大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台地方裁判所 昭和36年(わ)609号 判決 1963年7月13日

被告人 駒板昭二

昭二・二・二生 国鉄職員

主文

被告人は無罪。

理由

一  本件公訴事実は、

「被告人は、昭和三六年九月二二日午前零時五〇分頃、宮城県遠田郡小牛田町所在国鉄小牛田駅構内において、停車中の一八五貨物列車の連結組成に使用していた入換機関車(C一一三七〇号)の操車誘導をしようとした同駅助役藤本猛の左腕を掴み更にその左足首を引張つて暴行を加え、もつて同助役の公務の執行を妨害したものである。」

というのである。

二1、まず本件発生までの背景的事情について検討するに、証人戸田菊雄の当公判廷における供述によれば、つぎの事実を認めることができる。即ち、国鉄労働組合(以下国労という)は、昭和三六年一〇月に予定されていたいわゆる一〇月ダイヤ改正につき、右全面ダイヤ改正は優等列車を偏重し、国鉄当局の誤つた合理化政策の一環として現場における人員削減と労働強化を強行せんとするものであつて、労働条件の低下を招き、ひいてはサービス並びに安全度の低下をもたらすものであると主張し、このダイヤ改正に関連する諸問題につき同年五月頃より国鉄当局に対し数次に亘り申入を重ねてきたが、同年九月以降右ダイヤ改正に反対するため、中央本部指令をもつて全国各地方本部に対し超過勤務協定(労働基準法第三六条による)の破棄、各職場における基準作業の実施等のいわゆる遵法闘争の実施、並びに同月二一日における二時間の時限ストの実行を指令した。

2、国労仙台地方本部においても、前記国労中央本部における動きと併行して一〇月ダイヤ改正に反対する運動が続けられてきたが、前記中央本部指令に基き地方本部執行委員会を開いた結果、同年九月一日以降はいわゆる三六協定(超過勤務協定)を放棄し、遵法闘争については、小牛田、石巻、長町、宮城野の各貨物関係駅を重点とすることにして、各支部各分会の全職場組合員に対しその実施を指令し、更に同月二一日には管内では小牛田駅と会津若松駅の二箇所を拠点として二時間の時限ストを実行することとし、同月一七日以降これら闘争を指導するオルグとして組合役員を各地へ派遣することを決定した。(前掲戸田証人の供述)

3、被告人は当時国労仙台地方本部副執行委員長であつたが、前記地方本部執行委員会決定に基き、二時間時限ストの準備並びに遵法闘争の指導の任務を帯びて同月二〇日他の組合役員等と共に小牛田駅に派遣された。当時国労仙台地方本部小牛田駅分会においては、右地方本部指令に呼応し、同駅に従事する組合員からなる同分会の集会を開き、現場作業員の労働条件ないし作業環境に関する諸要求を検討集約し、作業ダイヤの作成変更は労使の協議によること、食事時間、休養休憩時間の確保、接近作業の廃止、全作業半作業の基準の明確化、夜間停電時の作業中止、詰所の改築等一六項目からなる職場要求を掲げて現場長(駅長)との交渉を始める態勢にあつたため、翌二一日被告人は仙台地方本部執行委員長戸田菊雄、同小牛田支部執行委員長倉石寿夫、同小牛田駅分会長千葉清等と共に、右職場要求につき小牛田駅長に対し団体交渉を申入れたが、地方本部役員を参加させての交渉には応じられないとの理由で拒否され右交渉は物別れに終つた。

一方同日に予定されていた二時間の時限ストについては、中央における交渉において、国鉄当局と歩み寄りの結果、二〇日夜国労中央本部より中止指令が出されたため、同駅における時限ストは中止されるに至つたが、右交渉決裂後、仙台地方本部は同日午後小牛田支部組合事務所において執行委員会を開き、前記職場要求を貫徹するため現場長との交渉を中心にして引続き同駅における遵法闘争を強化していくことを決め、被告人のほか滝川喜求、渡辺喜作の両執行委員を同駅における闘争の現場責任者として残し、他の委員は引上げるに至つた。

このようにして、同月二一日の午後から夜にかけて被告人は主として支部組合事務所において、また滝川喜求、渡辺喜作の両名は、小牛田駅構内を二分し、滝川は南部転轍手詰所を中心として南部方面を、渡辺は北部転轍手詰所を中心に北部方面をそれぞれ担当し、各組合員に対し基準作業の励行を指示監督するなどオルグ活動に当つていた。(前掲戸田証人の供述、第二回公判調書中の証人中沢章の供述記載、証人滝川喜求、同渡辺喜作、同千葉清および被告人の当公判廷における各供述、昭和三八年押第一四号の四の一九六一年九月二七日付「国労仙台速報」)

