大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台地方裁判所 平成23年(ワ)1309号 判決 2012年7月05日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告に対し,367万5000円及びこれに対する平成23年9月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,平成23年3月11日の東日本大震災において発生した津波により,原告の所有する別紙物件目録記載の船舶(以下「本件船舶」という。)が,名取市小塚原の県道塩釜・亘理線(以下「本件県道」という。)の路上(以下「本件路上」という。)まで流されて漂着したところ,被告の災害派遣要請を受けた自衛隊ないし被告の委託を受けた名取市災害応急措置協力会(以下「協力会」という。)が,本件船舶を本件県道の道路脇に移動させ,本件船舶の右舷船首部分や左舷前方部分を損壊したこと(以下「本件行為」という。)は違法である旨主張して,原告が,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき損害賠償金367万5000円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成23年9月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求した事案である。

1  前提事実(争いのない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1)  当事者等

原告は,本件船舶の所有者である(争いがない)。

協力会は,平成17年12月27日,被告との間で,災害時等における応急措置及び復旧活動に関する協定書を締結し,被告が災害等の発生状況により復旧活動に協力会の応援が必要であると認めたときは協力会に応援を要請し,協力会が名取市地域防災計画に基づいて応援活動をすることなどを合意した(乙4)。

被告においては,建設部建設課が災害発生時の道路の「啓開」(道路の障害物を除去し,緊急輸送ルートを確保することをいう。以下同じ。)に関する事務を所掌していたところ,被告は,災害対策基本法68条の2に基づき,宮城県知事を介して防衛大臣に対して災害派遣を要請し,同要請を受けた防衛大臣が自衛隊法83条2項に基づいて自衛隊を被告に派遣した(乙3,弁論の全趣旨)。

(2)  本件船舶の損壊に至る経緯

ア 本件船舶は宮城県名取市の閖上港に停泊していたところ,平成23年3月11日の東日本大震災において発生した津波により,同港から直線距離で約2kmの距離を流され,本件路上に船首がはみ出る形により,左舷側を傾けた状態で漂着した(甲1の1・2,甲6,乙8,9)。

イ 被告は,東日本大震災発生とともに災害対策本部を立ち上げ,2度の会議を経て,宮城県知事に対して自衛隊及び緊急消防援助隊の派遣を要請し,同月12日午前5時から,陸上自衛隊第2施設団,名取市消防,協力会が道路啓開による人命救助,捜索活動を開始した。その結果,同月13日には閖上地区の幹線市道が通行可能となり,同月15日には閖上地区の県道閖上港線(以下「閖上港線」という。),市道小塚原中央線(以下「本県市道」という。),北釜地区内の幹線道路のがれきがほぼ撤去されるに至った(乙1,2)。

ウ 本件船舶は,同月15日から同月18日までの間に,自衛隊ないし協力会の行ったがれき等の撤去作業に伴う本件行為により,左舷前方部分が他の船舶と重なるような形で本件県道の道路脇に移動された結果,右舷船首部分及び左舷前方部分に穴が開くなどの損傷を受けた(甲1の3・4・6ないし8,弁論の全趣旨)。

2  争点及び争点に関する当事者の主張

本件の争点は,①本件行為につき国家賠償法1条1項にいう違法性が認められるか否か(争点1),②本件行為と本件船舶の損傷との間に因果関係が認められるか否か(争点2),③損害発生の有無及びその数額(争点3)であり,これらの争点に関する当事者の主張は以下のとおりである。

(1)  争点1(国家賠償法上の違法性の有無)について

(原告の主張)

ア 本件行為の必要性,緊急性について

本件船舶は,平成23年3月13日に原告が確認した時点では,多少の修理は必要なものの大きな損傷はなく,使用可能な状態であったところ,自衛隊ないし協力会は,本件船舶を移動させた際に右舷船首部分及び左舷前方部分を大きく損壊したのであるから,他人の所有物を撤去するに際して,その物を損壊しないように撤去すべき注意義務に違反したというべきである。

