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仙台地方裁判所 平成28年(ワ)405号 判決 2017年9月28日

主文

1  被告らは,原告に対し,連帯して110万円及びこれに対する平成27年4月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを10分し,その9を原告の負担とし,その余を被告らの負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告らは,原告に対し,各自1100万円及びこれに対する平成27年4月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,原告が,被告Aが開設する美容外科の医療機関「C」(以下「被告クリニック」という。)において,頸部のたるみ除去手術を受けたところ,頸部に手術痕が残ったことにつき,医師である被告Bに説明義務違反等の過失があったとして,被告Aに対しては診療契約上の債務不履行責任又は不法行為責任(使用者責任)に基づき,被告Bに対しては不法行為責任に基づき,それぞれ損害賠償金合計1100万円及びこれに対する上記手術が実施された日である平成27年4月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1  前提事実(争いのない事実又は証拠等により容易に認定することができる事実。以下,各証拠等に付記された【 】内の数字は該当箇所を示す。)

(1)  当事者

ア 原告は,昭和56年9月7日生まれの女性である。(争いのない事実)

イ 被告Aは,美容外科等を診療科とする被告クリニックを開設する医療法人である。被告Bは,被告クリニックに院長として就業している医師であり,原告の診療を担当した。(争いのない事実)

(2)  診療経過

ア 原告は,平成27年3月27日(以下において,平成27年の出来事については年の記載を省略する。),被告クリニックの美容外科(原告が受診した診療科につき,以下同じ。)を受診し,被告Bによる頬から顎下(首上部)の脂肪吸引手術(以下「本件脂肪吸引術」という。)を受けた。(乙A3【3,5頁】)

イ 原告は,4月14日,被告クリニックを受診し,被告Aとの間で,美容のために頸部のたるみを除去する手術を受けることを目的とする診療契約を締結した。

原告は,同日,被告Bによる頸部のたるみ除去手術を受けた(以下,被告Bが原告に施術した頸部のたるみ除去手術を「本件手術」という。)。本件手術は,原告の顎下から頸部正面にかけて皮膚を横約8cm,縦約6cmの三角形に近い形に切り取り,縫い合わせるという術式であった。(甲A2,乙A3【3ないし6頁】)

2  争点

本件の争点は,(1)被告Bに施術時期の選択に関する手技上の注意義務違反があるか,(2)被告Bに施術方法の選択に関する手技上の注意義務違反があるか,(3)被告Bに説明義務違反があるか,(4)上記各注意義務違反と原告の手術痕との間に因果関係があるか,(5)損害の発生及び額であり,これらの点に関する当事者の主張は,以下のとおりである。

(1)  被告Bに施術時期の選択に関する手技上の注意義務違反があるか。

(原告の主張)

ア 一般に,脂肪吸引後の皮膚は硬化,拘縮するから,このような状態の皮膚を切除すれば,皮膚の収縮に起因するトラブルが生じ,予後が悪くなる。原告は,3月27日に本件脂肪吸引術を受けており,4月14日当時,頸部の皮膚がやや硬く可動性の少ない状態であったから,そのような状態の皮膚を切除することには大きなリスクが伴った。

イ したがって,被告Bには,4月14日,原告の頸部の状態が落ち着いた時期を見極めて施術を行う注意義務があったにもかかわらず,本件手術を行った注意義務違反がある。

(被告らの主張)

本件手術は,頸部状態の改善という原告の強い希望に基づいて実施されたものであり,たるみ除去の効果も生じている。一方で,脂肪吸引後間もない時期は,皮膚が硬く組織の癒着も強く,皮膚の伸展性が悪いため,皮膚切除範囲の同定や手術時の縫合が難しくなるが,術者の技能や経験で補うことができる。このため,脂肪吸引後にたるみ除去手術を行うことは禁忌ではないし,術後,原告に合併症等は発生していない。

したがって,被告Bに,4月14日,原告の頸部の状態が落ち着いた時期を見極めて施術を行う注意義務はなかった。

(2)  被告Bに施術方法の選択に関する手技上の注意義務違反があるか。

(原告の主張)

ア 頸部のたるみ除去手術の標準的な術式は,耳介部周辺等の皮膚を切開して皮下剥離及び脂肪吸引を行い,SMAS(顔面表在筋膜。以下「SMAS」という。)の下層を剥離してSMASを引き上げ,その余剰部分を切除して固定した上で,皮膚の余剰部分を切除して縫合するものである。上記の方法は,縫合部位が髪の生え際や耳介部の周辺等の人目に付かない部分になるため,美容整形目的に整合的である。

イ したがって,被告Bには,原告に対し,上記の標準的な術式で手術を行う注意義務があったにもかかわらず,同術式によらず,原告の顎下から頸部正面にかけて皮膚を横8cm,縦6cmの三角形に近い形に切除して縫合した注意義務違反がある。

(被告らの主張)

原告主張の術式は,頸部全体のたるみや皺を除去することはできず,同術式で頸部下方のたるみ除去を行うと,髪の生え際下方まで手術を行う必要があるため,神経を損傷するおそれが生じ,手術痕も目立つ。また,同術式では,広く皮膚を剥離して引き上げることが必要となるが,脂肪吸引術後間もない時期には,皮膚の癒着が強いため,広い範囲での皮膚の剥離は困難であり,出血等のリスクも高くなる。4月14日当時,原告の皮膚は,本件脂肪吸引術後間もないため,やや硬く可動性の少ない状態であったから,原告に上記術式で手術を行うと,出血等のリスクが高い反面,頸部にくびれを作るという効果は期待できなかった。

