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仙台地方裁判所 平成22年(行ウ)1号 判決 2012年1月23日

主文

1  宮城県公安委員会が原告に対して平成21年8月26日付けでした運転免許取消処分を取り消す。

2  訴訟費用のうち補助参加によって生じた費用は,被告補助参加人の負担とし,その余の訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文と同旨

第2事案の概要

本件は,宮城県公安委員会(以下「処分行政庁」という。)から第一種中型免許を受けていた原告が,軽四輪乗用自動車を運転中,普通乗用自動車と衝突して同車両を運転していた男性を負傷させる交通事故を起こし,処分行政庁から道路交通法(以下「法」という。)70条に違反したとして違反点数及び付加点数を付され,累積点数が運転免許を取り消す基準に該当するとして,法103条1項5号及び同条7項に基づき,運転免許を受けることができない期間を1年とする運転免許取消処分(以下「本件処分」という。)を受けたことから,被告に対し,上記付加点数の前提となる交通事故の被害者の治療期間の認定を誤った違法がある旨主張して,本件処分の取消しを求める事案である。

1  前提事実(争いがない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨等により容易に認められる事実)

(1)  当事者

原告は,処分行政庁から,平成18年8月1日付けで第一種中型免許(有効期間が平成23年9月6日までのもの)を受けていた者であり,平成21年6月3日当時,過去3年以内に運転免許取消処分等を受けた前歴はなかった(甲2,弁論の全趣旨)。

(2)  交通事故の発生等

ア 原告は,平成21年6月3日午前7時25分頃,宮城県栗原市abc番地d先道路において,軽四輪乗用自動車(以下「原告車」という。)を運転して走行中,進行方向を注視せず,対向車線を前方から走行してきた普通乗用自動車(以下「対向車」という。)に原告車を衝突させたことにより,対向車の運転者A(以下「被害者」という。)及び対向車の同乗者2名に,それぞれ傷害を負わせる交通事故(以下「本件事故」という。)を発生させた。なお,本件事故により,上記同乗者2名のうち1名は頚椎捻挫,胸部打撲により加療約2週間の傷害を,もう1名は胸部挫傷により加療約1週間の傷害をそれぞれ負った(以上につき,乙7の2及び3,弁論の全趣旨)。

イ 被害者は,同日,B病院(以下「本件病院」という。)整形外科を受診し,C医師によって,「頚椎捻挫,胸部・右手打撲」により「受傷日より約3週間の加療を要する見込みである。」と診断され,その旨の同日付け診断書が作成された(争いがない)。

ウ 被害者は,同月19日,C医師によって,「右第5中手骨骨折,胸部・右手打撲,頚椎捻挫」により「上記病名にて今後約3か月間の加療を要する見込みである。」と診断され,その旨の同日付け診断書が作成された(争いがない)。

(3)  本件処分の経緯等

処分行政庁は,上記(2)ウのC医師の診断書(以下「本件診断書」という。)を基にして,被害者の治療期間につき,本件事故日から上記(2)ウの診断日までの16日間に,同診断に係る「約3か月間」の日数を加えた約106日間と認定した上,道路交通法施行令(以下「施行令」という。)別表第二の一の表の定める違反行為(安全運転義務違反)による基礎点数2点に,施行令別表第二の三の表の定める付加点数13点(傷害事故のうち最も負傷の程度の重い者の負傷の治療に要する期間が3か月以上であり,当該事故が専ら当該違反行為をした者の不注意によって発生したものである場合についてのもの)を加えると,累積点数が15点となることから,施行令38条5項1号イ,別表第三の一の表の第一欄「前歴がない者」の区分に応じた第六欄(15点から24点まで)に該当するとして,原告の意見聴取を経た上で,原告に対し,平成21年8月26日付けで,法103条1項5号,施行令38条5項1号イに基づき,運転免許を取り消し,法103条7項,施行令38条6項2号ホに基づき,運転免許を受けることができない期間を同日から1年間と指定する本件処分をした(争いがない)。

(4)  行政不服審査請求及び本件訴訟の提起

原告は,平成21年9月14日,処分行政庁に対し,本件処分の取消しを求めて異議申立てをしたが,同年10月28日付けで同申立てを棄却する旨の決定がされたため,平成22年1月4日,本件訴訟を提起した(甲3,顕著な事実)。

