仙台地方裁判所 平成3年(ワ)17号・平元年(ワ)1017号 判決
(抄録)
「第三 争点に関する判断
一 本訴請求について
1 被告らによる違法行為の有無
(一) 前記……事実、証拠(省略)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
(1) 原告は、本件先物取引を開始する以前において商品先物取引を行なった経験はなく、また、株式取引の経験もなかった。
(2) 被告会社の従業員であった被告乙は、昭和六三年五月初旬ころ、数回にわたって原告の勤務先の○○市土地改良区の事務所(以下、単に「事務所」という。)へ電話をかけて原告に対し、『今白金の値段が上昇しています。貯金をするよりずっと有利です。一度話を聞いてほしい。』などと言って、白金の商品先物取引の勧誘をした。その結果、原告は、一度先物取引についての話でも聞いてみようという気になり、同月一二日に被告乙と面会する旨を約束し、事務所において、午後一時ころから約一時間にわたり、同被告から白金の先物取引についての話を聞いた。その際同被告は、白金の相場の値動きを示す罫線を提示するなどして、『今銀行の利子は最低の状態にあるから、商品取引の方が有利です。』、『白金は値段が上がり始めており、今が買いごろです。』、『絶対に儲かります。ぜひやってみましょう。』などとことさら利益面を強調して執拗に勧誘した。また、被告乙は、右面会の際原告に対して、持参した『商品取引ガイド』(省略)や『貴金属取引ガイド』(省略)等の商品先物取引についての資料を交付したものの、右資料を利用した商品先物取引の仕組みやその危険性あるいは委託追証拠金に関する説明を行なっておらず、同人の説明は先物取引の利益面の強調に終始していた。結局、原告は、この日ただちに右勧誘に応じるということはなかったものの、明確に断るということもしなかった。
その後も、被告乙及び同丙は、原告に対し、商品先物取引についての市況報告関係等の資料を送付したり、被告乙が、事務所にいる原告に再三にわたって電話をかけ、『絶対に白金の先物取引が有利です。銀行の利子よりも儲ける率が高いです。』、『今が一番儲かる時期です。』などといった白金の先物取引の有利性についての話をしたりし、また、事務所を訪れては、原告に対して、白金の先物取引は貯金よりも有利で必ず儲かるといった趣旨の話などをした。
(3) 被告乙は、同年八月一二日の午前九時ころ、事務所にいる原告に電話を入れ、『白金の値段が動いています。今がチャンスです。絶対に間違いなく儲かります。』などと強い調子でまくしたてて白金二〇枚の買建玉をするよう勧誘し、『金がないからだめだ。』と言って消極的な態度を示す原告に対して、さらに『証拠金は後でよいです。』などと言って右建玉を強く勧誘した。結局、原告は、被告乙の右のような勧誘を受けて右建玉をすることを承諾し、その結果、原告のために同日の前場一節で白金六月限月二〇枚の買建玉がなされた。そして、原告は、同日午後一時ころ被告乙の訪問を受け、約一時間にわたり同人と面談したが、その際も、同人は商品先物取引の有利性を盛んに強調するばかりで、商品先物取引の仕組みやその危険性あるいは委託追証拠金に関する説明はほとんど行なわなかった。
また、原告は、同日、被告乙から『東京工業品取引所の受託契約準則』(省略)、『商品取引委託のしおり』(省略)及び先物取引の危険性についての『危険開示告知書』(省略)を受領するとともに、先物取引の危険性を了知したうえで東京工業品取引所の商品市場における売買取引を委託することを承諾する旨の承諾書(省略)及び前記『商品取引委託のしおり』の交付を受け、かつその内容の説明を受けたことを証する受領書(省略)に署名押印したが、実際には、右受託契約準則及びしおり等についての説明は、ほとんど行なわなかった。なお、同日、被告会社の従業員で被告乙の上司にあたる被告甲は、原告に対して、電話で、今後の取引については被告甲が担当する旨の連絡をした。
そして、右建玉に必要な委託証拠金二七〇万円については、建玉から一〇日後の同月二二日に、被告会社に振込入金された。
