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仙台地方裁判所 平成27年(わ)559号 判決 2016年3月17日

主文

被告人を懲役3年に処する。

この裁判確定の日から5年間その刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,金品窃取の目的で,平成27年8月27日午後10時40分頃から同日午後10時50分頃までの間,仙台市a区b町c番d号甲大学大学寮A棟e号の乙方居室に無施錠の玄関ドアから侵入し,その頃,同所において,同人所有のノートパソコン1台(時価約7万円相当)を窃取し,乙から前記窃盗被害を伝えられ,前記寮D棟で被告人を発見し,同所から被告人を追跡してきた丙から,背負っていたリュックサックをつかまれるや,逮捕を免れるため,同日午後11時12分頃,同区f町g番h号付近路上において,同人に対し,その顔面を左げん骨で2回殴る暴行を加え,よって,同人に加療約19日間を要する左頬部打撲,挫創の傷害を負わせた。

(事実認定の補足説明)

1  本件の争点

被告人が,乙方居室に侵入して同人所有のノートパソコンを盗み(以下「本件窃盗」という。),その後,被告人を追跡してきた丙の顔面を左げん骨で2回殴る暴行(以下「本件暴行」という。)を加えて,同人に傷害を負わせたことは争いがない。本件では,本件暴行が窃盗の機会継続中になされたかが,強盗致傷罪の成否の関係で,問題となっている。

当裁判所は,被告人が本件窃盗の機会に本件暴行をしたと認められ,被告人には強盗致傷罪が成立すると判断したので,以下,その理由を説明する。なお,本件では,被告人が本件に関する具体的な記憶を欠いている一方で,丙ほか関係者の供述の信用性には問題がないから,関係証拠により認められる事実を取り上げつつ検討を進める。以下,時刻は,平成27年8月27日のものである。

2  窃盗の機会とは,窃盗と暴行が時間的・場所的に近く,被害者等から容易に発見されたり,捕まえられたり,盗んだ物を取り返されたりする状況が継続している場合をいう(最決平成14年2月14日刑集56巻2号86頁,最判平成16年12月10日刑集58巻9号1047頁等参照)。

3  丙が被告人を発見した後の状況

弁護人は,丙が被告人を大学寮の共通棟(以下,前記寮の棟を「共通棟」「A棟」などと略称する。)で発見する前に窃盗の機会が失われていたと主張するので,丙が被告人を発見して以降の状況について,一応検討する。

丙は,共通棟で警備員を見付けることができなかったため,共通棟から出てD棟方向へと向かい,D棟の南側出入口からD棟1階に入ると,被告人が,D棟1階通路(以下「本件発見現場」という。)において,連続して素早く3部屋の居室のドアノブに手をかけ,ドアノブを回しているのを発見して,窃盗犯人ではないかと疑い,「ノートパソコン見ませんでしたか。」と被告人に話しかけて被告人のリュックサックをつかんだが,被告人はそれを振り切り,自己が窃盗犯人であると疑われていることも認識してD棟南側出入口から逃走を開始した。丙は,午後11時7分頃に窃盗犯人を見付けた旨電話で乙に連絡しつつ,すぐに被告人の追跡を開始し,その後見失うことなく被告人を追い掛け,本件発見現場から約338メートルの地点において,被告人のリュックサックをつかんだところ,被告人は,リュックサックからノートパソコンを取り出して地面に放り投げ,逃走を続けた。丙が,さらに被告人を追って,午後11時12分頃,そのリュックサックをつかむと,被告人は,本件発見現場から約363メートルの地点において,丙に対し,本件暴行を加えた。丙は,本件発見現場において被告人を発見してから本件暴行を受けるまでの間に,被告人を見失うことなく追いかけていたのであるから,被告人を発見してから本件暴行を受けるまでの間に,約5分間が経過し,約363メートル移動していることを踏まえても,本件発見現場の状況が変わりなく継続していたといえる。

そこで,以下,本件発見現場までの被害者等による犯人の追跡や被告人の状況などを踏まえて検討する。

4  本件発見現場までの状況

(1)  本件窃盗の発生時刻について

大学寮内の防犯カメラ映像によれば,被告人は,午後10時41分頃,共通棟出入口付近に現れ,共通棟からA棟2階につながる連絡通路の方向に向かった後,午後10時43分頃,再びA棟方向から共通棟に現れ,共通棟出入口付近に向かった。その後,被告人は,午後11時4分頃,再び共通棟出入口方向から現れた上,午後11時5分頃,D棟2階から1階に降りてきた(A棟2階とD棟2階の間は連絡通路でつながっており,共通棟出入口からはA棟2階につながる連絡通路を経由してD棟2階に出ることができる。)。

被告人は,本件窃盗から本件発見現場に至るまでの間,誰からも発見されずに行動している。本件窃盗は,午後10時40分頃から乙が本件窃盗被害に気付いた午後10時50分頃までの間に行われているが,A棟1階の施錠状況等からすると,午後10時43分以降に被告人がA棟に入り本件窃盗に及んだ可能性も否定できない。しかし,窃盗の機会を検討する上では,被告人に有利に,午後10時43分までには窃盗が行われたことを前提として,以下検討する。

