仙台地方裁判所 平成4年(ワ)850号 判決 1993年3月25日
原告
井上督
同
井上道子
同
井上祐子
右法定代理人親権者
井上督
同
井上道子
右三名訴訟代理人弁護士
犬飼健郎
同
亀田紳一郎
被告
草刈登志夫
同
草刈愼一
右両名訴訟代理人弁護士
佐々木健次
主文
一 被告らは、連帯して、原告井上督及び同井上道子に対し、各金二八一三万三〇〇〇円及び各内金二六五三万三〇〇〇円に対する平成四年二月二七日から、各内金一六〇万円に対する同年九月一〇日から、いずれも完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その七を被告らの負担とし、その三を原告らの負担とする。
四 この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、連帯して、原告井上督及び同井上道子に対し、各金四〇四八万円及び各内金三七九八万円に対する平成四年二月二七日から、各内金二五〇万円に対する本訴状送達の日の翌日から、いずれも完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告らは、連帯して、原告井上祐子に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成四年二月二七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
3 仮執行免脱宣言
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
原告井上督(以下「原告督」という。)及び同井上道子(以下「原告道子」という。)の長女であり、同井上祐子(以下「原告祐子」という。)の姉である訴外井上麻子(以下「麻子」という。)は、左記交通事故により死亡した。
記
(一) 発生日時 平成四年二月二六日午前一一時五〇分ころ
(二) 発生場所 仙台市青葉区国見四丁目五番二五号先路上
(三) 加害車輛 普通乗用自動車宮城三三も五二八八
(四) 右運転者 被告草刈登志夫(以下「被告登志夫」という。)
(五) 事故態様 被告登志夫が、本件自動車を運転して時速三〇キロメートルくらいで本件現場手前の交差点を左折して現場方向に向かい進行し、左折直後ころから急激に加速して時速七〇キロメートル以上にまで速度を上げたうえ、後輪が左に横滑りしてからも加速の状態を続け、更に、ハンドルを急に左に切ったところ、それを切り過ぎたため、同車を道路左前方に暴走させて縁石で区切られた歩道内に乗り上げさせたうえ、右歩道内を歩行していた麻子の後方から同車を衝突させ、麻子を跳ね飛ばして死に至らしめた。
2 責任原因
(一) 被告登志夫は、本件現場付近の道路を子平町方面から貝ケ森方面に向かって進行しようとしたが、そこは、いくぶん右に湾曲しながら上り坂になっており、最高速度が時速四〇キロメートルと指定されている場所であるうえ、本件自動車は、ターボチャージャーがついていて、加速力が非常に強いばかりでなく、急激に加速すると後輪が空転して横滑りを起こしやすい傾向があったのであるから、これを運転する場合には、急激な加速を差し控えるとともに、道路の湾曲に沿って進行できるように右の指定最高速度程度に速度を押さえながらハンドルを的確に操作して進行すべき注意義務があった。
しかるに、被告登志夫は、アルバイトに遅れそうになって先を急いでいたため、右注意義務を怠り、時速三〇キロメートルくらいで交差点を左折して右道路に入った直後ころから急激に加速して、時速七〇キロメートル以上にまで速度を上げたうえ、後輪が左に横滑りしていることを感じてからも加速の状態を続け、更に、車体がセンターラインの方向に向き始めているのを直そうとして、ハンドルを急に左に切ったところ、それを切り過ぎた。
被告登志夫は、右過失により、本件事故を発生させたのであるから、民法七〇九条により損害賠償責任を負う。
(二) 被告草刈愼一(以下「被告愼一」という。)は、本件自動車の所有者であるから、自動車損害賠償保障法三条により損害賠償責任を負う。
3 損害
本件事故により生じた損害は、次のとおりである。
(一) 被害者麻子の損害
(1) 逸失利益 四九七六万円
麻子は、死亡当時中学一年生(一三歳)であったが、非常に勉強熱心な子で、成績も極めて優秀であり、また、小学校一年生から二年生まで両親とともにアメリカで暮らしていたため、英語も流暢に話すことができた。そしてまた、近親者にも医者などの高学歴者が多く、両親も麻子を大学まで進学させるつもりであったし、麻子本人もそれを望み、東京大学医学部を目指していた。
したがって、麻子が大学まで進学する蓋然性は極めて高いというべく、逸失利益は、大卒女子の平均賃金を基準とし、生活費控除割合を三割、稼働可能期間を二二歳から六七歳までとして、新ホフマン方式により次のとおり算定されるべきである。
