仙台地方裁判所 昭和23年(行)3号 判決
原告 菅原憲治
被告 宮城県知事
一、主 文
被告が昭和二十二年十月二十三日付を以つて別紙目録記載の田地について、原告の解約許可申請に対して爲した不許可処分は、これを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、請求の趣旨
主文の同旨。
三、事 実
原告訴訟代理人は、その請求原因として、原告は昭和二十二年三月十日付別紙目録記載田地に対する訴外鹿野寅男との間の轉貰借解約許可申請書を一迫町農地委員会を経由して被告に提出したところ被告は同年十一月一日原告に対し一迫町農地委員会を経由して前示轉貸借解約許可申請に対する同年十月二十三日付の不許可指令書を交付した。しかしながら、別紙目録記載の田地は東京都内に住居を有する訴外菅原正規が昭和十一年十一月二十一日競落取得して以來原告において管理を兼ねて賃借していたので本件田地について税金を納付する等の管理を爲し、一方菅原正規に対しては賃料として税金諸経費を控除して一個年玄米九斗を交付して耕作して來たものであるが、昭和二十一年一月日雇稼業の前記鹿野寅男を同年度一個年だけの期間で雇入れた際、当時雇人を優遇する方法として雇傭期間中だけ雇人に農地を小作させると言う「ホマチ田」の慣習が原告居住の地方に行われていたので、これに從つて寅男に対し前記雇傭契約に附随してその期間中に限つて一時轉貸したものであつたから右田地の轉貸借は前期雇傭期間の満了と共に終了した。それで、原告は同日自宅に寅男を招き一個年の労をねぎらつた上雇入の際差入れて貰つた轉貸借の契約書を返して同人から本件田地の返還を受けたのである。
以上のように一時轉貸した田地を「期間満了による合意解約」によつて返還を受けた場合には、当時施行されていた昭和二十一年十月二十一日法律第四十二号による改正農地調整法(以下單に農調法と称する。)によれば地方長官の許可を得る必要はなかつたのであつて、それにも拘らず原告が許可申請したのは、一迫町農地委員会からの要求があつたからである。されば被告の爲した前記不許可処分は法律の解釈を誤つた違法のものであるから、その取消を求める爲本訴請求に及ぶと述べ、被告の主張に対し被告が本件田地につき昭和二十二年九月五日菅原正規に買收の時期を同年七月二日と定めた買收令書を交付し、更に昭和二十四年七月十二日訴外鹿野勝治に賣渡時期を同年三月二日と定めた賣渡通知書をそれぞれ交付したことは認める。しかしながら自作農創設特別措置法(以下自創法と称する。)によれば凡て政府によつて爲される農地の買收は昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基いて市町村農地委員会が農地買收計画を樹てなければならぬことになつており、從つて本件農地の買收も亦右同日現在の事実に基き買收計画が樹てられたものである。而して訴外鹿野寅男は右同日現在においては本件農地に関しては全然無関係者であつて当時の耕作者は原告である。本件農地が昭和二十二年七月二日政府によつて買收された当時においても原告は依然として正当な耕作者たる地位にあるもので、從つて原告は政府の買收と同時に自創法第十二條により從前と同一條件の賃借権が設定されたものと看做され且政府の右農地の賣渡についても同法第十六條、同法施行令第十七條によつて先買権をもつている、而して被告主張の賣渡処分は(イ)自創法第十六條同法施行令第十七條に違反し從來本件農地について耕作の業務を営んでおり、昭和二十二年七月二十五日右農地の買受申込をしているのに原告を賣渡の相手方とせず右農地について何等関係のない非農家の訴外鹿野勝治を賣渡の相手方と定めた、(ロ)一迫町農地委員会は賣渡計画の公告に際しても十日の縱覧期間をおかず直ちに宮城縣農地委員会に承認を求め、同委員会も縱覧期間の経過前に承認を與えた、從つて右賣渡処分は違法であるから、かような違法処分によつては自創法第二十二條に定める効果は発生しないと述べた、(立証省略)
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として原告主張の事実中原告がその主張する轉貸借契約解約許可申請書を一迫町農地委員会を経由して被告に提出し、被告が原告に対し昭和二十二年十月二十三日付の不許可指令書を交付したこと、元本件田地が東京都内に居住する訴外菅原正規の所有で、原告がその管理人だつたこと、原告が訴外鹿野寅男を期間を一年と定めて雇入れた(原告は寅男に後記勝治との間の小作契約の負担として一個年間の奉公を強要したのである)ことはいずれも之を認めるけれどもその他の事実は否認する。即ち原告はその管理権に基いて菅原正規の代理人として訴外鹿野勝治に対し昭和二十一年度以降期限の定めなく本件田地を賃貸したのであるから、原告と鹿野寅男との間には本件農地について轉貸借関係はない。從つて原告が右寅男との間の轉貸の解約の許可申請をするということはあり得ない筈である。
