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仙台地方裁判所 平成23年(ワ)1896号 判決 2012年5月09日

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求める裁判

(原告の請求)

一  訴外Aと被告との間において平成二三年一〇月二六日締結された、訴外Aが被告に対し、株式会社a(商号は「有限会社a」)の株式一二四〇株を贈与する旨の贈与契約を取り消す。

二  訴外Bと被告との間において平成二三年一〇月二六日締結された、訴外Bが被告に対し、株式会社a(商号は「有限会社a」)の株式二三五株を贈与する旨の贈与契約を取り消す。

(被告の本案前の答弁)

本件訴えをいずれも却下する。

(被告の本案の答弁)

原告の請求をいずれも棄却する。

第二事案の概要

本件は、会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成一七年法律第八七号)二条一項による特例有限会社である有限会社a(以下「本件会社」という。)の株主である原告が、本件会社の取締役である訴外A(以下「A」という。)及び訴外B(以下「B」という。)から本件会社の株式の贈与を受けた被告に対し、上記各贈与の結果、A及びBが本件会社に対して負担する取締役の会社に対する損害賠償責任の履行が困難(無資力)になったとして、会社法八四七条三項(株主代表訴訟)の規定に基づき、本件会社に代わって詐害行為取消訴訟を提起することにより、上記各贈与の取消しを求める事案である。

一  前提事実(争いがない事実及び弁論の全趣旨等により認められる事実)

(1)  当事者等

ア 原告は、本件会社(特例有限会社)の株式を保有する株主である(争いがない)。

なお、本件会社は、不動産の賃貸、食料品の卸等を目的とし、所有建物をテナントに賃貸して賃料を得てきたもので、原告は、本件会社の発行済み株式三〇〇〇株のうち一四〇〇株を保有しており、もともと本件会社の取締役であったが、商業登記簿上、平成二一年一一月一一日付けで、同月二日取締役を解任された旨の登記がされている(弁論の全趣旨)。

イ Aは、平成一〇年八月二七日から平成二一年四月三日まで、本件会社の代表取締役であり、平成二一年四月四日から平成二二年六月一五日まで本件会社の取締役であった者である(争いがない)。

ウ Bは、平成一〇年八月二七日から平成二一年四月三日まで、本件会社の取締役であり、平成二一年四月四日から平成二二年六月一五日まで本件会社の代表取締役であった者である(争いがない)。

エ なお、平成二一年一一月三〇日、Bの取締役兼代表取締役の職務執行停止の仮処分決定がされて職務代行者としてC弁護士が選任され、同日、Aの取締役の職務執行停止の仮処分決定がされて職務代行者としてC弁護士が選任されて、各登記がされていたところ、平成二二年一二月二五日、上記各決定の取消決定がされ、上記各登記につき抹消登記がされるに至っている(弁論の全趣旨)。

(2)  被告に対する株式の贈与

ア Aは、平成二三年一〇月二六日、被告との間で、本件会社の株式一二四〇株を贈与する旨の贈与契約(以下「本件株式贈与一」という。)を締結した(弁論の全趣旨)。

イ Bは、同日、被告との間で、本件会社の株式二三五株を贈与する旨の贈与契約(以下「本件株式贈与二」といい、本件株式贈与一と併せて「本件各株式贈与」という。)を締結した(弁論の全趣旨)。

ウ なお、被告は、Aの孫であるとともに、Bの子である(弁論の全趣旨)。

(3)  提訴請求

原告は、平成二三年九月二八日付け書面により、本件会社(代表取締役D)に対し、本件各株式贈与契約を対象とする詐害行為取消しの訴えの提起を請求したが、請求の日から六〇日以内に、本件会社が訴えを提起しなかった(弁論の全趣旨)。

(4)  本件訴えの提起(原告による本件会社の詐害行為取消権の行使)

原告は、平成二三年一二月二三日被告送達の訴状により、本件会社に代わって、被告に対し、本件訴えを提起し、本件各株式贈与につき、それぞれ詐害行為取消権を行使した(顕著な事実)。

二  本案前の争点及び争点に関する当事者の主張

(1)  詐害行為取消訴訟は、会社法八四七条の対象外の訴訟か否か。

(被告の主張-本案前の抗弁)

本件訴えの対象は、本件会社と取締役との取引行為によるものでもなく、会社の機関の業務執行権に委ねるべき事項であり、第三者である被告を相手に詐害行為取消訴訟を提起することは、会社法八四七条の予定する訴訟に当たらないから、本件訴えは不適法である。

