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仙台地方裁判所 平成26年(ヨ)21号 決定 2014年3月26日

東京都豊島区<以下省略>

債権者

株式会社X1(以下「債権者X1社」という。)

同代表者代表取締役

同代理人弁護士

河井聡

久保田修平

奥山健志

近澤諒

小林雄介

湯田聡

藤田鈴奈

住所<省略>

債権者

X2(以下「債権者X2」という。)

仙台市<以下省略>

債権者

株式会社X3(以下「債権者X3社」という。)

同代表者代表取締役

上記2名代理人弁護士

古屋紘昭

仙台市<以下省略>

債務者

株式会社Y

(債権者X1社及び同X3社との関係)

(債権者X2との関係)

同代表者代表取締役

同代表者監査役

同代理人弁護士

西岡祐介

小林隆彦

清野訟一

大塚和成

主文

1  債権者らの申立てをいずれも却下する。

2  申立費用は債権者らの負担とする。

理由

第1申立ての趣旨

債務者が平成26年2月28日の取締役会決議に基づき現に手続中の普通株式610万4700株の募集株式の発行を仮に差し止める。

第2事案の概要

1  事案の要旨

本件は,債務者の株主である債権者らが,債務者の平成26年2月28日の取締役会決議に基づく第三者割当の方法による普通株式610万4700株の募集株式の発行(以下「本件新株発行」という。)は,会社法210条2号所定の「著しく不公正な方法」による発行であるとして,本件新株発行を仮に差し止める旨の仮処分命令を申し立てた事案である。

2  争点

(1)  債権者X2及び債権者X3社(以下,両名を併せて「債権者X2ら」という。)に当事者適格があるか。

(2)  本件新株発行が「著しく不公正な方法」による発行であるか。

(3)  本件新株発行により債権者らが不利益を受けるおそれがあるか。

(4)  保全の必要性があるか。

3  当事者の主張

債権者X1社の主張は債権者X1社作成の募集株式発行差止仮処分命令申立書及び債権者準備書面(1)ないし(3)に,債権者X2らの主張は債権者X2ら作成の募集株式発行差止仮処分命令申立書(ただし,「申立の理由」第3の3を除く。)に,債務者の主張は債務者作成の各答弁書及び債務者準備書面(1)に各記載のとおりであるから,これらを引用する。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

疎明資料(なお,以下,「甲」とあるのは平成26年(ヨ)第21号事件の甲号証を指す。)及び審尋の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  当事者(甲1,2,5,6,28,審尋の全趣旨)

ア 債務者は,電気通信事業法による通信事業者の通信機器販売代理店業務を営むことなどを目的とする株式会社である。債務者株式は,東京証券取引所(以下「東証」という。)マザーズ市場に上場されており,社債,株式等の振替に関する法律(以下「社債等振替法」という。)128条1項所定の振替株式である。

平成26年2月28日当時の債務者の発行可能株式総数は1700万株,発行済株式総数は561万4600株,総株主の議決権数は5万4961個である。

イ 債権者らは,いずれも債務者の株主である。

(ア) 債権者X1社は,債務者の筆頭株主である。債権者X1社は,電気通信事業法に定める電気通信事業等を目的とする株式会社であり,その株式を東証市場第一部に上場している。

(イ) 債権者X2は,債務者の第2位株主である。債権者X2は,債務者の創業者であり,平成24年1月30日までは,債務者の代表取締役であった。

(ウ) 債権者X3社は,債務者の第3位株主である。債権者X3社は,債権者X2が支配する株式会社である。

(2)  債務者と債権者X1社の関係等

ア 債務者は,東北地方を中心とした移動体通信店舗事業等を営んでいたところ,平成18年9月,債権者X1社との間で,携帯電話販売事業についての東北地域最大の販売網を確立することを目的とした業務提携に関する基本合意を締結し,携帯電話の販売に関し,債権者X1社の子会社であるa株式会社(以下「a社」という。)を一次代理店,債務者の子会社である株式会社b(旧商号「株式会社b1」。以下「b社」という。)を二次代理店とする代理店委託契約に基づく取引をするようになった。

(甲7,乙7~9,審尋の全趣旨)

