大判例

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仙台地方裁判所 昭和27年(ワ)376号 判決

原告 牧野道助 外四名

被告 佐藤達夫

一、主  文

別紙目録<省略>記載の不動産につき原告等が各自持分十八分の一づつの共有権を有することを確定する。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、事  実

原告等訴訟代理人は主文同旨の判決を求める旨申し立てその請求の原因として、訴外牧野央、牧野よう間に長男訴外牧野猛雄、二男原告道助、三男訴外牧野三之助(大正十三年八月十三日死亡、その子訴外牧野まり子同日その家督を相続)、長女原告ひで、四男原告猛五郎、五男訴外佐武六郎(大正五年八月二十一日死亡、遺族はない)、六男原告強七郎、二女原告富の六男二女があり、長男猛雄は、明治四十一年二月二十九日父央の死亡によりその家督を相続した。ところで猛雄は大正二年一月十四日、訴外牧野エイと婚姻、その間に子女がなく、昭和二十五年十一月二日猛雄は死亡し、民法第九百条第三号第八百八十九条第二項第八百八十八条第一項によりその妻エイ(相続分三分の二)及びその弟妹原告道助、ひで、猛五郎、強七郎、富、訴外牧野まり子(相続分各十八分の一)はその遺産を共同相続した。

そして別紙目録記載の不動産は右遺産の一部に属し、従つて原告等は右物件につきいずれも持分十八分の一づつの共有権を有するにかかわらず、無暴にもエイは「昭和二十五年七月二十六日夫猛雄の遺贈によりその全財産従つて亦本件不動産の所有権をも取得した」と強張し原告等の各共有権を否認している。そして被告は昭和二十六年二月十九日仙台家庭裁判所において猛雄の遺言執行者に選任され、その遺産に関する争訟につき当事者たる適格を取得するに至つた。

よつて、ここに原告等の共有権確定の判決を求めるため本訴に及ぶと陳述し、被告の抗弁に対し兄猛雄が被告主張のように、公正証書により妻エイを家督相続人に指定し、且つ原告道助外七名にその所有財産の一部を遺贈しながら、その後公正証書により右遺贈を取り消したことはこれを認めるけれども、かような事実があつたからといつてエイが本件不動産の遺贈を受けたと推断することは到底無理である。その余の被告主張の事実を否認すると陳述した。<立証省略>

被告は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするという判決を求め答弁として、訴外牧野エイ及び原告等が訴外牧野猛雄と原告等主張のような身分関係を有すること、猛雄が昭和二十五年十一月二日死亡し、エイ及び原告等が新民法の規定によりその相続をしたこと、エイが目下原告等主張の財産につき単独所有権を主張していること、被告が原告等主張のように亡猛雄の遺言執行者に選任されたことはいずれも、これを認めるけれども、その余の事実は全部否認する。エイは昭和十五年七月二十六日、仙台法務局所属公証人伊達亮治作成第一万六千八百二十一号公正証書により夫猛雄からその家督相続人に指定され、よつて以てその全財産従つて原告等主張の不動産をも遺贈された(このことは猛雄が右同日同公正証書を以て原告道助、猛五郎、強七郎、ひで、富、まり子に対し猛雄名義の所有不動産の持分三十五分の一づつの共有権又は訴外牧野弘武、佐武ゑいに対し同持分七十分の一づつの共有権を遺贈しながら、その後昭和十六年十月二十八日同公証人作成第一万七千五百四号遺言取消公正証書により右遺贈を全部取消した点から観ても洵に明白である。)そして猛雄の死亡により猛雄のエイに対する遺贈がその効力を発生し、エイは猛雄の全遺産に従つて又本件不動産の全所有権をも取得した。従つて原告等が本件不動産につきその主張のような共有権を取得したことを前提とする本訴請求は失当であると陳述した。<立証省略>