(原告の主張)

被告の主張は争う。会社法八四七条三項は、訴えの対象となる「役員等の責任」を制限していないから、株主が同条の規定に基づき詐害行為取消訴訟を提起することも認められるべきであり、このように解さなければ、役員等がその責任財産を不当に減少させる行為をした場合に、株主の利益の保護を図ることができず、不当である。

(2)  本件訴えが二重起訴として不適法か否か。

(被告の主張-本案前の抗弁)

原告は、Aらを被告として、会社法八四七条三項に基づき、会社に代わって、取締役の善管注意義務違反ないし忠実義務違反を理由とする損害賠償を求める訴えを提起し(当庁平成二一年(ワ)第二二二三号取締役の責任追及事件)、同事件が係属中であるところ、本件訴えは、上記と同一の損害賠償請求権の成否が判断の対象に含むから、二重起訴として不適法というべきである。

(原告の主張)

被告の主張は争う。

三  本案の争点及び争点に関する当事者の主張

(1)  A、Bが、それぞれ、本件会社の取締役として、本件会社に対し、取締役の会社に対する損害賠償責任を負うか否か。

(原告の主張)

Aらは、本件会社の代表取締役又は取締役に在任中の平成一五年一月一日から平成二一年一一月三〇日までの間に、本件会社がb銀行(c支店)に有していた普通預金、定期預金及び定期積金合計四三〇二万三四六八円並びにd信用金庫(本店)に有していた普通預金及び定期積金合計一八〇万三〇〇六円を私的に流用し、同額相当の横領を行った結果、本件会社に少なくとも一億二〇四一万〇二四四円の損害を与えた。

(被告の主張)

原告の主張は否認ないし争う。

(2)  本件各贈与は、Aらが、それぞれ、上記(1)の原告の主張に係る本件会社に対する損害賠償責任を履行することを困難にするか否か(無資力要件の有無)

(原告の主張)

本件各株式贈与がされた当時、Aらの財産としては、贈与の対象株式(本件会社の資産等からみて、一株当たりの評価額は二万五一六三円になると見込まれる。)のほか、別紙第一物件目録一、二記載の不動産(借地権付建物)の共有持分(各四分の一)(以下「本件不動産一」という。)、A所有の別紙第二物件目録記載の不動産(以下「本件不動産二」という。)、B所有の別紙第三物件目録記載の不動産(以下「本件不動産三」という。)が存在したところ、本件不動産一(持分)の価格は合計二五五五万六三二五円、本件不動産二及び本件不動産三の価格(各不動産に設定された抵当権の被担保債権を差し引いた残額)は合計一八二三万三八五四円である。

したがって、Aは、本件株式贈与一により、Bは、本件株式贈与二により、それぞれ、資力を悪化させ、前記(1)の原告の主張に係る損害賠償債務の履行を困難にさせたものである。

なお、本件会社は、平成二三年六月二五日、Aらとの間で、Aらの横領金額を六〇〇〇万円とした上、これについて、Aらが、本件会社に対し、連帯して、同額の金員を、平成二三年七月末日から毎月末日限り三〇万円ずつ分割して支払う旨及び事情によっては、Aらが、本件会社に対し、各所有不動産をもって代物弁済をし、又はその売却代金をもって支払う旨の和解をしたが、この和解について、原告は同意していないから、原告のAらに対する取締役の対会社責任の追及を妨げるものではなく、Aからの前記資力等に照らすと、和解に基づく債務の履行も不可能である。

(被告の主張)

原告の主張は否認ないし争う。

(3)  Aらが、それぞれ、本件各株式贈与の結果、上記(1)の原告の主張に係る本件会社に対する損害賠償責任を履行する資力が不足することを認識していたか否か(詐害意思の有無)

(原告の主張)

Aらは、それぞれ、前記(1)の原告の主張のとおり本件会社の資産を私的に流用し、横領する一方、前記(2)の原告の主張のとおり、これによる損害賠償債務の履行を困難にするものであることを知りながら、本件各贈与を行ったものである。

(被告の主張)

原告の主張は否認ないし争う。

第三当裁判所の判断

一  まず、本案前の争点について判断する。

会社法八四七条三項は、「第一項の規定による請求の日から六〇日以内に責任追及等の訴えを提起しないときは、当該請求をした株主は、株式会社のために、責任追及等の訴えを提起することができる」と規定しているところ、同条一項は、上記「責任追及等の訴え」の意義について、「発起人、設立時取締役、設立時監査役、役員等(第四二三条第一項に規定する役員等をいう。以下この条において同じ。)若しくは清算人の責任を追及する訴え、第一二〇条第三項の利益の返還を求める訴え又は第二一二条第一項若しくは第二八五条第一項の規定による支払を求める訴え」をいうものと規定し、同法四二三条一項は、「役員等」の意義につき、取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人をいうものと規定している。