三1、しかるに翌九月二二日午前零時一六分頃、小牛田駅構内および付近一帯の電灯、照明灯が一斉に消え(この停電は同日午前一時三分頃まで続いた)、同駅構内で点灯されているのは電源の異る信号灯および入換標識のみとなつたが、折から、同駅本屋前付近の下り線上では菅原盛雄操車掛により、長町発一関行下り一八五列車の入換作業が行われており、右停電発生の際はすでに同駅での解放車両の分解作業は終りに近づいていたが、停電後も解放車両の突放は二、三車両につき引続き行われた。(証人菅原盛雄、同阿部忠悦、同小野寺里詞、同宇角一男に対する当裁判所の各尋問調書、仙鉄仙台電力区長作成の捜査関係事項回答書と題する書面)

2、この頃、被告人は前記組合支部事務所において、今後の現場交渉にそなえ資料の整理に当つていたが、右停電が発生したためこれを中止し、駅本屋南にある北部転轍手詰所に出向いたところ、同詰所前付近の下り線上では照明設備のないままに前記入換作業が行われており、同所に居合せた者から右作業については停電下の暗闇であるのに拘らず中継合図等の措置も採られていないと聞き、危険を感じ、責任者に申入れをし作業を中止させるべく下り運転室へ行き、同運転室より構内電話で上り運転室の外勤助役を呼び出し、折から同運転室で勤務していた同駅助役藤本猛に対し「俺は地本の駒板だ、この暗いのに作業を継続させるのか、早くやめさせろ」などと云つて、直ちに入換作業を中止させるよう申入をした。(証人藤本猛に対する当裁判所の尋問調書、前掲被告人の供述)

3、藤本助役は、当時小牛田駅輸送助役の職にあつたもので、九月二一日午前八時半に一昼夜交替の二四時間勤務につき、右停電の際は上り運転室(通称運転本部)において執務していたが停電後同助役は直ちにその原因をたしかめるため小牛田電力支区助役詰所に電話したところ、偶々通話線が塞つていたため連絡がつかなかつたが、折から同駅始発上り八〇貨物列車の出発時刻が迫つていたため、まず、同列車への牽引機関車の連絡を確認した。停電後約一〇分位経過したこの頃、被告人から前記の構内電話を受けたのであるが、右電話による被告人からの作業中止の申入に対し、同助役は作業を中止させるにしてもこの電話を使つて指示するのであるから、とにかく電話をきるように答えて電話をきり、すでに出発時刻の来ていた前記上り八〇貨物列車を出発させたうえ、再び小牛田電力支区に電話したところ、変電所の故障でまだ連絡がとれていないため何時停電が終るか分らない旨の回答を得た。

そこで今度は北部転轍手詰所に電話をかけ、一八五列車の入換情況を尋ねたところ、すでに解放車両の分解(突放)作業は終り、同駅より連結すべき車両を入換機関車で引上げて行つたところであるとの報告をうけた。ところが、間もなく下り運転室で勤務していた赤間助役から一八五列車の入換作業中、組合の妨害で操車掛が居なくなり、機関車の入換ができなくなつた旨の電話連絡があつたので、藤本助役としては、前述のとおり当夜同駅ではいわゆる遵法闘争中で組合員は闘争態勢にあつたところから、非組合員である同助役自ら機関車の入換を誘導する以外にないものと考え、赤間助役に対しては自ら誘導することを連絡し、更に仙台鉄道管理局の運転指令に対し、一八五列車の機関車の入換を自らすること、および一八五列車の出発が遅れることを報告して後続列車に対する手配をした後、直ちに合図灯をもつて上りホームから下り運転室に向い、同日午前零時四〇分過ぎ頃同運転室に入つた。その頃、下り本線には下り三六五列車が入つて来ていたが、同列車は給水が済み次第出発できる状態にあり、またすでに出発時刻にもなつていたし、一八五列車が何時出発できるかは予想がつかない状態にあつたため、同助役は赤間助役と相談のうえ、三六五列車を先行させることとし、仙鉄管理局指令には赤間助役がその了解を得るため電話し、藤本助役はトークバツク(有線電話)で北部信号所と下り二番線の入換機関車をこれから逃がす旨打合せたうえ同運転室を出た。(前掲藤本証人の尋問調書)

