仙台地方裁判所 昭和24年(ヨ)134号 判決
申請人 池田作雄 外五名
被申請人 日本冷藏株式会社
一、保証 無保証
二、主 文
被申請会社が昭和二十四年九月二十七日申請人C、同Dに対してなした解雇の意思表示は右申請人等から被申請会社に対する解雇無効確認請求事件の本案判決確定に至るまでその効力を停止する。
申請人A、同B、同E、同Fの本件仮処分申請はこれを却下する。
訴訟費用はこれを三分し、その一は被申請会社の負担とし、その他は申請人A、同B、同E、同Fの平等負担とする。
三、申請の趣旨
申請人等代理人は主文第一項と同旨及び被申請会社が昭和二十四年九月二十七日申請人A、同B、同E、同Fに対してなした解雇の意思表示は右申請人等から被申請会社に対する解雇無効確認請求事件の本案判決確定に至るまでその効力を停止するとの判決を求めた。
四、事 実
申請人等代理人は申請の理由として、
第一、被申請会社は製氷、冷蔵、凍結等の業務を営む会社で全国各地に支社と二百七の工場と事業所を有する。申請人等は、被申請会社の従業員四千七百数十名によつて組織された日本冷蔵労働組合(以下単に組合と呼ぶ、昭和二十四年五月二十七日日本冷蔵従業員組合を右のように改称した。)の組合員で、被申請会社仙台支社の別紙第一欄記載の職域に勤務しておつたが、被申請会社は昭和二十四年九月二十七日申請人等を解雇する旨の意思表示をなした。
第二、申請人等は後記のような理由で、本件解雇の無効を主張するのであるが、組合は各支社毎に組合支部を工場、事業所毎に分会を持ち、申請人等の所属する組合東北支部は被申請会社仙台支社長と団体交渉の結果、昭和二十二年九月十二日には東北地区経営協議会設置に関し、又昭和二十三年二月二十一日には戦災に遭つた八戸工場の復旧工事等について、いずれも協定を結び、更に昭和二十四年五月中には給料繰上支給、突破資金支給、賃金増額等の要求、竝びに宮古出張所の廃止について、同年八、九月中には企業整備に伴う人員整理、専従者、労働協約等の問題についていずれも仙台支社長限り、又は仙台支社長を通じて社長と団体交渉をしている。そして仙台支社管内の人事関係、給与、配置転換等のいわゆる労務管理は仙台支社の業務であるから、申請人等の解雇無効確認訴訟については当庁に民事訴訟法第九条の管轄がある。
第三、組合は昭和二十二年六月二十七日被申請会社との間に労働協約を締結し、その第十条に、被申請会社が従業員を解雇するには、組合の承認を要すると定めている。被申請会社は組合の承認なしに申請人等を解雇したのであるが、右協約は現在なお有効に存続しているのであるから、本件解雇は無効である。
第四、仮に被申請会社主張のように、右協約は昭和二十四年九月二十六日限り失効したとしても、右協約第十条は労働組合法(昭和二十四年法律第百七十四号以下単に改正労組法と呼ぶ。)第十六条にゆう「労働条件の基準」を定めたもので、規範的効力を有する。そして右承認約款は、個々の従業員の労働契約の内容になつて了つていて、協約失効後といえどもいわゆる事後効力を有すること改正労組法第十六条の解釈上疑がないから、協約失効後といえども従業員を解雇するには組合の承認を要する。從つてその承認なしに行われた本件解雇は無効である。
第五、仮にそうでないとしても、被申請会社は昭和二十四年九月二十七日申請人等を含めて合計千七十七名の従業員を解雇した。被申請会社はその理由として、経済九原則による事情の変更と企業整備の必要をあげるのであるが、それは名目にすぎない。実際には経営の合理的運営と冗費の節約によつて全従業員を雇傭したままでもなお利潤を上げられる。それにも拘わらず、高利潤を追求するためかかる大量解雇を行い、一方では解雇によつて従業員の生活の基礎を奪い、他方では残留した従業員に労働強化を押しつけたのであるから、右は解雇権の濫用に外ならない。従つて本件解雇は無効である。
第六、仮にそうでないとしても(一) 組合は昭和二十二年四月ストライキを決意して被申請会社に対し賃金引上げ、労働協約締結の要求のために立ち上り、同年十月には二倍余の賃金増額を要求して組合結成以来最初のゼネストを敢行し、昭和二十三年四月更に賃金増額の闘争をなした。組合東北支部は昭和二十三年中、被申請会社冷凍用アンモニア横流しの疑から五橋工場の不正摘発を行い、被申請会社側と対立していたが、なお同年五月には組合の指令により賃金増額、突破資金要求のため波状ストを敢行した。更に昭和二十四年二月から四月頃までの間、仙台支社工務課の幹部が業者と結託して不正の利得を収めているとゆう疑から、その不正摘発を行い、被申請会社と対立した。組合は昭和二十年六月には、被申請会社から提示された、組合の承認なくして従業員の解雇ができ、就業時間中の組合活動はこれを制限するとゆう内容を含む新労働協約案について、又同年七月一日以降従来の労働協約が失効したとゆう被申請会社の見解に対し、激しくこれを争い、更に同年九月には、従業員の解雇竝びに退職金規程改訂に対し激烈な反対闘争を行つたのである。
(二) 申請人は別紙第二欄に掲記したような組合役員の経歴を有し、多少に拘わらず以上のような組合活動の指導的立場にあつた。被申請会社はその報復手段として申請人等を解雇したのであるから、不当労働行為であつて、本件解雇は無効である。
しかるに、被申請会社は本件解雇が有効であると争つているので、申請人等は解雇無効確認の本案訴訟を準備中であるが、本案訴訟の判決確定を待つては囘復することのできない損害を蒙るから、本件解雇の効力停止を求めるため本件仮処分申請に及んだ次第であると述べ、
被申請会社の主張事実に対し第二、(二)の事実は知らぬ、同(三)の事実のうち、従業員の考課表の作成が支社においてなされたことは認めるが、被申請会社がその主張のような整理基準を作成したこと、支社における考課の認定が本社を拘束しないことはいずれも知らない。第三の事実はいずれもこれを認めるが、本件協約第二十条但書第四号に「新規約成立するまで」とゆうのは不確定期限であつて、改正労組法第十五条第一項にいわゆる「有効期間」には不確定期限も含まれるから、本件協約は新協約成立の時まで有効に存続する。第四(三)のうち組合が拒否権を濫用したとの主張はこれを争う、被申請会社の昭和二十四年八月二十三日の申入に対し組合が何等申出をしなかつた点、被申請会社が同年九月二十四日団体交渉打切の申入をしたのが遷延できない事情によることは否認、その他の事実はこれを認める。同(四)の事実は認めるが、被申請会社主張の協定は申請人等個人の権利に対し何等消長を及ぼすものではない。第六の事実は否認、第七に被申請会社が主張するような使用者の利益代表者は昭和二十四年十二月の中央委員会においてこれらの者を組合から除外することに決定した。第十の退職金、失業保険金を受領した事実は認めるが、それは生活費としてであつて、解雇を承認したものではないと答えた。(疎明省略)
