仙台地方裁判所 平成22年(ワ)753号 判決 2012年1月25日
原告
X1
同
X2
同
X4
同
X5
同
X3
同
X6
同
X7
同
X8
上記原告ら訴訟代理人弁護士
野呂圭
被告
Y株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
宮川泰彦
主文
1 被告は、
(1) 原告X1に対し、320万0160円及びうち115万4795円に対する平成20年3月26日から支払済みまで、うち116万6894円に対する平成21年3月26日から支払済みまで、うち87万8471円に対する平成21年12月26日から支払済みまで、それぞれ年6分の割合による金員を支払え。
(2) 原告X2に対し、304万2415円及びうち114万0071円に対する平成20年3月26日から支払済みまで、うち109万7669円に対する平成21年3月26日から支払済みまで、うち80万4675円に対する平成21年12月26日から支払済みまで、それぞれ年6分の割合による金員を支払え。
(3) 原告X4に対し、292万9910円及びうち98万7361円に対する平成20年3月26日から支払済みまで、うち110万2263円に対する平成21年3月26日から支払済みまで、うち84万0286円に対する平成21年12月26日から支払済みまで、それぞれ年6分の割合による金員を支払え。
(4) 原告X5に対し、307万6343円及びうち113万3121円に対する平成20年3月26日から支払済みまで、うち111万2445円に対する平成21年3月26日から支払済みまで、うち83万0777円に対する平成21年12月26日から支払済みまで、それぞれ年6分の割合による金員を支払え。
(5) 原告X3に対し、338万5966円及びうち120万4272円に対する平成20年3月26日から支払済みまで、うち120万9594円に対する平成21年3月26日から支払済みまで、うち97万2100円に対する平成21年12月26日から支払済みまで、それぞれ年6分の割合による金員を支払え。
(6) 原告X6に対し、302万5682円及びうち111万8469円に対する平成20年3月26日から支払済みまで、うち110万2818円に対する平成21年3月26日から支払済みまで、うち80万4395円に対する平成21年12月26日から支払済みまで、それぞれ年6分の割合による金員を支払え。
(7) 原告X7に対し、304万6964円及びうち110万4969円に対する平成20年3月26日から支払済みまで、うち111万7294円に対する平成21年3月26日から支払済みまで、うち82万4701円に対する平成21年12月26日から支払済みまで、それぞれ年6分の割合による金員を支払え。
(8) 原告X8に対し、316万8016円及びうち113万6921円に対する平成20年3月26日から支払済みまで、うち117万2970円に対する平成21年3月26日から支払済みまで、うち85万8125円に対する平成21年12月26日から支払済みまで、それぞれ年6分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを2分し、その1を被告の負担とし、その余は原告らの負担とする。
4 この判決は、第1項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 被告は、
(1) 原告X1に対し、641万3812円及びうち115万6481円に対する平成20年3月26日から支払済みまで、うち117万0828円に対する平成21年3月26日から支払済みまで、うち87万9595円に対する平成21年12月26日から支払済みまで、それぞれ年6分の割合による金員並びにうち320万6906円に対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 原告X2に対し、616万8010円及びうち115万4683円に対する平成20年3月26日から支払済みまで、うち111万2843円に対する平成21年3月26日から支払済みまで、うち81万6477円に対する平成21年12月26日から支払済みまで、それぞれ年6分の割合による金員並びにうち308万4005円に対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 原告X4に対し、586万3194円及びうち98万7923円に対する平成20年3月26日から支払済みまで、うち110万3387円に対する平成21年3月26日から支払済みまで、うち84万0286円に対する平成21年12月26日から支払済みまで、それぞれ年6分の割合による金員並びにうち293万1597円に対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 原告X5に対し、624万3732円及びうち114万8857円に対する平成20年3月26日から支払済みまで、うち112万9305円に対する平成21年3月26日から支払済みまで、うち84万3703円に対する平成21年12月26日から支払済みまで、それぞれ年6分の割合による金員並びにうち312万1866円に対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(5) 原告X3に対し、688万6580円及びうち122万4504円に対する平成20年3月26日から支払済みまで、うち123万1512円に対する平成21年3月26日から支払済みまで、うち98万7274円に対する平成21年12月26日から支払済みまで、それぞれ年6分の割合による金員並びにうち344万3290円に対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(6) 原告X6に対し、614万5782円及びうち113万6453円に対する平成20年3月26日から支払済みまで、うち111万9116円に対する平成21年3月26日から支払済みまで、うち81万7321円に対する平成21年12月26日から支払済みまで、それぞれ年6分の割合による金員並びにうち307万2891円に対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(7) 