これに対して,本件手術は,頸動脈や甲状腺等の重要な器官を損傷する危険性がなく,無駄な皮膚の剥離もなく安全であった上,頸部の厚くたるんだ皮膚を直接処置するため,たるみ除去の効果が期待できた。また,本件手術では,縫合部位を頸部奥のくぼみに一致させ,横の手術痕は頸部の皺に一致させ,縦の手術痕は顎下に隠れるようにして内縫いで寄せているため,手術痕が人目に付かないものになっていた。

したがって,被告Bに原告主張の術式で施術を行う注意義務はなかった。

(3)  被告Bに説明義務違反があるか。

(原告の主張)

ア 医師は,患者が医療行為に対する同意をする前提として,患者に対し,手術の内容,難易度,合併症等の危険性を説明する義務があるところ,とりわけ美容整形は,疾病,受傷等に対する治療行為ではなく,緊急性にも乏しいため,患者の真摯かつ有効な同意が重要となる。

したがって,被告Bは,本件手術を行うに当たり,原告に対し,具体的な方法,予想される利点及びリスクを説明する義務があった。

イ しかし,被告Bは,原告から4月14日に電話で,顎下のたるみが気になるので顎のラインをすっきりさせたいとの相談を受けた際,原告に,耳の当たりを切ってたるみを上げる「リフトアップ」という手術を行うと説明し,「耳の裏かこめかみか耳周辺にちっちゃい傷が残る。傷はかなり小さい。髪で隠れるから大丈夫。」と述べた。その後も,被告Bは,同日に被告クリニックで原告と面談をした際,リフトアップを行うとの説明をしただけであり,手術の具体的な内容やリスク等の説明を行わなかった。

なお,被告らは,被告Bが手術部位をカルテに図解して原告に説明したと主張するが,原告にカルテの図を見せていない。また,被告Bは,面談が終わる際,原告の首にマジックで線を引いたが,特段説明がなかったことから,原告は手術のための計算を行っていると考えていた。

このように,被告Bは,原告に対し,皮膚を切除する箇所等の本件手術の具体的内容,術後の状態,合併症等について説明していないから,被告Bには説明義務違反がある。

(被告らの主張)

ア 被告Bは,4月14日,原告に対し,本件脂肪吸引術後間がなく,皮膚が硬く伸展性が悪いので,直接厚い皮膚を切除して,頸部のくびれができるように手術をすること,皮膚のたるみの量に合わせて,一番皮膚の厚い顎の下の首の上部正中部で皮膚をひし形のように切除して内縫いで皮膚を寄せること,傷は頸部のくびれ部分に一致させるようにするので基本的にはクロスした形になるが,横方向の傷はなるべく首の皺に沿うように、縦方向の傷は顎の下に隠れるようにして目立ちにくくすること,縦の傷の方が目立ちやすいので,術中工夫してなるべく短くなるようにすることを説明した上,手術部位をカルテに図解して説明した。その後,被告Bは,座位の状態の原告に対し,手術で切除する部分の皮膚にマーキングし,鏡で見せて確認を受けたほか,誓約書(乙A2)の提出を受けた。

イ 原告は,本件手術後,被告Bに二重顎が治っていない旨の連絡をしてきたが,その後本件手術の内容に関する連絡はなく,7月7日には上腕部の脂肪吸引を依頼したのであるから,原告に本件手術の内容に対する不満があったとは考えられない。

ウ したがって,被告Bは,原告に対する説明義務を尽くしている。

(4)  上記各注意義務違反と原告の手術痕との間に因果関係があるか。

(原告の主張)

ア 上記(1)の注意義務違反と原告の手術痕との間の因果関係について

本件手術により,原告の頸部の正面には,「人」という字形が手のひら大に書かれたかのような引きつれによる醜状痕が残った。被告Bが,原告の頸部の状態が落ち着いた時期を見極めて施術を行っていれば,上記のような醜状痕は残らなかった。したがって,被告Bの上記(1)の注意義務違反と原告の手術痕との間には因果関係がある。

イ 上記(2)の注意義務違反と原告の手術痕との間の因果関係について

被告Bが上記(2)の標準的な術式によって施術をしていれば,上記アのような醜状痕は残らなかった。したがって,被告Bの上記(2)の注意義務違反と原告の手術痕との間には因果関係がある。

ウ 上記(3)の説明義務違反と原告の手術痕との間の因果関係について

原告は,被告Bから,本件手術における切除部位が首の正面であること,縦横の手術痕が残ることについて説明を受けていれば,本件手術を受けることはなく,上記アのような醜状痕も生じなかった。したがって,被告Bの上記(3)の説明義務違反と原告の手術痕との間には因果関係がある。

エ 被告らは,原告の醜状痕は,原告の自傷行為によって生じたと主張するが,そのような事実はない。

(被告らの主張)

