リフトで急回転するクセがあるので直しておくこと」(同月6日)などと注意を受けた事項や反省点を数多く記載しており,ミスを減らそうと努力していたにもかかわらず,その努力を評価されることもなく,主に被告Y2からの叱責のみが続いていたとうかがわれることからも認めることができる。

エ 新入社員であったことによる心理的負荷

亡Bは,平成21年3月に大学卒業後,同月末からa営業所において勤務し始めたものであり,初めての仕事や新たな人間関係に対する緊張や不安が少なからずあったと推認されるところ,新たな環境に十分に慣れていない状況の下で,前記のとおり恒常的な長時間時間外労働に従事することを余儀なくさせられたことに鑑みると,亡Bが抱いていたであろう新たな環境に対する緊張や不安は,本件自殺に至るまで解消されることはなく,亡Bの心理的負荷をより強度なものとする一つの要因となっていたと認めるのが相当である。

オ 被告Y2が亡Bに対してパワハラを行っていたとの原告らの主張について

原告らは,被告Y2が,亡Bに対し,①過剰な叱責,②本件業務日誌を通じた叱責,③暴行,④必要性のない事故報告書の作成の強要,⑤足を負傷した際の業務の強要,⑥出勤簿の不正記載の強要,⑦違法な退職勧奨等のパワハラを行っていた旨主張する。しかしながら,原告らの主張を採用することはできない。以下その理由を述べる。

(ア) 被告Y2の叱責について

被告Y2の亡Bに対する叱責は,必ずしも適切であったとはいえないまでも,業務上の指導として許容される範囲を逸脱し,違法なものであったと評価することはできないことは前記のとおりである。

したがって,被告Y2の叱責を違法なパワハラと認めることはできない。

(イ) 本件業務日誌について

被告Y2は,自らが新入社員であったときに業務日誌を書いた経験があり,また,以前勤めていた会社でも新入社員に業務日誌を書かせた経験があり,業務日誌を作成することにより,仕事を早く覚えることができるとの考えから,亡Bにも業務日誌を書くよう指導したものである(証拠<省略>,被告Y2供述)。

確かに被告Y2は,本件業務日誌における亡Bの記載に対し,「中継業務,工程を書け!!」(平成21年7月6日頃),「日誌はメモ用紙ではない!」,「書いている内容がまったくわからない!」(平成21年8月6日頃)など,厳しいコメントを記載することがあり,他方で亡Bを褒めるような内容のコメントを記載することは一切なかったものである。

しかしながら,被告Y2は,亡Bに新入社員としての成長を期待し,早く仕事を覚えてもらうため本件業務日誌を作成させたものであり,本件業務日誌の記載内容をみると,本件業務日誌は実際に亡Bの成長に役立ったと考えられること,被告Y2はほとんどの記載に対しては確認印を押していたものであり,上記のように厳しいコメントを記載することはまれであったことなどに鑑みれば,被告Y2が亡Bに本件業務日誌を作成させたことは,業務上の指導として許容される範囲を逸脱し,違法なものであったと評価することはできず,違法なパワハラには当たらないというべきである。

(ウ) 亡Bに対する暴行について

原告らは,亡Bが被告Y2から受けた暴行として,①平成21年5月15日,亡Bがパソコンの入力ミスをしたのに対し,被告Y2が亡Bに「お前ちょっとこい。」といって誰もいない倉庫へ連れていき,「お前なんかやめちまえ。」などと言いながら手で亡Bの顔を殴ったこと,②同年7月頃,亡Bがしゃがんで仕事をしていたところ,被告Y2がバインダーの角で亡Bの頭を叩いたことを主張し,原告らが本件法廷において,これに沿った伝聞供述をする。