イ 債権者X1社は,平成20年1月,債務者との資本関係を一層強化し,より強固な協力体制を構築することで東北地域における更なるシェア拡大を図ることを目的として,第三者割当増資により債務者株式6500株を引き受け,増資後の債務者の発行済株式総数3万6418株のうち8380株(持株比率(発行済株式総数に占める保有株式の割合)約23.01%)を保有する第2位株主となった。

なお,当時の債務者の筆頭株主は債権者X2であり,債権者X2は債務者株式8505株を保有していた。

(甲8,審尋の全趣旨)

ウ 債務者においては,移動体通信店舗事業がほぼ唯一の事業であり,売上げのほぼ半分がa社との取引で占められている。直近の連結会計年度(平成24年11月1日~平成25年10月31日)においては,同事業の販売高は全体の販売高の約94.5%であり,a社を相手先とする販売高は全体の販売高の約49.9%であった。

(乙2,審尋の全趣旨)

(3)  債務者株式の特設注意市場銘柄への指定等

ア 債務者は,長年にわたり,債権者X2が代表取締役を務めていたが,平成23年8月,過年度の有価証券報告書等において,不適切な取引及び訂正の対象となり得る会計処理が存在する疑義が生じたとして,社外有識者によって構成される第三者調査委員会を設置して調査を行い,同年11月,その調査結果として,債務者において,長年にわたり,債権者X2に対する不正な資金の社外流出,利益の過大計上等が行われていた旨を公表した。

(甲9,乙13,審尋の全趣旨)

イ 東証は,平成24年1月18日,債務者につき,有価証券報告書等の虚偽記載については,上場廃止が相当であるとまでは認められないが,取締役の監督機能や監査役の監視機能の不全に加え,会計組織の適切な整備・運用が行われていないなどの内部管理体制等の長期間に及ぶ著しい不備が背景となって発生したものであり,内部管理体制等について改善の必要性が高いと認められるとして,債務者株式を特設注意市場銘柄に指定した。

なお,上記指定は,現在もなお,継続されており,上記指定から3年を経過する平成27年1月18日時点において,東証が債務者の内部管理体制等に引き続き問題があると認めた場合には,債務者株式は上場廃止となる。

(甲10,審尋の全趣旨)

(4)  本件新株発行に係る取締役会決議に至る経緯

ア(ア) 債権者X1社は,平成23年12月3日付けで,債務者の株主として,平成24年1月開催予定の債務者の定時株主総会において,債権者X1社が選定した8名の役員選任を議案とすることを提案した。

(甲11)

(イ) 平成24年1月30日,債務者の定時株主総会が開催され,上記(ア)の株主提案については,債権者X1社が賛成したものの,債権者X2らが反対するなどしたため,会社提案と重複する1名の取締役候補者(E)を除いて否決され,債務者の取締役であった経歴を有するC(以下「C」という。)等を役員候補者とする会社提案が可決され,債権者X2等の旧経営陣が役員を退任し,Cが代表取締役に就任するなどした。

(甲5,乙14の1及び2,審尋の全趣旨)

イ(ア) 債権者X1社は,平成24年8月30日付けで,債務者の株主として,債務者(代表者は監査役)に対し,書面により,上記(3)の債権者X2に対する不正な資金の社外流出等により債務者に損害が生じたことについて,当時の取締役であった債権者X2及びCに任務懈怠があったなどとして,債権者X2及びCに対する責任追及等の訴えの提起を請求した。

(乙92)

(イ) 債権者X1社は,平成24年10月12日付けで,Cに対し,Cは,債権者X2の違法行為によって債務者に生じた損害につき,債権者X2から回収しないばかりか,債権者X2に対して多額の報酬を支払うなどしており,取締役としての善管注意義務に違反しているから,債務者の株主として,Cの代表取締役及び取締役からの辞任を求める旨の要求書を送付した。

(甲14)

ウ(ア) 債権者X1社は,平成24年11月22日付けで,債務者の株主として,平成25年1月開催予定の債務者の定時株主総会において,債権者X1社が選定した5名の取締役選任を議案とすることを提案した。

(甲15)

