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仙台地方裁判所 平成22年(ワ)2349号 判決 2012年9月13日

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は,原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告は,原告Aに対し,800万円及びこれに対する平成21年3月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は,原告Bに対し,100万円及びこれに対する平成21年3月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被告は,原告Cに対し,100万円及びこれに対する平成21年3月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,被告の設置,管理に係る仙台市立病院(以下「被告病院」という。)産婦人科において出生した原告Aと,同人の父母である原告B,原告Cが,被告に対し,原告Aが出生当日中に被告病院内で呼吸停止状態に陥り,低酸素性虚血性脳症による四肢まひのため,身体障害等級1級に認定される後遺障害を負ったのは,①被告病院の医療従事者が,看護室で預かっていた際に原告Aの経過観察を怠ったことによるものであり,②仮に原告Aの呼吸停止状態が原告Cの授乳中に発生したとすれば,(ア)担当助産師が,原告Aを原告Cに引き渡す際に安全確認を怠ったこと,(イ)終始あるいは頻繁な監視を怠ったことによると主張して,債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償の一部(原告Aは800万円,原告C及び原告Bは各100万円)及び遅延損害金の支払を求める事案である。

1  前提事実(争いがない事実及び後掲証拠等により認められる事実-争いがない事実については特に根拠を明記しない。)

(1)  原告Aは,原告C(昭和62年(1987年)生まれ)と原告Bとの間に生まれた子であり,被告は,被告病院を設置,管理する者である(甲C1,弁論の全趣旨)。

(2)  原告Cは,平成21年3月31日(妊娠42週3日)午後3時37分(以下,特に断りのない限り,時刻は,同日の時刻をいう。),被告病院において,自然分娩で4304グラムの原告Aを出産した。

原告Aは,出生時に筋緊張がなく,全身チアノーゼと羊水混濁が見られ,喉頭展開の上吸引,酸素投与等の措置がとられたが,午後5時7分頃には酸素投与が終了され,以後,随時血糖値を測定することとされたため,当面看護室(ナースステーション)で預かることとされた。

一方,原告Cは,陣痛室(個室)に入室した。

(3)  被告病院の,同日の準夜帯(午後4時30分以降)勤務の助産師は3名であり,分娩室係(分娩室でお産の管理・介助等を担当),じょく室係(分娩室以外の入院中の妊婦・じょく婦全般の看護等を担当),新生児係(新生児室に入院した児や看護室で預かる児,母児同室の新生児を担当)に分かれて業務を担当し,D助産師(以下「D助産師」又は「担当助産師」という。)は,新生児係を,E助産師はじょく室係を担当していた(乙A3,A4,証人D,証人E)。

(4)  原告Cは,午後6時30分と午後8時過ぎの各1回,個室に連れてこられた原告Aに授乳をした。

被告病院は,上記2度目の授乳後,原告Cの休息の必要に配慮し,授乳時以外は原告Aを看護室で預かることとした。

(5)  被告病院の看護記録(「叙述的経過記録」)には,午後10時10分頃から20分頃にかけて,原告Cの個室で原告Aに授乳がされ(以下「3度目の授乳」という。),午後10時25分頃,原告Aが原告Cの下敷きになって自発呼吸がない状態で発見された旨の記載がされている。

(6)  原告Aは,午後11時30分頃,被告病院から宮城県立こども病院に向けて救急車で搬送された。

(7)  被告病院で用いている冊子「すこやかな赤ちゃんを産むために マタニティークラステキスト」(以下「マタニティークラステキスト」という,)には,新生児の授乳・排尿・排便・検温等について時系列的に記入できる書き込み欄があるが,原告Cの同テキスト書き込み欄の午後10時から午後11時の欄には,3度目の授乳がされた記載(○印)はない。

(8)  原告Aは,現在,低酸素性虚血性脳症による弛緩性四肢まひのため,定頸なく,追視が可能だが有目的運動はできず,完全経管栄養で,日常生活動作は全介助を要する状態であり,仙台市から身体障害者等級1級と認定されて身体障害者手帳の交付を受けている(甲C3,4,弁論の全趣旨)。

2  争点及び当事者の主張

本件の争点は,①3度目の授乳の不存在を前提とする,被告(被告病院の医療従事者)の注意義務違反ないし過失(被告病院の看護室における看護中の安全確認の懈怠を理由とするもの)の有無(争点1),②3度目の授乳の存在を前提とする,3度目の授乳における被告(担当助産師)の注意義務違反ないし過失(児の引渡時の安全確認又は監視の懈怠を理由とするもの)の有無(争点2),③上記①又は②に係る過失による原告らの損害の有無及び額(争点3),④過失相殺の可否(争点4)であり,これらの点に関する当事者の主張は以下のとおりである。

(1)  争点1(3度目の授乳の不存在を前提とする被告(被告病院の医療従事者)の注意義務違反ないし過失の有無)

(原告らの主張)

