仙台地方裁判所 昭和35年(行モ)1号 決定 1960年5月30日
申立人 加藤武雄
被申立人 若柳町選挙管理委員会
主文
本件申立はこれを却下する。
申立費用は申立人の負担とする。
事実
一、申立の趣旨
被申立人が申立人の解職請求者署名簿の署名に関する異議に対し昭和三五年四月二三日なした決定の効力並びにこれを前提としてなすその後の行政処分の執行を本案判決の確定するまで停止する、との裁判を求める。
二、申立の理由
(一) 申立人は宮城県栗原郡若柳町々長であるところ、右町長解職請求代表者相沢逸男が同町有権者総数一二、〇九二名の三分の一以上の連署を得たとして総数五、一八一名の解職請求署名簿を被申立人に提出し、被申立人は、昭和三五年三月二二日右署名簿中五、一〇九名の署名を有効と決定し、その旨の証明をして、これを関係人の縦覧に供したので、申立人は、右縦覧期間内である同月二九日、右署名簿中三、二〇四名の無効署名があることを理由に異議の申立をなしたところ、被申立人は同年四月二三日前記署名のうち合計二〇一名の署名を無効としたのみで、その余の異議の申立を棄却し、結局四、九〇八名の署名を有効と決定した。
(二) そこで申立人は被申立人に対し、同年五月四日仙台地方裁判所に右決定の取消を求める訴訟を提起し現に同年(行)第四号署名簿の署名の効力に関する決定取消請求事件として係属中である。
(三) ところで被申立人の前記決定には次のような違法がある。
(1) 被申立人より有効な署名と決定されたもののうち三、二一六名の自署でない無効な署名がある。
(2) 畑岡地区米ケ浦獅子ケ鼻部落担当の署名収集受任者として小野寺魁が請求代表者から被申立人に届けられているのに署名簿添付の請求代表者の委任状には「小野寺一」と記載されているが「一」は「魁」の略字でもなければ又一般的に共通の慣用字として認められているものでもないから「小野寺一」の記載をもつて「小野寺魁」の氏名の記載とは認められない。従つて右は地方自治法施行令第九八条の三、同規則第九条に則らない不適式な委任状であり、同人がかかる委任状を添付して収集した署名簿の署名はすべて無効である。
(3) 畑岡地区担当収集受任者鈴木源助は、署名収集に際し、署名簿に署名しない者は選挙権を失うことになると詐り、更に署名に応じないときは脅迫するなどして署名させ、又有賀地区担当の収集受任者三浦一美ほか一四名も同様に署名を強要したものであり、従つて同人等の収集した署名はすべて署名者の意思によらない無効のものである。
(4) 署名簿第一六、一八、二四、二六、四二、四三号は夫々数人の収集受任者により収集されたものであるが、右署名簿添付の委任状によれば、各受任者の受任月日を異にしており、各受任者のうち誰がどの部分の署名を収集したか不明であるから、結局、右署名簿の署名のうち、少なくとも最終受任者の受任日以前に収集したものは無効である。
(四) 以上のように多数の無効署名を包含するので、解職請求に必要な署名数を欠くことになるのに、これら無効署名を有効と決定した被申立人の決定が、そのまま効力あるものとして爾後の手続が執行されるならば、この場合の救済策として法がせつかく申立人に右署名の効力につき出訴権を認めていても、本案訴訟の係属中に一切の行政行為は終了し、もはや本案訴訟は意義を失い、申立人は回復できない損害を蒙るに至るばかりでなくす、現在若柳町においては助役・収入役が欠員のままであるのに、解職請求の手続が進められるにおいては、町政に空白の状態が現出し、町村会計年度末及び出納閉鎖期に際会し、町政運営上多大の支障をきたすおそれがあるので本件申立に及ぶ。
三、証拠<省略>
理由
申立の理由(一)の事実は当事者双方審尋の結果明らかであり、申立人がその主張のような訴訟を提起し目下該事件が当庁に係層中であることは当裁判所に顕著な事実である。
ところで被申立人の異議決定の効力ないし執行を停止するには、本案請求が理由あり、かつ処分の執行により生ずべき償うことのできない損害をさけるため緊急の必要があることが一応推定される場合でなければならないところ、本件において無効な署名の存在により有効な解職請求署名が法定数に達しないことは申立人提出の全疎明資料並びに当事者双方審尋の結果によつてもこれを推認することができない。
してみれば、その余の判断を俟つまでもなく本件申立は失当であるからこれを却下すべく、申立費用につき民事訴訟法第二〇七条、第九五条、第八九条を各適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 中川毅 飯沢源助 小泉祐康)