仙台地方裁判所 平成25年(行ウ)8号 判決 2013年12月26日
主文
1 原告の各訴えをいずれも却下する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 処分行政庁が平成25年1月10日付けで株式会社Aに対してした広瀬川の清流を守る条例9条1項本文に基づく環境保全区域内行為許可処分を取り消す。
2 処分行政庁が平成25年8月19日付けで株式会社Aに対してした広瀬川の清流を守る条例9条1項本文に基づく環境保全区域内行為許可処分を取り消す。
第2事案の概要等
本件は,広瀬川の清流を守る条例(昭和49年仙台市条例第39号。以下「本件条例」という。)に基づく環境保全区域に指定されている土地上に7階建てのマンションを新築することなどにつき,仙台市長(処分行政庁)がした本件条例9条1項本文に基づく環境保全区域内行為許可処分に対し,上記土地の近隣に居住する原告が,上記処分の違法を主張して,その取消しを求める事案である。
1 前提事実等(争いがない事実,当事者が争うことを明らかにしない事実及び当裁判所に顕著な事実については特に根拠を明記しない。)
(1) 広瀬川の清流を守ることを目的として昭和49年に制定された本件条例は,広瀬川の流水域及びこれと一体をなして良好な自然的環境を形成していると認められる区域を市長が環境保全区域に指定できること(8条1項1号,2項),環境保全区域において建築物その他の工作物の新築,改築,増築又は移転をしようとする者や,木竹の伐採をしようとする者は,あらかじめ市長の許可(以下「9条許可」という。)を受けなければならないこと(9条1項1号,4号)などを定めている。
(2) 広瀬川の清流を守る条例施行規則(昭和51年4月8日仙台市規則第26号。以下「本件規則」という。)は,市長が9条許可をする場合の基準を定め,仮設の工作物や地下に設置する工作物以外の工作物の新築については,当該工作物の敷地面積の10分の3以上に相当する土地(当該工作物の敷地が河川に接する場合にあっては,当該敷地の河岸線に沿った部分に存するものに限る。)が自然的環境の保全のために確保されていることを要すること,ただし当該工作物の敷地の状況によりやむを得ないと市長が認める場合又は自然的環境の保全のために講じる代替措置が適切であると市長が認める場合はこの限りでないこと(14条1号ハ(1))などを定めている。
(3) 本件規則23条に基づいて仙台市環境局長が定めた実施細目である広瀬川の清流を守る条例施行規則実施要領(平成7年4月1日仙台市環境局長決裁。以下「本件要領」という。)2条6項は,本件規則14条1号ハ(1)ただし書にいう「自然的環境の保全のために講じられる代替措置が適切であると市長が認める場合」について,「道路,河川及び公園等の公共施設に面して生垣又はこれに準ずる植栽を実施する場合とする。この場合においては,当該植栽の立面面積を,当該工作物の敷地面積の20分の3を限度として自然的環境の保全のために確保された土地とみなすことができる。」と定めている。
(4) 仙台市a区b,c及びdの一部の土地(以下,併せて「本件土地」という。)は,本件条例8条2項に規定する環境保全区域に指定されているところ,株式会社A(以下「本件事業者」という。)は,平成25年1月10日付けで,本件土地における7階建てのマンション(以下「本件マンション」という。)の新築及び木竹の伐採につき,処分行政庁により9条許可を受けた(甲3,4。以下「本件当初許可」という。)。
その後,本件事業者の各申請に基づき,同年5月23日付けで,本件当初許可がされた内容について,建築物の高さ,建築面積,延べ床面積,色彩を変更した許可がされ(乙4,5),同年7月24日付けで,建築面積,延べ床面積,空き地面積を変更した許可がされた(乙6,7)。さらに,本件事業者の申請に基づき,同年8月19日付けで,上記の変更後の許可の内容について,空き地面積を変更した許可(乙8,9。以下,これを「第3回変更後許可」といい,本件当初許可から第3回変更後許可までの各許可を「本件各許可」という。)がされた。
(5) 本件各許可は,本件要領に従って植栽の立面面積を自然的環境の保全のために確保された土地(空き地)とみなすと,空き地の面積が敷地面積の10分の3を超え,本件規則14条1号ハ(1)本文所定の基準を満たすという判断を前提としたものである。
(6) 原告は,広瀬川及び本件土地の近隣に居住している。
