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仙台地方裁判所 平成26年(行ウ)5号 判決 2015年7月09日

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  第1事件

処分行政庁が原告に対して平成26年2月26日付けでした道路交通法103条1項5号に基づく運転免許効力停止処分を取り消す。

2  第2事件

被告は,原告に対し,96万1900円及びこれに対する平成26年7月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,原告が,道路交通法(以下「法」という。)の座席ベルト装着義務及び最高速度遵守義務に違反したことを理由に,処分行政庁から,法103条1項5号に基づき,平成26年2月26日付けで,運転免許の効力を60日間停止する処分(以下「本件処分」という。)を受けたところ,本件処分は,原告が指定最高速度を超えて自動車を運転したという事実がなく,しかも事前に意見聴取又は聴聞の機会を与えられていないにもかかわらずされたことから憲法31条に違反し無効であるとして,被告に対し,①第1事件において,本件処分の取消しを求めるとともに,②第2事件において,国家賠償法1条1項に基づき,運転免許の効力を停止された期間に支払った運転手雇用賃金及び交通費のほか,慰謝料及び弁護士費用の合計96万1900円並びにこれに対する平成26年7月11日(平成26年7月3日付け訴えの変更申立書送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1  前提事実(当事者間に争いのない事実又は後掲各証拠等により容易に認定することができる事実)

(1)  原告は,平成24年7月29日,後部座席同乗者に座席ベルトを装着させないで普通乗用自動車を運転し(以下「本件座席ベルト装着義務違反行為」という。),もって法71条の3第2項に違反したとして,警察による取締りを受けた(争いのない事実)。

(2) 原告は,平成24年8月21日午前10時47分頃,道路標識により最高速度が時速40キロメートルに指定され,車載式速度測定機器(以下「本件機器」という。)による最高速度遵守義務違反の取締り(以下「本件取締り」という。)が行われていた岩手県一関市 a 町 b 付近道路(以下「本件道路」という。)において,指定最高速度を時速29キロメートル超過する時速69キロメートルで普通乗用自動車(登録番号省略)(以下「本件自動車」という。)を運転して進行し(以下「本件最高速度遵守義務違反行為」といい,本件座席ベルト装着義務違反行為と併せて「本件各違反行為」という。),もって法22条1項に違反したとして,警察による取締りを受けた(原告が上記日時に本件道路において本件自動車を進行させたことは争いがない。その余につき,甲2の1,乙2,3,弁論の全趣旨。)。

(3)  岩手県公安委員会は,本件各違反行為により原告が運転免許効力停止処分の対象者となったとして,平成24年8月30日,本件最高速度遵守義務違反行為につき,「点数制度による行政処分事務に関する事務処理要領」(平成21年5月11日付け警察庁丙運発第20号)に基づき,原告の住所地を管轄する宮城県公安委員会に対し,処分事案の移送を行った(乙10,11,弁論の全趣旨)。

(4)  原告は,平成26年2月14日頃,宮城県公安委員会より運転免許の効力の停止に関する事務の委任を受けた処分行政庁から,本件各違反行為を行ったことにより,60日間の運転免許の効力停止処分に該当することになった旨の通知を受けた。そのため,原告は,同月21日頃,宮城県公安委員会及び宮城県運転免許センターに対し,上記処分に先立って告知聴聞の手続を行うよう求めた。

ところが,処分行政庁は,法103条1項5号に基づく運転免許効力停止処分については,行政手続法第3章(12条及び14条を除く。)の規定の適用が除外され(法113条の2),さらに,法上,90日間未満の運転免許効力停止処分については,公安委員会が特に定めない限り,事前の意見聴取手続が必要とされておらず(法104条1項),かつ,宮城県公安委員会において90日間未満の運転免許効力停止処分について事前の意見聴取手続を行う旨の特別の定めをもうけていないことから,原告に対し,上記処分について事前の意見聴取手続や聴聞手続を行わなかった。(甲1,3,4の1・2,弁論の全趣旨)

