仙台地方裁判所 平成24年(ワ)1118号 判決 2014年2月25日
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求の趣旨
1 被告は,原告X1及び同X2に対し,それぞれ金4456万5036円及びこれに対する平成23年3月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告X3に対し,金8325万0051円及びこれに対する平成23年3月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告X4に対し,金3109万8539円及びこれに対する平成23年3月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告は,原告X5及び同X6に対し,それぞれ金1554万9269円及びこれに対する平成23年3月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要等
1 事案の概要
本件は,海岸から約100mの距離にあった被告の女川支店(以下「被告女川支店」という。別紙「被告女川支店付近鳥瞰写真」〔乙25の3〕参照)に勤務中,平成23年3月11日午後2時46分に発生した東北地方太平洋沖地震(以下,同地震を「本件地震」といい,同地震による被災を「東日本大震災」という。)による津波に流されて死亡し,又は行方不明となった被災行員及び派遣スタッフ合計12名のうち,3名の遺族である原告らが,①本件地震発生前の被告の安全教育や避難訓練等が不十分であったほか,被告作成の災害等緊急時対応プラン(以下「災害対応プラン」という。)においても「支店屋上」を避難場所に追加すべきでなかったのに追加するという安全配慮義務違反があった上,②本件地震発生後においても,被告女川支店の支店長が,歩いて約3分半の距離にある宮城県牡鹿郡女川町(以下「女川町」という。)の指定避難場所のある堀切山(秀工堂階段上)へ避難するのではなく,被告女川支店の屋上(以下「本件屋上」という。)へ避難するという誤った指示・判断をし,さらに,③本件屋上へ避難した後,大津波警報の内容等に応じてより高所に避難することのできる堀切山へ避難場所を変更すべき注意義務があったのにこれを怠った,④これらの被告の安全配慮義務違反により上記3名が死亡した旨主張して,被告に対し,安全配慮義務違反の債務不履行又は不法行為(民法709条,715条1項)による損害賠償請求権に基づき,上記3名から相続した各損害賠償金及びその遅延損害金の支払を求めたという事案である。
その中心的争点は,①被告の安全配慮義務違反の債務不履行責任又は不法行為責任(民法709条,715条1項)の有無,②上記3名の損害額(原告らの相続額)である。
2 前提事実
以下の事実は,当事者間に争いがないか,又は括弧書きで摘示した証拠等により認めることができる。
(1) 被告による被告女川支店の設置等
ア 被告は,仙台市に本店を置く地方銀行であり,本件地震が発生した平成23年3月11日当時,女川町<以下省略>に被告女川支店を設置していた。
イ 本件地震発生当時の被告女川支店には,支店長であるG(以下「G支店長」という。ただし,本件地震発生当時は外出中であった。)を筆頭に,行員であるH(以下「亡H」という。)及びI(以下「亡I」という。)と,a株式会社からの派遣スタッフであるJ(以下「亡J」という。)のほか,10名の行員ら(総勢14名)が勤務していた(以下,派遣スタッフも含めて「行員ら」ということがある。)。
(2) 被災行員ら12名の津波被災による死亡・行方不明
平成23年3月11日午後2時46分,宮城県沖などを震源とするマグニチュード9.0の本件地震が発生し(以下,マグニチュードを「M」と表記することがある。),女川町の最大震度は6弱であったが,同地震後に発生した大津波(被告女川支店付近の津波の高さは,海抜約20m)により,出勤していた前記14名の被告女川支店行員らのうち,子供が心配で自宅に帰ったK(派遣スタッフ)(以下「K」という。)と,津波に流されながらも助かったL行員(以下「L行員」という。)を除く12名の行員ら全員が津波に流されて死亡し,又は行方不明となった(以下,被災した行員ら12名全員を「被災行員ら12名」といい,そのうち遺族が本件訴訟を提起している亡H,亡I及び亡Jを「本件被災行員ら3名」という。)。
(3) 原告らによる本件被災行員ら3名の相続(弁論の全趣旨)
ア 原告X1及び同X2は,子である亡H(当時25歳)の死亡により同人の権利義務を各2分の1の割合で相続した。
イ 原告X3は,子である亡I(当時54歳)の死亡により同人の権利義務を相続した。
ウ 原告X4,同X5及び同X6は,亡J(当時47歳)の死亡(行方不明であり,平成24年5月30日付けで死亡届出受理)によりその権利義務を,夫である原告X4において2分の1の割合で,子である原告X5及び同X6において各4分の1の割合で,それぞれ相続した。
3 (原告らの主張)
(1) 被告の本件被災行員ら3名に対する安全配慮義務の存在
被告は,労働契約を締結している社員である亡H及び亡Iに対しては労働契約に付随する信義則上の義務として(労働契約法5条),またa株式会社と労働者派遣契約を締結して被告女川支店に派遣されて勤務していた亡Jに対しては業務上の指揮命令権を行使してその労務を管理していたことにより,労働契約法5条の類推適用又は一般不法行為法上の義務としての安全配慮義務,すなわち業務遂行のために設置すべき場所,施設若しくは器具等の設置管理又は使用者若しくは上司の指示の下に遂行する業務の管理に当たって,労働者の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負っていた。
この場合の安全配慮義務は,労働契約法5条又はその類推適用に基づく日常的で規範的な義務であるから,同義務を課すためには,津波により被告女川支店の労働者の生命及び身体に危険が及ぶことの抽象的な危険性が存在していれば足り,本件屋上を超えるような津波に襲われる危険性といった個別具体的な危険性が存在していることを要しない。安全配慮義務の前提となる予見可能性は,使用者が当該具体的な事故発生を現実に予見していたことではなく,諸事情を総合して事故発生の客観的な予測性があったかどうか,あるいはあったとみるべきであるかどうかという規範的な概念である。
(2) 本件地震発生前の安全配慮義務違反
ア 立地の特殊性に合わせた店舗の設計義務違反
上記安全配慮義務の具体的内容として,本件地震発生前においては,被告女川支店が海(女川湾)から直線距離にして約100mの近距離に位置し,その女川湾がリアス式海岸の凹部であるという特殊な地形にあることに照らせば,被告がその女川湾の海岸近くに支店を設置し,これを運営維持するに当たっては,上記立地の特殊性に合わせた店舗の高さに係る設計をすべきであったのに,塔屋も含めてわずか約13mの高さにすぎない被告女川支店の店舗を設計し,上記の特殊な立地に応じた店舗の設計義務に違反した。
イ 安全教育を施した者を管理責任者とする配置義務の違反
被告は,津波対策について十分な安全教育を施した者を管理責任者として配置すべき義務があったのに,津波対策についてG支店長に十分な安全教育を施さずに同人を被告女川支店の管理責任者として配置し,上記の適切な管理責任者配置義務に違反した。
ウ 避難訓練等実施義務の違反
被告は,日頃から業務時間中に発生する可能性のある災害に対する避難措置として,適切かつ妥当な方法及び手順を行員らに周知徹底した上,実際にもその避難方法及び手順に従って業務時間中に避難訓練を実施すべき義務があったにもかかわらず,上記の周知徹底義務を怠った上,業務時間中に指定避難場所のある堀切山への避難訓練を実施せず,避難訓練実施義務に違反した。
エ 災害対応プランの平成21年の改正において「支店屋上」を避難場所に追加したことの誤り
人命最優先の観点からは,より早く,より高い場所へ避難することが津波対策の鉄則であるから,被告が平成21年10月に災害対応プランを改正するに当たっては,津波対策の避難場所として,従前よりも低い場所を避難場所として新たに追加すべきではなかった。特に内閣府の津波避難ビル等に係るガイドライン検討会・内閣府政策統括官(防災担当)が平成17年6月に作成した「津波避難ビル等に係るガイドライン」(以下「内閣府津波避難ビルガイドライン」ということがある。甲31の1及び2)によれば,想定される浸水深が3mの場合は4階建て以上のRC又はSRC構造の施設を津波避難ビルとすることが要求されているところ,宮城県防災会議地震対策等専門部会が平成16年3月に公表した「宮城県地震被害想定調査に関する報告書」(以下「宮城県地震被害想定調査に関する報告書」という。甲29,乙13の1~4)によれば,被告女川支店の所在地には5.9mの高さの津波の来襲が想定されていたから,2階建ての被告女川支店の建物(以下「本件建物」という。)は津波避難ビルとしての適格性を欠いていた。それにもかかわらず,被告は,本件屋上を避難場所として追加した。その結果,G支店長がその災害対応プランに従って本件屋上を避難先として選択し,今回の悲惨な結果を招いたと考えられるから,被告が「支店屋上」を避難場所に追加したことは,安全配慮義務違反に当たる。
(3) 本件地震発生後の安全配慮義務違反
ア 情報収集義務違反
上記安全配慮義務の具体的内容として,本件地震発生後において,G支店長としては,テレビやラジオなどのほか,自らも海の沖の様子をうかがう見張りを立てるなどして,絶えず,迅速に,より多くの情報を収集する義務があったのに,これらを怠った。
イ 最初から堀切山へ避難すべき義務の違反
G支店長としては,①最大震度6弱の地震が約3分間にわたって継続した超巨大地震が発生したこと,②防災行政無線においても「大津波警報が発令されましたので,至急高台に避難してください。」との放送が繰り返されていたこと(甲23),③L行員が聞いていた東北放送株式会社のラジオにおいては,津波の高さを6mと伝えつつも,場所によってはそれ以上の高さになることがある旨を放送しており,女川湾の特殊な地形に照らせば6m以上の津波が予想されたこと,④女川町は堀切山を指定避難場所と指定しており,被告女川支店の行員らが携帯していた災害時連絡カードにも指定避難場所欄に「堀切山」が明記されていたことなどを総合すれば,最初から女川町の指定避難場所である堀切山へ避難すべき義務があった(別紙「被告女川支店付近鳥瞰写真」参照)。
そうであるのに,G支店長は,それを怠り,2階屋上まで約10m(塔屋を含めても約13m)の高さしかなく,それ以上の高さへの避難が不可能な本件屋上への避難が安全であると漫然と信じ,部下の行員らに対し,本件屋上への避難を指示するという誤った判断をした。
ウ 被告本店の本件屋上避難の黙認
被告の本店(以下「被告本店」という。)においても,本件屋上に避難したというG支店長による上記連絡を受けながら,それを漫然と黙認したから,同様に安全配慮義務に違反している。
エ 途中で避難場所を本件屋上から堀切山へ変更すべき義務の違反