被申請会社代理人は、主文第二項と同旨、竝びに申請人C、同Dの本件仮処分申請はこれを却下する。訴訟費用は申請人等の負担とするとの判決を求め、申請人等主張事実のうち
第一の事実はこれを認める。
第二の事実のうち
(一) 組合が各支社毎に支部を各工場、事業所毎に分会をもつこと及び、申請人等主張の日、組合東北支部と仙台支社長との間に東北地区経営協議会設置に関する協定が成立し、それに基づいて経営協議会を開催してきたことは認めるが、その協議事項はもとより仙台支社長の権限に属する事項に限られ、組合東北支部から支社長に対しその権限外の事項について要求がなされた場合には、同支社長はその権限外であることを理由にその要求を拒否するか、もしくは本社の指示に従つて処理してきたもので、申請人等が仙台支社長との間に団体交渉をしたと主張する事項は、いずれも仙台支社長の権限外のものである。
(二) 被申請会社従業員の雇傭解雇は臨時雇傭者を除き、総て社長の権限に属し、支社長にはその権限がない。
(三) 申請人等は後記のような本社が作成した整理基準に該当するため解雇されたものである。右基準に該当するかどうかは本社の指示に従い、支社において認定したのであつて、申請人等については支社の認定通り解雇されたが、本社はもちろん支社の認定に拘束されない。
本件解雇も社長名義でなされたもので、仙台支社長がなしたものではないから、仙台支社の業務に属するとは言い難い。従つて、その効力を争う訴訟については当庁に民事訴訟法第九条の管轄権がないから、本件仮処分の申請は本社の所在地を管轄する東京地方裁判所に移送さるべきである。
第三の事実は労働協約が現在有効に存続するとの点を除いてその他の事実はこれを認める。
(一) 右労働協約はその第二十条において(1)その有効期間を締結の日から六カ月と定め、その但書に(2)期間満了一カ月前迄に会社及び組合はこの協約の失効もしくは改訂の申出をすることができる。(3)前号の申出がないときはこの協約は期限後向う六カ月間自働的にその効力を延長する。(4)但書第二号の申出があつたときでも、新規協約が成立するまで期限後三カ月を限度として、この協約はその効力を失わない(算用数字は但書の号数を示す)と規定している。右協約はその第二十条但書第三号によつて自働的に更新されてきたところ
(二) 被申請会社は昭和二十四年六月三十日書面を以て組合に対し、同年七月一日以降右協約を破毀する旨の意思表示をなしたから、右協約は改正労組法第十五条第二項に基いて右七月一日以降失効した。
仮にそうでないとしても、被申請会社はこれより先昭和二十四年五月二十日(同年六月二十六日が期限満了の日であつた。)書面を以て組合に対し、協約失効の申出をなしたから、右協約は同第二十条但書第四号により、昭和二十四年九月二十六日限り失効したものである。
第四の主張はこれを争う。
(一) 改正労組法第十六条の規定は、協約の有効期間中に限り規範的部分が外部から労働契約に対し強行的補充規定として作用し、その結果これに反する労働契約の部分がその効力の発生を停止され、協約失効と同時に停止された労働契約の効力が発生することを規定したもので、個々の労働契約の内容に化体することを規定したものではないから、右条項の解釈からは事後効力を認めることができない。のみならず、労働協約の本質は労働契約の個々の当事者の意思が団体意思に支配されることにあるのであつて、このような団体意思の支配は協約失効と同時に消滅する点、竝びに改正労組法第十五条、労働基準法第十四条、第九十二条の立法趣旨に照すときは、事後効力はむしろこれを否定するのが相当である。
(二) 仮にそうでないとしても、本件協約第十条の承認約款は個々の労働者の解雇基準を定めたものでないから、右条項に事後効力を認めるわけにはゆかない。けだし、前記承認約款は解雇基準を具体的に定めたものではなく、単に「解雇基準の設定」及び「解雇の当否の判定」とゆう経営権に属する事項について、組合が使用者の意思決定に参加するとゆう経営参加の手続を定めたものであつて、いわゆる債務的効力を有するにすぎない。
(三) 仮に前記承認約款が規範的効力を有し、事後効力をもつとしても、被申請会社は後に第五に述べるように、自らを壊滅の危険から救うためやむなく人員整理を実施したのであり、且つこれをなすに至るまでは、被申請会社として尽すべきを尽したのである。すなわち、昭和二十四年五月十日には、組合に対し経理、冷凍、営業の各部門別の実態報告書を以て経営の危機にあることを訴え、同年五月三十日には、その危機を打開するため鋭意再建案を作成中であることを申入れ、同年八月二十三日には、組合が企業整備について実行可能な具体案や意見を有するなら申出でて欲しいと伝え、組合の協力を求めたが、組合からは何等申出がなかつたので、被申請会社は独自の立場で従業員の解雇を含む企業整備案を作成したのである。そして同年九月十日組合に右案を交付し、同月二十四日正午までに同意の回答を求めると共に、同月十三日にはその説明会を開き、翌十四日には団体交渉に応じ、翌十五日には右案の実施について組合の協力を求め、同月二十日組合に対し右案について速に団体交渉を開きたい旨を申入れ、組合から同日組合作成の再建案が示されたのでこれを検討した。しかしそれによつて会社作成案に変更を加える必要が認められなかつたので、翌二十一日その旨を回答し、併せて組合から団体交渉再開の要求があるときは会社はこれに応ずる用意があることを伝え、翌二十二日には重ねてその旨を申入れ、同月二十四日になつて団体交渉を行うことになつたが、組合と意見を一致することができなかつたので、これ以上日時を遷延することを許されない事情にあつた被申請会社は、ここに至つて団体交渉打切の申入をし、昭和二十四年九月二十七日人員整理を実施したのである。以上のような経過にも拘わらず、組合が解雇について承認を拒否し続けたのは正に拒否権の濫用であつて、被申請会社はことここに至つては組合の承認なしに従業員を解雇することができたものとゆうべく、従つて本件解雇は有効である。
(四) 仮にそうでないとしても、被申請会社と組合との間には昭和二十四年十二月十五日、人員整理から生じた一切の紛争を打ち切ること、組合は東京地方裁判所に対する仮処分の申請、竝びに中央労働委員会に対する不当労働行為の申立を取下げること、組合員からの裁判所に対する提訴竝びに労働委員会に対する申立は、当時既になされていたものであると、将来なされるものであるとを問わず、組合において誠意を以て、これを平和裡に処理するように努力することとゆう協定が成立したから、前記承認約款の事後効力はその限度において変更されたものである。