原告X7に対し、618万2726円及びうち112万2391円に対する平成20年3月26日から支払済みまで、うち113万0220円に対する平成21年3月26日から支払済みまで、うち83万8751円に対する平成21年12月26日から支払済みまで、それぞれ年6分の割合による金員並びにうち309万1363円に対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(8) 原告X8に対し、643万0450円及びうち115万5467円に対する平成20年3月26日から支払済みまで、うち118万9268円に対する平成21年3月26日から支払済みまで、うち87万0489円に対する平成21年12月26日から支払済みまで、それぞれ年6分の割合による金員並びにうち321万5225円に対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告X1、同X2、同X4、同X5、同X3、同X6、同X7及び同X8に対し、それぞれ20万円及びこれに対する平成22年2月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
原告らは、被告に雇用され、宮城県立a病院(以下「a病院」という。)において警備員として勤務していた者であるところ、a病院における勤務体制上、仮眠・休憩時間とされていた時間について、労働からの解放が保障されておらず、労働時間に当たるのに、その点を踏まえた適正な賃金の支払を受けられなかったと主張して、労働契約(主位的)又は不当な賃金支払拒否を理由とする不法行為による損害賠償請求権(予備的)に基づき、適正な賃金と実際に支払われた賃金との差額相当の賃金又は損害賠償金の支払及びこれらに対する弁済期経過後から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を請求し、上記賃金差額と同額の付加金の支払を申し立てるとともに、上記①賃金の支払拒否に加え、②警備員としての新任教育及び現任教育の不実施、③36協定締結時における不適正な手続、④就業規則の周知の不履行、⑤平成19年度における年次有給休暇の取得についての不当な扱い、⑥法令上義務付けられている健康診断の不実施、⑦給料支給明細書における意味不明の記載、⑧「出勤表」への実働時間の不記載指示及び⑨社会保険への一部未加入扱いの各事実を理由とする不法行為による損害賠償請求権に基づき、それぞれ損害賠償金(慰謝料及び弁護士費用の合計)20万円及びこれに対する平成22年2月11日(労働審判手続申立書送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(争いがない事実及び弁論の全趣旨により認められる事実)
(1) 当事者等
ア 被告は、警備の請負等を目的とする株式会社であり、平成19年3月、宮城県<以下省略>所在のa病院の保安・防災業務を落札し、宮城県との間で平成19年4月1日から平成22年3月31日まで同業務を行う旨の業務委託契約を締結し、同年4月1日以降についても、同業務を落札し、宮城県と業務委託契約を締結しているものである。
イ 原告らは、被告がa病院の保安・防災業務を受託する前、同業務を受託していた株式会社b(以下「b社」という。)との間で労働契約を締結し、a病院の保安・防災業務に当たっていたところ、平成19年3月末ころ、被告との間で労働契約を締結し、同年4月1日以降被告の従業員として、a病院において勤務してきたものである。
(2) a病院の施設の概要
原告らが勤務してきたa病院の施設の概要は、以下のとおりである。
敷地面積6万9289.72m2、建物延べ床面積3万2429.26m2
病院本館(地上7階、地下1階、延べ床面積2万3679.04m2)
緩和ケア病棟(地上2階、延べ床面積1737.52m2)
研究棟(地上2階、地下2階、延べ床面積5055.12m2)
動物実験棟(地上1階、延べ床面積373.73m2)
その他の附属施設(院内保育所等)(延べ床面積1583.85m2)
(3) 原告らと被告との労働契約の締結及び内容
ア 原告らは、平成19年3月末ころ、被告との間で、以下の内容による労働契約を締結し、その後労働契約を更新して現在に至っている(ただし、後記「休憩」、「仮眠」の各時間(以下総称して「仮眠・休憩時間」という。)が労働時間に当たるか否かについては争いがある。)。
期間 平成19年4月1日から1年
勤務場所 a病院
業務内容 ①総括的保安・防災業務、②日常的保安・防災業務(巡回整備、監視警備等、駐車場管理等)、③宿日直業務、④その他委託者が特に委託する業務
勤務の形態並びに1回当たりの勤務時間及び賃金(下記①ないし④は、ローテーションによる交替制である。また、賃金は毎月15日締め切り、25日支払の約定である。)
①「当務」(以下「24時間勤務」ともいう。)
勤務時間 午前8時30分から翌日午前8時30分まで
実働18時間、休憩2時間、仮眠4時間
賃金 1万3000円(日給5600円及び暫定手当7400円)
②「日勤」
勤務時間 午前8時30分から午後5時30分まで
実働8時間、休憩1時間
賃金 5600円(日給)
③「夜勤」
勤務時間 午後5時30分から翌日午前8時30分まで
実働10時間、休憩1時間、仮眠4時間
賃金 7400円(日給5600円及び暫定手当1800円)
④「駐車場管理」
勤務時間 午前8時30分から午後0時まで
実働3.5時間
賃金 2500円
イ なお、原告らと被告は、平成21年2月1日以降、労働契約書上、以下のとおり変更している)。
①「当務」(24時間勤務)
勤務時間 午前8時30分から翌日午前8時30分まで
実働16時間、休憩3時間、仮眠5時間
賃金 1万4380円(日給5600円及び暫定手当8500円+割増みなし手当(深夜休憩時間)280円)
②「日勤」
勤務時間 午前8時30分から午後5時30分まで
実働7.5時間、休憩1.5時間
賃金 5600円(日給)
③「夜勤」
勤務時間 午後5時30分から翌日午前8時30分まで
実働8.5時間、休憩1.5時間、仮眠5時間
賃金 7410円(日給6000円及び暫定手当1130円+割増みなし手当(深夜休憩時間)280円)
④「駐車場管理」
勤務時間 午前8時30分から午後0時まで
実働3.5時間
賃金 2500円
(4) 原告らが支払を受けた賃金額
原告らが、平成19年4月1日から平成21年12月までの間に、被告から賃金の支払を受けた時期及びその額は、別紙一覧表<省略>の各年毎の「月」及び「賃金」欄記載の金額のとおりである。