383万6800円×(1−0.3)×(25.8056−7.2782)
大卒女子平均賃金 54年の新ホ係数9年の新ホ係数
=4976万円(端数切捨て)
原告督及び同道子は、これを法定相続分に従い各自二分の一ずつ相続した。
(2) 慰謝料 二五〇〇万円
本件事故において、麻子は、車道にはみ出すこともなく、縁石で区切られた歩道内を歩行していたのであり、何の落ち度もない。
被告登志夫は、免許を取得したばかりで、運転技術も未熟であり、かつ、本件自動車が多少整備不良気味であることを認識しながら、指定最高速度を遥かに超える高速で右自動車を運転し、ハンドル操作を誤って歩道に乗り上げたうえ、右自動車を麻子の後方から衝突させて麻子を約28.5メートルも跳ね飛ばし、ほぼ即死の状態で死亡させた。
このように、被告登志夫の一方的かつ重大な過失により、年若くしてこの世を去らなければならなかった麻子の無念さを考えれば、麻子の精神的苦痛を慰謝するため相当な慰謝料額は、二五〇〇万円を下らない。
原告督及び同道子は、これを法定相続分に従い各自二分の一ずつ相続した。
(二) 原告督及び同道子の損害(葬儀関係費用) 一二〇万円
原告督及び同道子は、麻子の葬儀費用、墓地料、戒名料等として、少なくとも合計一二〇万円を支払った。
(三) 原告祐子の損害(慰謝料)五〇〇万円
原告祐子は、まだ一〇歳という幼年でありながら、最愛の姉を失うという苛酷な経験をさせられた。原告祐子は、麻子とは、「オリエンタル・ツイン」「御神酒徳利」などと呼ばれる程仲が良く、麻子をとても慕い、何かにつけ行動の基準を麻子に置いていた。このような姉を突然失った原告祐子の衝撃は大きく、悲しみは深い。
よって、その精神的苦痛を慰謝するため相当な慰謝料額は、五〇〇万円を下らない。
(四) 弁護士費用 五〇〇万円
原告督及び同道子は、原告ら訴訟代理人らに本件訴えの提起及び訴訟の追行を委任し、その報酬等として、各自二五〇万円を支払うことを約した。
よって、原告督及び同道子は、被告登志夫に対しては民法七〇九条の不法行為責任に基づく損害賠償として、被告愼一に対しては自動車損害賠償保障法三条の運行供用者責任に基づく損害賠償として、各四〇四八万円及び各内金三七九八万円に対する本件事故の日の翌日である平成四年二月二七日から、各内金二五〇万円(弁護士費用分)に対する本件事故後である本訴状が被告らに最終に送達された日の翌日から、いずれも完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、原告祐子は、被告らに対し、右各損害賠償として、五〇〇万円及びこれに対する本件事故の日の翌日である平成四年二月二七日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実のうち、走行速度については不知。その余の事実は認める。
2 請求原因2の事実は認める。
3 請求原因3は争う。
第三 証拠<省略>
理由
第一請求原因1の事実は、走行速度の点を除き、当事者間に争いはない。走行速度については、<書証番号略>により、請求原因のとおり認めることができる。
第二請求原因2の事実は、当事者間に争いはない。
第三そこで、請求原因3(原告らの損害)について検討する。
一被害者麻子の損害について
1 逸失利益
<書証番号略>並びに原告督の本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。すなわち、麻子は、死亡当時中学一年生(一三歳)であったが、非常に勉強熱心で、県下の中学生全員を対象とした新教育テストでは仙台市北学区の生徒九四〇〇人中三〇番に入るなど、成績も極めて優秀であった。また、小学校一年生から二年生まで両親とともにアメリカで暮らしていたため、英語も流暢に話すことができた。そして、近親者にも高学歴者が多く(麻子の父である原告督は、東京大学の大学院を卒業し、現在東北大学流体科学研究所助教授の地位にあり、また、麻子の祖父など近親者に医者が多い。)、両親も麻子を大学まで進学させるつもりであったし、麻子本人もそれを望み、東京大学医学部を目指していた。
右認定事実にかんがみれば、麻子が大学にまで進学する蓋然性は極めて高いと認められる。
そこで、右の点及びその他本件において認められる諸般の事情を考慮して、麻子の本件事故による逸失利益は、平成三年の賃金センサス中大卒女子の平均賃金を基準とし、生活費控除率を平均三〇パーセント、稼働可能期間を二二歳から六七歳までとし、ライプニッツ方式により中間利息を控除して、次のとおり算定する。
399万8200円×(1−0.3)×(18.5651−7.1078)
大卒女子平均賃金 54年のラ係数9年のラ係数
=3206万6000円(1000円未満切捨て)
2 慰謝料
