大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台地方裁判所 平成25年(行ウ)7号 判決 2014年12月17日

主文

1  処分行政庁が原告に対して平成24年10月3日付けでした災害弔慰金を支給しない旨の処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文同旨

第2事案の概要

本件は,平成23年3月18日に死亡したAの妻である原告が,Aの死亡は,同月11日に発生した東日本大震災(以下「本件震災」という。)によるものであると主張して,処分行政庁が原告に対して平成24年10月3日付けでした災害弔慰金の支給等に関する法律(以下「法」という。)及びF町災害弔慰金の支給等に関する条例(平成16年11月1日F町条例第92号。以下「本件条例」という。)に基づく災害弔慰金を支給しない旨の処分(以下「本件処分」という。)の取消しを求める事案である。

1  関係法令の定め等

(1)  関係法令の定め

ア 市町村は,条例の定めるところにより,政令で定める災害により死亡した住民の遺族に対し,災害弔慰金の支給を行うことができる(法3条1項)。

イ 上記アの災害は,一つの市町村の区域内において住居の滅失した世帯の数が5以上ある災害等をいう(災害弔慰金の支給等に関する法律施行令1条1項,災害弔慰金の支給が行われる災害の範囲等(平成25年厚生労働省告示第315号による廃止前の平成12年厚生省告示第192号)1項)。

ウ 被告は,上記イの災害により町民(災害により被害を受けた当時,被告の区域内に住所を有した者)が死亡したとき(以下「災害関連死」という。)は,その者の遺族に対し,災害弔慰金の支給を行うものとする(法3条1項の委任を受けて制定された本件条例3条,2条(2))。

エ 上記ウにいう遺族の範囲は,死亡した者の死亡当時の配偶者等とする(本件条例4条1項,法3条2項)。

オ 災害弔慰金の額は,死亡者が死亡当時においてその死亡に関し災害弔慰金を受けることができることとなる者の生計を主として維持していた場合にあっては500万円とし,その他の場合にあっては250万円とする(本件条例5条)。

カ 処分行政庁は,災害弔慰金の支給を行うべき事由があると認めるときは,必要事項の調査を行った上で支給を行うものとする(本件条例8条,F町災害弔慰金の支給等に関する条例施行規則(平成16年11月1日F町条例施行規則第58号)2条)。

(2)  被告における災害関連死の判定の仕組み

被告は,本件震災による災害関連死か否かの判定が困難な場合に,F町と宮城県との間の災害弔慰金等支給審査会等の事務の委託に関する規約に基づいて,宮城県災害弔慰金等支給審査会(以下「本件審査会」という。)による審査を依頼し,その答申の回答を経て,本件震災による災害関連死か否かの判定をする(乙1の4頁及び5頁)。

2  前提事実(認定根拠を示すほかは,当事者間に争いがないか,又は,明らかに争いがない。)

(1)  当事者等

ア Aは,明治44年9月2日生まれであり,平成23年3月11日の本件震災発生当時99歳で,宮城県遠田郡F町内にある介護老人福祉施設B(以下「B施設」という。)において生活していたが,同月18日,急性呼吸不全により死亡した。

原告は,Aの妻である。

イ 被告は,宮城県内の地方公共団体であり,本件条例に基づき災害弔慰金の支給事務を行っている。

(2)  本件震災

平成23年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震により生じた本件震災は,法3条1項,本件条例3条にいう「災害」に該当する。

(3)  本件処分がされるまでの経緯

ア 原告は,平成23年5月2日,Aの死亡は,本件条例3条にいう「災害により死亡したとき」に該当するとして,処分行政庁に対し,災害弔慰金支給の申立て(以下「本件申立て」という。)をした。

イ 本件申立てに対し,処分行政庁は,平成24年2月2日付けで災害弔慰金不支給決定をしたが,その後,原告から追加資料の提出があったため,平成24年8月17日付けで当該不支給決定を取り消し,同日付けでF町と宮城県との間の災害弔慰金等支給審査会等の事務の委託に関する規約1条に基づき,本件審査会に対して,Aの死亡と本件震災の相当因果関係の有無につき再審査の依頼をした(甲3,乙1の84頁及び85頁)。

ウ 本件審査会は,処分行政庁からの上記イの再審査の依頼を受け,Aの死亡と本件震災との相当因果関係の有無について再度審査し,平成24年9月12日付けで,改めて,相当因果関係は認められない旨の判定をした(乙1の153頁及び154頁)。