2 争点及び争点に関する当事者の主張
(1) 労働契約に基づく差額賃金の請求について
原告らの主張に係る差額賃金の発生が認められるか否か、その前提として、本件仮眠・休憩時間が労働時間に当たるか否か、が主要な争点であり、この点に関する当事者の主張は、大要以下のとおりである。
(原告らの主張)
ア 仮眠・休憩時間の労働時間該当性
仮眠・休憩時間であっても、労働者が労働からの解放を権利として保障されておらず、緊急の場合に実作業に従事することが義務付けられている場合には、実作業に従事する必要が生じることが皆無に等しいなど、実質的には作業への従事が義務付けられていないと認められるなどの特段の事情のない限り、労働時間に当たると解される(最高裁判所平成14年2月28日判決民集56巻2号361頁(以下「最高裁大星ビル管理事件判決」という。))ところ、本件係争期間中の仮眠・休憩時間は、以下の理由により労働時間に当たるというべきである。
(ア) 業務体制
被告は、a病院との業務委託契約において常時4人による警備体制を約しており、本件仮眠・休憩時間中の従業員であっても、急患、死亡退院、転院、防災盤(発報)等に対応する「波動業務」と称される業務(以下「波動業務」という。)や、敷地内の交通事故への対応や患者の捜索等を行う「突発業務」と称される業務(以下「突発業務」という。)に対応することが求められていた。仮眠は、守衛室の一角をボードと襖で仕切った仮眠室においてとるものとされ、仮眠室は、守衛室の電話や話し声が聞こえる環境にあった。このように、原告らは、仮眠・休憩時間中、a病院敷地外に出ることはできず、食事も守衛室でとっていたものである。
(イ) 労働契約締結の際の被告による承認、指示
原告らは、被告と労働契約を締結する以前から、雇主であるb社との間の労働契約に基づき、a病院において警備員として勤務していたものであり、その際、仮眠・休憩時間中も労働を義務付けられていたところ、被告は、原告らと労働契約を締結した際、被告の担当係長において、原告らに対し、従前どおりとして原告らに任せる旨の意向を伝えるなどして、原告らがb社に雇用されてa病院の警備業務に従事していた当時と同様の仮眠・休憩時間の扱いを、原告らと被告間の労働契約の内容とすることを包括的に承認し、原告らに対して仮眠・休憩時間中の実作業への対応を黙示的に指示したものといえる。
(ウ) 仮眠・休憩時間中の実作業への従事の実情
原告らが、本件係争期間における仮眠・休憩時間中に、波動業務又は突発業務等の実作業に従事した回数は、少なく見積もっても下記のとおりであり、実作業への従事が皆無に等しいといった事情は認められない。
記
平成19年度(平成19年4月ないし平成20年3月)において、休憩時間中に業務に従事したのは、18件であり、仮眠時間中に業務に従事したのは、2件である。
平成20年度(平成20年4月ないし平成21年3月)において、休憩時間中に業務に従事したのは、13件であり、仮眠時間中に業務に従事したのは、9件である。
平成21年度(平成21年4月ないし平成22年3月)において、休憩時間中に業務に従事したのは、23件であり、仮眠時間中に業務に従事したのは、9件である。
(エ) 「Y(株)施設警備員総則」と被告の認識
被告が作成した「Y(株)施設警備員総則」(証拠<省略>は写し。以下単に「Y(株)警備員総則」という。)中には、「仮眠時間であっても勤務中であることを理解すること」とあり、被告の担当係長は、原告X3に対し、上記Y(株)警備員総則の写しを交付し、同書面は守衛室内に備え置かれたファイルに綴られ、その内容は、原告X3を介して原告らに周知された。このことからしても、被告においても、本件仮眠・休憩時間が勤務時間に当たるとの認識を有していたものといえる。
(オ) 以上より、原告らは、本件係争期間における仮眠・休憩時間中、労働からの解放が権利として保障されていたとはいえず、使用者である被告の指揮命令下に置かれていたものであるから、上記仮眠・休憩時間は労働時間に当たるというべきである。
イ 被告が原告らに支払うべき差額賃金額
以上を前提に原告らの適正な賃金額を計算すると、下記のとおりとなり、本件係争期間中に被告が原告らに対して支払うべき具体的な賃金額は、別紙一覧表の「適正金額」欄記載のとおりとなり、実際に支払われた賃金額との差額は、同一覧表の「差額」欄記載のとおりとなる。
記
(ア) 割増賃金の計算基礎(労働基準法施行規則19条)
1時間当たりの賃金額 日給5600円÷8時間(1日当たりの所定労働時間)=700円
(イ) 勤務形態(時間帯)毎の計算
① 当務(24時間勤務) 計2万0825円
a 午前8時30分から午後5時30分まで 計6475円
700円×8時間(午前9時から午後5時まで)+700円×1.25(時間外労働)×1時間(午前8時30分から午前9時まで及び午後5時から午後5時30分まで)=6475円
b 午後5時30分から翌日午前8時30分まで 計1万4350円
700円×1.25(時間外労働)×4.5時間(午後5時30分から午後10時まで)+700円×1.5(時間外かつ深夜労働)×7(午後10時から翌日午前5時00分まで)+700円×1.25(時間外労働)×3.5(午前5時から午前8時30分まで)=1万4350円
② 日勤 午前8時30分から午後5時30分まで 計6475円
700円×8時間(午前9時から午後5時まで)+700円×1.25(時間外労働)×1時間(午前8時30分から午前9時及び午後5時から午後5時30分まで)=6475円
③ 夜勤 計1万2950円
a 午後5時30分から午後10時まで 計3150円
700円×4.5時間=3150円
b 午後10時から翌日午前1時30分まで 計3062.5円
700円×1.25(時間外労働)×3.5時間=3062.5円
c 午前1時30分から午前5時まで 計3675円
700円×1.5(時間外かつ深夜労働)×3.5時間=3675円
d 午前5時から午前8時30分まで 計3062.5円
700円×1.25(時間外労働)×3.5時間=3062.5円
④ 駐車場管理 3062.5円
当務(24時間勤務)明けの業務として、時間外労働とみるべきであることから、以下の計算となる。
700円×1.25(時間外労働)×3.5時間=3062.5円
(被告の主張)
以下の理由から、本件係争期間中の仮眠・休憩時間は労働時間に当たらないというべきであり、原告ら主張の差額賃金不払の事実は争う。