(4) 被告甲は、同月二四日、事務所の原告宛てに電話を入れ、『七〇万円近い利益が出ました。もっと枚数を増やせば利益も多くなります。前に建てた二〇枚については、証拠金が一枚あたり一三万五〇〇〇円でしたが、四月限月の玉の場合は一枚あたり九万六〇〇〇円です。二〇枚を仕切った利益を加えて四月限月の玉を三五枚買いましょう。儲けは多い方がよい。任せてください。』などと自信たっぷりに勧誘したため、限月が異なることによって委託証拠金の額にも差異が生じるということを知らなかった原告は、同被告の言うとおりにしておけば間違いはなかろうと考え、言われるがままに同被告の勧誘に従って取引をすることにした。その結果、翌二五日に、白金二〇枚が仕切られ、新たに白金四月限月三五枚の買建玉がなされ、これによる委託証拠金の増額分については、右仕切りによって生じた利益金七一万四〇〇〇円のうち六六万円を同日委託証拠金に振り替えることによってまかなわれた。
(5) 被告丙は、同年九月七日、外出中の被告甲から、原告に追証が必要となる可能性が出て来たのでその旨連絡してほしいとの指示を受けた。そこで、被告丙は、同日の正午ころ、事務所にいる原告に電話をして、『大変だ。値下りです。この後も値下がりが続くと証拠金の追加が必要になります。このままでは、二〇〇〇円あるいは一七〇〇円にまで暴落するかもしれません。そうすると○○さんから預かっている証拠金は一切戻らないことになります。今止めると一二〇万円くらいの損が出ます。』などという話を手仕舞いの意向を示している原告に対してなし、そのため同人が困惑しているとさらに加えて、両建を行なえば損失を取り戻すことができるかのように強調するとともに、そのための委託証拠金は後日でもよいとして両建を強く勧誘したため、両建の長所や短所についてほとんど知識を有していなかった原告は、被告丙の右のような勧誘に押し切られ、両建をすることを承諾した。そして、同日、白金三五枚の売建玉がなされ、結局、白金四月限月三五枚ずつが両建となった。
そして、翌八日の午前一〇時三〇分ころ、被告甲が事務所にいる原告を訪れ、約一時間にわたって話をしたが、その間被告甲は、『今値段が下がっている途中の段階ですから、下げ止まって上がり出してくればいつでも挽回できます。』、『両建をしていますから、さらにマイナスが増えるということは現状ではありません。マイナスが増えなければ追加金は必要ないわけです。』などと申し向け、そして、具体的な数値をあげながら、両建をすることによって必ず損失を取り戻すことができるかのような説明を続け、さらには、『証拠金は二〇日までに入金してください。二〇日を過ぎる場合は、五〇万円でも、一〇〇万円でも結構ですから二〇日までに入金してください。』などと前記三五枚の売建玉の証拠金の入金を迫った。結局、原告は、右建玉に必要な委託証拠金三三六万円については、同月二二日に一〇〇万円、三〇日に二三六万円という形で、被告会社に支払った。
(6) 原告は、その後も、同月一六日から同年一二月七日までの間に、明細書記載のとおり多数回にわたって取引を繰り返したが、これらは、原告が被告甲の意向に言われるままに従い取引を承諾することによりなされたものであった。また、被告甲は、原告が言うままに従うのをよいことに、もっぱら被告会社の手数料収入を稼ぎ出すための無意味な反復売買(転がし・途転)を繰り返した。
この間、原告は、同年一〇月四日、被告会社本社管理サービス部次長の丁と会っているが、その際に同人から、商品先物取引の仕組みや追証に関して、原告が理解できるような説明が行なわれることはなかった。また、原告は、同年一二月七日、被告会社の同業他社であるサンワード貿易との間で、綿糸の商品先物取引を開始した。