(4)  本件処分

処分行政庁は,追加資料を踏まえた本件審査会における再度の審査によっても,Aの死亡と本件震災との間に相当因果関係は認められないとの判定がされたことを理由として,平成24年10月3日付けで,原告に対し災害弔慰金を支給しない旨の決定をした(甲3)。

(5)  原告は,平成25年4月2日,本件訴訟を提起した(顕著な事実)。

3  争点及びこれに関する当事者の主張

本件の争点は,本件処分には,Aの死亡と本件震災との間に相当因果関係があるにもかかわらずこれをないと判断した違法があるか否かであり,これに関する当事者の主張は,次のとおりである。

(原告の主張)

本件処分を行うについては,処分行政庁に一定の裁量があると考えられるが,他方,災害弔慰金は,遺族に対する弔意及び支援の趣旨で給付するものであり,この趣旨に鑑みれば,その支給対象となる災害関連死はできる限り広く緩やかにとらえるべきであって,相当因果関係について医学的見地からの厳格な因果関係を要求すべきではなく,災害がなければその時期に死亡することはなかったと認められることで足りるというべきである。

Aの死亡は,本件震災後,B施設の電気,ガス,水道が使用できない状態となり,B施設内の気温が極めて低い状態となったことなどの本件震災によるB施設内の環境の悪化に基因することは明らかであるから,Aの死亡と本件震災との間には相当因果関係が認められる。それにもかかわらず,Aの死亡と本件震災との間に相当因果関係は認められないと判断した本件処分には,裁量権を逸脱又は濫用した違法があるから,本件処分は取り消されるべきである。

(被告の主張)

本件処分に際して,専門家委員で構成される本件審査会は,原告から提出されたAの診療カルテ,B施設作成の見解書,ケース記録等を基に,Aの死亡と本件震災との間には相当因果関係は認められないと判断し,その旨を処分行政庁に対して答申した。

処分行政庁は,本件震災後にB施設の生活環境が極度に悪化したことはなく,Aにおいて食料や水分の摂取が不十分であったともいえず,また,認知症を患っていたAには,B施設の職員による生活の管理が継続されていた以上,生活の不便によるストレスはなかったのであり,本件震災当時99歳6か月であったAの年齢も考慮すれば,Aの死亡に結びつく震災関連事実を見出すことはできないというべきであるから,前記判断には合理性があると認め,Aの死亡と本件震災との間には相当因果関係は認められず,災害弔慰金の支給要件を満たさないとして本件処分をしたものであって,裁量権の逸脱又は濫用はない。

第3当裁判所の判断

1  事実認定

前記第2の2の前提事実に証拠(甲2,7,9~11,乙1,2,4,証人C)及び弁論の全趣旨を併せれば,次の事実を認めることができる。

(1)  本件震災後のB施設の状況

ア 暖房の不足による室温の低下

本件震災前,B施設では,電気によるエアコンで温度調整が行われ,全館において室温24℃に設定されていた(甲9の1頁,証人C3頁)。

しかしながら,本件震災により,B施設の建物そのものに大きな損傷は生じなかったものの,電気,ガス及び水道の供給が止まり,電気は平成23年3月20日まで使用することができなかったため,エアコンによる室温の管理ができなくなり,電気の供給が再開されるまでの間の暖房は,食堂兼居間として使用されていた約17畳の広さの共有スペースにB施設の職員(以下「職員」という。)が自宅から持ち寄った家庭用の反射式灯油ストーブ(以下「ストーブ」という。)4台を置いて行うことになり,灯油を節約するために,日中はストーブを使用せず,夜間にストーブを使用するようにしていた(甲7,9の1頁及び2頁,乙1の26頁,証人C5頁)。

B施設の共有スペースは,天井までの高さが約4.5mあり(乙1の61頁),ストーブ4台で共有スペース全体を暖めることは困難であった(証人C5頁)ため,ストーブの周りのみ暖まるなど,共有スペース内でも室温に差があったほか,日中と夜間の室温の差も大きいものであった(証人C7頁)。また,共有スペースの周りに設けられている各居室は,暖房がなく,より室温が低かった(甲7,証人C7頁)。

本件震災当日と翌平成23年3月12日はB施設内に残っていた余熱により,また,同月13日と14日は日中の気温が平年よりも上昇したため室温もそれほど低下しなかったが,平年並みの気温に戻った同日の夜からB施設内の室温は急激に低下した(甲10,乙1の102頁)。