(5)  原告は,本件事故に関し,築館簡易裁判所において,自動車運転過失傷害罪により,罰金20万円の略式命令を受けた(乙4,弁論の全趣旨)。

2  争点及び争点に関する当事者の主張

本件の争点は,本件処分の適法性に関し,本件事故における被害者の治療期間を3か月以上と認定した処分行政庁の判断に,処分の取消事由となる違法があるか否かであり,この点に関する当事者の主張は以下のとおりである(なお,原告は,処分手続に重大な違法がある旨主張するが,同主張は,結局のところ,治療期間の認定の違法性の有無を問題とするものということができるから,上記争点に関する主張として整理した。)。

(1)  原告の主張

本件事故により被害者に生じた右中手骨骨折は,骨折一般に比べても骨癒合が早く,通常の診断,治療によれば約3週間で治癒に至るものであるところ,C医師は,明白な骨折線が写っているレントゲン写真を2回にわたり見逃し,本来であれば骨折を疑って精密検査等をしてギプスによる固定処置をすべきであるにもかかわらず,弾性包帯を巻いたのみで経過観察としたため,被害者の骨折部分に転位が生じ,治療期間が約106日間もの長期間となったものである。しかしながら,未だ転位が生じていない平成21年6月3日時点でギプス固定をしていればその後約3週間で治癒していたことは明らかである。また,仮にC医師の診断を前提にしても,ギプス固定が解除された同年7月22日には概ね治癒していたというべきであり,遅くとも,同年8月12日には骨折線も消滅して治癒に至っていたことが明らかであるから,同年9月9日を治癒日とする合理的根拠は一切なく,本件事故における被害者の治療期間は少なくとも90日未満であったといえる。

ところが,処分行政庁は,治療期間が90日以上であるか否かが運転者にとって非常に重要であるにもかかわらず,未だ本件事故から90日を経過していない段階において,C医師に治療状況を確認しないまま,今後約3か月間の加療を要する「見込み」とした本件診断書のみを根拠に本件処分に及んだものであるから,本件処分には,治療期間の認定を誤った違法があるというべきである。

(2)  被告及び被告補助参加人(以下「被告ら」という。)の主張

原告は,C医師が,本件事故当日,被害者に生じていた右中手骨の骨折線を見逃した旨主張するが,その主張は,骨折の確定診断が可能な平成21年6月16日時点でのMRI画像を見たD医師がレトロスペクティブな視点から本件事故当日のX線画像を読影した結果下した判断を前提とするものであり,本件事故当日において,C医師が被害者の骨折につき確定診断をしなかったからといって誤診があるとはいえない。現に,C医師は,本件事故当日も被害者の右中手骨骨折を疑ったからこそ,X線画像を撮影しているのであって,その疑いをもとに,打撲や捻挫の可能性も考慮して,ギプス固定まではせずに弾性包帯を巻いて経過観察を行うこと自体は,医療水準に合致した適切な判断である。そして,一般的な骨折では,骨硬化まで二,三か月,機能回復に更に一,二か月要するとされているので,被害者につき加療約3か月と判断したC医師の診断に何ら誤りはないというべきである。

また,C医師は,本件事故当日の診断時には,被害者のレントゲン写真を本件病院の整形外科医全員で確認した上で,骨折の有無を慎重に判断しており,その後も症状に応じた適切な処置を講じているので,C医師の誤診によって被害者の治療期間が長引いたということはない。

そして,処分の違法判断の基準時については,判例上,処分時を基準とすべきとされているところ,運転免許取消処分は,事故発生後速やかに行われることが制度上求められており,事故被害者の治癒を待たずに処分することが予定されているため,医師の診断した治療見込期間に基づいて治療期間を認定するほかないのであって,処分行政庁は,傷害の程度については医師の診断書記載の全治又は治療日数を基に認定するとの基準に照らして,被害者が提出したC医師の診断書を精査し,医師が真正に作成したものであること及び診断書に記載された症状と治療期間に齟齬のないことを確認して本件処分を行っているのであるから,処分行政庁がした治療期間の認定に違法はないというべきである。

