仙台地方裁判所 平成3年(ワ)406号 判決 1992年3月12日
原告 高橋昭治
被告 国
代理人 長谷部紘治 齋藤信一 ほか三名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
一 請求
被告は、原告に対し、二五〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一二月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 事案の概要
本件は、原告が、被告に対し、保有者不明の普通乗用車にひき逃げされたとして、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)七二条一項前段に基づき、政府の自動車損害賠償保障事業による損害填補金(以下「保障金」という。)を請求した事案である。
1 争いのない事実等
(一) 原告は、昭和六一年一二月九日午後九時ころ、仙台市宮城野区福住町一六番地先路上において、勤務先からの帰宅途中、第一一胸椎圧迫骨折、右第二ないし第一〇肋骨骨折、左第三ないし第一一肋骨骨折、脊椎損傷、腹部外傷等の傷害(以下「本件傷害」という。)を負い(争いがない)、平成二年六月一三日に症状が固定して、両下肢完全麻痺、膀胱直腸障害の後遺障害(以下「本件後遺障害」という。)が残った(<証拠略>)。
(二) 仙台労働基準監督署長は、昭和六三年一一月一日、原告を傷病等級第一級に認定し、さらに、平成二年八月三日、原告を障害等級第一級に認定した(争いがない)。
(三) 原告は、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく給付金又は年金として、昭和六一年一二月九日から平成三年九月三〇日までの間に、次のとおり、合計三六二九万七四七三円の支給を受けた。
(1) 療養給付金 一七五五万九四六円
期間 昭和六一年一二月九日から昭和六三年一〇月三一日まで
内訳 診療費一七四七万五六四六円、装具代七万五三〇〇円
(2) 休業給付金 五二八万三九四一円
期間 昭和六一年一二月一三日から昭和六三年一〇月三一日まで
内訳 休業給付額三九六万三一二八円、休業特別支給金一三二万八一三円
(4) 傷病年金 七五五万二三七〇円
期間 昭和六三年一一月一日から平成二年六月三〇日まで
内訳 診療費一八二万八八八八円、傷病特別支給金一一四万円、傷病年金四五四万六二九一円、傷病特別年金三万七一九一円
(5) 障害年金 五九一万二一六円
期間 平成二年七月一日から平成三年九月三〇日まで(現在、支給継続中)
内訳 障害特別支給金二二八万円、障害年金三六〇万四五〇八円、障害特別年金二万五七〇八円
(ほぼ争いがない〔金額の一部は調査嘱託の結果による〕)
(四) 原告は、平成二年六月二一日、自賠法七七条の規定による保障事業業務受託会社である大成火災海上保険株式会社を通じて、同法七二条一項前段に基づく保障金請求をなしたが、運輸大臣は、審査のうえ、平成三年二月二一日付で、原告に対し、右請求を却下する旨の通知をした(争いがない)。
2 争点
本件の争点は、以下の二点である。
(一) 原告の本件傷害が他の自動車の運行によって惹起されたものかどうか。
(原告の主張)
原告の本件傷害は、原告が原動機付自転車を運転中、対向してきた自動車のライトに目が眩み、路肩に車輪を落として転倒し、起き上がろうとしたときに、何者かの運転する普通乗用車に衝突されたことによって生じたものである。
(被告の主張)
原告の本件傷害は、原告が原動機付自転車を運転中、道路の左側縁石にハンドルを取られ、道路外に転倒したことにより自損事故によって生じたものであり、他の自動車の運行によって惹起されたものではない。
(二) 原告の本件保障金請求は、自賠法七三条一項による労災保険法に基づく給付との調整の結果、保障事業からの填補の余地がないものかどうか。
(原告の主張)
原告の本件後遺障害による精神的苦痛を慰謝するためには、少なくとも二五〇〇万円をもってするのが相当であるところ、自賠法七三条一項は、一度填補を受けた損害について二重取りは許さないという損益相殺の趣旨に基づいて定められた規定であり、同法七二条一項前段の被害者が社会保険給付を受領したことにより填補される損害は、治療費、休業損害、逸失利益等に相当する部分のみであって、慰謝料に相当する部分については填補の対象とならないから、被告は、原告の慰謝料二五〇〇万円につき、その損害の填補をする義務がある。
(被告の主張)
自賠法七二条一項前段の「政府は、…被害者の請求により、政令で定める金額の限度において、その受けた損害をてん補する。」との規定は、被害者の受けた損害が、治療費、休業損害、逸失利益、慰謝料等を併せると法定限度額を超える金額である場合においても、政府が填補するのは、右法定限度額であるという趣旨と解すべきであるところ、原告は労災保険法に基づいて右法定限度額(後記三参照)を超える給付金を受領できるから、同法七三条一項により、被害がさらに原告の慰謝料に相当する部分の損害についてその損害の填補をする義務はない。
三 争点に対する判断
先に争点(二)について判断する。
1 仮に、本件傷害が、原告の主張のとおり、他の自動車の運行によって惹起されたものであるとして、前記の原告の本件後遺障害に照らすと、政府保障の填補限度額は二五〇〇万円となる(自賠法七二条一項前段、同法施行令〔昭和六〇年一月二二日政令第四号〕二〇条一項、二条二号へ)。
2 ところで、政府の保障事業は、自動車の保有者が明らかでないため保有者に対し責任追求をすることができないなどの保険の制度になじまない特殊の場合の被害者を救済するために、社会保障政策上の見地から特にとりあえず政府において損害賠償義務者に代わり損害の填補をするために設けられた制度である。右の保障事業制度目的に鑑みると、政府の保障事業による救済は、他の手段によっては救済を受けることができない交通事故の被害者に対し、最終的に最小限度の救済を与える趣旨のものであると解するのが相当である(最高裁昭和五四年一二月四日判決・民集三三巻七号七二三頁参照)。自賠法七三条一項が「被害者が、…労働者災害補償保険法…に基づいて前条第一項の規定による損害のてん補に相当する給付を受けるべき場合には、政府は、その給付に相当する金額の限度において、同項の規定による損害のてん補をしない。」と定めているのは、その趣旨を明らかにしたものというべく、したがって、たまたま他の手段によって右限度額以上の救済が与えられた場合には、その手段による損害の填補が精神的損害(慰謝料)を填補するものでないとしても、政府の保障事業の右目的は達成されたものといえ、右限度額以上の保障金請求権はもはや発生しないものと解せられる。
3 そうだとすると、本件においては、前記のとおり、原告は既に労災保険法に基づく給付金又は年金として、昭和六一年一二月九日から平成三年九月三〇日までの間に、合計三六二九万七四七三円の支給を受けており、自賠法七二条一項前段による法定限度額である二五〇〇万円を超えていることが明白であるから、原告の被告に対する保障金請求権は発生せず、被告に原告の損害の填補をする義務は認められない。
四 結論
よって、原告の本訴請求はその余を判断するまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 岩井康倶 阿部則之 平田直人)