仙台地方裁判所 昭和26年(ワ)179号 判決
原告 加藤勝雄
被告 株式会社加茂組 外一名
一、主 文
被告後藤茂は原告に対し金十三万二千七百十二円及びこれに対する昭和二十八年七月七日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を支払うべし。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用中原告と被告株式会社加茂組との間に生じた部分は原告の負担とし、原告と被告後藤茂との間に生じた部分はこれを五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告後藤茂の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告等は原告に対し各自金二十一万二千七百十二円及びこれに対する昭和二十八年七月七日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を支払うべし、訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として被告後藤は普通自動車の運転免許を有し、従来他人の依頼に応じて貨物自動車の運転に従事していたもので、被告株式会社加茂組は土木建築請負及びその附帯の事業(貨物の運搬を含む)を営むことを目的とするものである。ところで昭和二十五年十月四日被告後藤は被告会社から自動車運転手として雇われ、同会社所有の貨物自動車(宮第四四一八号)を運転し、宮城県柴田郡船岡町から塩釜市内迄用材を運搬し、その帰途に就き、同日午後五時四十分頃仙台市原町苦竹進駐軍宿舎東方約千米附近の仙塩道路上に差しかかつた。
而して凡そ道路を通行する自動車運転手たるものは、つねに路上左側を通行しなければならないのは、もとより夜間先行車を追越すに当つては充分前方を照射して他の通行人等に対する危険のないことを確認した上でこれを為すべきであるのに、同被告は右地点において折柄その前方を同一方向(西方)に向つて先行する郵便自動車を追越そうとした際右のような注意を怠り慢然光度の乏しい前照燈をつけたまま前方を注視することなく右路上右側に向けて操縦し時速約二十粁の速度を以て疾走したためその車体後部荷台を恰も右道路を反対方向から自転車に乗り左側を東進していた原告に接触するに至らしめ、ために原告は自転車諸共その場に顛倒し全治五週間を要する下顎骨骨折、右手挫創の傷害を被り、且つその所有に係る前記自転車を大破するに至らしめられた。
原告は当時進駐軍要員として大型ボイラー手の勤務に就いていたが右負傷に因り、直ちに国立仙台病院に入院治療を受け、右入院期間中栄養費その他諸雑費五千八百円を費し、又右負傷に因り入院期間を含め昭和二十五年十月及び十一月中右勤務先の缺勤を余儀なくされたため該負傷という事実がなく平常通り勤務せば当然時間外勤務に就き、これに対して支給を受けられる筈であつた金三千百六十二円(十月分金千五百八十三円、十一月分金千五百七十九円)に相当する手当を喪失し、又右傷害による右手挫創はその後も手首の自由を欠く障碍を遺し、そのため従前通り大型ボイラー手としての重労働に服することができなくなり、昭和二十六年十二月一日からは米軍直接雇傭の小型ボイラー手に転じ従前の月収金一万七千円のところ同日以後は月収金九千円の低給に甘んぜさるを得なくなり、その差額一ケ月当り金八千円、昭和二十六年十二月一日から昭和二十八年六月迄十九ケ月分合計金十五万二千円の右負傷の事実がなかつたならば当然取得し得られた筈の利益を喪失したものというべく、なお前記破損に係る自転車を修繕するため金千七百五十円の出捐を余儀なくされた。
以上財産的損害の外原告は右負傷に因り心身共に多大の打撃を被つたので右は金五万円を以て慰藉さるべきである。
而して右合計金二十一万二千七百十二円の損害は被告会社の被用者たる被告後藤が同会社の業務たる前記運搬業務の執行につき前記のような過失に因り事故を惹起し、これに因り原告に与えたものであるから被告等は何れもその賠償の責に任ずべき義務がある。