本件当時,一般には生存者救助の必要性から道路上の障害物を撤去して交通を確保する必要性があったことは認めるが,同月14日の時点では,本件県道は既に重機によってがれきが整理され,その幅員の半分以上が通行可能な状態になっており,本件船舶を移動するまでもなく本件県道を重機が通行できたこと,同日時点で名取市における孤立地域は解消されていたこと,本件船舶が移動された後の同月18日時点においても,本件船舶付近にあった車両等が撤去されないまま本件県道を塞いでいたことからすれば,本件船舶が生存者の捜索・救出の障害となっていたとは認められず,本件船舶を移動する緊急の必要性はなかったというべきである。なお,被告は,閖上小学校に避難している負傷者や病人や,発見された遺体の搬送ルートを確保するためにも,本件県道の通行確保が焦眉の課題であった旨主張するが,被告が主張する搬送ルートの確保の必要性はあくまでも震災当日である同月11日夜におけるものであって,本件行為当時には閖上小学校に避難者はおらず,仮に避難者がいたとしても本件県道が通行可能な状態にあり搬送ルートが確保されていたから,被告の主張は失当である。

そして,現に,同月15日以降,名取市では救助者が発見されておらず,本件船舶付近からは遺体も発見されなかったのであるから,本件船舶を移動する必要は否定されるべきである。

加えて,災害対策基本法64条2項は,緊急の必要がある場合に工作物等の除去その他の必要な措置をとることができる旨定めているところ,本件においては,本件船舶を移動すべき緊急の必要はなかったのであるから,本件行為は同条同項にも違反し,国家賠償法1条1項の適用上違法である。

イ 本件行為の相当性について

本件船舶を移動する必要があったとしても,移動作業に当たっては,緩衝材や当て木を用いることにより,重機による損傷を防ぐことが可能であるから,このような処置が講じられないままに行われた本件行為は相当性を欠くものとして違法である。加えて,本件船舶は,本件行為の結果,左舷が隣に漂着していた他の船舶にめり込む形で損壊されているが,このような結果は,隣の船舶を移動させてスペースを作った上で,本件船舶を移動させれば防ぐことができたのであるから,このような観点からも本件行為は相当性を欠くというべきである。

ウ 緊急避難の成否について

被告は,緊急避難による違法性阻却を主張するが,本件行為当時,既に本件県道の通行は確保されており,本件船舶自体が生存者を閉じ込めたり生き埋めにしたりするなど生存者の生命に危険を及ぼしているといった事情がなかった以上,本件行為以外にも適当な手段があったというべきであるから,本件行為について緊急避難が成立する余地はない。

(被告の主張)

ア 本件行為の必要性,緊急性について

東日本大震災によって生じた名取市における津波による被害は甚大であり,生存者の捜索,救出が焦眉の課題であり,人命救助,捜索活動に当たっていた自衛隊や協力会にとって,がれきの広がった被災地域へ重機や大型トラック等が入って作業できるようにすることが緊急に必要であった。

そして,本件船舶は本件路上に1mを超えてはみ出し,道路幅員の約半分を塞いでおり,本件県道の通行にとって大きな障害となっていたものであるから,被告の要請又は委託を受け,本件県道のアクセス確保のために一刻を争いながら生存者の捜索,救出に当たっていた自衛隊ないし協力会に対して,本件船舶を損壊することなく移動することを求めることは困難を強いるものである。また,平成23年3月11日夜の時点で,名取市建設部では,閖上地区における救急搬送先である宮城社会保険病院及び仙台市立病院にアクセスできるようにするため,閖上港線及び本件市道の啓開作業が不可欠と判断していたところ,本件県道が幹線道路として上記両路線に接続していたことや,閖上小学校に避難している負傷者や病人や発見された遺体の搬送ルートとしても重要であったことからすれば,本件県道でのがれき等の撤去作業の必要性は高かったといえる。

