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仙台地方裁判所 平成22年(行ウ)25号 判決 2012年1月12日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は,原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

仙台労働基準監督署長が,原告に対して平成21年5月25日付けでした平成20年7月16日から同年11月20日までの期間に係る労働者災害補償保険法に基づく休業補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。

第2事案の概要等

本件は,業務上の負傷をした原告が,仙台労働基準監督署長(以下「処分行政庁」という。)に対し,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づき,病院への通院を中断した期間に係る休業補償給付の支給を請求したところ,処分行政庁から,当該請求に係る期間は療養を受けていないことを理由に休業補償給付を支給しない旨の処分を受けたため,被告に対し,同処分の取消しを求める事案である。

1  休業補償給付の支給要件及び請求書に関する法令の定め

(1)  労災保険法12条の8は,第1項2号において,同法7条1項1号の定める業務災害(労働者の業務上の負傷,疾病,障害又は死亡)に関する保険給付の1つとして,休業補償給付を掲げた上,第2項において,休業補償給付について,労働基準法(以下「労基法」という。)76条1項に規定する災害補償の事由(労働者が業務上の負傷又は疾病による療養のため,労働することができないために賃金を受けない場合)が生じた場合に,補償を受けるべき労働者に対し、その請求に基づいて行う旨規定している。

また,労災保険法14条1項本文は,「休業補償給付は,労働者が業務上の負傷又は疾病による療養のため労働することができないために賃金を受けない日の第四日目から支給するものとし,その額は,一日につき給付基礎日額の百分の六十に相当する額とする。」と定めている。

(2)  労災保険法施行規則13条1項は,休業補償給付の支給を受けようとする者は,「療養の期間,傷病名及び傷病の経過」を含む同項各号に掲げる事項を記載した請求書を,所轄労働基準監督署長に提出しなければならないと定め,同条2項は,「療養の期間,傷病名及び傷病の経過」については,診療担当者の証明を受けなければならないと定めている。

2  前提事実(争いがない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨等により認められる事実)

(1)  原告の業務

原告(昭和57年1月△日生)は,平成20年5月,訴外有限会社Aに雇用され,マンション建物解体工事現場で解体作業に従事していた者である(争いがない事実,弁論の全趣旨)。

(2)  原告の業務上の負傷

原告は,平成20年6月19日午後4時ころ,仙台市a区bc番d号eマンション解体現場において,鉄くずを4トントラックに積み込む作業に従事中,誤ってトラックの荷台から転落し,頭部を地面に強打して負傷した(以下「本件労災事故」という。争いがない事実,乙4)。

(3)  原告の病院受診及び入通院の経過等(通院中断期間の存在)

ア 原告は,平成20年6月19日,本件労災事故後直ちに仙台市立病院を受診し,急性硬膜外血腫,頭部骨折,急性硬膜下血腫,外傷性クモ膜下出血,気脳症の診断を受けて同病院に入院し,その後平成21年11月30日までの間に,以下のとおり,同年7月16日から同年11月20日までの期間(以下「本件通院中断期間」という。)を除き,病院に入通院をした(争いがない事実)。

(ア) 平成20年6月19日から同月28日まで,仙台市立病院に入院

(イ) 同年7月15日,仙台市立病院に通院

(ウ) 同年11月21日から平成21年11月30日まで,B内科・脳神経内科クリニックに通院

イ 原告は,平成21年11月30日,Bクリニックにおいて,治癒と診断された(乙3の15)。

(4)  本件通院中断期間中の就労及び治療の状況

原告は,本件通院中断期間中,就労して賃金を得ることはなく,その間,医療機関を受診して医師の治療や薬剤の投与を受けることもなかった(弁論の全趣旨)。

(5)  原告の休業補償給付の支給請求及びこれに対する処分

ア 原告は,平成21年1月21日,処分行政庁に対し,平成20年6月19日から同年7月15日まで,及び同年11月21日から平成21年1月7日までの各期間に係る休業補償給付の支給を請求した。また,原告は,平成21年2月24日以降,順次,平成21年1月8日から同年11月30日までの期間に係る休業補償給付の支給を請求した。

上記各請求を受けて,処分行政庁は,原告に対し,上記各請求に係る期間の休業補償給付を支給する旨決定し,これを支給した(乙3の1ないし15,弁論の全趣旨)。

イ 原告は,平成21年2月19日,処分行政庁に対し,本件通院中断期間に係る休業補償給付の支給を請求した(以下「本件申請」という。)が,これを受けた処分行政庁は,同年5月25日付けで,本件通院中断期間中は療養を受けていないことを理由として,休業補償給付を支給しない旨の処分(以下「本件処分」という。)をした(争いがない事実)。なお,本件申請に際して提出された申請書の「診療担当者の証明」欄は空欄とされていた(乙4)。