会社法八四七条三項が、上記のとおり、株主に対し、所定の手続要件の下に、株式会社のために責任追及等の訴えを提起する権限を与えたのは、会社の代表機関と役員等との関係に鑑み、会社が役員等に対する責任追及を怠る場合に、広く株主に、会社に代わって役員等の責任を追及する訴えを提起することを認めることにより、会社ひいては株主の利益を保護しようとする趣旨によるものと解される。

このような趣旨に照らすと、上記規定の対象となる「役員等の責任」には、会社法が取締役の地位に基づき会社に対して負わせている責任のほか、取締役が会社との取引によって負担することになった債務も含まれると解される(最高裁判所平成二一年三月一〇日判決民集六三巻三号三六一頁参照)。

この点に関し、原告は、会社法八四七条三項の訴えの対象となる「役員等の責任」には制限がないから、株主が同条の規定に基づき詐害行為取消訴訟を提起することも認められるべきであり、このように解さなければ、役員等がその責任財産を不当に減少させる行為をした場合に、株主の利益の保護を図ることができず、不当である旨主張する。

しかしながら、会社法は、会社の業務執行について、基本的に取締役、代表取締役等の執行機関に委ね(会社法三四八条、三四九条)、株主には、株主総会における議決権行使や議題の提案を通じて取締役の選任解任や報酬の決定を行うことを基本的な権利として認め(同法二九五条一項、三〇三条、三〇八条ないし三一三条、三二九条、三三九条、三七一条等)、一定数等の株式保有要件を充たした株主について、株主総会招集請求権(同法二九七条)、株主総会検査役の選任請求権(同法三〇六条)や、業務の執行に関する検査役の選任権(同法三五八条)、取締役の違法行為差止請求権(同法三六〇条)、取締役の解任の訴えの提起権(同法八五四条)等を認めるにとどめる一方、制度として、株式譲渡の自由(同法一二七条)及び株式譲渡の承認請求(同法一三六条以下)を保障しているところである。このような会社法の基本構造の下で、会社法八四七条三項が、広く株主に、責任追及等の訴えを提起する権限を認めていることからすると、同条項は、会社が、役員等に対し、役員等の地位に基づく債務又は役員等の会社との取引に基づく債務の履行の請求を怠っている場合に、その限りにおいて、例外的に、株主に対し、役員等を相手として、一定の訴訟を提起、追行する権限を認めたものと解するのが相当であって、役員等の地位に基づく債務又は役員等の会社との取引に基づく債務の履行を求めるという範囲を超え、会社の有する権利を行使することを認めたものと解することはできないというべきである(なお、役員等に対する上記債務の履行請求の一環として、株主が会社に代わって、役員等の財産に対する強制執行の申立てをすることは、上記のような会社法八四七条三項の趣旨に照らし、拡張解釈として許容されると解する余地があるが、このような解釈も、同条項が「役員等の」責任追及を対象とした文理の範囲を超えるものではない。)。

以上のように解した場合でも、株主の利益については、前記会社法の基本構造の下で認められた地位、権限による保護が予定されているほか、取締役の会社に対する任務懈怠の結果、間接的に損害を受けたと認められる場合には、当該株主から当該取締役に対し、直接会社法四二九条一項の規定に基づく損害賠償請求権を行使することによって救済される余地もあると解されるから、株主の利益を不当に害するものということはできない。

これに対し、原告の前記主張に係る解釈は、会社法八四七条三項の文理及び趣旨を超えるものであって、採用することができない。

上記解釈に照らしてみると、本件訴えは、株主である原告が、本件会社に対して損害賠償債務を負う取締役から株式譲渡を受けた被告に対し、詐害行為取消権(形成権)を行使することを内容とするものであって、役員等の地位に基づく債務又は役員等の会社との取引に基づく債務の履行を求めるものではないから、原告が、会社法八四七条三項に基づき、本件会社に代わって被告に対し、本件訴えを提起する権限を有すると認めることはできない。

そうすると、本件訴えは、その余の点について判断するまでもなく、いずれも不適法というべきである。

二  よって、本件訴えは、いずれも不適法であるから、却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 関口剛弘)

別紙第一~第三 物件目録<省略>

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