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仙台地方裁判所 平成23年(ワ)585号 判決 2012年7月30日

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  主位的請求

(1)  原告らが,被告に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

(2)  被告は,別紙2「賃金額一覧」の「原告名」欄記載の原告らに対し,同「賃金額一覧」の「賃金額」欄記載の額の金員を平成23年6月1日から毎月5日限り支払え。

2  予備的請求

被告は,原告らに対し,それぞれ474万7600円及びこれに対する平成23年5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要等

本件は,被告との間で期限の定めのない労働契約を締結した原告らが,平成23年3月31日に被告から廃業及び会社解散を理由として同年4月30日をもって解雇する旨の意思表示を受けた(以下「本件解雇」という。)ため,被告に対し,主位的請求として,被告による解散は原告らの組織する労働組合を排除する目的で行われたものであるから,本件解雇は解雇権の濫用として無効である旨主張して,①労働契約上の権利を有する地位にあることの確認及び②平成23年6月1日以降の賃金の支払を求めるとともに,予備的請求として,本件解雇が無効でないとしても,本件解雇は組合差別意図に基づく不当労働行為に当たる旨主張して,不法行為に基づく損害賠償金474万7600円及びこれに対する不法行為日(本件解雇の効力発生日)である平成23年5月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1  前提事実(争いがない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実―争いがない事実及び当事者が争うことを明らかにしない事実については特に根拠を明記しない。)

(1)  当事者等

ア 原告らは,いずれも被告との間で期限の定めのない労働契約を締結した者であり,それぞれの契約締結日は以下のとおりである。

原告A   昭和61年7月7日

原告B   昭和63年12月1日

原告C   平成2年8月28日

原告D   昭和54年8月1日

原告E   平成20年12月1日

原告F   平成9年9月7日

原告G   平成20年9月26日

原告H   平成4年4月1日

イ 原告A,原告B,原告D及び原告Cは,平成22年4月ころ,I労働組合J支部K分会(以下「本件組合」という。)を設立し,その後,原告ら全員が本件組合の構成員となった。

ウ 被告は,昭和42年4月21日に設立された,ゴム工業用品及びコンクリート資材の販売業や貨物運送事業等を目的とする株式会社である。

(2)  本件解雇

被告は,原告らに対し,被告の廃業及び会社解散を理由として,平成23年3月31日,同年4月30日をもって原告らを解雇する旨の意思表示を行った(本件解雇)。なお,本件解雇当時における原告らの賃金は,別紙2「賃金額一覧」のとおりであった。

(3)  被告の解散

被告は,平成23年5月2日,運送業の廃業届を提出し,同年6月20日,株主総会の決議により解散(以下「本件解散」という。)した(乙1,2)。

2  争点及び争点に関する当事者の主張

本件の争点は,①主位的請求に関し,本件解散に伴う本件解雇が解雇権の濫用として無効となるか否か(争点1),②予備的請求に関し,仮に本件解雇が無効とならないとしても,本件解雇が不当労働行為に当たり,原告らに対する不法行為を構成するか否か(争点2)であり,これらの争点に関する当事者の主張は以下のとおりである。

(1)  争点1(本件解雇が無効か否か)について

(原告らの主張)

本件解雇は本件解散に伴うものであるところ,たとえ偽装解散ではなく真実解散に伴って行われた解雇であっても,それは従業員に対する十分な配慮を必要とするものであって,整理解雇の法理の趣旨が妥当するというべきであるから,本件解散に合理性があり,かつ,本件組合又は被解雇者である原告らとの間で十分な協議が行われたという事情がない限り,本件解雇は解雇権の濫用として無効というべきである(なお,本件解散に合理性があることは被告において主張立証すべきである。)。

そして,①被告が本件組合との間の団体交渉を重ねる中で,本件組合を嫌悪するようになっていたこと(このことは,本件解雇後の再就職の経緯においても,原告らを除く他の従業員だけが全員他社に再就職していたことからもうかがわれる。)及び,②被告の営業について,平成23年3月11日に発生した東日本大震災による影響が大きいとはいえないことからすれば,本件解散は,同震災を口実にしつつ,実質は組合嫌悪を理由とするものであって,本件解散には何ら合理性が認められない。