創傷の治癒の過程は,第1期癒合(鋭利な刃物で切った所の創面,創縁が接着していて無菌的である場合に,局所の組織反応が弱く,組織新生がわずかな状態で創が治癒する場合をいう。)と第2期癒合(創傷に組織欠損,損傷部の感染等があるために,組織新生が強くなって肉芽形成が旺盛になり,劣悪な治癒形態を示すものをいう。)に分けられる。そして,何らかの原因で線維形成が旺盛になると,ケロイドになる。

本件手術は無菌的に行われており,原告の手術痕の創面も接着し,白色化しており(甲A4の1),第1期癒合の過程にあった。ところが,9月16日には原告の手術痕に赤いミミズ腫れや内出血の跡が見られ(甲A4の2),10月20日には瘢痕が拡大してケロイド化が進んだ(甲A3の動画,甲A10)。上記の変化は,原告が手術痕を爪でひっかくなどしたことにより,創部の炎症が遷延しケロイド状の引きつれになったことにより生じた。

したがって,原告主張の醜状痕は,原告の自傷行為によって生じたものである。

(5)  損害の発生及び額

(原告の主張)

ア 慰謝料   1000万円

原告には,本件手術によって,頸部の正面に「人」という字形が手のひら大に書かれたかのような引きつれによる醜状痕が生じており,同醜状痕は,自動車損害賠償保障法施行令別表第二第7級12号の「外貌に著しい醜状を残すもの」に類する。

上記の手術痕は,人目に付きやすい部位に存在するため,原告は,自殺痕であることを疑われるなどして接客業への就職が困難となる,住居の賃借に当たって断られる,親に会うことができなくなるなどの不利益を被っている。このような手術痕が残ったことにより原告に生じた精神的苦痛に対する慰謝料としては,1000万円が相当である。

イ 弁護士費用 100万円

原告が被った弁護士費用相当損害金としては,慰謝料額の1割が相当である。

ウ ア及びイの合計 1100万円

(被告らの主張)

争う。原告の手術痕のうち,横方向の手術痕は頸部の横皺に合わせており,縦方向の手術痕は顎下に隠れるようにしているため,正面から見た場合に人目に付くものではない。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

上記前提事実に,後掲各証拠及び弁論の全趣旨を併せると,以下の事実が認められる。

(1)  診療経過について

ア 原告は,3月27日,被告クリニックで本件脂肪吸引術を受け,被告Bから,手術の2週間後以降,頬と頸部にオイルマッサージを行うよう指導を受けた。(乙A1,乙A3【3,5頁】)

イ 原告は,4月3日,被告Bに電話で「首のたるみが気になるため,すっきり取ってほしい。」,「輪郭を出してほしい。」と依頼したが,被告Bは,本件脂肪吸引術から1週間程度しか経っていなかったこと,原告が比較的若年であるため,過剰な皮膚があったとしても二,三か月から1年のうちに皮膚が柔らかくなっていく可能性があることから,半年くらいはマッサージで様子を見る方がよいと指導し,仮に手術をした場合には傷が残り,費用もかかると説明した。

原告は,同月6日及び8日にも,被告Bに電話で頸部のたるみ除去を依頼したが,被告Bは,原告に対し,同月3日にした説明と同様に,様子を見るよう指導した。(原告本人【4頁】,被告B本人【1ないし3頁】)

ウ 原告は,4月14日の午前中,被告Bに電話で,顎下の皮膚のたるみを取って輪郭を出してほしい旨の依頼をした。被告Bは,原告から再三にわたり頸部のたるみ除去手術の依頼を受けたことから,同手術の適応があるか否かを判断するために診察を行うことにし,原告に被告クリニックに来院するよう伝えた。

被告Bは,同日午後,被告クリニックで原告を診察した。被告Bは,原告について,本件脂肪吸引術前より全体的にたるみが減り,引き締まっているように見えることを認識したほか,皮膚が少し硬い状態であると認識したが,原告が顎下のたるみが気になるとして重ねて頸部のたるみ除去手術を希望したことから,同手術を行うことを承諾した。

被告Bは,原告の顎から頸部の正中部にたるみと厚い皮膚があることを確認したところ,原告が半年以内に大幅な減量を行い,本件脂肪吸引術を受けたにもかかわらず,上記のような厚くたるんだ皮膚が見られたことから,顎から頸部のラインをすっきりさせてくびれを作り,張りのある状態にするためには,耳介部後方の皮膚を切開し引き上げる術式は効果的ではなく,たるみのある厚い皮膚を除去する本件手術を行う必要があると判断した。

被告Bは,座位の状態の原告について,頸部のくびれに相当する部分や皮膚の余剰部分を確認し,切除する範囲の皮膚に紫色のスキンマーカー(以下「マーカー」という。)で印を付けたが,原告から特段質問等はされなかった。

被告Bは,原告に局所麻酔をかけ,顎下から頸部正面の皮膚を,横約8cm,縦約6cmの三角形に近い形に切り取り,「T」字を上下逆にした形(以下「逆T字形」という。)に内縫いで縫合した。

被告Bは,本件手術の施術前に,原告に耳介部周辺を切開する術式の手術について説明を行ったことはなかった。(甲A2,9,乙A3【3ないし6頁】,原告本人【4,5,18,20頁】,被告B本人【3,4,7,10,11,24ないし26頁】)