原告は,平成23年3月14日午前8時の時点で名取市内の孤立地域が解消されていたことをもってアクセスが確保されていた旨主張するが,孤立地域が解消されていたとしても,中央防災会議における「孤立」の定義が「外部からのアクセス(四輪自動車で通行可能かどうかを目安)が途絶し,人の移動・物資の流通が困難もしくは不可能となる状態」であることからすれば,本件行為当時も本件県道は閖上地区につながる道路が四輪自動車の通行が不可能なほどに塞がれていたといえるので,アクセス確保に向けた緊急の必要性はなお存在していたというべきである。また,原告は,本件県道のうち本件市道と交差する箇所よりも南東側(以下「本件県道南東側部分」という。)にあった車両が同月18日時点でも撤去されていないことを理由に,本件行為の必要性,緊急性を争うが,本件県道南東側部分の延長線上にある仙台空港トンネルは津波による浸水及びがれき等の堆積により不通となっており,同トンネルの啓開には著しく時間及び労力を要することが見込まれたため,本件県道南東側部分の啓開作業は,北東側よりも後に行われることとなっていたものであるから,同部分にあった車両が同月18日時点で撤去されていなかったとしても,本件行為の緊急性,必要性は否定されない。

イ 本件行為の相当性について

本件行為当時における道路の啓開作業では,最小限度の人員や重機等で人命救助及び救助者の搬送に当たっており,一刻を争う状況において大量のがれき等の障害物に対して逐一緩衝材等を用いたり,船舶の状態を保全すべく適当なスペースを確保したりするような時間的,人的,物的余裕はなかったので,原告主張に係る移動方法を採らなかったからといって,本件行為が相当性を欠くものとはいえない。

ウ 緊急避難の成否について

国家賠償法4条は公共団体の損害賠償責任について民法の適用を認めているところ,本件では,一刻も早く本件県道を含む道路のアクセスを確保しなければ,がれきの下の生存者を救出することができないという急迫の危難が存在しており,被告はこのような危難を避けるために重機を使用して本件船舶を道路脇に移動させる際,作業上やむを得ずに船体の一部を損壊したものであるから,民法720条2項の緊急避難が成立し,被告は国家賠償法上の損害賠償責任を負わない。

原告は,本件行為時に生存者への生命の危険が生じていないことをもって,本件行為が緊急避難の要件を満たさない旨主張するが,行為の適法性判断に当たっては,行為当時の具体的状況を勘案しつつ,事後的に判断されるものであって,震災発生から4日後である3月15日以降も生存者が発見される可能性がないとはいえない状況にあった以上,結果的に生存者がいなかったことをもって生存者への生命の危険が生じていないとすることは誤りである。

また,原告は,本件船舶自体が生存者の生命に危険を及ぼしていない旨主張するが,本件では一般のがれきと本件船舶が一体となって生存者の生命に危険を及ぼしていたのであるから,原告の主張は失当である。

(2)  争点2(因果関係の有無)について

(原告の主張)

本件行為により本件船舶の右舷船首部分及び左舷前方部分が損壊されたのであるから,本件行為と本件船舶の損傷との間には因果関係がある。

(被告の主張)

そもそも本件船舶は閖上港から直線距離で約2kmの距離を流されて打ち上げられたものであるから,その間に家屋等の流出物やがれきと接触,衝突したことにより損壊したと考えられるので,本件船舶に生じた損傷が全て本件行為によるものとは考えられず,本件行為と本件船舶の損傷との間に因果関係はない。

(3)  争点3(損害発生の有無及びその数額)について

(原告の主張)

被告の損壊行為により,本件船舶の右舷船首部分及び左舷前方部分が損傷したところ,これらの損傷を修繕するには,右舷船首部分につき右舷船首外板修理が必要であり,左舷前方部分につき左舷海深具修理及び左舷フレーム補強,左舷甲板修理及びハッチ製作並びにガンネル(防舷材)修理が必要であるほか,船首及び左舷の塗装が必要であるから,その修理費である367万5000円(うち消費税17万5000円)が本件行為による損害となる。

(被告の主張)

否認ないし争う。

第3当裁判所の判断

1  争点1(国家賠償法上の違法性の有無)について

(1)  前記前提事実(1),(2)ウ及び弁論の全趣旨によれば,本件行為は,自衛隊ないし協力会が,被告の要請ないし委託を受け,災害対策基本法64条2項前段,同条8項前段に基づき,同法62条1項,50条1項2号の定める応急措置を実施するために行ったものと認められるから,被告の公権力の行使によるものということができる。そして,本件行為による本件船舶の損壊が,担当者の原告に対する職務上の注意義務違反として,国家賠償法上違法と認められるか否かを判断するに当たっては,上記公権力行使の根拠規定である災害対策基本法の関係規定の趣旨及び内容に照らして検討することが必要である。

