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仙台地方裁判所 平成8年(ワ)1378号 判決 2001年4月26日

原告

甲野太郎

上記法定代理人親権者父

甲野一郎

同母

甲野花子

上記訴訟代理人弁護士

小野寺信一

齋藤拓生

坂野智憲

小野寺友宏

十河弘

被告

仙台市

上記代表者仙台市病院

事業管理者

平幸雄

上記訴訟代理人弁護士

蔵持和郎

主文

一  被告は、原告に対し、金3995万9188円及びこれに対する平成7年5月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを5分し、その1を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決の第1項は、仮に執行することができる。

五  ただし、被告が金2000万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金5373万5831円及びこれに対する平成7年5月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、昭和61年11月1日、父甲野一郎(以下「一郎」という。)、母甲野花子(以下「花子」という。)の二男として出生した。

(二) 被告は、仙台市立病院(以下「被告病院」という。)を経営しており、平成7年5月当時、同病院の整形外科医師として、乙川次郎(以下「乙川」という。)、丙山三郎(以下「丙山」という。)、丁田四郎(以下「丁田」という。)及び甲田五郎(以下「甲田」という。)を雇用していた(以下、右4名の医師を「被告医師ら」という。)。

(三) 原告は、平成7年5月9日の本件事故による本件傷害につき、被告病院整形外科において治療を受けた。

2  事実経過

(一) 本件事故の発生

原告は、平成7年5月9日午前9時30分ころ(以下平成7年については、月日のみを示す。)、仙台市立荒町小学校(以下「本件小学校」という。)の校庭に設置してあったアスレチック施設から転落し(以下「本件事故」という。)、右上腕骨顆上骨折、右橈骨遠位端骨折の傷害(以下「本件傷害」という。)を負った。

(二) 本件医療契約の締結

原告は、同日午前10時30分ころ、被告病院整形外科に運ばれ、同病院の乙川医師らの診察を受けた。

原告は、右時点において、被告との間で、本件傷害の治療を内容とする医療契約(以下「本件医療契約」という。)を締結した。

(三) 乙川医師らの診断内容

乙川医師らは、原告につき、レントゲン撮影等の検査を実施し、入院の上手術的加療が必要であると判断し、原告を入院させた。

なお、原告の入院時の担当医は、甲田医師及び丙山医師であった。

(四) 本件整復手術の実施

その後、原告は、丁田医師の執刀により、全身麻酔下で上腕骨顆上骨折整復固定術等の手術(以下「本件整復手術」という。)を受けた。

(五) 本件整復手術後における原告の状態

原告は、本件整復手術により右手を別紙1のとおり各指の第2関節までギプスで固定されたところ、同手術直後から、右手が青紫色様になって腫れており、痛みも大きく、その動きが緩慢であった。また、原告は、右手全体がしびれると訴えており、右手を動かすと痛みもあった。

原告に付き添っていた母花子は、原告が「痛くてこれ(ギプス)いやだ。」などと何度も痛みを訴えたことから、被告病院の看護婦に対し、「太郎が右手が痛いと言っているし、指先が腫れている。」と訴えた。

しかし、同看護婦は、「手術してからすぐだから痛むんです。手を動かして血の巡りをよくしてください。」というだけで、原告や花子に何らの説明もせず、特段の処置を採らなかった。

(六) 5月10日(2日目)の原告の状態

(1) 原告は、5月10日午前7時ころ、右手指が腫れたままで、その動きが緩慢であり、痛みのために右手指を動かすことができない状態であった。

(2) また、原告は、その後の回診の際、右腕にズキズキと痛みがあり、右手指は腫れて動きが緩慢であり、示指から中指、環指にかけてしびれ感があった。

(3) 原告は、同日午後9時30分ころ、右手指が相当腫れていたところ、右手掌部に激しい痛みを感じて、涙を流して泣いた。そのため、花子は、看護婦を呼んで原告の右手指の痛みと腫れを訴えた。

これに対し、看護婦は、原告の右手指の腫れがギプスの圧迫のためかもしれないと気付いたが、上方牽引を実施することにして、クリップのようなもので原告の右手指の間のギプスの部分をつまみ、それに包帯を結び、包帯を点滴の棒に掛け、原告の右腕をつり上げるようにした。

(4) しかし、その後も、原告は、激しい痛みで寝ることができず、ギプスの圧迫感を感じており、右手指全体も痺れていた。また、原告は、花子が原告の右手指を動かそうとすると非常な痛みを訴え、指を触らせようとはしなかった。

(七) 5月11日(3日目)の原告の状態

(1) 原告は、5月11日午前9時ころ、医師による回診の際、①原告の右手指全体が腫れて痛みがあり、②1本1本の指は何とか動かせるが、掌握、伸展は、不可能であり、③手指の触感が鈍く、知覚異常がある旨訴えた。

(2) 花子は、右回診終了後、看護婦に対し、原告のギプスがきついのではないかと尋ねた。

これに対し、看護婦は、原告の右手掌とギプスとの隙間に手を入れてギプスの締め付け具合を測り、きつくないと答え、小指付近のギプスを1部切除した。

(3) 原告は、その後も、自力で右手指を動かすことができず、力を入れると右腕が痛む状態であり、5月11日の夜から翌12日の朝にかけても、自力で右手指を動かすことができなかった。

(八) 5月12日(4日目)の原告の状態

(1) 原告は、5月12日、右手指全体の腫れや拇指のしびれがあって、右肘関節痛、創部痛を訴えており、右手指の動きも弱かった。

(2) しかし、原告は、同日午後2時、右手をギプスで固定したまま、被告病院を退院した。

(九) 被告病院退院後の経過と本件フォルクマン拘縮の診断

(1) 原告は、5月30日、甲田医師の診察を受け、右手のギプスを外したところ、①ギプスで覆われていた部分一面に数十箇所のあざがあり、②右手首が招き猫のように約60度屈曲したままで、右手首や各指は自動的にも他動的にも全く動かない状態であったことから、被告病院においてリハビリを続けることになった。なお、原告は、同日、乙川医師の診察も受けた。

(2) 原告は、同日以後、被告病院でのリハビリを受け続けたほか、8月10日、被告病院において、右手関節屈筋腱剥離術を受け、また、他の診療機関による治療を受け続けたが、右手の状態が改善することはなかった。

(3) 原告は、10月14日、松崎整骨院で、右前腕部等の阻血性拘縮(フォルクマン拘縮。以下「本件フォルクマン拘縮」という。)であると指摘され、その後、藤田形成クリニックの藤田晋也(以下「藤田」という。)医師や東北大学医学部附属病院(以下「大学病院」という。)等でも同様の診断を受けた(甲三、四)。

(4) 原告は、平成8年3月13日、大学病院において、痛めた筋肉と腱を取り除き、腱を移植する手術(腱移植術)を受けたが、右手機能の回復には至らなかった。

(一〇) 現在における原告の右前腕部等の状態

原告は、大学病院での腱移植術後も、コップ程度の大きさ、重さのものを握るのがやっとの状態であり、本件フォルクマン拘縮による後遺障害として、右前腕、右手首、右手甲、右手指等の機能を喪失した(以下「本件後遺障害」という。)。

3  責任原因

(一) フォルクマン拘縮と医師の一般的注意義務

(1) フォルクマン拘縮とは、肘関節の脱臼や肘関節付近周辺の骨折など、何らかの外傷が原因で、主として前腕を曲げ伸ばしする筋肉とその近くを通る神経を損傷することにより、神経麻痺や手指の変形を生じる病気であり、コンパートメント症候群の1つとする見解もある。

フォルクマン拘縮は、小児が上腕骨顆上骨折を起こしたときに頻発し、阻血により筋肉が壊死することが原因となって発症することから、発症初期(急性期ともいう。筋肉は阻血に弱く、阻血発生後6時間から8時間以内に血行の回復が得られなければ、筋の変性は不可逆的になるとされている。)に適切な処置を受けないと肘から指までの筋肉がすべて壊死して、腕、指の機能がほとんど失われるものである。

(2) フォルクマン拘縮に関する医師の一般的注意義務

ア 予見義務

(ア) 看視義務

フォルクマン拘縮は、前記のとおり、小児の上腕骨顆上骨折後に頻発するものであって、しかも、一旦発症すると治療が困難であり、腕、指の機能のほとんどを失うおそれのある重大な合併症であることから、その発症を予防することが極めて重要である。

したがって、小児の上腕骨顆上骨折の治療に当たる医師としては、フォルクマン拘縮の発症を予防するため、次に掲げるフォルクマン拘縮の初期症状である阻血(循環障害)発生時における諸症状(以下「阻血徴候」という。)の有無に関して、頻繁かつ入念な看視を行い、阻血によるフォルクマン拘縮の発生を予見する義務を負う。

① 激しい痛み(疼痛)

② 皮膚が蒼白となる

③ 麻痺

④ 橈骨動脈拍動の喪失

⑤ 知覚の異常、しびれ感など

⑥ 腫脹

⑦ 筋麻痺(これがあると、患者は自分で指を動かせなくなり、他人に動かされると非常に強い痛みを訴える。)