(6)  行政不服審査請求及び本件訴訟の提起

ア 原告は,平成21年5月26日,本件処分を不服として,宮城労働者災害補償保険審査官に対し,労働保険審査請求をしたが,同審査官は,同年8月28日,原告の審査請求を棄却する決定をした(乙8,9)。

イ 原告は,平成21年10月13日,上記決定を不服とし,労働保険審査会に対し,労働保険再審査請求をしたが,労働保険審査会は,平成22年6月23日,原告の再審査請求を棄却する裁決をした(甲1,乙10の1及び2)。

ウ 原告は,平成22年11月29日,本件処分の取消しを求めて,本件訴訟を提起した(顕著な事実)。

3  争点及び争点に関する当事者の主張

本件の争点は,原告が,本件通院中断期間中,労災保険法上の休業補償給付の支給要件である「療養のため労働することができない」との要件を満たすかであり,この点に関する当事者の主張は以下のとおりである。

(1)  原告の主張

ア 原告は,本件通院中断期間中,めまいやふらつきの症状が持続し,自宅で常時横になって安静に過ごしていたものであり,歩行も困難で,外出して就労することができる状態にはなかったが,治療費を賄うことができなかったため通院することができなかったものである。

イ 原則として医師の判断を介在させた安静を休業補償給付の対象とすべきではあるとしても,労災保険法14条は,法文上,医師の判断の介在を明文で定めていないことから,医師の指示を介在させずに自宅で安静に過ごすこと(以下「自宅療養」という。)に対しても休業補償給付を支給する余地があるというべきである。

本件においては,本件通院中断期間の前後の期間が休業補償給付の対象期間と認定されていることに加え,本件労災事故による原告の傷害の内容から見て,ふらつき,めまいが持続することはあり得ることであり,BクリニックのC医師も,意見書において,その症状は継続していたと考えることが合理的であるとの判断を示していること,仙台市立病院の退院時に,神経学的あるいは画像所見上異常が見られなかったとしても,めまいやふらつきにより就労が不能であるということはあり得ることからすれば,原告については,本件通院中断期間中,本件労災事故による傷害の症状が継続して存在し,そのために就労できなかったものと見ることができる。

さらに,原告は,自己が正社員ではなくフリーターであると考えていたため,労働者災害補償保険(以下「労災保険」という。)が適用されるという知識がなく(そのため,仙台市立病院の治療費は,原告の親が立替払をした。),また労災保険上の事業主である使用者が誰であるか判明しなかったため,労災保険給付の申請ができず,そのため治療費を賄えずに適切な治療を受けられなかったものであり,恣意的に労働しなかったというものではない。

このような事実関係の下では,医師の指示に基づかない自宅療養であっても,休業補償給付の支給対象である「療養」に当たると解すべきである。

ウ したがって,本件通院中断期間中の原告の自宅療養は,休業補償給付の支給要件を満たすものである。

(2)  被告の主張

ア 労災保険法に基づく休業補償給付は,労基法に基づく使用者の無過失責任である災害補償責任としての休業補償を補完するものであるから,休業補償給付の支給要件について定めた労災保険法14条1項にいう「療養」とは,労基法75条1項,同法施行規則36条に基づく療養補償における「必要な療養」に限られるところ,上記災害補償責任の趣旨及び事業主の保険料を主たる財源とする労災保険制度の性質に加え,労災保険法に基づく休業補償給付の請求手続において,「療養の期間,傷病名及び傷病の経過」を請求書に記載するとともに,当該事項について診療担当者の証明を受けることが求められていること(同法施行規則13条1項,2項)などに照らすと,上記「療養」とは,療養を担当する医師において,療養上相当と政府が認める範囲内の療養を行うに際し,当該傷病につき身体機能の回復,填補を図るために必要と判断して行われ,かつ,その判断が一般的医学的水準に照らし医師の合理的裁量の範囲内にあるものをいうと解すべきである。

したがって,労災保険法14条1項にいう「療養のため労働することができない」場合とは,療養上相当と政府が認める範囲内の療養を行うに際し,医師により安静を命じられた場合,医師により就労を禁止・制限された場合など,医師が治療上の目的から諸般の指示を行い,労働者がその指示に従うことによって労働することができない場合又は医師の治療を受けるために通院することによって労働することができない場合をいい,医師の医学的判断に基づく指示を受けずに自宅療養することは,これに該当しないと解すべきである。

