大判例

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仙台地方裁判所 昭和24年(ワ)137号 判決

原告 斎川久吉

被告 岩間利時

一、主  文

被告は原告に対し仙台市南町通十番宅地二百三十一坪六勺のうち六十四坪八合六勺(別紙図面<省略>表示の部分)の明渡をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告において被告のため金五万円の担保を立てるときは仮にこれを執行することができる。

二、事  実

原告訴訟代理人は主文第一、二項と同旨の判決並に保証を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、原告は昭和二十一年四月七日被告に対し仙台市南町通十番宅地二百三十一坪六勺中別紙図面表示の部分六十四坪八合六勺を賃料一ケ月一坪当り金一円五十銭(その後金七円十銭に改めた)木造建物所有の目的で存続期間五年、但し期間満了前と雖も建物が火災等により滅失したときは原告において契約を解除し得ることと定めて賃貸した。被告は右借地上に同年八、九月頃木造瓦葺平屋建店舗付住宅一棟間口三間半、奥行七間、外便所一棟を建築し、同所において種苗販売業を営んでいたが昭和二十四年三月十四日夜半自ら右建物に放火してこれを焼失させた。

よつて、原告は前記特約により留保した解除権に基き同月二十二日被告に対し契約解除の意思表示をなした。仮に、右特約によつては解除できないとしても、被告は右のように自ら放火して建物を焼失させたのであるから、原告は契約を解除し得る正当な理由があるというべきで原告の前記解除の意思表示は斯かる解除権に基くものとして是認さるべきで、右いづれの点からしても被告の賃借権は原告の右解除の意思表示により消滅したのであるから右土地の明渡を求めるため本訴に及ぶと述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、答弁として原告主張の事実は全部これを認める。然しながら原告主張の特約は借地法が借地権の存続期間につき建物の構造に従いそれぞれ一定の期間を保障した第二条の規定に反し借地権者である被告に不利なものであるから同法第十一条によりこれを定めないものとみなされ、亦右特約を離れてはたとえ被告が借地上の建物に放火して滅失せしめたからとてそのために原告が契約を解除し得る正当の理由となるという理がなく、いづれにせよ原告のなした契約解除の意思表示はその効力を生づるに由ないものというべきであるから、原告の請求には応じられないと述べた。<立証省略>

三、理  由

原告主張の事実は全部被告の認めるところである。故に右事実関係からして原被告間の賃貸借は借地法第十一条第二条第一項本文により当然昭和二十一年四月七日から三十年間存続すべきものとして成立したわけである。

よつて右賃貸借契約における解除権留保の特約の効力について判断する。成立に争のない甲第一号証により右特約にいう「火災等により建物が滅失した場合」のうちには借地人たる被告の責に帰することのできない火災(他人の放火、他からの類焼)自家からの失火に因る建物の焼失を含むことは明かで、斯かる事由による火災によつてさえも原告に解除権を与えるという当事者の意思からすれば、より強い意味で被告が自ら借地上の建物に放火し、これに因り右建物が滅失した場合にも、もとより原告は契約を解除し得る趣旨であると解するのが相当である。

そこで先づ借地人の責に基かないで借地人が借地上の建物を焼失した場合に賃貸人が契約を解除し得るという特約は有効であろうか、思うに借地法が強行法規として長期に亘る借地権の存続期間を定め建物の自然的朽廃のみを期間満了前の賃借権消滅の事由たらしめているのは一面建物に対する社会経済上の利益を保護すると同時に借地人の地位の安定をはかつたものであることは明かである。ところで、我が国における建物は木造建物が圧倒的多数を占めるという特殊の事情から、特に人家周密の市街地においては近隣に発生した火災の際常に類焼の危険に曝されていると称しても過言でない実情にある。斯かる不可抗的な事由によつて建物を焼失した借地人に対し賃貸人が契約を解除し得る旨を約することは賃貸人の利益に偏し借地権者に与えられた前記の保障を偶然の事由により失わしめる不利な約定としてこれを定めないものとみなされる(同法第十一条)と解すべきである。

又前記のように我が国の建物の大多数を占める木造建物(本件の場合も木造建物であることは当事者間に争がない)においては、ひとたび火を失するときは建物の滅失にまで焼えひろがる危険を殆ど不可避に近い宿命としてになつていると考えられるから失火による建物の焼失を以て解除原因とする特約の効力についても多大の疑問を投じなければならないがこの点は本件事案の判断に直接必要でないので省略する。

さて、賃借人が借地上に所有している建物に自ら放火した場合も右類焼等の場合と同一に論じてよいであろうか。こゝで再び借地法が建物所有を目的とする土地の賃貸借につき強行法規として長期の存続期間を保障する所以を省察するに、それは(イ)借地法の斯様な規定がないと如何に短期の賃貸借と雖も当事者間の自由な契約に放任される結果は借地権者が切角建てた建物も賃借権の存続期間の満了によりこれを取り払わなければならないという賃借人一個の不利益に止らない社会経済上の損失を敢えてしなければならないことを慮つたことゝ(ロ)他面かくて多くの場合土地所有者の経済的優位に対し劣位にあつて所有者の一方的利益に偏した契約条件と雖もこれに甘んじなければならない賃借人に対し長期に亘る賃借権の存続を保障し、以ていわば形式だけの契約の自由から実質的に妥当な契約たらしめて賃借人の地位の安定を期するにある。