(イ) 説明義務

小児の上腕骨顆上骨折の治療に当たる医師としては、フォルクマン拘縮の予防の重要性にかんがみ、阻血徴候を第1に発見し得る立場にある患者及び家族に対し、阻血徴候を詳しく説明し、阻血徴候が現れたときには、夜中でも遠慮せずに医師又は看護婦に訴えるよう説明する義務がある。このことは、患者が幼児の場合、症状の表現力が乏しいことから、特に重要である。

(ウ) 検査義務

さらに、小児の上腕骨顆上骨折の治療に当たる医師としては、阻血の発生を明確に診断できなかったとしても、阻血の発生を疑うに足りる症状が発生した場合には、次の措置を採って、阻血の有無を確認すべき義務を負う。

① 腕全体の臨床症状を観察するため、ギプスを完全に除去するか、少なくとも縦裂きにして隙間を作り、又は、有窓化する等の処置を採る。

② 数十分単位での頻繁な回診を行って、皮膚の色調変化、疼痛、体表温度低下の有無等について詳細な観察を行う。

③ 手指の他動的伸展による疼痛の有無を確認する。

④ ウィックカテーテル法等により、阻血が発生していると疑われる場所の筋肉圧測定検査を実施する。

なお、筋肉圧の測定方法のためにギプスに窓を開けることについては、ウィックカテーテル法による場合、測定個所に極めて細い針が差し入れられる程度の窓があれば足りるので、ギプスの完全除去は必要ではなく、また、整復後鋼線でしっかり固定されていることから、右の限度であれば、骨折部の固定がゆるむおそれもないものである。

イ 結果回避義務

そして、小児の上腕骨顆上骨折の治療に当たる医師としては、阻血徴候が1つでも認められたときには、骨折の治療に優先して、直ちに、次の①ないし⑤の措置を講じ、これらの措置を講じても阻血徴候が改善されない場合には、⑥の措置を講じて、フォルクマン拘縮の発生を予防する義務を負う。

① 包帯、ギプスを除去して固定をゆるめる。

② 患肢を挙上位に保つ。

③ 温かい食塩水を与える。

④ マッサージをする。

⑤ 骨の転位が腫脹を引き起こしていることが考えられるので、再整復あるいは牽引を行う。

⑥ 筋膜切開手術を実施、また、血管損傷の有無が認められる場合には、その治療を行う。

(二) 被告医師らの過失

(1) 被告による債務不履行又は不法行為の態様

被告医師らは、原告の本件傷害を治療するに当たり、次の(2)、(3)の過失により、原告を本件フォルクマン拘縮に罹患させ、又は、原告の本件フォルクマン拘縮による本件後遺障害を重症化させた。

(2) 予見義務違反

ア 本件における阻血性変性の開始時期

本件では、本件傷害の発生後、これに起因するうっ血や滲出液の浸透によって徐々に筋肉圧が高まって微少循環が妨げられたことから阻血が発生し、阻血性変性に陥ったものである。

このことは、本件傷害が開放性の損傷ではなく、受傷直後における前腕近位半部の高度の腫脹や疼痛が存在しないことから明らかである。

イ 看視義務違反

(ア) 前記2の症状経過によれば、被告医師らは、遅くとも5月10日(2日目)午後9時30分ころには、原告の右前腕部に阻血が発生していることを認識することができた。

(イ) すなわち、前記2の症状経過によれば、原告は、右時点までに、手指が相当腫れ、激しい痛みで眠ることもできず、ギプスの圧迫感を感じ、手指全体もしびれていたのであるから、阻血徴候のうち、激しい痛みと知覚の異常が発生していた。

(ウ) 阻血徴候は、すべてが現れるものではないから、いずれか1つでも現れれば阻血の発生を疑うべきである。また、阻血徴候のうち、疼痛に関しては、激しい疼痛の訴えがない場合もあるので、激しい疼痛がないから阻血がないと楽観することは許されない。

さらに、小児の上腕骨顆上骨折においては、阻血症状が発生しやすいことも考慮すれば、前記の手指の腫れ、痛み、しびれ等の症状が阻血徴候に当たると考えるべきであった。

(エ) 以上によれば、被告医師らは、遅くとも5月10日午後9時30分ころには阻血の発生を認識することができたにもかかわらず、十分な看視を行わなかったため、これを看過したものである。

ウ 説明義務違反

被告医師らは、原告に対し、手を動かすようにとの指示を与えただけで、原告及び家族に阻血徴候の説明をしなかったため、原告に付き添っていた家族に、原告の阻血徴候を看過させた。

エ 検査義務違反

仮に、5月10日(2日目)午後9時30分の時点で阻血の発生を明確に診断できなかったとしても、少なくとも、原告の右手には痛みが継続していたと認められることから、阻血の発生を疑うに足りる症状が発生していた。

しかしながら、被告医師らは、右時点において、阻血の発生を疑い、

①腕全体の臨床症状を観察するため、ギプスを完全に除去するか、少なくとも縦裂きにして隙間を作り、有窓化する等の処置を採り、

②数十分単位での頻繁な回診を行って、皮膚の色調変化、疼痛、体表温度低下の有無等について詳細な観察を行い、

③手指の他動的伸展による疼痛の有無を確認し、

④ウィックカテーテル法等により、阻血が発生していると疑われる場所の筋内圧測定検査を実施することを怠り、阻血の発生を看過した。

(3) 結果回避義務違反

被告医師らは、当初から、本件における阻血徴候を認識し、阻血発生の疑いをもっていたにもかかわらず、右阻血回避措置のうち、5月10日午後9時30分ころ、一度だけ上方牽引を実施し、同月11日午前9時ころ、原告の右手小指部分のギプスの一部を切除したのみで、原告に対するその他の阻血回避措置を実施しなかった。

(三) 被告の責任

(1) 債務不履行責任

被告は、原告との間で、本件医療契約を締結していたところ、被告医師らをして原告の本件傷害の治療を行わせた際、前記(二)のとおり、被告医師らの過失による債務不履行により原告に損害を与えたので、原告に対し、債務不履行による損害賠償責任を負う。

(2) 不法行為責任

被告医師らは、被告により被告病院の整形外科医師として雇用されており、その職務である原告の本件傷害の治療を行うにつき、前記(二)のとおり、被告医師らの過失によって違法に原告に損害を与えたから、被告は、原告に対し、民法715条による損害賠償責任を負う。

4  損害

(一) 診療費及び入通院関係費用 合計172万4493円

(1) 診療費等 48万5223円

原告は、平成7年6月以降、次の診療機関及び新潟中央病院に入通院し、次の診療機関に対し、本件フォルクマン拘縮の診療費として、合計48万5223円を支出した。

ア 被告病院 18万8340円(甲一五の1ないし132)

イ 大学病院 23万3135円(甲一六の1ないし30)

ウ 拓桃医療療育センター 5610円(甲一七の1ないし5)

エ 古川市立病院 3278円(甲一八)

オ 国立仙台病院 1660円(甲一九)

カ 国立療養所西多賀病院 620円(甲二〇)

キ 荘司整形外科 970円(甲二一)

ク 藤田形成クリニック 3510円(甲二二の1ないし5)

なお、平成8年2月29日通院分の治療費310円については、領収書がない。

ケ 石名坂接骨院 2320円(甲二三)

コ 佐藤治療院 4万2000円(甲二四の1ないし6)

サ 阿部整形外科 3780円(甲二五の1ないし5)

(2) 入院付添費 29万4000円

原告は、本件フォルクマン拘縮の治療のため、次のとおり入院したところ、右入院期間の合計49日間にわたり、原告の両親が交互に付き添ったので、入院付添費は、1日当たり6000円として、合計29万4000円である。

ア 平成7年8月9日から同月21日までの13日間被告病院(甲二)

イ 平成8年3月6日から4月10日までの36日間大学病院(甲三)

(3) 入院雑費 6万3700円

入院雑費は、原告が前記(2)のとおり合計49日間入院したことから、1日当たり1300円として、合計6万3700円である。

(4) 通院付添費 65万1000円

原告は、平成7年6月から平成8年8月までの間、本件フォルクマン拘縮の治療のため、前記(1)の診療機関に合計217日間通院したところ、右通院に当たっては、原告の両親の一方又は双方が付き添ったことから、通院付添費は、1日当たり3000円として、合計65万1000円である。

(5) 入通院交通費 23万0570円

原告は、前記(2)及び(4)のとおり入通院するに当たり、交通費として次のとおり合計23万0570円を支出した。

① 国立仙台病院 1920円(タクシー往復)

② 国立療養所西多賀病院 4160円(タクシー往復)

③ 古川市立病院 2000円(高速道路・駐車場代)

④ 新潟中央病院 9万5550円(新幹線・タクシー代)

⑤ 大学病院 12万6940円(タクシー・バス代等)

(二) 労働能力喪失による逸失利益 3654万9498円

(1) 原告の本件後遺障害(前記2(一〇))は、後遺障害別等級の第7級7号の「五指の用を廃したもの」に該当するので、原告の労働能力喪失率は56パーセントである。

(2) そして、原告は、本件後遺障害がなければ、18歳から67歳まで就労することができたものであり(右労働能力喪失期間に対応するライプニッツ計数は、次のとおり11.7117である。)、その間、少なくとも男子の平均賃金557万2800円を取得することができた。