(5)  処分行政庁は,本件最高速度遵守義務違反行為(違反点数3点)をした日を起算日とする過去3年以内における原告の累積点数が,本件座席ベルト装着義務違反行為に係る違反点数1点を合計した4点となり,道路交通法施行令(以下「施行令」という。)38条5項2号イ,施行令別表3の1の第1欄「前歴が1回である者」の区分に応じた第7欄(4点から9点まで)に該当したものとして,原告に対し,平成26年2月26日付けで,法103条1項5号に基づき,運転免許の効力を60日間(同日から同年4月26日まで)停止する処分(本件処分)をした(争いのない事実)。

(6)  原告は,当裁判所に対し,平成26年2月27日,本件処分の取消しを求める訴え(第1事件)を提起し,同年7月4日,国家賠償を求める訴え(第2事件)を第1事件に追加して併合提起した(当裁判所に顕著な事実)。

2  関係法令の定め

別紙「法令の定め」に記載したとおりである。

3  争点

(1)  本件最高速度遵守義務違反行為の有無

ア 被告の主張

以下の事情に照らすと,原告が本件最高速度遵守義務違反行為をしたことは明らかである。

(ア) 本件取締りに使用された本件機器は,本件取締りの前後(平成24年6月及び同年11月)に行われた保守点検並びに本件取締りの開始及び終了に際して行われた自動精度点検及び校正用音叉による点検において,いずれも正常に作動することが確認されている上,無線取扱いの資格を有した警察官が適正に使用した。

また,本件取締りは何ら遮蔽物がない場所で行われ,付近に原告が運転する自動車以外の車両はなかった。

(イ) 原告は,本件取締りの際,「私が上記違反をしたことは相違ありません。」との不動文字(以下「本件不動文字」という。)が記載されている交通事件原票(以下「本件原票」という。)の供述書欄に署名押印した。本件最高速度遵守義務違反行為を現認した警察官は,原告に対し,速度測定結果記録紙を確認させ,交通反則通告制度等について説明して弁解を求めた上で本件原票に署名及び指印をさせており,上記警察官が,本件不動文字を隠して原告に署名押印させた事実はない。

イ 原告の主張

(ア) 原告は,本件最高速度遵守義務違反行為をしておらず,本件道路の指定最高速度を遵守して本件自動車を走行させていた。

(イ) 本件取締りは,本件機器によって行われたところ,本件機器から投射された電波が対象車両以外のものにも反射する多重反射によりプラス誤差が生じる可能性,電波投射角度を誤ったことによる誤測定の可能性や本件取締りが行われた場所には草むらなどの遮蔽物があったことに照らすと,本件取締りの正確性に疑問がある。

(ウ) 原告は,本件原票の供述書欄に指印したことは認めるが,署名はしていない。原告は,本件取締りが木の陰から行われたとして速度測定の正確性を争っていたのであり,本件不動文字が警察官により隠されていたため,本件取締りが行われていたこと自体は認めるという趣旨で上記指印をしたにすぎない。

また,速度違反現認捜査報告書(乙5)や道路交通法違反事件捜査報告書(乙6),実況見分調書(乙9)は,本件取締りから相当期間経過後に作成されており,信用性に欠ける。

(2)  事前に意見聴取手続や聴聞手続を経ずにされた本件処分及び法104条1項が憲法31条に違反するか

ア 原告の主張

自らが行ったとされる違反行為の内容,違反行為の取締りの態様等の詳細について説明を受け,適切な防御及び弁解をするという意味において,意見聴取及び告知聴聞の機会の付与は,極めて重要な手続である。

そして,以下の事情によれば,処分行政庁が,本件処分につき,事前に法104条が定める意見聴取又は法104条の2が定める聴聞の機会を与えなかったことは,適正手続の保障を定める憲法31条に違反するし,また,60日間の運転免許効力停止処分について意見聴取の手続を定めていない法104条1項は,憲法31条に違反する。

(ア) 運転免許の効力を60日間停止するという処分は,通勤の方法などを全面的かつ継続的に変更する必要に迫られ,また,自動車の運転を求められる業務を担えない状況に陥れるなどの重大な不利益を課す処分であり,90日間の運転免許効力停止処分と質的な相違はない。