(7) 被告甲は、同年一二月一六日の午前一〇時ころ、事務所にいる原告に電話をして、『予想していないことになりました。暴落です。ストップ安です。また後で電話をします。』などと、白金の価格が暴落したことを緊迫した口調でまくしたてた。そして、同日の午後一二時二〇分ころ再び原告に電話を入れ、これ以上資金の都合がつかないとして手仕舞いの意向を示す原告に対して、『今全部処分すると、二〇〇万円くらいお支払いただくことになりますが、このような形でお支払いになりますとこの先絶対に返すことはできないのです。ここで処分せずに持ちこたえておけば、必ず値段は戻って来ます。』、『ここで七〇〇万円ご無理していただけば、七〇〇万円プラス三五〇万円から五〇〇万円くらいは最低お返しできます。』、『明日もしストップ安でまた二〇〇万円値段が下がれば、七〇〇万円足りなくなります。七〇〇万円をお支払いただいて止めますか。七〇〇万円の売を作っていただけば、七〇〇万円足すことの三五〇万円くらいは返ります。同じご資金をご無理いただくんでしたら、両建の方が絶対お得だと思います。』などと申し向け、両建をすれば必ず損失を回復することができるかのように強調し、金融機関から必要な委託証拠金につき借入れをしてでも両建をするように強く勧誘した。その結果、原告は、被告甲の意向に従うような形で、両建をすることを承諾するに至った。なお、被告甲は、右勧誘に際し、右両建に関して必要になる委託証拠金については、一部を年内に入金してもらえれば、残額については年明けでもよいということも明示した。
結局、同日の後場一節において五〇枚の売建玉がなされ、白金四月限月五〇枚ずつが両建となった。右建玉に関して必要な委託証拠金(追証を含む)七〇〇万円については、同月二二日にそのうちの一部一〇〇万円が被告会社に入金されたが、残額六〇〇万円については支払われることがなかった。
(8) そして、最終的には、平成元年二月二三日に残っていた建玉が全て手仕舞いされ、原告の本件先物取引は終了した。
以上の事実が認められ、原告及び被告らの各本人尋問の結果中、右認定に反する部分は採用できない。
(二) 以上の事実関係によれば、本件先物取引の勧誘及び取引過程において、被告会社の従業員である被告らには、『利益を生ずべき断定的判断の提供』、『投機性等の説明の欠如』、『両建の勧誘』、『無意味な反復売買』などの商品取引所法、商品取引所の定款、受託契約準則あるいは商品取引所指示事項に違反する(省略)、民法上も違法と評価されるべき行為があったものと認められる。また、新規委託者保護管理規則(社内規則)は、新規委託者について取引開始後三か月以内を習熟期間とし建玉枚数を原則として二〇枚以内に制限しているところ(省略)、被告甲あるいは同丙が、原告の先物取引に対する知識、理解度及び資力についての十分な審査を経たうえで右制限を超える建玉をしたものと認めるに足りる証拠はないから、右規則にも違反していることになる。結局、本件先物取引の勧誘及び取引過程において被告らが行なった行為は、その全体を通じて違法性を帯びており、不法行為を構成するといわざるを得ないのである。
そして、被告らの右行為は、前記1の(一)の事実関係に加えて、被告会社が先物取引の受託に関してトラブルを続発させているという状況にあったこと(調査嘱託)、被告会社仙台支店は従業員総数が十数名程度の小規模な組織であったこと(省略)、被告乙は本件先物取引の締結に際して被告甲の指示を仰いでいたこと(省略)を考慮するならば、被告らの個人的な考えによってなされたものではなく、少なくとも被告会社仙台支店の営業方針に基づいて行なわれたものと推認することができる。だとすれば、被告らの各人は、各自が行なった行為だけでなく、本件先物取引の勧誘及び取引過程において被告らが行なった行為全体につき、それが被告甲ら右支店幹部の指揮下にいわば支店ぐるみで組織的に行われたものである以上、それによって原告に生じた損害について、不法行為責任を免れることができないことになる。
したがって、被告らは民法七〇九条、七一九条に基づき、被告会社は同法七一五条一項に基づき、原告の被った損害を賠償する責任があるというべきである。
2 損害額
(一) 委託証拠金分(請求額 七〇六万円) 七〇六万円
原告が、本件先物取引に必要な委託証拠金として、合計七〇六万円を支払ったことは、前記のように当事者間に争いがなく、右金額は、同人が、被告会社の従業員である被告らによる違法な本件先物取引の勧誘及び取引過程における行為によって被った損害と評価することができる。