原告は,平成25年4月17日,本件マンションの敷地面積の10分の3以上に相当する土地が自然的環境の保全のために確保されていないにもかかわらず行われた本件当初許可は,処分行政庁(仙台市長)の裁量の逸脱又は濫用に当たると主張して,本件当初許可の取消しを求める訴えを提起した。原告は,その後,その余の本件各許可がされたのを受けて,同年10月17日,上記訴えに第3回変更後許可の取消しを求める訴えを追加した。
2 関係する法令等の定め
別紙「法令等の定め」に記載したとおりである。
3 争点及び争点に関する当事者の主張
本件の争点は,①原告が本件各訴えの原告適格を有するか,②本件各許可に裁量の逸脱又は濫用が認められるかであり,これらの点に関する当事者の主張は以下のとおりである。
(1) 原告適格について(争点①)
ア 原告の主張
本件各許可の取消しを求めるにつき原告が有している法律上の利益は,以下にみるように,①本件各許可の根拠となる法令である本件条例及び関係法令である河川法により保護される良好な河川環境を享受する利益と②本件条例及び関係法令である杜の都の風土を育む景観条例等により保護される良好な広瀬川流域の河川景観を享受する利益である。
(ア) 良好な河川環境を享受する利益について
a 河川法が,その目的の一つとして河川環境の整備と保全を明記していること,目的達成の手段として,特定の行為に対する許可制を採るなど本件条例と同じ規制の手段を採用していることに照らすと,河川法は,本件条例と目的を共通にする関係法令(行政事件訴訟法9条2項)に当たるということができる。
b 平成9年の改正により河川法の目的(1条)に「河川環境の整備と保全」が新たに加えられるなどした経緯や,河川法16条の2に基づき作成された名取川水系河川整備計画(大臣管理区間・平成24年11月国土交通省東北地方整備局)において,地域住民の意見を把握し地域住民と連携していることが強調されており,実際に整備計画の改定に当たっては地域住民の意見を聴く会が実施されていることなどからすれば,河川法が,少なくとも流域の住民又は同法16条の2第4項にいう「関係住民」の良好な河川環境を享受する利益を個別具体的な権利として保護していることは明らかである。
関係法令である河川法のこのような趣旨及び目的を参酌すると,本件条例は,流域の個々の住民に帰属する生活環境の保全というような特定の者の個別的利益を保護する趣旨を含んでいるということができる。
(イ) 良好な河川景観を享受する利益について
a 杜の都の風土を育む景観条例(平成7年3月16日仙台市条例第5号。以下「景観条例」という。)及びこれに基づいて作成された仙台市「杜の都」景観計画(以下「本件景観計画」という。)は,本件条例の関係法令に当たる。
そして,景観条例において,市民は,一定の要件を充たす組織を構成して景観まちづくり協議会の認定を受ければ,当該地域のまち並づくりについての提案を市長に提出することができ,市長はその提案に配慮すべきものとされていること(23条1項,2項),本件景観計画において,「今後,住民との合意形成を深め,地区毎の取組みを進めるとともに,国・県の公共セクターや市民・事業者等の関係者との一層の連携を図りながら,『景観法』を活用した取組みを真に価値あるものに高めるため,下記に示す各種の方策を鋭意,連携的に推進していくものとする。」(7章柱書き),「市民・事業者・行政等の多様な主体が連携し,地域の将来像を共有しながら,地域主体の景観活動を発揮できるまちづくり協働の仕組みを構築し支援する。」(7章4項)など,今後,市民とのさらなる協働を進め市民による景観形成の自主的な取組を支援することが明記され,行政運営の指針とされていることからして,本件条例,景観条例及び本件景観計画は,広瀬川周辺の河岸越しの眺望景観や市街地から眺望できる丘陵景観を享受する利益を,単なる一般的な公益に解消させるのではなく,個別的利益として保護しているものというべきである。
b 本件マンションは,広瀬川からわずか数メートルの距離に7階建てで建設されるため,周辺に大きな圧迫感をもたらし,広瀬川越しの眺望を大きく阻害する。よって,広瀬川からわずか数十メートルの場所に居住し,広瀬川周辺の美しい景観利益を享受している原告は,本件各訴えの原告適格を有しているというべきである。
イ 被告の主張
以下のとおり,本件各許可の根拠法令である本件条例及び本件規則は,原告の主張する良好な河川環境を享受する利益や良好な河川景観を享受する利益を,専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むということはできないから,原告は本件各訴えについて原告適格を有しない。
(ア) 良好な河川環境を享受する利益について