エ 原告は,本件手術直後,被告Bに電話で二重顎が治っていない旨を伝えたところ,被告Bからこれ以上の手術は難しい旨の説明がされた。

その後も原告は,7月7日,被告クリニックに上腕部の脂肪吸引を依頼したが断られた。(乙A3【4,6頁】,原告本人【19頁】)

オ 原告は,本件手術前に,手術に関する誓約書(乙A2)に署名した。同書面には,「手術,麻酔法その他の実施並びに今後の見込みなどについて詳しく説明をして戴き,よく理解致しました。」との記載があった。(乙A2,被告B本人【10頁】)

(2)  原告の手術痕の状態

ア 原告には,本件手術により,顎下から頸部正面にかけて,「人」という字形に似た線条の手術痕が生じた。9月16日より前に撮影された写真(甲A4の1,11)では,手術痕は薄いピンク色であり,周囲の皮膚に引きつれが見られ,9月16日に撮影された写真(甲A3の静止画像,甲A4の2,7,12)では,手術痕は濃いピンク色であった。また,10月20日に撮影された動画(甲A3の動画,甲A10)では,手術痕は濃いピンク色であり,線条痕の長さが右斜め方向に約4cm,左斜め方向に約5cmであり,中央に隆起が,周囲の皮膚に引きつれが見られた。

平成28年6月23日及び平成29年2月17日に撮影された写真(甲A8,13ないし15)では,原告の手術痕は肌色となり,10月20日に撮影された動画と比べて隆起や皮膚の引きつれの程度が小さくなっていた。正面視では,手術痕は原告の顎に隠れて見えないが,横や斜め横,下から見た場合には見える部位にあった。(甲A3,4の1・2,7,8,11ないし15)

イ 原告は,平成29年4月1日,美容外科の医療機関「D」で顎と頬の脂肪吸引術を受け,手術痕の位置がわずかに顎の方向に移動したが,手術痕そのものに特段の処置は採られなかった。

原告の手術痕を修正するためには,形成外科の手術が必要であるが,原告は本件訴訟が終局するまで上記手術を行わない意向を示している。(甲A9,16ないし18,原告本人【2,3,23,24頁】)

(3)  医学的知見

ア 頸部除皺術について

頸部除皺術は,広頸筋の弛緩による筋肉の膨隆,皮膚弛緩による頸部のたるみ,頸部の脂肪蓄積による二重顎を改善するものであり,広頸筋の引き上げと脂肪吸引法による脱脂が特徴であるとされる。

頸部除皺術には,耳介部周辺の皮膚を切開して皮下剥離及び脂肪吸引を行い,SMASの下層を剥離してSMASを引き上げ(広頸筋も含む場合がある。),その余剰部分を切除して耳介部付近で固定した上で,皮膚の余剰部分を切除し縫合するという術式(以下「耳介部周辺切開術式」という。)が存在するが,合併症として,顔面神経及び大耳介神経の障害,皮弁壊死等があるとされている。(甲B5の2,8)

イ 創傷の治癒について

創傷の第1期癒合(鋭利な刃物で切った所の創面,創縁が接着していて無菌的である場合に,局所の組織反応が弱く,組織新生がわずかで創が治癒する場合をいう。)では,肉芽組織が帯赤色に見えるが,肉芽組織内のコラーゲンが増加し,細胞の減少とともに色彩が桃色から白色へと変化し,硬い瘢痕組織となる。

第2期癒合(創傷に組織欠損,損傷部の感染等があり,組織反応や組織新生が強くなって肉芽形成が旺盛になり,劣悪な治癒形態を示すものをいう。)では,日時の経過に伴って,線維成分に富んだ瘢痕が形成され,線維が収縮して瘢痕拘縮となる。(乙B2,10)

ウ ケロイドについて

ケロイドとは,一般に外傷の結果生ずる,真皮に由来する良性増殖性線維腫を指す。創傷の第2期癒合のうち,何らかの原因で線維形成が旺盛になると,コラーゲン分解酵素との不均衡が生じてケロイドとなる。

ケロイド発生には,素質や体質が影響を与えることがあるほか,感染,異物その他の外的因子によって創が治癒遷延した場合には,組織反応が長く続く結果として,瘢痕が高度になりやすいとされている。(乙B3,7,10)

2  争点(3)(被告Bに説明義務違反があるか)について

(1)  本件の説明義務の内容

医師は,患者の疾患の治療のために手術を実施するに当たっては,診療契約に基づき,特別の事情のない限り,患者に対し,当該疾患の診断(病名と病状),実施予定の手術の内容,手術に付随する危険性,他に選択可能な治療方法があれば,その内容と利害得失,予後等について説明すべき義務があると解される(最高裁平成10年(オ)第576号平成13年11月27日第三小法廷判決・民集55巻6号1154頁,最高裁平成17年(受)第1612号平成18年10月27日第二小法廷判決・裁判集民事221号705頁参照)。とりわけ,頸部のたるみ除去手術のような美容整形手術は,疾病や外傷に対する治療と異なり必要性や緊急性に乏しく,また,患者の有する一定の美容目的を達成するために実施するものであるから,医師としては,患者に対し,当該手術を受けるか否かの判断に必要な情報を十分に提供する必要があり,実施予定の手術の内容とともに,手術に付随する危険性,欠点等のマイナス面,他の選択可能な治療方法の内容等をできる限り具体的に説明すべき注意義務を負い,患者が当該手術を受けないという選択肢を実質的に確保しなければならないというべきである。