第五の事実のうち、被申請会社が昭和二十四年九月二十七日申請人等を含めて合計千七十七名の従業員を解雇したことは認めるが、その他の事実はこれを否認する。
被申請会社が企業整備のため人員整理をせざるをえなかつたのは、
(一) 被申請会社の前身である帝国水産統制株式会社は、昭和十八年四月水産業の綜合的統制運営のため設立され、戦時中政府の要請で海外に多くの事業所を持ち、従業員を派遣したが、その外多数の応召者を出したのでその補充を行つたこと。空襲により工場施設の約四割に当る九十二工場が罹災し、終戦によつて海外の全事業所を失つたのに、海外派遣員と応召者が復帰してき、これら従業員を一応罹災を免れた内地各事業場に収容したため、施設と稼働人員との間に甚だしい不均衡を生じたこと、
(二) 昭和二十年十二月統制業務の一切を廃止し、現在の商号に改め、冷凍業務に専念する会社として再出発すると同時に、従業員六千二百三十六名のうち約二割に相当する千四百五十八名の従業員を整理したが、まだ施設と人員の不均衡を是正することができず、ようやく終戦後のインフレーションによつて企業の脆弱さを糊塗することができたこと、
(三) これを冷凍部門について見ると、被申請会社の昭和十五年ないし十八年度の平均比率は物件費六割に対し人件費四割であるのに、昭和二十一年ないし二十三年度の平均比率は物件費四割八分に対し人件費五割二分で、冷凍産業における適正人件費三割五分とゆう比率から著しくかけ離れ、一人当製氷量は昭和十五年度五百四十四瓲に対し、昭和二十三年度は二百八十三瓲であつたこと、それは戦後の資材不足にもよるが、その最大の理由は施設資材に対し人員が過剰であることによつたこと、
(四) 営業部門について見ると、昭和二十三年度収益を一億五千万円と見積つたのに、金融の枠が少なかつたこと、購買力の減退による競争の激化、産地高消費地安の逆現象のため、万全の措置を講じたのにも拘らず、実収益は僅か一億五十万円にすぎず、赤字経営に陥つたこと、
(五) 金融部門について見ると、昭和二十四年五月三十日現在において新旧合せて、長期、短期の負債は合計約十三億二千五百万円あり、金融機関は極度に融資を警戒するようになつていたので、充分な運転資金を得ることができず、折角融資を得ても、当面の人件費の支払、旧債の返済等の関係から事業資金の面に充て得たのは僅少にすぎなかつたこと、昭和二十四年中合計四億五千万円の増資をなしたが、その払込資本金は悉く旧債の返済に充てなければならなかつたこと、及びこのような資金難の対策としても、企業整備の一環として人員整理による経費の節約が必要であつたこと、
(六) 氷価について見ると、終戦当時瓲当金二十五円の生産者販売価格が、昭和二十四年には千二百二十円にまで引き上げられたが、競争者の出現竝びに生産増加の傾向は、価格の下落が必至であつたこと、なお当時水産業に対する補給金の削減ないし撤廃が盛んに叫ばれ、その方面に生産量の約六割を向けていた被申請会社が蒙る影響も看過しえなかつたこと、
(七) 被申請会社は一旦過度経済力集中排除法による指定をうけ、昭和二十四年七月その指定を取消されたが、その取消に当つては、企業の合理的運営によつて公共の福祉に寄与すべきことが、その条件の一つとされたこと、
(八) 人員整理をしないでこのまま進んでゆくときは、一ケ年約九千三百万円の損失を蒙るのに対し、約二割の人員整理を行うときは、年間約二千五百万円の利益をあげ、前記負債金も徐々にこれを返済しうること、
等によるもので、右のような事情の下では、約二割の従業員の整理をしたからといつて解雇権の濫用ではあり得ない。
第六(二)の事実のうち、申請人等がこれまで別紙第二欄に○印をしたような組合役員をしてきたことは認めるが、△印をしたような組合役員をしたことは知らぬ、その他の事実はこれを否認する。
(一) 会社が企業整備のため、適正人員を決定して、その剰員を一定の基準を設けて解雇する場合、労働組合の役員であろうと、或いは会社の承認を得て組合事務に専従する者であるとを問わず、右整理基準に該当する限り、一般組合員又は一般従業員と同様に、解雇の対象となることはゆうまでもない。
被申請会社が企業整備をなすに当つては、人員の整理のみでなく企業内部の広範な機構改革、人員異動も同時にこれを企図したが、人員整理に当つては適正人員を三千九百三十七名と決定し、その余の従業員を解雇したのである。
剰員整理の基準は、(1)会社に対し非協力的な者、すなわち(イ)非協力を公言し、之を実行する者(ロ)職場秩序を乱す者(ハ)故意に出勤常ならざる者、及び(2)能力低い者すなわち、(イ)能力低位の者、(ロ)心身に故障あり勤務に堪えない者(ハ)老齢のため勤務に堪えない者(ニ)身体的理由のため出勤日数の少い者(ホ)経験浅いため能率の上らない者と定めた。
(二) 申請人Aについて
(1) 右申請人は昭和十九年末頃から翌二十年春迄の間職場配給煙草の配給係をしていた当時、配給の都度常にその一部を勝手に横取していたし、同十九年十月から同二十年七月頃までの間殆んど毎日のように、非常用食糧として消耗品倉庫に保管していた被申請会社所有の軍隊用乾パンを、自己の防空袋に入れて持ち帰つていた。同二十一年夏頃所属課長の名を詐つて、日本食堂仙台駅営業所から食パンを手に入れようとしたことがあり、昭和二十二年中には、同人保管中の被申請会社宿直用の蚊帳を、所属課長交替を好機としてこれを横取しようとしたことがあるばかりでなく、被申請会社が同人の申出によつて、二男宏を昭和二十四年七月一日から釜石工場の臨時工として採用することに決定したが、まだその発令がないうちに、組合東北支部長の地位を利用して、勝手に右宏を同年五月二十七日赴任させ、仙台支社庶務課長からその不当を難詰されるや、同支社人事係主任三塚幸一の諒解を得たと称し、更に三塚幸一に対しては同庶務課長の諒解を得たと詐つていた。
(2) 右申請人はかつて、庶務課において約一ケ年間健康保険係をしておつたが、それさえ充分な処理ができず、又登記事務(約六ケ月間従事)については、五橋工場関係において多大の迷惑を及ぼしたことすらある。庶務係、厚生係にはその性格が適さなかつたし、また計算事務が不得手であり、その年齢、学歴、職歴に較べて全く作文能力に欠けていたので、給与係、文書係としての資格にも欠けていた。従つて庶務課のいずれの配置にも適応性がなく、他の課の経験は全然なかつたので、配置転換も考えられなかつた。
従つて、右申請人は整理基準(1)の(ロ)、(2)の(イ)、(ホ)職場秩序を乱す者、能力低位のもの、経験浅いため能率の上らない者として解雇した。