G支店長は,本件屋上への避難後も,防災行政無線から大津波警報が発せられ,至急高台に避難するようにとの放送が繰り返されていたのを耳にし,また,テレビやラジオからの情報も,携帯電話などを通じて得ることができたのであるから,避難場所を本件屋上から,徒歩約3分半の距離にある女川町の指定避難場所である堀切山(別紙「被告女川支店付近鳥瞰写真」参照)へと変更すべき義務があったのに,これを怠り,漫然と同屋上に残った。
(4) 被告の債務不履行責任又は不法行為責任
被告(G支店長も含む。)の上記(2)及び(3)の安全配慮義務違反の結果,本件屋上に避難した13名の被告女川支店行員らのうち,津波に流されながらも助かったL行員を除く被災行員ら12名(本件被災行員ら3名を含む。)が平成23年3月11日午後3時30分過ぎに津波に流されて死亡し,又は行方不明となった。
したがって,被告は,安全配慮義務違反の債務不履行責任又は不法行為責任(民法709条,715条1項)に基づき,死亡した本件被災行員ら3名の損害賠償請求権を相続した原告らに対し,損害金の支払義務がある。
(5) 本件被災行員ら3名の損害額(原告らの相続額)
ア 亡H関係の損害
(ア) 逸失利益 6753万4413円
646万0200円(賃金センサス平成23年第1巻第1表の男性大学卒の平均賃金)×(1-0.4〔結婚約束をしていたので一家の支柱としたときの生活費割合〕)×17.4232(就労可能年数42年のライプニッツ係数)=6753万4413円
(イ) 死亡慰謝料 2200万円
(ウ) 葬儀費用 150万円
(エ) (ア)~(ウ)の合計額 9103万4413円
(オ) 既払金控除後の損害額 8103万0073円
9103 万 4413 円-既払金 1000 万 4340 円=8103 万 0073 円
(カ) 弁護士費用 810万円
(キ) 合計((オ)+(カ)) 8913万0073円
(ク) 原告X1及び同X2の相続額 各4456万5036円
イ 亡I関係の損害
(ア) 逸失利益 5017万0361円
635万7221円(平成22年度年収〔甲59〕)×(1-0.3〔母と妹を扶養していたので一家の支柱とみたときの生活費割合〕)×11.2741(就労可能年数13年よりも長い平均余命の2分の1である17年のライプニッツ係数)=5017万0361円
(イ) 死亡慰謝料 2800万円
(ウ) 葬儀費用 150万円
(エ) (ア)~(ウ)の合計額 7967万0361円
(オ) 既払金控除後の損害額 7569万0051円
7967万0361円-既払金398万0310円=7569万0051円
(カ) 弁護士費用 756万円
(キ) 合計((オ)+(カ)) 8325万0051円
(ク) 原告X3の相続額 8325万0051円
ウ 亡J関係の損害
(ア) 逸失利益 3104万7078円
355万9000円(賃金センサス平成23年第1巻第1表の女性学歴計の平均賃金)×(1-0.3〔有職の主婦の生活費割合〕)×12.4622(就労可能年数20年のライプニッツ係数)=3104万7078円
(イ) 死亡慰謝料 2400万円
(ウ) 葬儀費用 150万円
(エ) (ア)~(ウ)の合計額 5654万7078円
(オ) 弁護士費用 565万円
(カ) 合計((エ)+(オ)) 6219万7078円
(キ) 原告X4の相続額(2分の1) 3109万8539円
(ク) 原告X5及び同X6の相続額(各4分の1) 各1554万9269円
よって,原告らは,民法415条の債務不履行による損害賠償請求権,又は民法715条1項若しくは709条の不法行為による損害賠償請求権に基づき,被告に対し,原告X1及び同X2においては各4456万5036円,同X3においては8325万0051円,同X4においては3109万8539円,同X5及び同X6においては各1554万9269円及びこれらに対する平成23年3月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による各遅延損害金の支払を求める。
4 (被告の反論)
(1) 被告の本件被災行員ら3名に対する安全配慮義務の存在に対して
否認ないし争う。
(2) 被告の安全配慮義務違反に対して
本件屋上がその高さを超すような津波に襲われることの危険性については,以下のとおり,その予見が不可能であったから,その余の点について検討するまでもなく,被告には安全配慮義務違反が存在せず,損害賠償責任が生じない。
ア 本件地震発生前においては,本件屋上の高さを超すような津波の発生を予見することが不可能であった(乙47)。
(ア) すなわち,まず,地震の規模は津波の規模に影響を与えるが,宮城県沖においてM9.0の本件地震規模の地震が発生すること自体を予見することができなかった。例えば,「宮城県地震被害想定調査に関する報告書」においては,地震による被害想定調査を行う上で,宮城県沖の最大級の地震として想定した地震は,M8.0程度であった。
(イ) また,女川町に10m超の津波が到達することも予見することができなかった。すなわち,①記録上,過去に女川町に到達した津波をみても,昭和35年5月23日発生のチリ地震の際に発生した津波の高さ約4.3mが最大であった。また,②想定される津波についても,前記「宮城県地震被害想定調査に関する報告書」においては,国の地震調査研究推進本部が宮城県沖で発生することがあり得ると予想している地震によって予測される女川町の津波の高さが,最高でも5.3m~5.9mとされていた。女川町の津波が他の三陸海岸(リアス式海岸)の町村のそれと比較して高かったという実績もなかった。
イ また,本件地震発生後の情報を踏まえても,G支店長による避難場所の選択時点(午後3時頃まで)において,女川町に10mを超す津波が到達することの予見可能性はなかった。
気象庁は,本件地震発生当時,地震の規模を誤り,低い津波予想を発表していた。すなわち,気象庁は,本件地震発生直後である午後2時49分に,M7.9と発表した。その後,気象庁は,午後4時にM8.4へ,同日午後5時30分にはM8.8へ,同月13日午後0時55分にはM9.0へと,3回にわたって修正した。このように,地震の規模を過小評価していたという事情等もあったため,気象庁は,津波情報についても,本件地震の発生直後の午後2時50分には,宮城県沿岸部への津波到達予想時刻を午後3時,予想される津波の高さを6mと発表していた。そして,津波の到達予想時刻である午後3時頃までに発表されていた情報は当該情報のみであり,それまで気象庁の発表よりも高い津波が女川町にきたこともなかったから,本件地震発生後の情報を踏まえても,被告女川支店の行員らが避難場所の選択をしなければならなかった午後3時(津波到達予想時刻)までの時点において,女川町に10mを超す津波が到達することについての予見可能性はなかった。
(3) 本件地震発生前の安全配慮義務違反に対して
ア 立地の特殊性に合わせた店舗の設計義務違反に対して
否認し,争う。被告としては,そもそも津波を想定して十分な高さの建物を建築する義務を負っていない。
イ 安全教育を施した者を管理責任者とする配置義務の違反に対して
否認し,争う。
ウ 避難訓練等実施義務の違反に対して
否認し,争う。
(ア) 被告は,地震等の災害発生やシステム障害等を想定して,少なくとも年に1回,被告本店各部及び各支店において,防災体制の確認及び通信機器等の操作訓練等を実施していた。
(イ) また,被告は,災害対応プランの制定後である平成13年4月以降は,「緊急時の通信手段」や「就業時間外に災害等が発生した場合の対応」等,随時,災害対応プランの見直しを行い,その都度,通達を本店の各部及び全ての支店宛てに発し,その周知を徹底するなど,防災意識の高揚を図ってきた。特に,避難場所については随時周知徹底しており,被告女川支店では,期初の会議の場や朝礼等において,避難場所が堀切山又は支店屋上であることを周知徹底していた。
(ウ) また,被告女川支店は,平成18年2月に,堀切山の秀工堂階段上への避難訓練を実施しており,また,平成22年2月にも,一部の行員によって堀切山の秀工堂階段上への避難訓練を実施していた。
エ 災害対応プランの平成21年の改正において「支店屋上」を避難場所に追加したことの誤りに対して
宮城県津波対策連絡協議会が平成15年12月付けで作成した「宮城県津波対策ガイドライン」(以下「宮城県津波対策ガイドライン」という。)においては,3階建て以上(地域によっては2階建て以上)の鉄筋コンクリート構造又は鉄骨鉄筋コンクリート構造の建築物(避難ビル)等を一時的な避難場所として指定する旨を定めていた。そして,「宮城県地震被害想定調査に関する報告書」においては,女川町における津波の最高水位は5.3m~5.9mと予測されていたところ,本件建物の高さは,2階屋上までが約10m,3階の塔屋までが約13.35mであって,予想される津波の高さと比較しても十分な高さを有していた。そこで,被告は,平成21年の災害対応プランの改正において,津波が発生したときの営業店の対応事項としては,「人命の安全確保を最優先に,顧客誘導を行うとともに,直ちに指定避難所または支店屋上等の安全な場所へ避難」するものと定めるとともに,本件屋上をも避難場所の1つとして追加した。
(4) 本件地震発生後の安全配慮義務違反に対して
ア 情報収集義務違反に対して
被告又はG支店長に情報収集義務違反はない。
イ 最初から堀切山へ避難すべき義務の違反に対して
気象庁は午後2時50分,宮城県沿岸部への津波到達予想時刻は午後3時,予想される津波の高さは6mと発表していたから,G支店長以下,被告女川支店の行員らとしては,午後3時までに6m以上の高さのある場所に避難する必要があった。そして,その避難を完了すべき午後3時までの時点において,G支店長において,3階の塔屋を含めて約13.35mの高さを有する本件建物を超えるような津波が被告女川支店を襲うことを予見することは困難であった以上,最初から堀切山へ避難すべき義務はなく,いち早く避難することのできる本件屋上への避難を指示したことには合理性があり,緊迫した雰囲気の下で,これに異を唱える被告女川支店行員らも皆無であった。
ウ 被告本店の本件屋上避難の黙認に対して
争う。被告本店には安全配慮義務違反がない。
エ 途中で避難場所を本件屋上から堀切山へ変更すべき義務の違反に対して
G支店長には,途中で避難場所を本件屋上から堀切山へと変更すべき義務がなかったから,当然にその違反もなかった。
予想される津波の高さを10m以上へと修正する発表は,津波が被告女川支店に到達した午後3時20分頃までの間,報道各局において音声による報道がされておらず,NHKのテレビ放送のテロップにより画面上の表示がされたのみであった。震災当時の混乱した状況下において,渦中にいた当事者が,限られた時間及び通信手段の中で報道されていた津波情報を,適時かつ網羅的・正確に把握することは不可能であった。実際に被告女川支店の行員らは,本件屋上への避難後も津波情報を収集していたが,当該修正情報を知ることができなかった。
なお,仮に,当該修正情報を本件屋上に避難した行員らが取得していたとしても,取得した時点においては宮城県沿岸部への津波の到達予想時刻を既に過ぎており,かつ,石巻市鮎川等の近隣の地域においては既に津波が現実に観測されていたのであって,避難場所を変更した場合には,その移動中に津波の被害に巻き込まれる危険があったことを考慮すれば,避難場所の変更は既に不可能であり,原告ら主張の堀切山への避難場所の変更義務はなかった。
第3当裁判所の判断
