仙台地方裁判所 平成25年(行ウ)14号 判決 2014年2月12日
主文
1 原告の主位的請求を棄却する。
2 被告は,原告に対し,15万1810円及びこれに対する平成25年3月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の予備的請求を棄却する。
4 訴訟費用は,これを50分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
5 この判決は,第2項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 主位的請求
被告は,原告に対し,19万8900円及びこれに対する平成25年3月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 予備的請求
被告は,原告に対し,19万8900円及びこれに対する平成25年3月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,平成24年4月1日に新規に被告の職員として採用され,採用に伴う移転のため住所のあった仙台市から在勤公署の存する千葉市に旅行をした原告が,この旅行は千葉市職員の旅費等に関する条例(平成2年千葉市条例第31号,以下「本件旅費条例」という。)2条1項6号の「赴任」に該当し,同条例3条1項の旅費が支給されるべき場合に当たるとして,主位的に,同項に基づいて旅費支給請求権が発生すると主張して,鉄道費,日当等の旅費合計19万8900円及びこれに対する旅費支給請求後である平成25年3月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,予備的に,本件旅費条例4条1項に規定する旅行命令の発令なく旅費支給請求権が発生しないとしても,同条例2条1項6号の「赴任」に該当する旅行について同条例4条1項に規定する旅行命令を発すべき義務があるにもかかわらずこれをしなかった被告の行為は,国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項の適用上違法となり,被告には上記行為につき故意又は過失があるとして,同項に基づき,原告の被った旅費相当の損害19万8900円及びこれに対する上記行為後の平成25年3月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 本件旅費条例の定め
赴任した場合に支給される旅費に関する本件旅費条例の定めは次のとおりである。
(1) 2条(定義)
赴任とは,新たに採用された職員がその採用に伴う移転のため住所若しくは居所から在勤公署に旅行し,又は転任を命ぜられた職員がその転任に伴う移転のため旧在勤公署から新在勤公署に旅行することをいう(1項6号)。
(2) 3条(旅費の支給)
職員が出張し,又は赴任した場合には,当該職員に対し旅費を支給する(1項)。
(3) 4条(旅行命令)
前条第1項の規定に該当する旅行は,旅行命令権者の発する旅行命令によって行われなければならない(1項)。
2 前提事実等(認定根拠を示すほかは,当事者間に争いがないか,又は,明らかに争いがない。)
(1) 当事者
原告は,平成24年4月1日,被告に新規に採用され,同年11月21日までの間,被告の職員として勤務していた。
被告は地方公共団体である。
(2) 原告の仙台市から千葉県への移動等
原告は,平成24年4月1日,被告に新規に採用され,同日,住所のあった仙台市から在勤公署の存する千葉市に移動し(以下,この移動を「本件移動」という。),また,住所を仙台市から千葉県B町に移転した。
(3) 旅行命令の発令がないこと及び旅費の支給がないこと
本件移動について,本件旅費条例4条1項に規定する旅行命令(以下,本件旅費条例4条1項に規定する旅行命令を,単に「旅行命令」という。)は発令されていない(以下,本件において旅行命令を発しなかった被告の行為を「本件不作為」という。)(弁論の全趣旨)。
また,本件移動について,職員が赴任した場合に本件旅費条例3条1項により支給される旅費(以下「赴任旅費」という。)は支給されていない。
