仙台地方裁判所 昭和35年(ワ)608号 判決 1963年5月22日
原告 全逓信労働組合 外二名
被告 森田喜隆 外一名
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの連帯負担とする。
事実
原告ら訴訟代理人は、(一)原告らに対し、被告森田は、別紙謝罪文(1) <省略>記載の謝罪文を、被告国は、別紙謝罪文(2) <省略>記載の謝罪文を、それぞれこの判決確定後一週間以内に、朝日新聞、毎日新聞、産経新聞、読売新聞及び河北新報の各日刊の朝刊宮城版の三段抜一五行に亘る紙面に掲載せよ。(二)被告らは、各自原告らそれぞれに対し金二〇万円宛を支払え。(三)訴訟費用は被告らの負担とする。との判決並びに第二項につき仮執行の宣言を求め、その請求原因として、
(一) (原告らの地位)
原告全逓信労働組合(以下原告全逓と略称する)は、全国の郵政省職員約二四万名を、原告全逓信労働組合東北地方本部(以下原告全逓東北地本と略称する)は、東北六県の郵政省職員約二万四、〇〇〇名を、原告全逓信労働組合宮城地区本部(以下原告全逓宮城地区と略称する)は、宮城県下の郵政省職員約六、〇〇〇名をそれぞれ組合員とする労働組合で、原告全逓宮城地区は原告全逓東北地本の、原告全逓東北地本は原告全逓の各下部組織をなしている。原告全逓はいわゆる連合体組織の労働組合であるため、原告らは相互に上下の組織関係にあると同時にそれぞれ独立の労働組合として存在し、いずれも公共企業体等労働関係法第三条、労働組合法第一一条に定める手続を経て法人格を取得している。しかして原告全逓は日本における、原告全逓東北地本は東北地方における、原告全逓宮城地区は宮城県下における有数の大組合としてそれぞれその社会的地位を高く評価されている労働組合である。
(二) (被告森田喜隆の地位)
被告森田は、国家公務員たる警察官で昭和三五年一月当時は宮城県警察本部警備部長兼警備課長の職にあつた。
(三) (不法行為)
被告森田は、昭和三五年一月一三日午前一一時三〇分頃、宮城県警察本部警備部長室に朝日新聞、毎日新聞、産経新聞、読売新聞、河北新報等の新聞記者を集めて記者会見を行つたが、その席上、「本日午後原告らに対し、準抗告の合議に参加した仙台地方裁判所佐藤判事の自宅に昭和三五年一月九日夜原告らの組合員五、六人が押しかけ座り込んだが、公正であるべき裁判に対するこのような脅迫的行為は放置できない旨の警告を発する予定である。」と発表し、引続き同日午後二時頃右記者発表のとおり、原告らの代表者として当時原告全逓東北地本副委員長であつた久保博等を前記警備部長室に呼びつけ、前記新聞の記者らの同席するところで前記同趣旨の警告を行つた。被告森田が警告の発表を右のような経緯で行つたのは、これが直ちに新聞に報道され、一般世人に知られることを意図したものであることはいうまでもない。その結果同日付の河北新報夕刊及び翌一四日付前記各新聞朝刊宮城版に右警告の情況及び内容が大々的に報道されるにいたり、このため右警告内容に該当するような事実が全然存在しないにもかかわらず、一般世人をして恰も右の虚偽の警告内容が真実で、原告らが暴力的手段で裁判の公正を害する団体であるかの如き印象を抱かせ、よつて原告らの社会的地位を著しく失墜させた。なお、被告らは、被告森田が右の警告を行うに当り、判事宅に座り込んだのは原告らの組合員であるかどうかを特定しなかつたと強弁するけれども、仮りにそうであつたとしても、当時の情況からして新聞読者をしてそれが原告らの組合の組合員であると思い込ませる効果においてなんら左右するところがないから、右は本件不法行為の成立にいささかも影響を及ぼさないというべきである。
(四) (故意・過失)
被告森田は、右の記者会見の際も、原告らに警告を発する際も、右警告の内容が虚偽であり、且つこれが新聞紙上に報道されるにおいては、原告らの名誉が著しく毀損されることを知りながらあえて右のような不法行為に出たものである。仮に当時警告の内容が虚偽であることを知らなかつたとしても、右のような内容の警告が新聞に報道されるときは、原告らが重大な影響を蒙ることは明らかであるから、被告森田としてはその職責上前記行為に出る前に慎重に事実の存否を調査すべきであり、且つ被告森田の有する調査能力をもつてすれば短時間で真相を把握し得た筈であるのに、これを怠り前記行為に出たことは明らかに過失というべきである。
(五) (事後の措置)