ア 3度目の授乳の不存在

原告Cには3度目の授乳についての記憶がなく,3度目の授乳について記載されている被告病院の看護記録は事後に作成されたものであること,原告Cについて被告病院が作成した診療録(以下単に「診療録」という。)には「20:15頃 児:状態悪化とのTEL」と記載されており,3度目の授乳の存在と矛盾する記載があること,原告Cのマタニティークラステキストには,3度目の授乳の記載がないことからすれば,3度目の授乳が行われたかについては疑問がある。

イ 被告(被告病院の医療従事者)の注意義務違反ないし過失

被告病院は,授乳時以外は原告Aを看護室で預かっており,その間,原告Aの経過を慎重に観察する義務があり,特に,原告Aは出産直後のアプガースコアが低く,蘇生措置が採られた巨大児であり,蘇生後,合併症を続発したり,低血糖になるなどの可能性があったのであるから,通常の新生児よりも慎重に観察すべきであった。

原告Aが自発呼吸のない状態になるまで,看護室における原告Aの経過観察に関する記録がなく,慎重に観察を行っていた痕跡がない以上,被告が原告Aの経過観察義務を怠っていたといわざるを得ない。

(被告の主張)

ア 3度目の授乳の不存在について

3度目の授乳が存在した事実は,診療録の記載等から明らかであり,これを虚偽であるとする客観的事情は存在しない。

原告Cは,精神科医師により意識障害,逆行性健忘,その他の原因により記憶障害が生じたと考えられる旨診断されており,原告Cに記憶がないことが3度目の授乳の不存在を証するものではない。また,「20:15頃」との診療録の記載は,蘇生措置等が一段落した時点で呼ばれた産婦人科のF医師が「23:15頃」と記載すべきところを誤記したものと推察される。また,マタニティークラステキストに3度目の授乳の記載がないのは,これを見直すたびに本件を思い出して心を痛める原告Cに配慮したこと等によるものであり,いずれも3度目の授乳がなかったことを証するものではない。

イ 被告(被告病院の医療従事者)の注意義務違反ないし過失について原告らの主張は,否認ないし争う。

(2)  争点2(3度目の授乳の存在を前提とする,3度目の授乳に際しての被告(担当助産師)の注意義務違反ないし過失の有無)

(原告らの主張)

ア 被告の安全管理義務の内容

原告らと被告との間の分娩・出産に係る準委任契約(以下「分娩・出産契約」という。)は,入院予定者に対するマタニティークラスや妊婦教室による情報提供から始まり,入院後の分娩,産後退院までの母子の健康管理,栄養管理等が1つのパッケージとなった包括的な準委任契約であり,同契約上の被告の債務は医療行為のみに限定されない。そして,その契約には,新生児の診療の必要がある場合や母が新生児を管理できない場合には,被告病院が新生児を看護室で一時預かることも契約内容として含まれており(新生児の一時預かりが分娩・出産契約に基づく債務に含まれないとしても,一時預かり自体が被告と母児との準委任契約上の債務を構成する。),被告は,信義則上その履行に際して不完全な履行により母子の身体の安全を侵害しないようにすべき保護義務(安全管理義務)がある。上記の安全管理義務は,新生児の一時預かりが被告病院の専門機関としての知識,経験と,それらに対する信頼を背景とするものである以上,高度の水準の義務といえる。

このような見地から,被告は,児の一時預かりから母児同室に切り替えて母に授乳をさせる際には,引渡しの際に母子の安全を確認し,安全確実に母親に管理を引き継ぐべき義務を負うものというべきである。また,被告は,母による新生児の管理が不十分な場合には,これを補い,母子の安全に配慮すべき保護義務を負っており,母による授乳が安全にできないなど,母による児の管理が不十分で,事故発生の危険性を疑うべき事情がある場合には,その危険に応じて授乳中の様子を監視する義務を負うものというべきである。

イ 引渡時の安全確認義務違反

原告Cは,後陣痛がひどく,分娩後の出血により極度の貧血状態に陥って疲弊しており,午後8時15分に原告Aの一時預かりがなされるまで一睡もせず,午後9時20分頃には,うとうとと入眠中であったがその1時間後に起こされ,十分な休養もできていなかった。また,原告Cは,担当助産師の声掛けに対して「うん」,「はい。大丈夫」と一言しか回答しておらず,授乳開始後まもなく窒息を防ぐために乳房を押さえていた左手を離して仰臥位になっているのであり,「ちょっと離れますね」との声掛けにも反応していなかったことからすれば,十分覚醒しておらず,再度入眠していたか,再度入眠する直前であり,安全に授乳を行えるような心身の状態にはなかった。

このような状況の下では,担当助産師は,原告Aの引渡時に,仰臥位になった後の原告Cの覚醒状態を確認する必要があったところ,同義務に違反して,安全確認を怠り,母児同室による授乳を再開させてその場を離れた点で注意義務違反ないし過失がある。

ウ 授乳開始時以降の監視義務違反

本件においては,原告Cが十分に覚醒していなかったこと,原告Cは後陣痛と貧血で疲労しており十分な休息がとれていなかったこと,原告Cは再度入眠する,あるいはしたことを疑わせる事情があったこと,原告Cは当時,身長160センチメートル,体重80キログラムの体型である上,仰臥位で乳房が横に流れて児が吸啜しており,添い寝による窒息の危険がより大きかったといえることからすれば,担当助産師が窒息事故の可能性を疑うべき具体的事情があり,原告Cに危険回避を期待できない事情があった。