ア 67歳−9歳=58年……18.8195

イ 18歳−9歳=9年……7.1078

ウ ア−イ=11.7117

(3) したがって、原告の本件障害による逸失利益は、次の計算式のとおり、3654万9498円である。

557万2800円×0.56×11.7117=3654万9498円

(三) 慰謝料 計1100万円

(1) 入通院慰謝料 170万円

原告は、本件フォルクマン拘縮の治療のため、前記(一)(2)のとおり、49日間入院し、また、前記(一)(4)のとおり、平成7年6月から平成8年8月までの合計217日間通院したので、右入通院に伴う慰謝料としては170万円が相当である。

(2) 後遺症による慰謝料 930万円

本件後遺障害は、前記(二)(1)のとおり後遺障害別等級第7級7号に該当するので、右後遺障害による慰謝料は、930万円とするのが相当である。

(四) 損害の填補 53万8160円

原告は、現在までに、日本体育・学校健康センターより、平成7年6月分以降の治療費として、53万8160円の支払を受けた。

(五) 弁護士費用 500万円

原告は、被告が任意に損害賠償金を支払わないため、やむを得ず原告訴訟代理人らに本訴の提起追行を委任した。

したがって、右弁護士費用は、500万円とするのが相当である。

(六) まとめ

以上の原告の損害総額は、5373万5831円である。

5  よって、原告は、被告に対し、本件医療契約の債務不履行又は不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害金5373万5831円及びこれに対する平成7年5月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(当事者)のうち、(一)は不知、(二)及び(三)は認める。

2  同2(事実経過)について

(一) (一)(本件事故の発生)は不知。

(二) (二)(本件医療契約の締結)は認める。

(三) (三)(乙川医師らの診断内容)、(四)(本件整復手術の実施)は認める。

(1) 乙川医師が、原告を診察したところ、原告の右上腕遠位部から右肘関節部にかけての腫脹と変形が著明であり、さらに、右前腕部遠位部の腫脹とフォークナイフ様変形が認められたが、前腕から手指の色調に異常は認められなかった。原告が、自覚的には肘、手関節周辺の強い疼痛、運動時痛、手・指のしびれ感を訴えていた。

そこで、乙川医師は、右時点で、本件傷害に起因する循環障害、神経障害があると考えられたことから、このまま放置すれば、右上肢の機能障害をきたすことが明らかであり、できるだけ早急に転位した上腕骨顆上骨折と前腕骨橈骨遠位端骨折部の整復と安定固定化を測ることが必要と考えた。

(2) そこで、乙川医師は、原告と付添の教諭に対して、原告の外傷が重傷であり、入院の上で手術的加療が必要であると説明し、手術を実施するまでの暫定的処置として、原告の患部をシーネ固定し、そのまま原告を入院させた。

(3) 被告病院整形外科に入院した原告の担当医となった丙山医師らは、全身麻酔のための一般的全身状態の検査等の緊急手術の準備を行った。

また、丙山医師は、原告の父一郎に対し、阻血の危険を含めた本骨折治療の一般的説明を行い、本件整復手術の同意書に署名指印してもらった。

(4) 原告は、午後3時50分ころ、手術室に入室し、本件整復手術は、午後4時22分、丁田医師の執刀の下で開始された。

丁田医師は、原告に全身麻酔をかけた上、右上腕骨顆上骨折については、愛護的に整復して経皮的ピンニング法により固定し、右橈骨遠位端骨折については、徒手整復後、綿包帯を巻き、神経、循環障害には十分注意をして肘関節90度屈曲位、前腕中間位、手関節軽度掌屈位で右上腕部から右手指の第二関節までギプスを巻いた。

本件整復手術は、午後4時40分に終了し、午後5時、原告を手術室から病室へ移した。

(四) (五)(本件整復手術後における原告の状態)のうち、①原告が、本件整復手術により右手を別紙1のとおり各指の第二関節までギプスで固定されたこと、②原告側が、5月9日の夜、被告病院の看護婦に対して、右手の痛みを訴えたことは認め、その余は否認する。

(1) 被告医師らは、看護婦に対し、本件整復手術後、循環障害などに十分注意するよう指示し、被告医師らは回診時に、看護婦はたびたび、原告の状態を観察していた。

(2) 原告は、本件整復手術前から、疼痛、運動時痛、しびれ感、緩慢な手指の動き、完全掌握不良などの症状を有していたものであり、本件整復手術後は、冷感やチアノーゼ等の明らかな循環障害を示す所見が認められず、また、疼痛も、術後軽快していた。

(五) (六)(5月10日(2日目)の原告の状態)は、(1)のうち、原告が、5月10日午前7時ころ、手指の動きが緩慢であったこと、(2)の事実、(3)のうち、①原告が右手掌部の痛みを訴えたこと、②被告病院の看護婦が原告に上方牽引を実施したことは認め、その余は否認する。

(1) 原告は、5月10日午前2時ころ、痛みが軽度であり、午前4時ころ、睡眠中であって、午前7時ころは、ギプス障害がなかったものであり、本件整復手術以前に比べて、症状が安定してきていた。

原告は、午前7時ころ、手指の動きが緩慢であったが、これは右手術以前からのものであって、原告の主観的判断にすぎず、手指のしびれ感やギプス等による圧迫感もなかった。

(2) 原告は、5月10日の回診の際、手指が腫れて動きが緩慢であり、示指から中指、環指にかけてしびれ感があった。被告医師らは、右症状がいずれも本件整復手術前からあったもので、その程度は減少していたこと、冷感等の循環障害を示唆する明らかな所見もなかったことから、右橈骨遠位端骨折に伴う正中神経の刺激症状であると判断した。また、原告は、被告医師らがギプスの鋼線導入部分(肘)を開窓して創部を処置したところ、創部の痛みを訴えていたが、自制可能であるとのことであった。

(3) 原告は、5月10日の夕方以降、右上肢のしびれがなかったが、午後9時30分ころ、右手掌部の痛みを訴えたことから、看護婦が主治医に連絡し、主治医の診察を受けた。

ところが、主治医の診察結果、明らかなギプスの切迫が認められず、逆にフラッシュバック(爪を圧迫すると白くなるが、これを離すと赤く戻ること。)が認められたことから、手指の循環は悪くなく、右橈骨遠位端骨折に随伴した症状であると判断し、上方牽引を実施して腫脹の軽減に努めた。

そして、右手掌部の痛みも、その後、時間によっては入眠していることに照らすと、阻血徴候としての激しい痛みや非常な痛みというものではない。

(六) (七)(5月11日(3日目)の原告の状態)は、(1)のうち、原告が、5月11日の回診の際、右手の腫脹、しびれ感等を残存した状態であり、指の動きはあるが、掌握、伸展ができず、知覚障害があったこと、(2)の事実、(3)のうち、①原告が、自力で手指の関節可動域訓練ができず、力を入れた際に、肘の痛みを訴えたこと、②5月11日の夜から翌12日の朝にかけて、自力で手指を動かさなかったことは認め、その余は否認する。

原告は、5月11日の夜から翌12日の朝にかけて、夜間良眠しており、自力で右手指を動かさず(動かすと右肘痛があった。)、拇指外側ギプスがきついと訴えていたが、手指のしびれや冷感はなかった。

(七) (八)(5月12日(4日目)の原告の状態)は認める。

(八) (九)(被告病院退院後の経過と本件フォルクマン拘縮の診断)について

(1)のうち、①原告が、5月30日、右手のギプスを外したこと、②右手首に屈曲があり、指の屈曲ができなかったことは認め、その余は否認する。丁田医師が、5月30日、原告を診察したところ、手首及び指を伸ばすことが可能であったことから、全く動かせない状態ではなかった。

(2)のうち、原告が、5月30日以後、被告病院でのリハビリを受け続けたほか、8月10日、被告病院において、右手関節屈筋腱剥離術を受けたことは認め、その余は不知。

(3)及び(4)は不知。

(九) (一〇)(現在における原告の右前腕部等の状態)は不知。

3  同3(責任原因)について

(一) (一)(フォルクマン拘縮と医師の一般的注意義務)について

(1) (1)は認める。

(2) (2)ア(予見義務)のうち、(ア)(看視義務)は認める。

ただし、阻血徴候は、フォルクマン拘縮の症状としてのみ現れるものではなく、受傷や手術に起因してこれらの症状が現れることも多く、フォルクマン拘縮の発症を初期段階で完全に認識することは極めて困難である。

(イ)(説明義務)は認める。

(ウ)(検査義務)は否認する。

本件は、上腕骨顆上骨折と橈骨遠位端骨折の合併例であり、原告主張の時点でギプスを外すことは、原告が活発な子供であることから、骨折部の不安定化や循環障害の増長の原因になる一方、ギプスによる明らかな循環障害も認められなかったことに照らすと、医師の裁量的、主観的判断に委ねられているというべきである。

(3) (2)イ(結果回避義務)のうち、医学文献上、阻血徴候が認められたときの対応として、原告主張の措置があるとされていることは認め、その余は否認する。

ア 本件は、右上腕骨顆上骨折及び右橈骨遠位端骨折を併発した小児の浮遊肘(フローティングエルボー)の症例であり、その医学的治療方法は、今日でも完成していないものである。

フォルクマン拘縮の誘因となる外傷に関しても、小児では、上腕骨顆上骨折が一番多く、次いで前腕骨骨折が多いとされているが、本件のような両者の合併例の報告は、あまりない。