そこで,災害対策基本法の規定を見ると,同法は,その目的として,国土並びに国民の生命,身体及び財産を災害から保護するため,災害応急対策,災害復旧その他必要な災害対策の基本を定めることにより,防災行政の整備等を図り,社会の秩序の維持と公共の福祉の確保に資することを掲げた(1条)上,災害が発生し,又は発生するおそれがある場合に,①警報の発令及び伝達並びに避難の勧告又は指示,②消防,水防その他の応急措置,③被災者の救難,救助その他保護,④災害を受けた児童及び生徒の応急の教育,⑤施設及び設備の応急の復旧,⑥清掃,防疫その他の保健衛生,⑦犯罪の予防,交通の規制その他災害地における社会秩序の維持,⑧緊急輸送の確保,⑨その他災害の発生の防禦又は拡大の防止のための措置に関する災害応急対策を行うこととし(50条1項各号),当該市町村の地域に係る災害が発生し,又はまさに発生しようとしているときは,市町村長において,法令又は地域防災計画の定めるところにより,消防,水防,救助その他災害の発生を防禦し,又は災害の拡大を防止するために必要な応急措置(以下「応急措置」という。)を速やかに実施しなければならないとする(62条1項)とともに,応急措置を実施するため緊急の必要があると認めるときは,現場の災害を受けた工作物又は物件で応急措置の実施の支障となるもの(以下「被災工作物等」という。)の除去その他必要な措置をとることができるとしている(64条2項前段)。

このように,災害対策基本法は,国土並びに国民の生命,身体及び財産を災害から保護し,社会の秩序の維持と公共の福祉の確保に資することを目的として,市町村長に対し,当該市町村の地域に係る災害が発生し,又はまさに発生しようとしている場合に,消防,水防,救助その他災害の発生を防禦し,又は災害の拡大を防止するために,応急措置を速やかに実施することを義務付け,このような応急措置を実施するために緊急の必要があることを要件として,応急措置の実施の支障となる被災工作物等の除去その他必要な措置をとる権限を与えている。

同法に基づく応急措置及び応急措置の支障となる被災工作物等の除去その他必要な措置は,上記目的及び要件の下に認められるものであるところ,災害及び応急措置の性質上,災害の現場において,応急措置を実施した公務員(市町村長から要請ないし委託を受けた者を含む。)が,その実施の支障となる被災工作物等の除去に伴い,これを損壊することを余儀なくされる場合も当然に予想されるところといえる。

そうであれば,同法64条2項前段の定める,被災工作物等の除去「その他必要な措置」には,被災工作物等の除去自体に加え,被災工作物等の除去の目的達成に必要かつ相当な範囲において当該被災工作物等を損壊することを含むものと解するのが相当である。

そして,災害対策基本法が,国土並びに国民の生命,身体及び財産を災害から保護し,公共の福祉の確保に資することを目的としている法意に鑑みると,応急措置の実施の過程で,その支障となる被災工作物等を除去し,当該被災工作物等を損壊した公務員の行為が,当該被災工作物等の所有者に対する職務上の注意義務違反に当たり,国家賠償法1条1項にいう違法な公権力の行使と認められるためには,当該行為が行われた当時の災害現場の状況の下で,当該被災工作物等の除去及び損壊行為について,その必要性,緊急性やこれによる被災工作物等の損壊の程度,行為態様から見て,社会通念上相当性を欠き,災害対策基本法の定める応急措置に係る職務権限行使の目的及び範囲を逸脱し,又はその権限を濫用するものと認められることを要するというべきである。

(2)  上記解釈を踏まえて本件の事実関係について見るに,前記前提事実のほか,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 東日本大震災当日(平成23年3月11日)の夜,名取市閖上地区における生存者の救急搬送先としては宮城社会保険病院及び仙台市立病院が,遺体の搬送先としては増田体育館,宮城県看護学校及び宮城県警察学校がそれぞれ指定されており,名取市閖上地区の沿岸部方面からこれらの施設にアクセスするためには,閖上港線,本件市道を通行する必要があったところ,本件県道のうち本件市道と交差する箇所よりも北東側の部分(以下「本件県道北東側部分」という。)は,閖上港線及び本件市道に接続していた上,当日の避難場所とされていた閖上小学校にも面していたことから,被告(建設部)は,本件県道北東側部分の啓開作業を優先して行うこととした(乙15,16,弁論の全趣旨)。