(イ) また,債権者X1社は,平成24年11月22日付けで,上記(ア)の定時株主総会における委任状勧誘等に利用するとして,債務者に対し,債務者の株主名簿の閲覧及び謄写請求をしたが,債務者は,これを拒絶した。そこで,債権者X1社は,当庁に対し,債務者を相手方として,株主名簿の閲覧及び謄写を求める仮処分命令の申立てをし,当庁は,同年12月20日,上記申立てを認容する仮処分命令を発したが,債務者は,保全異議の申立てをし,債務者からの株主名簿の閲覧及び謄写請求に応じなかった。

(甲16~18,乙24,審尋の全趣旨)

(ウ) 平成25年1月12日,債務者の定時株主総会が開催され,上記(ア)の株主提案については,債権者X2らが反対するなどしたため,会社提案と重複する1名の候補者(F)を除いて否決され,C等を候補者とする会社提案が可決され,Cが代表取締役に再任され,G(以下「G」という。),H(以下「H」という。)及びI(以下「I」という。)が取締役に選任されるなどした。

なお,債権者X1社は,上記の株主提案及び会社提案につき,議決権を行使しなかった。

(甲5,乙25,審尋の全趣旨)

エ(ア) a社は,平成25年1月28日付けで,b社に対し,同年3月末日をもって,既存の代理店委託契約を期間満了による終了とし,新規の代理店委託契約を締結したい旨を通知した。これに対し,債務者は,同月1日付けで,a社に対し,新規の代理店委託契約は,手数料等の点において,従前の契約条件に比してb社に不利な内容であり,既存の代理店委託契約の終了は認められない旨を通知し,以後,a社とb社及び債務者の間で,代理店委託契約に関する協議が行われた。

(乙26~30,31の1及び2,32の1~23)

(イ) a社は,平成25年6月14日付けで,b社及び債務者に対し,同年3月末日をもって既存の代理店委託契約は終了しており,同年4月1日以降も継続されている取引は,新規の代理店委託契約の成立を前提とするものであるから,同日以降の手数料等については,同契約において適用される基準により算出した額を支払う旨を通知した。これに対し,b社及び債務者は,同年6月25日付けで,a社に対し,既存の代理店委託契約の終了は認められず,従前の基準に従った手数料等の支払を請求する旨を通知したが,a社は,これに応じず,b社に対し,新規の代理店委託契約において適用される基準により算出した額の手数料等の支払を続けた。

(乙33~39,審尋の全趣旨)

オ(ア) 債務者は,平成25年6月27日付けで,通信事業者であるc株式会社から,顧客の満足度,新規獲得及び代理店収益の改善を目指し,店舗の好立地への移転や大型化を推進する旨の通知を受領した。また,債務者は,同月28日,移動体通信事業を中心とし,主に関東を中心に携帯電話の販売店舗を運営する会社の買収につき,M&Aコンサルティング会社と面談し,買収価格が約7億5000万円であること等の説明を受けた。

(乙40の1~3,42,43)

(イ) 債務者は,上記(ア)の通知に対応するための資金約6億6000万円(対象店舗約30店舗,1店舗当たりの資金約2200万円),上記(ア)の会社の買収資金約7億5000万円,平成25年12月30日を返済期限とするa社に対する負債約4億2209万円の返済資金等が必要であるが,手元資金では足りないとして,同年7月12日,株式会社みずほ銀行(以下「みずほ銀行」という。)仙台支店に対し,上記各資金の融資を打診した。

(乙44,45の1及び2,48,49,52,55の1及び2,59,60)

(ウ) 債務者は,事業において使用している基幹システムがベースとしている基本ソフトのサポート終了等に対応する必要があるとして,業者から,平成25年7月22日付けで,本社の経理・人事システムの導入費用として8500万円が必要である旨の見積書を取得し,さらに,同年9月から10月にかけて,新たな基幹システムの導入費用及び端末費用として合計約9043万円が必要である旨の見積書を取得した。

(乙46,47,52,53の1~3,審尋の全趣旨)