当裁判所は,原告ら主張の安全配慮義務違反をいずれも認めることができないから,被告には,原告らに対する安全配慮義務違反の債務不履行又は不法行為(民法709条,715条1項)による損害賠償責任がないものと判断する。
以下における認定事実又は知見等は,各文章又は段落の冒頭又は末尾等に括弧書きで摘示した証拠及び弁論の全趣旨により認めることができる。
1 地震及び津波に関する一般的な知見や防災体制等
(1) 地震現象
地球内部の高温の物質が海底の海嶺(海底山脈等)において地球の表面に湧き出し,厚さ数㎞~100㎞の板状のプレート(海底)になり,1年間に数㎝の速さで両側に広がっている。その海のプレートが,陸地を形成している陸のプレートと衝突すると,海のプレートの密度の方が大きいため,陸のプレートの下に沈み込み,その沈み込むところに海溝ができる。地球の表面は,幾つかのプレートで覆われており,それぞれのプレートの境目が,海嶺や海溝に相当し,海のプレートが沈み込む地域において,長年蓄積していたひずみが一挙に解放されて巨大地震が発生する。
特に日本は,西側からのユーラシアプレート,北側からの北米プレート,南側からのフィリピン海プレート,東側からの太平洋プレートが集まっており,活断層と呼ばれるプレート内部の傷が日本国内の至るところにあって,陸地又は海底の浅い箇所を震源域とする地震(縦ずれ断層型〔正断層型,逆断層型〕,横ずれ断層型〔右ずれ型,左ずれ型〕)が頻発しているほか,陸側のユーラシアプレートに海側の太平洋プレート又はフィリピン海プレートが沈み込む日本海溝や南海トラフの深部において,プレート間の巨大地震が繰り返し発生している。海溝型地震においては,海側のプレートが陸側のプレートを毎年引きずり込みながらその下へ沈み込み(プレートの境界にはアスペリティという滑りにくい部分があり,その固着域でプレートが引きずり込まれる。),年々その応力(ひずみ)が蓄積し,そのひずみが耐えられなくなったときにプレート境界面(アスペリティ)が一気に滑り,陸側のプレートが跳ね上がって巨大地震及び津波を発生させる(甲30,甲63の25頁,26頁,乙44)。
(2) 津波現象
海底下で大きな地震が発生すると,断層運動により海底が隆起又は沈降するが,これに伴って海面が変動し,大きな波となって周囲に伝播する現象が津波である(甲34の1,乙17)。
津波に関しては,その他に,以下の点が指摘されている(甲30,甲34の1)。
ア 津波は,海が深いほど速く伝わる性質があり,沖合いではジェット機に匹敵する速さで伝わるが,水深が浅くなるほど速度が遅くなるため,津波が陸地に近づくにつれ,後から来る津波が前の津波に追い付き,海面が高くなる。水深が浅いところで遅くなるといっても,オリンピックの短距離選手並みの速さで陸上に押し寄せてくるので,普通の人が走って逃げ切れるものではない。津波から命を守るためには,津波が海岸にやってくるのを見てから避難を始めたのでは間に合わない。海岸付近で地震の揺れを感じたら,又は津波警報が発表されたら,実際に津波が見えなくても,速やかに避難をする必要がある(乙17,49の4)。
イ 津波は,海の波(波浪)とは異なり,海面全体が巨大な水の壁となって盛り上がる速い流れである。
ウ 津波の第1波がいつも引き波で始まるとは限らない。平成15年の十勝沖地震やスマトラ沖地震のように押し波から始まることもある(甲30の20頁以下,甲34の1,乙1)。
エ 建物などに被害を生じる地震による激しい揺れ(地震動)と,津波の発生は直接には関係しない。地震は固い岩盤に大きな力が作用して,破壊されることによって生じる現象であり,その岩盤破壊により地震波と地殻変動が起こる。地震波は地盤の揺れすなわち地震動になり,岩盤がずれ動く地殻変動により海底面が変動すると津波が発生する。地震の揺れによる被害が小さくても,海底面の変動量が大きいと,津波が発生することがある(甲30の46頁)。
オ 津波の高さは海岸付近の地形によって大きく変化する。さらに,津波が陸地を駆け上がる(遡上する)こともある。岬の先端やV字形の湾の奥などの特殊な地形の場所では,波が集中するので,特に注意が必要である。
津波は反射を繰り返すことで何回も押し寄せたり,複数の波が重なって著しく高い波となることがある。このため,最初の波が一番大きいとは限らず,後で来襲する津波の方が高くなることがある(乙17)。
カ 高さ50㎝の津波が20㎝幅の人の両脚の幅に押し寄せると200㎏もの力が横から加わるので,50㎝の津波でも,流れの速い津波(引き波も含む。)に流されて命を落とす危険性がある(甲30,乙49の1及び2)。津波に流されてしまうと建物や漂流物に速い速度で衝突し,溺死するのみではなく,脳挫傷や外傷性ショックにより死亡する危険性が高い(甲30の18頁,乙49の3)。
キ 震源地が海底であるときに津波が発生するが,その地震による断層において正断層や逆断層などの縦ずれの断層部分が大きいほど海底面を変動させて津波を大きくさせるし,地震の規模が大きいほど津波も大きくなりやすく,震源の深さが浅いほど津波が大きくなりやすい(甲30の44頁以下)。
ク 津波が護岸や防波堤,浜崖に衝突すると,それ以上前に進めなくなるために,通常の1.5倍以上の高さの津波になって,護岸や防波堤を乗り越える(甲30の64頁以下)。
(3) 本件地震当時の気象庁の津波警報の内容(甲34の3及び4,乙1)本件地震当時の気象庁の「大津波警報」は,高いところで3m程度以上の津波が予想されますので,厳重に警戒してくださいと説明し,予想される津波の高さを3m,4m,6m,8m,10m以上に分類して発表していた。
これに対し,「津波警報」は,高いところで2m程度の津波が予想されますので,警戒してくださいと説明し,予想される津波の高さを1m,2mに分類して発表していた。
また,「津波注意報」は,高いところで0.5m程度の津波が予想されますので,注意してくださいと説明し,予想される津波の高さを0.5mとして発表していた。
他方,「津波情報」とは,「津波到達予想時刻・予想される津波の高さに関する情報」や,「各地の満潮時刻・津波の到達予想時刻に関する情報」,「津波観測に関する情報」を知らせるものであった。
日本においては,平成5年の北海道南西沖地震のように地震発生後数分で津波が到達することがあるため,地震発生後に一秒でも早く,津波警報・注意報を発令する必要があると考えられ,気象庁においても,地震発生後数分程度で得られる地震の発生位置とマグニチュードから津波を予測して津波警報・注意報を発表するが,断層に関する詳細は10分程度以上の地震波を解析して初めて分かるものであるため,その後の分析結果や実際の津波の観測結果に基づき,最初の津波警報・注意報を予測し直すことにしていた(甲34の2及び4,乙45)。
(4) 「宮城県津波対策ガイドライン」
宮城県津波対策連絡協議会作成の平成15年12月付け「宮城県津波対策ガイドライン」(甲27)によれば,宮城県における明治以降の主な津波被害は,次のとおりであった(甲27の資料1)。
発生時期
災害名
M
最大津波高さ
死者・行方不明
①
明治29.6.15
明治三陸地震津波
7.6
不明
3452名
②
昭和8.3.3
三陸地震津波
8.3
只越7m
308名
③
昭和27.3.4
十勝沖地震
8.1
雄勝2m
④
昭和35.5.24
チリ地震津波
8.5
牡鹿5.65m
53名
⑤
昭和43.5.16
十勝沖地震
7.9
1名
⑥
平成15.9.26
2003年十勝沖地震
8.0
鮎川0.3m
また,上記「宮城県津波対策ガイドライン」においては,宮城県の沖合120㎞の地震断層を震源域とし,明治三陸沖地震と同程度の地震が発生するものとした津波被害が想定されていたが,女川小海域は,想定地震津波の波源域に面しているために,既往の三陸地震津波・チリ地震津波を上回る巨大津波に襲われることになり,特に湾奥部で大きく,10m近くまで増幅すること(もっとも,10m近くと予想された湾奥部は雄勝町などであって〔乙59の5の№1及び№6〕,被告女川支店の所在地付近は約4mと予想されていたこと〔乙59の7の№7〕),松島湾では1m以下,他の海岸各地で4.5m前後というのが一般的傾向であるが,航路として海底を掘り下げてある塩釜港と仙台港では,そこに津波が集中しやすく,周囲より大きな波高になることが指摘されていた(甲27)。
また,上記「宮城県津波対策ガイドライン」は,避難ビルの指定・選定について,次のとおり定めていた(甲27の19頁,20頁)。
「市町長又は住民等は,避難困難地域の避難者や避難が遅れた避難者が緊急に避難するために,避難対象地域内に避難ビルを指定又は選定する。
ア 3階建て以上のRC又はSRC構造であること。(地域の状況によっては2階建ても指定できる)
イ 耐震性を有していること(昭和56年の新耐震基準に基づき建築された建築物が望ましい)
ウ 避難路に面していることが望ましい。
エ 進入口への円滑な誘導が可能であること
オ 外部から避難が可能な階段があることが望ましい。など」
(5) 宮城県防災会議地震対策等専門部会作成の平成16年3月付け報告書
宮城県防災会議地震対策等専門部会作成の平成16年3月付けの「宮城県地震被害想定調査に関する報告書」によれば,宮城県が地震被害の想定対象とした地震は,海洋型地震としては,宮城県沖地震の単独発生型(M7.6)と,地震調査研究推進本部が平成15年に想定対象としていた宮城県沖地震の連動型(M8.0)であり,内陸型地震としては,長町-利府線断層帯の地震(M7.1)であったが,女川町の津波の予想最高水位は宮城県沖地震の連動型においても5.3m(昭和三陸地震と同一規模の地震においては5.9m)とされ,津波の到達時間は13.2分後,最高水位の到達時間は28.6分後,予想浸水面積は約1.4k㎡とされていた。もっとも,上記報告書の末尾には,想定地震と実際の地震とは異なる可能性があること,実際に発生した被害量と想定結果とでは異なる可能性があることが付記されていた(甲29)。
なお,宮城県が平成16年に作成した「宮城県第3次地震被害想定調査」においては,被告女川支店の所在地に予想される津波の浸水深が1~2mと予想されていた(甲29,乙57,弁論の全趣旨)。
(6) 宮城県防災会議作成の平成16年6月付け「宮城県地域防災計画」等
宮城県防災会議作成の平成16年6月付け「宮城県地域防災計画」(甲28)によれば,想定される宮城県沖地震の単独型においては女川町への津波の到達時間が12.6分後,津波の最高水位が2.1m,同地震の連動型においては津波の到達時間が13.2分後,津波の最高水位が5.3m,昭和三陸地震と同一規模の地震においては津波の到達時間が35.7分後,津波の最高水位が5.9mとされていたが,「これは想定であり,実際には早く到達することや,より高い津波高となることなどもある。」と付記されていた。
(7) 女川町統計書による女川町における過去の津波の高さ
女川町統計書によると,女川町の女川港における過去の津波の高さは,次のとおり最大で4.3mであった(乙15の1~3)。
発生年月日
震源地
M
津波の高さ
ア
明治29年6月15日
三陸沖
7.6
2.7m
イ
昭和8年3月3日
三陸沖
8.5
2.4m
ウ
昭和35年5月24日
チリ
8.5
4.3m
エ
昭和53年6月12日
宮城県沖
7.4
なし
オ
平成22年3月1日
チリ
8.8
1.18m