原告は,平成20年7月15日の仙台市立病院外来診療時にその後の治療は不要と判断され,薬剤の処方も受けておらず,通院継続の指示や近医への紹介等の措置も講じられていないことからすれば,同日,医師から療養継続についての指示を受けなかったことは明らかであるから,本件通院中断期間中の自宅療養が「療養のため」の要件を満たすとは認められない。

なお,原告は,本件通院中断期間中,治療費を賄えなかったために医師の診療を受けられなかったことを理由に,同期間中の自宅療養について,上記「療養のため」の要件を満たすと解すべきである旨主張するが,労災保険法上,療養補償給付の内容としては,「療養の給付」が原則とされ,「療養の費用の支給」は例外的であることからすれば,治療費のない労働者であっても,「療養の給付」を受けることができる以上,原告が治療費を賄えなかったという事情は,医師の指示に基づく療養の要件を充足しないことを何ら正当化するものではない。

イ また,平成20年7月15日の仙台市立病院脳外科の担当医師は,原告の症状について,神経学的に異常がなく,CT検査の結果も異常がない旨診断し,同日をもって診療を終了し,薬剤も処方していない。他方,原告は,初めてBクリニックを受診した同年11月21日,「6月に退院,めまいとふらつき良くなったが,1か月前からまたでてきた」などと述べており,本件処分に対する再審査請求手続において,労働保険審査会会長の照会に対し,仙台市立病院の医師は,同年7月15日時点で医学的に休業の必要はなかった可能性が高い旨回答するとともに,本訴において被告から提出された陳述書中で,本件通院中断期間中の症状について,医学的に不明といわざるを得ない旨述べている。

ウ 上記ア,イの事実からすれば,原告が,本件通院中断期間中,本件労災事故による傷害について,「療養のため労働することができない」状態にあったとは認め難いから,休業補償給付の支給要件が立証されたということはできない。

第3当裁判所の判断

1  労災保険の目的,性質及び休業補償給付の支給要件,内容等

(1)  労災保険は,業務上の事由又は通勤による労働者の負傷,疾病,障害又は死亡等に対して迅速かつ公正な保護をするため,必要な保険給付を行い,あわせて,業務上の事由又は通勤により負傷し,又は疾病にかかった労働者の社会復帰の促進,当該労働者及びその遺族の援護,労働者の安全及び衛生の確保等を図り,もって労働者の福祉の増進に寄与することを目的とし(労災保険法1条),労基法に基づく使用者の災害補償責任を補完する関係にあって(労基法84条1項),その財源を使用者である事業主が負担する保険料及び国費からの補助によって賄うものとされている(労災保険法30条,32条)。

労災保険法に基づく休業補償給付は,このような労災保険制度に基づく保険給付の一つとして,労働者が業務上の負傷をし,又は疾病にかかった場合において,業務上の負傷又は疾病による「療養のため,労働することができないため」に賃金を受けない場合に,当該労働者の請求に基づいて行われるものであり(労災保険法7条,8条の2,12条の8第1項,第2項,労基法75条,76条1項),「業務上の負傷又は疾病による療養のため労働することができないため」に賃金を受けない日の第4日目以降の日について,同法所定の給付基礎日額に所定の割合を乗じた金額を支給するものである(労災保険法14条1項)。

(2)  上記(1)のとおりの労災保険の目的,性質及び財源並びに休業補償給付の内容等に加え,休業補償給付の請求書に「療養の期間,傷病名及び傷病の経過」の記載が要求され,これらの記載事項については,診療担当者の証明を受けなければならないとされていること(労災保険法施行規則13条1項,2項)に鑑みると,休業補償給付の支給要件である,当該労働者が「業務上の負傷又は疾病による療養のため労働することができない」場合に当たるか否かについては,判断の客観性及び公正確保の見地から,医師の医学的知見に基づく判断を要するというべきである。

このような見地からすると,自宅療養が,療養補償給付の対象となる療養に含まれる(労災保険法13条2項4号,12条の8第2項,労基法75条2項,労基法施行規則36条4号参照)としても,休業補償給付の支給要件を満たす療養及び療養のための休業の必要性が認められるためには,当該自宅療養及び自宅療養のための休業が,労働者の担当医師の事前の指示ないし指導に基づくものであるか,担当医師の事前の指示ないし指導に基づくものでない場合には,医師の医学的知見に基づく判断により,客観的に見て自宅療養及び自宅療養のための休業の必要性が明らかであると証明されたものであることを要するものと解するのが相当である。