上記の状況下では,担当助産師としては,授乳開始以降,その終了まで終始監視する義務があり,仮に終始監視する義務までは認められないとしても,窒息事故の可能性を疑うべき事情が解消されるか,原告Cに危険回避を期待できるような状態になるまで,あるいは授乳が終わるまでの間,頻繁に監視すべき義務があるというべきである。

したがって,原告Cについて,その授乳開始から,どんなに長くとも3分以上授乳状況を監視することなく放置することは,児の生命,健康の維持の見地から極めて危険なことであったところ,担当助産師において,その場を離れ,少なくとも5分以上原告Cの授乳状況を監視することなく放置し,監視義務を怠った点で注意義務違反ないし過失がある。

(被告の主張)

原告らの主張は,否認ないし争う。

ア 被告と原告Cとの分娩・出産契約は,母児同室として児が母と一緒にいる間の児の管理は母が行うことを内容とし,被告病院が母とは別に二重に,終始直接児を管理する義務は生じない。

本件においては,被告病院が原告Cの休息の必要に配慮し,授乳時以外は児を看護室で預かることとしたが,児を引き渡して行われる授乳時においては,原則どおり,児は原告Cの管理下にあったのであるから,被告病院が二重に原告Aを終始直接管理する義務はなかったというべきである。

もっとも,分娩・出産契約の履行に際して,条理上又は信義則上,母児の安全を侵害しないように配慮すべき安全配慮義務があり,母が起こしても全く起きないとか,錯乱している様子であるなど,児に危険が及ぶことが明らかであると認められる特別の事情が存在する場合には,児の安全に配慮して児を引き渡すべきではないが,本件においてかかる事情は存在しない。

また,そもそも,授乳は医療行為ではなく生理的行為であり,授乳に関する指導や観察は,分娩契約に付随して行う母児に対する保健指導・サービスであるから,病的でない通常の授乳に関する医療者側の授乳指導や観察に関しては医療者が従うべき基準や指針はなく,医療者側の極めて広い裁量の下にあり「医療水準」となる知見は存在しない。そして,被告病院は,原告Cに対し,分娩前はマタニティークラステキストで授乳の指導を行い,分娩後の1度目,2度目の授乳の際にも個別の指導を行い,特段の問題なく授乳を終えており,授乳に関する適切な指導を行っている。

イ 引渡時の安全確認義務違反について

原告らの主張は否認ないし争う。

原告Cが分娩に要した時間は5時間強であり,初産としては極めて軽く,分娩時の出血量は多かったが,授乳に支障がある状態ではなく,医師からも母児同室が許可されていた。また,原告Cは前の授乳から3度目の授乳まで2時間程度の間休息を取っていた。そもそも全ての出産は母体への負担が大きいのであり,特に原告Cの負担が大きかったとはいえず,どの程度の負担であれば授乳を避けるべきかの知見もない。

原告Cは,問い掛けに対しても「はい,大丈夫」としっかり返答し,担当助産師との間でその他の会話や応答も成立し,しっかり開眼し,また,担当助産師の声掛けに応じて自分で右側臥位になったり,自分で腹をさすったり,体位を調整している中で,仰臥位になるように自ら調整しているのであり,原告Cは十分に覚醒していた。したがって,原告Cが十分覚醒していない事実はなく,そもそも安全確認義務の発生根拠となるべき事実が存在しないから,引渡時の安全確認義務は生じていなかったといえる。

仮に原告Cの覚醒状態を更に確認すべき安全確認義務があったとしても,担当助産師は,原告Cが体位を整えて授乳するのを手伝い乳房を押さえる補助をして指導し,原告Aが窒息しないように乳房を押さえなければならないことを説明するとともに,原告Cの応答がしっかりしていること,目は充血しているもののしっかり開眼して視線も合い,安全に授乳できることを確認して児を原告Cに任せたもので,児の引渡しに関して十分に原告Cの覚醒状態を確認して引き渡したのであるから,引渡時の安全確認義務違反はない。

ウ 授乳開始時以降の監視義務違反について

原告らの主張は,否認ないし争う。

出産当日の後陣痛や疲労は全ての産婦に存するものであり,窒息事故の可能性を疑うべき事情や母に危険回避を期待できない事情にはならない。また,原告Cはしっかりと覚醒し,授乳に意欲を見せて原告Aを受け入れるとの意思を示していた。さらに,原告Cはそれまでにも座位での食事や,2回の授乳においてもめまいその他の問題を生じず,原告Aを適切に管理しており,再出血の兆候もなく,元気そうであった。

3度目の授乳時は,原告Cは担当助産師の来室時までうとうとしていたらしいという点において2度目の授乳時と異なるが,夜間就寝中に覚醒して授乳することは,児の生理からしても必須であり,何ら特別な事ではなく,これを過大に捉えて根拠となるべき明確な医学的知見がないのに担当助産師に終始又は頻回の監視義務を課すべきではない。