(イ) 点数制度に基づく処分は点数の多寡に応じて客観的に決定されるために事前手続が不要であるとの理解は,事前手続の意義を無視するものである。

(ウ) 法は,交通事故が多発していた制定時(昭和30年代)の道路交通事情を前提に,道路交通からの危険の排除に重点を置き過ぎており,免許保持者の権利保護に欠けている。現在の道路交通事情に照らすと,道路交通の危険の排除を強調することは相当でない。

(エ) 運転免許効力停止処分件数(長期・中期),刑法犯認知件数及び刑法犯検挙件数が減少傾向にある一方で都道府県警察の定員数が増加していることなどからすると,60日間の運転免許効力停止処分について事前の意見聴取手続又は聴聞手続を実施しても,都道府県警察は十分に対応できる。

イ 被告の主張

本件処分は,原告の運転免許の効力を60日間停止するものであるところ,上記前提事実(4)のとおり,法104条1項の規定によれば,90日間未満の運転免許効力停止処分については,公安委員会が特に定めない限り,事前の意見聴取手続が必要とされていないのであるから,原告に対する意見聴取又は聴聞をしないまま本件処分をしたとしても,違法ではない。

また,以下の事情によれば,法104条1項が60日間の運転免許停止処分について意見聴取又は聴聞の機会をもうけるよう定めていないことが,憲法31条に違反するとはいえない。

(ア) 90日間未満の運転免許効力停止処分は,権利,利益の侵害の程度が軽微である上,処分者講習を受講することで処分期間を短縮させることができるのであるから,侵害された権利,利益の回復が比較的容易である。

(イ) 処分のほとんどが点数制度により行われている運転免許効力停止処分は,処分を受ける者が処分理由を理解しやすい。

(ウ) 意見の聴取を経ずになるべく早期に運転免許効力停止処分を行うことが,道路交通上危険性を有する運転者を一定期間道路交通の場から排除して,将来における道路交通の危険を防止するという公益の実現のために必要不可欠である。

(エ) 平成21年以降の運転免許効力停止処分件数が行政手続法制定時(平成5年)に比べて減少していることは認めるが,警察の業務は,時代の変化や要請により多岐にわたっているのであるから,運転免許効力停止処分件数及び刑法犯認知件数等が減少していることや都道府県警察の定員数が増加していることをもって,警察の業務負担が軽減されているとはいえない。

(3)  被告の原告に対する国家賠償責任の有無

ア 原告の主張

(ア) 本件最高速度遵守義務違反行為がないにもかかわらず,これがあったとの誤った前提で本件処分がされた上,上記(2)アのとおり,本件処分の手続は憲法31条に違反するものであるから,本件処分は国家賠償法上違法である。

(イ) 宮城県公安委員会及び宮城県運転免許センターは,原告が,平成26年2月21日付けで,本件処分をするにあたり告知聴聞を実施するよう求めたにもかかわらず,同月25日,これを拒絶したのであるから,原告に対し告知聴聞を行わなかったことについて認識,認容していた。また,処分行政庁は,本件最高速度遵守義務違反行為が存在しないことについて十分な調査,確認を怠ったまま,本件処分を行った。

したがって,処分行政庁には,違法な本件処分を行ったことにつき,国家賠償法上の故意又は過失が認められる。

(ウ) 原告は,違法な本件処分により,以下の損害を被った。

a 本件処分による運転免許効力停止期間中に,原告が経営する株式会社の作業現場間を移動する目的で使用する車両の運転手を雇用したために運転手に支給した賃金

34万6800円

b 本件処分による運転免許効力停止期間中に,原告がタクシーを利用した料金

14万7600円

c 本件処分にあたり,原告が告知聴聞の機会を受けられなかったことによって被った精神的苦痛に対する慰謝料

10万円

d 弁護士費用

36万7500円

合計96万1900円

イ 被告の主張

(ア) 本件処分に瑕疵は存在せず,また,本件処分の担当公務員が職務上尽くすべき法的義務に違反していないことは明らかであるから,国家賠償法上の違法性は認められない。

(イ) 原告が被った損害については争う。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(本件最高速度遵守義務違反行為の有無)について

(1)  上記前提事実に,後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。

ア 岩手県c警察署所属の警察官A(以下「A」という。)外1名は,平成24年8月21日,道路標識により最高速度が時速40キロメートルに指定されている本件道路(片側1車線)において,本件機器を用いて本件取締りを行った。