ア 仮眠・休憩時間の労働時間該当性の有無について
仮眠・休憩時間が、労働から解放された時間に当たるかどうかは、当該仮眠・休憩時間中に実作業に従事した割合ないし頻度等から客観的に判断されるべきところ、以下の理由から、本件係争期間における仮眠・休憩時間は労働時間に当たらないというべきである。
(ア) 業務体制-業務委託契約の内容と判例の射程
被告とa病院との業務委託契約において、常時5人(平日午前)又は4人以上の職員を配置するものとされているのは、実働時間中の者2人で対応できない場合に仮眠・休憩時間中の者でも対応が求められることがあることを意味するものであって、このような人員の不足がない場合に常に仮眠・休憩時間中の者が待機することを要するものとは解されない。原告らがその主張の前提とする最高裁大星ビル管理事件判決は、ビル管理会社の警備員が仮眠時間中1人で仮眠室に待機し、同室で警報や電話等に対応することを常時義務付けられていた事案に関するものであるのに対し、本件は、実働時間中とされている2人(24時間勤務の平日午前中は3人)でまず対応することが必要とされ、それでもなお人員が不足した場合にのみ、仮眠・休憩時間中の2人が対応すればよく、電話、夜間訪問者の対応、巡回等は仮眠・休憩時間中の者以外の者が担当し、監視作業は、交代で常時4名のうち1名が従事する体制で、仮眠室と監視作業を行う部屋が区別されている事案であって、両者は事案を異にするというべきである。
(イ) 労働契約締結の際の被告による承認、指示の有無について
前記原告らの主張ア(イ)は否認ないし争う。
(ウ) 仮眠・休憩時間中の実作業従事の頻度
原告らが、本件係争期間における仮眠・休憩時間中に波動業務や突発業務等の実作業に従事した回数等は、概ね原告らの主張どおりであるとしても、その頻度をみると、下記のとおり極めて低いものであるから、本件係争期間中における仮眠・休憩時間は、客観的にみて労働時間に当たらないというべきである。
記
平成19年度(平成19年4月ないし平成20年3月)において、休憩時間中の実作業への従事(19件、19名)の頻度を、コマ数(1日合計8コマ)でみると、19回÷2920回(休憩時間の年間コマ数)×100=0.65%となり、仮眠時間中の実作業への従事(1件、1名)の頻度を、コマ数(1日合計4コマ)でみると、1回÷1460回(仮眠時間の年間コマ数)×100=0.068%となる。
平成20年度(平成20年4月ないし平成21年3月)において、休憩時間中の実作業への従事(13件、13名)の頻度を、コマ数でみると、13回÷2920回(休憩時間の年間コマ数)×100=0.45%となり、仮眠時間中の実作業への従事(9件、9名)の頻度を、コマ数でみると、9回÷1460回(仮眠時間の年間コマ数)×100=0.62%となる。
平成21年度(平成21年4月ないし平成22年3月)において、休憩時間中の実作業への従事(28件、29名)の頻度を、コマ数でみると、28回÷2920回(休憩時間の年間コマ数)×100=0.96%となり、仮眠時間中の実作業への従事(8件、11名)の頻度を、コマ数でみると、8回÷1460回(仮眠時間の年間コマ数)×100=0.55%となる。
(エ) 割増賃金の請求と原告らの認識
原告ら自身、平成20年6月の岩手県沿岸北部地震への対応のため、仮眠・休憩時間中に実作業に従事した際等に、被告に対して割増賃金の支払を請求していることからしても、もともと仮眠・休憩時間が労働時間に当たるとは認識していなかったことは明らかである。
(オ) Y(株)警備員総則について
原告らが援用するY(株)警備員総則は、a病院以外の被告の業務受託先についてのものであり、本訴において、原告らが訴えの提起から相当期間経過した後になって、その写しを書証(証拠<省略>)として提出した経緯に照らしても、仮眠・休憩時間の労働時間該当性を基礎付けるものとはいえない。しかも、Y(株)警備員総則の文言自体、仮眠・休憩時間中も他の労働者にとっては勤務時間であることを忘れないようにとの常識的な心構えを記載したものにすぎないものであって、その記載から仮眠・休憩時間を労働時間と解することはできない。
(カ) 被告の労働基準監督署に対する報告書等
被告は、仙台労働基準監督署に対し、a病院における防災・保安業務における仮眠・休憩時間は自由時間である旨記載した報告書(証拠<省略>)を提出している。
なお、被告は、24時間勤務に従事した労働者に対する手当を暫定手当として支給している点について、時間外手当分と深夜手当分の区分を明確にするようにとの指導を受けたことはあるが、割増賃金の不払を指摘されたことはない。
イ 被告が原告らに支払うべき差額賃金額の有無について
原告ら主張の差額賃金額の発生は否認する。
(2) 不法行為に基づく賃金相当額の損害賠償請求について
原告ら主張に係る差額賃金につき、被告の賃金支払拒否を理由とする不法行為が成立するか否かの前提として、本件仮眠・休憩時間が労働時間に当たるか否かが主要な争点であり、この点に関する当事者の主張は、前記(1)と同様である。
(3) その他の不法行為に基づく損害賠償請求について
原告らの主張する不法行為の成否が争点であり、この点に関する当事者の主張は、以下のとおりである。
(原告らの主張)
被告は、原告らに対し、下記①ないし⑨の違法な行為により、精神的苦痛に対する慰謝料10万円及び本件訴えの提起に要する弁護士費用相当額10万円として、原告1人当たり20万円を下らない損害を与えた。
記
① 仮眠・休憩時間中の賃金の支払を拒否したこと
② 警備業法21条2項及び同法施行規則38条により、使用者が義務付けられている、新たに警備業務に従事しようとする者に対する新任教育を実施せず、現に警備業務に従事している警備員に対する現任教育(年2回)を1回しか実施しなかったこと
③ 時間外及び休日労働に関する36協定を締結するに際し、原告ら労働者の過半数を代表する者との間でこれを締結しなかったこと
④ 労働基準法106条に基づく使用者の就業規則の周知義務を履行していないこと
⑤ 原告らが平成19年度に年次有給休暇の取得を申請したのに対し、これを認めず、無休扱いとしたほか、平成21年12月の年次有給休暇の取得の申請に対し、これを認めず、無休扱いとしたこと(原告X4について-ただし、後に労働基準監督署から指導を受けて是正された。)