a 河川法の最終的な目的は,「公共の安全の保持と公共の福祉の増進」にあり,その実現の手段である河川の総合的管理の一内容として「河川環境の整備と保全」が挙げられているにすぎない。よって,河川法は,広瀬川の清流を守るため自然的環境の保全等に関し必要な事項を定めるとする本件条例と,その目的を共通にするとはいえない。
河川区域や河川保全区域等を設定し,それらの区域内での工作物の新築等の行為について許可制を採用するという河川法の手法が,本件条例の手法と類似するとしても,その手法により達成しようとする目的が本件条例とは異なるのであるから,河川法が本件条例の関係法令であるとはいえない。
b 本件条例及び本件規則は,その目的や規定ぶりからして,専ら広瀬川の自然的環境が損なわれないかどうかという観点から建築物の新築等一定の行為を処分行政庁の許可にかからしめているというべきであるから,本件条例及び本件規則で保護される利益は,広瀬川流域の自然的環境の保全という一般的公益であって,広く市民全体が一般的・抽象的に享受する性質のものである。
また,仮に,河川法が本件条例の関係法令であり,原告が河川法16条の2第4項にいう「関係住民」に当たるとしても,河川法は,関係住民の意見反映手続を踏むべきかどうかを河川管理者の判断に委ねており,また,関係住民の意見に応じて計画案の内容を変更することを河川管理者に義務付けてもいないのであるから,河川整備計画案の作成について意見が反映されることがあり得ることをもって,河川法が環境利益を関係住民の個別具体的な権利として位置付けているということはできない。
(イ) 良好な河川景観を享受する利益について
仮に景観条例や本件景観計画が本件条例の関係法令であるとして,これらの趣旨及び目的等を参酌するとしても,景観条例及び本件景観計画の趣旨は以下のとおりであり,本件条例が景観利益を個々人の個別的利益として保護すべきものとする趣旨を含んでいるとはいえない。
a 景観条例において,市民により構成される組織である景観まちづくり協議会が当該地域のまち並づくりについての提案を市長に提出することができ,市長がその提案に配慮するものとされているとしても,一定の要件を備えた団体でなければ同協議会に認定されない上,あくまで市長に提案を提出することができるとされているのは同協議会であって,個々の利害関係人が意見を提出するなどの手続が定められているわけではないのであるから,景観条例が周辺住民の景観利益を個別的利益として保護しているものとはいえない。
b 本件景観計画は,住民との合意形成や関係者との一層の連携を図りながら,景観法を活用した取組の価値を高めようとする施策を示したものにすぎず,周辺住民の景観利益を個別的利益として保護するものではない。
(2) 裁量の逸脱又は濫用について(争点②)
ア 原告の主張
処分行政庁が本件マンションの新築について許可をするに当たっては,敷地の状況によりやむを得ないと市長が認める場合又は自然的環境の保全のために講じられる代替措置が適切であると市長が認める場合(本件規則14条1号ハ(1)ただし書)でない限り,敷地の3割以上に相当する土地(当該工作物の敷地が河川に接する場合にあっては,当該敷地の河岸線に沿った部分に存するものに限る。)が自然的環境の保全のために確保されていることを要するところ(本件規則14条1号ハ(1)本文),本件マンションについては,以下の理由で第3回変更後許可によっても敷地の3割以上に相当する土地が自然的環境の保全のために確保されているとはいえない。それにもかかわらず処分行政庁がした本件各許可は,裁量を逸脱し又は濫用したものである。
(ア) 本件各許可は,植栽の立面面積を自然的環境の保全のために確保された土地(空き地)とみなすことができる旨を定めた本件要領2条6項を根拠として植栽の面積391.80㎡を空き地面積に算入しているが,植栽の立面のように何もない空間は,自然の降水を地盤に浸透させることに寄与しないのであるから,これを空き地に算入することを認める上記規定は,本件条例や本件規則の趣旨を逸脱し,合理性を欠くというべきである。よって,植栽の立面面積を空き地に算入することは許されない。
(イ) 第3回変更後許可は,空き地の面積(植栽の立面面積を除く。)が合計427.786㎡であることを前提として行われたが,そのうち43.074388㎡の土地は,河岸線に沿った部分に存しない点や,人工地盤上に設けられた緑地である点から,空き地に算入することが許されないというべきである。そうすると,上記(ア)の植栽の立面面積を空き地に算入したとしても,本件マンションの敷地における空き地面積は776.511612㎡であり,敷地面積の29.73%であって10分の3に満たない。