イ 内圧測定及びこれに応じた筋膜切開術の適応に関しては、まだ医学上の定説がない。

ウ したがって、本件において、阻血徴候が認められる場合にどのような措置を講じるかは、経過観察をすることを含めて、医師の裁量により決定されるべきものであり、原告主張の措置を直ちに講じなかったからといって、医師の結果回避義務を怠ったことにはならない。

(二) (二)(被告医師らの過失)について

(1) (1)は否認する。

(2)ア (2)(予見義務違反)のうち、ア(本件における阻血性変性の開始時期)は否認する。

本件整復手術の開始当時において、本件フォルクマン拘縮の発生を完全に避け得ない状態にあったのであるから、被告医師らが原告主張の阻血回避措置を講じなかったことと結果発生との間に因果関係はない。

すなわち、本件では、次のような症状経過が認められた。

(ア) 阻血徴候とされている右上腕、肘、前腕、手、手指等の腫脹、変形、疼痛、しびれ、機能障害は、5月9日の来院時から本件整復手術までの間において、最も強く認められた。

(イ) 本件では、本件整復手術により、循環障害を引き起こすおそれのあった右上腕遠位部から右肘関節にかけての変形や右上腕遠位部のフォークナイフ様変形及び不安定性を解消しており、疼痛やしびれ感も軽減していた。

(ウ) 原告が阻血徴候であると主張する本件整復手術後の痛み(疼痛)、しびれ、腫脹、機能障害などは、本件整復手術前から存在したものであり、当初の上腕骨顆上骨折及び橈骨遠位端骨折外傷に伴う神経、血管、筋などの挫傷、圧迫などが原因となっているものである。

(エ) 本件では、阻血の発生原因の1つとされている右上腕動脈の断裂が生じていなかった。しかも、阻血徴候としては、通常、誰がみても放っておけない程度の激痛が生じるところ、本件整復手術後においては、原告が肘関節部の顆上骨折を固定したキリュシュナー鋼線刺入部の創部痛を訴えていただけで、骨折部の疼痛は、軽快して全体的に安定していたことから、原告が主張するような持続性の強い痛みは認められなかった。

また、循環障害の明らかな所見である皮膚の蒼白、冷感、チアノーゼ等も認められず、かえって5月10日午後9時30分の時点においては、フラッシュバックが認められた。

以上のような症状経過によれば、本件では、本件傷害の発生直後(5月9日午前9時30分ころ)からの筋挫滅や微小循環障害により右前腕部の阻血が進行を開始し、本件整復手術の開始時(同日午後4時22分ころ)までには、不可逆的な筋肉組織の壊死を招来したものといわざるを得ない。

イ イ(看視義務違反)は否認する。

被告医師らは、本件整復手術後、阻血の危険性や疑いをもって、阻血徴候の観察を行った。

そして、被告医師らは、右アのとおり、①本件整復手術後の痛み(疼痛)、腫脹等は、当初の本件傷害に伴う神経、血管、筋等の挫傷、圧迫が原因であり、②手指の動きの緩慢、しびれは、本件が上腕骨顆上骨折と橈骨遠位端骨折の合併例であることから、受傷当初からあった正中神経圧迫、刺激症状であると判断したものであり、しかも、ギプスがきつい状態であったことはなかった。

したがって、被告医師らは、原告主張の時点において、原告の右前腕部に阻血が発生していることを認識することはできなかった。

ウ ウ(説明義務違反)は否認する。

被告医師らは、上腕骨顆上骨折の患者を診察するに当たっては、常日頃から、フォルクマン拘縮という重大な合併症を念頭において対応しており、患者及び家族にも必要な説明、注意を行っている。

エ エ(検査義務違反)は否認する。

本件では、ギプスの有窓化や指の伸展、爪の観察等により、ギプスの除去という方法に代替することが可能であった。すなわち、被告医師らは、当初からフォルクマン拘縮の危険性を認識しており、本件整復手術後は、看護婦に対し、循環障害等に注意を払うよう申し送りを行うとともに、5月10日の回診の際には、肘上部のギプス包帯に窓部を付ける等して、朝の回診時に、創部や手指、ギプスの状況から原告の痛み、血流のレベル、腕の腫脹、手指の動き等を観察していた。

また、被告病院の看護婦は、日常的に右のような経過観察を行っており、夜間においても、常時2時間ごとに定期的に巡回していた。

本件では、本件整復手術時において、手関節軽度掌屈位として、手のMP関節部(指の付け根)までをギプスで固定したにすぎないことから、手指の動き等の観察も行える状態であった。

ウイックカテーテル法による内圧測定は、一般に臨床の現場においては、小児の上腕骨顆上骨折の事例に対して行われておらず、小児の腕に対して、この方法を採ることは現実的ではない。

また、本件では、肘上部のギプスの窓から測定器(注射器の針等)を筋に刺そうとしても骨が邪魔をして有効に測定できず、実践的ではなかった。

(3) (3)(結果回避義務違反)は否認する。

ア 被告医師らは、原告が、被告病院に来院した当時から、阻血徴候のうち、皮膚の色調変化や冷感は認められなかったものの、他の疼痛、腫脹、しびれ等が認められ、しかも骨折部の転位が強かったので、循環障害、神経障害をおこしている可能性があったから、できるだけ早急に転位した骨片を愛護的に整復し、骨折部の安定、固定をはかり、循環状態の改善、神経への圧迫除去を行う必要があると判断して、本件整復手術を実施した。

また、被告医師らは、本件整復手術後、原告や家族に対し、腫脹や循環障害の改善を目的として、手指の自動運動を指示するとともに、5月10日午後9時30分には、腫脹軽減を目的として患肢挙上も行った。

イ 筋膜切開術は、筋膜を開放した状態を保持する必要があるため、感染防止に全力を注ぐとともに、一般状態等体力を維持する点からも極めて慎重を要する手段である。

本件では、肘関節部の腫脹が本件整復手術により改善される等当初からの阻血徴候が軽快に向かっており、緊急の筋膜切開術を必要とする症状が認められなかったものであり、かえって受傷部位に対する複雑な操作が血行障害を助長する可能性を有していたことも考慮すれば、その適応になかったといわざるを得ず、これを実施しなかったことについて、被告医師らの過失はない。

(三) (三)(被告の責任)は争う。

4  4(損害)は不知。

三  抗弁(損害の填補)

原告は、請求原因4(四)のほか、日本体育・学校センターから、見舞金等として合計1226万5023円(請求原因4(四)の金額との合計額は1280万3183円である。)を受領した。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は認める。

第三  当裁判所の判断

一  請求原因1(当事者)について

1  弁論の全趣旨によれば、請求原因1(一)の事実(原告の誕生日等)が認められ、この事実によれば、本件事故当時、原告は満8歳であったものである。

2  請求原因1(二)の事実(被告病院の被告医師らの雇用)及び同1(三)の事実(原告の被告病院受診)は、当事者間に争いがない。

二  請求原因2(事実経過)について

1  証拠(甲一ないし四、一三、一四、一五の1ないし132、一六の1ないし30、一七の1ないし5、一八ないし二一、二二の1ないし5、二三、二四の1ないし6、二五の1ないし5、三九の1、2、乙一の1、一〇ないし一二、一六の1、三二、証人甲田、証人乙川、証人藤田、原告法定代理人花子)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

2(一)  本件事故の発生

原告は、5月9日午前9時30分ころ、本件小学校の校庭に設置されたアスレチック施設の網部分(地上から2メートルくらいの高さに水平に近い状態で張られていたもの)に仰向けの状態で掴まっていたところ、右手を滑らせ、右腕に体がのっかるような体勢で落下し、右肘を地面に強く打ったこと(本件事故)から、本件傷害を負った。

(甲一、乙一〇、原告法定代理人花子)

(二)  被告病院への来院と本件整復手術に至る経緯

(1) 原告は、同日午前10時ころ、被告病院整形外科に来院し、乙川医師の診察を受けた。

その際、右上腕遠位部から右肘関節にかけての著明な腫脹や右肘関節のやや上のところで前方に屈曲した変形が、右前腕遠位部の腫脹とフォークナイフ様変形がそれぞれ認められ、これらの部位の圧痛と運動痛も著明であり、右手指のしびれ感もあった。

そこで、乙川医師は、レントゲン撮影を行ったところ、転位の著明な伸展型の右上腕骨顆上骨折と、掌側凸屈曲変形のある右橈骨遠位端骨折(本件傷害)が認められたが、原告の右前腕から手指の色調に異常がなかったことから、大きな血管の傷害はないと判断した。

(争いのない事実、乙一の1、一〇の4頁、証人乙川)

(2) 乙川医師は、本件傷害が重篤であり、神経障害あるいは循環障害を合併していると思われたことから、入院の上での手術的加療が必要であると判断し、原告及び原告に付き添って来院した本件小学校の養護教諭に対し、その旨説明した。

その後、同医師は、原告に対し、手術までの暫定的処置として、右上肢の骨折部を軽く整復してシーネで固定した上で、被告病院への入院手続を行った。なお、原告の入院後の担当医は、丙山医師と甲田医師であった。

(争いのない事実、乙一の1、一一の16頁、証人乙川)