4、一方、被告人は、前記のとおり藤本助役に電話した後すぐ下り運転室を出て、駅本屋前の構内通路付近下り線に行き、入換作業中の菅原操車掛に対し、暗くて危いから作業をやめるよう再三申入れたが聞き容れられず、再び北部転轍手詰所へ戻つたが、そこに居合せた阿部連結手等から作業継続の危険を強調されるに及び更に菅原操車掛を説得するため右北部転轍手詰所を出て、折から下り二番線上の前記構内通路のやや北寄りの付近で、一八五列車に貨車の連結を終え、次いでこれに牽引機関車を連結するため入換機関車を他線に誘導しようとしていた菅原操車掛に対し、危険であるから作業を中止するよう強く説得した。同操車掛は容易にこれを聞き容れようとしなかつたが、被告人のほか組合員も数名集つて来たため、とにかく下り運転室へ行つて連絡してくる旨答え、右入換機関車を前記構内通路より北方約一〇メートル位の地点に位置させて下り運転室へ走り同運転室の赤間助役にその旨連絡した。

(前掲証人菅原、同阿部の尋問調書、被告人の供述、当裁判所の昭和三七年五月二三日施行の第一回検証調書)

5、他方当日の組合側の闘争態勢にそなえ、仙台鉄道管理局からは同局労働課員中沢章、小池宗夫の両名が組合活動の監視並びに組合情報の蒐集等のため同駅に派遣されていたが、同夜は休養をとることになり、外出して飲酒した後右停電時に同駅に帰つて駅本屋の公安室におつたところ、労働課員を呼ぶ声が聞えたので、酒気を帯びたまゝ公安室から出て前記入換機関車付近の人だかりの方へ行つたが、同所には被告人や、前記渡辺、滝川両執行委員もすでに集つていた。

(第三回公判調書中の証人小池宗夫の供述記載、前掲証人中沢の供述記載、前掲証人渡辺、同滝川の各供述)

6、被告人は、下り二、三番線の間の通路上、前記構内通路よりやや北寄りの地点で中沢労働課員と顔を合せ、同人から事情を尋ねられるや、同人に対し「こんな暗いのに列車出せるか」「暗くて危いから入換をやめさせろ」などと云つて強硬に作業を中止するよう主張したが、中沢労働課員はこれを聞き容れず、更に被告人から「労働課員に列車を出させる権限があるか」などと抗議されながらも「早く列車を出せ」などと大声で連呼するなどし、その付近では、滝川喜求、渡辺喜作の両名が小池労働課員を相手に同様の押問答をくり返していた。(前掲証人中沢、小池の各供述記載、証人渡辺、滝川、および被告人の各供述)

7、かくして「列車を出せ」「出すな」などと云つて騒ぐ間、同日午前零時五〇分頃藤本助役が機関車前頭をまわつて機関士席のあたりに姿を現わした。被告人は機関士席の室内灯のあかりで、同助役に促されて機関士と機関助士が乗車するのを認め、とつさに同助役が同機関車を誘導するものと判断し、「危いからやめろ」と大声を挙げ、その場から小走りに同助役の後を追いかけ、機関車中腹あたりで同助役に追いつき、「危いじやないか、何回云つても分らないのか、こんなに暗くて仕事ができるのか」などと云つてその左腕を掴み、すぐに同助役にこれを振り払われるや、なおも「危いからやめろ」などと云いながらその後に付き従い、同助役が左手に合図灯を持ち右手でハンドレールを握つて機関車前頭のステツプに登ろうとしたところ、更に「危いからやめろと云つたのにわからんのか」などと怒号し、二段目のステツプにかけようとした同助役の左足首のあたりを掴んだが、折から被告人のすぐ後に続いて走つて来た中沢労働課員からその肩のあたりを後方に引張られたため、そのまま同助役の足を手放してしまつた。その直後同機関車前頭部に添乗した同助役は、合図灯を青にかえて同機関車を進行させ、北部入換線上に引上げて行つた。(前掲証人藤本の尋問調書、証人中沢、小池の各供述記載、当裁判所の第一回検証調書)

四1、右三の7の事実に関し、被告人は当公判廷において、藤本助役に呼びかけをする状態でただ軽く叩くようにして手を触れただけで、引張つて止めようとしたのではない旨述べているのであるが、この供述は前掲各証拠に照らし措信し難い。

2、また弁護人は、被告人の行為は説得の態様としての身体的接触であり、それは強制にあたらぬ実力であつて、決して不法の攻撃とは云えず、また現実にも何ら藤本助役の行動を妨害していない(列車の遅延と被告人の本件行為との間には因果関係がない)のであるから、公務執行妨害罪の暴行にあたらないと主張する。