イ 被告の主張
以下のとおり,本件各許可は本件規則所定の9条許可の基準に沿って行われたものであるということができ,裁量の逸脱又は濫用は認められない。
(ア) 本件条例において自然的環境の保全のために土地を確保する目的が,地盤への水の浸透能力の確保にあると解することはできず,自然的環境の保全対策として緑化の推進も重要な要素であると解されるから,空き地の代替措置として植栽を考慮することが合理性を欠くとはいえない。
(イ) 第3回変更後許可においては,より河川に近接する部分の「空き地」が増えており,植栽の立面面積を算入した空き地面積は819.58㎡であり,敷地面積の31.37%であって10分の3を超えている。
第3当裁判所の判断
1 まず,原告に本件各訴えの原告適格が認められるか否か(争点①)について検討する。
取消訴訟は,当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り提起することができるところ(行政事件訴訟法9条1項),「法律上の利益を有する者」とは,当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり,当該処分を定めた行政法規が,不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には,このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たり,当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は,当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。
そして,処分の相手方以外の者について上記の法律上保護された利益の有無を判断するに当たっては,当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく,当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮し,この場合において,当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては,当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し,当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては,当該処分がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案すべきものである(同条2項,最高裁平成16年(行ヒ)第114号平成17年12月7日大法廷判決・民集59巻10号2645頁参照)。
2 原告は,処分行政庁が本件事業者に対してした本件各許可により原告の良好な河川環境を享受する利益及び良好な河川景観を享受する利益が侵害される旨主張するので,本件各許可の根拠法令である本件条例及び本件規則が,上記の各利益について,一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それらが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含んでいるか否かにつき,以下検討する。
(1) 良好な河川環境を享受する利益について
ア 良好な河川環境を享受する利益の内容及び性質
河川及びその周辺の自然的環境は,本来的に,特定個人の個別的利益として享受されるものではなく,広く国民一般に享受され得る公益的利益というべきものであるから,行政庁による処分の有無が直接的な影響を及ぼすことになる範囲及びその程度が当然に特定されるものではない。
このような自然的環境の保全に係る利益の内容及び性質からすれば,処分の根拠となる法令及びその関係法令の規定から,当該処分により保護すべき利益の内容,範囲,保護の態様等が具体的に窺われるのでなければ,当該処分の根拠となる法令の規定が,良好な河川環境を享受する利益について,専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解することはできないというべきである。
イ 根拠法令である本件条例及び本件規則の定め