(三) 申請人Bについて、
右申請人の所属する工務課では、工業学校卒業程度以上の者を五橋工場と塩釜もしくは石巻工場に転出させ、二名を解雇する必要があつた。右申請人はかつて短期間塩釜工場に勤務していたが、現場を嫌つて転勤してきた関係と、右いずれの工場でも、工場長以下大部分の従業員が同人に好意を持つていなかつた関係で、右申請人を転出させることができなかつた。
そして、課長と機構改革による転入者を除き、鎌田誨、浅野正二の二名は有能な人として異論なき人であり、右申請人が塩釜工場に勤務しておつた当時、その成績が悪いため、同工場長から仙台支社に対し他へ転出方を要請してきた事実があり、仙台支社に来た後も上長者の承認をうけないで、就業時間中に組合活動をしたことが屡々あり、小名浜工場に出張した際にも、八戸工場建設の際もその任務を完遂することができなかつた。また三橋奨、増田惠時、小山啓一はいずれも、工業学校、工業專門学校、大学工学部卒業で、中学卒業後被申請会社の技術員養成所(一ケ年)を了えたにすぎない右申請人より学歴において優り、かつ三橋、増田は被申請会社が将来技術系統の幹部社員として、全国的に行つた採用試験に合格したものであり、将来性が認められたので、三橋と増田を残すことにした。なお右申請人は入社以来十年になるが、応召(約三ケ年)、技術員養成所入所(一年)、組合專従者(約三ケ年)の各期間を除くと実際に被申請会社の業務に従事していたのは僅か三年にすぎず、工務課員としての経験も浅かつた。以上のような事情から整理基準(2)の(イ)能力低位な者として解雇した。
(四) 申請人Cについて、
右申請人の所属する冷凍課は一名の整理を必要とした。課長と機構改革による転入者二名、自他ともに優秀な者と認めている二名、女子一名は女子としての特殊な必要から整理の対象から除くと、今野保雄と右申請人のうちから一名を雇することになつたが、当時両名とも組合の専従者であつた。今野は東北学院専門部商科を卒業し、被申請会社が全国的に施行した社員採用試験に合格し、本社において教育を受けた後仙台支社に配属され、約二年五ケ月復員後は三年六ケ月(本件解雇実施当時まで)被申請会社業務に従事した。かつて東北地区における唯一人の組合中央執行委員として、仙台東京間を往復して組合活動に従事していたが、帰仙するや直ちに自己の担当する会社業務を完全に遂行し、更に組合専従者になつた後も組合用務の余暇に、或は退社後、更には日曜出勤までして冷凍課関係の業務を手伝い、絶えず会社業務の把握に努めるなど、全く他の従業員の模範とするに足るものがあつた。更に現在仙台支社野球部の主戦投手として、スポーツマンらしい明朗、円満且つ社交性に富んでおり、冷凍課の業務上対外取引、管理工場の管理等他との融和が特に必要であるが、今野はそのような性格を充分に備えていた。
これに較べると、右申請人は小学校卒業後給仕として入社し、約五年七ケ月、復員後は十一ケ月(本件解雇当時まで)被申請会社業務に従事したが、給仕の期間を除くと今野よりも経験年数は短かかつた。以上学歴、経験年数の点だけでなく、会社業務に対する熱意においても劣り、その性格は今野と全く正反対で、円満明朗を欠きかつ往々虚偽の言辞すらあつた。それで整理基準(2)(イ)能力低位な者として解雇した。
(五) 申請人Dについて、
右申請人は昭和二十三年七月八日から三日間、及び昭和二十四年三月二十九日から八日間無断欠勤したばかりでなく、出勤簿は申請人において整理するのをよいことにして、右二囘の欠勤を「出張」として処理した。また申請人は五橋工場の庶務一般の業務を担当していたから、就業時間中の外出の手続を熟知しているのに、工場長その他上長者の承認を得ないで屡々外出し、事務に支障をきたした。その性質は偏狭で、他の従業員との融和に欠け、協力的態度に乏しく、五橋工場では事務所の職員も現場に協力するのがその不文律であるのに、その協力は稀であつた。また業務上当然工場長と協議し、又はその承認を受けるべき重要事項でさえ独断専行する傾向があり、殊に臨時工採用の際工場長と協議せず、恰も常傭工として採用するかのような瞹昧な言葉を用いたため、その後仙台支社と組合東北支部の間に右雇傭に関し紛争を生じたことすらあつた。更にまた五橋工場は外部との接触の機会が多いので、特にその態度に留意すべきなのに、右申請人の態度は不遜であり、外部に悪感情を与え、非難の声も多かつた。以上のような事情で整理基準(1)、(ハ)故意に出勤常ならざる者、同(1)、(ロ)職場秩序を乱す者として解雇した。
(六) 申請人E同Fについて
右申請人等は昭和二十三年十一月臨時工から正式社員に採用されたものなので整理基準(2)の(ホ)の経験浅いため能率の上らない者として解雇した。なお、右申請人等の所属する塩釜工場では、昭和二十三年以降申請人等を含め合計十三名を臨時工から正式社員に採用していたが、特に優秀な者と水産学校卒業者で配置転換を行つた合計二名を除いては、全部解雇したのである。
第七、仮に申請人等主張のような理由で解雇したとしても、組合には本社勤務の人事勤労事務担当主任、経理事務担当主任各二名、部長秘書三名が加入しているから、改正労組法第二条にいわゆる「労働組合」ではないから、不当労働行為の成立する余地がない。
第八、仮にそうでないとしても、組合活動であるかどうかは客観的に決定しなければならない。しかるに、申請人等が主張する五橋工場、竝びに工務課幹部の不正摘発等は、客観的には組合活動に属さない。従つてそのことを理由に申請人等を解雇しても、不当労働行為とゆうことはできない。
第九、仮に不当労働行為であるとしても、それは取消し得るに止まり、無効ではない。
第一〇、のみならず申請人等は昭和二十四年十月十四日以降失業保険金を受領し、同年十一月下旬被申請会社が供託した退職金を受領している。このことは申請人等が暗黙に本件解雇を承認した行為である。
以上のような次第で、申請人等には仮処分によつて保全されるべき権利又は法律関係が存在しない。のみならず、
第一一、申請人等はいずれも相当額の退職金のみならず、失業保険金を受領しており、殊に申請人Cは現在なお組合専従者の地位にあり、右申請人はもともと被申請人会社から給与を受けていない。従つて仮処分によつて身分を保障しなければ生活を維持し得ないとゆうのでないから、仮処分の必要もない。
と述べた。(疎明省略)
五、理 由
第一、被申請会社が製氷、冷蔵、凍結等の業務を営む会社で、全国各地に支社と二百七の工場と事業所を有すること、申請人等が被申請会社の従業員四千七百数十名によつて組織された日本冷蔵労働組合(以下単に組合と呼ぶ、昭和二十四年五月二十七日日本冷蔵従業員組合を右のように改称した。)の組合員で、被申請会社仙台支社の別紙第一欄記載の職域に勤務しておつたところ、被申請会社から昭和二十四年九月二十七日申請人等を解雇する旨の意思表示を受けたことは当事者間に争がない。
