仙台地方裁判所 昭和27年(ワ)323号 判決
原告 今野さと
被告 伏見博
一、主 文
被告は原告に対し農地法第二十条による宮城県知事の許可を条件として別紙目録<省略>(イ)記載の田を引き渡さなければならない。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを二分し、その一を原告、他の一を被告の各負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し農地法第二十条による宮城県知事の許可を条件として別紙目録記載の田を引き渡さなければならない。訴訟費用は、被告の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求める旨申し立て、その請求の原因として、原告は老弱孤独、農耕能力が無かつたため、昭和十九年四月一日被告に対し、別紙目録記載の田を目的耕作、賃料取引上相当金穀(現在反当年金七百円)毎年十二月三十日払と定め、期間を定めないで貸与引き渡し耕作させて来たがその後世嗣を得て家を斎え、農業を復興しようと企て、昭和二十五年秋、親族農訴外大和田栄吾の二男訴外大和田信吾(当時二十五歳)を養子に迎え、(翌昭和二十六年一月十九日その届出を了した。)その後間もなく昭和二十五年十一月訴外佐々木ふさ子(当時二十二歳)を信吾に娶わせ(昭和二十七年二月八日届出、既にその間に一子を挙げている)た。
ところでこの若夫婦は農家に育ち身体頑健稼働能力が素晴らしく、他日数多の子女を儲ける可能性が十分ある。従つて原告家の農耕能力が増強の一途を辿つてゆくであろう。そして原告は目下農機器の購入、家畜の物色に大童であるが、入手までは信吾の実家即ち、田畑数町歩を耕作し物的設備が充実している居村有数の豪農父栄吾方から借用することができる。従つて原告家は目下少くとも田一町歩の耕作営農には毫末も支障を来たさないにかかわらず、目下僅かに田三反九畝歩を耕作しているに過ぎないから、産米の供出は愚ろか飯米の生産にすら事欠いている始末で将来家族が増加してゆくことを想えば洵に心細いものがある。反之、被告は目下田二町三反七畝三歩、畑六反五歩計二町九反七畝八歩(居村の耕作保有制限面積は二町六反歩)を耕作(本件田以外は全部自作)する居村屈指の豪農で、稼働力不足のため昭和十九年以降その所有田一反歩余を訴外佐々木覚蔵に賃貸耕作させている有様である。なお原告家は家計不如意貧困に喘いでいるに反し被告は居村一流の資産家でわが世の春を称えている。なお又、本件田と原告の住所との距離は本件田と被告の住所との距離よりも遙かに短小であるから、本件田を被告において小作するよりも原告において自作する方が遙かに便利、従つて生産力を増進する所以でもある。そこで原告は遅くとも昭和二十六年十二月三十一日(収穫季節後次の耕作に着手する前)被告に対し這般の事情を具さに愬え本件賃貸借の解約の申入をした。従つて本件賃貸借は民法第六百十七条により一年を経過した昭和二十七年十二月三十一日将来に向つて当然消滅に帰した。(但しその効力の発生は固より所轄宮城県知事の許可に繋る)よつてここに農地法第二十条に則り被告に対し所轄宮城県知事の許可を条件として、右農地の明渡を求めるため本訴に及ぶと陳述し、被告の(イ)提訴利益欠缺の抗弁に対し「被告主張のような行政処分があつたことは争わないがかような行政処分があつたからといつて、本訴提起の利益がないものということができない」と述べ、(ロ)耕地整理の抗弁に対し、被告主張の耕地整理があつたことはこれを認めるけれども、その費用は全部原告においてこれを負担支弁したと答え、(ハ)その余の抗弁事実を全部否認すると述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め答弁として、
(一) 原告は、昭和二十六年一月十七日宮城県知事に対し、旧農地調整法第九条第一項にいわゆる正当の事由があるのだとして、原告主張の賃貸借の解約許可申請をしたが、同年五月十一日、同知事から申請棄却の処分を受けた。従つて原告は該処分取消の訴願又は訴訟により本訴の目的と同一の目的を達することができるから、更に本訴を提起する法律上の利益を全然有しない。よつて本訴請求は既にその前提において理由がないものとして排斥を免れない。