⑥ 平成19年度に法令上義務付けられている6か月に1回の健康診断を実施しなかったこと
⑦ 給料支給明細書中、支給項目に「暫定」、「その他の現場」等、意味不明の記載をし、控除項目に「建美会費」、「親睦会費」等の趣旨の違いや使途も不明の記載をしたこと
⑧ 平成21年1月ころの後、「出勤表」中に実働時間の記入をしないよう指示したこと
⑨ 健康保険法及び厚生年金保険法に基づき従業員を被保険者として扱う義務があるのに、被保険者として扱わなかったこと(原告X4及び同X7について)
(被告の主張)
原告らの主張①、③、⑤及び⑧の事実は全部否認し、不法行為が成立するとの主張は争う。なお、同②については、当初、新任・現任教育をしていなかったが、原告らの一部の通報により平成20年9月公安委員会で指摘されたのを受けて、速やかに改善されている。同④については、被告は、かつて就業規則を警備員室に備え付けていなかった時期があるが、原告らに対し、就業規則を見せて説明しており、現在までに就業規則の警備員室への備え付けを実施した。同⑤については、被告は、原告X4の年次有給休暇の発生日を誤って4月と判断したことはあるが、労働基準監督署の指導を受けて直ちにこれを10月と是正している。同⑥については、被告は、平成20年以降、年2回健康診断を実施している。同⑦については、支給項目中の「暫定」については原告ら警備員に対して説明したほか、控除項目の「建美会費」、「親睦会費」については、平成20年8月に不服申出を受けて、全額返還し、その後徴収していない。同⑨については、社会保険一部未加入は事実であるが、年金受給者が在職し被保険者となると、既に受けている年金受給額が減少するため、本人の希望により被保険者として扱っていない実態があり、原告X4及び同X7についても、本人らの希望により加入していなかったものである。
第3当裁判所の判断
1 労働契約に基づく差額賃金請求について
(1) 判断の枠組み
原告らと被告との労働契約において、仮眠・休憩時間とされている時間が、労働基準法上の労働時間に当たるとすれば、労働基準法に基づく割増賃金を支払うべき義務を生じるので、本件係争期間において、仮眠・休憩時間が、労働基準法上の労働時間に当たるか否かが問題であるところ、原告らと被告間で、平成21年2月に作成された労働契約書上は、仮眠・休憩時間と実働時間が区分して記載されているのに対し、平成19年4月1日付けで作成された労働契約書上は、仮眠・休憩時間と実働時間は区分して記載されておらず(証拠<省略>)、契約書の記載のみから直ちに結論を導くことはできない。
しかしながら、労働基準法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、実作業に従事していない時間(不活動時間)が同法上の労働時間に該当するか否かは、労働者が不活動時間において使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価することができるかどうかにより客観的に定まるものと解される(最高裁判所平成12年3月9日判決民集54巻3号801頁ほか)。
このような見地からすると、仮眠・休憩時間が労働時間に当たるか否かは、労働契約書の記載のみから直ちに決せられるものではなく、また、仮眠・休憩時間において、労働者が実作業に従事しているか否かのみによって決せられるものでもなく、労働からの解放が権利として保障されているか否かによって判断されるべきであり、仮眠・休憩時間について、労働者が労働からの解放を権利として保障されておらず、緊急の場合に実作業に従事することが義務付けられている場合には、実作業に従事する必要が生じることが皆無に等しいなど、実質的には作業への従事が義務付けられていないと認められるなどの特段の事情のない限り、労働時間に当たるというべきである(最高裁大星ビル管理事件判決参照)。
これに対し、被告は、最高裁大星ビル管理事件判決につき、警備会社の警備員が、仮眠時間中に1名で緊急の業務に対応しなければならない事案に関するものであって、本件とは事案を異にする旨主張するが、本件において、仮眠・休憩時間の労働時間性に関する一般論を変更する必要は見出し難く、一般論を具体的事案に適用する際に、事案の特色を踏まえて判断すれば足りるというべきであるから、被告の上記主張は採用できない。
そこで、以下、上記の解釈に照らして検討する。
(2) 関連する認定事実
ア a病院において「勤務時間」外に想定されている業務の概要
被告とa病院間の平成19年3月7日付け業務委託契約書(証拠<省略>)及び「宮城県立a病院保安・防災等業務委託仕様書」(証拠<省略>、以下「本件仕様書」という。)において、「勤務時間」外に想定されている主要な業務は、以下のとおりである。
(ア) 巡回警備業務関係
① 庁舎内外の随時巡回(来院者の案内、不審者・不審物の発見、火気・危険物の管理、消火・防火施設の確認、設備等の汚損・異常の発見、掲示物の点検、消灯・点灯の確認、残務者の確認、各室の施錠状況の確認等)
② 守衛室に対する異常の連絡及び応急処置
(イ) 監視警備業務関係
① 守衛室に設置されている防災監視盤、照明制御盤、エレベーター監視盤、薬剤部監視モニター等の機器の常時監視・操作、点検・確認
② 入出者の把握、確認等の出入り状況の監視
③ 警察署、消防署その他の官公署に対する異常の連絡及び応急処置
④ 職員及び管理者が別途委託している業者の業務員等からの要請による各部屋の開錠・閉錠
⑤ 時間外における電話の応対及び来院者等の対応(各病棟及び関係部署への外線電話の取り次ぎ、緩和ケア病棟入院者に対する外線電話の直接取り次ぎ、来院者等の病棟及び関係部署の案内)
(ウ) 防災業務関係
① 火災等の災害発生時に、管理者の指示に従い関係機関と連絡調整を行い、中央監視室等と協力して消火活動を行う。
② 災害、事故等の異常が発生した場合、別に指示する緊急連絡等非常時の処置をとるとともに、管理者に発生内容の状況等を迅速に報告し、二次災害の防止と適切な復旧措置を講じて安全の確保に努めるものとする。
(エ) 宿日直業務
① 急患時のカルテ出庫業務
② 緊急手術、検査等のための職員(医師、看護師及び薬剤部・診療放射線技術部・臨床検査技術部の技師等)の呼び出し業務
③ 災害(地震、台風、大雨、洪水、大雪、暴風等)、火災、放射線・RI関連事故、自動車事故等発生時の職員連絡業務等
(オ) その他の業務
① 第1医局当直室、第2医局当直室及び職員仮眠室等の管理(ベッドメイク作業を含む。)