原告らが主張するような状況下で何分毎に見回りをするべきかという医学水準・看護水準はなく,また3分の見回りであれば窒息による脳障害が発生しなかったとはいえず,因果関係もない。

(3)  争点3(争点1又は2に係る過失による原告らの損害の有無及び額)

(原告らの主張)

ア 原告Aの損害

(ア) 逸失利益 3669万5099円

原告Aの労働能力喪失率は100パーセントであり,基礎収入を486万0600円(平成20年賃金センサス男女全年齢計)とし,ライプニッツ係数を7.5495(0歳から67歳までのライプニッツ係数19.2391から,0歳から18歳までのライプニッツ係数11.6896を引いた数)とすると,原告Aの逸失利益は3669万5099円(486万0600円×1×7.5495)となる。

(イ) 慰謝料4000万円

(ウ) 将来の介護費用 1億4332万8200円

在宅介護には,1日当たり2万円(職業介護),原告Aの平均余命を82年(ライプニッツ係数19.634)として,1億4332万8200円(365日×2万円×19.634)を要する。

(エ) 将来の介護用具費用 1000万円

将来の介護用ベッドやおむつ等の費用に1000万円を要する。

(オ) 合計 2億3002万3299円

イ 原告C及び原告Bの損害

(ア) 慰謝料 各250万円

原告Cと原告Bは,被告(被告病院の医療行為従事者・担当助産師)の前記注意義務違反ないし過失により,我が子が死亡した場合にも比肩するような精神的苦痛を受け,その慰謝料は,各250万円を下らない。

(イ) 弁護士費用 各600万円

原告C及び原告Bが,それぞれ本件訴えの提起,追行に要した弁護士費用として,各600万円(合計すると,上記アの原告Aの損害額の約5%に当たる。)は,本件注意義務違反ないし過失による損害というべきである。

ウ 以上より,原告Aの損害は,合計2億3002万3299円,原告C及び原告Bの損害は各合計850万円である。

(被告の主張)

原告らの主張は否認し争う。

(4)  争点4(過失相殺の可否)

(被告の主張)

原告Aの障害発生については,原告Cの行為が極めて大きい原因となったことは明らかであり,過失相殺ないしその類推適用がされるべきである。

(原告らの主張)

争う。

被告の注意義務違反ないし過失は,児を管理することができない状態の原告Cに児を管理させたことにあるから,原告Cが再度入眠したことは,被告の注意義務違反ないし過失を軽減ないし否定するものではなく,過失相殺として考慮することはできない。

第3当裁判所の判断

1  本件に関連する一般的・医学的知見

後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の一般的・医学的知見が認められる。

(1)  新生児に対する授乳

新生児,特に,生後24時間までの新生児に対する授乳は,10回程度となることもあり(生後24時間に10回以上の授乳は,母乳の分泌をよくすると言われ,4時間は空けないで授乳させるよう指導がされている。),授乳は,昼夜を問わず,児が欲しがるときや前の授乳から相当時間経過後などに,積極的に授乳をすべきとされている。

したがって,母は,分娩の疲労が残っている中で,睡眠中に起こされて授乳を行うことも通常であり,母乳分泌が順調になるまでの1,2日は場合によっては30分から1時間毎の授乳となり,その回数は30回に及ぶこともあるともいわれている。そのため,24時間母児同室による頻回授乳の場合には母の疲労軽減の見地から,休養が必要と判断される場合には2ないし3時間の範囲で児を預かるなどの援助が必要であるとの指摘もされている(以上につき,甲B5,乙A2ないし4,証人D,証人E)。

(2)  授乳時の姿勢

授乳時の姿勢としては,母が座位による「横抱き」,「交差抱き」,「フットボール抱き」のほか,添え乳(母が側臥位,仰臥位)による授乳も一般に知られており,母体の疲労回復,母乳が出やすいなどの観点から添え乳が勧められることもある。特に出産後間もない場合には,母は腰や臀部に痛みがあり,座位が採りづらい場合も少なくないため,添え乳の方法が指導される場合もある。

被告病院のマタニティークラステキストにおいても,上記と同様の授乳の際の抱き方が紹介され,児や母にとって一番楽な良い姿勢を見つけるよう促している(以上につき,甲B5,乙A2,A4,証人E)。

(3)  授乳時の窒息の危険と指導

添え乳の方法による場合であるか否かを問わず,授乳の際には,一般に,乳房による児の鼻腔の圧迫による窒息の危険があるため,授乳指導に当たっては,児の鼻腔を塞がないよう,手で乳房を押さえるなどの指導がされている(乙A3,A4,証人D,証人E)。

2  認定事実

後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(1)  被告病院における授乳指導及び新生児の取扱い等

ア 母乳育児に関する指導の方針

WHO,ユニセフは,「母乳育児成功のための10か条」を定めて母乳育児の推進をしているが,被告病院においても,「母乳育児の確立」が人生最良のスタートであるとして,これを達成することを基本理念に掲げ,上記10か条に沿って「仙台市立病院における母乳育児応援のための10カ条」を定め,「カンガルーケア中に,おっぱいを吸わせましょう。」「赤ちゃんがお母さんと一緒にいることは自然なことです。いつも一緒にいましょう。」「赤ちゃんがおっぱいを欲しがるときに,欲しいままおっぱいをあげましょう。」等と定め,母乳育児の指導,援助を行っている(乙A2)。