(4) 原告の旅費支給請求
原告は,被告に対し,平成25年2月28日に到達した書面をもって,本件移動に係る赴任旅費の支給を請求した。
(5) 原告の退職
原告は,平成24年11月21日,被告の職員を依願退職した。
3 争点
(1) 本件移動は本件旅費条例における「赴任」に該当するか(争点1)
(2) 本件旅費条例3条1項に基づき旅費の支給請求権が発生するか(争点2)
(3) 原告は,赴任旅費が支給されないことに同意したか(争点3)
(4) 本件移動について支給されるべき赴任旅費の額(争点4)
(5) 本件不作為は国賠法1条1項の適用上違法であるか,被告に故意又は過失はあるか(争点5)
4 争点についての当事者の主張
(1) 争点1(本件移動は本件旅費条例における「赴任」に該当するか)について
(原告の主張)
原告は,被告に新規に採用された職員であるから,本件旅費条例2条1項6号の「新たに採用された職員」に該当する。そして,原告は,採用に伴い,仙台市内の住所から在勤公署の存する千葉市に本件移動をしたのであり,本件移動は本件旅費条例2条1項6号の「赴任」に該当する。
(被告の主張)
原告の主張は争う。
本件旅費条例2条1項6号の「新たに採用された職員」とは,被告の要請に基づき,国や他の地方公共団体から引き続き採用された職員のみを意味するのであり,新規に採用された者はこれに含まれない。
(2) 争点2(本件旅費条例3条1項に基づき旅費の支給請求権が発生するか)について
(原告の主張)
赴任旅費の支給請求権は,本件旅費条例3条1項に基づき,赴任の事実があることにより発生する。旅行命令は,旅費の支給を受けるための内部的な公金支出確認作業としての決裁手続にすぎない。
(被告の主張)
本件旅費条例4条1項は,旅行命令によって行われた旅行についてのみ旅費を支給するとして旅費を支給する場合の要件を規定しており,単なる具体的な支出手続や決裁手続を定めたものではない。したがって,旅行命令の発令がない場合に旅費支給請求権は生じない。
(3) 争点3(原告は,赴任旅費が支給されないことに同意したか)について
(被告の主張)
原告は,被告に採用されるに当たり,被告の担当者に給与等の額について照会し,その際,被告の担当者から,新規に採用される場合には赴任旅費が支給されないことについて説明を受け,その旨を了解した。したがって,原告は,赴任旅費が支給されないことに同意した。
(原告の主張)
被告の主張は否認する。
原告は,新規に採用される場合に赴任旅費が支給されないことについて被告の担当者から説明を受けたことはなく,支給されないことに同意もしていない。
(4) 争点4(本件移動について支給されるべき赴任旅費の額)について
(原告の主張)
本件移動について支給されるべき赴任旅費は次のとおり合計19万5610円である。
ア 鉄道賃(本件旅費条例6条2項,11条) 1万1310円
イ 日当(本件旅費条例6条6項,15条) 1300円
ウ 移転料(本件旅費条例6条9項,18条1項2号) 11万0000円
エ 着後手当(本件旅費条例6条10項,19条) 7万3000円
(被告の主張)
本件移動について赴任旅費が支給されるとすれば,その内容及び金額は,次のとおり合計15万1810円である。
ア 鉄道賃(本件旅費条例6条2項,11条) 1万1310円
イ 日当(本件旅費条例6条6項,15条) 1300円
ウ 移転料(本件旅費条例6条9項,18条1項2号) 11万0000円
エ 着後手当(本件旅費条例6条10項,19条,25条) 2万9200円
原告は,平成24年4月1日に仙台市から千葉県に住所を移転しているから,本件旅費条例25条1項に基づき被告において旅費の支給に関する具体的な運用を定めたところにより,着後手当としては,日当定額2日分及び宿泊料2夜分に相当するものについて支給するのが相当であり,その場合の金額は2万9200円となる。
(5) 争点5(本件不作為は国賠法1条1項の適用上違法であるか,被告に故意又は過失はあるか)について
(原告の主張)