B施設の利用者は,重ね着をし,掛け布団を2枚使用するなどして寒さをしのいでいたほか,日中は,共有スペースに集まって過ごすことで暖を取り,夕食後は,体の弱い者,寝たきりに近いような者は共有スペースのストーブの周りで暖を取り,その他の者は居室に戻って過ごしていた(証人C6頁)。

Aは,本件震災後,日中は共有スペースで他の利用者とともに過ごし,夕食後は,自らの居室に戻って就寝するという生活をしていた(証人C6頁)。

イ 食事の内容等

本件震災前のB施設では,利用者に対して,栄養分,塩分,カロリー計算をして作成された献立に基づき朝,昼,夕の3食及びおやつが提供されていたが,本件震災発生後は,食料の調達が困難となり,お粥などの非常食を中心とした栄養分等を十分に考慮することができない1日2食の提供となり,メニューは大幅に変更され,提供される食事の量も減少した(甲9,11,証人C10頁~12頁)。

また,本件震災直後のB施設では,飲料水の備蓄が3日分のみであったため,利用者に提供される水分を減量せざるを得なくなり,Aにおいても,水分摂取量は,本件震災前の1日平均約1200mℓ から1日平均約450mℓ に大幅に減少し,これに対応して,水分排せつ量も大幅に減少した(乙1の112頁~119頁,証人C9頁及び10頁)。

なお,本件震災発生の数日後からは給水車による給水もされたが,掃除,手洗い,排せつなどに使用する必要もあり,飲料として用いることのできた水は十分ではなかった(証人C40頁及び41頁)。

(2)  Aの既往歴等

本件震災当時,Aは99歳と高齢で,陳旧性脳梗塞,廃用症候群,前立腺肥大症,左大腿部骨子部骨折の既往歴があり(乙1の106頁),脳梗塞後遺症による障害,前立腺肥大症に伴う排尿障害,脳血管性認知症があり,医師の指示により前立腺肥大症の治療薬ハルナール錠を1日1回服用していた(乙1の102頁及び145頁)

また,本件震災前の平成23年3月1日には,Aに対し高血圧症の治療薬である「アダラート」が処方されているところ,高血圧症もうかがわれた(乙2,4)。

(3)  Aの体調の変化

ア 本件震災発生前

平成23年3月1日から同月10日までの間,Aの心身の状況には特に変化はなかった(乙1の29頁,114頁~117頁)。

同月11日の本件震災が発生する前のAの状況は,排便が2日なかったためラキソベロン10滴を服用したものの,B施設の食堂で牛乳を飲んだり,新聞を読んだり,うたた寝をしたりといつもと変わらない様子であった(乙1の29頁及び117頁)。

イ 本件震災発生後

本件震災発生後のAの心身の状況の変化は次のとおりである。

(ア) 平成23年3月12日から同月14日まで

日中の状況に特に変わった様子はなく,食事は完食するという状態が続いた(乙1の29頁,117頁及び118頁)。

(イ) 平成23年3月15日

食事は完食していたが,水分摂取量が少なかったため,職員により水分摂取の介助がされた(乙1の29頁及び118頁)。

(ウ) 平成23年3月16日

午前9時30分頃,ベッド臥床時に多量の便汚染があったため,職員により着衣交換がされ,午後2時30分頃,昼寝中に尿漏れが確認された(乙1の29頁及び118頁)。

(エ) 平成23年3月17日

午前8時40分頃の起床時にフォーレ(膀胱留置カテーテル)から尿漏れがあったため,職員により,着衣交換を受けた(乙1の28頁及び118頁)。

午前10時頃には,フォーレの管が詰まっている状況が確認され,多量の尿汚染及び排便がみられた(乙1の28頁,118頁及び119頁)。

午後0時頃,居室内のベッドに移動した直後から呼吸速拍となり,体温は35.3℃まで低下し,低体温状態を生じ,Aに四肢冷感があることを確認した職員は,数個の湯たんぽを使用して手足をマッサージし,保温する処置を行った(乙1の119頁)。これにより,Aの体温は一旦は上昇し,ある程度顔色も良くなり,問いかけにもいつもと変わらない返答がされたため,職員は一度様子を見ることとした(乙1の119頁,証人C13頁及び14頁)。