(二) 仮りに右利益を有するとしても、期間の点を除き原告主張の賃貸借が成立し、目的田の受渡があり被告が右受渡後現在に至るまで本件農地を占有耕作していること、原被告が現在、原告主張の面積の農地を耕作していることはこれを認めるけれども、その余の事実は全部これを否認する。本件賃貸借期間は契約成立の日から永久である。そもそも被告家は本件田と洵に由緒が深い。即ち被告家は五、六十年来父祖承来原告家から本件田を包含する原告家所有の田五反八畝五歩を賃借耕作して来たところ手不足のため、昭和十四年四月一日原告の承諾を得て右賃借権を一時訴外近藤忠夫に譲渡した。しかしながら、その後被告家の稼働能力が回復したから昭和十九年四月一日、被告が予て第三者から賃借耕作していた田五反八畝五歩の賃借権を該第三者の承諾を得て、近藤忠夫に譲渡すると共に原告と近藤忠夫との間の右賃貸借を合意解約させ、改めて、原被告間に本件賃貸借を取り結び爾来被告において、右田に随時施肥手入をし地味を豊沃にしてその耕作を続づけ、昭和十九年から二十年に亘る二箇年間索道の開設、田排水溝の掘鑿、耕作面の地均らし等耕地整理に自ら巨額の資(約金一万円)を投じ右農地の改良維時生産力の増強に少からざる犠牲を払つて来た。なお被告は昭和二十六年五月十一日、所轄宮城県知事の許可を得て、右田五反八畝五歩中三反一畝歩を目的とする賃借権を解約し、原告にこれを返還し、爾来原告においてこれを自作している。そして被告家は古来、居村随一の精農で家族十二名内少くとも六名は稼働能力を具有し、他方又農耕機器、家畜その他の物的施設は充実完備し、目下一家を挙げて生産の発展に邁進している。従つて、今本件田を原告に返還するが如きは、原告家の営農意欲を沮喪させその経済生活を脅威し生産力を減衰させること洵に甚大なものがある。
反之原告家は耕作能力甚だ脆弱で、物的設備亦殆ど見るべきものがない。現在田畑僅か三反九畝歩の農耕をすら持て余している状態であるばかりでなく、家人打ち揃つて石巻方面を販路とする蔬菜類の行商に忙しくその所得亦真に侮り難いものがある。従つて今敢て増反などという間違つた料見を起さなくとも裕に生計を維持することができる。よつて本訴請求は失当であると陳述した。<立証省略>
三、理 由
一 提訴利益欠缺の抗弁の当否
よつて先づ提訴利益欠缺の抗弁の当否について一言するに、原告が昭和二十六年一月十七日宮城県知事に対し、旧農地調整法第九条第一項にいわゆる正当の事由があるのだとして、原告主張の賃貸借の解約許可申請をしたところ、同年五月十一日同知事から申請が理由がないから棄却するという処分を受けたことは当事者間に争がない。ところで原告が、かような行政処分に対し先づ農林大臣に訴願し(農地法第八十五条第一項第一号)該訴願の裁決に不服があるときは更に行政事件訴訟特例法第五条の期間内に裁判所に対し、その取消請求訴訟を提起することができ、原告勝訴の判決が確定すれば竟に前記許可申請棄却処分はその発効の当初に遡つて無効に帰すると共に、他に格段の事情がない限り、当該行政庁が前記申請を許可する旨の行政行為をしなければならない義務を負担するに至りこの義務の履行を懈怠するときは竟に国家賠償法の発動を観るに至ることは勿論であるから、原告において、許可申請棄却の行政処分又は訴願の裁決に対し敍上抗告訴訟の方法により不服を申立てることは必しも実益がないわけではないけれども、かような救済手段は一般に提訴期間を制限され(本件においても既にこれを徒過していることは算数上明白)事情の変更が参酌されない等不利不便があるのみならず、被処分者がこの方法による以外一般民事訴訟によりその救済を求めることを許さないという法理法則は全然存しないから、被処分者は、前記抗告訴訟により救済を求めることができると共に他方又、所轄行政庁の許可を停止条件とする農地賃貸借解約発効の結果たる本件農地の返還を目的とする一般民事訴訟をも提起する実益があり従つて又これを適法有効に提起することができるものといわざるを得ない。
よつて被告の抗弁は採用に値しない。
二 期間
次に、期間の点を除き原告主張の賃貸借が成立したことは当事者間に争がない。そして右契約が期間の定がない賃貸借であることは成立に争がない甲第一号証証人大和田栄吾、渡辺勉の各供述を綜合するによりこれを認めるに十分である。被告は右期間は「契約成立の日から永久である」旨主張し、証人伏見衡平、被告本人はいずれもややこれに吻合する供述をしているけれども、これらの供述はこれを証人渡辺勉、大和田栄吾の各供述に照合すれば到底そのまま措信し難くなお凡そ「農地を永久に賃貸する」というが如きは結局所有権自体を放棄することと、大差がないから他に余程特段の事情例えば無償贈与の意思等がない限りこれをそのまま認容するに躊躇せざるを得ないところ、被告の援用にかかる各証拠を逐一検覈してみても、被告主張の事実を確認するに足りない。よつて、該主張は採用する由もない。
