仙台地方裁判所 昭和31年(行)24号 判決 1958年11月24日
原告 社会福祉法人庄慶会
被告 宮城県知事
主文
(一) 被告が昭和三十一年十月十二日原告に対してした別紙目録記載の不動産についての固定資産税賦課処分及び異議決定に対する訴願裁決竝びに、(二)仙台市長が原告に対し、右不動産について昭和三十一年二月十四日した昭和二十六、七、八年度、昭和二十九年四月十日した同年度、昭和三十年四月十日した同年度の各固定資産税賦課(徴税令書交付)処分を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求める旨申し立て、その請求の原因として、原告は別紙目録記載の土地建物を所有するところ、その前身たる財団法人庄慶会は、目的を「社会及び児童の福祉を増進すること」、その事業を「生活困窮者を援護すること、未亡人子弟に学資を給与すること、その他目的達成に必要な事業を行うこと」、すなわち、社会福祉事業を営むことと定め昭和二十五年十二月二十八日宮城県知事の認可を受け設立同日その登記を経由され、爾来右不動産賃貸による賃料を唯一の財源としてその事業を営み、その後社会福祉事業法が制定施行されるや、原告は目的を「援護育成または更生処置を要する者等をその独立心を傷付けないで正常な社会人として国家社会に貢献することができるよう援助すること」、その事業を「生活困難者の子弟に無利子で学資金を貸与すること、生活困難者に住宅を賃貸すること」と定め、昭和二十七年五月二十七日厚生大臣の認可を受け、同月三十日設立、その登記を経由され、爾来今日まで社会福祉法人として右不動産の賃貸による収益を唯一の財源として事業を推進して来近時その成果まことに見るべきものがある。
然るに仙台市長は昭和三十一年二月十四日昭和二十六、七(二十七年五月三十日までの分は地方税法第九条第二項によつて原告も納税義務を負担)、八年度、昭和二十九年四月十日同年度、昭和三十年四月十日同年度のいれずも納期限を四月三十日とする固定資産税を賦課(徴税令書を交付)した。しかしながら右物件は社会福祉事業の用に供されている固定資産であるからこれに対し固定資産税を課することができない(地方税法第三百四十八条第二項十号)。仮りにそうでないとしても昭和二十六年度分の固定資産税は賦課期日たる昭和二十六年一月一日から五年を経過した昭和三十一年一月一日時効によつて消滅した。
そこで原告は昭和三十一年三月上旬仙台市長に賦課処分の取消を求めるため異議を申し立てたが理由がないとして棄却の決定を受け、更に同年五月七日被告に訴願したがこれまた同年十月十二日理由がないとして棄却の裁決を受けた。しかしながら右決定裁決には事実誤認法規誤解の違法があるから、ここに右裁決異議決定及び賦課処分の取消を求めるため本訴に及ぶと陳述し、被告の抗弁に対し、「本件不動産は財団法人庄慶会の設立に当り、他人から寄附されたもので、財団法人庄慶会及び原告法人がこれを他人に賃貸しその賃料をもつて本件事業資金に充てることは主務官庁において法人設立認可の際了承していた。また、本件借主のうちには生活にさほど困らぬ者もいるがこれらの者はいずれも寄附行為以前から当該不動産を賃借占有していたもので、これらの不動産が一朝財団法人または社会福祉法人の手に帰したからといつて正当の事由がないにかかわらず直ちに賃貸借を解約しまたはその更新を拒絶することは時節柄もとより不能である。財団法人庄慶会の設立後は、生活困難者はその他の者に優先して本件不動産の一部を賃借している。また新築かつ店舖事務所等地代家賃統制令の適用を受けない賃貸借にあつては賃料はやや高率であるが、それは賃料を唯一の財源とする本件社会福祉事業の運営上是非もない。その余の事実は全部否認する」と答えた。(立証省略)