第二、被申請会社の従業員の採用解雇の権限は臨時工を除き社長に属することは、証人石井武男(第一回)の証言によつて疏明されるが、被申請会社のように全国各地に支社を有している場合は、たとえ支社勤務従業員の解雇採用の権限は社長に属しておつても、その実際は幹部従業員を除き、その他の従業員は支社長の判断に実質的に支配されることが経験則上認められ、かつ人員整理に当り後記のような整理基準に該当するかどうかは支社において認定され、申請人等については仙台支社の認定通り解雇されたことは、被申請会社が自ら主張するところである。この事実と、証人石井武男(第一回)の証言によつて、疏明される、解雇の通知も亦本社の課長、支社長等会社幹部に対するものは本社から直送されるのに、その他のものは支社長、工場長等から発送する例であつて、申請人等に対する今囘の解雇通知は何れもその職場である仙台支店、五橋工場、同支店塩釜工場の長を通じてなされた事実とを綜合すれば、申請人等の解雇は仙台支社の業務に属するとゆうことができる。従つて、当裁判所はその効力を争う訴訟について管轄権を有する。
第三、組合と被申請会社との間には昭和二十二年六月二十七日労働協約を締結し、その第十条は被申請会社が従業員を解雇するには組合の承認を要すると定めていること、協約の有効期間については第二十条において協約締結の日から六カ月と定め、その但書に、(2)期間満了一カ月前迄に、会社及び組合はこの協約の失効もしくは改訂の申出をすることができる。(3)前号の申出がないときはこの協約は期限後向う六カ月間自働的にその効力を延長する。(4)但書第二号の申出があつたときでも、新規協約が成立するまで期限後三カ月を限度として、この協約はその効力を失わない(算用数字は但書の号数を示す)と規定していること、右協約はその第二十条但書第三号によつて自働的に更新されてきたこと、及び被申請会社が昭和二十四年六月三十日書面を以て組合に対し同年七月一日以降右協約を破毀する旨の意思表示をなしたことは当事者間に争がない。したがつて右意思表示によつて本件協約は改正労組法第十五条第二項に基いて失効したものといわなければならない。
そればかりでなく、仮にかような解釈が許されないという立場をとつたとしても、被申請会社が昭和二十四年五月二十日(昭和二十四年六月二十六日が期限満了の日である。)書面を以て組合に対し、本件協約第二十条但書第二号に基いて、協約失効の申出をしたことは当事者間に争がないから、本件協約は同条但書第四号によつて昭和二十四年九月二十六日限り失効したものというべきである。
申請人等は、同条但書第四号に「新規協約が成立するまで」とある文言をとりだして、本件協約は新協約が成立するまで存続すると抗争するけれどもかような主張は改正労組法第十五条第二項の規定の上からいつてそれ自体理由がない。
第四、申請人等は本件協約第十条に従業員の解雇について組合の承認を要するという規定は労働条件の基準を定めたもので、規範的効力を有し、個々の従業員の労働契約の内容になつて了つていて、協約失効後といえども事後効力を有すると主張する。しかしながらかような約款は解雇の基準を定めたものとはいい難く、その性質上従業員各自の労働条件の内容となりえない。従つて申請人等の主張はこの点において既に理由がない。
第五、被申請会社が昭和二十四年九月二十七日申請人等を含めて合計千七十七名を解雇したことは当事者間に争がなく申請人等は右解雇は解雇権の濫用であると主張するけれども、原本の存在とその成立に争のない疏甲第三号証の一、(疏乙第十八号証)証人石井武男(第一囘)の証言によつて原本の存在とその成立を認めうる疏乙第十三号証、第三十六号証の一、二、第三十七号証竝びに前記石井証人(第一囘)の証言によれば、
(一)、被申請会社の前身である帝国水産統制株式会社は、昭和十八年四月水産業の綜合的運営のために設立され、戦時中は政府の要請で海外に多くの事業所を持ち、従業員を派遣したが、その他多数の応召者を出したのでその補充を行つたこと、空襲により工場施設の約四割に当る九十二工場が罹災し、終戦によつて海外の全事業所を失つたのに、海外派遣員と応召者が復帰して来、これら従業員を一応罹災を免れた内地各事業場に収容したため、施設と従業員数との間に甚だしい不均衡を生じたこと、
(二)、昭和二十年十二月統制業務の一切を廃止し、現在の商号に改め、冷凍業務に専念する会社として再出発すると同時に、従業員六千二百三十六名のうち約二割に相当する千四百五十八名の従業員を整理したが、まだ施設と人員の不均衡は是正されず、ようやく終戦後のインフレーションによつて企業の脆弱さを糊塗することができたこと、
(三)、これを冷凍部門について見ると、被申請会社の昭和十五年ないし十八年度の平均比率は物件費六割に対し人件費四割であるのに、昭和二十一年ないし二十三年度は物件費四割八分に対し人件費五割二分で、冷凍産業における適正人件費三割五分という比率から著しくかけ離れ、一人当製氷量は昭和十五年度五百四十四瓲に対し昭和二十三年度は二百八十三瓲であつたこと、それは戦後の資材不足にもよるが、その最大の理由は施設資材に対し人員が過剩であることによつたこと、
(四)、営業部門について見ると、昭和二十三年度収益を一億五千万円と見積つたのに、金融の枠が少なかつたこと、購買力の減退による競争の激化、産地高消費地安の逆現象のため、万全の措置を講じたのにも拘わらず実収益は僅か一億五十万円にすぎず、赤字経営に陥つたこと、
(五)、金融部門について見ると、昭和二十四年五月三十日現在において、新旧合せ長期、短期の負債は合計約十三億二千五百万円あり、金融機関は極度に融資を警戒するようになつていたので、充分な運転資金を得ることができず、折角融資を得ても、当面の人件費の支払、旧債の返済等の関係から、事業資金の面に充て得たのは僅少に過ぎなかつたこと、昭和二十四年中合計四億五千万円の増資をなしたが、その払込資本金は悉く旧債の返済に充てなければならなかつたこと及びこのような資金難の対策としても企業整備の一環として人員整理による経費の節約が必要であつたこと、
(六)、氷価について見ると、終戦当時瓲当金二十五円の生産者販売価格が、昭和二十四年には千二百二十円にまで引上げられたが、競争者の出現竝びに生産増加の傾向は価格の下落が必至であつたことなお当時水産業に対する補給金の削減ないし撤廃が盛に叫ばれ、その方面に生産量の約六割を向けていた被申請会社の蒙る影響も看過しえなかつたこと、