(ア) 本件条例は,広瀬川の清流を「市民共有の財産」と位置付け,広瀬川の清流を守ることを目的とし,そのための市長,事業者及び市民のそれぞれの責務を明らかにし,自然的環境の保全等に関し必要な事項を定めることをその趣旨としている(前文,1条)。本件条例においては,良好な河川環境を享受する利益の保護は目的として掲げられておらず,市長,事業者及び市民の責務に関する規定(2条~4条)は定められているものの,広瀬川の近隣に居住する者を上記利益の帰属主体として位置付けた規定は見当たらない。
(イ) 本件条例は,市長は,広瀬川の流水域及びこれと一体をなして良好な自然環境を形成していると認められる地域を環境保全区域に指定することができること(8条1項1号,同条2項),環境保全区域において建築物の新築や木竹の伐採などの行為をするためには,原則としてあらかじめ市長の許可(9条許可)を必要とすること(9条1項1号,同項4号)などを定め,本件規則は,市長が9条許可をするに当たっては,一定の広さの土地が自然的環境の保全のために確保されていることを要する旨を定めている(14条1号ハ(1)等)。
以上によれば,本件条例及び本件規則は,一定の区域内で特定の行為をしようとする者に対し市長の許可を要件とすることで,広瀬川の周辺の土地で無秩序な開発行為等が行われることによる広瀬川やその周辺の自然的環境の破壊の防止を図っているということができる。
しかし,本件条例や本件規則には,市長が,環境保全区域の指定や9条許可をするか否かの判断に際し,広瀬川の近隣に居住する者の環境利益を考慮すべきものとする規定はない。また,環境保全区域の指定や9条許可に際して広瀬川の近隣に居住する者の意見を聴取する手続を行うべきものとする旨の定めや,環境保全区域の指定や9条許可に関して広瀬川の近隣に居住する者の良好な河川環境を享受する利益の保全を図るための手続を定めた規定も見当たらない。
(ウ) 以上のような本件各許可の根拠となる本件条例及び本件規則の定めをみる限り,本件各許可により保護すべき利益としての「良好な河川環境を享受する利益」の内容,範囲,保護の態様等が具体的に窺われるものとはいい難い。
ウ 河川法の定め
そこで,原告が本件条例と目的を共通にする関係法令に当たると主張する河川法の定めについて検討する。
(ア) 河川法は,河川について,洪水,津波,高潮等による災害の発生が防止され,河川が適正に利用され,流水の正常な機能が維持され,及び河川環境の整備と保全がされるようにこれを総合的に管理することにより,国土の保全と開発に寄与し,もって公共の安全を保持し,かつ,公共の福祉を増進することを目的とし(1条),河川は,公共用物であって,その保全,利用その他の管理は,上記目的が達成されるように適正に行わなければならず(2条1項),河川の流水は私権の目的となることができないと定めている(同条2項)。
このように,河川法においては,河川の近隣に居住する者の良好な河川環境を享受する利益を保護することは,その目的に掲げられておらず,河川の近隣に居住する者を上記利益の帰属主体として位置付けた規定や,上記利益の帰属主体となる住民の範囲を定めた規定も見当たらない。
(イ) 河川法は,河川管理者は,河川整備基本方針を定め,同基本方針に沿って計画的に河川の整備を実施すべき区間について河川整備計画を定めておかなければならないとし(16条1項,16条の2第1項),河川整備計画の案を作成又は変更しようとする場合において必要があると認めるときは,公聴会の開催等関係住民の意見を反映させるために必要な措置を講じなければならないとしている(16条の2第4項,7項)。上記の河川整備基本方針及び河川整備計画は,国民の環境に対する関心の高まりや地域の実情に応じた河川整備の必要性等を踏まえて行われた平成9年の河川法の改正により,新たな計画制度として導入されたものである。
原告は,平成9年改正の経緯等からすれば,現行河川法が,河川計画の整備に当たっては関係住民の意向を反映した上でこれをなすとの趣旨を有していることは明らかであり,加えて,名取川水系河川整備計画において地域住民の意見を把握し,地域住民と連携していくことが強調され,同整備計画の改定に当たっては実際に地域住民の意見を聴く会が実施されていることからすれば,同法が,少なくとも流域の住民又は同法16条の2第4項にいう「関係住民」の良好な河川環境を享受する利益を個別具体的な権利として保護していることは明らかである旨主張する。
しかし,河川法は,河川整備計画については,河川整備基本方針に即し,かつ,公害防止計画が定められている地域に存する河川にあっては当該公害防止計画との調整を図って,政令で定めるところにより,当該河川の総合的な管理が確保できるように定められなければならないと規定するにとどまり(16条の2第2項),関係住民の良好な河川環境を享受する利益の保護を河川整備計画の目的として規定しているわけではない。