(3)  これに対し,被告は,労基法に基づく災害補償責任の趣旨及び労災保険制度の性質に加え,労災保険法に基づく休業補償給付の請求手続において,「療養の期間,傷病名及び傷病の経過」を請求書に記載すること及び当該事項について診療担当者の証明を受けることが求められていること(労災保険法施行規則13条1項,2項)や,労災保険法,労基法を通じて,療養補償給付における「療養」の範囲が具体的に確定され,かつ政府が必要と認めるものに限るとされていること(労災保険法13条2項,12条の8第2項,労基法75条2項,労基法施行規則36条)などを理由に,休業補償給付の対象となる自宅療養が医師の指示に基づくものであることを要すると解すべきである旨主張する。

しかしながら,被告が援用する労災保険法施行規則13条1項,2項の規定は,労災保険法が目的とする業務上の傷病に対する迅速かつ公正な保護を図る見地から,労災保険給付の請求手続の細則について定めたものと解され,その趣旨及び性質に照らすと,労働者の自宅療養及び自宅療養のための休業の必要性について,休業補償給付の請求後,これに対する不支給処分の効力が確定するまでの間に,医師の医学的知見に基づく証明がされた場合に,支給要件の追完の余地を一切否定するのが労災保険法の趣旨とは解されない。

また,「療養」の範囲に関して被告が指摘する法令の規定も,療養補償給付の対象に自宅療養が含まれることを前提としたもので,自宅療養の範囲について,医師の指示に基づくものであることを要求する明文の規定は法令上存在しないことから,被告の指摘する法令の規定を根拠に当裁判所の前記解釈が否定されるものとは解されない(なお,仮に,労災保険の行政実務において,被告が主張するような運用が一律に行われているとすれば,本件申請又は本件処分の適否に関して処分行政庁や労働保険審査会が行った仙台市立病院及びC医師に対する照会も,自宅療養の指示の有無に限定して行えば足りるところ,前記認定の照会回答の内容から見て,そのような運用がされているとは見られない。)。

したがって,被告の前記主張に係る解釈は採用できない。

(4)  もっとも,自宅療養が事前の医師の指示ないし指導によるものでない場合には,当該自宅療養の時点における医師の判断が存在しなかった以上,判断の客観性及び公正確保の見地から,労働者(原告)による自宅療養及び自宅療養のための休業の必要性の立証の成否については,慎重に判断することを要するというべきところ,本件においては,前記前提事実(3)のとおり,本件通院中断期間の前後で異なる病院の医師が原告の診療を担当していたのであるから,このような場合,医師の医学的知見に基づく判断により,客観的に見て自宅療養及び自宅療養のための休業の必要性が明らかであるというためには,特段の事情のない限り,これらの必要性が認められることについて,当該複数の担当病院ないし医師の判断が一致していることを要するというべきである。

2  本件における診療の経過及び医師の所見

そこで,上記1の解釈等を基に本件について検討するに,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(1)  診療の経過

ア 仙台市立病院での受診及び入院(平成20年6月19日ないし同月28日)

原告は,平成20年6月19日,本件労災事故による負傷後直ちに同僚の車で仙台市立病院に搬送され,救急外来を独歩受診し,頭部CT検査の結果,右側頭骨骨折,右急性硬膜外血腫,右急性硬膜下血腫,外傷性くも膜下出血,気脳症が認められ,同日同病院脳神経外科に入院した。原告は,同月23日のMRI検査の結果,明らかな脳挫傷はなく,MRA検査でも異常は見られず,退院の方向とされた。また,同月25日に同病院耳鼻科を受診し右中耳出血を指摘されて経過観察の方針となり,右耳閉塞感はしばらく続くかもしれない旨説明されたが,入院中の経過は良好であり,同月28日,独歩退院した。退院時には,投薬処方がされ,同年7月15に外来受診し,その際に再度CT検査を行う予定とされた(以上につき,甲2,乙14)。

イ 仙台市立病院での最後の受診(平成20年7月15日)

原告は,同年7月15日,仙台市立病院脳神経外科を受診し,D医師の診察を受け,神経学的に異常がなく,CT検査の結果も異常はない旨診断されたため,D医師は,同科での原告の診療を終了することとし,原告に対しても,治療は終了である旨の説明をした。同日の診療の際に,原告には薬剤の処方はされず,他院の紹介等の措置も採られていない(以上につき,乙1の1及び2,14,弁論の全趣旨)。