しかしながら、被告人の本件行為が藤本助役を説得しようとする意図に出たものであると認め得ることは後記六においても述べるように、弁護人の指摘するとおりであるが、同時にその目的のため同助役が入換機関車を誘導しようとする行動を阻止せんとの意図もあつてなされた行動であり、その態様においても、単に同助役の注意を喚起するためだけになされた行動(例えば軽く肩を叩く等)の範囲を逸脱した有形力の行使であることは前段認定のとおりである。

3、任意でも強制でもない両者の中間地帯に「暴力にあたらぬ実力」「多少の実力」という適法行為の領域が認めらるべきであるとの弁護人の主張は、示唆に富み傾聴に値するが、しかし、公務執行妨害罪は公務員が職務を執行するに当り、これに対して暴行又は脅迫を加えたときに直ちに成立するものであつて、その暴行又は脅迫はこれにより現実に職務執行の妨害の結果が発生したことを必要とするものではなく、妨害となりうべきものであれば足りるものと解するのが相当であり、(最高裁判所昭和三三年九月三〇日判決、判例集一二巻一三号一二一五頁、同昭和二五年一〇月二〇日判例集四巻一〇号二一一五頁参照)一般に抽象的危険犯とされておるものである。この見地に立つた場合、ここに云う妨害の抽象的危険とは、極く広い意味での妨害、即ち、公務に対する一時的な障碍の供与であつて、当該職務の遂行を困難にするに至らぬ程度のもので足りる。換言すれば、公務を中断すべく意思に強制を加うべき(従つて意識の混乱状態を招く程度でいいことになる)有形力の行使、或はその性質上人の行動の自由を阻害するに足る有形力の行使があれば足りるのである。従つてこの意味からすれば、被告人の本件行為が弁護人の主張するように極めて短時間内の云わば瞬間的なものであつたことは前掲(三の7)各証拠によつて明らかではあるが、それが一回的瞬間的であるか、継続的反覆的であるかは公務執行妨害罪にいわゆる暴行にあたるか否かの観点からは重要性はないことになる。

従つてまた、弁護人の主張するように、被告人が現実に藤本助役の行動を妨害していないとか、被告人の行為と一八五列車の遅延との間には因果関係がないとか等のことが、被告人の本件行為が公務執行妨害罪の暴行にあたるか否かの評価につき何らの影響を及ぼさないことも多言を要しない。

そうだとすると、被告人の本件行為が公務執行妨害罪の暴行に一応形式的には該当することは明らかであると云わなければならない。

五1、つぎに弁護人は、藤本助役が操車掛としての職務を行うことには、労働基準法第四九条第一項および労働安全衛生規則第四六条第一項に違反する違法があるから、同助役には操車掛の職務を行う抽象的権限はなく、また運転取扱心得等国鉄の諸規程に違反し、極めて危険なものであつて職務執行の具体的要件を欠くものであるから、いずれの点よりしても同助役の行為は違法な職務行為であるとは云えないものであると主張する。

成程、労働基準法第四九条第一項は「使用者は、経験のない労働者に、運転中の機械又は動力伝導装置の危険な部分の掃除、注油、検査又は修繕をさせ、運転中の機械又は動力伝導装置に調帯又は調索の取付又は取外をさせ、動力による起重機の運転をさせ、その他危険な業務に就かせてはならない」と規定し、同条第三項によりその他危険な業務の範囲を定めることは命令に委任され、これをうけて制定された労働安全衛生規則(昭和二二年一〇月三一日労働省令第九号)第四六条第一項には「使用者は、法(労働基準法を指す――同規則第一条)第四九条第一項の規定により、六ヶ月以上の経験を有する者でなければ、五〇各号の一に該当する業務に就かせてはならない」とあり、同項第五号には「操車場構内における軌道車両の入換、連結、又は解放の業務(六〇時間以上の正規の訓練を経た者については、これを除く)」とされている。