(3) 原告は、午後0時45分ころ、被告病院に入院し、全身麻酔による緊急手術のための諸検査を受けたところ、右の入院当時は、右手指の動きが緩慢で完全な掌屈ができず、右手指の腫れやしびれ、骨折部の痛みを訴えていた。もっとも、骨折部の痛みについては、原告が我慢できる旨を医師や看護婦に答えていた。

(乙一の1、一一の16頁、証人乙川)

(4) 丙山医師は、原告の入院後、全身麻酔のための一般的全身状態の検査等の緊急手術の準備を行うとともに、原告の父一郎に対し、本件傷害の症状やそれに対する手術方法(本件整復手術)等の説明を行い、本件整復手術を行うことの承諾を得た。

また、原告の母花子も、本件整復手術前、丙山医師から、本件傷害の症状やそれに対する手術方法等の説明を受けた。

(甲一、乙一の1、一一の10頁、一六の1、証人甲田、証人乙川、原告法定代理人花子、弁論の全趣旨)

(5) 以上のような経緯により、原告は、被告との間で、本件傷害の治療についての医療契約(本件医療契約)を締結したが、本件医療契約は、本件傷害に併発するおそれのある阻血性拘縮(フォルクマン拘縮)等の発症予防に十分配慮することをその内容に含むものである。

(争いのない事実、証人甲田、証人乙川、弁論の全趣旨)

(三)  本件整復手術の実施

(1) 原告は、同日午後3時50分、手術室に入室し、本件整復手術は、午後4時22分、丁田医師の執刀により、乙川医師立会の下で開始された。

なお、原告の来院から右手術開始までに約6時間が経過しているが、これは、手術に必要な諸検査を実施したほか、全身麻酔時における嘔吐による窒息事故等を防ぐために胃の内容物がなくなるのを待っていたことによるものである。

(争いのない事実、乙一の1、一一の16頁、証人乙川)

(2) 本件整復手術は、次のように行われ、午後4時40分に終了した。

ア まず、右上腕骨顆上骨折については、全身麻酔をかけた原告を腹臥位(腹ばい)にして、骨折した右腕を横江式整復台に載せ、患部の切開を行わずに透視(レントゲン装置)により骨折部を確認しながら愛護的に整復し、経皮的ピンニング法によりキルシュナー鋼線でクロスに固定した。

イ 次に、右橈骨遠位端骨折については、徒手整復した。

ウ 最後に、右患肢を完全に固定するため、別紙1、2のとおり、右上腕部から右手部にかけて、ギプスと患肢の間に一定の隙間ができるよう綿包帯を巻き、その上から肘関節90度屈曲位、前腕中間位、手関節軽度掌屈位の状態でギプスを巻いた。

(乙一一の12頁、証人乙川)

(3) 丁田医師らは、本件整復手術終了後、看護婦に対し、原告の右上肢をギプス固定したもので、神経障害や循環障害に注意して観察するよう指示した。

(乙一一の21頁)

(4) 原告は、午後5時15分ころ、本件整復手術後のレントゲン撮影を受けた後、手術室から病室に戻った。原告は、右レントゲン撮影中、啼泣した。

(乙一一の16頁)

(四)  本件整復手術後における原告の身体状態

(1) 同日夕方ころ、原告は、右手の痛みを訴えた。原告の右手は、ギプスが巻かれていない指先が青紫っぽい色になって腫れていた。

そこで、花子は、看護婦に対し、その旨訴えたが、看護婦は、原告に四肢冷感、チアノーゼが認められなかったことから、手術直後の痛みなので、手を動かして血の巡りを良くしてくださいと述べた。

(甲一、乙一一の16頁、原告法定代理人花子)

(2) 甲田医師は、午後7時ないし8時ころ、原告らに担当医として挨拶した後、原告を診察したところ、①右手指の動きがあるも緩慢であり、他動的に動かすと痛みがあったが、②冷感やチアノーゼはなかった。

そこで、甲田医師は、原告に対し、指を動かすとともに、患肢を高くして、ベッド上で安静にしているように伝えた。

(乙一一の16頁、証人甲田)

(3) 原告は、午後9時以降翌10日明け方までなかなか安眠できず、10日午前0時ころには、うなされるように痛い痛いと訴えたり、午前2時ころにも、もぞもぞして軽度の痛みを訴えたりしていた。

(甲一、乙一一の16頁、18頁、原告法定代理人花子)

(五)  5月10日(2日目)の原告の身体状態

(1) 原告は、5月10日午前7時ころ、看護婦から右上肢の状態を確認されたところ、右手指に軽度の腫脹があり、手指を動かすことを怖がり、手指の動きも緩慢であったが、しびれ感はなく、特にギプスによる圧迫感は確認できなかった。

(争いのない事実、乙一一の18頁)

(2) 甲田医師らは、午前9時30分ころ、原告の回診を行い、別紙2のとおり、ギプスのうち肘のキルシュナー鋼線挿入部の部分を開窓し、創部に対する処置を行った。

その際、原告は、自制できる程度のズキズキとした創部痛を訴えていたほか、爪及び指はピンク色で、冷感はなかったが、右手指の腫脹があって、動きも緩慢であり、右示指、中指、環指に軽度のしびれ感も訴えていた。

そこで、甲田医師らは、ギプスの状態を確認したところ、ギプスが当たっている様子はなく、ギプスと手の間には、指を入れることができる程度の隙間があった。

甲田医師らは、以上のような診察結果から、右のような手指の腫脹、しびれ等は、右橈骨遠位端骨折に伴う正中神経の刺激症状であり、循環障害による症状(阻血徴候)ではなく、手指の動きが緩慢なのは、受傷部での筋肉の障害によるものであると判断し、原告に対し、手指を動かすよう指示した。

(争いのない事実、甲一、乙一一の18頁、三二、証人甲田、原告法定代理人花子、弁論の全趣旨)

(3) 原告の祖母は、午後10時過ぎから、花子に代わって付き添っていたところ、原告の右手指が腫れていたことから、右手指に触ろうとしたが、原告から痛いので触らないでと言われて、触らせてもらえなかった。

花子は、夕方ころ、祖母と交代して原告に付き添った。原告は、甲田医師らから右手指を動かすように言われたことから、右手指を動かしてみようとしたが、ぴくぴくとしか動かなかった。

(原告法定代理人花子)

(4) 原告は、午後9時30分ころ、花子に対し、右手掌部の疼痛を訴え続けた。そのため、花子は、看護婦を呼んだ。

看護婦が、原告の状態を確認すると、原告は、痛みのため声をあげて泣いており、右手指の腫脹やしびれ感もあったことから、ギプスの切迫も疑ったが、これを認める明確な所見がなく、フラッシュバック(爪を圧迫すると白くなるが、これを離すと赤く戻ること)も認められたことから、右諸症状を右橈骨遠位端骨折に随伴した症状であると判断し、差し当たり、腫脹軽減を目的として右腕を挙上位として様子を見ることにした。

看護婦が、挙上位とすることなどにつき、当直の医師の指示を得たであろうことは、容易に推認することができるが、カルテ(乙一一)に医師に連絡して指示を得たことについて具体的に記載されておらず、他に的確な証拠がないことからすると、右措置を行った看護婦が、当直の医師の指示を得たことを超えて、原告の入院後の担当医である甲田医師又は丙山医師に連絡して指示を得たとか、甲田医師又は丙山医師のいずれかが右午後9時30分の時点で自ら原告を診察したものとまで認定することはできない。

(甲一、乙一一の18頁、証人甲田、原告法定代理人花子)

(5) その後、原告は、午後10時30分ころから翌11日明け方までの間、一旦入眠したものの、なかなか眠れず、ギプスの圧迫感や創部周辺の痛みのほか、手指全体のしびれを訴えており、手指の動きは、示指や拇指が比較的良かったが、全体としては不良であった。

(甲一、乙一一の18頁、20頁、原告法定代理人花子)

(六)  5月11日(3日目)の原告の身体状態

(1) 丙山医師と甲田医師らは、5月11日午前9時30分、原告の回診を行った。

その際、原告は、①手指全体に腫脹があり、②1本1本の手指を動かすことはできるものの掌握、伸展はできず、③しびれ感はないものの、触った感じが鈍く、④自制できる程度の創部痛があった。

花子は、右回診終了後、原告の右手指全部がギプスから出れば、もっと動くのではないかと考えて、看護婦に対し、ギプスがきついのではないかと尋ねた。これに対し、看護婦は、原告の右掌とギプスとの隙間に手を入れてギプスの締め付け具合を測り、きつくないと答えたが、指を動かし易くするため、別紙1のとおり、ギプスの手背部分を一部カットした。

(争いのない事実、乙一一の20頁、証人甲田、原告法定代理人花子、弁論の全趣旨)

(2) 原告の祖母は、午前10時ころから夕方まで、花子と交代して原告に付き添っていたところ、原告は、前日同様、右手指には触らせず、また、自力で右手指を動かすことができず、力を入れると疼痛があると訴えていた。

花子は、夕方以降、祖母に代わって原告に付き添っていたところ、原告は、前日までと比べて、良く眠っていた。

(争いのない事実、原告法定代理人花子)