原告らは、昭和三五年一月一四日午後一時過松崎勝一弁護士らを代理人として宮城県警察本部に派遣し、被告森田に対して警告に該当する事実はないから直ちに右警告を取消すよう要求したが、これに対し被告森田は、その頃既に佐藤判事からの連絡及び部下の調査報告により右警告の事実が真実に反することを確実に知つていたにもかかわらず、不遜にもよく調査しないと判らないなどと軽くあしらうのみで、右の要求に応じないばかりでなく、その後も何ら誠意ある措置を構じようとしなかつた。
(六) (被告らの賠償責任)
被告森田は、以上のとおり故意又は過失により原告らの名誉を毀損したから、よつて生じた損害を賠償すべきである。又被告森田は前述のように公権力の行使に当る国家公務員であり、本件不法行為はその職務執行として行われたものであるから、被告国は、国家賠償法第一条により原告らに対し被告森田の不法行為に基く損害を賠償すべき責任を負担しなければならない。
(七) (慰藉料)
原告らが名誉を毀損されたことにより蒙つた損害は金銭をもつて償うべくもないが、敢えてこれを金銭に見積れば原告らそれぞれにつき金二〇万円の賠償が相当である。
(八) (謝罪広告)
本件不法行為は、被告森田が虚偽の事実を新聞に報道せしめたことにより行われたものであるから、これによつて失われた原告らの名誉は、被告らをして当該報道がなされた新聞に謝罪広告を掲載させることによつて回復させるのが最も適当な名誉回復の方法である。単に金銭賠償をうるのみでは一般世人が抱いた原告らに対する誤つた印象を払拭することは不可能であるから、原告らは本訴において右謝罪広告を強く求めるものである。と述べ、
原告全逓代表者宝樹文彦及び原告全逓東北地本代表者中村権一はいずれもその代表資格を有していないとの被告らの本案前の抗弁に対し、被告らの主張は、公共企業体等労働関係法の適用をめぐつて実体的権利関係についてのみいえることであつて、訴訟法上当事者能力又はその代表者資格については問題とするに足りないものである。何故なら或る法人なり、法人に非ざる社団なり、財団なりが現実に存在し、管理機構を備え、各構成員とは別個に統一体としての機能を営んでいる以上、その法人などが代表者(管理者)とする者から訴を提起され、又はその代表者宛に訴が提起された場合には、訴訟法上その法人は原告又は被告となり、その代表者とする者が訴訟遂行をなす権利を有し義務を負担しなければならないことは明白なことだからである。このことは公共企業体等労働関係法が如何なる規定を設けようとも、そしてその規定に抵触して構成され代表者が選任されているということで何ら消長を来すことではない。仮に公共企業体等労働関係法の適用を受けない労働組合だとしても、更には立論上同法の適用を受けない労働組合はもはや労働組合ではないのだとしても、いずれにしろ一つの法人乃至法人に非ざる社団であることは間違いない事実である。そして本件において原告全逓及び原告全逓東北地本という法人が自らその運営のため代表者をおき、その代表者に宝樹文彦、中村権一をそれぞれ選任し、同人らが代表者として社会的活動を営んでいる以上、代表者として訴訟提起をなす資格があることも明白であろう。右宝樹文彦及び中村権一が全ての法人又は法人に非ざる社団の代表者になることを禁止した規定はどこにもない。
又被告らは「原告ら組合は………公共企業体に勤務する職員をもつて構成された組合であるのに宝樹文彦及び中村権一は公共企業体等の職員でないから、その役員として代表権を有するものでないと主張している。しかし、原告全逓が宝樹文彦を、又原告全逓東北地本が中村権一をそれぞれ組合員として含む組合であることは、右原告らがそれぞれ同人らを代表者としていることからも明白であろう。被告らの主張には、公共企業体等労働関係法という実体法上の問題と訴訟法上の問題について混同がある。
被告らの本案についての主張(一)(3) の事実のうち、被告森田と久保、奥山、戸田の三人の組合代表者とが会見した際、右三人の組合代表者が新聞記者を同席させておくことに同意したことは否認する。
と述べた。<立証省略>
被告ら訴訟代理人は、本案前の抗弁として、
原告らの請求却下の判決を求め、
(一) (原告全逓及び原告全逓東北地本の代表者の資格について)