ウ Bクリニックの受診(平成20年11月21日以降)

原告は,本件通院中断期間経過後の平成20年11月21日,Bクリニックを受診し,その際,めまい,ふらつき感を訴え,問診票には「6月に退院,めまいとふらつき良くなったが,1か月前からまたでてきた。原因つきとめた方いいかなと思った」旨説明し,診察の結果,頭部外傷後遺症と診断され,その後,同クリニックへの通院を継続した(乙2の1及び2)。

(2)  医師の所見

ア 仙台市立病院D医師の意見(平成21年3月3日付け)

処分行政庁が平成21年2月24日付けで,本件申請に対する休業補償給付支給の可否を決するために行った照会に対する回答において,D医師は,最終診療日における治癒見込時期について,脳外科的には症状なく終診である旨の回答をした(乙5の1及び2)。

イ BクリニックC医師の意見(平成21年3月13日付け)

上記アと同様の処分行政庁の照会に対する回答において,C医師は,①初診時における労働者の自訴として「退院後,めまい,ふらつきは一時改善したが,平成20年10月頃からめまい,ふらつき感が増強し,平成20年11月21日当院受診した。主訴は,めまい,ふらつき感」である旨,②初診時における傷病の状態として「動作時のめまい感があり,前庭性のめまいと考えられた。神経学的にはその他の異常なし,頭部CT上も異常なし。」である旨,③主たる治療内容として「薬物療法施行中であるが,めまいは持続している。」旨,④今後の治療方針として「薬物療法が主体となる。」旨,⑤治癒見込時期として「今後3か月程度は経過観察が必要と考えられる。」旨,⑥その他参考となる事項として,「軽度の頭痛,両手のしびれ,目をつぶるとフラフラする,時々,過呼吸になる等,頭部外傷後遺症によると思われる症状もあり。」旨の回答をした(乙6の1及び2)。

ウ BクリニックC医師の意見書(平成21年9月22日付け)

労働保険再審査請求に際し,原告が提出したC医師の意見書によれば,C医師は,①発症当初からふらつき,めまいがあり,当院を受診した11月20日(ママ)にも,ふらつき,めまいがあることから,症状は継続していたことが考えられる旨,②高次脳機能障害として,神経衰弱様症状である,ふらつき,めまいが持続しているものと考えられ,一時症状が改善し,再発したと考えるよりは,症状が持続していたと考える方が合理的と考えられる旨,③脳外科的に治療が終了しても,ふらつき,めまいがなお残存することは稀有ではないと考える旨の意見を述べている(甲3,乙10の4)。

エ 仙台市立病院E医師の意見(平成22年5月24日付け)

仙台市立病院脳神経外科のE医師は,再審査請求手続における労働保険審査会からの照会に対する回答において,①平成20年7月15日時点での診療録の記載では神経学的症状なしとして終診となっており,医学的には休業の必要性はなかった可能性が高い旨,②C医師の記載した診療録等によれば,平成20年7月15日以降は特記すべき症状がなく経過していたが,同年10月下旬ころよりめまい,ふらつきが出現したとの記載あり。したがって,同年10月下旬以降は休業を要する状態であったと推察する旨,③平成20年7月15日時点では受診後4週間しかたっていない。治癒または症状固定とみなすのは通常3ないし6か月程度を要することから,この時点では治癒とはみなしていない旨の意見を述べている(乙11)。

オ 仙台市立病院E医師の陳述書(平成23年7月26日付け)

また,E医師は,平成23年7月26日付陳述書において,①平成20年7月15日の診察におけるD医師のカルテの記載からすれば,原告がめまいやふらつきを感じていた可能性は否定できないが,生活上支障を来しているようであれば,通院継続を指導するか,近医に紹介状を書くなどの対応をするはずであるところ,そのような対応が採られていないことからすれば,めまいやふらつきがあったとしても治療を継続することが必要な状態ではなかったと推測される旨,②本件通院中断期間中の原告の症状については,自身が直接診察していないことから,医学的には分からないといわざるを得ない旨,③めまいの存在については,医学的には説明できないが,しばらく気にならなかったことが精神的なストレス反応によって強く自覚するようになることは経験則としてよく見られることであり,Bクリニックにおける問診票の記載内容に照らせば,同クリニックの受診の1か月ほど前から症状を強く自覚するようになったと考えるのが最も合理的である旨述べている(乙14)。