なお,女川駅のホーム下の階段には,昭和35年のチリ地震により発生した女川町の津波の高さ4.3mが青いペンキで表示され,「階段の青い線の高さまで津波が押し寄せました。」などと記載された表示板が立てられていた。
他方,東日本大震災までに宮城県を襲った津波の観測結果については,別紙「過去に宮城県を襲った津波および宮城県に津波警報が出された主な津波の観測結果一覧表」(乙46の1の別紙)記載のとおりであり,明治29年の明治三陸地震津波における南三陸町の津波の高さ14.3mが最も高かった(乙46の1~乙46の13の2)。
(8) 「内閣府津波避難ビルガイドライン」
ガイドライン検討会・内閣府政策統括官(防災担当)作成の平成17年6月付け「内閣府津波避難ビルガイドライン」においては,その目的について,①「日本周辺ではこれまでにも海溝型の大規模地震が多数発生しており,これに伴い発生する津波によって,我が国では過去に幾度となく甚大な被害を受けてきた。また,いつ起こってもおかしくないとされている東海地震や,今世紀前半にも発生の恐れがあるとされている東南海・南海地震や,切迫性が指摘されている日本海溝・千島海溝周辺の海溝型地震等,今後も,大規模な地震発生に伴い,甚大な津波被害の発生の危険性が懸念されている。津波から我が身を守るためには,まず高台に避難することが大原則であるが,高台までの避難に相当の時間を要する平野部や,背後に避難に適さない急峻な地形が迫る海岸集落等では,津波からの避難地確保が容易ではなく,大きな課題となっている。また,地震発生から津波到達までの時間的余裕が極めて少なく,避難のための十分な時間を確保できない地域も少なくない。このような地域における津波避難地,避難路の整備の必要性については,平成15年12月に中央防災会議で提示された『東南海・南海地震対策大綱』においても指摘されているところである。これらの課題等に対する現実的な対応策の一つとして,堅固な中・高層建物を一時的な避難のための施設として利用する,いわゆる津波避難ビル等の指定,あるいは人工構造物による高台の整備等といった取り組みが,既に一部の地域で始まっている。しかし,津波避難ビルとして満たすべき構造上の要件,緊急時の利用・運営方法等については,これまで指針や基準が明確にされていなかったため,必要性は高まる一方で,十分に普及が進んでいるとは言えない状況にある。本書は,地震発生から比較的短時間で津波の来襲する津波浸水予想地域において,津波避難困難者となる可能性の高い地域住民等を対象とした一時退避のための津波避難ビル等の指定,利用・運営手法等について示すものである。」と説明した上で(甲31の2の5枚目),「津波避難ビル等は,津波による被害が想定される地域の中でも,地震発生から津波到達までの時間的猶与や,地形的条件等の理由により,津波からの避難が特に困難と予想される地域に対し,やむを得ず適用される緊急的・一時的な避難施設である。したがって,津波避難ビル等の指定は,地域住民等の生命の安全を確実に担保するものではない。」としつつ(甲31の2の6枚目),「津波避難ビル等の指定・普及の推進にあたって認識しておくべき最も重要な点は,緊急的・一時的であろうと,津波から生命を守る可能性の高い手段を,地域内に少しでも多く確保していくという姿勢である。したがって,津波避難ビル等に多くの機能を求めるあまり,指定・普及等が遅々として進まないのは,あまり好ましいとは言えない。むしろ,機能や条件は必要最低限のものを確保していれば基本的に問題ないものとして,普及面に力点を置いた推進体制が望まれる。」としていた(甲31の2の6枚目)。そして,②津波避難ビル等の構造的要件としては,「耐震性」及び「津波に対する構造安全性」が挙げられ,このうち「津波に対する構造安全性」についての解説として,「人工構造物の津波による影響については,建物の平面形状,窓開口等の配置により異なるほか,浮力の効果,洗掘,流速の影響等,様々な要因があり,今後の研究が望まれる部分が多い。しかし,既往の研究成果等から,RCまたはSRC構造であることが一つの目安と考えられる。また,基本的には,建物の高さが高く,津波の進行方向の奥行きが大きいほど安全性は高い。」とし(甲31の2の10枚目),③「津波避難ビル等の選定にあたっては,想定される浸水深が2mの場合は3階建て以上(想定される浸水深が1m以下であれば2階建てでも可),3mの場合は4階建て以上のRCまたはSRC構造の施設を候補とするが,津波の進行方向の奥行きも十分に考慮しておく。」と記載していた(甲31の2の11枚目)。
(9) 「女川町地域防災計画」
女川町防災会議は,「女川町地域防災計画」(平成21年8月発行)において,「宮城県津波対策ガイドライン」に基づき,地域住民の避難計画の策定や避難態勢の促進を図ることとし,「避難場所の指定が困難な地域については,3階建て以上(地域によっては2階建て)の鉄筋コンクリート構造又は鉄骨鉄筋コンクリート構造の建築物(避難ビル)等を一時的な避難場所として指定する。」と定めていた(乙37の1~4)。
(10) 貞観地震に係る本件地震発生前約2年間の報道(甲63,弁論の全趣旨)
ア 平成21年2月21日付け朝日新聞(東京地方版茨城)には,「数年前からは,仙台平野でも調査を進めている。この地域も古い地層の年代などがよく分かっている。近くの三陸沖では869年に『貞観の地震』が起き,地震に伴う津波で1千人以上の水死者が出たという記録が残る。津波は現在の宮城県多賀城市まで押し寄せ,海岸から2,3キロまで浸水したと推定されるという。」との記事が掲載された。
イ 平成22年5月24日付け毎日新聞(東京夕刊)には,「9世紀中ごろに東北から北関東の広い範囲に津波をもたらした『貞観(じょうがん)地震』の震源域が,宮城県沖から福島県南部沖まで長さ200キロ,幅100キロに達する可能性のあることが,産業技術総合研究所(茨城県つくば市)などの解析で分かった。規模はマグニチュード(M)8.4と推定され,国が想定する宮城県沖地震(M7.5前後)の震源域より大きく南側に広がる未知の海溝型地震だった可能性がある。」との記事が掲載された。
ウ 平成22年6月2日付け読売新聞(東京朝刊),同月4日付け毎日新聞(地方版/宮城)及び同月11日付け河北新報にも,貞観地震に関する上記と同様の記事が掲載された。
2 本件において裁判所が認定した事実経過
前記前提事実のほか,証拠(乙42,43,56,L証言,M証言,K証言)及び弁論の全趣旨により認めることのできる事実によれば,本件における事実経過は,次のとおりである。
(1) 女川町の指定避難場所等
女川町は,被告女川支店に近い避難場所としては,鷲神浜字堀切山地内のN及び秀工堂階段上を指定避難所として指定していた(乙14の4。「秀工堂」とは,堀切山へ上る階段の下の脇にあったレコード店の名称である〔甲62〕)。
他方,女川町は,被告女川支店と海からの距離もほとんど同じであり,同じ鉄筋コンクリート2階建てのほぼ同じ高さでもある女川消防署(平成19年2月開庁。女川町津波避難センター)を,女川町の女川二区等の津波発生時の指定避難場所としていた(乙14の1~4,乙29,乙31~33の2)。
(2) 被告による被告女川支店の設置等
ア 被告は,仙台市に本店を置く地方銀行であり,本件地震が発生した平成23年3月11日当時,女川湾から約100mの距離にある女川町<以下省略>に被告女川支店を設置していた(乙20~23,26。別紙「被告女川支店付近鳥瞰写真」及び別紙「女川町金融機関海からの距離」参照)。
被告女川支店のある本件建物は,昭和48年12月3日新築の鉄筋コンクリート造陸屋根3階建て(1階及び2階各431.15㎡,3階33.17㎡)であり(乙38),2階屋上床面までの高さが約10m,2階屋上外壁までの高さが10.95m,2階屋上の一部にある3階電気室屋上(広さ33.17㎡。2階から上る梯子が固定されている〔乙18の5〕)までの高さが13.35m,同屋上外壁最上部までの高さが13.95mであった(乙18の1~6)。
なお,本件地震後である平成24年の被告女川支店の敷地の標高は,0.3mであった(乙36の1)。
イ 本件地震発生当時の被告女川支店には,社員である亡H及び亡Iと,a株式会社からの派遣社員である亡J(本件被災行員ら3名)のほか,G支店長以下11名の行員ら(派遣スタッフも含む。)の総勢14名が勤務していた。なお,被告女川支店の次長は,本件地震当日に休暇を取得していたため,出勤していなかった。
(3) 被告における防災避難態勢等(M証言,乙43)
ア 被告による災害対応プラン
被告は,平成13年4月から,災害対応プランを策定している(乙12の1~5,乙39の1~乙40の2)。本件地震発生当時の災害対応プランは,宮城県防災会議地震対策等専門部会が平成16年3月に公表した「宮城県地震被害想定調査に関する報告書」等を基に策定しており,津波が発生したときの営業店の初期対応事項としては,「地元自治体からの指示事項等の確認および本部報告」,「人命の安全確保を最優先に,顧客誘導を行うとともに,直ちに指定避難所または支店屋上等の安全な場所へ避難」をし,「避難するにあたり,可能な場合は重要物等の金庫室への格納および店舗シャッターの閉鎖を行うなど,当行の資産の保全に努める。」,「本部への状況報告」をするなどと定めていた(乙12の1~4)。
なお,被告は,平成21年9月開催の取締役会において,災害対応プランの一部改正を付議した上,同年10月,「地震発生から1時間以内」の「営業店の対応事項」として,「・津波情報の確認 地元自治体により避難勧告または避難指示が出された場合もしくは必要に応じ,指定避難所や屋上等の安全な場所に避難する。避難するにあたり可能な場合は,重要物等の金庫室格納等を行い,当行の財産保全に努める。」と追加する一部改正をし(乙39の1及び2),「宮城県津波対策ガイドライン」及び「宮城県地震被害想定調査に関する報告書」等を参考にして,避難場所として従来の「指定避難場所」のほかに,指定避難場所まで避難する時間がない場合や屋外に出るのが危険である場合等に具体的状況に応じて迅速に避難し得る場所として,「屋上等の安全な場所」をも追加して避難場所の選択肢を増やすこととし,被告本店各部及び各支店に対しその旨の通達を発出してその周知徹底を図っていた。その際,被告は,宮城県危機対策課に照会をして,避難ビルとしては階数が問題なのではなく,その高さであるとの助言を得た上で,被告女川支店の2階屋上までの高さが10m,3階の塔屋までの高さが13.35mであって,津波避難ビルとして十分な高さを有すると確認したことや,「宮城県地震被害想定調査に関する報告書」において予想されていた女川町の津波の最大高さが5.3~5.9mであったことなどから,被告女川支店が津波避難ビルとしての適格性を有するものと判断していた(M証言6頁以下)。
また,被告は,平成22年9月開催の取締役会においても,災害対応プランの一部改正を付議した上,同年10月,津波発生時の初期対応(津波到達前~冠水)の「営業店の対応事項」として,宮城県作成の津波浸水域予測図の浸水域内に所在する被告女川支店外9か所の営業店を対象とすることを明記した上,「・地元自治体からの指示事項等の確認および本部報告 ・人命の安全確保を最優先に,顧客誘導を行うとともに,直ちに指定避難所または支店屋上等の安全な場所へ避難 避難するにあたり,可能な場合は重要物等の金庫室への格納及び店舗シャッターの閉鎖を行うなど,当行の資産の保全に努める ・本部への状況報告」と定め,被告本店各部及び各支店に対してその旨の通達を発出して周知徹底を図っていた(乙40の1及び2)。