これを本件についてみるに,上記認定事実(1)ウによれば,本件手術は,顎下から頸部正面の皮膚を横約8cm,縦約6cmの三角形に近い形に切り取って縫合するという術式であり,その位置と切除範囲からすると,肌の露出部位である頸部に相応の手術痕が残存することが容易に想定されるところ,原告の本件手術を受ける目的が美容目的にあったことに照らし,手術痕の位置,大きさ,形状,外観及び残存する期間は原告にとって最も重要な関心事項であったと推認されることからすると,被告Bは,原告に対し,本件手術の内容はもとより,本件手術によって生じ得る手術痕の位置,大きさ,形状,外観及び残存する期間についても具体的に説明する義務があったと解される。

また,上記認定事実(1)ウ,(3)アによれば,頸部のたるみ除去を一つの目的とする頸部除皺術の術式として,耳介部周辺切開術式が存在し,被告Bも本件手術当時,同術式を認識していたところ,同術式は,手術痕が耳介部周辺にとどまり,本件手術によって生ずる手術痕と比べても,手術痕が人目に付かない可能性が高いのであるから,美容目的で頸部のたるみ除去手術を希望する原告にとって,耳介部周辺切開術式の内容,自己への適応可能性は強い関心事項であったことは明らかであり,被告Bとしてもそのことを知っていたか,容易に認識し得たものと認められる。そうすると,被告Bは,原告に対し,他の選択可能な術式として,耳介部周辺切開術式の内容,適応可能性,それを受けた場合の利害得失についても説明すべきであり,原告に,本件手術を受けるか,あるいは耳介部周辺切開術式を受ける可能性を探るか,熟慮し判断すべき機会を与える義務があったと解される。

したがって,被告Bは,原告に対し,本件手術によって生じ得る手術痕の位置,大きさ,形状,外観及び残存する期間について具体的に説明するとともに,他の選択可能な術式として,耳介部周辺切開術式の内容,適応可能性,それを受けた場合の利害得失について説明する義務があったというべきである。

この点について,被告らは,4月14日当時,原告には耳介部周辺切開術式の適応がなかったと主張し,被告Bは,その本人尋問において,同術式によると皮膚の壊死を起こしたり,広頸筋を引き上げることによって神経を傷つけたりする可能性があり,引上げの効果も乏しいことから,厚い皮膚が残っていた原告には適応がないと供述する(被告B本人【6頁】)。確かに,上記認定事実(3)アによれば,耳介部周辺切開術式の合併症として,神経障害,皮弁壊死等が挙げられているが,これらの生ずる頻度は明らかではなく,術者の熟練度によるところも大きいと考えられることから,直ちに原告への適応がないとはいい難い。そもそも,医師の説明義務においては,同一の治療目的のための術式が複数存在する場合,患者が各術式の内容,合併症の存在や期待される効果の程度,利害得失を十分に理解した上で,いずれを選択するか熟慮する機会が確保されることが重要となるのであるから,被告Bにおいて耳介部周辺切開術式は合併症が存在する上に期待される効果が低いと判断したからといって,原告に対する同術式についての説明義務が否定されるものではない。したがって,被告らの上記主張は理由がなく,本件の説明義務の内容に関する上記判断を左右しない。

以下,被告Bが原告に対して行った説明の内容について検討する。

(2)  被告Bの説明内容について

ア 4月14日の電話での説明内容

原告は,被告Bが,4月14日に電話で原告に,耳の当たりを切ってたるみを上げる「リフトアップ」という手術を行うと説明し,「耳の裏かこめかみか耳周辺にちっちゃい傷が残る。傷はかなり小さい。髪で隠れるから大丈夫。」と述べたと主張し,原告の陳述書(甲A9)にも同旨の記載がある。

しかしながら,原告は,その本人尋問において,同日の電話で被告Bから,髪で隠れることと,10万か15万という料金と,午後からだったら来ていい旨を告げられた,リフトアップという言葉が使われたか否かは分からないが,輪郭を出してほしいと言ったら必ずできると言われた,リフトアップとしか取れなかったので,聞いたと思うと供述するところ(原告本人【5,6頁】),原告の上記供述によれば,リフトアップという言葉が使用されたか否かは判然とせず,また,耳の当たりを切ってたるみを上げるという原告の主張するリフトアップの内容に関する説明があったか否かも明確ではないのであるから,これらの点において,原告の上記供述は上記陳述書(甲A9)の記載と齟齬する内容となっている。さらに,原告の上記供述のうち,髪で隠れるとの説明部分についても,原告は,髪で隠れる対象について尋問で明確に供述していない上,被告Bから手術の内容の説明もない状態で,単に傷痕が髪で隠れるという発言がされるというのも会話の流れとして不自然であって,髪で隠れるとの説明は,原告が本件脂肪吸引術の傷痕に関する説明と混同している可能性も否定できない。