午後4時頃,共有スペースで食事中にうな垂れ,食事も進まない状態であったため,職員が声を掛けたが反応が鈍く,これに加えて,顔色不良,呼吸速拍,頻脈及び不整脈といった症状が確認されたため,職員により居室のベッドへ移動された(乙1の119頁,証人C14頁)。

職員は,Aの血中酸素飽和度が55%ないし74%に低下していたため,酸素流量の処置をし,その後,低体温,喘鳴,意識障害の症状もみられため,救急車を要請し,E病院に搬送した(乙1の119頁)。

午後4時30分頃,搬送中の救急車の車内においても,血中酸素飽和度が85%ないし88%と依然として低い状態であったため,さらに3ℓ の酸素流量がされ,救急搬送先のE病院において脳梗塞の疑いがあると診断され,D病院に搬送された(乙1の79頁及び119頁)。

午後5時頃,D病院において頭部CT検査を受け,古い脳梗塞があり,新しい脳梗塞の疑いもあると診断されたほか,意識障害・呼吸苦があると診断がされ,同日,E病院に入院することとなった(乙1の29頁及び119頁)。

(4)  Aの死亡

Aは,平成23年3月18日午前11時25分に脳梗塞による急性呼吸不全により,入院中のE病院で死亡した(甲2)。

(5)  その他の利用者の体調変化

平成23年3月23日頃から,B施設のその他の利用者においても,食事や水分の摂取量の低下,便秘,尿が濁るなどの体調の変化が顕著となり,食事や水分の摂取量が低下した者が4名,同月24日には,水分補給が十分でなかったために,便秘の者が増えていた(甲9の5頁)。

B施設の利用者において他に死亡者は出ていないが,嘔吐や尿が出ないとの症状で入院した利用者が1名,食欲不振により点滴治療を受けるため通院した利用者が1名,入通院はしていないが発熱した利用者が4ないし5名いた(乙1の82頁)。

(6)  本件審査会

ア 構成員

本件審査会は,医師2名,弁護士1名,福祉団体代表1名及び県保健福祉部長1名の合計5名で構成されている(乙1の5頁)。

イ 第2回審査会及び第3回審査会

Aの死亡と本件震災との相当因果関係の有無については,平成23年12月26日に開催された第2回審査会及び平成24年1月23日に開催された第3回審査会において議論がされ,東日本大震災災害弔慰金に係る経緯調書などを基に審査がされたが,本件震災後特段変わった様子がみられず,食事を完食していたこと,Aが本件震災当時99歳と高齢であったこと,B施設の室温低下は認められるが他の利用者に重症者がなかったことなどを理由に,相当因果関係は認められないと判定された(乙1の10頁~13頁,40頁~43頁)。

ウ 第6回審査会

処分行政庁は,第3回審査会の答申に基づき平成24年2月2日付けでAの死亡と本件震災との因果関係は認められないとして,災害弔慰金不支給処分をしたが,これに対して,原告から,診療カルテやB施設作成の見解書等の追加資料の提出と再審査の申立てがされたため,本件審査会に対して再審査を求めた(乙1の84頁及び85頁)。

処分行政庁からの再審査の求めに応じて平成24年9月7日に開催された第6回審査会は,原告から提出された追加資料(診療カルテ等,見解書,利用調査票等,ケース記録,気象状況及び介護認定情報)を踏まえ,Aの死亡と本件震災との相当因果関係の有無につき再審査を実施した。

第6回審査会は,追加資料などを踏まえても,本件震災後の平成23年3月17日に新たな脳梗塞を発症したものと考えられるが,それが本件震災に基因することを示す証拠はないこと,食事や水分の摂取は行われていたこと,B施設の室温が急激に低下したことにより体調を崩した利用者がほかにいないことなどを理由に,再度相当因果関係は認められないと判定をした(乙1の60頁~65頁,74頁及び75頁)。

(7)  Aの病状の変化についての医師である審査会委員の見解(乙4)

