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仙台地方裁判所 平成4年(モ)1341号 決定 1992年9月25日

申立人(被告)

日本教育開発株式会社

右代表者代表取締役

横山周平

右代理人支配人

上杉陽光

相手方(原告)

後藤幸一

右訴訟代理人弁護士

真田昌行

主文

申立人の移送の申立を却下する。

理由

一本件移送申立の趣旨及び理由は、別紙「移送申立書」、「意見書」(添付の決定書は省略)及び「反論意見書」記載のとおりであり、これに対する答弁及びその理由は、別紙「移送申立に対する意見書」及び「意見書(追加)」記載のとおりである。

二当裁判所の判断

1  本件訴訟は、相手方が、申立人の助言及び指導の下に学習塾(以下「本件学習塾」という。)を開設し、その対価として金三七〇万円を支払うことを主な内容とする学習塾加盟契約(以下「本件契約」という。)を申立人との間で締結し、仙台市<番地略>所在の建物(以下「本件建物」という。)を修繕して設備を整えて同所に学習塾の開設を準備したところ、申立人が適宜本件学習塾の宣伝を行なうという本件契約の内容を一向に履行しなかったため、生徒が集らず開設に至らなかったことから、相手方が申立人に対し、申立人は生徒を集める意思もなく、かつ、生徒が集まる確証もないのに、申立人と本件契約を締結して本件学習塾を開設すれば絶対損はしない旨の虚偽の事実を述べて偽罔し、相手方に開設資金等の損害を負わせたとして、詐欺により本件契約を取消す旨通知して、不法行為による損害賠償の支払を求めるものである。

2  そこで、検討するに、相手方は自ら本件契約書に署名押印しており、同契約書二四条には、「本契約に関して万一紛争が生じた場合は、申立人の本店所在地を管轄する広島地方裁判所を専属的合意管轄とすることを相手方は承諾した」という趣旨の文言であることが認められ、申立人と相手方との間には申立人の主張するようないわゆる専属的合意管轄が成立しているということができる。

3 相手方は、本件訴訟は、本件契約に関する履行若しくは不履行、又は解除若しくは取消等をその請求原因としているのではなく、本件契約締結に至る経緯自体の違法行為をその請求原因として不法行為責任を追及しているのであるから、申立人主張の管轄の合意は本件訴訟の管轄を拘束するものではないと主張する。

しかしながら、申立人主張の管轄の合意は、その趣旨・目的に照らして考えると、本件契約に関して紛争が生じ訴訟になったならば、その訴訟における訴訟物や法律構成のいかんを問わず、すべての訴訟が合意した裁判所に集中的に提起され追行されるべきことを合意をしたものと解するのが相当である。ちなみに、申立人主張の管轄の合意を相手方主張のごとく限定して解すると、契約責任に関する訴訟と不法行為責任に関する訴訟とが別の裁判所に係属することを認容せざるを得なくなり、また、不法行為責任に基づく訴訟が法定管轄の裁判所に係属した後に契約責任に基づく請求を予備的に追加した場合に、その段階で管轄の合意のされた裁判所に移送せざるを得なくなるなど、社会的にみれば同一ないし密接に関する紛争が分断される弊害が生じることが予想される。したがって、本件訴訟も、「本件契約に関して紛争が生じた場合」に含まれるものというべきである。

4  次に、相手方は、本件管轄の合意は本件契約中の一条項であるが、本件契約は詐欺により取り消しうべきものであったところ、相手方は既に本件契約を詐欺により取り消したから、本件契約中の本件管轄の合意は右取消しによってその効力を失っていると主張する。

しかし、管轄の合意が私法上の契約と同時にされた場合であっても、私法上の契約が取り消されたからといって管轄の合意がこれと常に運命、効果をともにしなければならないということはなく、合理的な意思解釈をするならば、むしろ、管轄の合意はそのような私法上の契約がその本来の目的を達することなく効力を失って紛争が生じた場合をも予定していると解すべきである。したがって、申立人主張の管轄の合意は本件契約の取消しによっても影響を受けないものというべきである。

もっとも、一方の行為が詐欺として違法性が高く、契約書中の管轄合意を含めて詐欺による取消しの効果を認めるのでなければ、著しく正義に反するといわざるを得ない特段の事情があれば、管轄の合意の効力もまた詐欺による取消しによって失われる場合のあることは認めざるを得ないが、本件においてはそのような特段の事情は認められない。

5  しかしながら、専属的合意管轄が成立している場合であっても、受訴裁判所が法定管轄を有し、かつ、著しい訴訟の遅滞を避けるため、当該受訴裁判所で審理する必要があると認められるときには、民訴法三一条の法意に照らし、専属的合意管轄の裁判所に移送しないで当該受訴裁判所において審理することが許されると解するのが相当である。

そこで、検討するに、本件の審理においては、まず本件契約の締結に至る経緯が争点となると考えられ、右争点の事実関係を立証するために、相手方は、相手方本人及び本件契約締結に関わった関係者の尋問を予定しており、申立人の争い方によってはこれらの人証が必要になると予想されるところ、本件契約締結に至るまでの交渉は、仙台市ないしその近郊に在住するであろう申立人の仙台支店営業担当者との間で行なわれている。また、訴訟の進行によっては、相手方の損害額を認定するために、本件建物の内外装を工事した関係者を証人として尋問する可能性も否定することはできない。そして、申立人が仙台を含む各地に支店を有する会社組織であるのに対し、相手方は個人であり、もし広島地方裁判所で審理が行なわれるとすると、相手方の経済的負担が著しく大きくなることは避けることができない。したがって、当事者の訴訟準備、人証の出頭確保の点において、合意管轄のある広島地方裁判所より、受訴裁判所である仙台地方裁判所において審理するほうが、より迅速・円滑な審理の実現が期待できることは明らかである。

他方、広島市は、申立人の本店所在地というにとどまり、そのほかには、本件訴訟の内容たる事実と具体的関連性があると認めるに足りる資料は何ら提出されておらず、もし広島地方裁判所で審理することになると、事実上、前出の関係者の出頭困難、期日間隔の長期間化をもたらし、審理を遅延させるおそれがあるものと考えられる。

加えて、原告は、申立人仙台支店長丹治健に対しても、本件訴訟と同様の請求原因事実による不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を仙台地方裁判所に提起しており、右訴訟は、本件と同一裁判官係りで審理されることになった。

以上のとおりであるから、本件訴訟については、法定管轄のある受訴裁判所である仙台地方裁判所で審理することが著しい遅滞を避けるために必要と認られ、専属的合意管轄のある広島地方裁判所に移送しないで審理することが許されるものというべきである。

6  よって、本件申立は理由がないので却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官塚原朋一)

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