本件機器は,ドップラー効果を利用して走行中の自動車の速度を測定する車載式速度測定機器(三菱電機RS-710CD形)であり,本件取締りは,本件機器を搭載したパトカー(以下「本件パトカー」という。)を,本件取締りの対象車両の進行方向左側の本件道路沿いに設置されている待避所に,本件道路に平行になるように停止させた上,本件パトカーの後方から走行してくる車両を対象に,第2級陸上特殊無線技士の免許を保有している Aが本件機器を操作することによって行われた。(甲13,乙2,3,5ないし7,9,15,証人A,弁論の全趣旨)

イ Aは,本件取締りの開始前及び終了後に,本件機器の自動精度点検及び校正用音叉による点検を行い,いずれの点検においても本件機器が正常に作動していることを確認した(乙5,7,15,17,証人A)。

ウ Aは,本件取締り中の午前10時47分頃,原告の運転する本件自動車が本件パトカーの後方から接近して本件道路を走行してくるのを認めたため,本件機器を用いて速度を測定したところ,速度違反を感知したことを知らせる警告音が発せられるとともに,本件機器が測定した本件自動車の走行速度が時速69キロメートルであることを示す速度測定記録紙が排出された。このとき,付近には本件パトカーと原告が運転していた自動車以外の車両はなかった。(乙3,5ないし7,9,15,証人A,弁論の全趣旨)

エ Aは,本件自動車を停車させ,原告に対し,本件機器に表示された時速69キロメートルという測定結果を確認させるなどして最高速度違反である旨を告げた。これに対し,原告は,本件取締りが木の陰から行われたと主張して納得が行かない様子を見せたものの,Aから,交通事件原票(本件原票)の供述書欄の,本件不動文字の下部に署名して指印を押すよう求められてこれに応じるとともに,「パトカーを木のカゲからおこなおり確定性はない」(原文のママ)と手書きで記入した上で,交通反則告知書及び反則金納付書を受領した。(乙2,15,証人A,弁論の全趣旨。なお,証拠(甲2の2,4の1,12,乙1)や訴訟委任状における原告の署名と本件原票の供述書欄に記載されている原告の氏名の筆跡を対照すると,「d」のうちの「ム」の部分が左右に大きく拡がり,「ヒ」の上部付近まで伸びている点や「e」の第1画が上方から左下ではなく右下に向かって記されている点などに類似性が認められること,原告が本件原票の供述書欄の上記署名が記載された部分の右横の箇所に印象された指印については自身が押捺したものであることを認めていることなどに照らすと,本件原票の供述書欄の署名も原告が自ら記載したものと認められる。また,原告は,その本人尋問又は陳述書(甲46)において,本件不動文字が警察官により隠されていたこと,本件取締りが行われていたこと自体は認めるという趣旨で上記指印をしたことを供述又は記載するが,上記供述又は記載部分は,本件取締りには複数の警察官が担当していたことや本件取締りの目的に照らし不自然,不合理である上に,証人 Aがそのような事実を否定していることからすると,同部分を直ちに信用することはできない。)

オ 本件機器について,本件取締り前の平成24年6月25日及び本件取締り後の同年11月12日にメーカーから派遣された技術者による保守点検が実施され,送信出力,送信周波数及びアンテナ等の機能について点検が行われたが,いずれの結果も良好であった(乙8,弁論の全趣旨)。

カ パトカーに積載された本件機器からレーダー電波を投射して道路を走行して接近してくる車両の速度を測定する際に,パトカーを道路と平行に,対象車両と同一方向に向くように停車させた場合,後方のレーダー電波は10度の投射角で投射されることにより,道路に対して6度から14度の範囲で投射されるため,対象車両の速度は当該ビームの圏内で測定される。

また,その場合,対象車両の走行態様によってプラス誤差が生じることはない。(乙12)