しかし,被告Y2が本件法廷においてこれらを否定する供述をしている。そして,亡Bは,a営業所において,主にホームにおいて作業をしていたものであるところ,ホームは仕切りのない空間であって,常に他の従業員や運転手がそれぞれ業務を行っており(証拠<省略>),被告Y2が亡Bを叱責すれば他の従業員らの目や耳に触れていたものであるところ,G所長代理,D係長,H係長,K,E及びF事務員はいずれも被告Y2が亡Bに対して暴力を振るったところや亡Bが負傷した様子を見たことがないこと,また元被告会社への派遣社員であったEが,被告Y2について,あそこまで怒鳴っていて,よく暴力を振るわないなとむしろ感心していたほどであったこと(証拠<省略>),亡Bの同期の同僚であるCも,亡Bがバインダーで叩かれたというのはバインダーで頭を叩かれたということではなく,「コツコツ」と軽くバインダーで叩かれたという程度であると亡Bから聞いている旨述べており(証拠<省略>),それをもって直ちに違法な暴行に当たるとも判定し難いこと,本件自殺以前には原告らが被告Y2の暴力を問題視する言動をとったと認めるに足りる客観的証拠もないことに鑑みれば,原告らの伝聞供述のみをもって被告Y2が亡Bに対して暴行を行ったことを認めることはできず,他に被告Y2の暴行を認めるに足りる証拠はない。

(エ) 事故報告書について

亡Bは,平成21年7月4日,デッチで冷蔵庫を運搬していたところ,パレットに積まれていた段ボールに冷蔵庫の角をぶつけて段ボールに傷を付けるというミスをし,このミスについて「事故報告書」(証拠<省略>)を作成した。

亡Bが作成した事故報告書は,被告会社において5万円以上の損害が発生した場合に作成される事故報告書とは異なるものであり,G所長代理が,亡Bに対し反省を促すために作成を指示したものである。

G所長代理は,亡Bからレポート用紙で作成された事故報告書の提出を受け,その記載内容に反省が十分表れていないと判断したため,亡Bに対して事故報告書を書き直すよう指示したところ,亡Bは,H係長のアドバイスを受けて,最終的に「事故報告書」(証拠<省略>)を作成した。

この点,原告らは,被告Y2が亡Bに対して必要性のない事故報告書を繰り返し作成させた上,合理的な理由なく受領を拒否した旨主張する。

しかしながら,亡Bの前記ミスは,最終的には被告会社に損害を発生させたものではなかったものの,被告会社の重要な顧客の荷物に傷を付けるという重大なミスであったのであるから(証拠<省略>),G所長代理が亡Bに反省を促すために事故報告書の作成を指示したことが,業務上の指導として許容される範囲を逸脱し,違法なものであったと評価することはできない。

また,被告Y2が亡Bの作成した「事故報告書」(証拠<省略>)を受領しなかったことを認めることができるものの,被告Y2が亡Bに対して何度も事故報告書の書き直しを指示したり,提出の受領を拒否したことを認めるに足りる証拠はない。

よって,事故報告書に関し,被告Y2が亡Bに対して違法なパワハラを行ったと認めることはできない。

(オ) 亡Bが足を負傷したことについて

証拠(証拠<省略>)によれば,亡Bが平成21年8月28日,倒れた鉄板が足にぶつかり,足の親指を負傷したこと,昼休みの時間に病院へ行ったことが認められる。

この点,亡Bは足を引きずっており,休みたがっていたが,少なくとも事務作業に支障が出るほどのけがではなく,通常と変わらずに仕事をすることができたと認められるから,仮に被告Y2が亡Bに対して「事務でもいいから出勤しろ。」などと指示をしたのだとしても,業務上の指導として許容される範囲を逸脱し,違法なものであったと評価することはできず,違法なパワハラには当たらないというべきである。

(カ) 出勤簿について

亡Bが,平成21年9月10日以降同月30日まで,始業時刻及び終業時刻として,出勤簿に初めから印字されている勤務計画どおりの始業時刻及び終業時刻を記入したこと及び実際には亡Bは本件業務日誌に記載した始業時刻から終業時刻まで業務を行っていたと認めるのが相当であることは,前記1(8)カ(カ)のとおりである。

しかしながら,亡Bが出勤簿に実際の労働時間とは異なる勤務計画どおりの始業時間及び終業時間を記入していたのが,被告Y2の強制によるものであることを認めるに足りる証拠はなく,その理由は不明であるというほかない。