原告らは公共企業体等労働関係法の適用を受ける団体であるところ同法第四条第三項の規定によると公共企業体等の職員でなければその公共企業体等の職員の組合の組合員又はその役員となることができない。しかるに原告らの代表者中、宝樹文彦は昭和三三年四月二八日、又中村権一は同三五年一月二八日それぞれ当該企業体から解雇されているので前示規定に抵触し、いずれもその役員として代表権を有する者ではない。従つて同人らの名義をもつてする原告全逓及び原告全逓東北地本の本件訴は不適法なものとして却下されるべきである。
(二) (原告全逓東北地本及び原告全逓宮城地区の当事者適格について)
原告全逓東北地本及び原告全逓宮城地区は、原告全逓の下部組織になつているものであり、その組織構成は中央に中央本部をおき、全国ブロツクに地方本部、都道府県毎に地区本部更に支部をおいており、これらをもつて「全逓信労働組合」としておるものである。又この組合員の資格、加入、脱退等も中央本部の承認を要する等すべて中央本部に直結した完全なる統一組織体であるから、たとえ原告全逓東北地本及び原告全逓宮城地区が登記その他の法の定める手続を経ているものとして当事者能力及び訴訟能力が認められるとしても、本件の訴訟物の主体は原告全逓の名誉であるからその下部組織である原告全逓東北地本及び原告全逓宮城地区が独立して名誉の回復を求める当事者としての適格はない。
と述べ、
本案に対する答弁として主文同旨の判決を求め、
請求原因(一)の事実のうち、原告ら主張の原告らの組合員の数及び原告らがそれぞれその社会的地位を高く評価されている労働組合であることは不知。原告らがそれぞれ独立の労働組合として存在していることは否認する。その余の事実は認める。
同(二)の事実は認める。同(三)ないし(八)の事実は否認する。
(一) (被告森田の本件行為について)
(1) (労働組合代表者三名に対し協力要請をなすに至つた経緯)
全逓事件が発生したのは昭和三四年一二月九日であり、その団体交渉の過程において暴力行為等処罰に関する法律違反の容疑があるとして捜査が進められ、翌三五年一月六日中村権一外一〇名が被疑者として任意出頭を命ぜられたが、これに応じないので翌七日中村権一外三名が逮捕され、仙台市内北、南、東の三警察署に分散留置された。ところがこれを不服として、原告らの組合員及び県労評傘下の労働組合員或は全逓支援会議加入の労働組合の組合員等が八日直ちに右三署に多数がおしかけて抗議行動に出た。この行動は実に一二日迄及んだ。更に九日市内レジヤー・センター前に約七〇〇名の労働組合員が無届集会を開催し、その後北警察署におしかけた。その時の抗議の状況は事件捜査の妨害となる程激しいものであつた。
一〇日(日曜日)に至つては仙台地方検察庁次席検事の官舎に労働組合員一〇数名が訪れて被疑者の釈放要求したり、仙台地方裁判所長官舎を訪れて準抗告の決定を早くせよと要求する等の行動に出て反対運動が激烈を極めた。従つて逮捕者以外の被疑者の任意出頭は著しく難渋し全逓事件の捜査は壁にぶつかつたという情勢であつた。それで被告森田は、これらの情勢に対し被疑者が速かに任意出頭するよう原告全逓東北地本久保副委員長に協力を求めて捜査の進行をはかり、更には前記公安条例違反の行為を再び惹起しないよう当日集会した各組合の代表者である奥山県労評議長、戸田全逓支援会議議長にも自粛を要請したいとのことから、右二点について同月一一日頃協力要請文の起案を船形警部に命じた。ところが被告森田は、同月一三日朝庄子警備課長から仙台地方裁判所判事宅に同月九日夜労働組合員数名がおしかけたという報告を受けた。被告森田は、その報告の内容事実が仙台地方検察庁斎藤公安部長から北署白岩警備課長を経て前記庄子課長に報告されたものなので相当信ずるに足りる事実であることを確認し、右報告事実の内容を協力要請文の中に加へたものである。
(2) (被告森田は、判事宅へおしかけた組合員が原告らの組合員であるとは特定しなかつたこと)
前項の事情からして緊急に自粛を促す必要があることから、被告森田において仙台地方裁判所判事宅へおしかけたのは何処の労働組合員であるかは別として、とにかく当日集る組合代表者にお願いすればその目的が達成できるので「貴方の組合員であるか他の組合員であるかよくわからないが」というように特定しないで要請しているのである。