これに対して,被告Bは,本人尋問において,4月14日の電話での説明内容について,診察をしていない状態では,頸部のたるみ除去手術の適応があるか否か,どの部分をどのようにすればその目的を達せられるかが分からないので,手術方法や傷痕について説明していないと供述するところ(被告B本人【3頁】),上記認定事実(1)イによれば,被告Bは,4月3日以降,原告から頸部のたるみ除去の依頼を複数回にわたって受けたが,時間の経過とともに皮膚が柔らかくなっていく可能性があることから様子を見るよう指導するなど,手術の実施について一貫して慎重な意向を示しているのであり,このような経緯によれば,同月14日に原告から電話で依頼を受けた際にも,被告Bとしては,原告の患部の状況を診察した上で,手術の適応があるか否か及び手術方法を検討するという慎重な対応を行うことが自然かつ合理的であるから,被告Bの上記供述は信用することができる。

そうすると,4月14日の電話での説明内容に関する原告の陳述書(甲A9)は,リフトアップという発言の有無やその内容という,本件手術の説明に関する重要な部分において,原告の本人尋問における供述と齟齬する部分があり,かつ,信用性のある被告Bの上記供述内容と整合しないから採用することができず,同日の電話での会話内容としては,被告Bの上記供述に基づき,上記認定事実(1)ウのとおり認定できるにとどまるというべきである。

イ 4月14日の診察時の説明内容

原告は,被告Bが4月14日の診察時に,原告に本件手術の内容や術後の状態や合併症について説明しておらず,カルテの図を見せていないと主張し,その本人尋問において同旨の供述をするほか,被告Bから診察時,皮膚が硬く,「だま」ができており,手術でなくなると言われたものの,具体的な施術方法については一切説明がなく,テレビの知識でこめかみに施術を行い,髪で隠れる部分だと考えていた,被告Bからデッサンのようなことをされたが,書かれたものを鏡で見せられたことはないと供述するので(原告本人【8,21,22頁】),検討する。

上記認定事実(1)ウによれば,被告Bは,座位の状態の原告について,切除する範囲の皮膚にマーカーで印を付けたところ,原告の上記供述によっても,その部位は頬骨の下のところから鎖骨の少し上までであり(原告本人【7,8頁】),原告が予想していたとされる手術部位(こめかみ)と異なる部位にマーカーで印が付けられていることが明らかである。そして,原告は,皮膚にマーカーで印が付けられたことについて,手術のために計算して輪郭を出すために行われたと考えたものの,何のために行うのか質問したことはなく,鏡で示されたこともないと供述するが(原告本人【8,20頁】),美容整形手術を受ける患者にとっては,いずれの部位を手術するかという点は,手術痕の残る部位とも密接に関わる重要な関心事項であるから,自らが想定している手術の部位とは異なる箇所にマーカーで印が付けられていることを認識し,かつ,それが手術のために行われたことを認識したのであれば,マーカーで印を付ける目的やその部位,行われる手術の内容について確認することが自然であるが,原告は,被告Bに何らの確認をせず,鏡でその部位を確認したこともないというのであって,このような原告の供述内容は,美容整形手術を受ける前の患者の行動として不自然不合理といわざるを得ない。

これに対して,被告Bは,その本人尋問において,原告と面談して,①直接厚い皮膚の余った部分を処理して,首のラインをすっきりさせるとして,皮膚の切除範囲と生じ得る傷痕をカルテに図解し,同図(乙A3【3頁】)を原告に示した,②なるべく傷が目立たなくなるよう,横の傷は首のくびれの横の皺に一致するようにし,縦の傷はなるべく短くして顎下に隠れるようにする,傷の見え方としては正面から傷が隠れる状態となり,時間がたてば非常に目立ちにくくなると説明した,③切除する範囲の皮膚にマーカーで印をつけて原告に鏡で確認させたと供述する(被告B本人【7ないし11頁】)ので,検討する。

まず,被告Bの本件手術の方法及び傷痕の説明(①,②)についてみると,被告Bの主張する手術の内容に関する説明は,直接厚い皮膚の余った部分を切除して縫合するというもので,施術された本件手術の内容と一致し,また,傷痕に関する説明は,横の傷を首の横の皺に合わせ,縦の傷をなるべく短くするため,正面から傷痕が見えにくい状態となるというもので,実際に生じた手術痕の正面視での見え方(認定事実(2)ア)と一致している。

また,被告Bが原告にカルテの図を示した(①)との点についてみると,カルテには,頸部正面の模式図に,皮膚の切除範囲として三角形に近い形及び手術痕として十字が青色で記載され,頸部側面の模式図に,手術痕として十字が青色で記載され(乙A3【3頁】),実際に切り取った皮膚の形状として上方に鋭角のある三角形が,手術痕として逆T字形が記載されている(乙A3【4頁】)ところ,上記の青色で記載された十字の手術痕は,実際に行われた逆T字形の縫合とはやや異なる形状であること,実際に生じた手術痕は上記のとおりカルテの次頁にその記載が存在することに照らすと,上記の青色の記載は,本件手術前に記載されたものと推認される。そうすると,皮膚の切除範囲と生じ得る手術痕をカルテに図解し,原告に示したとの被告Bの上記供述は,カルテの内容とも整合する。