したがって,亡Bの出勤簿の記載に関し,被告Y2による違法なパワハラがあったと認めることはできない。

(キ) 退職勧奨について

原告らは,被告Y2が,平成21年10月6日,亡Bに対し,飲酒をして出勤したことについて違法な退職勧奨を行った旨主張する。

この点,確かに被告Y2は,亡Bに対して「そういった行為は解雇に当たる。」などと言って強く叱責したものであるが,被告Y2の叱責は,亡Bの行為が解雇に当たり得るほどの極めて重大な問題のある行為であることを指摘したものであって,退職勧奨には当たらないというべきであるし,実際に,飲酒をした上で車を運転して出勤したという亡Bの行動は,社会人として相当に非難されるだけでなく,被告会社が運送会社であるということからすれば被告会社の社会的信用をも大きく失墜させかねないものであったのであるから,上記のように被告Y2が亡Bに対して厳しく叱責したことが業務上の指導として許容される範囲を逸脱し,違法なものであったと評価することはできない。

よって,平成21年10月6日に被告Y2の亡Bに対する違法な退職勧奨があったと認めることはできない。

(ク) 以上によれば,原告らが被告Y2によるパワハラであると主張する事実は,いずれも認めることができず,そのほか被告Y2が亡Bに対して違法なパワハラと評価すべき行為を行ったと認めるに足りる証拠はないから,原告らの主張は採用の限りでない。

カ 小括

以上によれば,亡Bは,ただでさえ新入社員として緊張や不安が多く,強い心理的負荷が掛かっている中で,本件自殺5か月前(入社約1か月後)から月100時間程度かそれを超える恒常的な長時間時間外労働に従事させられ,本件自殺3か月前には月129時間50分にも上る時間外労働時間に従事させられ,さらには,そのような長時間労働に対して労いの言葉を掛けられることもなく,ただミスに対して被告Y2による叱責のみを受け,将来に向けた明るい展望が持てなくなっていったことがうかがわれるのであって,総合的にみて,亡Bには業務により相当程度に強度の肉体的・心理的負荷が掛かっていたものと認めることができる。

(2) 本件自殺と業務との間の相当因果関係

ア 前記(1)のとおり,亡Bには業務により強度の肉体的・心理的負荷があったと認められ,その内容及び程度に照らせば,亡Bの業務には,精神障害を発病させるに足りる強い負担があったということができる。

亡Bは,同じく新入社員であったJやLと電話やメールなどで励まし合いつつも,平成21年9月には,被告Y2から「今度何かやったら首だ。」と叱責を受け,被告会社から解雇されることを心配してEに解雇や転職の不安を漏らしており,同月12日にはLに対して「俺もうダメかも分からん」とのメールを送信し,同月13日には自動車で突然実家を訪れて20分のみ滞在してすぐ片道約300kmの距離を運転してt市に戻るという不自然な言動がみられ(原告X1供述),同月中旬の午後出勤の日には酒を飲んでから出勤し,同月20日から同月23日にEや亡Bの同期の被告会社従業員と旅行に行った際には,車の中やトイレ休憩などの際にもビールを飲んでおり,1日で350ミリリットルのビールを四,五本ほど飲んでいたものであることからすると,同年9月中旬頃には亡Bは情緒的に不安な状態にあり,過剰飲酒をうかがわせる問題行動が現れていたということができるから,この頃亡Bは既に適応障害を発病していたと認めるのが相当である。

そして,適応障害発症後も,亡Bは引き続き長時間の時間外労働への従事を余儀なくさせられ,適応障害の状態がより悪化していったものと考えられるところ,平成21年10月6日,午後出勤の前に飲酒をするという問題行動を再び起こし,これが被告Y2を始めa営業所の従業員に知られるところとなったことにより,従前亡Bの情緒を不安定にさせていた解雇の不安が増大し,それまでに蓄積していた肉体的・精神的疲労と相まって,亡Bは正常な認識,行為選択能力及び抑制力が著しく阻害された状態となり,自殺に至ったものと推認される。