<書証番号略>及び原告督の本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。すなわち、本件事故において、麻子は、車道にはみ出すこともなく、縁石で区切られた歩道内を歩行していたのところ、被告登志夫は、本件事故の約五か月程前に免許を取得したばかりで、かつ、本件自動車が多少整備不良気味であることを認識しながら、片側一車線の道路を指定最高速度(時速四〇キロメートル)を遥かに超える時速七〇キロメートル以上の高速で右自動車を運転し、ハンドル操作を誤って歩道に乗り上げたうえ、右自動車を麻子の後方から衝突させて麻子を約28.5メートル先まで跳ね飛ばした結果、頭蓋底骨折、頸椎骨折の傷害を負わせ、その約二時間後に死亡させた。
右認定事実によれば、被害者麻子は、何の落ち度もなかったにもかかわらず、被告登志夫の一方的かつ重大な過失により、本件のごとき悲惨な事故に巻き込まれたことが認められ、その他本件に現われた一切の事実(とりわけ、一三歳というなお春秋に富む年齢で貴重な生命を奪われた麻子自身の無念や遺族である原告らの心痛の程度の甚大さ)を斟酌すれば、本件事故による被害者麻子の精神的苦痛に対する慰謝料としては、二〇〇〇万円が相当である。
3 相続
弁論の全趣旨により、麻子の両親である原告督及び同道子の両名のみが麻子の相続人と認められるから、右両名は、麻子の被告らに対する損害賠償債権を各自二分の一の割合で相続したものということができる。
そうすると、原告督及び同道子が麻子より相続した被告らに対する損害賠償債権の額は、各自二六〇三万三〇〇〇円となる。
二原告督及び同道子の損害(葬儀関係費用)について
<書証番号略>及び弁論の全趣旨によれば、原告督及び同道子は、麻子の葬儀関係費用(葬儀費用、墓地料、戒名料等)として、少なくとも合計一二〇万を支払ったと認められるところ、麻子の年齢等本件において認められる諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある麻子の葬儀関係費用は、一〇〇万円と認めるのが相当である。
したがって、原告督及び同道子が被告らに請求しうる葬儀関係費用は、各自五〇万円となる。
三原告祐子の損害(慰謝料)について
前掲<書証番号略>及び原告督の本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。すなわち、原告祐子は、麻子の妹であり(争いがない。)、麻子とは、「オリエンタル・ツイン」「御神酒徳利」などと呼ばれる程仲が良く、麻子をとても慕い、何かにつけ行動の基準を麻子に置いていた。麻子の死後は、両親の前では悲しみを表面に表さず、逆に両親を元気づけるよう健気に振る舞っているものの、麻子の部屋にそっと入っていたりすることがあり、将来は麻子の志望していた医者を目指すと話している。
しかし、不法行為による生命侵害があった場合に、被害者の近親者が民法七一一条に規定する者でないときには、その者と被害者との間に同条所定の者と実質的に同視しうるべき身分関係が存し、被害者の死亡により甚大な精神的苦痛を受けた場合に限り、同条の類推適用により、加害者に対し直接に固有の慰謝料を請求しうると解するのが相当であるところ、前記認定事実によれば、原告祐子と麻子との間に普通の姉妹以上に非常に親密な関係があり、原告祐子は、麻子の死により深い心の傷を負ったものと認めることはできるものの、なお原告祐子と麻子との間に同条所定の者と実質的に同視しうべき身分関係があったとは認めることはできないので、原告祐子の固有の慰謝料請求は、理由がないといわなければならない。
四弁護士費用
弁論の全趣旨によれば、原告督及び同道子は、原告ら訴訟代理人らに本件訴えの提起及び訴訟の追行を委任し、その報酬等として、各二五〇万円を支払うことを約した事実が認められるところ、本件事案の内容、審理の経過、本訴認容額等本件において認められる諸般の事情を総合すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、各一六〇万円とするのが相当である。
第四結論
以上の次第であるから、被告登志夫は本件事故の加害者として、被告愼一は本件加害車輛の保有者として、連帯して、原告督及び同道子各自に対して、それぞれ二八一三万三〇〇〇円、並びに、この内、麻子の逸失利益と慰謝料を相続した分及び葬儀関係費用分の合計二六五三万三〇〇〇円に対する本件事故後である平成四年二月二七日から、及び、弁護士費用分の一六〇万円に対する本件事故後で本件訴状が被告らに最終に送達された日の翌日であること記録上明らかな同年九月一〇日から、いずれも完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
よって、原告らの本訴請求は、主文第一項の限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。なお、仮執行免脱宣言については、相当でないからこれを付さないこととする。
(裁判官飯田敏彦)