さらに,被告Bが,切除する範囲の皮膚にマーカーで印をつけて原告に鏡で確認させた(③)との点についても,被告Bの供述によれば,手術前に切除する範囲の皮膚にマーカーで印を付けて,手術部位や予想される傷痕を本人に鏡で確認させる作業は,業務上習慣的に行っていると認められるところ(被告B本人【11頁】),美容整形手術を受ける患者にとって,手術部位や手術痕の位置は重要な関心事項であるから,マーカーで印を付けた状態を患者に確認させるとの被告Bの供述内容は,美容整形手術を行う医師の行動として自然かつ合理的であり,原告についてのみ異なる扱いをする理由にも乏しいから,本件においても,同様に原告に対し,マーカーで印を付けた部分を鏡で確認させた可能性が高いというべきである。

そうすると,4月14日の説明に関する原告の上記供述は,美容整形手術を受ける前の患者の行動として不自然不合理な点があって信用することができず,一方で,被告Bの上記供述は,実際に行われた手術内容や手術痕と合致し,カルテの記載とも整合し,自然かつ合理的であって信用することができる。そうすると,信用性のある被告Bの上記供述によれば,被告Bが,4月14日の診察で原告に対し,①直接厚い皮膚の余った部分を処理して,首のラインをすっきりさせるとして,カルテ上で頸部正面の模式図に,皮膚の切除範囲として三角形に近い形及び手術痕として十字を図解し,頸部側面の模式図に,手術痕として十字を図解して示した事実,②なるべく傷が目立たなくなるよう,横の傷は首のくびれの横の皺に一致するようにし,縦の傷はなるべく短くして顎下に隠れるようにする,傷の見え方としては正面から傷が隠れる状態となり,時間がたてば非常に目立ちにくくなると説明した事実,③切除する範囲の皮膚にマーカーで印を付けて原告に鏡で確認させた事実を認めることができ,これに反する原告の主張は採用することができない。

(3)  以上の事実を前提として,被告Bに説明義務違反があったか否かを判断する。

まず,本件手術によって生じ得る手術痕の位置及び大きさに関する説明について検討すると,上記(2)イで認定したとおり,被告Bは,原告に対し,直接厚い皮膚の余った部分を処理して,首のラインをすっきりさせると説明し,カルテ上で頸部正面の模式図に,皮膚の切除範囲として三角形に近い形及び手術痕として十字を図解し,頸部側面の模式図に,手術痕として十字を図解して原告に示したほか,切除する範囲の皮膚にマーカーで印を付けて原告に鏡で確認させたものである。これらの事実からすると,被告Bは,原告に十字の手術痕が頸部の正面に生じる旨の説明を行っており,原告としても,頸部正面に一定程度の十字の手術痕が残ることを理解することが可能であったということができる。しかしながら,被告Bが示したカルテの図(乙A3【3頁】によれば,線条の具体的な長さに関する記載はない上,頸部正面の模式図の十字の大きさは,側面の模式図の十字よりも小さく記載されており,基準となる顔の輪郭の全体の記載もないのであるから,これらの図から,生じ得る手術痕の大きさを正確に把握することは困難であって,小さな手術痕しか残らないと誤解する可能性もあったというべきである。そうすると,被告Bの説明は,手術痕の大きさに関する説明として十分なものとはいえない。

次に,手術痕の形状,外観及び残存する期間に関する説明について検討すると,上記(2)イによれば,被告Bは,なるべく傷が目立たなくなるよう,横の傷は首のくびれの横の皺に一致するようにし,縦の傷はなるべく短くして顎下に隠れるようにする,傷の見え方としては正面から傷が隠れる状態となり,時間がたてば非常に目立ちにくくなると説明したところ,このような説明からは,傷痕が目立たない状態となり,正面視では隠れるという利点のみが強調され,その反面,横や斜め,下から見た場合には手術痕が見え得るという欠点について認識することは困難である上,残存する期間についても曖昧な説明であって患者に提供すべき情報としての正確性に欠けていたというべきであるから,手術痕の形状,外観及び残存する期間に関する説明として十分なものであったとはいい難い。なお,上記のとおり,頸部側面の模式図上は,正面の模式図よりも十字が大きく記載されているものの,その正確な大きさについての説明がない以上,同図のみから手術痕の外観を理解することは困難であったというべきであり,被告Bが原告に同図を示したことは,上記判断を左右しない。

そして,他の選択可能な術式の内容等に関する説明についてみても,上記認定事実(1)ウによれば,被告Bは,原告に,耳介部周辺切開術式の内容,適応可能性,それを受けた場合の利害得失について何ら説明をしていない。

したがって,被告Bの説明は,本件手術によって生じ得る手術痕の大きさ,外観及び残存する期間についての説明が十分でなく,かつ,他の選択可能な手法として,耳介部周辺切開術式の内容,適応可能性,それを受けた場合の利害得失についての説明をしていない点において,説明義務違反が認められる。

3  争点(4)(上記各注意義務違反と原告の手術痕との間に因果関係があるか)について

(1)  被告Bには,上記のとおり説明義務違反が認められ,また,本件手術により,原告には顎下から頸部正面にかけて,「人」という字形に似た線条の手術痕が残ったこと(上記認定事実(2)ア)から,同説明義務違反と原告の手術痕という結果との因果関係の有無について検討する。