イ 他方で,業務以外に亡Bの本件自殺の要因があるかを検討するに,亡Bが仕事の悩みを打ち明けていたEは,亡Bから仕事以外の悩みを聞いたことがなく,被告会社に入社して以来亡Bが親しく付き合っていたJも亡Bから仕事の愚痴等は聞いたことがあるものの,その他の悩みを聞いたことがなかったと認められ,a営業所における他の従業員や原告らの供述内容等に鑑みても,亡Bには,借金,病気,家族,交友関係におけるトラブルその他の個人的な悩みなど,一般的に自殺の原因となりうるような業務外の要因の存在をうかがわせるに足りる証拠はない。

ウ 以上によれば,亡Bは,本件自殺3か月前には月129時間50分にも上る時間外労働時間に従事し,また本件自殺5か月前から月100時間程度かそれを超える恒常的な長時間の時間外労働に従事していたことに加え,内容的にも肉体的・心理的負担を伴う業務に従事し続けたこと,さらには被告Y2による叱責や新入社員としての緊張や不安が亡Bの心理的負荷を増加させたことによって,相当程度に強度の肉体的・心理的負荷が継続的に掛かった結果,平成21年9月中旬頃に適応障害を発病し,適応障害発症後も引き続き長時間の時間外労働への従事を余儀なくさせられ,適応障害の状態がより悪化する中で,同年10月6日,午後出勤の前に飲酒をするという問題行動を起こし,これが被告Y2を始めa営業所の従業員に知られるところとなったことにより,従前亡Bの情緒を不安定にさせていた解雇の不安が増大し,それまでに蓄積した疲労と相まって,亡Bは正常な認識,行為選択能力及び抑制力が著しく阻害された状態となり,自殺したものであり,このような経過及び業務以外に特段の自殺の動機の存在がうかがわれないことからして,本件自殺は亡Bの業務に起因するものであったと認めるのが相当であるから,本件自殺と業務との間には相当因果関係があるということができる。

4  争点2(被告会社の安全配慮義務違反の債務不履行又は不法行為の有無)について

(1)  予見可能性の有無について

ア 労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして,疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると,労働者の心身の健康を損なう危険のあることは,周知のところであり,労働基準法の労働時間制限や労働安全衛生法の健康管理義務(健康配慮義務)は,上記の危険発生防止をも目的とするものと解されるから,使用者は,その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する義務を負うと解するのが相当である。そして,使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は,使用者のこの注意義務の内容に従ってその権限を行使すべきである(最高裁判所平成12年3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁参照)。

適応障害の発症及びこれによる自殺は,長時間労働の継続などにより疲労や心理的負荷等が過度に蓄積し,労働者が心身の健康を損なう態様の一つであるから,使用者はそのような結果を生む原因となる危険な状態の発生自体を回避する必要があるというべきである。すなわち,労働者が死亡した事案において,事前に使用者側が当該労働者の具体的な健康状態の悪化を認識することが困難であったとしても,これを予見できなかったとは直ちにいうことができないのであって,当該労働者の健康状態の悪化を現に認識していたか,あるいは,それを現に認識していなかったとしても,就労環境等に照らし,労働者の健康状態が悪化するおそれがあることを容易に認識し得たというような場合には,結果の予見可能性が認められるものと解するのが相当である。

イ これを本件についてみるに,被告会社又はa営業所における従業員の労務を管理し亡Bに対して業務上の指揮監督を行っていた被告Y2は,本件自殺までに亡Bの具体的な心身の変調を認識し,これを端緒として対応することが必ずしも容易でなかったとしても,前記のとおり,亡Bは,本件自殺5か月前から月100時間程度かそれを超える恒常的な長時間時間外労働に従事していたことに加え,その業務内容は肉体的に大きな負荷が掛かるものであり,被告会社に入社した途端このような過酷な労働にさらされ,かつ被告Y2から日常的に叱責を受けていたことにより,過度の肉体的・心理的負担を伴う勤務状態において稼働していたのであって,被告会社及び被告Y2において,かかる勤務状態が亡Bの健康状態の悪化を招くことは容易に認識し得たということができる。したがって,被告会社及び被告Y2には,結果の予見可能性があったと認めることができる。