よつて原告は被告等に対し各自右金員及びこれに対する原告の昭和二十八年七月六日附請求の趣旨訂正申立書が被告等に対し送達された日の翌日たる同月七日以降年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及ぶと陳述した。<立証省略>
被告両名訴訟代理人は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として原告主張の事実中被告会社が土木建築請負業を営むこと、被告後藤が普通自動車の運転免許を有し、原告主張の日及び時刻頃その主張の地点を、原告主張の自動車を運転し、時速約二十粁を以て西進したこと、当時原告が自転車に乗つて右地点を東進していたが、同所附近において負傷したことは認める、右負傷に因り原告がその主張のように精神的打撃を受けたとの点を除き原告主張のような損害を被つたこと及び自転車の修繕費として原告主張のような出捐をしたことは不知、その余の事実はすべて争う。
被告後藤は原告主張の地点から更に千米前進した地点において先行郵便自動車を追越したのであつて殊に原告主張の地点附近においては右自動車との距離が百二十米もあつたのであるから同所附近においてその追越を試みるという事実はない。
又被告会社においては昭和二十五年十月四日は自動車運転を休んでいたのであるが、当日たまたま訴外三和産業株式会社において魚の運搬に急を要したので被告会社の自動車運転助手北川孝男の諒解を得て同会社が被告後藤に対し被告会社所有の前記自動車の運転を託したに過ぎないのであるから被告会社は被告後藤の使用者に該当しないのであると述べ、
なお被告等が原告主張の日時その主張に係る請求の趣旨訂正申立書の送達を受けたことは争わないと陳述した。
<立証省略>
三、理 由
被告後藤が昭和二十五年十月四日夕刻被告会社所有の普通貨物自動車(宮第四四一八号)を運転し仙塩道路を西方に向い進行したことは当事者間に争がない。
ところで凡そ、夜間道路において自動車を運転するものは機宜に応じて他に道を譲り、或は速度を緩め若くは制動の措置を講じ得るよう他の通行人、車馬の存否を確認するに足る前照燈をつけて操縦しなければならない注意義務がある。
然るに何れも成立に争のない甲第一号証の一、二、第三号証の一、二、第五、六号証、第八号証の一乃至三、第九号証によれば被告後藤は同日午後六時前後頃仙台市原町苦竹所在進駐軍宿舎東方約千五百米附近仙塩道路上に差かかつた際右の注意義務を怠り前記自動車の前照燈が著しく光度が低下し十分前方を照射するに足らないのに拘らず、敢えてその修復を試みることもなく慢然これをつけた侭で時速約二十粁ないし二十五粁を以て運転を継続したため折柄右道路の反対側を自転車に乗つて東進して来た原告の所在を確認し得ず右自動車車体の右側を原告の自転車に接触するに至らしめ、原告はこれに因つて自転車諸共右路上に顛倒し下顎骨骨折及び右手挫創の傷害を受け、且つ自転車を大破するに至つたことを認めることができ、右認定に反する被告後藤茂本人尋問の結果は信を措くに足らないし、他に右認定を妨げる証拠はない。
よつて被告後藤は原告に対し右事故に因り被つた損害を賠償すべきであるから、その額について判断する。
前記甲第九号証、成立に争のない甲第十一号証、第十二号証に原告本人尋問の結果により成立を認め得る甲第十五号証の一乃至四及び証人新沼輝雄の証言並に原告本人尋問の結果を綜合すると原告は右事故に因り損傷した自転車の修繕費として訴外関口自転車店に金千七百五十円を支払い、又前記傷害により約二十日間国立仙台病院に入院加療し、退院後も引続き医師の手当を受け約四十日間勤務先(仙台市原町苦竹進駐軍宿舎)を欠勤し、その間栄養費等金五千八百円を費し、負傷前の昭和二十五年六、七、八の三ケ月間の一ケ月平均給与の額は超過勤務手当を含め金一万三千二百二十三円であつたのに右欠勤により平常通り勤務すれば就き得た超過勤務に服することができず従つてこれに