なお,C医師は,本件診断書における加療期間の起算日が本件事故日である同月3日であるとしているが,被害者の右第5中手骨骨折が治癒した日はいずれにしても本件事故日から93日後の同年9月9日であるとしているので,被害者の治療期間が3か月以上であることに変わりはなく,本件処分に違法はない。

第3当裁判所の判断

1  判断の枠組みと資料

施行令別表第二の三の表によれば,人の傷害に係る交通事故で,同事故が専ら当該違反行為をした者の不注意によって発生したものである場合においては,当該傷害事故に係る負傷者の治療に要する期間が3か月以上であるものについては13点,同治療期間が30日以上3か月未満であるものについては9点の付加点数が加算されることとなっている。そのため,被害者の治療期間が3か月以上と認められなければ,原告の累積点数は15点に達しないこととなり,施行令38条5項1号イの定める運転免許取消処分の基準に該当しないことになるから,本件処分は違法なものとして取り消されるべきことになる。

そこで,以下,被害者の治療に要する期間が3か月以上であると認められるか否かについて検討する。その際,治療期間の認定については,本件処分時を基準時とすべきであるところ,判断の基礎となる資料については,口頭弁論終結時までに得られた資料を基に判断するのが相当である。

2  認定事実

後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  被害者の骨折の内容,主な治療経過

ア 被害者については,平成21年6月3日ないし同月5日の時点で,右第5中手骨基部にぎざぎざの稲妻型の骨折線が認められ,同日以降,同月15日,同月24日と時間が経過するとともに,同骨折部に転位(骨折により骨折端が相互にずれ合い,屈曲することをいう。)が生じ,少しずつその転位が進んでいることが認められる(甲5,13,21の1及び2,甲22の1及び2,甲37,証人D2頁ないし5頁,17頁ないし19頁,37頁ないし39頁,証人C6頁ないし7頁,弁論の全趣旨)。

イ C医師は,同月16日に行ったMRI検査の結果から,被害者の右第5中手骨基部に完全骨折(骨折のうち,骨が完全に連絡を断たれたものをいう。)があると診断し,同月19日,被害者に対し,骨折部位をギプスで固定し,安静にすることが望ましい旨説明したが,被害者から,ギプス固定をすると車の運転や仕事ができなくなるとの申し出があったため,弾性包帯による固定にとどめ,経過観察を行うこととした。しかし,同月24日,被害者が骨折部位につき「動かすと痛い」としてギプス固定を希望したことから,C医師は,同日,被害者の右第5中手骨基部をギプスで固定した(以上につき,証人C13頁ないし15頁,29頁)。

ウ C医師は,同年7月22日,被害者の上記イのギプス固定を解除してレントゲン写真の撮影による経過観察を行うこととし,痛み止めの処方も終了することとした。その後,C医師は,同年8月26日,被害者の右手2方向のレントゲン写真を撮影し,次回の診察で問題なければ治療を終了する旨を被害者に伝え,同年9月9日に再びレントゲン写真を撮影したところ,同年8月26日と同様に転位を認めず,安静時に痛みはなく,圧痛も軽度となったことを受けて,同年9月9日をもって治癒と判断した(以上につき,甲5,35,証人C20頁ないし22頁,37頁)。

(2)  骨折の治療に関する知見等

一般に,完全骨折が判明した場合には,骨折箇所の転位を防ぐため,固定処置が行われるべきであるとされている(甲15,証人D8頁,証人C33頁)。また,固定処置による骨折の治療期間については,一度骨折した骨が元の硬さに戻るのに約二,三か月,その後,機能的な問題がなくなるには約一,二か月を要するとの見解が存する一方で,中手骨骨折については,血行のよい部位であるため,ギプス副子に二,三週間固定することにより,早期に骨癒合が起こり,機能回復には骨硬化に要したとほぼ同日数を要するとの見解も存する(甲9,15,丙11)。

(3)  被害者に関する診断書の記載等

ア C医師は,平成21年6月3日,被害者につき,「頚椎捻挫,胸部・右手打撲」により「受傷日より約3週間の加療を要する見込みである。」との診断書を作成した(前記前提事実(2)イ)。

イ C医師は,同月19日,被害者につき,「右第5中手骨骨折,胸部・右手打撲,頚椎捻挫」により「上記病名にて今後約3か月間の加療を要する見込みである。」とする本件診断書を作成した。その際,C医師は,本件診断書の加療期間の起算日について,診断書作成日である同日ではなく,本件事故発生日である同月3日であることを前提としていた(以上につき,前記前提事実(2)ウ,証人C31頁)。