カ 債務者は,平成25年10月10日,通信関連機器及び家庭用電化製品の販売等を営む株式会社であり,その株式を大阪証券取引所ジャスダック市場に上場している株式会社d(以下「d社」という。)が,債務者に対する出資を検討している旨の連絡を受け,同月23日,d社の取締役等と面談し,d社から,d社は家電販売業として有名であるが実は携帯電話販売代理店としての収益が大きいこと,d社グループとして携帯電話販売代理店の全国展開をしたいと考えていることから債務者株式の過半数を保有して債務者を子会社化したいこと,債務者が特設注意市場銘柄に指定されていることは把握していること等の説明を受けた。

(甲37,乙54,56,審尋の全趣旨)

キ(ア) 平成25年10月31日当時,債務者の株主の上位3者は,次のとおりであった。

① 債権者X2 85万0500株(持株比率約15.15%)

② 債権者X1社 83万8000株(持株比率約14.93%)

③ 債権者X3社 73万3000株(持株比率約13.06%)

(乙2)

(イ) 債権者X1社は,平成25年11月15日以降,取引市場において債務者株式を買い増した。

(甲4の1~5)

ク(ア) 債務者は,平成25年12月18日,みずほ銀行仙台支店から,上記オ(イ)の融資の打診につき,債務者株式が特設注意市場銘柄に指定されていることから,融資は実行できない旨を告げられた。

(乙61)

(イ) 債務者は,平成25年12月19日,上記(ア)により,今後の資金調達が困難になったこと,a社及び債権者X1社との代理店委託契約に関する交渉について進展が見込めず,いつ取引を停止されるか分からない状況であることから,資金繰り及び移動体通信店舗事業の運営において極めて危機的な状況であるとして,d社との協議を本格化させることとした。

(乙61)

(ウ) b社は,平成25年12月30日付けで,a社に対し,同年4月1日以降,既存の代理店委託契約による従前の基準により算出された手数料等の金額と実際に支払われた金額の差額分が未払であるとして,未払手数料等及び遅延損害金の合計約9610万円の債権を自働債権として,同年12月30日を返済期限とするa社に対する約4億2209万円の借入債務を対当額で相殺する旨を通知し,その残額をa社に弁済した。これに対し,a社は,平成26年1月15日付けで,b社に対し,上記相殺は無効であるとして,上記借入債務の残額約9610万円及び遅延損害金の支払を請求するとともに,その支払がされない場合には,今後,b社がa社に対して有する債権との相殺によって回収する可能性がある旨を通知した。

(乙62,63)

(エ) 平成26年1月24日,債務者の定時株主総会が開催され,C等を候補者とする会社提案の取締役選任議案につき,債権者X1社は反対したが,債権者X2らが賛成するなどしたため,これが可決され,Cが代表取締役に再任され,G,H及びIが取締役に再任され,Jが新たに取締役に選任された。

(甲5,乙66,審尋の全趣旨)

(オ) 債務者の平成26年1月31日時点における現金及び預金は,約1億9340万円であり,平成25年10月31日時点における約3億4171万円から,約1億4831万円減少した。

(乙87)

(カ) a社は,平成26年2月20日付けで,b社に対し,上記(ウ)に関し,b社の借入債務の残額等約1億1313万円と同年1月分の取引に係る債権約1億4296万円を対当額で相殺する旨を通知した。

(乙64,65)

(キ) 債権者X1社は,上記キ(イ)の債務者株式の買増しにより,平成26年2月7日までに,債務者株式120万4700株(議決権数1万2047個,持株比率約21.46%,議決権比率(総株主の議決権数に占める議決権数の割合)約21.92%)を保有するに至り,同月17日,関東財務局長に対し,その旨の変更報告書を提出した。

なお,債権者X1社は,その後も債務者株式の買増しを進め,同年3月3日までに,債務者株式126万2000株を保有するに至った。

(甲4の4及び5,27,28)

(5)  本件新株発行に係る取締役会決議(甲28,29,乙67)

債務者は,平成26年2月28日付けで,d社との間で,業務資本提携契約及び株式総数引受契約を締結し,債務者の取締役会は,同日,要旨,次の内容の本件新株発行に係る決議をした。

ア 発行新株式数 普通株式610万4700株

イ 払込金額 21億0001万6800円(1株につき344円)