(七)  5月12日(4日目)の原告の身体状態

(1) 原告は、5月12日朝の時点において、やはり自力で指を動かすことができず、動かすと疼痛があると訴え、また、拇指外側ギプスがきついと訴えていたが、手指のしびれや冷感は訴えていなかった。

(争いのない事実、乙一一の20頁)

(2) 甲田医師らは、午前9時30分ころ、原告の回診を行った。

その際、原告は、右拇指のしびれ、手指全体の腫脹、肘関節創部の痛みを訴えており、右手指すべての動きが悪かった。

甲田医師らは、原告のギプスがきつくなく、患肢に当たる部分も認められないことから、ギプス障害ではなく、かえって、原告の全身状態が良く、動作も活発で独歩も可能であったことから、注意して経過観察を行えば足りると判断し、同日、退院させることにした。

その後、甲田医師は、原告と花子に対し、退院するに当たっての注意事項として、①ギプスを壊さないこと、②激しい運動はしないこと、③就寝時には、患肢を高くして寝ること、④指をよく動かすことを指示したが、阻血徴候やそれが出た場合の対処方法等については説明しなかった。

(争いのない事実、乙一の1、乙一一の3頁、20頁、証人甲田)

(3) 原告は、午後2時ころ、右手をギプスで固定したまま、被告病院を退院した。

(争いのない事実)

(八)  甲田医師らの経過観察時における認識

甲田医師及び丙山医師は、本件整復手術前後における原告の身体状態などから、循環障害の有無に注意しながら経過観察を行い、何度か循環障害の可能性について相談し合ったこともあったが、本件が右上腕骨顆上骨折と右橈骨遠位端骨折の合併例であることから発生した症状であろうと判断し、以上に認定の措置以外に、阻血回避措置を講じることはしなかった。

(証人甲田)

(九)  被告病院退院後の経過と本件フォルクマン拘縮の診断

(1) 原告は、右退院後から5月30日までの間、3度ほど乙川医師又は丁田医師の診察を受けたところ、肘関節創部の状態はよかったものの、右手指の腫脹があったり、右手指の動きが悪い状態であり、自宅でも、花子らが原告の右手に触ろうとしても、痛いと言って触らせない状態であった。

その後、原告は、5月30日、被告病院において、丁田医師の診察を受けて、右手のギプスを外したところ、別紙3のとおり、①ギプスで覆われていた部分一面に大きなあざがあり、②右手首が招き猫のように約60度屈曲したままで、手首や各指は自動的にも他動的にも全く動かない状態であり、しかも、③右橈骨の骨折部付近にかなりの痛みを訴えていた。

そこで、丁田医師は、右橈骨の骨折部付近をシーネ固定として、1週間後から関節可動域の訓練を始めることにした。

(争いのない事実、乙一の1、一〇の5頁、原告法定代理人花子、弁論の全趣旨)

(2) 原告は、6月7日、被告病院において診察を受けたところ、右手指の拘縮(右環指、小指の屈曲拘縮)が認められ、6月9日の診察の際には、右手指のクローハンドが認められ、神経麻痺の可能性もうかがわれた。

そこで、原告は、被告医師らの指示に従い、6月7日から右手の関節可動域訓練等を開始したが、その効果もなく、その後も右手関節及び右手指の拘縮が進行し、7月24日には、右手関節が屈曲拘縮となり、手指の伸展も不能になったことから、再手術を受けることにした。

(乙一の1、一〇の6頁ないし8頁)

(3) 原告は、8月9日から21日まで被告病院に再入院し、10日、右手関節屈筋腱剥離術を受けるとともに、退院後も拘縮部位に対する理学療法等を継続したところ、10月16日の時点において、①右肘関節の可動域が正常となり、②右手関節掌屈50度、背屈マイナス20度であり、手指の伸展は可能であるが、屈曲が不能のままであった。

(甲二、乙一〇の9頁ないし18頁、一二)

(4) 原告は、10月14日、松崎整骨院で、右前腕部等の阻血性拘縮(フォルクマン拘縮)ではないかと指摘され、その後、藤田形成クリニックの藤田医師や大学病院等においても、これと同様に原告の右前腕部等が本件フォルクマン拘縮である旨の診断を受けた。

(甲一、三、四、三九の2、弁論の全趣旨)

(5) 原告は、平成8年3月6日から4月10日まで、大学病院に入院し、3月13日、痛めた筋肉と腱を取り除き、腱を移植する手術(腱移植術)を受けたが、右手機能の回復には至らなかった。

(甲一、三、四、弁論の全趣旨)

(6) 以上のように、原告は、平成7年6月2日から平成8年8月27日までの間に、本件フォルクマン拘縮の治療のため、

ア 被告病院に8月9日から同月21日までの13日間、

イ 大学病院に平成8年3月6日から4月10日までの36日間

の合計49日間入院し、原告手張の各診療機関(請求原因4(一)(1))に、少なくとも180日間通院した。

なお、右通院日数は、1日に複数の診療機関に通院していた場合も、通院1日分として算定した。佐藤治療院への通院日数は、通院した日付が不明なため、他の診療機関と通院日が重複していないことが明らかな日数分のみを算入した。新潟中央病院への通院日数は、1日とした。

(甲一ないし三、一五ないし二五。枝番も含む。)

(一〇)  現在における原告の右前腕部等の状態

(1) 原告は、11月14日、藤田形成クリニックの初診時、次のような状態であり、これは、平成8年4月15日当時においても同様であった。

ア 右前腕全体、特に回内・屈筋群の筋萎縮が著明であり、前腕の前面のほぼ全長にわたるジグザグ切開の瘢痕があった。

イ 右手関節は、約30度屈位であり、背屈はマイナス20度に制限されていた。

ウ 指のMP関節は、約35度の屈曲位であり、手関節20度掌屈位でのMP関節の可動域が、マイナス35度から50度であった。

近位指節間関節(PIP)と遠位指節間関節(DIP)がほぼ伸展位であり、曲げることができない状態であった。

前腕からの指屈筋腱の滑動は、ほとんどなかった。

エ 円回内筋の拘縮はあるが、収縮はわずかであり、前腕の回内70度から80度、回外10度から20度にそれぞれ制限されていた。

オ 正中神経領域に知覚鈍麻とチネル徴候があった。

カ 手内筋の機能は良好だが、拇指球筋には萎縮があり、示指・中指指尖部に水疱があった。

(甲三九の1、2、証人藤田)

(2) 原告の右手は、現在、次のような状態にある。

ア 右手は、自然に開こうとしても、手指をまっすぐにできず(内側に曲がった状態となる)、力いっぱい開いても同様である。

イ 右手の握力は、平成9年11月当時、2キログラム程度であり、現在では、両手でのタオル絞りや笛の演奏、また、右手での筆記やボタン掛け等はできないが、お盆の右端を支えたり、コップを持ったり、テレビゲームをすることはできる。

ウ 日常的な動作(風呂、着替え、筆記等)は、左手のみで大体行っているが、時間がかかる上、細かい作業もできない。

(甲一三、原告法定代理人花子、弁論の全趣旨)

(3) そして、原告は、平成8年8月15日、仙台市から、

ア 障害名 固縮による右上肢機能障害

イ 身体障害者等級表による級別 4級

との身体障害者手帳(甲一四)の交付を受けた。

(甲一四、弁論の全趣旨)

三  フォルクマン拘縮の概要と被告医師らの債務(注意義務)について

1  証拠(甲五ないし一〇、二七、二九、三三ないし三八、三九の1、2、乙一の1、二ないし四、六ないし九、三三、証人乙川、証人藤田、鑑定)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) フォルクマン拘縮とは、前腕の血行不全(循環障害)による屈筋群の壊死や麻痺のため発生した手の特有な拘縮であり、肘関節の脱臼や肘関節周辺の骨折などの何らかの外傷に起因して発生するとされ、特に小児の上腕骨顆上骨折では、重要な合併症の1つとされている。

その発生原因については、多くの見解があるが、医学文献等では、次のように説明されている。

すなわち、フォルクマン拘縮は、

(1) 前腕部外傷などによる主要動脈の損傷、圧迫、攣縮、

(2) 肘より末梢の前腕の筋膜部分に対する外傷、

(3) 前腕部の筋膜性区画内における出血、浮腫、軟部組織からの滲出液の発生等を原因とする筋肉内圧の亢進(コンパートメント症候群)

などにより、右前腕部の循環障害(動脈血行障害、静脈うっ血、細動脈以遠の微小循環障害等による阻血)が発生、増悪化し、これによって、

① 前腕屈筋群(特に、深部筋膜に囲まれ酸素不足に敏感な深指屈筋、長拇指屈筋、円回内筋等)の変性、壊死(阻血の発生から6時間ないし8時間以上の経過により筋肉の壊死を生じるとされている。)や、

② 正中神経、尺骨神経の障害

をきたすことから、最終的には、壊死筋の瘢痕化による拘縮と神経麻痺により、手関節掌屈、拇指内転、MP関節伸展、PIP、DIP関節の屈曲拘縮等の変形、拘縮を生じるに至る。なお、(3)コンパートメント症候群による循環障害の場合、阻血徴候はやや遅れて出現し、前腕部の腫脹と疼痛のほか神経症状も出現するとされている。