イ 災害訓練等の実施
また,被告は,地震等の災害発生やシステム障害等を想定して,少なくとも年に1回,被告本店各部及び各支店において,防災体制の確認及び通信機器等の操作訓練等を実施していた(乙43の別紙)。大地震等の緊急時を想定した訓練としては,危機管理意識の高揚等を目的として,例えば,衛星携帯電話,一斉連絡システム等の通信機器の操作訓練,行員らへの避難場所の周知徹底・確認,緊急時メール配信システムの返信訓練や同訓練に基づく安否状況確認訓練などを実施していた(なお,東日本大震災発生当時,被災地域においては,電話やメールなどの通信手段が機能しなかったため,被告が設置していたこれらの衛星携帯電話や一斉連絡システム,緊急時メール配信システム等は機能しなかった。)。
さらに,被告は,災害対応プランの制定後である平成13年4月以降は,「緊急時の通信手段」や「就業時間外に災害等が発生した場合の対応」等,随時,災害対応プランの見直しを行い,その都度,通達を被告本店各部及び各支店宛てに発してその周知徹底と防災意識の高揚を図っていた。
特に,避難場所の周知については随時徹底し,被告女川支店においては,期初の会議の場や朝礼等において,避難場所が堀切山又は本件屋上であることが周知徹底されていた。また,被告女川支店の行員らが携帯していた災害時連絡カード(甲24)には,指定避難場所が「堀切山」であることが明記されていた。
被告女川支店は,平成18年2月に,堀切山の秀工堂階段上への避難訓練を実施しており,また,平成22年2月18日にも,一部の行員らによってではあるが,避難訓練を行い,堀切山の秀工堂階段上まで約300mの距離を約4分で避難(移動)することができ,支店屋上への避難も良好に行うことができた旨の同月19日付け報告を被告総務部長に対して行っていた(乙50の1及び2)。
ウ 行内広報誌での防災啓発
被告(総務部)は,行内広報誌「こうゆう」平成17年8月号(甲36)において,「宮城県沖地震に備えて」と題する特集記事を掲載し,前記宮城県防災会議地震対策等専門部会の平成16年3月付け報告書の内容を紹介し,被告の災害対応プランの内容も確認し,特に津波被害について宮城県沖地震(連動型)においては,最悪の場合に気仙沼で最大7.6m,志津川で6.7m,鮎川でも6.4mの大きな津波が地震発生から30分前後で押し寄せることが予想され,早い地域では地震発生から十二,三分で第1波が到達するので,迅速な避難が必要であり,情報収集の大切さと,日頃からの避難場所や避難方法の確認が重要である旨を呼び掛けていた。
(4) 平成23年3月11日の本件地震発生と,気象庁による地震規模の発表
平成23年3月11日午後2時46分(以下,時刻のみをいう場合は3月11日の時刻をいう。),宮城県沖などを震源とするM9.0の本件地震が発生し,最大震度は宮城県栗原市の震度7であり(乙3),女川町の震度は6弱であった(争いがない。)。
気象庁は,午後2時49分に発生した地震について,気象庁マグニチュード(地震波の振幅を用いて計算されるマグニチュード)7.9という速報値を発表し,午後4時には気象庁マグニチュードを8.4(暫定値)と修正し,午後5時30分にはモーメントマグニチュード(CMT解析によって得られるマグニチュード)を8.8と発表したが,3月13日午後0時55分にはモーメントマグニチュードを9.0と修正した(乙16の1及び2)。
なお,午後2時46分発生の上記地震の後にも,岩手県,宮城県,福島県又は茨城県を震源地とする余震が午後2時51分(M6.8),午後2時54分(M6.1),午後2時55分(M6.0),午後2時57分(M5.2),午後2時58分(M6.6),午後3時3分(M6.0),午後3時5分(M5.9),午後3時6分(M6.5),午後3時7分(M6.5),午後3時8分(M7.4),午後3時12分(M6.7),午後3時13分(M5.8),午後3時15分(M7.6),午後3時19分(M5.7),午後3時20分(M5.7),午後3時22分(M4.6),午後3時23分(M6.1),午後3時25分44秒(M7.5),午後3時25分47秒(M4.6),午後3時29分(M6.9)と頻発していた(甲22)。
(5) 気象庁の大津波警報等の発表状況
気象庁は,次のとおり,大津波警報等を発表した。
ア 午後2時49分,「岩手県,宮城県,福島県」に大津波警報を発令し,「これらの沿岸では,直ちに安全な場所へ避難してください。岩手県,宮城県,福島県では直ちに津波が来襲すると予想されます。高いところで3m程度以上の津波が予想されますので,厳重に警戒してください。」,「きょう11日14時46分頃地震がありました。震源地は,三陸沖(北緯38.0度,東経142.9度,牡鹿半島の東南東130㎞付近)で,震源の深さは約10㎞,地震の規模(マグニチュード)は7.9と推定されます。」などと発表した(乙6の1)。
イ 午後2時50分,宮城県への津波到達予想時刻が午後3時であって,「予想される津波の高さ6m」(なお,場所によっては津波の高さが「予想される津波の高さ」より高くなる可能性があります。)などと発表した(乙6の2)。また,石巻市鮎川への津波到達予想時刻は午後3時10分であると発表した(乙6の3)。
ウ 午後3時01分,石巻市鮎川において午後2時52分(判決注 上記の津波到達予想時刻より8分早い時間)に高さ0.5mの津波を観測したとの津波情報を発表した(乙6の4)。
エ 午後3時14分,宮城県に津波到達が確認され,予想される津波の高さを10m以上とする大津波情報を発表した(乙6の5)。
(6) 気象庁の発表を受けた災害情報の伝達
ア 女川町の防災行政無線による放送
大津波警報発令後,女川町は,防災行政無線の屋外スピーカーや戸別受信機を使って,「大津波警報が出ているので,高台に避難してください。」という趣旨の放送を繰り返した(争いがない。)。
イ テレビ放送
(ア) 本件地震発生後,宮城県内の各テレビ局が,本件地震に関する報道番組を放送していた(争いがない。)。
そして,本件地震発生当時の女川町においては,携帯電話・移動体端末向けの1セグメント部分受信サービス放送(以下「ワンセグ放送」という。)が受信可能な環境にあった(争いがない。)。
(イ) NHKテレビ(乙8の1及び2)
NHKテレビは,午後2時50分に宮城県,岩手県及び福島県沿岸に大津波警報が発表された旨をアナウンサーによる音声で報道し,さらに,音声及びテロップ等の画面表示により,宮城県には大津波警報が発令され,予想される津波の高さが6mである旨を報道し,その後も午後3時27分まで頻繁に同旨の報道を繰り返し,午後3時42分頃までの間に24回にわたってアナウンサーの音声及びテロップ等の画面表示により大津波警報に係る報道を継続した。
なお,その間の午後3時2分頃には,石巻市鮎川に50㎝の津波が観測されたことをアナウンサーの音声及びテロップ等の画面表示により報道した。
また,午後3時15分頃には,宮城県沿岸全域に10m以上の津波が「到達と確認」とテロップ等の画面で報道し,その後もほぼ常時テロップ等の画面において同旨の報道を繰り返し,午後3時32分頃と午後3時40分頃には,宮城県に10m以上の津波が到達したことが確認されたことをアナウンサーの音声により伝えた。
(ウ) 東北放送株式会社(乙11の1及び2)
東北放送株式会社は,次のとおり,テレビによる報道をした。
① 午後2時50分 地図スーパー(警報,注意報の発令されている地域を地図上に色づけして注意喚起したもの)により大津波警報を伝えた。なお,上記地図スーパーによる大津波警報の報道は,午後2時52分から午後3時46分まで(午後3時29分から30分までを除く。)継続した。
② 午後2時52分 アナウンサーの音声により大津波警報を報道し,午後3時46分までの間に,午後3時台前半はほぼ毎分繰り返し,それ以降も断続的に音声による大津波警報の報道をした。
③ 午後2時53分から午後3時14分まで 宮城県の津波到達予想時刻は午後3時であって,予想される津波の高さが6mである旨の報道を,全画面テロップにより1回,画面上部スーパーにより2回,アナウンサーの音声及びテロップ等の画面により3回,アナウンサーの音声のみにより11回行った。また,津波到達予想時刻が石巻市鮎川で午後3時10分,仙台港で午後3時40分である旨をアナウンサーの音声により2回報道した。
④ 午後3時21分 東北放送テレビの女川情報カメラ(女川町小屋取)の生中継映像を放映しながら,「宮城県沿岸部で10m以上の津波を観測し,建物が津波にのみ込まれている。船がひっくり返っている。養殖施設が散乱している。車が流されている。」旨報道した。
⑤ 午後3時28分 女川町について,「普段陸地のところが津波にのまれている。車が流されている。」旨報道した。
⑥ 午後3時31分 女川町について,「普段は陸地のところ,建物の1階部分が水に浸かっている。養殖施設が散乱している。車が流されている。船がひっくり返っている。」旨報道した。その後も午後3時42分まで断続的に同旨の報道をした。
ウ ラジオ放送
(ア) 東北放送株式会社(乙7の1及び2)
東北放送株式会社は,ラジオにより,次の内容の報道をした。
① 午後2時50分 大津波警報発令
② 午後2時51分 「予想される津波の高さは,高いところで平常の海面より3m以上。特に三陸の沿岸では非常に高くなる所があります。」
③ 午後2時52分 「予想される津波の高さは,6mです。」,「宮城県への津波到達予想時刻ですが,3時,まもなくです。あと7分ほどです。」
④ 午後2時53分 「宮城県への津波到達予想時刻は,3時です。仙台港への津波到達予想時刻は3時40分,石巻の鮎川が3時10分です。予想される津波の高さは,6mです。場所によってはもっと高くなります。」
⑤ 午後3時30分までは,ほぼ毎分,宮城県内で予想される津波の高さ及び各地への津波到達予想時刻を繰り返した(乙58の1~3)。
(イ) 株式会社エフエム仙台(乙10の1及び2)
株式会社エフエム仙台は,ラジオにより,午後2時47分から48分にかけての3回の緊急地震速報に続き,次のような内容の報道をした。
① 午後3時 「太平洋沿岸に大津波警報が出されました。」
② 午後3時14分 東北地方の太平洋沿岸には6mの津波のおそれがある。
③ 午後3時16分 午後2時50分に0.3mの第1波の津波が確認された。
④ 午後3時17分 岩手県釜石で午後2時55分頃から午後3時10分頃にかけて0.5mの津波が,岩手県宮古で1ないし2mの津波が,岩手県久慈で午後3時1分から10分頃にかけて0.5mの津波が,福島県小名浜で午後2時57分から午後3時12分にかけて1ないし4mの津波が,それぞれ確認された。
⑤ 午後3時21分 大津波警報の予想が10m以上に変更された。
その後も午後3時22分,26分,27分,30分,35分,40分,41分,43分に,予想される津波の高さ10mと各放送され,44分には10mを超える大津波警報と放送された。
(7) 本件地震発生後の被告女川支店の状況(甲4,5,9,L証言,K証言)
ア 本件地震発生当時,被告女川支店のG支店長は,取引先のOを訪問中であったが,自動車で同支店に戻る途中の海沿いで引き潮になっていることや,大津波警報が発令されていることを知り,午後2時55分頃,同支店に戻った。