イ 本件船舶は,東日本大震災発生後に生じた津波により,本件県道北東側部分に漂着し,少なくとも片側車線の通行を妨げていた(甲6,乙8。なお,原告及び被告は,本件船舶の漂着位置が本件路上の半分以上に達しているか否かについて争っているが,本件では,客観的な漂着位置よりも通行への支障の程度が重要であるから,上記の限度で認定することとした。)。

ウ 一般に,震災時においては,早期に被災者を発見,救助する方が当該被災者の生存率が高いため,救急部隊や緊急車両等が最優先で道路を通行することができるようにする必要があるところ,がれきや倒壊家屋等は,これら車両の通行を障害するものとして指摘されている(乙5)。

エ 名取市においては,東日本大震災発生から平成23年3月15日まで,連日,被災者が発見され,救助されていた(乙6)。

オ 東日本大震災発生日の翌日である同月12日,本件県道北東側部分に漂着した本件船舶は,多数のがれきや木材等に埋もれている状態であり,本件船舶の漂着場所周辺の道路は津波による海水やがれきが滞留していて路面が見えない状態であった(乙12)。

(3)  上記認定事実を基に検討するに,本件船舶は,名取市閖上地区における生存者や遺体の搬送作業の際に通行することが必要な閖上港線及び本件市道に接続する本件県道北東側部分の片側車線を妨げる形で漂着していた(上記(2)ア,イ)ところ,一般に,震災時における被災者の発見・救助のためには救急部隊や緊急車両等の車両通行を確保することが必要であること(同ウ)や,本件船舶が移動されたと考えられる期間の始期である平成23年3月15日時点においても被災者が救助されていたこと(前記前提事実(2)ウ,上記(2)エ)からすれば,搬送ルートとしての使用が予定されている本件県道北東側部分の片側車線を塞いでいる本件船舶を移動させる必要性,緊急性の程度は相当高いものであったといえる。

また,東日本大震災が未曾有の地震災害であり,地震発生後,同日時点においてもなお,震度の大きいものも含め,余震が断続的に発生し,余震の発生及びその規模の予測が困難であったことは公知の事実であるところ,本件船舶が左舷側に傾いた状態で漂着していたこと(前記前提事実(2)ア)からすれば,仮に本件船舶を移動せずに放置した場合,余震の影響等により,本件船舶が倒れ,本件県道北東側部分を通行する車両等に衝突する等の被害が発生する危険性も相当程度あったといえるので,このような観点から見ても,本件船舶の移動の必要性,緊急性の程度は相当高いものであったということができる。

そして,本件行為当時の状況の下で,災害現場において,本件船舶の所有者である原告を探索した上,その費用負担と責任において本件船舶の本件県道内からの速やかな移動を求めることが,物理的にも経済的にも困難であったと考えられることも,上記必要性,緊急性の高さを裏付けるものといえる。

他方,本件船舶の損壊の程度や態様について見ても,本件船舶は,本件行為により本件県道の道路脇に寄せられた結果,他の船舶と重なるような形で移動させられたものの,その移動の距離は,道路外への移動の目的に照らして不合理とはいえない上,その損壊部分は右舷船首部分及び左舷前方部分にとどまっており(前記前提事実(2)ウ),外形的に見て,自衛隊ないし協力会が,移動に際し,その目的を逸脱し,殊更に本件船舶の効用を失わせるような態様により本件船舶を損壊したと見ることはできない。のみならず,本件船舶は,津波により閖上港から約2km流され,同月12日の時点では,多数のがれきや木材に埋もれた状態で発見されており(前記前提事実(2)ア,上記(2)オ),本件県道に漂着するまでの間に,津波等の外力によっても相当程度損傷を受けていたと考えられるのであって,このことも併せ考慮すれば,本件行為の態様は,上述した移動の必要性,緊急性に照らして社会通念上相当性を欠くものということはできない。

以上の諸点に鑑みれば,本件行為は,災害対策基本法の定める応急措置に係る職務権限行使の目的及び範囲を逸脱し,又はその権限を濫用したものとは認められないから,国家賠償法1条1項にいう違法な公権力の行使に当たるということはできない。