(2)  被告会社の責任について

ア 本件において,被告会社は,使用者として亡Bを従事させていたものであり,また被告Y2は被告会社に代わって亡Bに対し業務上の指揮監督を行っていたものであるところ,亡Bは本件自殺5か月前から月100時間程度かそれを超える恒常的な長時間の時間外労働に従事していたのであるから,適宜,a営業所における業務の状況や時間外労働など亡Bの就労環境を確認し,さらには,亡Bの健康状態に留意するなどして,亡Bが過剰な時間外労働をすることを余儀なくされ心身に変調を来すことがないように注意すべき義務があったというべきである。

イ 被告会社の措置が不十分であったこと

被告会社は,平成21年4月頃以降,a営業所における業務量が増大し,亡Bを含む従業員の時間外労働時間が長時間に上っていることを認識していたことから,同年6月からはKを,同年8月からは派遣社員のEをa営業所勤務とし,また同月以降1日の休憩時間を2時間として,午後0時から午後1時まで以外に午後6時頃の時間帯に1時間の休憩を取るように指導したものである。

しかしながら,亡Bの時間外労働時間は,KやEがa営業所において勤務し始めて以降も月100時間を超え,長時間の時間外労働が解消されることはなかった。また,休憩時間については業務が忙しい場合には休憩を取ること自体困難であり,休憩を取ることができても業務の合間に一息つく程度のもので,何かあればすぐ業務に戻らなければならなかったものであるから,昼休み以外の1時間を休憩時間とみることができないことは前記1(8)オのとおりである。

加えて,a営業所においては平成21年10月以降,それまでAグループ及びBグループに分かれていた業務が一緒になることとなったため,家電リサイクル業務の業務量がより一層増加することが予想されていたところであったことにも鑑みれば,被告会社が執った上記措置は,いずれも亡Bの業務上の負担を軽減するために適切かつ十分なものであったとは評価することができない。

ウ 不法行為における過失(注意義務違反)について

上記のとおり,被告会社は,新入社員である亡Bを過重な長時間労働に従事させた上,被告Y2からの日常的な叱責にさらされるままとし,過度の肉体的・心理的負担を伴う勤務状態に置いていたにもかかわらず,亡Bの業務の負担や職場環境などに何らの配慮をすることなく,その長時間勤務等の状態を漫然と放置していたのであって,かかる被告会社の行為は,不法行為における過失(注意義務違反)を構成するものというべきである。

したがって,上記被告会社の注意義務違反により亡Bが本件自殺に至ったのであるから,被告会社は不法行為責任を負うというべきである。

5  争点3(被告Y2の不法行為の成否)について

(1)  原告らは,被告Y2が,a営業所の労働環境を改善し,あるいは,亡Bの労働時間,勤務状況等を把握して,亡Bにとって長時間又は過酷な労働とならないように配慮するのみならず,亡Bの業務の遂行に伴う疲労や心理的負担等が過度に蓄積して亡Bの心身の健康を損なうことがないように注意し,それに対して適切な措置を講ずべき義務に違反したものであり,当該被告Y2の行為は亡Bに対する不法行為に当たると主張する。

(2)  しかしながら,原告らの主張を採用することはできない。その理由は以下のとおりである。

ア 確かに,被告会社は,亡Bの使用者として,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して亡Bの心身の健康を損なうことがないように注意する義務を負い,被告Y2は,被告会社に代わって亡Bに対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者として,被告会社の同注意義務の内容に従ってその権限を行使すべき義務(以下「本件義務」という。)を負っていたものである。

イ(ア) この点,被告Y2は,a営業所における業務量の増加に伴い,平成21年5月頃までに,被告Y2の上司に当たるI支店長に対してa営業所の従業員の増員を要請し,その結果,同年6月にKがl営業所からa営業所へ異動となり,同年8月には派遣社員のEが新たにa営業所において勤務することとなったこと,同年8月には,被告会社が被告Y2に対し,a営業所における休憩時間を昼休みの1時間のほかにもう1時間取るように指導したため,被告Y2はa営業所の従業員に対し,業務に余裕ができやすい夕方の時間帯などに各自適宜休憩を取るように指導したことが認められる。