イ 被告病院における授乳指導の内容

被告病院では,分娩予定の妊婦に対し,被告病院周産部が作成した,分娩・出産・産後の母体・新生児の健康や管理に関する一般的情報及び被告病院での取扱について解説するマタニティークラステキストを配布するとともに,助産師が妊婦向けに数回「マタニティークラス」(妊婦教室)を開催し,周産期及び新生児管理についての指導を行っている。

被告病院は,原告Cに対し,平成20年10月28日にマタニティークラステキストを渡して初期指導をし,平成21年2月4日にもこれに沿った指導を行った(以上につき,乙A1・24頁・26頁,弁論の全趣旨)。

ウ 被告病院における児の取扱い

被告病院においては,通常,母の退院までの間(分娩後5ないし7日),新生児に対して,適宜診察,観察,計測,採血,黄疸度測定,ビタミンKシロップ投与,健診,沐浴等の医療行為や看護を行うが,院内で出生した新生児について,特に必要がある場合以外は母とは別の入院扱いとはしないため,小児科入院カルテは作成されず(小児科外来カルテが作成される。),新生児は,基本的には母児同室とされ,母が新生児のおむつ交換,更衣,授乳,検温,清拭(沐浴)その他の管理を行っている。

ただし,産後クラス,シャワー,買い物などで母が部屋を留守にする場合には,看護室で児を預かることとして,児を独りにしないように指導をしていた(以上につき,乙A2,弁論の全趣旨)。

エ 当日の被告病院の看護態勢等

平成21年3月31日の準夜帯(午後4時30分以降)の周産期病棟はほぼ満床であり,妊婦を含む25名程度の患者が入院しており,そのほか,出生した新生児(母児同室の普通児8名,うち原告Aを含む6名が当日出生した児)のほか,新生児室に入院扱いの児1名がいた(乙A3,A4,証人D)。

(2)  原告Aの出生とその後の事実の経過

ア 原告Aの出生

原告Cは,妊娠42週2日である平成21年3月30日に分娩開始目的で被告病院に入院し,翌31日,分娩誘発剤の点滴を受け,陣痛開始から約5時間を経た午後3時37分に自然分娩で原告Aを出産した。

原告Aの出生時の体重は4304グラムであり,出産後,啼泣や筋緊張がなく,全身チアノーゼと羊水混濁が見られたが,喉頭展開の上吸引,刺激,バッグ呼吸,酸素投与等の刺激をしたところ,3分後に啼泣が生じ,アプガースコアも5/8(出生後1分値/5分値。なお,8点以上が正常値とされている。)となり,午後5時7分頃には酸素投与をやめても動脈血酸素飽和度も低下せず,入院管理を含む特別な処置等を必要としない状態となった。ただし,巨大児の場合は出生直後に低血糖になることもあるので,小児科のG医師が随時原告Aの血糖値を測定することとされ,そのため,当面看護室(ナースステーション)で預かることとされたが,入院扱いにはされていなかった(以上につき,前提事実(2),甲A1・54頁,弁論の全趣旨)。

イ 原告Cの状態

一般に,被告病院において出産した母は,分娩後2時間程度で歩行開始とするが,原告Cは分娩時出血量がやや多かったことから(分娩時1630グラム,2時間後402グラム,合計2032グラム),当面ベッド上で安静とされ,再出血がないかどうかの確認をする便宜などのため,陣痛室(看護室に近い個室)に入室した。しかし,医師から母児同室を禁止されず,看護計画上も,授乳への配慮(授乳開始時間の延長・一次お休み,夜間授乳のお休み)は予定されず,その後も原告Cに容態の異常は見られなかった。

原告Cは,午後6時10分頃,夕食を自分で10分以内に全量を摂取した(以上につき,前提事実(2),甲A1・38頁・44頁・54頁,乙A3,A4,証人D,証人E,原告C本人)。

ウ 1度目の授乳とその後の状況

D助産師は,午後6時30分頃,小児科医の許可のもと,コット(新生児用の可動式ベッド)のまま原告Aを原告Cの個室に移動させ,後陣痛も強かったため右側臥位を採った原告Cが,原告Aに対し授乳を行った。D助産師は,添え乳の介助をし,授乳時の体勢,児の呼吸に気を付けて児の鼻が塞がらないように乳房を押さえるなどの注意点の指導を行った上,ナースコールを原告Cの近くに置き,血糖チェックの時間に児を迎えに来ることを伝え,退出した。原告Aの吸啜は良好であり,母体による圧迫等もなく,授乳に関して特に問題は生じなかった。D助産師が退出する際には,原告Cの個室には面会に来た親族らが同室していた。

午後6時40分頃,E助産師が原告Cの個室に訪室した際,原告Aはコットに寝かされていた。

午後7時28分頃,E助産師が点滴の追加をするために原告Cの個室に訪問したときに,原告Cは,E助産師の「具合が悪くないですか」との問いに対し,「大丈夫です」等と答えていた。