ウ 募集又は割当方法 第三者割当の方法

エ 割当予定先 d社

オ 払込期日 平成26年3月31日

(6)  本件新株発行の影響等(甲4の5,28,29,31,審尋の全趣旨)

ア 平成26年3月19日当時の債務者の株主の上位3者は,次のとおりである。

① 債権者X1社 126万2000株(議決権数1万2620個,持株比率約22.48%,議決権比率約22.96%)

② 債権者X2 85万0500株(議決権数8505個,持株比率約15.15%,議決権比率約15.47%)

③ 債権者X3社 69万5000株(議決権数6950個,持株比率約12.38%,議決権比率約12.65%)

イ 本件新株発行がされた場合,債務者の発行済株式総数は1171万9300株,総株主の議決権数は11万6008個となり,債務者の株主の上位4者は,次のとおりとなる。

なお,発行新株式数は,従前の発行済株式総数(561万4600株)の約108.73%,総株主の議決権数(5万4961個)の約111.07%に相当する。

① d社 610万4700株(議決権数6万1047個,持株比率約52.09%,議決権比率約52.62%)

② 債権者X1社 126万2000株(議決権数1万2620個,持株比率約10.77%,議決権比率約10.88%)

③ 債権者X2 85万0500株(議決権数8505個,持株比率約7.26%,議決権比率約7.33%)

④ 債権者X3社 69万5000株(議決権数6950個,持株比率約5.93%,議決権比率約5.99%)

2  争点(1)(債権者X2らに当事者適格があるか。)について

前記認定のとおり,債務者株式は振替株式であるから,債権者X2らが本件新株発行の仮の差止めを求める申立てをすることは,社債等振替法154条2項所定の少数株主権等の行使に該当し,同条3項所定の通知(以下「個別株主通知」という。)がされることが自己が株主であることを債務者に対抗するための要件となる。

そして,債務者は,債権者X2らの申立ての適法性(当事者適格)を争っているところ,本決定までに,債権者X2らが個別株主通知の申出をし,その申出に係る個別株主通知がされたことにつき主張疎明はないから,債権者X2らの申立ては,いずれも当事者適格を欠き,不適法である。

3  争点(2)(本件新株発行が「著しく不公正な方法」による発行であるか。)について

(1)  債権者X1社は,本件新株発行は,債務者の現経営陣が大株主である債権者らの影響力を排除し自己保身を図ることを目的として行われたものであり,会社法210条2号所定の「著しく不公正な方法」による新株の発行に該当する旨主張する。

(2)  そこで,前記認定事実に基づき検討するに,平成24年1月開催の定時株主総会において,債権者X1社がCの取締役選任に反対したこと,同年10月,債権者X1社がCに対し代表取締役及び取締役からの辞任を要求したこと,同年11月,債権者X1社が,自らが選定した5名の取締役選任を内容とする株主提案に加え,委任状勧誘等に利用する目的での債務者の株主名簿の閲覧及び謄写の請求をしたが,債務者は,これを拒絶し,株主名簿の閲覧及び謄写を命ずる仮処分命令が発令されてもなお,これに応じず,平成25年1月開催の定時株主総会においては,上記株主提案は可決されず,会社提案に係るCが代表取締役に再任され,G,H及びIが取締役に選任されたこと,平成26年1月開催の定時株主総会において,債権者X1社が取締役選任に関する会社提案に反対したが,会社提案に係るC,G,H及びIが取締役に再任され,Jが新たに取締役に選任されたこと等からすると,債権者X1社と債務者の現経営陣は,債務者の経営支配に関して対立関係にあり,特に,債権者X1社とCとの間では,遅くとも平成24年10月以降,対立が継続している状況にあったということができる。