3  本件における検討

(1)  上記2の認定事実を基に検討すると,本件通院中断期間経過後に原告の診療を担当したBクリニックC医師は,平成21年3月13日付け照会回答書において,Bクリニック受診時における原告の傷病の状態につき,めまい感が継続しているほか,軽度の頭痛,両手のしびれなど,頭部外傷後遺症によると思われる症状もある旨の所見を示している(前記2(2)イ)ほか,平成21年9月22日付け意見書において,原告のふらつき,めまいの症状が,発症当初及びBクリニック初診時である平成20年11月21日に存在することから,同症状が継続していた旨の所見を示し(同ウ),仙台市立病院E医師も,平成22年5月24日付け照会回答書において,C医師の記載した診療録によれば,原告は平成20年10月下旬頃から,めまい,ふらつきの出現により休業を要する状態であったと推察する旨述べており(同エ),これらの所見は,原告について,本件労災事故による傷害によるめまい等の症状が,本件通院中断期間中も継続し,そのため遅くとも平成20年11月以降,休業を要する状態にあったことに沿うものといえる。

しかしながら,他方,仙台市立病院において原告の診療を担当したD医師は,同病院における原告の最終診療日である平成21年7月15日における治癒見込みについて,脳外科的には症状なく終診との所見を示し(同ア),さらに,同病院E医師は,平成23年7月26日付け陳述書において,同病院における最終診察日(平成20年7月15日)当時,原告にめまいやふらつきの症状が残存していたとしても,生活に支障を来していた場合の対応が採られていないことなどから,治療を継続することが必要な状態ではなかったと推測され,本件通院中断期間中の症状の継続の有無については,医学的には分からないといわざるを得ないと述べていること(同オ)に照らすと,本件通院中断期間中,本件労災事故による傷害の症状の継続の有無及びその傷害に対する療養のための休業の要否について,診療を担当した病院ないし医師の間で意見が一致しているということはできない。

なお,原告は,平成20年6月27日,仙台市立病院退院に際し,看護師から,「体調をみながら徐々にもとの生活にもどして下さい。」との説明を受けるとともに,同年7月15日に外来受診するよう指示されている(甲2の64頁(退院説明書))が,同年7月15日の同病院受診時には,医師ないし看護師から特に就労生活について指示されたことを認めるに足りる証拠はなく,前記認定の同病院D医師及びE医師の所見に照らすと,上記看護師の説明は,上記認定を左右するものということはできない。

以上の認定に対し,原告は,本件通院中断期間中病院を受診しなかった理由として,治療費を賄うことができなかったことを主張するが,原告自身の主張するところによっても,原告は,仙台市立病院の治療費については,一旦親に立替払をしてもらったというのであり,原告において,本件通院中断期間中に,病院受診を考えるほどのめまい,ふらつき等の症状を生じたとすれば,その原因を知るためにも,同様の治療費の立替払の方法等により一度は病院を受診することが自然であって,それが不可能であったとする事情は見当たらない。

(2)  そして,前記医師の各所見に基づく上記(1)の検討に加え,原告が,平成20年6月19日の仙台市立病院受診・入院後,良好な経過を経て同月28日に退院し,退院時の指示に基づく同年7月15日の同病院受診の結果,神経学的にもCT検査の結果についても異常がなく,終診とされ,その後の服薬や治療継続の指示を受けることもなく,4か月余り病院を受診することなく過ごしたことに照らせば,なるほど,原告の指摘するとおり,神経学的あるいは画像所見上異常が見られない場合でも,めまいやふらつきにより就労が不能であるということが一般論としてはあり得るとしても,本件において,原告の本件通院中断期間中,医学的知見から見て,休業を要すると判断される程度のめまいやふらつき等の症状が継続していたかは不明といわざるを得ない(なお,この場合における休業を要するか否かは,休業前と全く同一の担当業務を担当できるか否かによって判断されるものではなく,勤務先において,職務内容の軽減がされることも前提に検討されるべきものと解される。)。

そうすると,本件通院中断期間中の原告について,医師の医学的知見に基づく判断により,客観的に見て自宅療養及び自宅療養のための休業の必要性が明らかであるとは認められず,他に同認定を覆すに足りる事実及び証拠はない。

(3)  以上によれば,原告が,本件通院中断期間中,業務上の負傷による「療養のため労働することができない」との要件を満たすとは認められないから,本件処分に違法はない。

4  結論

よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 関口剛弘 裁判官 小川理佳 裁判官 吉賀朝哉)

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