新聞記事が名誉を毀損するかどうかの判断基準は一般読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すべきであつて、本件の如く被害者の特定されない事実について被告森田が不法行為上の責任を負う理由はない。仮に、その新聞記事の内容記載から或は原告ら組合員と推認され得たとしても、それは違法ではないかも知れないが、不適当な労働組合員の行動を自粛させようという意思で発言したことが取材されたものであつて、その内容は公共の利害に関するものであり、その行為の公益性に基き摘示された事実が真実と信ずるにつき相当の理由があるから、不法行為の責任は阻却されるべきである。まして本件の掲載内容は犯罪事実となるようなものではない。
(3) (故意・過失のないこと)
被告森田が本件協力要請をしたのは、職務上必要と判断したからであつて、被告森田は、これが取材されその内容が特に原告ら組合の名誉を毀損することになるという認識の下にしたものではない。またその事実の真実であるかどうかについては、その直属の課長からの報告であり、その報告されるに至つた源は、当時全逓事件の捜査を担当していた仙台地方検察庁公安部長検事であつたこと等からして真実と信じうるにつき相当の理由があつたものである。当時の情勢を考えれば緊急に何らかの行政措置をとるべきであつて、原告ら主張のように右事実を更に再調査し確認すべき注意義務を要求するのは不可能に近いことである。従つて被告森田に過失があつたという原告らの仮定主張も理由はない。もし、被告森田において原告らに対して名誉毀損する認識があつたとしたら、昭和三五年一月一三日午後二時頃被告森田が前記組合代表者と会見した際、被告森田は、要請に先立つて新聞記者が同席していて差支えないかどうか問う必要もなければ、右組合代表者らの同意を得る必要もなかつた筈である。それを同意を得て要請している点よりして被告森田に故意又は過失がなかつたことは明らかである。
(二) (新聞の掲載内容について)
被告森田が「昭和三五年一月九日準抗告の合議に参加した仙台地方裁判所佐藤裁判官の私宅に同日夜全逓信労働組合の組合員数名が押しかけて座り込み、公正であるべき裁判を脅迫的行為で侵そうとするやり方は放置できない。」と発言したと原告らは主張するけれども、右内容は朝日新聞の記事(甲第一号証)に最も類似しているが、同新聞社滝沢記者は当日午後二時の会見の際には出席していなかつたのであるから、この記事は、推測記事或は間接取材記事である。しかしそれにしても前記原告ら主張のように「全逓信労働組合の組合員」とは掲載されておらず、その前文さえも招集された人々が「全逓」の組合代表とも書いていない。この事は他の新聞記事もすべて同様である。特に毎日新聞は(甲第二号証)は、要請文第三項の任意出頭の要請を先づ全逓のみに対するものとして取上げた後に要請文第一、二項の各事実を「また久保氏を含めた三氏に対し」と表現して文面を改めて掲載しているのである。更に甲第一号証、第三、第四号証、第五号証の一、二には「準抗告の合議(会議)に参加した仙台地裁(佐藤)判事宅」の記載があるが、当時被告森田は、右の事情は全く知らなかつたばかりでなく、当時仙台地方裁判所には佐藤姓の判事が二名居ることも、又その判事が準抗告の合議に関与していたかどうかも知らなかつたから、そのいずれかを判断して記者に発言することは想像もできないことである。事実佐藤邦夫判事は準抗告の合議にも参加していないのである。この点はむしろ裁判所、検察庁、警察を廻つて各情報を蒐集している新聞記者にしてはじめて知り得ることである。従つて右の掲載内容に至つては被告森田の発言とは何ら因果関係のないことで新聞記者独自の取材によるものである。被告森田の同月一三日午前中の記者に対する発言も又午後二時の協力要請もすべて乙第四号証の協力要請文を読みながらなしたものであつて、その記載文以外のことが掲載されているとしたら、それは新聞記者に材料を提供した被告藤田の責任ではなく、その材料をもとに更に取材した記者及び編集整理担当者の責任である。又原告らは、被告森田が「発表」したと主張するが、同日の午前及び午後の各発言も公式の発表ではない。特に右午前には被告森田が記者を部長室に呼んだこともなく、慣習的な取材活動として雑談的な話合いのうちに同日午後の協力要請の予定を話したに過ぎないものである。従つて「取材するなら午後にしたらいいでしよう」ということであり、取材の取捨は記者の判断に任せたものであつて何ら被告森田が責を負うべきことではない。
(三) (本件協力要請の内容と事実の存否)