(4)ア  これに対し,原告は,平成23年3月14日の時点では,名取市における孤立地域は解消され,本件県道も,その幅員の半分以上が通行可能な状態になっていたとして,本件行為の必要性,緊急性はなかった旨主張する。

しかしながら,本件県道北東側部分が,生存者や遺体の搬送ルートに接続する道路として通行の必要性が高いものであること(上記(2)ア)に加え,上記部分を救助部隊や緊急車両等のほか,他の一般車両も含めた一定数の車両が往来すると考えられることからすれば,本件県道が片側車線のみ一応通行可能な状態になっていたとしても,これをできるだけ早期に平常時と同様に両側通行できるようにする必要性は依然として高かったといえるので,原告の上記主張は採用できない。

また,原告は,本件船舶が移動された後の同月18日時点においても,本件船舶付近にあった車両等が撤去されないまま本件県道を塞いでいたとして,本件行為の必要性,緊急性はなかった旨主張するが,上述したとおり,本件県道のうち,啓開の必要性が高かったのは,本件県道北東側部分であり,原告主張に係る車両等が放置されていたのはいずれも本件県道南西側部分である(甲8の1・2)から,原告の上記主張を踏まえても,本件行為の必要性,緊急性は否定されないというべきである。

さらに,原告は,本件行為当時には閖上小学校に避難者はおらず,仮に避難者がいたとしても本件県道が通行可能な状態にあり搬送ルートが確保されていた以上,本件船舶を移動する必要は否定される旨主張する。しかしながら,本件県道北東側部分の啓開作業は,東日本大震災発生当日(同月11日)夜における被告(建設部)の判断に基づいて行われたものである(上記(2)ア)ところ,少なくとも同日時点における判断としては本件県道北東側部分の啓開作業の必要性は非常に高いと考えたことには合理性があったということができ,同日より後も,本件県道北東側部分については,生存者や遺体の搬送ルート(閖上港線や本件市道)に接続している点で啓開する必要性が高かったことに変わりはないから,上記判断に従って,上記部分の啓開作業を継続し,本件船舶を移動したとしても,それが直ちに災害対策基本法の定める応急措置に係る職務権限行使の目的及び範囲の逸脱又はその権限の濫用として違法となるとは認め難い。

加えて,原告は,本件船舶の漂着場所付近からは遺体が発見されていないこと,同月15日以降は,救助者が発見されていないことなどを指摘して,本件船舶を移動する必要性,緊急性はなかった旨主張するが,本件船舶の移動行為の違法性の判断は,あくまで当該移動行為の時点を基準に,移動作業の担当者が職務上の注意義務に違反したか否かという観点から検討すべきものであって,原告が指摘する上記事情はいずれも事後的に判明した事情であるから,これらの事情を根拠とする原告の主張は採用できない。

イ  さらに,原告は,本件行為の必要性,緊急性があるとしても,本件行為は,緩衝材等を使用せず,本件船舶を移動させるスペースを作っていない点で相当性を欠く旨主張するが,原告が主張するような形で本件船舶を移動することは望ましいといえるものの,既に見た本件行為の必要性,緊急性に照らせば,これを怠ったからといって,本件行為が,社会通念上相当性を欠き,災害対策基本法の定める応急措置に係る職務権限行使の目的及び範囲を逸脱し,又はその権限を濫用したということはできないから,原告の上記主張も採用できない。

なお,東日本大震災における船舶等の撤去に関しては,本件行為後である平成23年3月25日に「東北地方太平洋沖地震における損壊家屋等の撤去等に関する指針」が発出されているところ,上記指針の内容は,外形上から判断してその効用をなさない状態にあると認められる船舶は撤去して仮置場に移動させ,それ以外の船舶については,仮置場等に移動させた後,所有者等に連絡するよう努めるというものであり(弁論の全趣旨),その内容に照らしても,本件行為に上記職務権限行使の目的及び範囲の逸脱,又はその権限の濫用は認められないから,前記(3)の判断を左右するものとはいえず,他に以上の認定を左右するに足りる事実及び証拠はない。

第4結論

以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 関口剛弘 裁判官 小川理佳 裁判官 吉賀朝哉)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例