三、理  由

一、当事者変更の合法性

よつて先づ本件被告変更の適否について一言する。

凡そ訴の提起により当事者双方が口頭弁論において本案の主張及び答弁を交換した後は、特別の規定がない限り、原告は紊りに相手方を変更することができないことは固より当然ではあるけれども、弁護士が遺産相続人たる被告の訴訟代理人であると同時に被相続人の遺言執行者でもある場合において、原告が当初遺産相続人を被告として遺産について争訟を提起し口頭弁論において当事者双方訴訟代理人が本案について主張答弁を交換した後、原告において被告の適格を有する者は遺産相続人ではなく、遺言執行者であることに気附き、当該被告(遺産相続人)、その訴訟代理人及び遺言執行者の同意を得て、被告を遺言執行者に変更しても必ずしもこれを違法視することができない。蓋し、遺言執行者は相続財産管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権義を有し、遺言執行者が選定された以上、相続人と雖も相続財産を処分したりその他遺言の執行を妨げる行為をしたりすることができないことは法律の規定(民法第千十二条第千十三条)により明白であるから、この限度において遺言執行者は遺言及びその牽連事項に関し、訴訟当事者たる適格を有するものと解するを相当とするけれども、他方又遺言執行者は相続人の代理人ともみなされることも成法(同法第千十五条)により一点疑義の存しないところであるから遺言執行者は訴訟上形式こそ、なるほど、当事者たれ、その、実質は、遺産相続人の代理人と毫も甲乙がないものといわざるを得ないからである。殊に被告の訴訟代理人たる弁護士が本人の同意を得て、自ら被告となることに同意協力する以上、当事者自治乃至責任主義の建前からいつてもこの意思を無視して訴訟法上の単純な形式論に拘泥するは妥当ではないばかりでなく訴訟経済の点に稽えても既往の訴訟行為を全部違法無効視し実質上同一訴訟を繰り返さなければならないとする解釈取扱は穏当ではない。従つて他に特別の規定がない以上、かような当事者の変更は関係者の同意がある限り許容しなければならない。判例がかの死亡の父を被告として訴を提起し、弁論進行の途上子の同意を得ないで被告を子に変更しても必ずしも違法でないとしている趣旨も這般の消息と一脈相通ずるものがある。そして本件において被告が原告主張のように遺言執行者に選任されたことは当事者間に争がなく、本件被告の変更は応に設例の場合に該当するから上来説示の理由により、これを適法として是認しなければならない。

二、持分確認請求訴訟の性質

原告がある物件の共有者を被告として原告にも亦共有権があることを主張して持分確認請求の訴を提起するには共有物の分割、その引渡、登記等を訴求する場合と異り、訴訟の判決が共有者全員に合一にのみ確定すべき場合ということができないから、共有持分の存在を主張する者だけを当事者とすれば足り、そのこれを主張しない共有者をまで原告又は被告とする必要が存しない。本件において原告等は訴外牧野まり子を訴訟当事者としていないが、叙上の理由により本訴請求は不当ではない。ただ、本訴判決が確定しても訴訟当事者でないまり子のため又まり子に対し、その効果が及ばないだけである。

三、遺贈の有無

訴外牧野エイ及び原告等が訴外牧野猛雄と原告等主張のような身分関係を有すること、猛雄が昭和二十五年十一月二日死亡し、その妻エイ及び原告等において新民法の規定によりその相続をしたことは、当事者間に争がない。(即ち猛雄が昭和十五年七月二十六日仙台法務局所属公証人伊達亮治作成第一万六千八百二十一号公正証書により遺言を以てその妻エイをその家督相続人に指定したことは当事者間に争がないけれども、遺言者たる猛雄が死亡した日時は前叙のように、昭和二十五年十一月二日であるからその当時家督相続制度に関する旧民法の規定が既に廃止され、該制度を全然認めない新民法が施行されていたから右家督相続人指定の遺言は竟にその効力を発生するに由がなかつたわけである。)さて然らば右遺言は原告等主張のように被相続人猛雄の全財産の遺贈としてその効果を齎らすであろうか。思うに、家督相続制度は、造化の妙祕、生物の永生回帰、種族保護の本能に、その源を発し、祖先崇拝、父子相承、骨肉連綿を理想とし、孝悌、敬長をその固有の美徳とし、戸主を中心とする全家族の融愛、服従を根幹とし、かの一君万民、忠勇義烈と相並び、今日からこれを観れば、洵に封建制度の残滓に外ならない。即ちその理念は、家の存続、血統の持続、戸主権の尊重、長子相続制度の確立にあり、家産の如きは、もと、この家族制度を確立保持推達する一手段に過ぎず、それ自体は固よりこの制度と相関わるところはない。産なくして家あり。産ありて家なき場合必しも珍しくはない。家は、主財は従で、固より財主家従乃至、家財併立又は不可分一体の関係に立たない。否本質的には「家」と「財」「血」と「金」との間には寸毫も牽連性、因果性は存しない。「家柄は良いが貧乏だ。富裕だが身分は卑しい」という市井の噂話の如きも血液と財宝とが本来毫末も相関性を有たないことを無意識の裡に漏らしたものとして洵に味うべき表現だといわなければならない。