(2)  上記認定事実によれば,本件取締りの開始前及び終了後に行われた点検並びに本件取締りの約2か月前と約3か月後に行われたメーカーから派遣された技術者による保守点検の結果がいずれも良好であったこと,無線取扱いの資格を有する警察官により本件機器が操作されたこと,本件取締りは本件パトカーに積載された本件機器から投射されたビームの圏内で対象車両の速度の測定が行われており,また,多重反射によるプラス誤差が生じる状況にはなかったことなどの各事実が認められ,これらの事実を総合すると,本件取締りの際,本件機器が正常に作動しており,これを適正に使用する能力のある警察官によって本件自動車の速度の測定が正確に行われたという事実を推認することができる。

これに対し,原告は,本件取締りが行われた場所には木や草むらなどの遮蔽物があり,本件取締りの正確性に疑問がある旨主張し,その本人尋問又は陳述書(甲46)において,その旨供述又は記載している。

しかしながら,本件取締りが木や草むらなどの遮蔽物の陰から行われたという事実を客観的に裏付ける証拠はなく(なお,原告は,草むらの傍に自動車が停車している写真(甲25の1ないし3)を提出するが,その停車場所に本件パトカーが停車していたことを的確に認めるに足りる証拠はなく,かえって,証拠(乙6,9,12,16,証人A)によれば,本件道路には本件パトカーの停車位置と本件パトカーの後方から接近して本件道路を走行してくる対象車両との間には測定の障害になるような物が存在しないことが認められることから,上記供述又は記載部分は直ちに信用することができない。

また,原告は,一部の捜査関係書類が本件取締りから相当期間経過後に作成されており信用性に欠ける旨主張するところ,一部の捜査関係書類(乙5,6,8,9)が,本件取締りから5か月以上経過した時点で作成されたことは認められるものの,このことは,原告が本件取締りの際には,上記認定事実(1)エのとおり,本件不動文字が記載されている本件原票の供述書欄に署名し指紋を押捺して交通反則告知書及び反則金納付書を受領していたにもかかわらず,その後の通告や出頭要請に応じなかったため,事後に否認事件として取り扱うことになったという事情によるのであって(乙8,14,証人A,弁論の全趣旨),上記各捜査関係書類の作成までに相当の時間を要したことについて合理的な理由があること,上記各捜査関係書類は,本件取締りを実施した Aによって本件取締りの当時にその状況を記録したメモに基づいて作成されたこと(証人A)などの諸事情に照らすと,本件取締りから上記各捜査関係書類の作成時まで相当の時間が経過したことをもって直ちに,同書類の信用性が損なわれるものではない上に,同書類の内容それ自体には特段不自然,不合理な点は見当たらず,客観的証拠と照らしても矛盾する点が認められないことからすると,上記主張は採用することができない。

(3)  以上によれば,本件取締りは,本件機器が正常に作動する状態において,これを適正に使用する能力のある警察官によって実施されたものであることが認められる一方,本件自動車に対する本件取締りの際にプラス誤差や誤測定が生じた可能性はおよそ考え難いといえることから,本件機器から排出された上記速度測定記録紙上の表示速度である時速69キロメートルという測定結果は正確なものであったことが認められる。

したがって,原告が,道路標識により最高速度が時速40キロメートルに指定されている本件道路を時速69キロメートルで本件自動車を運転して進行したという事実が認められるから,原告による本件最高速度遵守義務違反行為の存在は明らかである。

2  争点(2)(事前に意見聴取手続や聴聞手続を経ずにされた本件処分及び法104条1項が憲法31条に違反するか)について

(1)  処分行政庁は,上記前提事実(4)のとおり,法令上の根拠が存在しないものとして,原告に対して事前の意見聴取又は聴聞の機会を与えないで本件処分をしたものである。

この点につき,原告は,60日間の運転免許効力停止処分について意見聴取手続を定めていない法104条1項及び処分行政庁が本件処分にあたり事前の意見聴取又は聴聞の機会を与えなかったことが憲法31条に違反する旨主張することから,以下検討する。

(2)  憲法31条の定める法定手続の保障は,直接には刑事手続に関するものであるが,行政手続については,それが刑事手続ではないとの理由のみで,そのすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではない。しかしながら,同条による保障が及ぶと解すべき場合であっても,一般に,行政手続は,刑事手続とその性質においておのずから差異があり,また,行政目的に応じて多種多様であるから,行政処分の相手方に事前の告知,弁解,防御の機会を与えるかどうかは,行政処分により制限を受ける権利利益の内容,性質,制限の程度,行政処分により達成しようとする公益の内容,程度,緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって,常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではないと解するのが相当である(最高裁昭和61年(行ツ)第11号平成4年7月1日大法廷判決・民集46巻5号437頁参照)。

