仙台地方裁判所 昭和23年(ワ)24号 判決
原告 星仁
被告 星淳
一、主 文
被告は原告に対し別紙目録記載の不動産について昭和十八年二月八日になした所有権移轉登記の抹消手続をなすべし。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、その請求の原因として原告は昭和十七年十二月二十七日被告に対し別紙目録<省略>記載の不動産を代金三千円の支拂を完了した後に所有権移轉登記をする約定で賣渡したのであつたが、同十八年二月二十八日代金の支拂に先立つてその登記を経た。それで原告は被告に対し昭和十八年一月初め頃から同月末頃までは繰り返えし口頭で、その後は三月頃までの間四回に亘り書面で、又昭和二十二年十月から昭和二十三年四月頃迄五六回に亘り右代金の支拂を催告をなしたが、被告はその支拂をしなかつたので昭和二十二年十二月末口頭で本件賣買契約を解除するとゆう意思表示をした。よつて被告に対し本件不動産の前記所有権移轉登記の抹消手続を求める。
仮に右は理由がないとしても、本件賣買契約は被告において代金支拂の意思も能力もないのに恰もこれあるかのように仮装し、原告に対し先ず代金を遅滞なく支拂うからと言葉巧にもちかけて本件不動産の讓渡を申込み、原告をそのように誤信させよつてその讓渡を承諾させるに至つたものである。そこで原告は被告に対し昭和二十四年十二月七日の本件口頭弁論期日において本件賣買契約を取消す旨の意思表示をしたから被告に対し本件不動産の前記所有権移轉登記の抹消手続を求めると述べ、被告主張の事実のうち本件不動産が星家代々の家屋敷であつてもと原被告の兄であり、被告の先代である星博の所有であつたこと、星博がその先代星八十治の残した多額の負債を整理するためその財産を手離すようになつた際原告において本件不動産を競落しその登記を経たこと、星博は昭和十六年九月二十一日死亡したので当時満洲におつた被告が家督相続人に選定され仙台市に帰省中本件賣買をなすに至つたこと、当時原告は「ジヤワ」にゆくことが定まつていたこと、被告がその主張の頃満洲に帰り又満洲より仙台市に引揚げてきたこと、及び被告がその主張の日その主張のように供託したことはいずれもこれを認めるがその他の事実は総てこれを否認する。被告がなした供託は本件賣買契約消滅後のものであるから何等効果のないものであると答えた。<立証省略>
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、原告主張の事実のうち被告が原告主張の日原告より本件不動産を金三千円で買受け、原告主張の日その旨の登記を経たことは認めるが、その他の事実は総てこれを否認する。本件不動産は星家代々の家屋敷であつて、もと原被告の兄で被告の先代である星博の所有であつたが、星博がその先代星八十治の残した多額の負債を整理するためその財産を手離すこととなつた際本件不動産は星家の家屋敷として保存するため原告において競落し、原告名義に登記を経たものである。星博は昭和十六年九月二十一日死亡したため当時満洲におつた被告が家督相続人に選定され、仙台市に帰省中親族の勸めによつて被告名義とするため原告から本件不動産を買受けるに至つたものであり、かつ被告は当時満洲にあつて相当の資産を有していて支拂の意思と能力を持つていたのである。しかして当時被告は急いで満洲に帰らなければならぬ事情にあり、原告もまた「ジヤワ」に赴任することになつておつたので被告が日本に滞在するうちに本件不動産の所有権移轉登記手続をし、代金は被告が満洲に帰つてから送金するとゆう約束であつた。被告は昭和十八年二月三日頃満洲に帰つたが、当時日本内地えの送金は法令によつて禁止されたため送金ができなくなつていた。從つてその間被告には遅滞について責任がない。