(七)、被申請会社は一旦過度経済力集中排除法による指定をうけ、昭和二十四年七月その指定を取消されたが、取消に当つて、企業の合理的運営によつて公共の福祉に寄与すべきことがその条件の一つとされたこと、
(八)、人員整理をしないでこのまま進んでゆくときは、一カ年約九千三百万円の損失を蒙るのに対し、人員整理を行うときは年間約二千五百万円の利益をあげ、前記負債も徐々にこれを返済しうること、等の点について疏明がある。右のような事情の下においては、約二割の従業員を解雇したからといつて、解雇権の濫用ではあり得ない。
第六、(一) 会社が企業整備のため適正人員を決定し、その剩員を一定の基準を設けて解雇しようとする場合、解雇基準の決定が甚しく不当なものでない以上、労働組合の役員であると、或いは会社の承認を得て組合の事務に専従している者であるとを問わず、右整理基準に該当する限り、一般組合員又は一般従業員と同様に整理の対象となることはいうまでもない。
しかしながら一般に不当な解雇であることを被解雇者側において立証するのは甚だ困難であるが、これに較べると、会社側においてその正当性を立証するのは容易であるから、本件においても解雇の正当性については被申請会社においてその立証をなすべきである。そして組合活動が活溌に行われているときは会社は組合活動の指導者を整理基準に該当する者として、解雇の挙に出る傾向が多いと考えられるから、被解雇者の側において労働組合員であること及び活溌な労働組合活動を為した事実又はその指導者であつた事実を立証するときは仮に会社側の右立証不十分な限り改正労組法第七条の適用を受けるべき解雇であると認めるより外はない。尤も、本件において被申請会社の為した申請人等の解雇は、会社がその経営難に際し、企業整備のため止むを得ずに為したものであるから、その解雇理由も相対的なものとならざるをえなかつたという事情は容易に想像しうることである。従つて本件において右解雇の正当性を判断するについては会社側のかような事情を斟酌しなければならないことは固より当然のことである。
而して原本の存在およびその成立に争がない疏乙第十八、第五十三号証、証人山下健の証言、同証言により原本の存在およびその成立を認めうる疏乙第三十八号証によれば、被申請会社が今次企業整備のために人員整理をなすに当つては適正人員を三千三十七名と決定しその余の従業員千七十七名を解雇することとし、その整理基準を(1)会社に対し非協力的な者すなわち(イ)非協力を公言し之を実行する者、(ロ)職場秩序を乱す者、(ハ)故意に出勤常ならざる者、(2)能力の低い者すなわち(イ)能力低位の者、(ロ)心身に故障あり勤務に堪えない者、(ハ)老齢のため勤務に堪えない者、(ニ)身体的理由のため出勤日数の少い者、(ホ)経験浅いため能率の上らない者と定めたことの疏明があり、
又本件解雇が、昭和二十四年八月十日現在において作成された考課表に基いてなされたことは、証人山下健の証言竝びに原本の存在とその成立に争のない疏乙第三十一号証、同証言によつてその成立を認めうる疏乙第三十二号証にその疏明があるから、申請人等が整理基準に該当するかどうかの判定も、その頃なされたものと考えるのが相当である。従つて不当労働行為かどうかを判断するには、その頃までの事実を基準として之を為せば足りる。
(二) 申請人Aについて
証人山下健の証言及び同証人の証言によつて原本の存在とその成立を認めうる疏乙第三十九号証の一ないし三、原本の存在とその成立に争のない疏乙第五十三号証によれば被申請会社は同申請人を整理基準(1)、(ロ)職場秩序を乱す者(2)、(イ)能力低位の者に該当するといつて解雇したこと、右申請人は昭和十九年七月末頃から同二十年末頃まで職場配給煙草の配給係をしていた当時、配給の都度常にその一部を勝手に横取していたこと、昭和十九年十一月頃から翌二十年六月頃までの間、非常用食糧として消耗品倉庫に保管していた被申請会社所有の乾パンを、何囘となく自己の防空袋に入れて持ち帰つていたこと、昭和二十二年六、七月頃所属課長交替の折、右申請人が保管していた宿直用の蚊張を横取しようとし、昭和二十一年夏頃総務課長の名を詐つて日本食堂仙台駅営業所からパンを手に入れようとして、いずれもこれを果さなかつたこと、及び被申請会社が申請人の申出により、その二男宏を昭和二十四年七月一日から釜石工場の臨時工として採用することに決定したが、まだその発令がないうちに、組合東北支部長の地位を利用して、勝手に右宏を同年五月二十七日赴任させ、仙台支社庶務課長からその不当を難詰されるや、同支社人事係主任三塚幸一の諒解を得たと称し、更に三塚幸一に対しては庶務課長の了解を得たと詐つていたことの疏明がある。右は正に前記整理基準(1)、(ロ)の職場秩序を乱す者に該当するから、他の点について判断するまでもなく、右申請人の解雇は正当である。
(三) 申請人Bについて
原本の存在およびその成立につき争がない疏乙第五十三号証、証人山下健の証言によれば、被申請会社は申請人Bが整理基準(2)、(イ)能力低位の者に該当するものとして解雇したこと、しかして、同申請人が勤務していた仙台支社工務課の定員は課長以下七名と策定されたのであるが、従来同課の人員九名のところへ建築係、資材係各一名の転入があつて合計十一名となつたため、四名の整理を要することとなつたこと、その中二名は五橋工場と塩釜工場又は石巻工場に各一名宛転出させうるのであつたが五橋工場には他に機械係工員として適任者があり、右申請人は塩釜、石巻の各従業員たちから好感を以つて迎えられず寧ろ他の一名を転出させるのが自然の人事であつたこと、その結果、課長と転出した二名を除き、六名の内から二名を整理しなければならない事情となり、そのうち鎌田誨、浅野正二は右申請人より優秀であり、三橋奬は早稻田大学工学部出身で、本社で採用されたものであるから右申請人よりは将来性があると認められること、残るものは増田惠時、小山啓一及び右申請人の三名であるがその内小山は右申請人と共に解雇されたものであるから、結局右申請人と増田の優劣が問題とされたこと、しかるに右申請人は中学出身で技術員養成所第一期卒業者であるけれども技術に自信がなく、同期生の大部分が会社において重要の地位についておるのに右申請人は之と同一水準に達しえず将来性について一応の疑問をもちうること、右申請人が福島県小名浜に出張したときにも、青森県八戸工場建設の時にも理由はとも角として十分にその使命を果しえなかつたこと、勤務期間は十年であるけれども応召期間、技術員養成所入所期間、組合専従者であつた期間を控除する在勤期間に比し実務習得の期間が僅少であつたこと、これに比較し増田は市立工業学校出身で多数の入社試験受験者の中から選抜されたものであることの疏明があり、以上を綜合して考えると被申請会社が右申請人を能力低位のものとして解雇したことについて、之を正当と認めるに足る疏明があつたと認めることができる。