本件審査会委員である医師は,宮城県災害弔慰金等支給審査会事務局に対し,Aの病状の変化につき,脳梗塞は,血液が固まりやすくなることにより発生し,震災関連の脳梗塞の多くは,避難所での水分摂取不足が原因となっているようであるが,Aの場合には,3食とも規則的に摂っていること,施設で適切な水分補給の管理が行われていたことから,震災の影響により脱水が起こったとは考えにくく,陳旧性脳梗塞の既往があり,血液はもともと固まりやすい状態にあったと思われること,本件震災の発生以前から,高血圧の薬(「アダラート」)が処方されていたことから,高血圧の既往歴がうかがわれること,温度差による寒冷ストレスは脳梗塞の誘因となり得るが,Aの場合には,暖かいところと寒いところを移動しているわけではなく,温度差による影響は考え難いことからすれば,本件震災による影響はないとの説明をした。

2  検討

(1)  前記の認定事実を基に検討するに,本件震災発生後,B施設内は,エアコンによる室温調整ができなくなり,暖房器具も不足していたことから,本件震災前と比較して室温が低くなっていたこと,暖房に使用されていたストーブは部屋全体を暖めるには不十分であり,ストーブの周りと各居室では温度差が生じていたこと,食料の調達が困難となったことにより食事の提供量が本件震災前の3食から2食に減り,その内容も非常食中心の栄養分等を十分に考慮することができないものにならざるを得なかったこと,水不足により水分供給量が減って,各利用者の水分摂取量が大幅に減少したことからすれば,B施設内の生活環境は相当程度に悪化していたといわざるを得ず,利用者であるAには環境悪化に伴う肉体的かつ精神的な負荷がかかっていたというべきである。そして,前記1(3)イ(エ)によればAは本件震災発生後の平成23年3月17日に新たな脳梗塞を発症したものと認められるところ,Aは,本件震災前から陳旧性脳梗塞の後遺症,前立腺肥大症に伴う排尿障害があり,高血圧の症状もあった疑いがあるものの,心身の状況に特段変化はなく安定し,既往症の再発等の兆候を示す事情は認められないことからすれば,既往症が新たな脳梗塞発症に大きく寄与したとはいい難い。これらのことに,Aにおいて,特にB施設内の気温が低下したと認められる平成23年3月15日から水分摂取量が減少し,便汚染や尿漏れなどがみられ同月17日に大きく体調を崩して新たな脳梗塞を発症している経緯を併せ考慮すると,Aに発症した新たな脳梗塞は,本件震災による水分摂取量の不足及び生活環境の悪化による肉体的かつ精神的な負荷によって誘発されたものであることが十分に考えられるというべきである。Aは,当該脳梗塞発症後短時間に急激に症状を悪化させ,その改善がみられないままに翌18日に脳梗塞によって引き起こされる急性呼吸不全で死亡に至っており,発症から死亡までの間に本件震災以外に死亡の原因となるような他の事情が介在したとも認められない。そうすると,Aの死亡は,本件震災によるB施設内の環境悪化による肉体的かつ精神的な負荷に基因するものであるとするのが相当であり,Aの死亡と本件震災との間には相当因果関係が認められるというべきである。

(2)  これに対し,被告は,本件震災後にB施設の生活環境が極度に悪化したことはなく,Aにおいて食料や水分の摂取が不十分であったともいえず,また,認知症を患っていたAには,B施設の職員による生活の管理が継続していた以上,生活の不便によるストレスはなかったのであり,本件震災当時99歳6か月であったAの年齢も考慮すれば,Aの死亡に結びつく震災関連事実を見出すことはできないと主張する。

しかしながら,前記のとおり,本件震災後のB施設の生活環境は,室温の低下と施設内での室温の違いなどがみられたことからすれば,その悪化は相当程度のものであったということができる。また,Aの食料や水分の摂取量も,本件震災前の摂取量から大幅に減少しているといえるのであって,このような絶対量の減少を踏まえれば,規則正しい食事や水分摂取,食事の完食という事実は,食料や水分の摂取が十分であったことを裏付けるものであるとはいえない。そして,認知症を患っている者において,このような生活環境の変化が負荷とならないことを認めるに足りる証拠もない(なお,本件震災発生当時B施設の副施設長であったCは,認知症の者もストレスを感じ得る旨を証言する(証人C17頁)。)。前記のとおり,本件震災前のAの心身の状態は安定しており,本件震災後数日の間に急激に悪化したことからすれば,Aが99歳という高齢であったことがAの脳梗塞発症の主たる原因とはいい難いというべきである。

したがって,被告の主張を採用することはできない。

第4結論

以上の次第で,原告の請求には理由があるからこれを認容することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山田真紀 裁判官 内田哲也 裁判官 尾田いずみ)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例