しかして被告は昭和二十二年十一月下旬仙台市に引揚げてきたが、その後においては原告は被告に対し本件賣買代金を金三十萬円或いは金十五萬圓に増額してその即時支拂を要求し、約定賣買代金三千円とこれに対する遅延損害金を提供しても原告において受領しないことが明らかなのでその支拂をしなかつたのであるから、被告にはその後も引続いて遅滞の責がない。從つて仮に原告主張のような支拂の催告並びに解除の意思表示があつたとしても右はその效果を生じないものである。よつて原告の本訴請求はいずれも失当であると主張し、なお被告は右のように原告において受領しないことが明らかであつたので、昭和二十三年十一月二十九日本件賣買代金と之に対する所有権移轉登記経由当日である昭和十八年二月六日から右当日までの年五分の割合による遅延損害金八百八十二圓八十四錢を供託したと附陳した。<立証省略>
三、理 由
本件不動産が星家代々の家屋敷であつてもと原被告の兄で被告の先代である星博の所有であつたこと、星博がその先代星八十治の残した多額の負債を整理するため同人の財産を手離すようになつた際原告において本件不動産を競落しその登記を経たこと、星博は昭和十六年九月二十一日死亡したため当時満洲におつた被告が家督相続人に選定され仙台市に帰省中、昭和十七年十二月二十七日原告から本件不動産を代金三千円で買受けたことは当事者間に爭がない。
右賣買契約によれば、被告が先に賣買代金を支拂つてから原告が本件不動産の所有権移轉登記手続をするとゆう約定であつたことは成立に爭のない甲第三号証、乙第一号証によつて明らかで、右代金の支拂期は被告が満洲に帰つてから送金すると約定したことが証人武田勝治、高橋操、高橋とくゑ(第一、二回)武田しなよ、星ひで(第一、二回)の各証言並びに被告本人訊問の結果によつて認められる。尤も昭和十八年二月八日(二十八日というのは誤りと認められる、甲第一号証の一、二参照)右代金の支拂に先立ち本件不動産について右賣買契約に基ずく所有権移轉登記を経たことは当事者間に爭がないけれども、それは原告本人訊問の結果によつて明らかなように、原告は当時近く「ジヤワ」に赴任することが確定し、いつ出発しなければならぬかも知れない事情にあり、被告もまた上記のように満洲から一時仙台市に來ていた事情にあつたので直ちに登記手続を済ましておく方が好都合であつたこと、証人高橋とくゑ(第二回)、星ひで(第二回)の各証言並びに原被告両本人訊問の結果によつて明らかなように、本件賣買契約の締結に立会つた原被告等の從姉高橋とくゑ夫婦も本件賣買代金の支拂は確実に履行させるからといつて登記手続を直ちにするように奬めるし、被告もまた昭和十七年十二月二十八日中にも支拂うようなことをゆうので代金の支拂さえ確実に受けられるならばと思い、そのような意図の下に右契約後登記を先にすることに改めたと認められるのであつて最初登記より先に代金の支拂をする約定だつたという前認定の妨げとならない。
上記のように代金の支拂を登記手続より先にするとゆう約定であつたのに拘らず右認定のように登記手続を先にしなければならなかつた諸事情を綜合すれば、被告は満洲に帰つて遅滞なく本件賣買代金を用意して原告の許に送金しなければならぬ義務を負担していたものと解釋するのが相当である。右代金を満洲から送金するについて特に期限を定めなかつたとゆう証人高橋とくゑ(第一回)の証言は、これを被告が満洲に帰つて後送金するについてもなお期限の定めない趣旨と解することは妥当でない。しかるに、被告が昭和十八年二月三日頃満洲に帰つたことは当事者間に爭がなく、その後原告に対し右代金の支拂をしなかつたことは被告の明かに爭はないところである。從つて被告は帰満後少くとも一週間後には遅滞に陥つたものとゆうべきである。
被告は満洲から送金ができなかつたのは当時法令によつて日本内地えの送金が禁止されたためであるから被告は右遅滞については責任がないと主張するので按ずるに、全証拠によつても被告の右主張事実を認めることができず、却つて証人関泰明の証言によると昭和十七年七月頃から旧満洲國には爲替管理法、対日資金調整令が施行されて日本えの送金は五百円を越える場合は満州中央銀行の許可を要することになつたが五百圓以下については何等制限のなかつたことが認められる。これに反する証人星はる子の証言並びに被告本人訊問の結果は信用し難く、他に右認定を覆すに足るような証拠はない。從つて被告の右主張はこれを採用しない。