昭和三五年一月九日午後九時頃から同一〇時三〇分頃までの間仙台地方裁判所佐藤邦夫判事の私宅に、小谷野、柴田両弁護士、久慈全逓労働組合員、三条書記官及び渡辺書記官等が、検事の接見指定処分を不服とする準抗告の申立手続のため、居つたことは事実であり、その間渡辺書記官が佐藤邦夫判事は民事係裁判官であつてこの準抗告の手続は初めてであり、相当困惑しているから、是非今晩中に接見指定時間を延長して弁護人等に接見させて欲しいと再三担当の斎藤公安部長検事に電話連絡した事実もあり、同検事もそれでは担当判事が迷惑するだろうということで二〇分間の接見を同夜中に許可した事実がある。以上の斎藤検事の経験事実が前記各課長を経て被告森田に報告されたものであつて、その要請文の内容が必ずしも原告ら主張のように「警告内容に該当するような事実が全然存在しない」とは言い切れないのである。
(四) (慰藉料請求について)
原告らは、名誉を毀損されたことにより蒙つた苦痛に対し被告らそれぞれに金二〇万円宛の慰藉料の支払を請求しているけれども、原告らの賠償を求めている損害が財産上の損害であるとの主張はなく、むしろ無形の損害であることはその主張自体によつて明らかである。しかし法人にはもとより精神上の苦痛というものを考えることはできないから、これを金銭をもつて賠償せしめ慰藉するということは無意味であり、且つ不可能なことである。よつて原告らの本件慰藉料請求は失当として棄却せられるべきである。
と述べた。<立証省略>
理由
(一) 被告ら訴訟代理人は、原告全逓代表者宝樹文彦は昭和三三年四月二八日、又原告全逓東北地本代表者中村権一は昭和三五年一月二八日それぞれ当該企業体から解雇されているので、公共企業体等労働関係法第四条第三項に抵触し、代表権を有するものではない旨主張するので判断する。成立に争いのない甲第八ないし第一〇号証、証人久保博の証言原告全逓東北地本代表者中村権一本人尋問の結果によれば、宝樹文彦は昭和三五年六月から原告全逓の中央執行委員長となつたが、それより前昭和三三年四月郵政省より組合活動を理由として強制的に解雇されたこと、又中村権一は昭和三五年一月七日原告全逓東北地本の執行委員長となり、昭和三五年一月二五日郵政省より組合活動を理由として強制的に解雇されたことが認められる。併しながら成立に争いない甲第九、第一〇号証によれば全逓信労働組合規約第五条、規約解釈確認事項(1) (a)(二)に、原告全逓の組合員の範囲内には昭和三三年四月以降組合活動を理由として強制的に解雇免職を受けた者も含む旨規定されていること、全逓信労働組合規約第二八条、第二九条、第三〇条に中央執行委員長等の役員は組合員の中から選任され、中央執行委員長は組合を代表して組合業務を統轄する旨規定されていること、全逓信労働組合東北地方本部規約第二二条別表一、2に原告全逓東北地本の組合員の範囲内には組合活動を理由として強制的に解雇、免職、懲戒免職になつた者も含む旨規定されていること、同規約第一六条、第一七条、第一八条に執行委員長等の役員は組合員の中から選任され、執行委員長は組合を代表して組合業務を統轄する旨規定されていることが認められる。そうだとすれば、宝樹文彦及び中村権一がそれぞれ郵政省より解雇されてもなおそれぞれ原告全逓の中央執行委員長又は原告全逓東北地本の執行委員長としてその組合を代表する資格を有しているものと言わなければならない。公共企業体等労働関係法第四条第三項は「公共企業体等の職員でなければ、その公共企業体等の職員の組合の組合員又はその役員となることができない」と規定しているが、右規定は同法の適用を受ける職員組合の資格要件を規定したものと解するを相当とし、同条に違反して公共企業体等の職員でない者を組合員又は役員としている職員組合は、同法の適用を受ける職員組合の資格を有せず同法の保護を受け得ないものであるというだけであつて、同法条は職員でないものを組合員又は役員としている公共企業体等の職員組合の民法上の法人ないし社団としての存在までも否定するものではないし、また職員でない者が組合員又は役員となること自体を禁止しているものでもない。従つて右宝樹文彦及び中村権一がそれぞれ原告全逓及び原告全逓東北地本の代表者として提起した本件訴はいずれも適法のものと言わなければならない。