従つて今本件において被相続人が遺言を以てその妻女を家督相続人に指定したという一事だけを援いて、直ちに以て、被相続人が家督相続制度の廃止により遺言が竟に全然その効果を齎らさないという全然その予期しない場合においてまで、その全財産をその妻女に遺贈する意図であつたと忖度することは余りにも実情を飛躍し、常識に副わず到底牽強附会の見解だとの譏りを免れない。加之、仮りに猛雄においてその全財産をその妻女エイに遺贈する意図があつたとしても、それはどこまでも牧野家の存続、家督相続の実現を前提とし、猛雄において自己を最後として牧野家が竟に廃滅、家督相続などということは夢物語に過ぎないということを万が一にも予感していたならば、恐らく、かような家督相続人の指定をしなかつたであろうことは、成立に争がない乙第一号証(前記公正証書による遺言書)に、「但シ遺言者ハ牧野家ノ家系ヲ永続スルコトヲ念願スルヲ以テエイ子ニ於テ牧野家ノ血縁者ヲシテ其ノ跡相続ヲ為サシムルコトヲ希望ス」とあつて、猛雄において、どこまでも、その骨肉相伝、家系保続に心を砕いていた点からも容易に推察することができる。尤も、猛雄が前叙のように、公正証書による遺言を以て妻女エイを家督相続人に指定した際、原告道助外七名に自己の所有に係る財産の共有持分を遺贈しながら、その後約一年三箇月を経過した、昭和十六年十月二十八日公正証書により右遺贈を取消したことは原告等の、争わないところであるけれどもこれを以て直ちに、猛雄が妻エイに自己所有の財産全部を遺贈したことの証左とすることはやや早計である。蓋し、右取消の結果、取消の目的たる財産も他に格別の事態が発生しない限り他日猛雄の家督を相続した者に帰属すべき筋合であることは一点疑の余地がないところこの家督相続の開始自体が竟に痴人の夢と化したことは前認定のとおりである以上、家督相続を前提とする財産の帰属につき兎角の論議を挿む余地は全然存しないからである。この点につき原告本人牧野猛五郎の供述に、証人斎藤哲夫、牧野エイの各供述の各一部を綜合すれば猛雄は脳病に悩むこと多年(そのため竟に昭和二十三年十月六日心神喪失の常況にある者として禁治産の宣言を受け、昭和二十五年十一月二日脳軟化症で死亡)妻女エイとの間に子女がなかつたため、その血族親から後継者を迎えて家系を保存すると共にこれに父祖伝承の本件不動産等を相続させようと企図焦慮すること歳あり、竟にその血族一統から後継者を選定することを托する意味で一時エイをその家督相続人に指定する意思が動いたに過ぎず、固よりエイを普通の家督相続人として処遇する意思は更になく、従つて前掲遺贈を取り消した理由も全財産を一括エイに遺贈する趣旨では更更なく(エイは夫猛雄死亡の前後牧野家の財産中相当目星しい部分を自己のため擅に処分し、対価の大部分を費消又は隠匿しているところから観ても猛雄が果してかような人物に全財産を恵与する意思があつたかどうかは頗る疑わしい)かの永劫に照燃消え失せないオリンピアの聖火のように牧野家を連綿相嗣ぐ骨肉世裔のため、これを幾久しく家宝又は維家資源として愛護保全するにあつたことを認めるに十分で、証人牧野エイの供述中右認定に反する部分は到底措信し難く、その他被告の挙示援用に係る全証拠を以てしても被告主張のようにエイが夫猛雄から本件財産の遺贈を受けたことを認めるに足りない。

してみれば被告主張の遺言の有無にかかわらず、原告等は猛雄の共同相続人として本件不動産につき原告等主張の相続分に応じその持分を有するものといわざるを得ない。

然るに、エイは、どこまでも右財産が夫猛雄の遺贈によりその死亡と同時にエイの単独所有に帰した旨主張していることは当事者間に争がない。さすれば原告等において、本件不動産につきその持分の確認を訴求する法律上の利益があるものといわなければならない。よつて原告等の本訴請求を理由があるものと認め訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十三条第九十五条に則り主文のように判決する。

(裁判官 中川毅)

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