② 時間外に於ける緩和ケア病棟入院者に対する電話の直接取り次ぎのため、入院患者名簿との照合による在棟患者確認
③ 急患の受け入れに伴う救急車等の誘導、交通整理
④ タクシーチケットの受払その他管理者が指示する業務
イ 業務委託契約上想定されていた勤務体制
a病院における勤務体制について、本件仕様書には、「業務員は、非常時等に迅速に対応できるよう常に連絡等の体制を整えておくこと」、「業務は職員の勤務時間内(平日午前8時30分から午後5時15分まで)と勤務時間外(土曜日、日曜日を含む休日の午前8時30分から翌日の午前8時30分まで、及び平日の午後5時15分から翌日の午前8時30分まで)に区分して実施するものとし、勤務時間内は5人(うち1人は駐車場管理業務等のため午前中のみの勤務で可)以上、勤務時間外は4人以上を業務に充てるものとする。」と記載されている(証拠<省略>)。
a病院としては、「平成19年~21年度保安・防災等業務委託仕様書」に基づく警備員の勤務内容に関し、駐車場管理業務等のため平日午前中の時間帯は5人、それ以外の時間帯は、特に勤務時間内外を問わず、4人以上常時配置し、業務に充てることとしており、例えば、勤務時間外の業務員4人のうち2人が業務に就き、2人が仮眠中であった場合に急患等があり、2人での対応に不足がある場合には、仮眠中の2人も適宜業務に従事する関係にあると認識している(証拠<省略>)。
なお、警備員が、上記波動業務や突発業務に従事するに当たっては、必要に応じて、a病院からビル管理業務を受託した会社の従業員と連携し、或いは宿直担当医師や看護師と連携することが求められる(原告X1本人、弁論の全趣旨)。
ウ 本件係争期間中における勤務のローテーション
本件係争期間中、a病院においては、原告らを含む約10人の労働者が交代制で業務に当たっており、そのローテーションは、所定の勤務ローテーション表により、午後0時から午後8時までの間に、概ね2名ずつ休憩し、その間残り2名(平日午前9時から午後0時は3名)が業務に従事する体制がとられ、午後9時以降翌日午前6時までに、概ね、2名ずつ仮眠をとり、その間残り2名が業務に従事するものとされていた(証拠<省略>、原告X1本人、弁論の全趣旨)。
エ 原告らの本件係争期間の仮眠・休憩時間中における実作業従事の状況
原告らが担当する保安・防災業務には、巡回警備、監視警備、駐車場管理等のほか、a病院内において、急患、死亡退院、転院、防災盤(発報)等に対応する波動業務や、敷地内の交通事故への対応や患者の捜索等を行う突発業務も含まれており、本件係争期間中に、原告らが、これらの業務に対応するために、仮眠・休憩時間中に出動し、実作業に従事した回数は、平成19年度(平成19年4月ないし平成20年3月)において、休憩時間中に業務に従事したのは、19件、仮眠時間中に業務に従事したのは、1、2件、平成20年度(平成20年4月ないし平成21年3月)において、休憩時間中に業務に従事したのは、13件、仮眠時間中に業務に従事したのは、9件、平成21年度(平成21年4月ないし平成22年3月)において、休憩時間中に業務に従事したのは、23ないし28件、仮眠時間中に業務に従事したのは、8、9件である(弁論の全趣旨。数字が1つでないところは、当事者の主張上一致しない部分であるが、本件の結論に影響するものとは認められない。)。
オ 仮眠・休憩時間の過ごし方と原告らの認識
原告らは、平成16年4月から平成19年3月までの間、a病院から警備等業務の委託を受けていたb社との間では、仮眠・休憩時間中の外出禁止を指示されていたと理解しており、同年3月ころ、被告がb社からa病院の警備業務を引き継ぐこととなった際、被告の担当係長より、a病院における警備業務について、b社の業務担当時と同様であるかのようにとれる説明を受け、本件係争期間中の仮眠・休憩時間の扱いについて、b社の業務担当時と同様であると受け止めていた(証拠<省略>、原告X1本人)。
なお、証人B(被告の従業員で、a病院における警備隊長を務めている。)は、原告らに対し、仮眠時間中自宅に帰ってよいと話していた旨供述するが、その話をした時期、場所とも不明確であり、原告X1本人の供述に照らして採用できない。
上記のような認識及び状況の下、原告らは、本件係争期間における仮眠・休憩時間中、a病院の敷地から自由に外出するようなことはなく、仮眠時間中は、守衛室の一角に、守衛室内の電話の音が聞こえる程度の襖等で仕切られた広さ6畳程度の仮眠室で仮眠をとっていた。
カ Y(株)警備員総則の記載
Y(株)警備員総則には、「2.業務」中に、「(1)当社警備員は警備業法をふまえたうえで、警備仕様書及び現場のマニュアルに従い、確実な業務の遂行に努めること。」、「(3)仮眠時間であっても勤務中であることを理解すること。」との記載がある。
(3) 認定事実等に基づく検討
ア a病院において「勤務時間」外に想定される業務の概要、業務委託契約上想定されていた勤務体制及びa病院の施設の規模等(前記(2)ア、イ及び前提事実(2)、(3))に鑑みれば、仮眠・休憩時間中の警備員が、波動業務又は突発業務に対応するために、同時間帯を実働時間とされた人員では不足する事態は一般的に想定され得ることといえる。そして、そのような事態が生じることは、その性質等から、前もって予測することができないものであり、被告から事前に待機を指示しておくこともできないのが通常である(人証<省略>、原告X1本人、弁論の全趣旨)。
そして、被告とa病院との業務委託契約上、常時4人(24時間勤務の平日午前中については5人)の体制で業務に当たることが要求されていたと認められる(前記(2)イ)から、被告において、上記業務委託契約に基づき、本件係争期間中、仮眠・休憩時間を通じて上記事態に対応するためには、仮眠・休憩時間中の警備員について、労働から完全に解放し、職場を離脱する自由を認めるわけにはいかなかったということができ、それゆえ、被告においても、仮眠・休憩時間中、波動業務や突発業務等への対応上必要が生じた場合に実作業に従事するのは当然であるとの認識を前提として受託業務を遂行しているとみるのが合理的である(緊急事態における判断、対応は、その性質上、まずは現場の警備員にゆだねられていたとしても、仮眠・休憩時間中の警備員に、緊急事態において対応しない自由が認められていたとは認め難い。)。
