仙台地方裁判所 昭和35年(ワ)264号 判決 1961年1月17日
原告
片平六弥
被告
宮城県
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
(省略)
理由
原告は宮城県伊具郡耕野村立耕野小学校の講師であつたところ、昭和二九年三月三一日付で依願解職処分に付されたこと、原告が右解職処分の取消訴訟を提起し、昭和三四年六月二六日最高裁判所の判決により原告勝訴となり、原告より有効な退職願の撤回があつたものとして右解職の取消が確定したことは当事者間に争がない。従つて右判決の効果により原告は前記講師の地位を解職時に遡つて保有していることとなる。
原告は右昭和二九年四月分から同三四年六月分までの毎月の俸給諸手当を本来の履行期に支払われず,同三四年一二月二五日に至つてはじめて支払われたから、右支払遅延による遅延損害金の支払を求めると主張するが、被告が原告に対し、右俸給、諸手当に対する昭和三四年一二月二五日までの年五分の割合による遅延損害金を同三五年五月四日付で弁済する旨の通知をしたところ原告が受領を拒絶したので同月一七日これを供託したことは当事者間に争がなく、右俸給、諸手当の元本額について同三四年一二月二五日支払を受けたことは原告の自認するところである。
ところで原告は右遅延損害金の計算について利息制限法の許容する最高限の利率により、しかも複利計算の方法によるべきことを主張するけれども、同法は金銭の貸借でない本件にその適用がなく、公法上の債権たる俸給請求権につき、この点に関する特段の規定がないから民法の規定によるべきところ、一般に金銭債務の履行遅滞に基く遅延損害額は法定利率より高い約定利率がないときは法定利率によるべきものであることは民法第四一九条の明定するところである。そして同法条はたとえ債権者に、それ以上の損害の証明があつてもその賠償請求を許さないものと解されるから、原告本人尋問の結果によると原告が右支払遅延により生計費に窮し、他から高利の金融を受けざるを得なくなつた等現実には単に法定利率による金銭の程度では償われない損害を蒙つたことを認めるに足りるけれども右のような法制のたてまえ上このような事情をくんで本件遅延損害の賠償額を定めることができないばかりでなく、又なんらの約定利率及び複利計算の特約について立証のない本件においては、原告の主張はとうてい採用することはできない。
そうとすれば結局、原告の損害はすでに補填されているというべきであるから、この点に関する本訴請求は理由がないこととなる。
次に原告は昭和二九年三月三一日付で耕野村教育委員会が原告を依願解職処分に付したのは、同教育委員会教育長今野常三、宮城県教育委員会伊具出張所長吉田捨三郎、同出張所教育課長加藤清の三名共同の不法行為である、と主張するので、まずこの点について検討する。
原告が耕野村教育委員会より解職処分をうける前に有効に退職願を撤回したこと、従つて前記解職処分は違法な処分であることは前認定のとおりである。
ところで違法な行政処分がなされたということから、直ちにその行政処分に関与した公務員に故意又は過失があつたと推断することはできない。
なんとなれば行政法規の解釈は必らずしも容易なことではなく、公務員の職務の執行に際し職務上要求される通常の法律知識に従い解釈上正当と判断してなした処分が裁判所の終局的判断により、結局違法と判定されることは往々ありうることであり、このような場合に当該公務員に過失(違法であることを当然知り得べくして不注意で知らなかつた)の責を負わすことはできないからである。
いま本件についてみるに、退職願の撤回がいつまで許されるかは極めて困難な問題で、このことは前記最高裁判所の判決を俟つまでもないことである。
それ故本件解職処分に関与した公務員が、撤回は許されないとの見解のもとに原告の退職願の撤回を無視して原告を解職処分に付したからといつてそのことだけでこれら公務員に過失があつたとはいうことができないのみならず、原告本人尋問の結果によると右解職処分に関与した今野常三、吉田捨三郎らが結果としては違法な解職処分に関与したことが認められるけれどもこの程度では、これらの者について故意又は過失があつたこと、すなわち解職処分に付することが違法であることを知り、又は知り得べくして不注意でこれを知らなかつたと認めるに足りないし、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。
そうとすれば、右吉田捨三郎らの不法行為を理由とする原告の本訴請求はその余の判断を俟つまでもなく理由がないこととなる。 以上の次第であるから、原告の本訴請求はいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 飯沢源助 裁判官 蓑田速夫 裁判官 小泉祐康)