被告指定代理人は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として原告主張の経過を経て、その主張の財団法人庄慶会及び原告が設立され、その登記が経由されたこと、仙台市長が原告所有の別紙目録記載の土地建物について原告主張のように固定資産税を賦課したこと、その主張の異議、同決定、訴願、同裁決が為されたことはいずれもこれを認めるがその余の事実は否認する。地方税法第三百四十八条第二項第十号にいわゆる「社会福祉事業の用に供する固定資産」とはこの事業を行うに必要な施設の用に直接供する固定資産のみを指称し、その賃貸その他の方法によつて利用して得た対価を含まないと解すべきところ(今もし、そうでないとすれば、社会福祉法人の所有する固定資産は悉く免税の対象化し、これでは寧ろかような法人を同条第一項にいわゆる非課税法人とするに如くはない)、右財団法人及び原告は昭和二十六年から昭和三十一年まで本件土地家屋を生活に困らない人達に相当高率(ときには地代家賃統制令に牴触して)貸与して、その賃料を取得しているのみならず、簡易住宅を建設して生活困難者に貸し付ける事業に殆んど手を初めていない。また、本件昭和二十六年度の固定資産税の消滅時効が地方税法第十四条第一項第三百六十二条、昭和二十五年仙台市条例第三十五号第四十八条により第一期分納期限の翌日たる昭和二十六年五月一日から進行するものと解しなければならないところ、本件時効は昭和三十一年二月十四日本件賦課(徴収令書の交付)処分によつて中断された。よつて本件賦課処分、異議決定訴願裁決はいずれも適法妥当であつてその間毫も違法不当の廉がない、と陳述した。(立証省略)
理由
原告主張の経過を経て、その主張の財団法人庄慶会及び社会福祉法人庄慶会が設立その登記が経由されたこと、仙台市長が原告所有の別紙目録記載の土地建物について原告主張のように固定資産税を賦課したこと、その主張の異議、同決定、訴願、同裁決が為されたことは当事者間に争がない。
よつて先ず右賦課処分の当否について按ずるに、地方税法第三百四十八条第二項第十号にいわゆる「社会福祉事業の用に供する固定資産」とは、本件ではそもそも如何なる場合を指すであろうか。本件法人の目的ないし事業は生活困難者を援護しその子弟に無利子で学資金を貸与すること、生活困難者に住宅を貸し渡すことにあり。この事業の用に供する固定資産とは、生活困難者に直接無償で貸与される本件宅地建物を包含することはいうまでもないか、右法令にいわゆる固定資産とはこの場合の固定資産に限定すべきであろうか、思うに学資金の貸与に供する固定資産とはいつたい何を指すかはやや疑があるが、これを有意義に解せんとすれば右不動産を賃貸その他の方法によつて利用しその対価をもつてこれに充てる場合の固定資産を指称するものと解する他がない。この場合学資金の貸与に直接供する固定資産というが如きものはおよそ想像することができないからである。被告は社会福祉事業に供する固定資産とは直接これに供する固定資産に限定されると主張するけれども、学資金の貸与に直接不動産を供するということ自体は凡そ無意義であるのみならず、本件学資金貸与事業が、本件不動産の売得金または賃貸料をもつて経営されることは、主務官庁が本件各法人、設立認可の際これを了知承認していたことは成立に争がない乙第三号証、乙第十五号証によつてもこれを推認するに足り、被告の全立証をもつてしても右認定を覆すに足りない。
のみならず、社会福祉法人は、社会福祉事業を行うに必要な資産を備えなければならない。またその経営する社会福祉事業に支障がない限り、その収益を社会福祉事業の経営に充てるため、収益を目的とする事業を行うことができ、また収益を目的とする事業を行う場合には定款にこれを掲げ厚生大臣の認可を受けなければならない(社会福祉事業法第二十四条第二十五条第一項第二十九条第一項第十号)。ところで原告の定款によれば原告の事業は無利子で学資金を貸与し、生活困難者に本件住宅を賃貸するにあるところ、原告は財産としては本件土地家屋以外観るべきものが全然なく、また第三者の寄附を仰ぐことも殆んど不能である。かような事情の下においては原告は結局本件不動産を相当賃料で他人に貸し渡し、その収益をもつて本件事業を推進する以外運営を円滑にする方法は絶えてなく、従つて如上「賃貸」は一面生活困難者に対する低額賃料をもつてする貸渡と収益のためのそれに従つて必ずしも生活困難者でない者に対するそれとを適宜混列調和賃貸する場合をも包含するものと観る外がない。地方税法第三百四十八条第二項第十号が免税固定資産を「社会福祉事業の用に供する固定資産」というのみで、同条同項第二号、第二号の三、第九号、第十一号、第十一号の二、第十一号の三、第十二ないし十五号、第十七号のように「直接」その事業等の用に供する固定資産と規定していない。