そして,債権者X1社は,従前,債務者の第2位株主であったが,平成25年11月15日以降,取引市場において債務者株式の買増しを進め,平成26年2月7日までに,債務者株式120万4700株(議決権数1万2047個,持株比率約21.46%,議決権比率約21.92%)を保有する筆頭株主となったこと,このような状況下において,同月28日,債務者の取締役会が本件新株発行に係る決議をしたこと,本件新株発行は,株主でなかったd社に対し,従前の発行済株式総数の約108.73%,総株主の議決権数の約111.07%に相当する株式を割り当て,持株比率約52.09%,議決権比率約52.62%に相当する株式を保有する筆頭株主としてd社を出現させ,それまで上位3者の大株主であった債権者らの持株比率(議決権比率)を半減させるものであること等からすると,本件新株発行は,債権者X1社と現経営陣との間で,会社の経営支配権について争いがある状況の下で,既存の株主の持株比率(議決権比率)に重大な影響を及ぼすような数の新株が発行され,それが第三者に割り当てられるものということができる。

このほか,債権者X2らと債務者の現経営陣との関係についてみると,債務者の現経営陣は,いずれも,債権者X1社が取締役選任に反対したにもかかわらず,債権者X2らが賛成したことにより,取締役に選任された者であり,本件新株発行に係る取締役会決議以前において,債権者X2らと現経営陣との間に争いがある状況であったわけではないが,債務者は,債権者X2の行為に起因して東証により株式が特設注意市場銘柄に指定され,これが解除されなければ,平成27年1月18日に上場廃止となるとともに,これが資金調達の一定の障害となるなどしていたのであって,債務者としては,上記指定の解除を受けるため,いずれ債権者X2に対する一定の措置を講じることが不可避な状況にあったから,近い将来,債務者の現経営陣と債権者X2らが対立関係に立ち,債権者X2らの意向により現経営陣が取締役に再任されない可能性があったことは否定できず,すると,債権者X2らと債務者との間には,会社の経営支配権に関する争いが潜在していたとみることもできる。

以上のような本件新株発行に至る経過,本件新株発行が既存の株主の持株比率(議決権比率)に与える影響等は,本件新株発行が債務者の現経営陣が大株主である債権者らの影響力を排除し自己保身を図ることを目的として行われたことをうかがわせる事情ではある。

(3)  しかしながら,他方,債務者の現経営陣は,平成25年10月,d社から移動体通信店舗事業における業務資本提携を通じた子会社化の提案を受けているが,それ以前において,現経営陣とd社との間に,d社が現経営陣の取締役の地位の確保に与するような関係があったことをうかがわせる疎明はない。そして,現経営陣がd社との間で取り交わした業務資本提携契約書兼株式総数引受契約書(乙67)には,d社は,債務者の株主総会において選任されることを条件として,債務者の内部管理体制の再構築及び強化を担当する取締役を含め,取締役総数の過半数を下限として取締役を派遣する旨が定められていること,債務者が東北財務局長に提出した有価証券届出書(甲29,乙85)に,本件新株発行後に臨時株主総会を開催し,d社から,債務者の取締役会の過半数となるよう,必要な人数を受け入れる旨が記載されていること等からすると,少なくとも現経営陣の過半数について,本件新株発行後,d社が選定する取締役に交替することが予定されており,引き続き債務者の現経営陣の地位が確保されているわけではない。

また,債務者株式は,平成24年1月18日以降,東証により特設注意市場銘柄に指定されており,これが解除されなければ,平成27年1月18日に上場廃止となるところ,債務者は,平成25年7月,みずほ銀行仙台支店に対し,同年12月30日を返済期限とするa社に対する負債約4億2209万円の返済資金等が必要であるとして,資金の融資を打診したが,同月18日,上記指定を理由として,融資を受けることができなかったこと,債務者の売上げは,ほぼ半分が債権者X1社の子会社であるa社との取引で占められているところ,a社と債務者との間には代理店委託契約に関する見解の相違が生じており,a社は,同年4月以降の手数料等につき,債務者に対し,従前の手数料等の額から減額された額を支払うようになったこと,同年12月,債務者の子会社であるb社は,a社に対し,同月30日を返済期限とするa社に対する負債約4億2209万円のうち約9610万円について上記見解の相違に係る未払手数料等で相殺する旨通知し,残額を弁済したが,a社は,平成26年1月15日付けで,b社に対し,相殺は無効であるとして,上記借入債務の残額の支払を請求したこと,債務者の同月31日時点における現金及び預金は,平成25年10月31日時点における現金及び預金の額から約1億4831万円減少し,約1億9340万円であったこと,a社は,平成26年2月20日付けで,b社に対し,上記借入債務の残額等約1億1313万円と同年1月分の手数料等約1億4296万円の債権を対当額で相殺する旨通知したこと等からすると,債務者は,東証による特設注意市場銘柄の指定により,金融機関からの借入れが困難な状況にある一方で,自らの売上げのほぼ半分を占める債権者X1社の子会社であるa社からの手数料等の支払は,代理店委託契約に関する見解の相違から減額され,さらに,a社から借入債務の返済を求められるなどしていたのであり,このような状況にあった債務者としては,安定的な経営を行うために,債務者が主張する積算内容はともかく,一定の資金調達の必要性があったことは,否定し難いところである。