前記争点1の原告の主張のとおり,原告の本件移動は本件旅費条例2条1項6号の「赴任」に該当し,本件移動につき赴任旅費が支給されるべき場合に当たるから,被告には本件移動について旅行命令を発令すべき義務があった。そして,被告は,本件移動の事実を認識しながら旅費を支給すべき場合ではないとの解釈に基づいて本件不作為をしたのであるから,本件不作為は国賠法1条1項適用上違法であり,また,本件不作為は被告の故意又は過失によるものであった。
(被告の主張)
原告の主張は争う。
第3当裁判所の判断
1 争点1(本件移動は本件旅費条例における「赴任」に該当するか)について
本件旅費条例は,2条1項6号において「赴任」の意義につき,「新たに採用された職員がその採用に伴う移転のため住所若しくは居所から在勤公署に旅行し,又は転任を命ぜられた職員がその転任に伴う移転のため旧在勤公署から新在勤公署に旅行することをいう。」と規定するところ,同号にいう「新たに採用された職員」は,これを限定して解釈すべきことを示す本件旅費条例上の他の条項はなく,上記文言からすれば,新規に採用される職員全般を意味するものと解するのが相当である。
そして,本件旅費条例と同様に公務のため旅行する場合の旅費に関して定めることを目的とする国家公務員等の旅費に関する法律が,旅費を支給する事由となる「赴任」について,「新たに採用された職員がその採用に伴う移転のため住所若しくは居所から在勤官署に旅行し,又は転任を命ぜられた職員がその転任に伴う移転のため旧在勤官署から新在勤官署に旅行することをいう。」と定義する(同法2条1項7号)ところ,ここにいう「新たに採用された職員」に新任者を含むことを前提として,新任者の赴任につき,新任者が採用に伴う移転のためその住所又は居所から新在勤官署まで旅行することをいう旨の解釈が示されている(甲2)のであり,法令の目的を共通にし,同様の文言を用いる本件旅費条例において,「新たに採用された職員」との文言を限定して解釈することは,同解釈を基礎付ける規定上の根拠がない限り,相当ではないというべきである。
被告は,これについて,本件旅費条例の立法経緯を基礎として「市の要請に基づき国又は他の地方自治体から引き続いて採用される職員(いわゆる「割愛」)」を意味するものである旨主張し,被告や他の地方公共団体において同解釈に沿った運用がされている旨指摘するが,上記解釈を基礎付ける立法経緯を認めることはできないし,仮に認められるとしても,それを踏まえた条項が規定されているとは認められない。そして,被告や他の地方公共団体における上記の運用があるとしても,それが被告の主張に沿った解釈を基礎付ける根拠となると認めることはできないから,被告の上記主張を採用することはできない。
そうすると,本件移動は本件旅費条例2条1項6号にいう「赴任」に該当するというべきである。
2 争点2(本件旅費条例3条1項に基づき旅費の支給請求権が発生するか)について
本件旅費条例は,3条1項において「職員が出張し,又は赴任した場合には,当該職員に対し旅費を支給する。」と規定し,4条1項において「前条第1項の規定に該当する旅行は,旅行命令権者の発する旅行命令によって行われなければならない。」と規定しており,その他,旅費の支給に関する要件についての規定はないのであるから,旅費の支給については,本件旅費条例4条1項に規定する旅行命令及びそれに基づいて行われる同条例3条1項に規定する旅行があることが要件になっていると解するのが相当である。
原告は,本件旅費条例4条1項の旅行命令は,旅費の支給を受けるための内部的な公金支出確認作業としての決裁手続にすぎない旨主張するが,上記の条項の解釈として採用することはできない。
3 争点5(本件不作為は国賠法1条1項の適用上違法であるか,被告に故意又は過失はあるか)について
(1) 上記2のとおり,旅行命令の発令がないまま本件旅費条例3条1項に基づいて旅費の支給請求権が発生するとは認められないことから,赴任旅費の支給を求める主位的請求は認められないこととなる。