(3)  これを60日間の運転免許効力停止処分についてみると,①同処分は,運転免許の効力を60日間停止するというものであり,法104条1項が意見聴取手続の実施を定めている運転免許取消処分や90日間以上の運転免許効力停止処分に比べると,制限を受ける権利利益の程度が軽微である上,講習を終了することにより,運転免許の効力の停止の期間が短縮されることも予定されているほか,同処分によって被った経済的な損害については,事後的な救済も可能であり,また,②運転免許効力停止等の点数制度に基づく処分は,その処分量定が点数の合計の多寡に応じて客観的に決定されるため,処分行政庁において判断を加える余地が小さく,処分を受ける者にとって処分の理由を理解することが容易であり,さらに,③道路交通網が高度に発達し,それに伴って交通違反件数及び運転免許の効力停止処分件数が膨大な数(平成4年の1年間の交通違反件数は約900万件,運転免許の効力停止処分件数は163万9097件。甲20の2,33)に及んでいる我が国の道路交通事情下において,道路における危険防止や交通の安全と円滑という公益を達成するには,違反行為をした者に対し,違反の程度による合理的な区分をもうけながら迅速に運転免許の取消及び効力停止の行政処分を実施する必要があるところ,法104条1項が,法103条1項5号の規定による運転免許の取消及び効力停止処分のうち,権利の制限の程度が高い運転免許の取消及び90日間以上の効力停止処分について公安委員会に事前の意見聴取手続を義務付けた上,公安委員会が特に定める場合に限って90日間未満の運転免許効力停止処分についても意見聴取手続を実施するものと規定したことには合理性が認められるのであって,これらの諸事情を総合的に考慮すると,法104条1項が,60日間の運転免許効力停止処分について,事前の聴聞手続はもとより意見聴取手続を行うべきものと定めておらず,また,宮城県公安委員会が法104条1項に基づいて,同処分につき意見聴取を行うべきことを定めていないことをもって,憲法31条に違反するということはできない。

そうすると,処分行政庁が,法103条1項5号に基づく運転免許効力停止処分については,行政手続法第3章(12条及び14条を除く。)の規定の適用が除外され(法113条の2),さらに,法上,90日間未満の運転免許効力停止処分については,公安委員会が特に定めない限り,事前の意見聴取手続が必要とされておらず(法104条1項),かつ,宮城県公安委員会において90日間未満の運転免許効力停止処分について事前の意見聴取手続を行う旨の特別の定めをもうけていないという法令の内容に従って,本件処分について事前の意見聴取手続や聴聞手続を実施しなかったこともまた,憲法31条に違反するとはいえない。

原告は,運転免許効力停止処分件数等が減少傾向にある一方で都道府県警察の定員数が増加していることなどからすると,60日間の運転免許効力停止処分について事前の意見聴取手続又は聴聞手続を実施しても,都道府県警察は十分に対応できるなどと主張するが,運転免許効力の停止処分件数は,減少傾向にあるとはいえ,平成25年の1年間における同処分件数が36万7837件に達していること(甲20の23)に照らすと,上記区分が明らかに不合理といえる状況に至っているとまでは認められないから,上記判断を左右しない。

(4)  したがって,本争点における原告の主張は理由がない。

3  争点(3)(被告の国家賠償責任の有無)について

(1)  本件処分の前提とされた本件最高速度遵守義務違反行為が存在すること,及び本件処分の手続が憲法31条に違反しないことは,上記1及び2で認定説示したとおりであり,そうすると,本件処分を担当した公務員が職務上尽くすべき法的義務に違反していないことは明らかであるから,本件処分に関して国家賠償法1条1項上の違法性があったということはできない。

(2)  したがって,原告の被告に対する国家賠償請求は理由がない。

4  結論

よって,原告の第1事件請求及び第2事件請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大嶋洋志 裁判官 大澤知子 裁判官 志田智之)

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