(二) 次に被告ら訴訟代理人は、本件の訴訟物の主体は全逓の名誉であるから、原告全逓の下部組織である原告全逓東北地本及び原告全逓宮城地区は独立して名誉の回復を求める当事者適格はない旨主張するので、按ずるに、原告全逓宮城地区が原告全逓東北地本の原告全逓東北地本が原告全逓の下部組織になつていることは当事者間に争いないところである。併しながら成立に争いない甲第八ないし第一〇号証によれば、原告全逓東北地本は仙台郵政局管内の郵政労働者で組織され、議決機関、執行機関を備へた法人格を有する労働組合であること及び原告全逓宮城地区は宮城県下の郵政労働者で組織され議決機関、執行機関を備へた労働組合で法人格のない社団であることが認められる。しからば原告全逓宮城地区及び原告全逓東北地本は、それぞれ互に独立した労働組合として存在しそれぞれ独立の名誉を有していることも亦明らかなところである。そして右原告らはそれぞれ独立して有している名誉が被告森田の不法行然によつて毀損されたと主張し、その損害の賠償を求めていることは、その主張自体から明らかなところであるから、右原告らは当事者適格を有していることは明らかであり、被告らの前記主張は採用し得ない。
(三) 被告森田が国家公務員たる警察官であり、昭和三五年一月当時宮城県警察本部警備部長兼警備課長の職にあつたことは当事者間に争がない。
成立に争いない甲第一ないし第四号証、第五号証の一、二、証人公平有史の証言により真正に成立したと認められる乙第二号証の二、証人奥山紀一、戸田菊雄(但し後記措信しない部分を除く)久保博、斎藤済次郎、滝沢清彦、星博見、大和田芳雄、元岡哲也、船形千代松(第一回)(但し後記措信しない部分を除く)松崎勝一、白岩良衛、庄子駒蔵、小谷野三郎の証言並びに被告森田本人尋問の結果を綜合すれば次の事実が認められる。
昭和三四年一二月九日原告全逓東北地本において薪炭手当獲得を目的として傘下の労働組合員約一五〇名を動員して仙台郵政局長に対して集団交渉したがその際に、暴力行為等処罰に関する法律違反、公務執行妨害及び建造物損壊の行為があつたとの嫌疑により昭和三五年一月七日原告全逓東北地本執行委員長中村権一、同書記長川辺忠男、同青年部長木村実及び原告全逓宮城地区大内執行委員の四名が逮捕された。これに対し原告全逓東北地本副委員長久保博、全逓支援共闘会議議長戸田菊雄及び宮城県労働組合評議会議長奥山紀一の三名が中心となり、原告全逓東北地本、原告全逓宮城地区及びこれらの支援団体の労働組合員約七〇〇名が同月九日午後一時三〇分頃仙台市東三番丁六二番地仙台市レヂヤーセンター前広場において右逮捕を抗議する不当弾圧反対総決起大会を開催し、引続き同日午後二時一〇分頃より同時三〇分頃まで同市同丁二七番地仙台市北警察署に至り、同署東側道路上において同署に留置されていた被疑者に対する激励ないし不当逮捕反対の示威行進を行い、更にその後同目的のため同市南警察署及び東警察署にも示威行進した。又右四名の逮捕者以外の前記被疑事件の六名の被疑者は、宮城県警察の任意出頭の呼出に対して一向にそれに応ずる気配が見られなかつた。宮城県警察本部の警備部長兼警備課長であつた被告森田はこのような当時の事情から、被告全逓東北地本、全逓支援共闘会及び宮城県労働組合評議会に対し、前記被疑事件の被疑者六名の任意出頭についての協力を要請し且つ労働組合員が同月九日午後レヂヤーセンター前広場に集会したこと、その後仙台市北警察署に示威行進を行つたことは宮城県公安条例及び道路交通取締法に違反する旨の警告を行う必要を認め、ていたところ、更に昭和三五年一月一三日午前九時頃宮城県警察本部警備課長庄子駒蔵より同月九日午後九時頃仙台地方裁判所判事宅に労働組合員数名が押しかけ同判事宅に上りこんだという報告を受けた。そこで被告森田はその報告のような事実があるものと信じ同日午前一一時三〇分頃宮城県警察本部警備部長室において、同室に来た毎日新聞大和田芳雄記者、朝日新聞滝沢清彦記者、読売新聞元岡哲也記者、河北新報星博見記者らに対し、本日午後全逓信労働組合東北地方本部副執行委員長久保博、全逓支援共闘会議議長戸田菊雄及び宮城県労働組合評議会議長奥山紀一に対し暴力行為等処罰に関する法律違反事件の被疑者六名が任意出頭するよう協力を要請し、レヂヤーセンター前広場の集会、示威行進は宮城県公安条例並びに道路交通取締法に違反するから、これに対し警告すると共に同月九日夜準抗告の合議に参加した仙台地方裁判所佐藤判事の自宅に組合員数名が押しかけ座り込んだが、公正であるべき裁判に対するこのような脅迫的行為は放置できない旨の警告を発する予定である旨発表した。又被告森田は船形千代松警部を介し、原告全逓東北地本副執行委員長久保博、全逓支援共闘会議議長戸田菊雄及び宮城県労働組合評議会議長奥山紀一の三名に同日午後二時に前記警備部長室に来るよう連絡した。