そして、本件賃貸借成立の日目的田の受渡があり、爾来今日まで被告が本件田を占有耕作して来たことは被告の争わないところである。
三 正当の事由がある場合
よつて、原告が果して被告に対し本件賃貸借の解約の申入をするにつき正当の事由があるかどうかについて按ずるに、成立に争がない甲第一ないし五号証、第八ないし二十号証、原本の存在及びその写であることにつき争がない同第六、七号証証人渡辺勉、大和田栄吾の各供述を綜合すれば原告は老弱孤独、農耕稼働能力が無かつたため、前段認定のように昭和十九年四月一日、被告に対し本件田を賃貸引き渡し耕作させて来たが、その後世嗣を得て、家運を開拓営農を再興しようと企て、昭和二十五年秋親族農訴外大和田栄吾の二男、訴外大和田信吾(当時二十五歳)を養子に迎え、(翌昭和二十六年一月十九日その届出を了した)その後間もなく昭和二十五年十一月訴外佐々木ふさ子(当時二十二歳)を信吾に娶わせ(昭和二十七年二月八日届出、既にその間に一子を挙げている)たこと、この若夫婦はいずれも農家に育ち、身体頑健、農耕能力著大で、子女増儲の兆があり、原告家の農業生産力が増強の一途を辿りつつあり他方又原告家は目下農機具の購入、家畜の物色に努力しているが、入手までは田畑数町歩を耕作し、物的設備が充実している信吾の実父栄吾方から、借用することができ、従つて目下少くとも田一町歩の耕作営農には寸毫も支障を来さないこと、然るに原告家は目下僅かに田三反九畝歩を耕作するに過ぎず転た脾肉の嘆を喞つていると共に居村下層の貧農で産米の供出は愚ろか飯米にすら事欠き、将来家族が増加することを憶えば、洵に心細いものがあること、反之、被告家は目下、田二町三反七畝三歩畑六反五歩計二町九反七畝八歩を耕作(本件田以外は全部自作)居村有数の豪農で稼働力不足のため、昭和十九年以降、その所有田一反歩余を訴外佐々木覚蔵に賃貸耕作させていること、なお本件田と原告の住所との距離は、本件田と被告の住所との距離よりも、遙かに短小であるから本件田を被告において耕作するよりも原告においてこれを耕作する方が、遙かに便利、従つて亦生産力を増進する所以でもあることを認めるに足る。
被告は「昭和十九年から二十年に亘り本件田の耕地整理のため約一万円の経費を自弁した」旨主張し、被告主張の耕地整理があつたことは原告の争わないところであるけれども、被告が右経費を自弁したとの点については証人伏見衡平、被告本人の各供述は、証人渡辺勉、大和田栄吾の各供述に照らし、到底首肯し難く殊に証人伏見衡平、被告本人の各供述中雇傭人夫賃の金高に関する部分は昭和十九年、二十年当時のわが国一般物価指数を全然無視する暴言であることは実験則に照らし極めて明瞭で、その他被告の全立証を以てするも竟に被告主張の事実を肯定するに足らず却つて、索道の開設用排水溝の掘鑿、耕面の地均らし等一切の費用は殆んど全部原告において、その都度負担支弁し被告が僅かに耕面地均らしの一部を自家労力を以て援助したに過ぎないことは成立に争がない甲第一ないし第十一号証証人渡辺勉、大和田栄吾の各供述を綜合するにより洵に明瞭であるから被告の抗弁は排斥を免れない。
そして、以上のように、原告家が手不足のため農地を自作することができず余儀なく、これを別段期間を定めないで被告に小作させたところ、その後家族が増加して稼働能力が倍加し、生産設備も亦着々充実し、狭少な農地の耕作だけでは右能力及び設備に余剰を来たし、余裕綽綽たるものがあるにかかわらず貧鬼に追われ飯米にも事欠く窮状に在るに反し、被告は居村屈指の豪農で田畑約三町歩を耕作して裕福に渡世し、手不足のためその所有田を他人に小作させつつあり、なお距離の点から観れば本件田を被告が耕作するよりも原告において自作する方が遙かに利便且つ生産力を増強する所以でもあるような場合においては、被告においてこの際少くとも別紙目録(イ)記載の田計一反六畝十一歩を原告に返還して、その生活苦切実感逼迫感を幾分でも緩和し生産に勉励させる方がこれをそのまま被告の手に残し、被告にその面倒を観させるよりも遙かに機会均等農村の平和を齎らす所以で国民経済社会正義の立場からいつても、洵に恰当の措置と做すべきで、かような事態こそ応さに法律にいわゆる賃貸借の解約の申入をするにつき正当の事由がある場合に該当するものといわなければならない。