公聴会の開催等関係住民の意見を反映させるために必要な措置については,必要に応じてなされるにとどまる上,公聴会等において意見を述べるべき「関係住民」の範囲を具体的に限定するような規定も定められていない。また,河川整備計画の案の作成や変更について,「関係住民」が不服を申し立てる手続に関する規定も存しない。そうすると,公聴会の開催等関係住民の意見を河川整備計画の案に反映させるための措置に関する定めは,当該河川の状況等について知識及び関心を有すると考えられる関係住民の意見を反映させることにより地域の実情に応じた適切な河川整備を行うという公益的な観点から置かれているものであると解され,関係住民の個々の私益を保全するために置かれているものと解することはできない。
名取川水系河川整備基本方針や,名取川水系河川整備計画についての原告の主張を勘案しても,良好な河川環境を享受する利益が具体的に地域住民の個別的な権利として保護されていることを上記基本方針及び整備計画が前提としているということはできず,上記判断を左右するに足りない。
(ウ) 以上によれば,河川法が本件条例と目的を共通にする関係法令に当たるとの前提に立った上でその趣旨や目的を参酌したとしても,本件各許可の根拠規定である本件条例及び本件規則が,原告の主張する良好な河川環境を享受する利益について,広瀬川の近隣に居住する個々の者に帰属する個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むものと解することはできないというべきである。
(2) 良好な河川景観を享受する利益について
ア 良好な河川景観を享受する利益の内容及び性質
良好な河川景観に近接する地域内に居住し,その恵沢を日常的に享受している者が有するその景観の恵沢を享受する利益は,それが法律上保護に値する利益に当たり得るとしても,対象となる内容及び範囲を一義的に画することが直ちにできるものではなく,その価値は,個々人の主観的な評価に係る要素が大きいものといわざるを得ず,これに対する侵害の有無や程度も,主観的な評価に依拠する部分が大きいというべきである。また,上記の利益は,連続的かつ広範な広がりを有し得る地域における眺め,風景等をその対象とするものであり,その恵沢を享受する者も,近接する地域内に居住する者にとどまらず,来訪者等の不特定多数者も含まれるのであって,行政庁による処分の有無が直接的な影響を及ぼすことになる範囲及びその程度が当然に特定されるというものではない。
このような景観に係る利益の内容及び性質からすれば,処分の根拠となる法令及びその関係法令の規定により,当該処分により保護すべき利益の内容,範囲,保護の態様等が具体的に窺われるのでなければ,当該処分の根拠となる法令の規定が,良好な河川景観を享受する利益について,専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解することはできないというべきである。
イ 根拠法令である本件条例及び本件規則の定め
(ア) 本件条例の目的及び趣旨は前記(1)イ(ア)のとおりであるところ,良好な河川景観を享受する利益の保護はその目的として掲げられておらず,広瀬川の近隣に居住する者を上記利益の帰属主体として位置付け,その内容や範囲を示した規定も見当たらない。
(イ) 本件条例が,市長による環境保全区域の指定の規定や,環境保全区域における工作物の新築等についての市長の許可(9条許可)の規定等を置いていることは,前記(1)イ(イ)のとおりであるところ,本件条例及び本件規則が,工作物の新築に係る9条許可の基準について,建ぺい率,高さ,色彩,意匠が周辺の土地の自然的環境と著しく不調和でないことなどを判断要素として挙げていること(本件条例9条1項,10条,本件規則14条1号ハ)などからすれば,本件条例は,環境保全区域に建築される工作物の構造や色彩,外観等に一定の制約を加えることで,広瀬川やその周辺の景観の保全を図っているということができる。
しかし,本件条例や本件規則には,市長が環境保全区域の指定や9条許可をするか否かの判断に際し,広瀬川の近隣に居住する者の景観利益を考慮すべきものとする規定が存しない。また,環境保全区域の指定や9条許可に関し,広瀬川の近隣に居住する者の意見を聴取する手続を行うべきものとする旨の定めがないことは前記(1)イ(イ)のとおりであり,広瀬川の近隣に居住する者の景観利益の保全を図るための手続を定めた規定も見当たらない。