同人らは同時刻頃右警備部長室に出頭したが、その頃既に被告森田の前記発表により毎日新聞大和田芳雄記者、読売新聞元岡哲也記者、河北新報星博見記者ら報道関係者外約一〇名が右警備部長室につめかけていた。被告森田は外出先から右警備部長室に戻り、右新聞記者らが同席しているところで右三名に対し暴力行為等処罰に関する法律違反被疑事件の被疑者六名及び参考人が呼出に応じ任意に出頭するよう組合側も捜査に協力して貰いたい旨要請し九日午後レヂヤーセンター前広場の集会その後行われたデモ行進は宮城県公安委員会条例並びに道路交通取締法違反であり、このようなことは許されない旨警告を発すると共に、昭和三五年一月九日夜準抗告の合議に参加した仙台地方裁判所佐藤判事の自宅に組合員数名が押しかけ座り込んだが、公正であるべき裁判に付するこのような脅迫的行為は放置できない旨の警告を行つた。その結果右警告の内容は、右新聞記者らによつて取材され、同日の河北新報夕刊及び翌一四日の朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、産経新聞、河北新報の各朝刊宮城版に掲載され、一般世人に公表されるに至つた。
以上の事実が認められ、右認定に反する証人久保博、船形千代松(第一回)の証言及び被告森田本人尋問の結果は措信することができず、乙第四号証も未だ右認定を覆すに足りない。
然るに成立に争いない甲第七号証の一ないし三、証人奥山紀一、戸田菊雄、久保博、松崎勝一、白岩良衛、庄子駒蔵、小谷野三郎の証言によれば、刑事訴訟法第三九条に基き検察官のなした接見時間の指定に対する準抗告事件につき昭和三五年一月九日午後九時頃小谷野、柴田両弁護士が久慈留男全逓信労働組合員と共に準抗告に対し至急決定を下されることを要請し、明朝まで決定を待つことができない理由を説明するために令状係であつた佐藤邦夫裁判官の自宅を訪問したところ同裁判官は当夜寒気が厳しく、火の気のない玄関先でその説明を聞くことを気の毒に思い右三名を座敷に招じ入れ二、三十分間その説明を聞いたものであつて、組合員数名が同裁判官宅に座り込んだり、同裁判官に対し暴行脅迫を加えた事実がなかつたことが認められる。
そうだとすれば九日夜佐藤判事の自宅に組合員数名がおしかけ座り込み公正であるべき裁判に対する脅迫的行為があつた旨の被告森田の新聞記者等に対する本件発表及び久保博ら三名に対する本件警告はいずれも事実と相違すること明らかである。
(四) (被告森田の責任)
そこで進んで被告森田の責任について判断するに、被告森田が国家公務員である警察官であり、宮城県警察本部警備部長兼警備課長であつたこと、被告森田は、宮城県警察本部警備課長庄子駒蔵から、九日夜九時頃佐藤判事宅に労働組合員数名が押しかけ、同判事宅に上りこんだ旨の報告を受け、右報告のような事実があつたものと信じ(充分な調査を尽すことなく、軽々に右報告を信用したことにつき過失がなかつたとは言われないが、悪意又は重大な過失があつたことについてはこれを認める証拠がない。)全逓信労働組合東北地方本部副執行委員長等三名に対し前記の如き警告をなしたことは前認定の通りであるから、右警告は被告森田が警察法第二条により「個人の生命、身体、及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当る」職責を有する警察官として、犯罪の発生を予防し、秩序の維持をはかる目的でこれをなしたものであることが明らかである。しからば右警告は被告森田が宮城県警察本部警備部長兼警備課長としてその職務の遂行としてこれをなしたものと言うべきである。
又被告森田が、右警告に先立つて昭和三五年一月一三日午前一一時三〇分頃前記警備部長室において新開記者らに対し、同日午後原告全逓東北地本副執行委員長久保博ら三名に警告を発する予定である旨告げ、その警告の内容を発表したことは前認定の通りであるが、前認定の如き客観的情勢において右警告の内容を新聞記者に発表することにより新聞記事として掲載されるときは、原告らの組合員その他の組合員に警告の趣旨を周知徹底させることができ組合員の自粛を促すことになるのであるから、被告森田が右警告内容を予め新聞記者達に発表したことも警備部長兼警備課長としての職務の遂行としてこれをなしたものと言うべきである。
然らば、前記警告も右発表も地方公共団体たる宮城県の機関である宮城県警察本部(県警察本部が国の機関でなく、県の機関であることは後述する。)の公権力を行使する公務員である被告森田がその職務を執行するについてこれをなしたものであると言わなければならない。