そして、原告が遅くとも昭和二十六年十二月三十一日(収穫季節後次の耕作に着手する前)被告に対し、右田を目的とする賃貸借解約の申入をしたことは、証人大和田栄吾、渡辺勉の各供述、原本の存在その写であることにつき争がない甲第六、七号証を綜合するにより明白でこの認定に疑を挿ませる証左は更に存しない。して観れば右賃貸借は民法第六百十七条により一年を経過した昭和二十七年十二月三十一日将来に向つて消滅に帰したものといわざるを得ない。(但しその効力の発生は所轄宮城県知事の許可を停止条件とすることは勿論である。)さすれば、右解約が所轄宮城県知事の許可によりその効力を生ずると同時に被告は原告に対し右田を引き渡すべき責務を負うことはいうまでもない。
四 正当の事由がない場合
しかしながら、他方証人伏見衡平、近藤忠夫の各供述、被告本人尋問の結果を綜合すれば被告家は、四、五十年来原告から本件田を包含する田五反八畝五歩を賃借耕作して来たが、昭和十四年四月一日原告の承諾を得て訴外近藤忠夫に一時右賃借権を譲渡し、その後稼働能力を回復したため、原告は昭和十九年四月一日被告が予て第三者から賃借耕作していた田五反八畝五歩の賃借権を該第三者の承諾を得て近藤忠夫に譲渡すると共に、原告と近藤忠夫に同人等の間の前掲賃借権を合意解除させ、新たに原告と本件田を含む原告所有の田五反八畝五歩を目的とする賃貸借を取り結び爾来被告において右田に随時施肥手入をして、地味を豊沃にして、その耕作を継続し、前顕耕地整理に際しても耕作面の地均らし等に一臂の労を採ることを忘れなかつたこと。被告は昭和二十六年五月十一日所轄宮城県知事の許可を得て、原告に右田五反八畝五歩中三反一畝歩を返還し爾来原告においてこれを自作していること。被告家は、古来居村有数の精農で生産設備が充実しているばかりでなく目下家族十二名内少くとも六名は稼働能力を具有し稼働能率の向上期して待つべきものがあること、原告家は、営農の傍ら石巻市方面に野菜類を運搬売却し相当利得を挙げていること等を認めるに足り原告の全立証を以てしても右認定を覆すに足りない。
そして以上のように被告家が古来長年月に亘り、本件田を培肥豊沃にし、一時手不足のためその耕作を罷めたとはいえ、間もなく、これを回復、しかもその約半分を既に原告に返還し、目下勤労意欲の逞しい家人等が充実した設備を利用して営農一辺側に燃えている場合においては、今直ちに被告から本件田全部を取り上げることは歴史的意義を無視し、精農保護、居村安定の精神をも没却する虞があるから本件田中別紙目録、(ロ)記載の田は、原告において他日更にこれを自作することを正当とする時期が到来するまで今暫らく被告にそのまま、これを小作させ、右到来を俟つて(その時期もさまで長い将来ではないであろう。)これを原告に返還させることこそ却つて、当事者双方を結局救済幸福にし、以て斯法の律意に酬ゆるところのものといわざるを得ない。
果して然らば右田を目的とする本件賃貸借解除の申入については竟に正当の事由がないものというべく、従つて、そのこれあることを前提とする原告の請求は、爾余の争点につき逐一兎角の判断を加えるまでもなく、既にその前提において、失当として排斥を免れない。
五 結語
よつて原告の本訴請求は、以上の限度において、その理由があり、その余の部分は失当と認め訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条第九十五条に則り主文のように判決する。
原告は本件勝訴の部分について仮執行の宣言を求めているけれども、本件原告勝訴の判決のような、行政庁の許可を停止条件とする農地引渡の判決は今これに仮執行の宣言を附してみたところで、行政庁においてまだ本件貸借解約を許可しない間は、これを有効に執行するに由がなく、又、行政庁としても、本件判決が確定する以前、既に敍上許可に出るようなことは蓋し稀有の事例といわなければならないから、右判決に仮執行の宣言を附することは結局、無用の長物の観があり、延いて裁判の威信を毀損する結果に堕する虞も多分に存するから、本件仮執行宣言の申立は竟にこれを却下する他はない。
(裁判官 中川毅)