他方、原告らも、b社がa病院における警備業務を担当していた当時から、仮眠・休憩時間中も突発業務や波動業務により必要が生じた場合には、業務に従事しなければならないと認識しており、被告がa病院での警備業務をb社から引き継ぐこととなった際、被告の担当係長において、原告らに対し、a病院における警備業務についてはb社の業務担当時と同様であるととられるような言動をしていたものであり、このような状況の下で、原告らは、本件係争期間における仮眠・休憩時間を通じて、業務外の事由によりa病院の敷地内から出ることはできず、食事も宿直室でとり、仮眠時間中は宿直室の一角の仕切られた部屋で仮眠をとっていたものである(前記(2)オ)。
そして、原告らが、本件係争期間において、仮眠・休憩時間中、実作業に当たるとされていた2人では対応できないとして実際に波動業務や突発業務等の実作業に従事した回数は、前記(2)エで認定したとおりであって、本件全証拠によっても、原告らが必要もないのに割増賃金請求等の目的で業務に従事したとは認められず、上記実作業への従事は、結果的にみれば限られた件数にとどまるとはいえ、年間で平均してみた場合に、皆無に等しいとまでいうことはできない。
イ 以上の事実関係の下では、原告らは、本件係争期間において、被告から、仮眠・休憩時間中、実作業に当たるとされていた2人(駐車場管理を伴う平日午前中については3人)では対応できない事態が生じた場合に業務に従事することを、少なくとも黙示的かつ包括的に指示され、義務付けられていたというべきであって、完全に労働からの解放が権利として保障された状態にあったということはできず、被告の指揮命令下にあったと認めるのが相当である(被告の原告らに対する、本件係争期間中の仮眠・休憩時間の対応についての指示は曖昧といわざるを得ず、そのことによる不利益を労働者に帰するのは相当でない。)。
(4) 被告の主張等について
ア 業務委託契約の解釈について
被告は、a病院との業務委託契約の解釈につき、常時4人(駐車場管理を伴う平日午前中については3人)が実作業に従事することが求められるものではなく、仮眠・休憩時間と実働時間のコマを組み合わせることが許容されるから、仮眠・休憩時間は労働時間に当たらない旨主張する。しかしながら、常時4人(駐車場管理を伴う平日午前中については3人)が実作業に従事することが求められるものではないことが被告の主張するとおりであるとしても、そのような体制が許容されるのは、仮眠・休憩時間中の2人に業務からの離脱の自由が保障されず、業務への対応が義務付けられていればこそということができる。むしろ、そのような体制であったのでなければ、被告は、a病院に対して、業務委託契約上の債務を履行していなかったことになる。被告の上記主張は、仮眠・休憩時間の労働時間該当性を否定する根拠とするには足りないというべきである。
イ 仮眠・休憩時間中の実作業への従事の割合、頻度について
被告は、原告らが、本件係争期間において、仮眠・休憩時間中実作業に従事した頻度は、コマ数でみれば極めて低いことを理由に、仮眠・休憩時間を労働時間に当たると解することはできない旨主張しており、なるほど被告が主張するようなコマ数でみれば頻度が低いことは否定できないとしても、勤務1回当たりの件数でみれば、仮眠・休憩時間中の実作業への従事が皆無に等しいとまではいえず、原告らは、頻度の低い業務のために労働からの解放が保障されていなかったということもでき、被告の上記指摘は、和解の要素としては考慮に値するとしても、判決の結論を左右するものということはできない。
ウ 被告が仙台労働基準監督署に提出した「警備業務賃金表」について
被告代表取締役作成に係る平成21年6月30日仙台労働基準監督署受付の「警備業務賃金表」(証拠<省略>)には、「※ 休憩時間、仮眠時間は職場に束縛せず自由時間とする。」との記載あるが、この記載によって、被告が労働基準監督署による調査に対してその旨説明したことが裏付けられるとしても、被告が原告らに対し、その旨明確に説明したと認めるに足りる証拠はないから、「警備業務賃金表」の記載は、上記認定を左右するものということはできず、被告が、労働基準監督署から仮眠・休憩時間中の賃金不払の是正の指導を受けていないとしても、その調査の程度も不明である以上、本件の結論を左右するものということはできない。
また、原告らと被告との間で、平成22年3月ころ、同年4月1日以降の勤務について作成された労働契約書(乙9)には、「休憩・仮眠時間は自由利用とする。」との記載が加えられており、これによれば、原告らが同年4月1日以降、仮眠・休憩時間中の実作業への従事を義務付けられていたとは認め難い(原告X1は、生活上やむを得ず、乙9への署名押印に応じた旨供述するが、上記契約書作成の動機にとどまり、上記認定を左右するに足りない。)が、本件係争期間中の仮眠・休憩時間に対する評価を左右するものではない。
エ Y(株)警備員総則について
被告は、Y(株)警備員総則について、a病院とは別の契約先に関する規定であるとして、a病院における受託業務の開始に当たり原告らに交付されたことを争い、(証拠省略)及び証人Bの証言中にはこれに沿う部分がある。確かに、被告が指摘するように、Y(株)警備員総則が提出され、主張上その存在に言及されるようになった時期が本件訴訟の提起後相当期間経過した後であるという経緯等に照らすと、原告らが、本件係争期間当時、仮眠時間の拘束性について判断するための資料として、Y(株)警備員総則の書面の記載を意識していたとは考えにくいところである。しかしながら、Y(株)警備員総則の標題、文言に加え、その内容からすると、a病院に適用されないものとみることは困難である上、a病院と異なる扱いをするような合理的理由も見出し難く、むしろ、a病院の医療機関としての性質に照らせば、被告は、a病院における業務の取り扱いについても、Y(株)警備員総則の記載内容と同様の認識を有していたとみるのが合理的である。被告の上記主張は採用できない。
オ 原告らの割増賃金請求の事実について