対する手当の支給を受けられず同年十月分の給与は金一万一千六百四十二円、同十一月分は金一万一千六百四十六円に止り結局前記平均額より合計金三千百五十八円の得べかりし利益を喪失したこと、右傷害につき前記のように医師の治療を受けたが右手挫創はその後も機能障碍を遺し握力十分でなく、ために従来通り引続き大型ボイラー手としての勤務に従事することは極めて困難となり、主としてその理由によつて昭和二十六年十二月一日人員整理の対象となり、同日以降は進駐軍兵士が私的に雇傭する小型温水罐の火夫として勤務することとなつたが大型ボイラー手として勤務した最終時期における月収は約金一万七千円であつたのに小型温水罐火夫に転じて後は月収金九千円に減じその差額金八千円で、昭和二十六年十二月一日以降昭和二十八年六月迄の十九ケ月分合計金十五万二千円の得べかりし利益を喪失したことが認められる。
以上財産的損害の外原告は右受傷により心身ともに多大の苦痛を受けたであろうことは蓋しこれを諒するに余りあるところであるが叙上認定の事実により知り得べき傷害の程度並に甲第六号により認め得る被告後藤は本件事故後早速原告を病床に見舞つて謝罪したこと及び被告後藤茂本人尋問の結果により認め得べき、同被告はすでに本件事故に因り刑罰に処せられたこと、その他諸般の事情を考慮するときは被告後藤は原告に対し金二万円を以てこれを慰藉するのが相当であると認める。
然し乍ら翻つて考えるに凡そ道路を通行するものは、ひとり自動車の操縦者に限らず何人でも他の通行人、車馬に充分の注意を払い他との衝突、接触等の危険から身を避け、殊に自転車の如き軽車両を操縦するものにあつては努めて自動車の如き高速重車両に道を譲り、以てこれと接触、衝突する等のことのないよう充分注意すべきであることはいうまでもない。
然るに、前記甲第一号証の一、二(甲第一号証の一中後記採用しない部分を除く)に証人富田三代治の証言及び被告後藤茂本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)を綜合するに、前記事故現場附近の道路はその幅員は約十七米を有し、うち南側約五米の部分のみが、コンクリート舗装が施されていること、原告は右舗装部分上進行方向(西から東へ)に向い左側を進行したこと、被告後藤の運転する自動車も右舗装部分を東から西に向け進行していたが、右事故発生直前特に急激に原告の方に向けて操縦した事実がないこと、原告は前記接触地点の西方約五十米の地点においてすでに被告後藤の操縦する自動車を現認していることが認められる(原告本人尋問の結果中右認定に牴触する部分は信用しない、又甲第一号証の一中同様部分は採用しない)から原告にして充分の注意を払うならば事前に該道路の左側非舗装部分に避譲の余地なしとしないのに拘らずそのような注意を欠き慢然その侭進行したものといわざるを得ない。
よつて当裁判所は原告の右過失を斟酌し、被告後藤は原告に対し前に認定した原告の受けた損害のうち金十三万二千七百十二円を賠償するのを相当と認めるから、原告の被告後藤に対する請求は右金員及びこれに対する原告主張の申立書が被告に送達された日の翌日であることの当事者間に争のない昭和二十八年七月七日以降年五分の割合の遅延損害金の支払を求める限度においては正当としてこれを認容すべきであるが、その余は理由がないからこれを棄却すべきである。
原告はなお被告会社に対し同会社は被告後藤の使用者にして原告の前記事故に因る損害は被告後藤が被告会社の事業の執行につきこれを与えたものであるとしてその賠償を求めるというのである。よつて被告会社は被告後藤の使用者であるか否かについて審按する。