(イ) また,被告Y2は,毎月末に各従業員から出勤簿の提出を受け,従業員の出勤日及び残業時間をc主管支店に報告していたものであるところ,証拠(甲4,ほか証拠<省略>)によれば,D係長,H係長,K及び亡Bの残業時間につき,次のとおり報告したものと認められる。

① 平成21年4月 D係長65時間,H係長72時間,亡B66時間

② 平成21年5月 D係長60時間,H係長64.5時間,亡B69.5時間

③ 平成21年6月 D係長61時間,H係長71時間,K78時間,亡B76時間

④ 平成21年7月 D係長92.5時間,H係長100.5時間,K100.5時間,亡B109.5時間

⑤ 平成21年8月 D係長70.5時間,H係長60時間,K71.5時間,亡B79時間

⑥ 平成21年9月 D係長69.5時間,H係長89.5時間,K78時間,亡B52時間

(ウ) 平成21年5月頃までに被告Y2からa営業所における従業員の増員の要請を受け,また毎月被告Y2から上記(イ)の報告を受けていた被告会社としては,同年6月からKを,同年8月からEをa営業所に勤務させてもなお,a営業所における従業員の長時間時間外労働が解消されていないことを認識することができたということができる。

そして,被告Y2に,被告会社における人員配置の権限があったとは認められないことや,亡Bの同期入社社員のメールからみて被告会社の他の営業所においても報告とは異なる長時間労働が常態化していたものとうかがわれることからすれば,被告Y2としては,被告会社に対してa営業所における従業員の増員を要請し,その後も毎月の残業時間の報告によってa営業所における従業員の長時間時間外労働が解消されていないことを被告会社に認識させていたことをもって,被告Y2の権限の範囲内で期待される相応の行為を行っていたと評価することができ,被告Y2が本件義務に違反したとまでいうことはできない。

(エ) また,前記3(1)オのとおり,本件において,被告Y2が,亡Bに対し,業務上の指導として許容される範囲を逸脱し,違法なものであったと評価するに足る行為をしたと認めるに足りる証拠はない。

ウ 以上によれば,本件において,被告会社が亡Bに対する安全配慮義務違反の不法行為に基づく損害賠償債務を負うことのほかに,被告Y2が亡Bに対して不法行為法上の責任を負うものと認めることはできない。

6  争点4(損害)について

(1)  死亡による逸失利益 4679万0523円

ア 基礎収入 529万8200円(平成21年賃金センサスによる男性学歴計全年齢平均年収)

イ ライプニッツ係数 17.6628(本件自殺当時22歳11か月。労働能力喪失期間44年に対応する数額)

ウ 生活費控除率 50パーセント

エ 計算式 529万8200円×17.6628×(1-0.5)=4679万0523円

オ 補足説明

原告らは,逸失利益の算定における基礎収入につき,亡Bが大卒者であることから男性大卒全年齢平均年収によるべきであると主張する。

しかしながら,被告会社における給与体系(証拠<省略>)が男性大卒全年齢平均年収よりも相当程度低い水準であることに鑑みれば,本件については男性学歴計全年齢平均年収を基礎収入とするのが妥当である。

(2)  慰謝料 2200万円

亡Bの年齢,亡Bが本件自殺に至った経緯,被告会社の安全配慮義務ないし注意義務違反の態様,その他本件に現れた一切の事情を考慮すると,亡Bの慰謝料として2200万円を認めるのが相当である。

(3)  過失相殺 過失相殺をしない。

被告会社は,亡Bが飲酒をして出勤し,その報告も怠ったことで被告Y2から叱責を受けるに至り,自ら命を絶ったという本件の経緯を考慮すれば,相当の過失相殺がされるべきである旨主張する。