被告は、原告らが、平成20年6月の岩手県沿岸北部地震への対応のため仮眠・休憩時間中に実作業に従事した際に、被告に対して割増賃金の支払を請求したこと(証拠<省略>、弁論の全趣旨)を基に、原告ら自身、仮眠・休憩時間が労働時間に当たらないことを認識していた旨主張し、証人Bも、原告らの中に、仮眠・休憩時間中の時間外・深夜労働による割増賃金を請求したことがある者がいるはずである旨供述するが、上記地震への対応時の割増賃金の請求に関し、原告X1は、震災後の対応として特に長時間の対応を要したこともあって、上司の要請を受けて請求したものである旨供述しており、厳密な法的な検討を経て行われたものとは認められず、証人Bの証言に係る割増賃金の請求の経緯、回数等も不明確であることに照らすと、上記被告の主張に係る事実及び証人Bの証言から、直ちに本件係争期間中における仮眠・休憩時間について、労働からの解放が権利として保障されていたことを基礎付けることはできないというべきであり、他に前記認定、判断を動かすに足りる事実及び証拠はない。
(5) 小括
以上に検討したところによれば、原告らは、本件係争期間における仮眠・休憩時間中、労働から解放されることが権利として保障されていたとは認め難い。
もっとも、原告ら主張の適正賃金のうち、駐車場管理業務に係る賃金差額については、原告らの主張を認めるに足りる根拠はないというべきである。
そうすると、平成19年4月1日から平成21年12月31日までの期間について、被告が原告らに支払うべき賃金及び実際に支払われた賃金との差額は、別紙一覧表の合計額から上記駐車場管理業務に係る差額賃金(1回分の差額3062円-2500円に別紙一覧表の△欄の数字(回数)を乗じた金額)を差し引いた残額であり、その金額は以下のとおりである。
ア 原告X1につき、合計320万0160円(内訳は以下のとおり)
平成19年4月分から平成20年3月分まで
115万6481-562×3=115万4795円
平成20年4月分から平成21年3月分まで
117万0829-562×7=116万6894円
平成21年4月分から同年12月分まで
87万9595-562×2=87万8471円
イ 原告X2につき、合計304万2415円(内訳は以下のとおり)
平成19年4月分から平成20年3月分まで
115万4683-562×26=114万0071円
平成20年4月分から平成21年3月分まで
111万2843-562×27=109万7669円
平成21年4月分から同年12月分まで
81万6477円-562×21=80万4675円
ウ 原告X4につき、合計292万9910円(内訳は以下のとおり)
平成19年4月分から平成20年3月分まで
98万7923-562×1=98万7361円
平成20年4月分から平成21年3月分まで
110万3387-562×2=110万2263円
平成21年4月分から同年12月分まで
84万0286円
エ 原告X5につき、合計307万6343円(内訳は以下のとおり)
平成19年4月分から平成20年3月分まで
114万8857-562×28=113万3121円
平成20年4月分から平成21年3月分まで
112万9305-562×30=111万2445円
平成21年4月分から同年12月分まで
84万3703-562×23=83万0777円
オ 原告X3につき、合計338万5966円(内訳は以下のとおり)
平成19年4月分から平成20年3月分まで
122万4504-562×36=120万4272円
平成20年4月分から平成21年3月分まで
123万1512-562×39=120万9594円
平成21年4月分から同年12月分まで
98万7274-562×27=97万2100円
カ 原告X6につき、合計302万5682円(内訳は以下のとおり)
平成19年4月分から平成20年3月分まで
113万6453-562×32=111万8469円
平成20年4月分から平成21年3月分まで
111万9116-562×29=110万2818円
平成21年4月分から同年12月分まで
81万7321-562×23=80万4395円
キ 原告X7につき、合計304万6964円(内訳は以下のとおり)
平成19年4月分から平成20年3月分まで
112万2391-562×31=110万4969円
平成20年4月分から平成21年3月分まで
113万0220-562×23=111万7294円
平成21年4月分から同年12月分まで
83万8751-562×25=82万4701円
ク 原告X8につき、合計316万8016円(内訳は以下のとおり)
平成19年4月分から平成20年3月分まで
115万5467-562×33=113万6921円
平成20年4月分から平成21年3月分まで
118万9268-562×29=117万2970円
平成21年4月分から同年12月分まで
87万0489-562×22=85万8125円
2 差額賃金相当額についての不法行為に基づく損害賠償請求について
不法行為に基づく損害賠償請求が予備的請求であるとすると、労働契約に基づく差額賃金請求が認められる部分については、予備的請求について判断するまでもないし、その点を措くとしても、損害の発生が認められないから、不法行為の成立は認められない。したがって、原告らの主張は認められない。
3 その他の不法行為に基づく損害賠償請求について
原告らが主張する事実は、一部に行政法規の違反に当たる部分があったとしても、原告ら個人に財産的不利益を与えるものとは言い難く、被告の行為により原告らの保護法益を侵害して損害を発生させたものということはできないから、原告らの主張は認められない。
4 小括
(1) 原告らの請求について
ア 労働契約に基づく差額賃金請求については、被告に対し、主文第1項記載の金員の支払を求める限度で理由がある。
イ 差額賃金相当額についての不法行為に基づく損害賠償請求及びその他の損害賠償請求については、いずれも理由がない。
(2) 付加金について
前記1の認定を基に被告に対し、労働基準法114条の規定に基づき付加金の支払を命ずべきか否かを検討するに、本件係争期間中における仮眠・休憩時間中、実働時間内の勤務に当たっている警備員が複数名いた上、原告らが仮眠・休憩時間中に実作業に従事した回数が、皆無でないとはいえ、少数にとどまり、本件係争期間当時、このような事案における仮眠・休憩時間の労働時間該当性が、判例上明白であったとは言い難いことなどに鑑みると、本件において、被告に対して付加金の支払を命じるのは相当でないというべきである。
第4結論
よって、原告らの請求は、主文第1項記載の限度で理由があるから認容し、その余はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条、64条本文、仮執行宣言につき同法259条1項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 関口剛弘)