加えて,債務者は,平成25年1月以降,債権者X1社の子会社であり,自己の売上げのほぼ半分を占める取引先であるa社から,既存の代理店委託契約は同年3月末日に期間満了により終了し,新規の代理店委託契約を締結する必要があることを前提とした対応をされ,その対応に異論があったことから,その後,a社との間で協議を継続していたものの,約1年が経過してもなお,何らかの合意に至る見通しが立たない状況にあったのであるから,このような状況において,債務者として,上記のような一定の資金調達の必要性をも考慮した上で,a社,ひいては債権者X1社に代わり得る事業パートナーの候補として,債務者株式が特設注意市場銘柄に指定されていることを認識しながら債務者に対する出資を申し出たd社と協議して,d社が業務上及び財務上の支援の条件として提示する債務者の連結子会社化を受け入れたことについては,そのメリット及びデメリットの評価を含めた将来予測にわたる経営上の専門的判断として,合理性がないということはできない。

このように,債務者が予定するd社との業務資本提携の内容等が債務者の現経営陣の地位確保に直結するものではなく,本件新株発行が資金調達及び新たな事業パートナーの必要性等に裏付けられた一つの経営判断といい得ることからすると,上記(2)に指摘の諸事情から,直ちに,本件新株発行を,債務者の現経営陣が大株主である債権者らの影響力を排除し自己保身を図ることを目的としてしたものと断ずることはできず,仮にそのような目的があったとしても,本件新株発行に伴う副次的効用として意図した以上のものということは困難といわざるを得ない。

(4)  このほか,債権者X1社は,本件新株発行については,債務者の上位3者の大株主である債権者X1社(議決権比率約22.96%),債権者X2(議決権比率約15.47%)及び債権者X3社(議決権比率約12.65%)の過半数の株主(債権者らの議決権比率の合計約51.08%)が反対しているから,会社法210条2号所定の「著しく不公正な方法」による新株の発行に当たる旨主張するが,現行の会社法においては,公開会社が譲渡制限株式以外の株式の発行を第三者割当ての方法により行う場合には,払込金額が株式を引き受ける者に特に有利な金額である場合(同法201条1項,199条3項),又は,定款で株主総会の決議事項と定められている場合(同法295条2項)を除き,取締役会の決議により行うことができること,本件新株発行の払込金額(1株につき344円)は,本件新株発行に係る取締役会決議の直前営業日の市場株価の終値(1株につき363円)から5%を差し引いた金額(円未満切り捨て)であるところ(甲28),これが会社法199条3項所定の「特に有利な金額」であると認めるべき疎明はないこと,債務者の定款(乙76)には,新株の発行を株主総会の決議事項とする旨の定めがないこと等に鑑みると,債務者の株主の過半数が本件新株発行に反対している事実自体から,本件新株発行が「著しく不公正な方法」による新株の発行に当たるということはできず,債権者X1社の主張は採用できない。

(5)  結局,本件新株発行は,本件新株発行に至る経過,本件新株発行が既存の株主の持株比率(議決権比率)に与える影響その他の事情を考慮しても,会社法210条2号所定の「著しく不公正な方法」による発行であると認めるには足りない。

4  結論

以上の次第で,その余の点について判断するまでもなく,債権者X2らの申立ては不適法であり,債権者X1社の申立ては理由がないから,いずれも却下することとし,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 畑一郎 裁判官 内田めぐみ 裁判官 森田強司)

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