しかし仮りに原告が菅原正規から本件田地を賃借し、その賃借権に基き之を勝治に轉貸したのであつたとしてもその轉借人は勝治であるし、轉貸借については期限の定なく又解約の申入については正当の事由がなかつた、そればかりでなく、一迫町農地委員会は本件田地を不在地主の所有小作地となし昭和二十二年六月十日頃買收計画を定め、被告は同年九月五日菅原正規に同月一日付買收時期を同年七月二日と定めた買收令書を交付した結果自創法第十二條第一項により右昭和二十二年七月二日に遡及して本件田地の所有権は政府に帰属し、右賃借権は消滅した。当時原告は本件田地を現実に耕作していなかつたから自創法第十二條第二項の適用の余地がない。仮りに自創法第十二條第二項の適用があつたとしても、右農地委員会は昭和二十四二月二十五日本件田地について勝治を賣渡の相手方として賣渡計画を定め、被告は同年七月十二日勝治に賣渡時期を同年三月二日と定めた賣渡通知書を交付した結果自創法第二十二條第一項により本件田地の所有権は右昭和二十四年三月二日に遡及して勝治に移轉し、前記賃借権は消滅した、從つて原告には本件不許可処分の取消を求める利益がない以上の通りであるから原告の本訴請求は失当であると述べた。(立証省略)
四、理 由
原告が被告に対し訴外鹿野寅男との間の本件田地について昭和二十二年三月十日付轉貸借契約解約許可申請書を提出し、被告がこれに対し昭和二十二年十月二十三日付不許可指令書を原告に交付したことは当事者間に爭がない。
(一) 先ず原告は訴外菅原正規から本件田地を賃借しており之を訴外鹿野寅男に轉貸したと主張し、被告は、原告は單に管理人として菅原正規を代理して右田地を訴外鹿野勝治に賃貸したのであると爭うからこの点について審按するに本件田地は元來訴外菅原正規の所有であつて、同人は以前から東京都に居住することは本件当事者間に爭がなく証人三塚林治、斉藤倫一、(後記認定と異る部分を除く)佐々木賢芳、針生陸郎の各証言によれば宮城縣下殊に一迫町附近には古くから農家で作男を雇うときにはその優遇條件として雇傭契約に附随して雇傭期間に限つて被傭者にホマチ田と称し田地を賃貸(小作)する慣習があることを認めることができ成立に爭のない甲第七、八号証及び証人北條清人、菅原直二、千葉眞一(後記措信しない部分を除く)杉本昌雄(同上)の各証言を総合すれば原告は訴外菅原正規から本件の田地と共にその所有にかかる三町余のその他の田畑の管理を託され、訴外菅原美雄等に小作させていたところ(ただし本件田地以外の田畑で四筆合計四反六畝十六歩は原告において小作していた。)昭和十三年に本件田地の小作人たる右菅原美雄からその半分を、昭和十五年に残り半分を返して貰つて、これを菅原正規から賃借耕作していたが昭和二十年度はこれを訴外大豆田金吾に轉貸していた。しかるにその後原告は訴外北條清人を介して野寅男の父勝治から、寅男が復員して來て家におるので、原告方で手不足の爲人を使うような場合には寅男を使つてくれという依頼があつたので、昭和二十一年一月寅男の代理人として來た勝治との間に寅男を雇傭期間一個年三食付、一ケ年の賃銀二千二百円の條件で雇入れたが、(原告が昭和二十一年一月寅男を一個年の期間で雇入れたことは当事者間に爭がない。)右雇傭契約締結後更に右北條清人を通じて勝治から配給米だけではやつてゆけぬから寅男にいくらか田地を小作させてくれとの依頼があつたこと。しかしながら右雇傭條件は当時としては普通以上の待遇であつて原告としてはそれ以上優遇する必要はなかつたけれども、勝治の希望を容れ前に認定したホマチ田の慣行に做つて寅男に対し右金吾から返して貰つた本件田地を昭和二十一年度一個年に限り雇傭契約に附随して一時轉貸することとし、勝治には保証人になつて貰い、雇傭契約について差入れて貰つた契約書に右轉貸のことも書入れたこと。しかして前示のような年期奉公は右地方の慣習によれば一年の終りに近い十二月二十五日に終了するので、昭和二十一年十二月二十五日原告は自宅に寅男を招き、一個年の労をねぎらつた上寅男から本件田地を返して貰い右契約書を同人に返還した事実を認めることができる。