3  認定事実に基づく検討

前記前提事実(3)のとおり,本件処分は,C医師が作成した本件診断書における「今後約3か月間の加療を要する」との記載を基に,被害者の治療期間を3か月以上と認定しているものであるが,本件診断書の記載上,被害者の受傷日や加療期間の起算日が明確にされていない上,加療期間についても「約」と記載されていることから,被害者の治療期間が3か月未満であるか,3か月以上であるかが一義的に明確とはいえない。

そして,本件では,被害者に対するギプス固定が本来,平成21年6月19日の時点で行われるべきところ,被害者の意向により同月24日に延期されているほか(上記2(1)イの認定事実),被害者の治癒日についても,同年7月22日以降は専ら経過観察のみが行われている中で,C医師が設定した同年9月9日の診察日において,同年8月26日同様に転位等がないことが確認された結果,治癒と診断されたものであって(同ウの認定事実),被害者の意向や経過観察の間隔の設定次第では,ギプス固定の開始時期や治癒診断が可能な日が実際よりも早まった可能性が相当程度あるといえる。加えて,本件では,実際には本件事故当日から被害者には骨折線が確認されており(同アの認定事実),骨折との診断自体が実際よりも早期にされ,転位を伴わずにより短期間で治療が完了した可能性も相当程度認められる。

以上を踏まえると,本件診断書の記載から直ちに治療期間が3か月以上であるとはいえず,実際にも被害者の治療期間が3か月を下回る可能性が相当程度あったというべきであって,治療期間の認定が,その期間によっては被処分者に運転免許取消処分という重大な不利益を及ぼし得るものであることを踏まえると,本件において,処分行政庁が被害者の治療期間を3か月以上であると認定したことには違法があるといえる(なお,原告は,C医師に誤診がある旨主張するが,被害者が本件事故により頚椎捻挫,胸部打撲等,右手以外の部位も負傷していたことや,骨折に対する治療方法や経過観察期間の設定方法につき統一された基準がなく,一定程度医師の裁量に委ねられている面があることからすれば,上記事実関係から直ちにC医師の診断に誤診があったということはできない。)。

4  被告らの主張についての検討

これに対し,被告らは,昭和40年8月31日付けで発出された細目基準(乙16)中,傷害の程度の認定基準において,全治日数は,医師の診断書記載の全治又は治療日数をいう旨定められていることなどを指摘して,処分行政庁が本件診断書に基づいて治療期間を認定している以上,その認定に違法はない旨主張する。しかしながら,法及び施行令のほか,平成21年6月1日付けで作成された処分基準(乙14)においても,診断書によって治療期間を認定すべきとする明確な規定は存在せず,被告らの指摘する上記細目基準が治療期間の認定全般に適用されると認めるに足りる法令上の根拠は存在しないので,法令上,治療期間の認定を診断書によって行えば常に足りるものと解することはできない。

また,被告らは,運転免許取消処分における治療期間の認定は医師の治療見込期間に基づいて行うほかない旨主張する。確かに,処分時において交通事故の被害者の傷害が治癒していない場合には,治療見込期間を基に治療期間を認定せざるを得ない面があることは否定できず,上記の運用をもって国家賠償法上の違法があるということはできないとしても,運転免許取消処分が被処分者に重大な不利益を及ぼす処分であることからすれば,その判断は慎重に行われるべきであって,少なくとも本件においては,上記3で見たとおり,本件診断書の記載それ自体も治療期間を一義的に明確に記載したものとはいえないため,本件診断書の記載を前提としても,処分行政庁が被害者について行った治療期間の認定には疑問が残る以上,被告らの上記主張は採用できない。

5  以上より,被害者の治療期間が3か月以上であると認めることはできず,原告については,本件事故による付加点数13点は付加されない結果,法103条1項5号,施行令38条5項1号イ,別表第三の運転免許を取り消す基準に該当しないから,本件処分には取消事由となる違法があるというべきである。

第4結論

よって,原告の請求は理由があるからこれを認容することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,66条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 関口剛弘 裁判官 小川理佳 裁判官 吉賀朝哉)

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