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仙台地方裁判所 平成23年(行ク)3号 決定 2011年3月23日

主文

1  本件申立てをいずれも却下する。

2  申立費用は申立人らの負担とする。

事実及び理由

第1申立て

相手方が財団法人A(以下「A」という。)に対して平成22年9月30日付けでした建築確認処分(以下「本件処分」という。)の効力は,本案訴訟に関する判決が確定するまでこれを停止する。

第2事案の概要

本件申立ては,病院の職員宿舎の建築について,その近隣に居住する申立人らが,宿舎が火災になった際には延焼,倒壊等の危険があり,宿舎の建築により日影被害も生じるので,行政事件訴訟法25条2項本文の「重大な損害を避けるため緊急の必要がある」旨主張して,相手方のした本件処分の取消しを求める訴えを本案として,その判決確定まで同処分の効力の停止を求めるものである。

申立人らは,本件処分について,甲県建築基準条例(以下「県条例」という。)9条の接道義務に反する違法があるから取り消されるべきものであるところ,本件処分に係る建築物が建築されることによって,火災による延焼,倒壊等の危険や日影被害が生じる上,当該建築物はまもなく竣工予定であるから,「重大な損害を避けるため緊急の必要」がある旨主張するのに対し,相手方は,申立人らの上記主張を争うとともに,行政事件訴訟法25条4項の「本案について理由がないとみえるとき」に当たる旨主張している。

なお,特に明示すべき当事者の具体的主張は,後記第3の「当裁判所の判断」の各該当箇所に記載するとおりである。

第3当裁判所の判断

1  本件事案の経緯

本件疎明資料によれば,本件事案の経緯は,以下のとおりであることが一応認められる。

(1)  甲県においては,建築基準法(以下「法」という。)43条2項が定める建築物の敷地及び建築物と道路との関係についての制限の付加等に関して県条例が制定されており,県条例9条は,都市計画区域又は準都市計画区域内にある延べ面積の合計が1000m²を超える建築物の敷地は道路に6m以上接しなければならない旨規定している(甲4)。

(2)  Aは,一続きとなっている乙市丙区丁町a番の土地(以下「a番の土地」という。)及び同町b番cの土地(以下「b番cの土地」という。また,両土地をあわせて以下「本件土地」という。)の上に,B病院職員宿舎(鉄筋コンクリート造・一部鉄骨造,地上8階建の共同住宅,保育所。以下「本件建物」という。)の建築を計画している。本件建物は北棟と南棟からなるが,そのうち本件処分に係る計画は,南棟部分(鉄筋コンクリート造・一部鉄骨造,地上5階建,延べ面積1343.29m²。以下「本件南棟」という。)に関するものである(甲1,2,5)。

なお,本件建物の北棟部分の敷地であるa番の土地は道路(法43条1項参照)に約27.58m接しており,本件南棟の敷地であるb番cの土地は道路に約4.54m接している(甲3,乙4)。

(3)  申立人らは,いずれも本件建物の隣接地に居住する者で,申立人X1の居住地と本件南棟との距離は約2.2mであり,申立人X2の居住地と本件南棟との距離は約4.2mである(甲16)。

(4)  Aが本件南棟を増築するために建築確認の申請をしたところ,相手方は,平成22年9月30日付けで法6条の3第1項,6条1項に基づいて本件処分を行った(乙1)。

(5)  申立人らは,本件南棟が県条例9条の接道義務に違反しているとして,乙市建築審査会に対し,本件処分の取消しを求めて審査請求をしたが,これを棄却する旨の裁決(甲19)を受けたため,本案に係る訴え(当庁平成23年(行ウ)第1号)の提起に至ったものである。

2  申立人適格について

一般に,執行停止の申立人適格を有するのは,本案訴訟の原告適格を有する者であると解される。この点につき,申立人らは,建築確認が建築物の倒壊,炎上による被害や日影被害を受ける近隣住民の利益も個別的利益として保護しているとして原告適格がある旨主張するのに対し,相手方は,倒壊,炎上による被害が生ずる蓋然性は極めて低く,日影被害の態様や程度も軽微であるから申立人らの利益は害されないとして申立人らの主張を争うので,この点について検討する。