原告が本件手術を受けた目的は,頸部のたるみを除去するという美容目的にあるから,原告が被告Bから,本件手術の結果,顎下から頸部正面にかけて相当な長さの線条の手術痕が生じること,横や斜め,下から見た場合には手術痕が見え得ること及び手術痕が残存する期間について具体的な説明を受けていれば,原告としては,角度によっては同手術痕が容易に人目に付くことを理解することができたものと認められる。そして,原告が被告Bから,他の選択可能な方式として,耳介部周辺切開術式の内容,適応可能性,それを受けた場合の利害得失についての説明を受けていれば,耳介部周辺切開術式の手術痕は,本件手術の手術痕と比べてより人目に付かないものであることを理解し,耳介部周辺切開術式を受ける可能性を探ったというべきであり,頸部のたるみの除去のために上記のような手術痕が残る本件手術を選択することはなかったものと認めることができる。

したがって,被告Bが説明義務を尽くしていれば,原告は本件手術を受けることはなく,上記手術痕が生じることもなかったのであるから,被告Bの説明義務違反と原告の上記手術痕との間には因果関係が認められる。

(2)  これに対し,被告らは,原告の手術痕の写真等(甲A3,4の1・2,7,10ないし12)に基づき,原告の手術痕は白色化していたにもかかわらず,9月16日には手術痕に赤いミミズ腫れや内出血の跡が見られ,10月20日には瘢痕が拡大してケロイド化が進んだとして,上記の変化は,原告の自傷行為によると主張する。

しかしながら,原告は,美容目的で本件手術を行ったのであるから,このような美容整形手術を行った原告が,自傷行為をする動機は極めて乏しいというべきである。また,上記認定事実(2)アによれば,9月16日より前に撮影された写真(甲A4の1,11)でも,手術痕の周囲の皮膚に引きつれが生じていること,被告らの主張する色調の変化も,写真撮影時の光の当たる方向や陰影,光源等の相違による影響を受けている可能性が否定できないことからすると,上記写真(甲A4の1,11)が,創傷の第1期癒合の過程にあり,それ以降に撮影された写真や動画が創傷の第2期癒合の過程にあったと判別することも困難である。さらに,上記認定事実(3)ウによれば,ケロイドとは,一般に外傷の結果生ずる真皮に由来する良性増殖性線維腫を指すところ,原告の手術痕は,平成28年6月以降は隆起や引きつれの程度も低下しており(認定事実(2)ア),ケロイドに該当するかも明らかではない。

そうすると,被告らの指摘する写真等の画像上の変化から,原告の自傷行為があったと認めることはできず,被告Bの説明義務違反と結果との間の因果関係を否定することはできないから,被告らの主張は上記(1)の判断を左右するものではない。

4  争点(5)(損害の発生及び額)について

(1)  上記で説示したところによれば,被告らは,被告Bの説明義務違反により原告に発生した損害につき,被告Bは不法行為責任に基づき,被告Aは不法行為責任(使用者責任)に基づき,原告に対し,それぞれ損害賠償義務を負い,両者の債務の関係は不真正連帯債務となるというべきところ,原告には,被告らの不法行為によって,以下の損害が発生したことが認められる。

(2)  慰謝料 100万円

原告は,本件手術によって,頸部の正面に手のひら大に醜状痕が生じており,自動車損害賠償保障法施行令別表第二第7級12号の「外貌に著しい醜状を残すもの」に類すると主張する。

上記認定事実(2)によれば,原告には本件手術により,顎下から頸部正面にかけて,「人」という字形に似た線条の手術痕が生じており,10月20日の時点の線条痕の長さは右斜め方向に約4cm,左斜め方向に約5cmであり,中央に隆起が,周囲の皮膚に引きつれが見られたものの,平成28年6月23日及び平成29年2月17日に撮影された写真では,原告の手術痕は肌色となり,10月20日に撮影された動画と比べて隆起や皮膚の引きつれの程度が小さくなったこと,原告の手術痕を修正するためには,形成外科の手術が必要であるが,原告は本件訴訟が終局するまで上記手術を行わない意向を示していることが認められ,これらの事実によれば,原告の手術痕は改善傾向にあって目立たない状態になってきており,形成外科での手術を行うことによって更なる改善が見込まれるというべきである。そうすると,現時点における原告の症状を,後遺障害と評価することはできない。

もっとも,上記のとおり,原告の手術痕は相当な長さの線条痕で,横や斜め横,下からの角度で原告と対峙した場合には容易に目に付く部位であるほか(上記認定事実(2)ア),証拠(原告本人【13,14頁】)によれば,手術痕の存在によって,接客業に就きにくくなるなど就職において不利益を被ったこと,親元に帰ることができなくなったことが認められ,原告が日常生活において相当な不利益を被ったといえる。

上記の事情に,原告に頸部のたるみ除去という効果が一定程度生じていることその他の本件に現れた諸般の事情を考慮すると,原告の受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては,100万円をもって相当と認める。

(3)  弁護士費用 10万円

本件訴訟の内容,難易,審理経過及び認容額等に照らすと,被告らの不法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては,10万円をもって相当と認める。

第4結論

以上によれば,被告らは,原告に対し,連帯して110万円及びこれに対する不法行為の日である平成27年4月14日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払義務を負うことになる。

よって,原告の請求は主文掲記の限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

仙台地方裁判所第3民事部

(裁判長裁判官 大嶋洋志 裁判官 北嶋典子 裁判官 木村洋一)

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