(2)  本件窃盗から本件発見現場に至るまでの被告人の移動可能性について

弁護人は,被告人が,午後10時43分頃に,共通棟出入口方向に向かった後,一旦は大学寮敷地外に出るなどした可能性があり,同時刻から午後11時4分頃までの約21分間を共通棟やA棟の外で過ごした時点で,窃盗の機会がなくなった疑いがある旨主張する。この約21分間における被告人の足取りは被告人に記憶がなく不明であるが,その時間の長さや,共通棟の場所,周辺の状況等を踏まえれば,弁護人の指摘のとおり,被告人が敷地外に出るなどして,窃盗の現場からある程度離れた可能性があることは否定できない。しかし,被告人がその間に徒歩以外の交通手段を使っていたとはいえず,常識的にみて,片道で10分程度歩いたとしても,本件会館からそれほど遠くに離れることはできない(距離的に被告人の自宅に帰ることもできない。)。

(3)  本件窃盗発生後の被告人が本件発見現場に至るまでの状況等

被告人が共通棟出入口を出た午後10時43分の約7分後である午後10時50分頃には,乙が窃盗に気付き,その後,丙は乙に110番通報するよう伝え,すぐに本件窃盗現場に来て本件被害を確認した後,警備員を捜し始め,その際に,不審に感じた男性に注意を払うなどして窃盗犯人を捜す行動もした。その間,乙は,午後11時1分頃,110番通報をした。このように,午後10時50分頃には乙が本件窃盗の発生に気付き,連絡を受けた丙が直ちに本件窃盗現場に駆けつけた後に共通棟やD棟内で警備員を捜すなどし,乙は110番通報をするなどして,窃盗犯人を捜す態勢がとられていた。

他方,被告人は,そのような中で,ノートパソコンをリュックサック内に所持したまま,午後11時4分頃に本件窃盗現場から約52.5メートルの距離にある共通棟出入口に,午後11時7分頃に本件窃盗現場から約64.3メートルの距離にある本件発見現場に戻ってきた。これらの場所は建物の構造的にもつながっていて,時間的・場所的に相当近いと評価できる。

さらに,前記のとおり,被告人は,本件発見現場において,連続的に3つの部屋のドアノブを回して施錠がされているかを確認していた。これは,かなり不審な行動であって,容易に窃盗犯人であると疑われるような状況にあり,実際に,丙はすぐに被告人が窃盗犯人であると疑っている。

5  そうすると,被告人が共通棟を出て本件窃盗現場から離れた距離はそれほど遠くなかったと認められるほか,本件窃盗後時間を置かずに被害者側が窃盗犯人を捜索していた状況,午後11時4分頃に被告人がノートパソコンを所持したまま本件窃盗現場に通じる共通棟出入口付近に再び現れ,その約3分後にA棟とつながる本件発見現場で更なる侵入盗に及ぼうとしていたこと,本件発見現場で丙から声をかけられた際の被告人の言動等からすれば,被告人が本件窃盗後に安全圏に一旦離脱したとは評価できず,さらに,本件発見現場から本件暴行現場までは丙が見失うことなく被告人を追跡していたことも含めて全体的に考察すれば,被害者等から容易に発見されたり,捕まえられたり,盗んだ物を取り返されたりする状況は継続していたと認められる。

したがって,被告人は,窃盗の機会の継続中に本件暴行に及んだと認められ,被告人には強盗致傷罪が成立する。

(量刑の理由)

被告人は,大学の寮の居室に侵入してノートパソコンを盗み,被告人を発見して追跡してきた丙の左目やその付近をげん骨で2回殴っている。利き腕による殴打ではなく,1回目は振り向きざまの攻撃であった可能性もあるが,いずれもある程度の強さで殴っており,また,丙との位置関係や同人による必死の追跡から逃れようとする意思は強かったといえることなどに照らすと,特に2回目の殴打の衝撃はかなり強かったと認められる。これにより,丙は,転倒はしていないものの,意識が朦朧としているし,壊れたメガネの破片で顔面を出血し,その破片で眼球を傷つける危険性もあった。しかし,幸いにして,傷害の程度はそこまで重くない結果にとどまっている。

また,重要なデータが入ったノートパソコンが盗まれた点も軽視できない(なお,ノートパソコンは乙に返還されたが,それは丙が追跡した結果であり,この点は量刑上特に考慮しなかった。)。

本件犯行には,被告人の飲酒の影響があることは否定できない。しかし,被告人は,丙からの問いかけに対し嘘をついた後かなりの速さで300メートル以上逃げたり,追跡から逃れようとノートパソコンを放り投げたりしていることからすると,周囲の状況に応じて合理的な行動ができる酔いの程度であり,この点は,被告人に対する非難を下げる事情として格別考慮することはできない。

以上のような窃盗や事後強盗での暴行態様等からすると,凶器を用いずに暴行が加えられ,それほど重くない傷害結果にとどまった事後強盗致傷の事案の中で,本件が最下限に位置づけられるとは認められない。

もっとも,被告人が被害者らに対し合計30万円を被害弁償したことは,被害の一部回復や謝罪の現れとして十分に評価することができる。また,被告人は覚えていないとしながらも事実関係を認め,反省の態度を示していること,被害弁償金を用意した指導教授が法廷で被告人の指導監督を誓約していること,前科前歴がなく,これまで優秀な成績で真面目に留学生活を送ってきた被告人が飲酒を止める強い決意を示す中,今後再犯に及ぶ可能性は低いこと,本件犯行をしたことで大学院から処分を受け,国費留学生である被告人に厳しい状況となることが予想されることなど,被告人にとって有利に考慮すべき事情が認められる。このような一般情状も考慮すると,被告人に対し実刑をもって臨むのは酷であり,被告人に対しては,主文の刑に処した上で,今回に限り,その刑の執行を猶予するのが相当である。

(求刑 懲役6年)

(裁判長裁判官 小池健治 裁判官 内田曉 裁判官 織本もなみ)

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