加えて,被告は,本件組合や原告らに対し,本件解散の必要性等を十分に説明していない。

したがって,本件解雇は,客観的に合理的理由を欠き,社会通念上相当であるとは認められないものであるから,解雇権の濫用(労働契約法16条)として無効である。

(被告の主張)

解雇権の濫用については,解雇が客観的に合理的理由を欠き,社会通念上相当であるとは認められないことが法律上の要件であるから,その主張立証責任は原告らにあるというべきである。

そして,会社の解散は,経済活動の自由(憲法22条1項)に基づく廃業の自由として保障された権利であるから,解散に伴う解雇の場合には,整理解雇の法理の趣旨は及ばないというべきである。また,被告は,本件組合との間で実施された団体交渉において,合意可能な要求については合意し,応じられない要求については極力説明を尽くした上で要求を断るという是々非々の姿勢で臨んでいるのであって,組合嫌悪の事実はない(なお,再就職の経過については,原告らを含む全従業員に対して,再就職先や再就職のために必要な手続を教示したにもかかわらず,原告らだけがその手続を怠ったことによるものであり,組合嫌悪を示すものではない。)。本件解散は,①平成18年以降に実施してきた経費削減策(一部事業の廃止,従業員賞与や役員報酬のカット等)によっても,過去5年間の経営状況が思わしくなく,実質的な赤字が続いていたことに加え,②被告代表者であるL(以下「被告代表者」という。)の体調不良により経営を続けることができず,適切な後継者も存在しなかったこと,③東日本大震災により取引先企業が甚大な被害を被ったため,その復旧や取引再開に多大な時間を要したことを理由とするものであるから,本件解散には必要性,合理性がある。そして,被告は,本件組合や原告らに対して,本件解散の必要性を十分に説明しているので,本件解雇が解雇権の濫用となることはない。

(2)  争点2(本件解雇が不法行為になるか否か)について

(原告らの主張)

上記(1)で主張したとおり,本件解雇は,本件組合を嫌悪した被告が,廃業の必要性がないにもかかわらず,東日本大震災を口実にして行ったものであるから,支配介入を内容とする不当労働行為(労働組合法7条3号)に該当する違法なものであって,不法行為を構成する。

そして,原告らは,本件解雇により,少なくとも不法行為日(本件解雇の効力発生日)である平成23年5月1日から平成24年4月30日までの1年間の賃金相当額について損害を受けたところ,原告らの中で最も給与の少ない原告Eの給与(月額19万3000円)を基準にすれば,少なくとも,原告らは,それぞれ逸失利益として231万6000円の損害を受けていたといえる。これに加えて,不当労働行為である本件解雇による慰謝料200万円,弁護士費用43万1600円がそれぞれ損害額に含まれるというべきであるから,原告らは,被告に対し,それぞれ474万7600円の損害賠償を求めることができる。

(被告の主張)

否認ないし争う。上記(1)で主張したとおり,本件解雇は,東日本大震災による営業損害を理由とする解散に伴うものであって,適法かつ有効であるから,不当労働行為には該当せず,不法行為とはならない。

第3当裁判所の判断

1  争点1(本件解雇が無効か否か)について

(1)  株式会社は解散すると,清算結了により消滅するものであり(会社法476条),株主総会の解散の決議(同法471条3号)は,会社が株主の判断により自ら営業の存続を断念し,営業を廃止して法人格を消滅させるための清算手続に入ることを決定することを意味する。このような会社の解散の自由は,営業の自由(憲法22条1項参照)の一環として保障されていると解されるから,株式会社に対し,その意思(最高の意思決定機関である株主総会の決議)に反して,労働組合や従業員のために企業を存続することを強いることはできないと解される。

そうであれば,当該株式会社の解散が,偽装解散ではなく,株主総会の適法な決議(内容に法令又は定款違反の瑕疵がない決議)により,会社事業の存続を断念することを決定して行われた解散(真実解散)であれば,その動機,目的の如何を問わず,解散自体は有効であると解するのが相当である。