そうだとするならば、被告森田の前記警告または発表により原告らの名誉が毀損されたとしても、それによる損害については、国家賠償法第一条の要件に基き宮城県若しくは同法第三条の要件に基き被告森田の俸給その他の費用の負担者である被告国がこれが賠償の責を負うべきものであつて、被告森田は損害賠償の責を負うものではない。従つて原告らの被告森田に対する請求は失当である。
(五) (被告国の責任)
次に原告らの被告国に対する請求について判断する。
被告森田は宮城県警察本部警備部長兼警備課長であることは前認定の通りである。そこで県警察本部が国の機関であるか、地方公共団体としての県の機関であるかにつき按ずるに警察法第三六条に「都道府県に、都道府県警察を置く。都道府県警察は、当該都道府県の区域につき警察の責務に任ずる」と規定されているが、右規定は地方公共団体たる都道府県が警察を維持することを認めたものと解すべきであり、都道府県公安委員会は知事の所轄の下にあつて、国の機関たる警察庁から独立して都道府県警察を管理し(同法第三八条、第四七条、第四八条)都道府県警察の経費は原則として都道府県が負担し(同法第三七条)内部組織等は条例によつて定められ(同法第四七条第四項、第五一条第五項第六項)都道府県警察の職員のうち警視正以上の階級のものの外は地方公務員であり、地方自治法第二条第五項第二号に都道府県の事務の一として警察の管理運営を規定していることからも都道府県警察は地方公共団体の警察であると解するを相当とする。そして警察法第四七条第一項、第二項によれば「都警察の本部として警視庁を、道府県警察の本部として道府県警察本部を置く。警視庁及び道府県警察本部はそれぞれ都道府県公安委員会の管理の下に、都警察及び道府県警察の事務をつかさどる。」と規定している。従つて、県警察本部は、地方公共団体たる県の機関と解すべきである。
そうだとすれば、被告森田が宮城県警察本部の警備部長兼警備課長としてなした前記警告並びに発表は地方公共団体たる宮城県の機関である宮城県警察本部の公権力を行使する職員として宮城県警察本部の警察事務を執行するについて、なされたものと言わなければならない。しからば、被告森田の右警告並びに発表は違法なものであり、これにより原告らの名誉を毀損したとすれば、国家賠償法第一条の規定により宮城県がこれが賠償の責に任ずべきであるけれども被告国にはその責任がない。しかし、被告森田は国家公務員たる警察官であり、その俸給その他の給与は国庫が負担していることは警察法第三七条第一項第一号、第五六条第一項により明らかであるから、被告国は国家賠償法第三条の規定に基き損害賠償の責に任じなければならない。
(1) 先づ原告らの慰藉料の請求について按ずるに、原告らが法人または人格ない社団であることは前認定の通りであるから仮に右原告らが名誉を毀損されたとしても、原告らは自然人と異り精神上の苦痛というものを考えることができないし、金銭による賠償によつて原告らを精神的に慰藉することも不可能であることは論を待たないところであり、原告らが名誉を毀損せられたことにより財産上の損害を受けたことについてはこれを認むべき証拠がない。
よつて、原告らの慰藉料の請求は認容することができない。
(2) 次に原告らの被告国に対する謝罪文の新聞掲載の請求について判断する。
原告らは被告国に対し、別紙謝罪文(2) 記載の謝罪文即ち宮城県警察本部本部長名義の謝罪文の新聞掲載を請求しているのであるが、既に述べたように宮城県警察本部は被告国の機関でなく、宮城県の機関である。そして宮城県警察本部長は一般職の国家公務員であるけれども(警察法第五〇条、第五六条第一項)県公安委員会の管理に服し、県警本部の事務を統括し、県警察所属の警察官を指揮監督するものであるから(同法第四八条)宮城県の機関であることは明白である。しからば、被告国は宮城県警察本部本部長名義の謝罪文の新聞掲載をする義務もなければ権能もないものと言わなければならない。
よつて被告国に対する別紙謝罪文(2) 記載の謝罪文の新聞掲載を求める原告らの本訴請求は理由がない。
(六) 以上の理由により被告らに対する原告らの本訴請求は、いずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項但書を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 新妻太郎 鎌田千恵子 毛利宏一)