建築確認は法6条1項の建築物の建築等の工事が着手される前に,当該建築物の計画が建築基準法をはじめとする建築関係規定に適合していることを公権的に判断する行為であって,それを受けなければ当該工事をすることができないという法的効果が付与されており,建築関係規定に違反する建築物の出現を未然に防止することを目的としたものである。法43条1項の定める接道義務も上記建築関係規定に含まれるところ,同項は,建築物の接道義務を規定することにより,義務を充足しない建築物の建築による被害,不利益からの保護を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,当該建築物の使用者及びその近隣住民の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むものと解される(最高裁平成4年9月22日第三小法廷判決・民集46巻6号571頁,最高裁平成14年1月22日第三小法廷判決・民集56巻1号46頁参照)。そして,同条2項が避難又は通行の安全を確保するために条例による制限の付加を認めた規定であることからすれば,上記趣旨は,同項を受けて制定された県条例9条にも同様に妥当すると解される。

そこで,本件につき申立人適格の有無を検討するに,前記第3の1(3)の事実によれば,本件建物が接道義務を充足しない場合には,消火活動に支障がある結果,延焼により,申立人らの生命,身体,財産に被害が生ずるおそれがあるといえる。

したがって,申立人らは,本件処分により法律上保護された利益が侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者として,行政事件訴訟法9条にいう「法律上の利益を有する者」にあたるから,本件処分の取消訴訟における原告適格を有するものである。

以上より,申立人らには本件申立てにおける申立人適格が認められる。

3  「重大な損害を避けるため緊急の必要」があるか否かについて

(1)  火災による延焼,倒壊等の危険について

ア 申立人らは,本件建物の火災による延焼,倒壊等の被害が重大な損害にあたる旨主張し,その根拠として,本件建物は,北棟と南棟を長さ35.2mの渡り廊下で結んだものであり(甲1),実質は「一の建築物又は用途上不可分の関係にある二以上の建築物」(建築基準法施行令1条1号)に当たらないので,本件南棟が独立して接道義務を充足すべきところ,その敷地であるb番cの土地は4.54mしか公道に接していないから,本件南棟は県条例9条の接道義務に違反する旨主張する。これに対し,相手方は,接道義務違反の有無と延焼,倒壊等の危険の有無とは,判断の内容及び性質を異にする上,本件南棟に延焼,倒壊等の危険はない旨主張して,申立人らの主張を争っている。

イ 確かに,申立人らが主張するように,本件建物は,前記審査請求に対する裁決(甲19)においても「構造上,外観上の一体性はぜい弱というほかない」旨指摘されており,仮に本件南棟が接道義務に反しているとすれば,本件建物に火災等が発生した場合,消火活動に支障がある結果,延焼により,申立人らの生命,身体,財産に被害が生ずるおそれがあるといえ,これらは一般に「重大な損害」に当たると考えられる。

しかし,他方で,本件疎明資料によれば,本件建物に関する計画が,①本件南棟に設置予定の保育所は北棟に居住する職員も共同で利用する,②宿舎への出入りは北棟にある集合玄関操作盤によって管理し,居住者の郵便受けも北棟のエントランスに設置する,③本件南棟への給水や電気供給はいずれも北棟を通じて行われるといった内容を含むものであることが一応認められ(乙3の1,同14),この点は上記裁決も指摘するところである。

これらの事情に照らせば,このような機能上の一体性を根拠として,本件建物が「一の建築物又は用途上不可分の関係にある二以上の建築物」と認められる可能性は十分にあるといえるので,本件南棟が接道義務に明白に違反しているということはできない。

ウ また,その点を措くとしても,上述した「重大な損害」の有無は,本件処分に関する具体的な事情を考慮して判断すべきであるところ,本件疎明資料によれば,本件建物が耐火建築物であり,本件南棟の増築については本件処分の申請に際し,建築基準法93条1項本文の定める消防長等の同意が得られていること(乙4),消防車両の横幅は大きいもの(はしご車)でも2.5m以下であること(乙7),上記消防長等の同意(以下「消防同意」という。)を得て本件処分がされるまでの過程で,本件南棟の建築計画については,所轄の消防署から,消防車両(はしご車)の「部署位置」(開発区域の予定建築物又は中高層建築物の消防隊侵入口等の直下にはしご車がはしごを有効に伸梯できる地上部分-乙市消防局が採用する消防用設備等設置基準(甲20)による)との関係について,本件南棟の東側道路を消防車両の進入ルートとして計画を進めても問題ないとされたこと(乙4ないし6)が一応認められる。