(四) 申請人E、Fについて
原本の存在およびその成立について争がない疏乙第五十三号証、証人山下健の証言竝びに同証人の証言によつて成立を認めうる疏乙第三十二号証によれば被申請会社は同申請人等を整理基準(2)、(ホ)経験浅いため能率の上らないものとして解雇したこと、右申請人等の所属した塩釜工場には申請人等を含め、昭和二十三年十一月一日臨時工から常傭工に採用された者は合計十三名おつたが、そのうち二名のみを残して十一名を解雇したこと、及びその二名のうち一人は水産学校卒業生で、他は永年被申請会社に勤めて停年退職した者の子で、いずれも特に勤務成績がよかつたことと前記のような特殊事情から残したものであることの疏明がある。右申請人等のように極めて経験年数の少い者は、特に優れていない以上、大量解雇の際にそのことだけで不利益を受けても、それは他の経験年数の多い従業員との振り合い上受忍しなければならないことであつて、経験浅いことは直ちに能率上らない者といえないとしても、経験年数の多い者に比較するときは相対的にそう結論づけることもあながち無理とはいえないし、また同時採用者十三名中十一名が解雇されている点からみても、申請人等に特に優れた点があるという疏明のない本件においては、申請人等を整理基準(2)、(ホ)の経験浅いため能率の上らない者としたのは不当でない。以上の通りであるから前記申請人等の解雇が不当労働行為であることを前提とする同人等の本件仮処分申請は何れもその理由がないから之を却下すべきである。
(五) 申請人Cについて
原本の存在およびその成立に争がない疏乙第五十三号証、証人山下健の証言によれば、被申請会社は申請人を整理基準(2)(イ)能力低位のものとして解雇したこと、申請人所属の冷凍課は課長以下六名の外、青森県から冷凍資材担当者として転入した一名および支社資財課からの転入者二名を加えて九名であつたが、適正人員を八名としたため一名の剰員を生じ之を整理しなければならなくなつたこと、課員中課長を除く課員、金子、清水、今野、西田および申請人の五名の内金子は次席であつて他の四名よりも優り、清水は商売上手ということで仙台支社内で定評があり、西田は女子でその特有性を考慮して整理から除外したこと、今野と申請人を比較すれば、今野の方が能力が上位にあると判定しうること、については疏明があるけれども、右山下証人の証言によつても疏明されるように、今囘の人員整理については単に解雇ばかりでなく、配置転換も行つているのである以上、同一課内にあつての順位が劣位にあつたとしても、少くとも支社全体からいえば必ずしも順位が整理圈内に落ちないですむこともありうるのであるから、特に取り立てていうほどの欠点のない申請人の場合には配置転換について何等かの考慮を払い、それでもなお止むをえなかつたというのでなくて、単に同一課内における順位を説明したに過ぎない前記事実関係からは申請人が会社従業員について一般的に行われた整理基準に照し解雇の数に入らねばならぬ程度に低能率のものであつたことの疏明にはならないし他には之を疏明するに足る資料がない、固より被申請会社の今次整理についてはその解雇理由が相対的なものにならなければならなかつたであろうことは先に説明した通りであるけれども、申請人の場合は特にその範囲を比較的優秀者ばかりで組織されていたと思われる冷凍課にその範囲を限りその中における順位ばかりを強調しているところに解雇理由として肯けないものがあるように思われる。
(六) 申請人Dについて
前記疏乙第五十三号証および山下証人の証言によれば、被申請会社は申請人を整理基準(1)(ロ)職場秩序を乱す者(ハ)故意に出勤常ならざる者として解雇したこと、同申請人が(一)工場長若くは工場長代理の者の連絡することなく席を外したことがあり、(二)昭和二十三年七月八日から十日迄及び昭和二十四年三月二十九日から同年四月五日迄の二囘欠勤しながら出勤簿に出張の印を押したこと、(三)申請人の勤務する五橋工場では現場の人員が少いために事務職員も現場を手伝うことになつていたのに申請人は或る時氷を買い求めに来たものがあつた際直ちに席を立たず、その時の態度が好ましくなかつたこと、(四)昭和二十三年七月頃石川昌一外二名を六ケ月の期間臨時工として採用した際申請人は同人等に対し四ケ月経てば常傭になれると説明したため会社と組合の間に紛争を起したことの疏明がある。けれども(い)本件口頭弁論の全趣旨によりその原本の存在およびその成立を認める疏甲第十四号証の二、原本の存在およびその成立に争がない疏甲第三十五号証の二、申請人B本人訊問の結果によれば、申請人はその職務の性質上外部との連絡のために屡々席を外すことは止むをえなかつたこと。その度毎に工場長又はその代理者に連絡するの煩をつくさなかつたとしても、隣席の三浦富子には必ずその行先を明示していたことの疏明がある。(ろ)証人山下の証言によれば申請人が昭和二十三年七月八日から十日迄と、昭和二十四年三月二十九日から四月五日迄の二囘会社を欠勤したのは私用のためにしたのではなく、申請人がその所属する労働組合の用件で出張したのであつて、そのことは工場長代理に連絡してあつたこと及びかような場合、出勤簿の記載方法は必ずしも一定しておらず、出張と記載することもあることの疏明がある。(は)右疏甲第三十五号証、申請人B本人訊問の結果によれば、申請人は先に疏明した(三)の場合以外には現場の手伝をしたことの疏明があり、(に)証人山下の証言によつて見ても四ケ月以上の場合は常傭工にするという被申請会社の臨時工の雇入規則は申請人所属組合からの主張を容れて会社が設けたものであつて規則そのものの解釈は必ずしも明瞭でなかつたことの疏明があるから、前記(四)に掲げた臨時工の雇傭のときに四ケ月たてば常傭工になれるという組合側のものとして一応従業員に有利な説明をしたからといつてそのことを捕え強いて独断専行の嫌いがあつたと非難するには当らない、その性質が偏狭で他の従業員との融和に欠け協力態度に乏しいという点に関する疏乙第五十三号証中の記載内容証人山下の証言は何れも信用できず他には之を疏明するに足る資料がない。
要約すれば被申請会社は申請人に関する事実を寧ろ誇大に主張して解雇理由にしたのではないかと疑う余地がある。