イ 本件地震発生時に被告女川支店にいた顧客は,G支店長が戻った頃には,いずれも自ら店外に出ていた。
ウ G支店長は,被告女川支店に自動車で戻った直後,大津波警報が出ていることを告げながら,行員らに対し,片付けは最小限にして避難するようにとの指示を強い口調でした。
エ また,G支店長は,亡H及びL行員に対し,被告女川支店入口(行員通用口を除く顧客用入口)の鍵を閉めること及び屋上の鍵を開けることを指示した。
亡H及びL行員が,G支店長の指示に従い,被告女川支店入口(行員通用口を除く顧客用入口)の鍵を閉め,屋上の鍵を開けようとしたが,なかなか開かなかったことから,亡H,L行員及びG支店長の3人で屋上の扉を押して開けた。
L行員らが屋上に出ると,屋内では聞こえなかったサイレンの音や「大津波警報が出ているので,高台に避難してください。」旨の防災行政無線の放送内容が聞こえた。
オ その後,G支店長が他の行員らを呼びに一旦2階へと戻ると,K(女性派遣スタッフ)が,G支店長に対し,「自宅にいる子どもが心配なので自宅に帰りたい。」旨申し出た。これに対し,G支店長は,「行きたいというなら止められないけど,潮が引いているので気を付けて行くように。」とKが自宅に戻ることを了解し,Kは被告女川支店を出て約320m離れた自動車駐車場に駐車してあった自家用自動車に乗って自宅へと戻った(甲5,甲45の1及び2,甲46)。
カ G支店長は,被告災害対策本部に対し,内線電話によって,大津波警報が出ているので,屋上へ避難する旨を報告した。
そして,午後3時5分頃,K及び休暇中の次長を除く行員ら13名が,本件屋上に避難した。
キ G支店長は,L行員らに対して,「海の様子を見ていること」及び「ラジオを聴いていること」の2点を指示し,L行員は,屋上の手すりから海を見張っていた(乙28参照)。
また,P行員が被告女川支店に備付けのラジオを持っていたので,L行員は,その周波数を1260kHz(東北放送)に合わせ,ラジオを聞いた。その際,ラジオからは,「鮎川に3時10分に到達」,「予想される津波の高さは6m」との放送がされていた。
ク 午後3時7分頃,G支店長の指示により,Q支店長代理が,当時仙台市にいた次長(休暇中)に対し,「屋上に避難しています。」とのメールを送信した。
G支店長は,緊急連絡用の衛星電話を利用して被告本部と連絡を試みるなどし,被告女川支店の各行員らは,安否の報告や確認のために家族等に対してメールや電話をしたり,ワンセグ放送を利用してニュースを見るなどして地震に関する情報収集を行っていた。
L行員は,G支店長から,実家のある釜石市に津波が到達して平屋建ての家屋が押し流されている映像を携帯電話のワンセグ放送により見せられて怖くなり,亡Hとの間で,時間があるから病院の方へ逃げる余裕はあると話したが,被告女川支店の1階部分が浸水する程度であって,屋上まで津波が超えてくるとは予想していなかったことから,そのまま本件屋上にいた(甲4,5,L証言10頁以下)。
ケ 午後3時12分頃には,R行員が妻に対し,被告女川支店内から電話をかけて,「今から屋上へ避難する。」と告げたところ,R行員の妻から,「山に逃げて。」と言われたが,「自分は大丈夫だから,君こそ早く逃げて。」と答えた。
コ 午後3時15分頃,屋上避難後も防寒コートを取りに行くため交代で1階や2階に戻った行員らも再び全員が屋上に集まっていた。
サ 午後3時19分頃,亡Iは,その妹に対し,「地震大変でしたね。無事です。」とのメールを送信した(甲38,弁論の全趣旨)。
シ 午後3時21分頃,亡Jは,夫である原告X4に対し,「大丈夫?帰りたい。」とのメールを送信した(甲39)。
午後3時25分頃,亡Jは,原告X4に対し,「津波凄い」とのメールを送信したが,同原告には届かなかった(甲40)。
ス 最初はヒタヒタという程度であった津波が5分ほどで水嵩が増して本件屋上の半分くらいまでの高さになったことから,本件屋上に残っていた行員ら13名は,順次2階屋上にある塔屋(3階)に上った。最後にG支店長が塔屋に上り終えたときには,水嵩が2階屋上にまで達していた。
セ その後まもなく,本件屋上の塔屋にまで水嵩が達し,被告女川支店に残っていた行員ら13名全員が海抜20m程度の大津波に流された。
L行員は助かったものの,残りの被災行員ら12名(本件被災行員ら3名を含む。)は,死亡又は行方不明のままとなった。
ソ 指定避難場所のある堀切山の海抜約16mの高台にある女川町立病院(現在の女川町地域医療センター)や女川町地域福祉センター等複合施設にも津波が押し寄せ,同病院の1階天井近くや,女川町地域福祉センター等複合施設の床から約2m15㎝の高さにまで津波が流れ込み(乙34の写真⑥a~⑦b),病院敷地内からは後に4人の遺体が発見されており(甲48の4),堀切山の秀工堂階段上に避難しても更に女川町立病院内や女川町地域福祉センター等複合施設の2階以上や,同施設裏にあるNに上る階段上に上らなければ津波で被災するような状況であった(甲41,乙5,乙24の3,乙25の3,乙34,乙41)。
被告女川支店から,女川町立病院のある堀切山に上る秀工堂階段を上り切った地点の標高が約12.5mであり,女川町立病院の入口の標高が約16.4mであり,指定避難場所であるNへ上がる階段の最下部付近の標高が約16.7mであったが(乙36の2~4。標高はいずれも本件地震後のもの。),その階段の最下部にも津波が押し寄せており,階段脇の金属の手すりが折れ曲がって,破損した(乙34の写真⑪,乙41)。
女川町立病院(女川町老人保健施設)には,本件地震当日の午後9時頃において,入院患者31名,老健入所者44名,病院職員及び関係者140名のほか,438名(合計653名)が避難していた(甲48の2)。
タ 亡Hは,平成23年9月26日,女川湾内海上において遺体で発見され,亡Iは,平成23年4月21日,女川町塚浜地上において遺体で発見された(争いがない。)。しかし,亡Jの遺体は,被告において平成23年9月25日までの間に延べ約2300名の行員による捜索活動をしたにもかかわらず,発見されず(甲5),平成24年5月30日,亡Jの死亡届が受理された(争いがない。)。
チ 平成22年10月の国政調査時点での女川町の人口は1万0051人であったが,本件地震により,平成24年11月30日時点において,直接死者577人,関連死者20人及び行方不明者271人の合計868人が犠牲となった(乙4)。
ツ 消防庁災害対策本部発表の平成24年2月14日時点における全国の本件地震による人的被害は,死者1万6140人,行方不明者3123人,負傷者6112人であった(乙3)。
(8) 女川原子力発電所における潮位計による津波の観測結果
女川原子力発電所における潮位計の観測結果によれば,午後3時12分頃から潮位が上昇し,午後3時20分頃には約4mに急上昇し,午後3時23分頃には約9mに達し,さらに午後3時30分頃に約13mの最大高さに達し,午後3時35分過ぎには1m前後の高さに下がっていた(乙2)。
(9) 被告の被災行員ら12名に対する補償等
被告は,遺体未発見の被災行員らについては平成24年3月分までの給与を支払い,同月末をもって退職扱いとし,それ以前に死亡が確認されていた被災行員らについてはその死亡確認時までの給与を支払い,それ以降平成24年3月分までの給与相当額を別途支給することにより公平を期し,被告の従来からあった規定に則り退職一時金,特別弔慰金を支払い,東日本大震災による被害のために別途用意した特別見舞金については派遣スタッフも含めて遺族に対して支払ったが,本件被災行員ら3名の遺族である原告らにおいてはその特別見舞金を受領しなかった(甲5,弁論の全趣旨)。
3 判断
(1) 被告の本件被災行員ら3名に対する安全配慮義務の存在について
被告は,行員である亡H及び亡Iに対しては労働契約に伴い,労働者がその生命,身体などの安全を確保しつつ労働することができるよう,必要な配慮をすべき義務があったといえる(労働契約法5条)。また,被告は,同様にa株式会社(当時)と労働者派遣契約を締結して被告女川支店に派遣されていた亡Jに対しても業務上の指揮命令権を行使してその労務を管理していたのであるから,信義則上,同様の不法行為法上の安全配慮義務を負っていたというべきである。本件に即して言えば,被告は,本件被災行員ら3名が使用者又は上司の指示に従って遂行する業務を管理するに当たっては,その生命及び健康等が地震や津波といった自然災害の危険からも保護されるよう配慮すべき義務を負っていたというべきである。
(2) 本件地震発生前の安全配慮義務違反について
ア 立地の特殊性に合わせた店舗の設計義務違反について
原告らは,上記安全配慮義務の具体的内容として,本件地震発生前においては,リアス式海岸の凹部である女川湾の奥に押し寄せる津波の高さが通常よりも高くなり,被告女川支店が海(女川湾)から直線距離にして約100mの近距離に位置していることにも照らせば,女川湾の海岸近くに支店を設置し,これを運営維持するに当たっては,上記立地の特殊性に合わせた高さの店舗の設計をすべき義務があったのに,被告がこれを怠った旨主張する。
しかし,原告らの上記主張は,採用することができない。すなわち,地震発生後に高い津波の来襲が予想されるリアス式海岸の湾奥に位置する海岸近くに労働者の勤務する支店を設置するとしても,その建物の高さを予想される津波の高さを常に上回るように設計して建築すべき義務が使用者にあるとまではいえず,原告らの上記主張は採用の限りでない。
特に本件においては,前記1(7)認定のとおり,女川町における過去の津波の最大高さは,昭和35年のチリ地震において発生した4.3mであったところ,前記2(2)ア認定のとおり,昭和48年建築の被告女川支店は,鉄筋コンクリート造陸屋根3階建てであって,2階屋上の床面までの高さが約10m,3階電気室屋上までの高さが約13.35mであったから,店舗の高さに係る設計建築義務違反が被告にあったとはいえない。
イ 安全教育を施した者を管理責任者とする配置義務の違反について
原告らは,津波対策について十分な安全教育を施した者を管理責任者として配置する義務があったのに,被告は,津波対策についてG支店長に十分な安全教育を施さずに同人を被告女川支店の管理責任者として配置し,上記の適切な管理責任者配置義務に違反した旨主張する。
しかし,原告らの上記主張も採用することができない。すなわち,前記2(3)認定のとおり,被告は津波被害をも想定した災害対応プランを策定し,その各改正時にも通達等を通じてその周知徹底を図り,少なくとも年に1回,被告本店各部及び各支店において,防災体制の確認及び通信機器等の操作訓練等を実施し,特にG支店長は,被告女川支店において,期初の会議の場や朝礼等において,避難場所が堀切山又は支店屋上であることを周知徹底していたというのであるから,被告が十分な安全教育を施さずにG支店長を被告女川支店の管理責任者として配置したものと認めることはできない。
また,原告らは,G支店長が外出先から戻ってくるまでの数分の間にQ支店長代理が的確な避難指示等をしなかったと主張する。しかし,前記2(4)及び(7)認定のとおり,震度6弱(女川町)の巨大地震が発生した直後で,余震も頻発している中で,来店客を無事に退出させ,互いの無事を確認し,情報収集をしたり,片付けを始めた午後2時55分頃にG支店長が戻ってきたというのであるから,G支店長が戻ってくるまでの数分の間にQ支店長代理が同支店長に代わって格別の指示等をしなかったとしても,これが安全配慮義務違反に当たるとはいえない。