これらの各事実に照らせば,本件南棟について,火災による被害防止のために最低限必要な設備は満たしていると推認できる。

エ 以上の事実関係の下では,本件処分の結果,火災による延焼,倒壊等による「重大な損害を避けるため緊急の必要」があることが疎明されたとはいえないから,申立人らの主張は採用できない。

これに対し,申立人らは,消防同意の存在が火災被害発生の危険性自体を阻却するものではない旨主張するが,本件建物について,消防同意が存在することは,火災による被害防止のために最低限必要な設備を満たしていることを推認させる以上,申立人らのこの主張のみでは,上記認定を左右するものとはいえない。

さらに,申立人らは,緊急事態において,消防車両がなんらの軌道修正なく部署位置に到達することには困難が伴う上,仮に到達できたとしても,部署位置から後退する方法で旋回した時に本件建物の壁面等に衝突する可能性が高いとして,消火活動に支障が生じ,近隣住民に対する火災延焼による被害発生の蓋然性がある旨主張し,その根拠として「消防車輌の部署位置図面」(甲22)を提出するが,実際に同図面の位置,経路及び方法を採るべき理由は見当たらず,消防車両が本件建物の渡り廊下部分に接触する可能性を疎明するものとはいえないから,申立人らの主張は裏付けを欠き,採用できない。

(2)  日影被害について

申立人らは,前記(1)と同様に本件南棟が県条例9条の接道義務に違反することを前提として,本件南棟の増築によって,申立人X1が,冬至日の午前7時20分ころから午前11時40分ころまでの間,本来生じ得なかったはずの日影被害を受けるおそれがあり,その程度は「重大な損害」にあたる旨主張するのに対し,相手方は,本件南棟の建築による日影被害の程度は小さい上,従前と変わらない旨主張して申立人らの主張を争っている。

そこで検討するに,本件疎明資料によれば,本件南棟の所在地は第一種住居地域内にあり(甲5),法56条の2を受けて制定された県条例14条によれば,第一種住居地域における日影時間の限度は5時間と定められているところ(甲4),申立人X1に生ずる日影被害(いずれも冬至日のもの)は,申立人らの援用する「半天空図」を用いた計測方法によれば,午前7時20分ころから午前11時40分ころまでの約4時間20分となるものの(甲17),相手方の援用する「日影(天空図)」によれば,午前8時から午前11時15分までの約3時間15分となっており(乙9),いずれにしても,県条例14条の定める日影時間の制限の範囲内である上,申立人X1が受ける日影被害は午前中にとどまり,午後の日照は確保されるということができる。

さらに,本件疎明資料によれば,本件南棟の敷地部分には従前,共済組合の宿泊施設であるC(以下「旧建物」という。)が存在していたところ,申立人X1の居住地に対する旧建物による日影時間は4時間45分であるのに対し,本件南棟による日影時間は,上述したとおり3時間15分にとどまることが一応認められ(乙9,10),旧建物が存在していた当時よりも1時間30分も短縮されていると評価できる。

これらの事情に照らせば,上記日影被害が「重大な損害」にあたることについて疎明があるとはいえない。

このほか,申立人らは,本件南棟の建築による日影被害は冬至日のみにとどまるものではなく,春秋分には旧建物の存在時には生じていない新たな日影被害が生ずるとして,「重大な損害」が生ずる旨主張するが,「重大な損害」の要件において問題とすべき日影被害の程度は,特段の事情のない限り,年間で最も1日当たりの日照時間が最も少ないとされる冬至日を基準として判断するのが相当であり(法56条の2第1項参照),本件において異なる基準によるべき特段の事情があるとは認められないから,申立人らの主張は採用できない。

(3)  以上の検討によれば,申立人らについて,本件処分により生じる「重大な損害を避けるため緊急の必要」(行政事件訴訟法25条2項本文)があるということはできない。

第4結論

よって,その余の点について判断するまでもなく,本件申立てはいずれも理由がないからこれらを却下することとし,申立費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 関口剛弘 裁判官 本多哲哉 裁判官 吉賀朝哉)

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