この点,確かに,飲酒をした上で車を運転して出勤したという亡Bの行動は,社会的にも相当に非難されるべき問題行動であり,被告会社が運送会社であるということからすればなおさらその問題性を重視すべきものである。しかしながら,前記3で説示したとおり,亡Bは平成21年9月中旬頃一般に過剰飲酒等の問題行動が見られる適応障害を発症したところ,午後出勤の前に飲酒をしたという同月10日又は16日以前には,飲酒に関連して問題行動と評価できるような行為をしたとは見受けられないのであり,同日の出勤前の飲酒や本件自殺前日の出勤前の飲酒も,適応障害を発症したことによる問題行動と評価できる。そして,業務の負荷以外の私的な出来事や個体側の要因に起因してこのような問題行動に至ったとはいえないことからすれば,亡Bの当該問題行動それ自体が,被告会社の業務に起因して発病した適応障害の症状の一つであると評価すべきであり,同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れた亡Bの性格により,このような問題行動に至ったとは評価できず,これを亡Bの過失として評価することはできないというべきである。

そのほか,本件に現れた一切の事情を考慮しても,本件において過失相殺を認めることはできない。

(4)  損益相殺

原告らは,平成22年11月30日,b労働基準監督署長から,労働者災害補償保険法に基づく遺族補償一時金837万6000円及び葬祭料56万6280円の支給を,また,労働者災害保険特別支給金支給規則に基づく遺族特別支給金300万円及び遺族特別一時金13万6000円の支給を,それぞれ受けたことが認められる(証拠<省略>)。

このうち,労働者災害保険特別支給金支給規則に基づく遺族特別支給金及び遺族特別一時金は,労働福祉事業の一環として,被災労働者の援護等によりその福祉の増進を図るために行われるものであり,被災労働者の損害を填補する性質を有するということはできないから,原告らが受領した遺族特別支給金及び遺族特別一時金を損害額から控除することはできないというべきである(最高裁判所平成8年2月23日第二小法廷判決・民集50巻2号249頁参照)。

また,原告らは,被告会社に対し,葬祭料を請求していないから,原告らがb労働基準監督署長から受給した葬祭料を損害額から控除することもできない。

したがって,本件においては,原告らが受給した遺族補償一時金837万6000円のみが亡Bの死亡逸失利益4679万0523円について損害を填補するものと認められるから,これを不法行為に基づく損害賠償請求権の遅延損害金から充当するのが相当である。

被告会社の原告らに対する不法行為に基づく損害賠償債務は,不法行為の日である平成21年10月7日に発生し,かつ何らの催告を要することなく遅滞に陥ったものであるから,原告らが遺族補償一時金を受給した平成22年11月30日までに発生した亡Bの死亡逸失利益4679万0523円についての遅延損害金(420日間分)は,269万2057円であると認められ,遺族補償一時金837万6000円をまず遅延損害金に充当した上,その残額568万3943円を亡Bの死亡逸失利益4679万0523円に充当すると,残額は4110万6580円となる。

よって,亡Bの被告会社に対する損害賠償請求権は,亡Bの死亡逸失利益残元金4110万6580円及び亡Bの慰謝料2200万円の合計6310万6580円となる。そして,原告らは亡Bの前記損害賠償請求権をそれぞれ2分の1の割合で相続したから,原告らの相続額は各自3155万3290円となる。

(5)  弁護士費用

本件の事案の性質,審理の経過等を考慮すると,弁護士費用として630万円を認めるのが相当であり,原告らはこれを等しい割合で負担したものである。

(6)  以上の損害額を併せると,原告らは,被告会社に対し,不法行為に基づく損害賠償請求権として,各自3470万3290円及び内金1415万円に対する平成21年10月7日から,内金2055万3290円に対する平成23年12月1日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。

第4結論

以上によれば,原告らの被告らに対する請求は,原告らが各自被告会社に対し,3470万3290円及び内金1415万円に対する平成21年10月7日から,内金2055万3290円に対する平成23年12月1日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でそれぞれ理由があるからその限度で認容することとし,その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 齊木教朗 裁判官 荒谷謙介 裁判官 遠藤安希歩)

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