ウ 避難訓練等実施義務の違反について
原告らは,日頃から業務時間中に発生する可能性のある災害に対する避難措置として,適切かつ妥当な方法及び手順を行員らに周知徹底した上,実際にもその避難方法及び手順に従って業務時間中に避難訓練を実施すべき義務があったのに,被告がこれらを怠った旨主張する。
しかし,原告らの上記主張も採用することができない。すなわち,前記2(3)認定のとおり,被告は,災害対応プランの周知徹底を図り,少なくとも年に1回,本店の各部及び各支店において,防災体制の確認及び通信機器等の操作訓練等を実施し,行内広報誌においても,前記宮城県防災会議地震対策等専門部会作成の平成16年3月付けの「宮城県地震被害想定調査に関する報告書」の内容を紹介し,被告の災害対応プランの内容をも確認し,特に津波被害について連動型の宮城県沖地震においては,大きな津波が地震発生から30分前後で押し寄せることが予想され,早い地域では地震発生から十二,三分で第1波が到達するので,迅速な避難が必要であり,情報収集の大切さと,日頃からの避難場所や避難方法の確認が重要である旨を呼び掛けていたのであり,被告女川支店においても,平成18年2月に堀切山の秀工堂階段上への避難訓練を実施し,平成22年8月にも一部行員らが同様の避難訓練を実施していたというのであるから,被告が避難訓練等実施義務に違反していたとする原告らの上記主張は採用することができない。
なお,原告らは,本件屋上の扉が最初開かなかったのは,被告が災害に対する準備をおろそかにしていたことの証左である旨主張する。しかし,被告は平成22年6月に排水溝の点検をし,同年暮れにも地デジ化の対応や雨漏り修理のために屋上に上がって点検をしていたことが認められる上(甲5の7枚目),屋上への扉が当初開かなかった原因は,本件地震の揺れにより扉の立て付けがゆがんだ影響もあると考えられるから,原告らの上記主張はたやすく採用することができない。
また,原告らは,朝礼や,実際の避難訓練がパートや派遣社員のいない時間帯にされたことを問題としている。しかし,災害訓練に参加することのできないスタッフに対しては別途職位者が避難場所を伝えたり,資料を回覧するなどしていた(K証言2頁)。また,被告女川支店がパートや派遣社員のみがいる状況の下で被災することは考え難く,必ず行員が1名以上在席しているものと想定されるから行員を対象として避難態勢等の周知徹底を図れば最低限の避難態勢等を整えることができると考えられる上,パートや派遣社員が勤務する時間帯は来客もあるから避難訓練を実施するには多くの支障のあることが容易に推察されることにも照らせば,朝礼や実際の避難訓練がパートや派遣社員のいない時間帯にされたことをもって被告に安全配慮義務違反があったとはいえない。
エ 災害対応プランの平成21年の改正において「支店屋上」を避難場所に追加したことの誤りについて
原告らは,被告が平成21年10月に改正した災害対応プランにおいて,人命最優先の観点からは,津波対策の避難場所として,従前よりも低い本件屋上を避難場所として新たに追加すべきではなかったにもかかわらず,本件屋上を新たに追加し,G支店長がその災害対応プランの追加記載に従って本件屋上を避難先として選択したために今回の被災を招いたから,被告による上記の追加改正は安全配慮義務違反に当たる旨主張する。
しかし,原告らの上記主張も採用することができない。すなわち,①前記1(4)認定のとおり,宮城県津波対策連絡協議会が平成15年12月に作成した「宮城県津波対策ガイドライン」においては,「避難困難地域の避難者や避難が遅れた避難者が緊急に避難するために,避難対象地域内に避難ビルを指定又は選定する。」として,「3階建て以上のRC又はSRC構造であること。(地域の状況によっては2階建ても指定できる)」等と定めていた。また,②前記1(5)認定のとおり,「宮城県地震被害想定調査に関する報告書」によれば,女川町の津波の予想最高水位は宮城県沖地震の連動型においても5.3m(昭和三陸地震と同一規模の地震においては5.9m)とされ,津波の到達時間は13.2分後とされていた。さらに,③平成17年6月作成の「内閣府津波避難ビルガイドライン」においても,「津波避難ビル等は,津波による被害が想定される地域の中でも,地震発生から津波到達までの時間的猶与や,地形的条件等の理由により,津波からの避難が特に困難と予想される地域に対し,やむを得ず適用される緊急的・一時的な避難施設である。」とした上で,「津波避難ビル等の選定に当たっては,想定される浸水深が2mの場合は3階建て以上(想定される浸水深が1m以下であれば2階建てでも可),3mの場合は4階建て以上のRCまたはSRC構造の施設を候補とするが,津波の進行方向の奥行きも十分に考慮しておく。」と定めていたところ,(a)「宮城県第3次地震被害想定調査」においては,被告女川支店の所在地に予想される津波の浸水深は1~2mであったこと(乙57),(b)「内閣府津波避難ビルガイドライン」における「津波避難ビル」の構造的要件は,「津波避難ビル」が予想される浸水深以上の高さを有することは当然であるが,それ以上の高さについては主に津波の影響により「津波避難ビル」が損壊等しない構造物であるための要件であると解されるところ,本件建物(鉄筋コンクリート造・RC)はその津波方向の奥行きが約19.5mと相当な奥行きを有し(乙18の6),相当の強度があったと想定され,実際にも本件地震による約20mの巨大津波に構造的には耐えたこと(乙27),(c)高さについても,本件屋上はその2階屋上床面までの高さが約10mあり,通常の建物の3階建て相当の高さを有していた上,その上には広さ約33㎡の電気室(塔屋)があり,その電気室屋上の高さ約13.35mは女川町の指定避難場所とされていた「秀工堂階段上」のうち,秀工堂階段を上りきった場所の高さ約12.5mと大差のないものであって,いずれも予想されていた津波の最大高さと比較して十分な余裕があったことからすると,本件建物は「内閣府津波避難ビルガイドライン」による「津波避難ビル」としての適格性をも有していたものと認められる。加えて,④女川町防災会議作成の「女川町地域防災計画」においても,「宮城県津波対策ガイドライン」に基づき,「避難場所の指定が困難な地域については,3階建て以上(地域によっては2階建て)の鉄筋コンクリート構造又は鉄骨鉄筋コンクリート構造の建築物(避難ビル)等を一時的な避難場所として指定する。」と定めていた。そして,⑤実際に女川町においては,被告女川支店と海からの距離がほとんど同じであって,同じ鉄筋コンクリート2階建てでほぼ同じ高さでもあった女川消防署(平成19年12月開庁。女川町津波避難センター)が,女川町の女川二区等の津波発生時の指定避難場所とされていた(乙14の1~4,乙31,乙33の2)。
このような状況の下において,被告は,各支店の屋上の高さが,「宮城県地震被害想定調査に関する報告書」で想定された最高水位である5.3m又は5.9mよりも十分に高いことを確認した上で,各支店の状況等に応じて,避難場所の選択肢を広くするという観点から,各支店の屋上をも避難場所の1つとして追加したことを認めることができる(乙43,M証言)。
そうすると,各支店の立地状況や,津波到達予想時刻までの時間的余裕の有無等の具体的状況に応じて,各支店が人命最優先の観点から,一時的・臨時的な避難場所として迅速に避難し得る支店屋上をも避難場所の1つとして追加したというのは,合理性を有するものであったといえるから,被告が平成21年の災害対応プランにおいて,本件屋上を避難場所の1つとして追加したこと自体が安全配慮義務違反に当たるとはいえない。
なお,原告らは,G支店長が被告女川支店に戻るなり,重要書類等の格納を指示したことは,被告が人命よりも銀行資産の保全を重視していたことの証左である旨主張する。
しかし,G支店長は,本件地震直後に取引先から被告女川支店に戻るなり,後片付け中であった行員らに対し,大津波警報の発令を告げた上,片付けは最小限にして避難するように機敏に指示をしているのであるから,これをもって人命最優先ではなく銀行資産の保全を重視していたことの証左であるということはできず,原告らの上記主張は採用の限りでない。
また,原告らは,本件屋上には食料,防寒具及び救命胴衣等が準備されていなかったことをも問題にするが,本件屋上は避難の時間的余裕等がない場合に一時的に緊急避難する場所として追加されたものであるから,食料等の備えを欠くことは同所を緊急避難場所の1つとして追加することの妨げになるものではない。
(3) 本件地震発生後の安全配慮義務違反について
ア 情報収集義務違反について
原告らは,テレビやラジオなどのほか,海の沖の様子を見る見張りを立てるなどして,絶えず,迅速に,より多くの情報を収集すべき義務があったのに,G支店長は,これらを怠った旨主張する。
しかし,原告らの上記主張は採用することができない。すなわち,前記2(7)認定のとおり,G支店長は,本件地震発生後に取引先から直ちに被告女川支店に自動車で戻る途中で大津波警報の発令と引き潮を認識し,同支店内で後片付けをしていた行員らに対し,大津波警報が発令されていることを告げた上,最小限の片付けのみをして本件屋上に避難することを指示し,屋上避難後もL行員らに対し,海の見張りとラジオ放送による情報収集を指示しており,他の行員らもワンセグ放送を視聴するなどして情報収集をしていたというのであるから,G支店長において原告ら主張の情報収集義務違反があったとはいえない。
イ 最初から堀切山へ避難すべき義務の違反について
原告らは,G支店長としては,①最大震度6弱の地震が約3分間にわたって継続したこと,②防災行政無線が「大津波警報が発令されましたので,至急高台に避難してください。」と放送していたこと,③東北放送のラジオにおいては,津波の高さを6mと伝えつつも,場所によってはそれ以上の高さになることがある旨を放送しており,女川湾の特殊な地形に照らせば6m以上の津波が予想されたこと,④女川町は堀切山を指定避難場所と指定しており,被告女川支店の行員らが携帯していた災害時連絡カードにも指定避難場所として「堀切山」が明記されていたことなどを総合すれば,最初から堀切山へ避難すべき義務があったのに,これを怠った旨主張する。
しかし,原告らの上記主張は採用することができない。その理由は,以下のとおりである。
(ア) 本件屋上は「津波避難ビル」としての適格性を有しており,高台まで避難する時間的余裕がない場合等には,本件屋上に緊急避難することについて合理性があったものといえる(前記(2)エ参照)。
(イ) そうであるところ,本件地震直後においては,前記2(5)認定のとおり,気象庁が午後2時50分,宮城県沿岸部への津波到達予想時刻は午後3時,予想される津波の高さは6mと発表していたから,午後2時55分頃に被告女川支店に戻ったG支店長としては,津波到達予想時刻である午後3時までの間に6m以上の高さのある場所に緊急に避難する必要があったといえる。特に,前記2(7)認定のとおり,G支店長は,外出先から被告女川支店への帰路において,大津波警報が発令されたことを認識していた上,海岸近くにおいて実際に潮が引いていることを現認し,自宅に帰るK(派遣スタッフ)にもその旨伝えていたから,迅速に高い避難場所に移動する必要性を自覚していたものと推認される。