D助産師は,午後7時40分頃,原告Aの血糖チェックのため,原告Aを預かり,看護室に移動させた(以上につき,前提事実(3),甲A1・44ないし47頁,乙A3,A4,証人D,証人E,原告C本人)。

エ 2度目の授乳及びその後の経緯

D助産師は,午後8時過ぎ頃,午後7時45分頃の血糖値測定で原告Aの血糖が低めであり,また,この頃前啼泣(乳を欲しがって泣く様子)があったため,原告Aをコットごと原告Cの個室に移動させ,2度目の授乳が行われた。

原告Cは,左側臥位を採る際に後陣痛が強く,苦痛の表情をし,「やっぱりちょっと痛いね」等と話していた。D助産師は,児に乳頭を含ませるタイミング等の指導や,児の呼吸状態に気を付け,鼻を塞がらないようにすることなどを説明した上,午後8時5分頃に退出した。

D助産師が,午後8時15分頃に訪室したところ,授乳を終えた原告Aが原告Cの左側で入眠していたが,原告Cは,「今日は赤ちゃんとずっと一緒にいるのは疲れちゃうかもしれない」などと話したため,D助産師が原告Aを看護室で預かることを提案し,授乳時以外は原告Aを預かることとした。

午後9時20分頃,E助産師が,原告Cの個室を訪室したところ,原告Cはうとうとしている様子であり,原告Cの了解を得てベッドサイドのランプのみを残して部屋の天井の照明を消灯した。

午後8時37分頃及び午後9時45分頃,原告Aの血糖測定が行われた(以上につき,前提事実(3),甲A1・44ないし47頁,甲A2・6頁,乙A3,A4,証人D,証人E,原告C本人)。

オ 3度目の授乳

午後10時10分頃,D助産師が原告Aをコットに入れて原告Cの下に連れて行ったところ,原告Cはうとうとと入眠していた様子であった。D助産師は,「Cさん,おっぱいいいですか」と声を掛けて入室し,ベッドサイドに行き,再度「おっぱいいいですか?こっち(右)側」と声を掛けると,原告Cは,目を開け,右側臥位を採った。

D助産師は,乳頭を数回くわえ直させたり,原告Cが乳房を押さえる位置を調整させるなどして,「赤ちゃん窒息しないように,ここ押さえてね」と説明し,「大丈夫?」と声を掛けると,原告Cは「はい,大丈夫」と返答していた。その後,原告Cは左側に体を倒し,仰臥位になったが,吸啜は良好であったため,D助産師は「ちょっと離れますね」と声を掛けて,別室で授乳中の患者の様子を見に退出した。この間,D助産師は10分間ほど在室していた(以上につき,前提事実(4),甲A1・47頁(特に,3度目の授乳について記載された「叙述的経過記録」(看護記録)の部分),乙A3,証人D。なお,事実認定の補足説明は,後記3(1)のとおりである。)。

カ 事故発見時の状況

D助産師が午後10時25分頃に原告Cの個室に戻ると,原告Cが原告Aの上に覆い被さるようにして入眠していたため,D助産師は,原告Cの左肩を押して下敷きになっていた児を抱き上げ,「Cさん。一旦赤ちゃんお預かりします」と声を掛けたが,原告Cが覚醒していたかどうかは確認しないまま,走って看護室内にあるインファントウォーマーへ連れて行き,分娩ホールにいたE助産師が小児科医師らに連絡をした。

原告Aは,全身チアノーゼ,自発呼吸なしの状態,心拍数は100未満の状態であったが,午後10時25分頃連絡を受けた小児科医師らにより,アンビューバッグによる補助呼吸,モニター装着,心臓マッサージ等の処置を受けた後,宮城県立こども病院に転院することになり,原告Aを乗せた救急車は午後11時30分頃被告病院を出発した(以上につき,前提事実(4),同(5),甲A2・6頁・7頁・11頁・12頁)。

キ 原告Cのその後の状況

原告Cに対して,本件事故時の状況について医師から説明がなされたが,原告Cには3度目の授乳の記憶がないということであったため,被告病院は,原告Cの精神科的疾患の可能性も考え,同年4月7日に精神科での診察が行われた。精神科医師は,何らかの時点で意識障害を生じて逆行性健忘を生じた可能性や軽度意識障害などが考えられるが,原因を証明するのは不可能であること,あくまで仮説に基づく解釈であるが,産じょく期であり,貧血,ストレス,睡眠不足を背景とした神経調節性失神,起立性失神,睡眠発作の可能性はあることを内容とする意見を述べ,「一過性意識障害の疑い」と診断した(甲A1・10頁)。

3  争点1(3度目の授乳の不存在を前提とする被告(被告病院の医療従事者)の注意義務違反ないし過失の有無)について

(1)  上記2(2)の認定に対し,原告らは,認定の根拠とされた3度目の授乳の記載のある看護記録は,事後的に作成されたものである上,①原告Cには3度目の授乳についての記憶がないこと,②診療録には「20:15頃 児:状態悪化とのTEL」と記載されており,3度目の授乳の時間帯と矛盾すること,③原告Cのマタニティークラステキストには,3度目の授乳についての記載がないことなどを理由に,3度目の授乳の事実を争っている。