そこで,次に,争点5について検討すると,前記1のとおり,原告の本件移動は本件旅費条例2条1項6号の「赴任」に該当し,本件移動については,赴任旅費が支給されるべき場合に当たると解されるから,被告には本件移動について旅行命令を発令すべき義務があったということができる。そして,被告は,上記の規定の文言や本件移動の事実を認識し,また,同様の文言を用いる国家公務員等の旅費に関する法律の規定の解釈も認識し得たにもかかわらず,本件移動について旅行命令を発令せずに本件不作為に至ったのであるから,本件不作為は国賠法1条1項適用上違法であり,また,本件不作為は少なくとも被告の過失によるものであったと認めることができる。
なお,被告は,原告において赴任旅費が支給されないことに同意していたと主張しており,この点は本件不作為の違法性の有無について問題となることから検討すると,原告は,被告に採用される直前である平成23年12月から平成24年1月頃までの間複数回にわたり,被告総務局総務部人事課に電話して,初任給などの勤務条件について問い合わせたこと,その際,担当者が,仙台から転居するに当たっての費用が支給されるかについての原告の質問に対し,支給されない旨を回答したことが認められる(証人A2,3頁,原告本人1頁)が,その際,原告において,支給されないことを了承した旨の発言がされたこともなく,その後も赴任旅費が支給されないことについての原告の承諾を示す書面が作成されたことがないこと(証人A6,12頁)などからすれば,赴任旅費が支給されないことについての原告の同意があったとはいい難く,その他,原告の同意を認めるに足りる証拠はない。
(2) 本件不作為について国賠法1条1項に基づく損害賠償請求が認められる場合,その損害は,赴任旅費が支給される場合の支給額と同額であると解されるところ,本件移動について支給されるべき赴任旅費は,次の①ないし④のとおり,合計15万1810円であると認められる。
① 鉄道賃(本件旅費条例6条2項,11条) 1万1310円
② 日当(本件旅費条例6条6項,15条) 1300円
③ 移転料(本件旅費条例6条9項,18条1項2号) 11万0000円
④ 着後手当(本件旅費条例6条10項,19条,25条) 2万9200円
着後手当について,本件旅費条例は,円滑な旅費支給を図るための定額支給の建前により別表第1の日当定額の5日分及び宿泊料定額の5夜分に相当する額であると規定する(19条)とともに,実際にかかった旅費額との合理的調整を図ることを目的として,不当に旅行の実費を超えた旅費又は通常必要としない旅費を支給することになる場合においては,その実費を超えることとなる部分の旅費又はその必要としない部分の旅費を支給しないことができると規定する(25条1項)。そして,被告は,その調整について基準を定め(乙1),「旅行者が新在勤地に到着後,直ちに職員のための公設宿舎又は自宅に入る場合については,日当定額の2日分及び宿泊料定額の2夜分」と定めている(乙1,11(5)サ(イ)a)ところ,この基準に不合理な点はないから,これに従った調整がされた額とすることが相当である。
原告は,被告に新規に採用されたことから,平成24年4月1日に新在勤地である千葉市に到着し,同日,千葉県内にあらかじめ賃借していた自宅アパートに入居したのであるから,前記基準に該当するのであり,その着後手当の額は,日当定額の2日分及び宿泊料定額の2夜分に相当する額とするのが相当である。
なお,原告は,赴任前に千葉県に赴いて入居先を探したこと,入居直後に生活用品がすべてそろっているわけではなかったことなどを指摘して,本件旅費条例25条1項による調整をすべきではない旨主張するが,原告の主張は,新在勤地到着後に新住居などを探すための必要な経費にあてるものとして支給される着後手当の範囲を超えるものをその中に含めるものというに等しいのであって,これを採用することはできない。
したがって,国賠法1条1項に基づく損害賠償請求をする場合の損害額は,前記の15万1810円となる。
第4結論
以上によれば,原告の請求のうち主位的請求は理由がなく,予備的請求は,15万1810円及びこれに対する平成25年3月1日から支払済みまで民法所定年5分の割合の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないから,主位的請求及び予備的請求の一部を棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山田真紀 裁判官 近藤和久 裁判官 尾田いずみ)