(二) 慰謝料(請求額 一〇〇万円)
財産的損害が生じた場合においては、特段の事情がない限り原則として財産的被害の回復によりそれに伴う精神的損害も慰謝されるのが通常であるところ、本件先物取引に関して右特段の事情を認めるに足りる証拠はないから、慰謝料請求を認めることはできない。
3 過失相殺
原告が商品先物取引についての経験を有していない者であったことは既に認定した通りであるところ、商品先物取引が投機性の高い極めて危険な商取引行為であり、それ相応の専門的知識も経験もなしにこれを行なうと大きな損害を被ることも少なくないことは公知の事実であるにもかかわらず、同人は、漫然と被告らの勧誘に乗って取引をなしたものであり、また、被告会社から交付された委託契約準則や商品取引委託のしおり等を熟読することもなかった。さらに、原告は、被告会社から送付された『委託売付買付報告書および計算書』(省略)や『残高照会回答書』(省略)によって、本件先物取引につき取引中に損失が発生していることを知っていたにもかかわらず、取引を継続していたのである。
右のような事情及び記述の原告、被告会社・被告ら双方の一切の事情を考慮すると、原告の過失として斟酌される割合は二割と認めるのが相当である。したがって、被告会社及び被告らが原告に対して賠償すべき損害額は、各自五六四万八〇〇〇円となる。
なお、原告は、本件のような場合には過失相殺をすべきでないと主張するが、原告に前述したような過失が認められる以上、公平の観点から過失相殺を否定すべき理由はない(被告らの行為が違法とはいえ、信義則違反あるいは権利濫用と評価される程度に至っていないことは、後述のとおりである。)から、原告の右主張は採用できない。
4 弁護士費用(請求額 一四〇万円) 六〇万円
本件の内容、認容額等を考慮すると、相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、六〇万円と認めるのが相当である。
5 以上によれば、原告が被告会社及び被告ら各自に対して請求し得る損害賠償額は、六二四万八〇〇〇円となる。
二 反訴請求について
1 帳尻損金請求の可否について本件先物取引中の各取引が、本件委託契約に基づく有効な取引として行われたものである以上、原告が被告会社に対して損害賠償請求をなし得る場合があることは別論として、契約上の請求である被告会社の原告に対する本件帳尻損金請求は原則として認められるべきである。したがって、この点に関する争点2の原告の主張……は到底採用することはできない。また、本件においては、前記争点に対する判断一の1で認定した事実関係を総合しても、被告会社に認められる違法性の程度は、未だ信義則違反あるいは権利濫用と評価される程度にまで至っているものと断定することはできない。
以上より、被告会社の原告に対する本件帳尻損金請求は認められることになり、原告は、被告会社に対し、右帳尻差損残金一五四万円及びこれに対する弁済期後である平成三年一月一九日(本件反訴状が同年一月一八日原告に送達されたことは、当裁判所に顕著である。)から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払義務がある。
2 相殺について
前記のとおり、本件先物取引中の各取引が、本件委託契約に基づく有効な取引として行われた以上、契約上の請求である被告会社の原告に対する手数料請求権は発生しているものというべく、本件手数料相当額が被告会社の不当利得となるものではない。したがって、原告の相殺の主張は前提を欠き、採用することができない。
第四 結論
以上の次第で、原告の本訴請求は、被告ら及び被告会社に対し不法行為に基づく損害賠償として、各自六二四万八〇〇〇円とこれに対する不法行為の最終日である昭和六三年一二月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、被告会社の反訴請求は理由があるから認容する……。」