しかしながら,上記①の点について見ると,原告Cは,原告Aの状態悪化の時期を記憶しているわけではない上,精神科医師によって,意識障害による逆行性健忘を生じた可能性や軽度意識障害などが考えられると診断されていること(前記2(2)キ)に照らすと,原告Cに記憶がないことをもって,3度目の授乳がなかったとはいえない。

また,上記②の点について見ると,被告病院小児科外来診療録には午後6時20分から午後9時45分まで,おおむね1時間置きに小児科医師によって血糖値の測定がされている事実が記載されていること(甲A2・6頁)から,原告Aが窒息状態に陥ったのは,午後9時45分以降であると推測される上,同診療録上,午後10時30分頃,小児科医師等によって原告Aに挿管,バギング等の措置が採られているとの記載があること(甲A2・6頁)に照らすと,診療録中に「児:状態悪化とのTEL」の時刻として「20:15頃」と記載されているのは,「23:15」の誤記と見るのが合理的である。

さらに,上記③の点について見ても,D助産師の陳述書(乙A3)及び証言(25頁)中に,原告Cに渡されるマタニティークラステキストに3度目の授乳についての記載がない理由について,原告Cに対する配慮等によるものである旨の部分があることに照らすと,同テキスト上の不記載の事実から,直ちに3度目の授乳がなかったと認めることができない。

これに対し,原告らは,3度目の授乳の記載のある看護記録が事後的に作成されたものである旨主張するが,その主張を前提としても,上記記載に係る3度目の授乳の時刻は,先に見た診療録上の原告Aの血糖値の測定の時刻,及び,小児科医師等による原告Aに対する挿管,心臓マッサージ等の措置の時刻とも整合する上,同看護記録中,D助産師が記載した,午後10時25分頃,本件事故を発見して原告Aをインファントウォーマーに連れてきた際の状況(甲A1・47頁)と,E助産師が記載した,D助産師が児を抱っこして走ってインファントウォーマーに連れてきた際の状況(甲A1・44頁)についての記載も整合的で,この点に関する証人Dと証人Eの供述にも特に不自然な点は見当たらない。

そうであれば,午後10時10分頃から25分頃までの間に,原告Cの個室において,原告Aに対して3度目の授乳が行われ,その際に原告Aの窒息事故が発生したものと認めることができ,他に同認定を覆すに足りる的確な証拠はない。

(2)  したがって,3度目の授乳の不存在を前提とする被告(被告病院の医療従事者)の注意義務違反ないし過失は,認められない。

4  争点2(3度目の授乳時における被告(担当助産師)の注意義務違反ないし過失の有無)について

(1)  分娩,出産は,一般に,母児による生理的行為として母の自助により行わなければならない部分と,その自助に対して,医療機関による指導や援助その他の行為を必要とする部分が複合した性質を有し,医療機関での出産直後に母と新生児が退院することが事実上困難な場合が多いため,出産後も母児が一定期間退院せずに入院を継続する(本件のように入院扱いではなく事実上預かる場合も含む。)ことが当然に予定されているということができる。このような性質等に加え,前記2(1)ウで認定した事実によれば,原告Cと被告との間の分娩・出産契約の内容には,被告病院が原告C及び原告Aに対し,分娩・出産及びその後の母体に対する必要な医療的措置に加え,母の自助に対する補助という見地から必要かつ相当な範囲で,出産後入院期間中の授乳や沐浴についての指導等の保健指導を行うことや,新生児(被告病院において,母とは別に入院扱いとする形を採っていない場合を含む。)に対する診察,計測等一定の医療的措置及びその要否を判断するための観察等を行うことが含まれるものと解される。また,同認定の事実によれば,被告病院においては,母乳保育を推奨して母児同室を原則とし,母児同室の間の授乳や保育は母が行うことを予定する一方,例外的に母児同室による授乳や保育を行うことが困難な状況にあると認められる場合には,母の了承の下に児を一時預かることも予定しており,被告(担当助産師)は,このような一時預かりを行った場合には,母への児の引渡しを完了するまで,児の安全に配慮すべき義務を負うものと解される。

このような見地から,被告(担当助産師)は,一時預かりによる管理下に置いていた児を授乳のために母に引き渡す場合に,母による児の管理が可能な状況にあるかどうか確認するとともに,その確認に必要な限度で母児に対する監視を行うべき義務を負うものと解される。

もっとも,授乳が,元来母と児の生理的行為であり,病院による指導や監督がなければ不可能というものでなく,母乳が出ない,炎症があるなどの何らかのトラブルがある場合以外の通常の授乳に対する指導は,医療行為そのものではないこと,母児同室下においては,授乳の開始,中止,終了,児の保育,観察等は,第1次的には母自身によって行われるべきものであることからすれば,一時預り後に児を母に引き渡す際の安全確認の懈怠や母児同室下の授乳時における監視の懈怠による注意義務違反ないし過失は,当該具体的状況下において,被告(担当助産師)が,児の安全が害される状況にあることを認識し,事故の発生を具体的に予見し得た場合に限り,認められるものと解するのが相当である。