その理由は、「直接」という文字を入れるときは、社会福祉法人の運営に重大な支障を来たし社会福祉事業法の律意が蹂躙されるからである。従つて原告が生活困難者の子弟に学資金を貸与するため本件財産を適法に賃貸したからといつて設立認可の趣旨に反するもの、または設立の目的以外の目的に使用するものと断ずることは到底無理である。もし、それ、原告にして設立の目的には副わない行為をしたときは、社会福祉事業法の監督規定(第五十四条第五十五条)を発動して収益事業を停止、解散を命ずることができるが、定款に反しない営利事業を営んだからといつて直ちにその利潤源たる不動産が課税の対象たる固定資産税であると観ることは穏当ではない。
被告は「地方税法第三百四十八条第二項第十号にいわゆる社会福祉事業の用に供する固定資産とはこの事業を行うに必要な施設の用に直接供する固定資産のみを指称する」と主張するけれども、これでは本件の場合原告所有の土地建物を無償で貸与する場合のみ免税されるに過ぎず到底定款所定の事業を行うことができないことは極めて明白で、主務官庁が寄附行為または定款による財団法人庄慶会、原告法人の各設立を認可する趣旨にも副わない。被告はまた「以上のように解するときは社会福祉法人所有の土地建物が悉く免税の対象となりこれではむしろ社会福祉法人を同条第一項にいう非課税法人とするに如かずといわざるを得ない」と主張するけれども、社会福祉法人所有の土地建物のうちにもなお社会福祉事業の用に供しないもの従つて課税の対象として毫も差支がないものが存することは想像に必ずしも難くはないから被告の見解は正確ではない。
また被告は「原告は本件土地建物を生活に困らない人達に相当高額(時には地代家賃統制令違反)の賃料で貸与し、簡易住宅を建設せずこれを生活困難者に貸し渡す事業に殆んど手を初めていない」と主張し、原告が本件宅地建物の相当部分を生活に困らない人達に貸与していることは原告の争わないところであるけれども、これらの人達が本件寄附行為以前からこれらの建物をその所有者から賃借居住していたところ、財団法人庄慶会または原告法人が成立したからといつて正当の事由もないのにこの契約を終了させることは住宅事情の逼迫している昨今事実上不能事に属するからまだその運びに至つていないまでであり、右寄附行為成立後取り結ばれた賃貸借にあつては借主は概して生活困難者であること、賃料も新築家屋を店舖事務所として賃貸(この場合には地代家賃統制令の適用を受けない)しているものについてはやや高額であるが、寄附行為以前に成立した賃貸借またはその後成立した住宅の賃貸借にあつては、賃料は比較的低廉であることは成立に争がない甲第一号証、第二号証の一、二、三、第三ないし十一号証、第十二号証の一ないし七、第十三ないし十六号証、第十七ないし二十号証の各一、二、第二十一ないし三十号証、乙第三ないし十一号証、第十二号証の一ないし五十五、第十五号証、証人中村喜一、下村修、久道久治郎、中村重夫の各供述、原告代表者本人尋問の結果を綜合するによつてこれを認めるに足り、被告の全立証によつても右認定を覆し被告主張の事実を肯定するに足りない。
もしそれ、原告が簡易住宅を建設貸与していないとの被告の抗弁の如きに至つては、原告の目的及び事業が必ずしも簡易住宅建設貸与に存しないことは右乙第三、十五号証によつて明白であるからこの抗弁もまた採る由もない。
果して然らば本件固定資産税の賦課には法律上賦課することができない場合に賦課した違法があり従つてまたこれを是認した本件異議決定、訴願裁決もまた当然無効であるからいずれも取消の運命を免れない。
ただ、原告が被告に対し、本件賦課処分及び異議決定の取消をも訴求することができるかについてはやや疑があるが、訴願裁決取消の確定判決は関係行政庁従つて仙台市長をも拘束するから、判決をもつて裁決を取り消したときは賦課処分及び異議決定はもはや実体のない形骸に過ぎず、これをそのまま存置する必要も実益も全然存しないから、右裁決とともにこれらの行政行為をも取り消すことができるものと解する他はない。
よつて原告の本訴請求を理由があると認め、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条に則り主文のように判決する。
(裁判官 中川毅)
(別紙目録省略)