フォルクマン拘縮は、一旦発症すると治療が困難であり、しかも筋の変性、壊死等による不可逆的障害をもたらすことから、その予防には万全を期すべきであるとされている。

(二) 本件傷害のうち、上腕骨顆上骨折は、前述のようにフォルクマン拘縮の原因となり得る。

これに対し、橈骨遠位端骨折は、フォルクマン拘縮の原因にならず、中枢骨片の末端や出血などで手根管部を通過する正中神経を圧迫して、拇指、示指に知覚障害をもたらすことがあり、掌側を通過する血管を圧迫して、手指を含め手全体に浮腫を発生させることがある。

(争いのない事実、甲五、七ないし九、二七、二九、三四、三六、三九の2、乙一の1、二ないし四、六ないし九、鑑定)

(三) そこで、小児の上腕骨顆上骨折の治療を担当する医師としては、フォルクマン拘縮の発症予防措置として、常にフォルクマン拘縮の発症を念頭において、次の(1)のような阻血徴候の看視を行い、仮に阻血徴候を発見したときは、次の(2)のような阻血回避措置を行うべきであるとされている。

(1) 阻血徴候の看視

阻血発生時における諸症状(阻血徴候)としては、

① 疼痛(激しい痛みが指先まである。ただし、神経障害がある場合には少ない(甲三四)。)、

② 蒼白(皮膚が蒼白となる。)、

③ 麻痺(正中・尺骨神経麻痺)、

④ 脈拍欠如(橈骨動脈拍動の喪失)、

⑤ 知覚異常(しびれ感)

が出現するとされており(一般に5P症状といわれる。)、そのほか、

⑥ 手指の腫脹や運動障害が出現すること

も指摘されている。

このうち、最も緊急な阻血徴候は疼痛であり、特に、手指を他動的に屈伸させたときの疼痛は、阻血発生の有無を判断するに当たって重要である。

右のような阻血徴候がすべての症例で発生するわけではなく、特に、②蒼白や④脈拍欠如は、阻血が発生しても症状として出現しないことがあるので注意を要する。

したがって、小児の上腕骨顆上骨折の治療を担当する医師は、骨折整復後の経過観察を行うに当たり、自ら又は看護婦をして、頻回の看視・巡回を実施し、右のような阻血徴候の有無を厳重に看視して、阻血発生の早期発見に努めるべきであり、少しでも阻血徴候の疑いがあるときは、ギプスを除去して直接、右前腕部を視診、触診したり、サーモグラフィー、ドップラー血流計、血管造影等の検査により末梢の循環動態を把握するなどして、阻血発生の有無を確認すべきである。

さらに、阻血発生をできるだけ早期に発見するために、阻血徴候を常時看視することができる患者本人及び付添の家族に対し、阻血徴候の内容を説明し(特に、患者が子供のときには、症状の表現力が乏しいことから、付添の家族にその趣旨を十分説明すべきである。)、これらの症状が現れた場合には直ちに医師又は看護婦に伝えるように指示して、患者本人及び付添の家族の協力を求めるべきである。

(甲五ないし八、一〇、二七、二九、三三ないし三八、三九の2、乙二ないし四、六ないし八、三三、証人甲田、証人乙川、証人藤田、鑑定)

(2) 阻血徴候が認められた場合の対処方法

小児の上腕骨顆上骨折の治療を担当する医師は、右のような阻血徴候を1つでも認めたときは、まず、①骨折部の整復を行っていないのであれば、これを実施し、なお阻血徴候が継続するようであれば、②ギプス、包帯を切割又は除去して固定を弛めること、③患肢を挙上位に保つこと、④再整復あるいは牽引等を行うべきであり、それでも改善がみられない場合には、⑤臨床所見のみで、又はウィックカテーテル法若しくはホワイトサイデス法等による筋肉圧測定を実施して、阻血発生の確定診断を行い、早期に筋膜切開手術を実施すべきである。

以上の措置は、フォルクマン拘縮が発症すると上肢機能の喪失をもたらすため、骨折治療に優先して行われるべきである。

(甲五ないし八、二七、二九、三四、三六、三九の2、乙二ないし四、六ないし八、証人乙川、証人藤田、鑑定)

2(一)  以上の事実によれば、原告の治療に当たった被告医師らは、前記1(三)(1)のように阻血徴候の有無を看視し、その発生が認められた時は、前記1(三)(2)のようにその回避措置を採るべき義務を負っていたものである。

(二)  被告は、本件が小児の浮遊肘の症例であって、その医学的治療方法が現在でも確立していないことから、治療に当たりいかなる措置を講じるかは、経過観察をすることを含めて、医師の裁量により決定されるべきである旨主張する。

しかしながら、前記1の事実によれば、①フォルクマン拘縮は、上肢機能の喪失に至るおそれがある重篤な合併症であるから、その治療は骨折治療に優先して行われるべきであり、②このことは、右のような上腕骨顆上骨折を伴う浮遊肘(複合骨折)の症例であっても同様である(かえって、乙一の1によれば、浮遊肘がフォルクマン拘縮の原因となる循環障害を起こしやすいことが認められる。)。③しかも、橈骨遠位端骨折に起因して阻血徴候と紛らわしい症状を呈することがあるとしても、少しでも阻血徴候の疑いがある場合に、ギプスを除去するなどして直接、右前腕部を視診、触診したり、各種検査方法を利用することにより、浮遊肘の症例においても、阻血徴候を看視することは可能であると認められる。したがって、浮遊肘であることを理由として、その治療に当たり、いかなる措置を講じるかは医師の裁量により決定されるとの被告の主張は、到底採用することができない。

四  被告の責任について

そこで、被告医師らの注意義務違反の有無を判断する。

1  本件における阻血性変性の開始時期

(一) 前記二の認定事実によれば、原告の症状の変化として、次の事実を指摘することができる。

(1) 原告は、5月9日午前9時30分ころ、本件事故により本件フォルクマン拘縮を併発するおそれのある上腕骨顆上骨折等の傷害(本件傷害)を負った。

(2)ア 被告病院で初めて診察を受けた同日午前10時ころは、右上腕遠位部から肘関節にかけての部分と右前腕遠位部にそれぞれ腫脹があり、これらの部位の圧痛、運動痛や右手指のしびれ感を訴えていたが、右前腕から手指の色調に異常がなく、

イ 被告病院に入院した同日午後0時45分ころは、手指の動きが緩慢で完全な掌屈ができず、手指の腫れしびれ、骨折部の痛み(自制可能)を訴えていた。

(3) これに対し、本件整復手術後から5月10日(2日目)午前9時30分までは、右手の痛み(特に、5月9日午後7時ころから午後8時ころには、他動的屈伸痛があった。)や腫脹があり、右手指の動きが緩慢であったものの、本件整復手術前と比べて痛みや腫脹の程度は軽減しており、しびれ感や冷感、チアノーゼも認められなかった。

(4)ア しかしながら、同日午前9時30分ころから午後9時30分ころまでは、右(3)の症状のほか、右示指、中指、環指に軽度のしびれ感を訴え始めており、また、原告の祖母が右手に触ろうとするといやがるようになった。

イ そして、同日午後9時30分ころは、突然、右手掌部の強い疼痛を訴えており、その後5月11日明け方まで、上方牽引を実施していたにもかかわらず、ギプスの圧迫感や手指全体のしびれを訴えて、なかなか眠りにつけずにいた。

(5) 5月11日(3日目)午前9時30分ころから5月12日(4日目)の被告病院の退院までの間は、冷感はなかったものの、依然として、右手指の腫脹、右手指を動かした場合の疼痛に加え、しびれ感や触覚鈍麻などの知覚障害も訴え始めていた。

(6) 遅くとも被告病院の退院後である6月9日までには、フォルクマン拘縮の典型的症状である右手関節、手指関節の拘縮、右手指の鉤爪変形(クローハンド)が発生し、神経麻痺の可能性もうかがわれた。

(二) 以上の事実に加えて、前記三の認定事実及び弁論の全趣旨によれば、次の点を指摘することができる。

(1) 本件では、本件傷害による右前腕部の筋挫滅や右上腕動脈の損傷を認めるに足りる症状(右前腕部の疼痛、手指の蒼白、チアノーゼ等)は、全く検出されていない。

(2) 原告が被告病院来院時に発症していた症状の一部である疼痛やしびれ感(知覚障害)は、本件整復手術後一時的に軽快していたところ、5月10日(2日目)午後9時30分ころには、原告が泣き出すほどの疼痛が再発し、その後は、右腕の痛みが原因と考えられる不眠状態やこれまでなかった腫脹の増大をうかがわせるギプスの圧迫感を訴えるなどしており、これらは明らかに阻血徴候であったと推認することができる。

(3) フォルクマン拘縮の原因となる右前腕部の循環障害は、①前腕部外傷による主要動脈の損傷、圧迫、攣縮や、②肘より末梢の前腕部の筋膜部分に対する外傷だけではなく、③前腕部の筋膜性区画内における出血、浮腫、軟部組織からの滲出液の発生等を原因とする筋肉内圧の亢進(コンパートメント症候群)によっても発生し、この場合には、外傷の発生から阻血発生までに時間がかかっても不自然ではない。