そして,解雇の前提となる解散が真実解散である場合には,会社の清算を行う必要があるため,もはや営業の存続を前提に従業員の雇用を継続することは不可能であるから,解散に伴う解雇は,その従業員を解雇したことが解散後の清算法人における清算事務遂行の見地から著しく不合理であるか,又は,その従業員を解雇するに当たっての手続的配慮を著しく欠いたと認めるに足りる特段の事情が存しない限り,客観的に合理的理由を有し,社会通念上相当なものとして有効であると解するのが相当である。これに対し,原告らは,真実解散に伴う解雇であっても,整理解雇の法理の趣旨が妥当するとして,一般的に解散に合理性がなければ,解雇は無効になる旨主張するが,上記解釈に照らし,採用できない。

(2)  上記解釈に照らして本件について見るに,前記前提事実のほか,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 被告は,平成23年5月2日に運送業の廃業届を提出し,同年6月20日に株主総会の決議により解散して,同月21日,その旨の登記をした(前記前提事実(3),乙1,2)。

イ 被告は,会社解散に伴い,取引先企業から,それまで受注していた業務を引き受けてくれる他の業者を紹介するよう要請されたことから,東北三八五流通株式会社,株式会社エクシング,大昭和ユニボード株式会社の3社に業務の引き受けを依頼し,その協力を得たが,被告と上記3社との間には,資本関係や株主・役員の重複はなく,営業譲渡等も行われなかった(乙3ないし5,弁論の全趣旨)。

ウ 被告は,同年3月31日,原告らを含む全従業員に対して,事業廃止,会社解散に関する説明を行い,同年4月26日には,全従業員を集めた説明会を開催し,再就職に関する手続(希望者はハローワークを経由して応募する必要がある等),雇用保険の手続や予想される支給金額,退職金や厚生年金基金からの共済金の手続について説明した(争いがない)。

(3)  そこで検討するに,被告は,現に運送業を廃業した上で株主総会決議により解散しており(上記(2)ア),本件全証拠によっても,被告による本件解散に係る株主総会決議に法令又は定款違反の瑕疵があるとは認められない。また,被告は,その業務についても,他社に引き受けを依頼しているものの,営業譲渡等を行っていない(同イ)以上,他の法人格を利用して営業を継続しているといった事情も認められない。したがって,本件解散は,真に事業の存続を断念した結果行われたものとして有効である。

そして,被告は,原告らを含む全従業員に対して解散に関する説明を行った上,再就職の手続や雇用保険等についての説明会を実施している(同ウ)のであるから,原告らを解雇するに当たって,手続的配慮を著しく欠いたと認めるに足りる特段の事情が存すると認めることはできない。また,本件全証拠によっても,本件解雇が,解散後の清算法人における清算事務遂行の見地から著しく不合理であると認めるに足りる特段の事情が存するとは認められない。

そうすると,本件解散に伴って行われた本件解雇は,客観的に合理的理由を有し,社会通念上も相当であるといえるので,無効とはいえない。

2  争点2(本件解雇が不法行為になるか否か)について

(1)  解散ないしそれに伴う解雇が有効である場合には,原則としてその解雇は不法行為を構成しないものというべきであるが,当該解散が不当労働行為を行う意思をもって行われた場合には,その解散を理由とする解雇については不当労働行為が成立し,不法行為を構成する余地があると解するのが相当である。そして,当該解散が,不当労働行為を行う意思をもって行われたか否かについては,経営不振の程度,反組合的言動等の有無,組合活動と解散の時期との関係,企業継続の存否等の諸般の事情を総合考慮して判断すべきであると解すべきである。

(2)  上記(1)の解釈に照らして本件について検討するに,前記前提事実のほか,争いがない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 被告においては,平成18年から平成20年にかけて,500万円前後の赤字が続いており,平成21年には1800万円を超える赤字となったため,一部の営業所が廃止されるとともに,従業員の賞与や役員の報酬がカットされた(乙6ないし11,弁論の全趣旨)。

イ 平成23年3月11日に発生した東日本大震災により,被告については,トレーラーの牽引車が津波により被災した以外は,事務所や倉庫などの不動産も含めて被害がほとんどなかった。他方,被告の取引先企業は,同震災により甚大な被害を受け,同企業の復旧や被告との取引再開には多大な時間を要することとなった(以上につき,争いがない)。

ウ 上記イの結果,被告は,取引先企業との取引停止により収益を上げることが困難となり,平成23年度3月期の決算は,営業損益ベースで1540万4096円の赤字となり,当期純損失は6920万6671円の大幅な赤字となった(乙12の1,弁論の全趣旨)。