次に証人高橋操、高橋とくゑ(第二回)の各証言並びに原告本人訊問の結果によると、原告が昭和十八年二月中及び同年三月中に書面を以て被告に対し代金支拂の催告をしたことが認められるから、右書面はその頃被告に到達したと認めるのが相当である。これに反する本人星はる子の証言並びに被告証人訊問の結果は信用しない。
しかして証人星はる子の証言によると被告は昭和二十二年十一月十八日(引揚げたのが同年同月中であることは当事者間に爭がない)仙台市に引揚げてきたことが明らかであり、原告本人訊問の結果によれば原告がその後四、五日して被告に対し口頭で本件不動産所有権の登記名義を原告に戻すように要求したことが認められるから、右を以て原告が被告に対し本件賣買契約解除の意思表示をしたものと考えられる。
被告は被告が仙台市に引揚げてきて以來原告は被告に対し本件賣買代金を金三十万円或は金十五万円に増額してその即時支拂を要求し約定賣買代金三千円とこれに対する遅延損害金を提供しても原告において受領しないことが明らかであつたからその支拂をしなかつたのであつて、從つて被告にはその後遅帶の責がないから原告がなした本件賣買契約解除の意思表示はその效果を生じないと主張するので按ずるに成立に爭がない乙第六号証、証人星はる子の証言並びに原告及び被告の各本人訊問の結果を綜合すれば、原告が被告に対し本件不動産の賣買代金として金三十万円とか又は十五万円の支拂を要求した事実のあることは之を認めることができるが、他方本件不動産の賣買は被告並びに從姉高橋とくゑ夫妻が夜を徹して原告を説得し漸くこれを承諾させたものであることは証人武田しなよ、高橋とくゑ(第一、二回)の各証言並びに原告本人訊問の結果によつて、被告から右代金の送金がなかつたので原告が親族等に対し「ジヤワ」にゆく(その日時が昭和十八年四月十八日であることは原告本人訊問の結果明らかである。)前既に本件賣買契約を解除する意向を表明していたことは証人武田勝治、星ひで(第一、二回)の各証言によつて、原告が昭和二十一年秋「ジヤワ」から帰つて直ぐに疎開していた家族を呼んで本件家屋に住んでいることは証人高橋とくゑ(第二回)の証言によつて、原告が右解除の意思表示をしてからは本件家屋を修理したりして恰も自分のもののように取扱つてきたことは証人星ひで(第二回)の証言によつて、及び被告の引揚げ後は引続いて被告に対し本件不動産所有権登記名義の返還を求めていることは原告本人訊問の結果によつていずれもこれを認めることができ、以上の事実を綜合すると前記のように、原告において前記の日頃被告に対し眞先に本件賣買契約を解除した上所有権登記名義の返還を求めていたと認めるのが相当であつて、これに反する証人星はる子の証言は信用しない。
原告が被告に対し前記のように金三十万円や金十五万円の支拂を要求したのは、被告において原告の右要求に應じなかつたので、それならば新に右金員で本件不動産を買受けるようにといつて改めて本件不動産を賣渡す際の賣渡代金として交渉したにすぎず、本件賣買代金の増額を請求したものではないと解釋するのが妥当である。
從つて右解除の意思表示前代金支拂義務の履行遅滞について責任がなかつたとゆう被告の前記抗弁もまたこれを採用することができない。
以上の通りであつて本件賣買契約は昭和二十二年十一月二十二、三日頃適法に解除されたことが明らかであるから、被告に対し前記本件不動産所有権移轉登記の抹消手続を求める原告の請求は理由がある。よつてこれを認容し訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する次第である。
(裁判官 松尾巖 伊藤正彦 片桐英才)