(4) 被告は、被告医師らが原告を経過観察した際、いずれも循環障害の明らかな所見である皮膚の蒼白、冷感、チアノーゼ感等が認められなかった旨主張するが、そもそも阻血徴候は、すべてが出現するものではないから、被告が指摘する右諸症状がなかったことが直ちに循環障害がなかったことに結びつくものではないから、被告の右主張は理由がない。

また、右手指の爪にフラッシュバックが認められたとしても、右のような静脈うっ血や細動脈以遠の微小循環障害の場合には、少なくとも主要動脈による血流が維持されることから、右事実のみから直ちに循環障害がないとはいえない。

(三) 総合判断

(1) 以上の事実を総合考慮すれば、本件フォルクマン拘縮の原因となった循環障害は、本件傷害の発生時から右前腕部の血流が悪化を開始し、5月10日(2日目)午後9時30分ころに、静脈うっ血や細動脈以遠の微小循環障害等により右前腕部の筋肉圧が亢進して阻血状態になったことによるものであると推認することができ、その時点から6時間ないし8時間経過した時点で不可逆的な変性になったものと認めるのが相当である。

(2) これに反する証人乙川の証言(乙一の1、一三、二八、三一ないし三三を含む。以下、同じ。)及び同甲田の証言の各一部は、右(一)及び(二)に認定の事実に照らし、採用することができない。

2  被告医師らの注意義務違反

(一)  被告医師らは、前記1のとおり、5月10日(2日目)午後9時30分ころには、阻血徴候である(1)強い疼痛や(2)手指の腫脹が認められた上、その後明け方までには、右疼痛が原因と思われる不眠状態となり、さらには(3)右前腕部の腫脹の増大をうかがわせるギプスの圧迫感や(4)麻痺(正中・尺骨神経麻痺)をうかがわせる手指のしびれも新たに出現していたのであるから、①直ちに、阻血徴候の1つである手指の他動的伸展痛の有無を確認するとともに、原告から他の阻血徴候の有無を丁寧に聞き出したり、②右当時、右前腕部がギプスで覆われていて直接看視することができなかったことから、ギプスを切割、除去又は有窓化して、直接右前部を視診、触診したり、③サーモグラフィー、ドップラー血流計、血管造影等の検査により末梢の循環動態を把握するなどして、阻血発生の有無を確認すべきであったにもかかわらず、被告医師らは、5月10日(2日目)午後9時30分の時点において、自ら必要な視診や検査を行わず、阻血徴候の継続や新たな阻血徴候の出現を看過したものであり、阻血徴候の看視を怠ったものといわざるを得ない。

仮に、右午後9時30分の時点において、被告医師らのいずれかが、原告を診察したとしても、右医師は、ギプスをしたままで原告の手指の状態を視診し、フラッシュバックの有無を確認するに止め、他動的屈伸痛の有無の確認やギプスの切割、除去又は有窓化その他の検査等を行わなかったものであり、そのため、阻血徴候の継続や新たな阻血徴候の出現を看過したものであり、いずれにしても、原告の阻血徴候の看視を怠ったものといわざるを得ない。

そして、被告医師らが、5月10日午後9時30分ころから八時間以内において、原告の阻血徴候を発見し、直ちに、前記三2のとおり、阻血回避措置として、①ギプスを切割又は除去して固定を弛めること、②患肢を挙上に保つこと、③再整復あるいは牽引等を実施し、④それでも改善がみられない場合に、筋膜切開手術をしていれば、本件フォルクマン拘縮の発症を予防することができたのである。

以上によれば、被告医師らに注意義務違反があることは明らかである。

(二) これに反する被告の主張並びそれに沿う証人乙川及び証人甲田の各証言の一部は、採用することができない。

3  まとめ

以上によれば、被告は、その被用者である被告医師らによる右2の注意義務違反行為により、原告に本件フォルクマン拘縮を発生され、後述五の損害を与えたものであるから、原告に対する不法行為責任及び本件医療契約の債務不履行責任を負う。

五  損害について

1  診療費及び入通院関係費用 合計161万2873円

(一) 診療費等 48万4603円

証拠(甲一五ないし二五。ただし、枝番も含む。)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成7年6月2日から平成8年8月27日までの間、次の各診療機関及び新潟中央病院に入通院し、本件フォルクマン拘縮の治療費等として、次のとおり、総額48万4603円を支払ったと認められる。

(1) 被告病院 18万7720円

(2) 大学病院 23万3135円

(3) 宮城県拓桃医療療育センター 5610円

(4) 古川市立病院 3278円

(5) 国立仙台病院 1660円

(6) 国立療養所西多賀病院 620円

(7) 荘司整形外科 970円

(8) 藤田形成クリニック 3510円

(9) 石名坂接骨院 2310円

(10) 佐藤治療院 4万2000円

(11) 阿部整形外科 3780円

(二) 入院付添費 29万4000円

証拠(甲一ないし三、一二)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件フォルクマン拘縮の治療のため、前記二2(九)(6)のとおり合計49日間入院し、その間、父一郎又は母花子が原告に付き添ったこと、原告は、右入院当時、小学校3年生又は4年生であり、いずれの入院でも右腕の腱解離術や腱移植術のような観血筋骨手術を実施したことから、一郎又は花子の付添が必要であったことが認められる。そして、入院付添費は、1日当たり6000円、合計29万4000円と認めるのが相当である。

(三) 入院雑費 6万3700円

入院雑費は、前記二2(九)(6)のとおり49日間入院したことから、1日当たり1300円、合計6万3700円と認めるのが相当である。

(四) 通院付添費 54万円

前記二2(九)(6)のとおり、原告は、本件フォルクマン拘縮の治療のため、平成7年6月2日から平成8年8月27日までの間、少なくとも180日間にわたり、前記(一)の各診療機関に通院し、原告の両親の一方又は双方が原告に付き添って通院したと認められる。

そこで、通院付添費は、1日当たり3000円、合計54万円と認めるのが相当である。

(五) 入通院交通費 23万0570円

証拠(甲一、一六の1ないし30、一八ないし二〇)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、次のとおり、新幹線、バス、タクシー等の交通機関を利用して入通院したと認められることから、入通院交通費は、総額23万0570円と認めるのが相当である。

診療機関名

入院回数

通院回数

(1)国立仙台病院

1回

1920円

(2)国立療養所西多賀病院

1回

4160円

(3)古川市立病院

1回

2000円

(4)新潟中央病院

1回

9万5550円

(5)大学病院

1回

28回

12万6940円

2  労働能力喪失による逸失利益 3654万9498円

前記二2(一〇)の認定事実によれば、①原告の右手握力は2キログラム程度であり、②右手指の関節の可動域に制限があり、③右手で筆記したり、ボタンを外したりすることはできないが、④右手でお盆の右端を支えたり、コップを持ったり、テレビゲームをすることはできることに照らすと、原告は、右手指の「5指の用を廃したもの(後遺障害別等級第7級第7号)」に相当する状態にあるものと認められ、その労働能力喪失率は56パーセントであると認めるのが相当である。

そこで、原告は、本件後遺障害がなければ、18歳から67歳まで就労することができ、その間、本件後遺障害が発生した平成7年当時における男子の平均賃金(平成6年度賃金センサスの産業計・企業規模計・男子労働者学歴計による。)である557万2800円を取得することができたと認められるので、本件後遺障害による逸失利益は、次の(二)の計算式のとおり、3654万9498円となる。

(一) ライプニッツ計数の算出式

ア 67歳−9歳=58年……18.8195

イ 18歳−9歳=9年……7.1078

ウ ア−イ=11.7117

(二) 逸失利益の計算式

557万2800円×0.56×11.7117=3654万9498円

3  慰謝料 合計1100万円

(一) 入通院慰謝料 170万円

入通院慰謝料は、前記二2(九)(6)のとおり、原告が、本件フォルクマン拘縮の治療のため、合計49日入院し、また、平成7年6月から平成8年8月までの15か月間通院したことから(実通院日数180日)、170万円と認めるのが相当である。

(二) 後遺症慰謝料 930万円

後遺症慰謝料は、前記2のとおり、本件後遺障害が後遺障害別等級第7級に相当するものであるから、930万円と認めるのが相当である。

4  損害の填補 合計1280万3183円

原告が、日本体育・学校センターから、本件傷害の治療費及び見舞金等として合計1280万3183円の支払を受けたことは、当事者間に争いがない。

5  小計

以上の損害金の合計から、損害の填補額を差し引くと、3635万9188円となる。

6  弁護士費用 360万円

弁護士費用は、本件訴訟の経過、後記認容額等に照らし、360万円と認めるのが相当である。

7  遅延損害金の起算点について

前記四の事実によれば、右前腕屈筋群が不可逆的な阻血性変性を引き起こしたのは、原告の阻血徴候が発生した5月10午後9時30分から6時間ないし8時間経過した時点であるから、不法行為に基づく損害金についての遅延損害金の起算日は、5月11日からとするのが相当である。

六  結論

よって、原告の本訴請求は、不法行為(使用者責任)による損害賠償請求権に基づき、金3995万9188円及びこれに対する平成7年5月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の請求を棄却することとし、仮執行の宣言及び仮執行免脱宣言につき民事訴訟法259条1項、3項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・市川正巳、裁判官・春名郁子裁判官林史高は、転勤のため署名押印することができない。裁判長裁判官・市川正巳)

別紙1〜3<省略>

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