なお証人菅原直二の証言により成立を認め得る乙第一号証には本件田地は「大豆田金吾氏小作中ナリシニ地主ニ無相談ニテ菅原憲治労働者ヲ得ル爲勝手ニ孫小作セシメタモノナリ」と記載してあつて、原告は菅原正規に無断で右田地を鹿野寅男に耕作させたものであるかのように見えるけれども、右菅原証人の証言によれば、同号証は菅原直二が事情を詳をにしないで作つたもので、右記載は事実と合わないものであることが認められるし、成立に爭がない乙第二号証(本件農地賃貸借解約(許可)申請書)には本件賃貸借の相手方として鹿野勝治の氏名が記載してあるけれども、証人杉本昌雄、針生睦郎、千葉眞一の各証言によれば一迫町農地委員会で右許可申請を審議するに当つては鹿野寅男を賃借人として取扱つたと認められるのに之に対して原告又は鹿野勝治から異議又は不満があつたことの証拠がない。これ等の事情と前記認定の事実とを総合すれば乙第二号証の右記載は相手方を誤つて記載したと認めるのが相当である。よつて右乙第一、二号証の記載は右認定に影響を與えるものではない、又証人鹿野寅男は右賃貸借について寅男は賃借人でないといつているけれども同証言によつてもわかるように同人は前に認定した同人と原告との間の雇傭契約についても轉貸借契約についても自分自身は関係しないで全く父親である勝治に任せ切りでいたゝめ勝治と原告との間に如何なる内容の取り極めが爲されたかを知らないのであるから同人の右証言は信用できないし、証人千葉眞一、杉本昌雄、針生睦郎の証言中前記認定と異る部分は信用できない、他には右認定をくつがえすに足る証拠がない。
(二) 前記認定のように原告と鹿野寅男との間の轉貸借契約は原告と寅男との間に一年間と限つてなされた雇傭契約に附随し雇人たる寅男を優遇する一面労働能率をあげさせることを目的とし、雇傭契約が終了した場合には之に伴つて終了させる趣旨のものであるから農調法(改正前)第九條第二項但書の要件を具備する一時轉貸借と認めるべきであつて、かような轉貸借については同條第一項の適用がないと解すべきであるから同條第三項の規定も亦これを適用する余地がない、從つて被告が前記轉貸借契約許可申請について之を無用のものとして却下するは格別、相当でないことを理由として不許可の処分を爲したのは右法條に違背する違法の処分と言わなければならない。(右許可申請は「農地賃貸借解約申請」となつており原告は「期間満了による合意解約」という言葉を用いているけれどもその趣旨から見て期間満了後更新拒絶についての許可申請と解すべきことは右申請前後の事情によつて明かである)。
(三) 被告は(イ)一迫町農地委員会は昭和二十二年六月十日頃本件田地を不在地主の所有小作地として買收計画を定め、被告は昭和二十二年九月五日菅原正規に同月一日付買收時期を同年七月二日と定めた買收令書を交付し(ロ)右農地委員会は昭和二十四年二月二十五日本件田地について鹿野勝治を賣渡の相手方として賣渡計画を定め、被告は同年七月十二日右鹿野に賣渡時期を同年三月二日と定めた賣渡通知書を交付したから自創法第十二條第二十二條により右田地に対する賃借権その他右法條所定の権利は全部消滅したから原告は本訴提起についてその利益がないと主張するけれども、前に認定した通り原告は本件田地について昭和二十二年三月十日賃貸借契約解約の許可申請を爲し、被告は同年十一月一日本件不許可指令を原告に交付し、原告は之に対して、昭和二十三年一月十二日本訴を提起して右不許可指令の取消を求めておるのである、しかして被告の主張によつてもわかるように被告は昭和二十二年三月十日になされた許可申請に対し何等の処分をしないうちに買收手続をすゝめ同年九月五日買收令書を交付してその買收処分を完了し、その後同年十一月一日になつて初めて本件不許可の指令をなし、原告が之を不服として、昭和二十三年一月十二日本訴を提起しその係爭中昭和二十四年七月十二日賣渡通知書を交付したというのであるから右買收令書の交付及び賣渡通知書の交付そのものの適法であるかどうかは別として、このように或る行政処分が不適法として爭われている際に、少くとも、その行政処分をしたと同じ行政廳によつて爲きれたその後の行政処分によつて前になされた行政処分に対する不服方法が失われることとなつては行政事件訴訟特例法第十條第一項の立法の趣旨に反することゝなりひいては人民に対して與わられた行政廳の違法処分に対する不服申立の権利を不当に奪う結果となつて之を認めた法律の精神に反するといわなければならない、從つて被告の右のような主張は之を採用することができない、又このような事情の存在は行政事件訴訟特例法第十一條第一項を適用すべき場合に該らないことはいうまでもない。
よつて本件不許可処分の取消を求める原告の本訴請求は理由があるから、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 松尾巖 伊藤正彦 片桐英才)
(目録省略)