エ 被告は,会社解散に伴い,取引先企業からの要請を受け,東北三八五流通株式会社外2社に業務の引き受けを依頼し,その協力を得たが,被告と上記3社との間には,資本関係や株主・役員の重複はなく,営業譲渡等も行われなかった(前記1(2)イ)。

オ 被告は,平成23年5月2日には運送業を廃業し,同年6月20日に株主総会の決議により解散した上で,その旨の登記をした(同ア)。

カ 被告は,本件組合との間で,平成22年4月30日,同年5月16日,同年8月1日,同月21日,同年11月10日,同月20日,同年12月4日,同月18日,平成23年3月5日にそれぞれ被告訴訟代理人弁護士の立会いの下で団体交渉を行った(争いがない)。

キ 被告は,原告らを含む全従業員に対して,事業廃止,会社解散に関する説明を行った上,全従業員を集めた説明会を開催し,再就職に関する手続(希望者はハローワークを経由して応募する必要がある等),雇用保険や退職金,厚生年金基金からの共済金の手続について説明した(前記1(2)ウ)。

(3)  上記事実に照らせば,被告では,本件解散以前から経営状況が悪化し,赤字の計上が続いていた(上記(2)ア)ところ,東日本大震災の影響により,取引先企業との取引が長期間にわたって困難となり,その結果,営業損益ベースで1540万円超,当期純損失6920万円超の大幅な赤字を計上するに至った(同イ,ウ)のであるから,その経営不振の程度は相当大きかったといえる。また,被告は,本件組合の設立直後である平成22年4月から東日本大震災の発生直前である平成23年3月5日まで継続的に本件組合との間で団体交渉を行っており(同カ),解散決定後も原告らを含めた全従業員に対して解散や再就職等に関する説明を行っていること(同キ)も併せ考慮すれば,団体交渉拒否等の不当労働行為があるとは認められない。これらの事実に加え,被告が,東日本大震災発生後約2か月で運送業を廃業し,約3か月後に会社を解散したこと(同オ)を併せ考慮すれば,本件解散の直接の理由は,東日本大震災による被災(取引先企業の被災による影響も含む。)によるものと見るのが相当である。そして,被告は,最終的には,運送業を廃業し,会社を解散したことに伴い,他の会社にその業務を引き継いでいるものの,これらの会社との間に資本関係や経営主体の同一性はない(同エ)から,被告が別の法主体の下で事業を継続していると見ることもできない。

そうすると,被告による本件解散は,本件組合に対する不当労働行為を行う意思をもってされたものということはできないから,不法行為を構成しない。

(4)  これに対し,原告らは,被告が従前から本件組合を嫌悪していた旨主張するが,その根拠として指摘するところは,要するに,被告が本件組合との団体交渉を経て,本件組合の要求に応じることとなったことや,本件組合が被告に対して取締役の退任や役員報酬額の開示等を要求したことなどを内容とするものにとどまり,本件全証拠によっても,被告が本件組合に対して団体交渉拒否や支配介入(ただし,本件において原告らが支配介入に当たる旨主張している本件解散,本件解雇を除く。)といった具体的な不当労働行為をしたと認めることはできないから,原告らの上記主張は推測の域を出るものとはいえず,採用できない。また,原告らは,再就職に係る経緯を指摘して,組合に対する差別があった旨主張するが,仮に原告らの主張を前提としても,上記(3)で検討した結果に照らせば,本件解散当時から,組合に対する差別意図をもって解散をしたとは認め難いので,原告らの指摘する事実をもって,被告による不当労働行為があると認めることはできない。

さらに,原告らは,解散に当たって労働組合と十分な協議がされない場合には,解散に伴う解雇は不当労働行為に当たる旨主張するが,解散に当たって事前に労使協議を行う旨の労使協定が存在する場合であればともかく,そのような事情の認められない本件においては,被告において,本件組合との間で解散に先だって事前に十分な協議を行うべき法的義務を負うと解することはできないから,原告らの上記主張は採用できない。

その他,原告らが縷々主張するところも,上記結論を左右しない。

第4結論

以上によれば,原告らの請求は,いずれも理由がないからこれらを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 関口剛弘 裁判官 工藤哲郎 裁判官 吉賀朝哉)

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