(ウ) 以上のような本件各許可の根拠となる本件条例及び本件規則の定めをみる限り,本件各許可により保護すべき利益としての良好な河川景観を享受する利益の内容,範囲,保護の態様等が具体的に窺われるものとはいい難く,原告の主張する上記利益について,広瀬川の近隣に居住する者に帰属する具体的な個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むものと解すべき十分な根拠は見いだし難い。
ウ 景観条例等の定め
そこで,原告が本件条例と目的を共通にする関係法令に当たると主張する景観条例等の定めについて検討する。
(ア) 景観条例は,仙台は,山麓から連なる豊かな緑,広瀬川をはじめとする幾筋もの清流,恵み豊かな田園,優美な海岸線など,奥羽山脈から太平洋にかけての多様な自然が織りなす勝景に満ちた情緒あふれる都市を形成しているとした上で,仙台の風土を市民共有の財産と位置付け(前文),景観法の規定に基づく景観計画の策定,行為の規制等に関し必要な事項を定めるとともに,杜の都の風土を育む調和のとれた魅力的な景観の形成に関し,施策の基本となる事項等を定めることにより,仙台らしい個性的なまちづくりを推進し,もって豊かな地域社会の創造と文化の向上を図ることを目的としている(1条)。景観条例においては,良好な河川景観を享受する利益の保護は目的として掲げられておらず,市,市民及び事業者の責務に関する規定(3条~5条)は定められているものの,広瀬川の近隣に居住する者を上記利益の帰属主体として位置付けた規定は見当たらない。
(イ) 景観条例は,市は,景観形成を図るための総合的な施策を実施するに当たっては,市民及び事業者の意見が十分に反映されるよう努めなければならないこと(4条1項,2項),一定の地域における景観形成を推進することを目的として組織された団体で,一定の要件を満たしたものを,市長が景観まちづくり協議会として認定することができること(22条1項),景観まちづくり協議会は,当該地域のまち並づくりについての提案を市長に提出することができること(23条1項),市長は,景観形成を図るための施策を策定し,又は実施する際には,上記の提案に配慮するものとすること(同条2項)などを規定している。
原告は,市民が,景観まちづくり協議会の認定を受ければ,当該地域のまち並づくりについての提案を市長に提出することができることから,景観条例が,景観を享受する利益を単なる一般的な公益に解消させるのではなく,個別的利益として保護すべきものとする趣旨を含んでいると主張する。
しかし,景観まちづくり協議会は,そもそも市民個人とは異なる団体である上,一定の要件を備えなければ認定されない。また,同協議会が提出するまち並づくりについての提案については,市長は施策の策定,実施に当たって配慮するものとすると規定されているにとどまり,市長の施策について同協議会が不服を申し立てる手続を定めた規定も見当たらない。
(ウ) 景観法8条及び景観条例6条1項に基づいて策定された本件景観計画についてみても,今後の推進方策(第7章)として,住民との合意形成を深め,地区毎の取組を進めるとともに,国・県の公共セクターや市民・事業者等の関係者との一層の連携を図りながら,景観法を活用した取組を真に価値あるものに高めるため,市民のまちづくり協働への支援等の方策を鋭意,連携的に推進していく旨が記載され(甲12),住民の関与については抽象的な言及がされているにすぎず,景観条例が景観を享受する利益を個別的利益として保護する趣旨であることを前提としているということはできない。
(エ) 以上によれば,景観条例が本件条例と目的を共通にする関係法令に当たるとの前提に立った上でその趣旨や目的を参酌したとしても,本件各許可の根拠となる本件条例及び本件規則が,原告の主張する良好な広瀬川流域の河川景観を享受する利益について,広瀬川の近隣に居住する個々の者に帰属する個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むものと解することはできないというべきである。
3 よって,原告は,本件各許可のうち本件当初許可及び第3回変更後許可の取消しを求める本件各訴えにつき,原告適格を有しないといわざるを得ない。
第4結論
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の訴えはいずれも不適法であるからこれらを却下することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 市川多美子 裁判官 小川理佳 裁判官 志田智之)
file_2.jpg別紙