そして,前記1(2)認定のとおり,津波は陸上においてもオリンピックの短距離選手並みの速さで迫ってくるから,津波を見てから走って避難しても逃げ切れるものではなく,かつ,50㎝程度の高さの津波であっても人は流されてしまい,一旦流されると建物や漂流物に衝突して脳挫傷や外傷性ショックにより死亡する危険性が高いとされているから,津波が押し寄せてくると予想された午後3時までの間に高い場所に避難を完了させておくことが必要であり,余震が頻発する状況において,時間的にも緊迫した状態にあったものといえる。
(ウ) 他方,前記2(5)認定のとおり,気象庁が予想される津波の高さを6mから10m以上へと変更したのは午後3時14分のことであったから,避難を完了すべき午後3時までの時点においては,たとえリアス式海岸の湾奥部という特殊な立地に位置した海岸近くの場所において最大震度6弱の揺れを実際に体感していたとしても,本件屋上を超えるような約20m近くの巨大津波が押し寄せてくることまでをもG支店長において予見することは客観的にも困難であったといえる。
(エ) そうすると,当時の時間的にも緊迫した状況の下で,2階屋上まで約10mの高さを有し,3階も含めると約13.35mの高さを有する本件屋上へ避難するとのG支店長の判断が不適切であったとはいえず,G支店長において最初から堀切山へ避難するよう指示をすべき義務があったとはいえない。
(オ) これに対し,原告らは,G支店長は,K(派遣スタッフ)から自宅に戻りたいと言われ,被告女川支店から約320m離れた駐車場まで約4分歩き,自宅に戻ることを許容しているのであるから,堀切山へ避難する時間的余裕がなかったとはいえない旨主張する。
しかし,前記2(7)オ認定のとおり,G支店長は,「行きたいというなら止められないけど,潮が引いているので気をつけて行くように。」と津波の危険が切迫していることを伝えてKの身を案じつつ,その自主的判断を尊重して自宅帰還を止めることはできないと率直にその心情を述べていたのであるから,Kの帰宅を容認したことをもってG支店長が堀切山へ避難する時間的余裕を有していたはずであるとはいえず,原告らの上記主張は採用の限りでない。
(カ) また,原告らは,気象庁の初期の発表は,速報性を優先させて不正確な数値にとどまることを承知の上で速報されるものであり,時間の経過とともに正確な情報に基づき正確な地震の規模,津波到達時間,津波の高さを詳細に訂正していくものであるから,初期の発表において津波の高さが6mであるとされたことをもって被告は免責されない旨主張する。
しかし,原告らの上記主張は採用の限りでない。すなわち,自然現象についての専門機関ではない一般の組織や人としては独自に地震の規模や津波の高さを予想する手段を有していない以上,たとえ誤報や訂正の可能性があるとしても,気象庁による迅速な発表を信じて避難行動を選択するのが合理的な方策であり,その発表内容が後に訂正された場合にはその時点でその訂正内容に応じて最善の避難行動を取ることが合理的であるともいえるから,原告らの上記主張は採用の限りでない。
(キ) さらに,原告らは,予見可能性は,津波によって被告女川支店の労働者の生命及び身体に危険が及ぶことの抽象的な予見可能性が存在していれば足り,被告女川支店がその屋上を超えるような津波に襲われる危険性といった個別具体的な危険の予見可能性が存在することを要しないから,本件屋上への避難は安全配慮義務違反に当たる旨主張する。
しかし,原告らの上記主張は採用の限りでない。すなわち,前記のとおり,本件地震発生後に大津波来襲の危険性が生じたとしても,気象庁の発表によれば,8m,10m以上という分類がある中で(前記1(3)),宮城県に予想される大津波の高さが6mとされており,女川町の過去最大の津波の高さが4.3mであって,平成16年3月付けの「宮城県地震被害想定調査に関する報告書」において予想されていた最大津波の高さも5.3~5.9mと上記予想と大差がなかったから,それらの高さと比較しても,3階の塔屋も含めて約13.35mという本件屋上は,相当な高さを有していたものといえる。そして,前記2(4)認定のとおり本件地震後も余震が頻繁に続き,津波到達予想時刻である午後3時が迫っているという緊迫した状況の下にあったことにも照らせば,上記高さを有する本件屋上への緊急的一時避難を否定してG支店長について安全配慮義務違反があったというためには,緊迫した当該状況の下においても,約13.35mの高さを有する本件屋上(塔屋も含む。)への避難では不十分であることを示すに足りる程度に危険な津波発生の具体的な予見可能性があったことを必要とすべきである。これに反し,巨大地震発生後の湾奥部という特殊な立地における抽象的な津波発生の予見可能性で足りるとする原告らの上記主張は採用の限りでない。
(ク) 加えて,原告らは,「公助」を担う行政機関は,限られた予算や時間的な制約の中で,一定の限界を有しているが,「自助」を担う企業は,行政機関作成の報告書等を用いるのみでは足りず,労働者の生命及び身体の安全を図るため,考え得る最悪の事態を想定して,より早く,より高い場所へ避難することができるようにすべきであった旨主張する。
しかし,企業においても,行政機関が予算,人員,専門家の知見等を活用して作成した防災関係の報告書等を参考にすべきことは当然であるとともに,企業は経済合理性の観点を踏まえてその活動をしているから,企業のみが考え得る最悪の事態を常に想定して行政機関よりも高い安全性を労働者に対して保障すべきであるとまではいえず,当該具体的状況に応じて合理的な防災対策や避難行動を取ることで足りると解されるから,原告らの上記主張はたやすく採用することができない。
(ケ) また,原告らは,女川湾から約30mの距離にあったS女川町支所,同じく約120mの距離にあったT女川支店,同じく約88mの距離にあったU女川支店の金融機関職員は,いずれも支店屋上になどではなく,高台に避難し,行員の生命身体に対する安全配慮義務が全うされているから(甲42の1~甲44の2。別紙「女川町金融機関海からの距離」参照),このような同種の金融機関の適切な対応に照らしても,G支店長において本件屋上を超えるような津波の来襲を予見することができなかったとはいえず,G支店長による本件屋上への避難の指示が不適当であったことが明らかである旨主張する。
しかし,原告らの上記主張も採用の限りでない。すなわち,原告ら主張の女川町内の3つの金融機関のうち,Uは,木造2階建てであり,屋上がないから(甲42の2),そもそも屋上避難の選択肢がなかったといえる。また,Sの女川町支所は,平成22年のチリ地震津波の際に80㎝冠水し,従業員各自が自動車を高台に移動した経緯があったというのであるから(甲43の2),本件地震発生後に屋上に避難しなかったことには合理的な理由があったといえる。加えて,Tの女川支店は,鉄骨造陸屋根2階建てであって(乙48),「津波避難ビル」としての強度を有していなかったから,同支店において屋上に避難しなかったことは合理的であったといえる。このように女川町内の各金融機関は,それぞれ置かれていた具体的な状況が異なっていたのであるし,金融機関のみが震災時において従業員に対し特別な注意義務を負う理由も認められないから,他の3つの金融機関の対応と比較対照してG支店長の判断の当否を論ずるのは相当ではない。
(コ) さらに,原告らは,「内閣府津波避難ビルガイドライン」によれば,想定される浸水深が3mの場合には4階建て以上のRC又はSRC構造の施設を津波避難ビルの候補とすることを定めていたところ,宮城県の報告書において女川町には最大5.9mの津波が予想されていたから,本件屋上は,本件の大津波警報発令時には,「津波避難ビル」としての適格性を欠いていた旨主張する。
しかし,前記(2)エで認定説示したとおり,本件屋上は「津波避難ビル」としての適格性を有していたと認められるから,原告らの上記主張は採用の限りでない。
ウ 被告本店の本件屋上避難の黙認について
原告らは,被告本店においても,本件屋上に避難したというG支店長による連絡を受けながら,それを漫然と黙認したから,同様に安全配慮義務違反がある旨主張する。
しかし,前記2(7)カ認定のとおり,G支店長が被告災害対策本部に対して内線電話で本件屋上への避難を伝えたのは,午後3時5分までの間であって,その段階においては本件屋上を超えるような約20m近くもの巨大津波が押し寄せてくることを被告災害対策本部において予見することは困難であったといえるから,本件屋上への避難の報告を黙認したことが,被告災害対策本部の安全配慮義務違反に当たるということはできない。
エ 途中で避難場所を本件屋上から堀切山へ変更すべき義務の違反について
原告らは,G支店長としては,本件屋上へ避難した後も,防災行政無線から大津波警報が発せられ,至急高台に避難するようにとの放送が繰り返されていたのを耳にし,また,テレビやラジオの情報も,携帯電話などを通じて得ることができ,午後3時14分には気象庁が予想される津波の高さを10m以上へと修正したのであるから,避難場所を本件屋上から,徒歩約3分半の距離にある女川町の指定避難場所である堀切山へと変更すべき義務があったのに,これを怠った旨主張する。
しかし,原告らの上記主張は採用することができない。すなわち,前記2(6)認定のとおり,上記10m以上への修正の発表は,午後3時20分頃までの間には,報道各局において音声による報道がされておらず,NHKのテレビ放送のみがテロップにより画面表示をしていたにとどまっていた。そして,前記2(7)認定のとおり,実際に被告女川支店の行員らは,本件屋上へ避難した後も津波情報を収集し続けていたにもかかわらず,予想される津波の高さが10m以上との修正情報を知ることができなかったものであり,本件地震後も余震が続く緊迫した状況下にあったことにも照らせば,その修正情報をG支店長らが具体的に認識していなかったことをもって,情報収集義務違反があったということもできない。
また,仮に上記10m以上への修正情報をG支店長らが取得したとしても,それを取得し得た午後3時14分頃以降においては宮城県沿岸部への津波の到達予想時刻である午後3時を相当に過ぎており,かつ,前記2(7)キ認定のとおり,L行員が石巻市鮎川に午後3時10分に既に津波が到達したことをラジオで聴いていたというのであるから,避難場所を堀切山に変更した場合には,その移動途中に津波の被害に遭う危険性が十分にあると考えられたことからすれば,G支店長に堀切山へ避難場所を変更すべき義務があったということはできず,この点に係る原告らの上記主張は採用の限りでない。
(4) まとめ
以上の検討によれば,原告ら主張の安全配慮義務違反は,いずれもこれを認めることができず,以上の当裁判所の認定説示を左右するに足りる証拠はない。したがって,その余の点について判断するまでもなく,被告には,原告らに対する安全配慮義務違反の債務不履行又は不法行為(民法709条,715条1項)による損害賠償責任があるとはいえない。
第4結論
以上によれば,原告らの請求は,いずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 齊木教朗 裁判官 荒谷謙介 裁判官 佐久間隆)