(2)  上記解釈に照らして,まず,児の引渡時の安全確認の懈怠による注意義務違反ないし過失の有無について検討すると,前記認定(2(2))のとおり,D助産師が原告Aを原告Cに引き渡した際には,D助産師と原告Cとの間で受け答えがされ,原告Cは,D助産師から原告Aを受け取って,D助産師の介助を得ながら原告Aに対する授乳を開始し,約10分程度は,D助産師から乳房に手を添える位置等の指導を受けながら原告Aに対する授乳を行っていたというのであるから,このような具体的状況下において,D助産師が原告Aを原告Cに引き渡すことによって原告Aの安全が害される状況にあると認識し,事故発生の危険を具体的に予見できたということはできず,D助産師に児の引渡時の安全確認を怠った注意義務違反ないし過失があるとはいえない。

この点,原告らは,原告Cが3度目の授乳の当時,極度の貧血と疲労のため,十分な休養を取れていなかったことや,原告Cが乳房に添えていた手を離して仰臥位になったこと,D助産師の「ちょっと離れますね」の声掛けに対し,原告Cが明確な返答をしなかったことから,被告において,原告Cの再度の入眠により原告Aの安全が害される状況にあったと認識できた旨主張する。

しかしながら,原告Cは,医師から母児同室や授乳を禁止されていなかったのであり(前記2(2)イ),原告Cの貧血や疲労が,出産当日の母親一般に想定される疲労等の範囲を超えて,授乳時の管理に格別の配慮を要するほどのものであったとまでは認め難い。また,原告Cは,授乳中に乳房を押さえていた手を離して仰臥位になり,「ちょっと離れますね」との声掛けに対して明確な返答はしていないが,一般に授乳中であってもより楽な姿勢を採るために体勢を変えることはあり得ること,横臥位に比較すると,仰臥位の場合には,母の覆い被さりや乳房による圧迫,窒息の危険は低いと考えられること,「ちょっと離れますね」という声掛けは,一般に必ずしも相手方の返答を期待してされるものではなく,明確な返答がないとしても不自然ではないことに照らせば,一般に授乳中に寝込んだことによる窒息事故の危険が存在すること(甲B6)を踏まえても,原告Cが,D助産師の「ちょっと離れますね」という声掛けに対し,明確な返答をしなかったことや,授乳中に横臥位から仰臥位に姿勢を変えたことから直ちに,被告(D助産師)において,原告Cの再入眠による原告Aの事故発生の危険を具体的に予見できたということはできない。加えて,約10分程度授乳の指導を行ってきた担当助産師が,指導対象者である母が入眠した状況を認識していながら,そのまま退出するとは経験則上考え難いことからすれば,担当助産師が原告Cに声を掛けた時点において原告Cが入眠していたとは認め難く,他に原告Cの再入眠による原告Aの事故発生の危険に関する具体的な予見可能性の存在を認めるに足りる事実及び証拠はない。したがって,原告らの上記主張は採用できない。

(3)  次に,授乳開始後の監視の懈怠による注意義務違反ないし過失の有無について検討すると,上記(2)の引渡しの状況に加え,①原告Cが,1度目の授乳及び2度目の授乳において,助産師の指導を受けた後は,自室で自ら授乳を行い,授乳を終えており,授乳に関し特に注意すべき事態が発生していなかったこと,②原告Cは出産時の出血が多かったため,再出血がないか否かの経過を観察するため,個室に入室しているものの,医師から母児同室ないし授乳が禁止されたものではなく,医師から助産師に対し,母児同室や授乳に際しての格別の配慮が求められていたわけではないこと,③1度目の授乳が開始された午後6時30分から,原告Aが血糖値測定のため助産師が預かる午後7時40分までの間,原告Cが同室にて児を管理することができていたこと,④原告Aは,2回目の授乳後の午後8時15分頃,原告Cが児と一緒では疲れてしまうかもしれないと申し出たことを受けて,助産師が原告Aを一時預かっているが,それから,午後10時10分頃までの2時間弱の間,原告Cは自室で休息することができたといえること,⑤原告Cは,横臥位又は仰臥位で授乳を行っているが,横臥位,仰臥位は授乳の姿勢としては一般的であり,窒息の危険等を理由として禁止されているものではなく,その姿勢をもって窒息の危険を具体的に疑うべきであるとはいえないことからすれば,3回目の授乳当時の具体的状況の下で,D助産師において,原告Aの安全が害される状況にあることを認識し,事故の発生を具体的に予見し得たということはできない。したがって,被告(担当助産師)に監視の懈怠による注意義務違反ないし過失があったとは認められない。

(4)  以上によれば,3度目の授乳時における被告(担当助産師)の注意義務違反ないし過失は認められない。

5  結論

よって,その余の点について判断するまでもなく,原告らの請求はいずれも理由がないから,棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 関口剛弘 裁判官 小川理佳 裁判官 吉賀朝哉)

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