(七) (1) 証人菊地隆吾の証言によつて原本の存在とその成立を認めうる疏甲第四号証、成立に争のない疏甲第八号証、原本の存在とその成立に争のない疏甲第九第十号証、申請人B本人訊問の結果によつて原本の存在とその成立を認めうる疏甲第二十、第四十七号証、申請人C本人訊問の結果によつて原本の存在とその成立を認めうる疏甲第四十八号証、原本の存在とその成立に争のない疏乙第二号証の一、二、第三十五号証、証人菊地隆吾の証言、申請人B、同C両本人訊問の結果によれば、組合は昭和二十二年十月被申請会社に対し二倍余の賃金増額を要求して組合結成以来最初のゼネストを敢行し、昭和二十三年四月再び賃金増額の闘争をなしたこと、組合東北支部は昭和二十三年中、被申請会社冷凍用アンモニア横流の疑から五橋工場の不正摘発を行い、被申請会社と対立していたが、同年五月には組合の指令により、賃金増額、突破資金要求のため波状ストを行つたが、更に昭和二十四年二月から四月頃までの間、仙台支社工務課の幹部従業員が業者と結托して不正の利得を収めているという疑から、その不正摘発を行い、被申請会社と対立したこと、及び組合は昭和二十年六月には被申請会社から提示された組合の承認なくして従業員の解雇ができ、就業時間中の組合活動はこれを制限するという内容を含む新労働協約案について、又同年七月一日以降従来の労働協約が失効したという被申請会社の見解に対し激しく対抗していたこと、竝びに組合東北支部の組合活動は、その地域的事情から支部のいわゆる三役、支部執行委員、および仙台、五橋、塩釜等の各分会長によつて主として指導されていたこと等について疏明がある。
(2) 申請人B本人訊問の結果によれば、申請人Dが昭和二十三年三月二十七日から同年五月末まで中央委員、昭和二十二年五月から組合東北支部執行委員、昭和二十三年五月から同じく右執行委員の外五橋分会長をしてきた(昭和二十三年五月から同二十四年五月までの期間五橋分会長であつたことは当事者間に争がない)ことの疏明があり、申請人Cが昭和二十二年五月から中央執行委員、組合東北支部書記長(専従)、昭和二十三年五月から組合本部事務局次長(専従)、昭和二十四年五月から組合東北支部副支部長(専従)、仙台分会長をそれぞれ歴任してきたことは当事者間に争がない。
従つて、申請人C、同Dに対する解雇は一応前記のような組合活動を理由に解雇したものと認めるの外はない。
第七、被申請会社は、組合が改正労組法第二条但書第一号に該当する使用者の利益代表者の参加を許す労働組合であるから、同法第七条の不当労働行為は成立する余地がないと主張するけれども、同法第七条にいわゆる労働組合とは同法第二条本文にいう労働組合で足りるから、右主張はそれ自体失当であつて、採用できない。
第八、被申請会社は、申請人C、同D主張のような不正摘発行為は客観的には労働組合の行為といえないから、それを理由に解雇しても不当労働行為にならないと主張する。なるほどそのような不正摘発行為は労働組合本来の行為とはいい難いけれども、そのことから間接に労働者の地位の向上が図られることもあり得るから、特に不当の目的でなされたことの疏明がない限り、右主張は理由がない。
第九、被申請会社は、不当労働行為の効果は取消しうるに止まり無効ではないと主張するけれども、改正労組法第七条は憲法上の労働者の団結権、団体行動権を保障する強行規定である点に照らし、右条項に違反する行為は一応従来の取扱に従い無効と解すべきであるから、その主張には理由がない。
第一〇、申請人C、同Dが昭和二十四年十月十四日以降失業保険金を受領し、同年十一月下旬被申請会社が供託した退職金を受領したことは当事者間に争がなく、被申請会社は、右のような行為は暗默に解雇を承認した行為であると主張するけれども、申請人本人C訊問の結果によれば、右申請人三名は被申請会社に対し生活費として受領する旨の意思表示をしていることが疏明される。失業保険金も右と同様の趣旨と考えられるから、この点に関する被申請会社の主張は採用できない。
第一一、右申請人二名がいずれも相当額の退職金のみならず、失業保険金を受領していることは前記の通り争ないところであり、その金額は退職金がいずれも金十万円余で、失業保険金の日額がいずれも金二百円内外であることは、証人山下健の証言によつて明らかであるが、失業保険金の支給をうけうる期間が昭和二十五年九月二十七日までである点、竝びに現在の訴訟進行の状況に照らすときは、本案判決の確定をまつていては著しい損害を蒙る急迫した状態にあるということができる。もつとも、申請人Cが現在なお組合東北支部の組合事務専従者の地位にあることは、申請人B本人訊問の結果によつて疏明されるが、本件組合のように、一企業内の従業員を以て組織される労働組合にあつては、被解雇者がその組合専従者たる地位を失うに至ることはよくある事例であつて、本件において申請人A、同Bもその例に洩れなかつたことは、申請人B本人訊問の結果によつて疏明されるから、申請人Cの場合も、いつその地位を失うかも知れない極めて不安定な状態にあるというべく、その危険の急迫性において申請人Dの場合に較べ著しい差異があるとはいえない。従つて、申請人C、同Dについてはいずれも解雇の効力を停止し、同人等の身分を従前のそれに復する仮の地位を定める必要があるものと認める。
以上の通りであるから、申請人C、同Dの本件仮処分申請には理由があるのでこれを認容し、申請人A、同B、同E、同Fの本件仮処分申請には理由がないから、これを却下することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条、第九十二条を適用して主文の通り判決する次第である。
(裁判官 松尾巖 伊藤正彦 片桐英才)
(別紙)
申請人A
支社庶務課
昭和二十一年五月○本部理事(現中央委員以下同じ)○東北支部幹事長
同二十二年五月○本部理事○中央経営協議会委員○東北支部長(専従)
同二十三年五月○本部理事○中央経営協議会委員○東北支部長(専従)
同二十四年五月○中央委員○東北支部長(専従)
申請人B
支社工務課
昭和二十一年十月○本部理事△東北支部常任幹事(現支部執行委員、以下同じ)
同二十二年五月○本部理事○中央経営協議会委員○東北支部常任幹事
同二十三年五月△中央委員△中央執行委員○東北支部書記長(専従)
同二十四年五月中央委員○東北支部副支部長(専従)
申請人C
支社冷凍課
昭和二十一年十月○仙台分会副分会長
同二十二年五月○中央執行委員○中央経営協議会委員○東北支部書記長(専従)
同二十三年五月○本部事務局次長(専従)○本部機関紙部長○中央経営協議会委員
同二十四年五月○東北支部副支部長(専従)○仙台分会長
申請人D
五橋工場庶務係
昭和二十二年五月△東北支部常任幹事、五橋分会長
同二十三年五月 中央委員○五橋分会長
同二十四年五月 五橋分会長
申請人E
塩釜工場製氷係
昭和二十四年六月○塩釜分会委員
同二十四年九月△東北支部執行委員○塩釜分会長
申請人F
塩釜工場製氷係
昭和二十四年九月○塩釜分会委員