ところで賃借人が自ら借地上の建物に放火してこれを滅失させるときは借地法が保護しようとする右(イ)の社会経済上の利益はもはや存しないことは明かなところで、問題は自ら放火により建物を滅失させながら借地権者はなお右(ロ)の利益を主張することができるかという一点に集約される。この点について、借地権者が右のように建物を焼失せしめても特段の事情(例土地と一体をなして所有権の対象をなす立木等の焼失)のない限り賃貸借の目的物である土地そのものには何等の損失をも及ぼさないのを通例とし、この限りにおいては賃貸人は何等の痛痒も感じないであろうから、これを以て解除権の発生すべき事由たらしめる特約は無効だという議論があり得るかも知れない。然しながら土地と建物は別個の物とはいえ、その利用関係において物理的にも法的にも極めて密接な関連があることを思うとき右のような建物を焼いても土地は毀損されないというような素朴皮相な見解に止ることは到底許されない。即ち土地は法的技術の上からは一筆毎にその範囲を劃して所有権の対象とされるけれども、物理的には隣接地と更に又その隣接地と不二一体をなして存在する。他方建物は土地を離れてその存在を考えることはできない。その上、我が国の都市その他の市街地においては前記のように極めて類焼の危険に侵され易い木造建物が密集する。そのためかゝる建物の密集する地帯において建物を所有するものが自分の建物であるからとて、これに放火するときは仮に故ら他に延焼せしめようとする意図などはなくとも、その建物の基盤をなす土地と前記のように物理的には一体をなす近隣の土地の上の他人の建物に延焼する危険は殆ど免れるべくもない。故にかゝる危険に対し直接間接の利害を有する賃貸人(例えば借地の近くに自らも建物を所有する賃貸人。右借地の近隣の土地を他の者に対し借地権を設定していて民法第三百十三条所定の権利を有する賃貸人等)が右危険に対し予め備えるために本件の如く解除権を留保しようとする利益は適当に保護されなければならない。のみならず借地権者が借地上の建物に放火しこれを滅失せしめるというようなことはすでに賃貸借の目的物である土地の使用目的とは凡そ相容れないものであるばかりでなく借地権者に保障された前記(ロ)の利益を自らの欲するところに従いこれを放棄するにも等しいものといわなければならない。

そして、本件の場合右のような特約をなした経過について考えてみるに本件宅地の存在する附近は仙台市の中枢部に近く店舗、住宅その他の建物が稠密する市街地であることは当裁判所に顕著な事実で原告本人尋問の結果により成立を認め得る甲第三号証に弁論の全趣旨を綜合すれば本件借地西方間近に原告方居宅の存する同市東一番丁七番宅地が存在し、右両地の間には原告から借地している訴外谷栄司外二名各所有の店舗が軒を並べて建つており、本件借地周辺の殆どが原告が他人に対し設定した借地権の目的である土地であることが認められ、又原告本人尋問の結果によれば原告が被告に対し本件土地を賃貸するに当り特に近隣への延焼を慮り火気には十分注意するよう要請し(尤も右本人の陳述中被告に対し放火などしてはいけないと注意を与えたという部分は、被告が特に、以前から放火癖でもあつたという事情でもあるなら格別、そのような事情は認められないから信用しない。)前記のような解除権留保の特約をしたものであることが認められる。

その上、成立に争のない甲第四号証の四によれば被告は前記借地上の建物及び右建物在中の商品を目的とする火災保険の保険金を詐取しようと計り、前記当事者間に争のない放火により建物を焼失せしめるに先立ち同年(昭和二十四年)一月十四日及び同年二月三日の再度に亘り夜暗に乗じて右建物に放火し、いづれも他人に発見されて消止められ大事には至らなかつたものの程なく三回目の放火により焼失するに至らしめたことが認められるから、右事実と前記甲第三号証及び弁論の全趣旨とにより被告の右再三に亘る放火によつて原告をはじめ近隣の者に与えた不安と脅威は蓋し甚大なものがあつたものと推測するに難くない。

以上の次第であるから、原告が被告との本件宅地の賃貸借をなすに当り前記のような解除権留保の特約をなしたことは被告の右借地上の建物に対する放火に因る焼失を以て解除権発生の要件とした限度においては適法であり、右解除権に基きこれを行使したことも正当であつて、被告の借地権は原告の契約解除の意思表示により消滅したものといわなければならない。

然らば、被告は原告に対し右賃貸借の終了により本件宅地を原告に明渡す義務があるから、その明渡を求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 松尾巖 飯沢源助 伊藤和男)

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