被告会社が大木建築請負業を営み前記の貨物自動車を所有していたことは当事者間に争がなく、いづれも成立に争のない甲第四号証甲第八号証の一、三に証人平井孝七郎の証言及び被告後藤茂本人尋問の結果を綜合すれば被告後藤は本件事故発生当時仙台市川内特設消防部に勤務し、かねてから自動車運転の経験があつたこと、同人の父は被告会社代表者加茂庄太郎と特にじつこんの間柄で且つ同会社の仕事を手伝つていたので被告後藤はかつて被告会社常傭の運転手が会社を休んだようなおりに二回程同会社の委託により臨時自動車の運転に従事したことがあつたこと、本件事故の発生した昭和二十五年十月四日は恰も被告会社常傭の運転手は所用のため会社を休んだこと、同日訴外三和産業株式会社において塩釜市内の得意先佐藤喜三郎から樽の注文を受け、早速これを送り届けなければならなかつたが、その日は折悪しく、常々委託している運送業者の方で自動車の手配がつかず止むなく同会社社長平井孝七郎は被告会社社長加茂庄太郎とは旧知の間柄であつたところから被告会社に対しその所有の貨物自動車による運送を委託し、丁度その際は加茂庄太郎は不在であつたので居合せた被告会社の自動車運転助手北川孝男は「社長も不在だし、運転手も休んでいるから」という理由で右委託を一応拒んだが平井から重ねて「加茂社長には後で諒解を得るから、是非運んでくれ」とのたつての願で北川はついにこれを引受けることとし被告後藤に対し自動車の運転を委託し、被告後藤はこれを引受け、前記自動車を運転して塩釜市佐藤喜三郎方に赴き、その帰途前に認定した事故を惹き起したものであることを認めることができ、甲第一号証の一及び甲第六号証中被告後藤が加茂庄太郎から直接右運転を委託された趣旨の記載は前記各証に照し採用しない。
けれども被告会社が他人のために貨物の運送をなすことをその事業目的としていることを認めるに足りる証拠はなく、訴外北川孝男は、被告会社の自動車運転助手にすぎないことは右認定の通りで同人が斯かる被告会社の目的外の事項と目せられる事業のために被告後藤に対し右のような自動車の運転を委託するにつき正当の権限があつたこと、ないしは被告会社の正当権限ある者の指示若くは承認の下に右委託をなしたと認めるに足りる証拠はない。
尤も前記甲第四号証(被告人後藤茂に対する業務上過失被告事件記録中加茂庄太郎の検察事務官に対する第一回供述調書)によれば被告会社社長加茂庄太郎は被告後藤に対し右のような運転の委託をなしたものが具体的には何人であれ敢えてこれを意に介しないかのような疑を容れる節がないではない。(本件事故のあつた当日の運転の委託が被告会社としてなしたか否かについては積極的にこれを肯定し、或はこれを否定した記載はない。)然しながら右被告事件においては被告後藤茂が前記の事故を惹起したかどうかがその核心をなすものであつて被告会社が私法上の「使用者」に該当するかどうかというような事柄はその焦点をなすものでないことは事柄の性質上容易に窺い得られるところであるから右被疑事件の参考人として供述を求められた加茂庄太郎において被告会社が被告後藤を使用したか否かという点について右のような曖昧にして捉え難いような供述に終始し、取調官においてもこの点を更に掘り下げて聴こうとした形跡がないのは自然の数としなければならない。故に右甲号証を以ては未だ被告会社代表取締役加茂庄太郎において訴外北川孝男が被告後藤に対し前記の委託をなすことを黙認していた証拠とすることはできない。
又、証人平井孝七郎は訴外三和産業株式会社においては、後日被告会社に対し前記樽の運送の運賃として木炭二三俵を交付した旨証言するけれども右証言によれば前記貨物自動車は代燃車であることが明かであるが、宮城県柴田郡船岡町から塩釜市に至る距離を往復するためには蓋し相当量の燃料を必要とすべく、僅々二三俵の木炭では右消費量さえもこれを償い得るかは極めて疑わしく被告会社が訴外会社からこれを運賃の趣旨において受領したとなす右証言をたやすく採りあげ、以て被告会社が訴外北川孝男の被告後藤に対する前記の委託を間接に承認したことの証左となすこともできない。
然らば被告後藤は被告会社の被用者であるとはいえないから同会社に対し使用者としての責任を問う原告の請求はすでにこの点において失当としてその排斥を免れない。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条を適用し、主文の通り判決する次第である。
(裁判官 松尾巖 飯沢源助 伊藤和男)