しかしながら職別運転取扱心得操車掛編(昭和二三年八月達第四一四号)第一編総則第二条別表によれば、国鉄の運転の取扱に使用する用語の意味としては「停車場」とは駅、操車場、信号場を総称する名称であり、このうち「駅」とは停車場の一種で旅客又は荷物を取り扱うために設けられた場所をいうのであり、「操車場」とは同じく停車場の一種で列車の組成又は車両の入換を行うために設けられた場所をいうというのであつて、操車場は停車場の一種ではあるが、一般の駅とは区別された特別の場所を指す用語とされている。そして右労働安全衛生規則における操車場も右の意味におけるそれを指すものであつて、もつぱら列車の組成、車両の入換をする場所に限られ駅その他の停車場における列車の入換連結、解放の作業を行う場所は含まないものと解するのが相当である。けだし、かかる意味での操車場においては列車の組成入換が極めて輻湊して行われ、十分な経験のある者にしてはじめて災害の発生を防止し得る極めて危険な業務であるからである。もつとも、本規定制定の趣旨が特定の危険な業務に経験のない労働者が就業することによつて発生する事故のために当該就業労働者が受ける危害を未然に防止し、かつその反射的効果として他の労働者並に第三者のうける危害および物的損害をも保障するため未経験労働者の就業制限をするものであるとの見地からすれば、操車場における入換業務と一般駅における入換業務との間に特別に差異をもうけるべき理由はないとの議論もなりたち得ないではない。しかし、本件各号に規定されてあるものは、いずれも一般的に云つて危険性の随伴する業務のうちでも特に危険性の高度な部門であり労働基準法第四九条の規定に基くこの規定の定めに違反した場合には、使用者は同法第一一九条により六箇月以下の懲役又は五千円以下の罰金に処せられることになつていることを考慮すれば、この業務の範囲を通常の用語の範囲を超えて広く解釈することにも問題があり、また操車場における入換業務が、前述のとおりその作業密度の高さからして一般に駅で行われる入換業務に比し一段と高度の危険性をはらんでいることから、特にこれを区別して扱うことにも十分の意味があるものと云わなければならない。弁護人主張の右各規定は、本件藤本助役の職務権限の存否に関しては直接に関係をもたないものと云わなければならない。

2、また、前掲の証人藤本に対する当裁判所の尋問調書によれば藤本助役が「運転に関係ある従事員の適性考査規程」(昭和三二年一二月二八日総裁達第七〇八号)所定の操車掛としての適性考査を受けていないことは弁護人の指摘するとおりである。しかし、右の適性考査を経ていないということも藤本助役の操車掛としての業務を行う権限の有無には直接関係をもつものではないと考える。なぜならば、右適性考査の手続は、その第一条に規定するとおり、運転に関係ある従事員について、心身機能の適性を確認して運転の安全を確保するために設けられた制度であつて、同規程所定の考査の対象となる運転従事員は、精神機能検査については三六箇月毎に、身体機能検査については二四箇月毎に適性考査を受けなければならないのであるが(同規程第八条)、同規程第一〇条(1)精神機能検査の表中の備考欄によれば、「職種の欄1に掲げる職種以外の職種の者で、同欄に掲げる職種の業務を担当する者は、本務の者と同一の類別とする。但し、操車掛及び信号掛の業務を担当する者を除く」となつており、また「信号掛、操車掛又ハ転轍手ノ職務ヲ本務員以外ノ係員ヲシテ担当セシムル場合ノ取扱方」(昭和一六年六月一六日達第三六四号)によれば、駅長は操車掛の欠員、欠勤等一定の条件のある場合には、鉄道管理局長において一定の要件の下に予め操車掛の職務を代行する者として指定しておいた者(代務者)又は駅長において一定の要件の下に操車掛の職務を担当する者として指定しておいた者(担務者)をして、操車掛の職務を行わしめることを得とされているのであり、これらの規定によれば、代務者、担務者については、自己の本務について必要な類別の考査を経ていれば足り、本務が操車掛である者と同一の類別の適性考査を経ている者である必要はないことになり、操車掛としての適性考査を受けていることが操車掛としての業務を行うために常に備えていなければならない要件ではないことがわかる。

このことはまた別の規定からも云えることであつて、第一三条によれば、適性考査の結果不適格と認められた者については、その者を他の適当な業務に転じなければならないとされているだけであるから、不適格者と云えども他の業務に転じられるまでは従前の地位に留るわけであつて、当然その職務に携わることを禁止されるものではないと解される。そうしてみると、右適性考査規程をうけて定められた運転に関係のある従事員の適性考査規程細則(昭和三三年三月二六日仙達甲第三七号)第三条の「勤務箇所長は、事故その他急きよやむを得ない場合は、考査を受けていない者(他の職種に対する考査を受けている者を含める)でも、その職務に経験のある者又はその能力があると認められる者に限り、規程第九条に定める職種の業務に一時従事させることができる」との定めも、右考査規程の解釈によつて導き出される当然の結論を注意的に定めた運用規程にすぎないものというべきである。

これらの規定に鑑みれば、適性考査は、運転関係従事員について、常時その適性の有無に注意し、適切な人員配置を行うための方法にすぎず、これによつて職員の権限の有無までを左右するものではないと解すべきである。

3、そして、権限の有無は、もつぱら当該企業体の職制を定める組織規程において職務の範囲として定められているところによつて決すべきであるところ、「運輸従事員職制及服務規程」(大正一四年四月一〇日達第二四七号)によれば、駅長の職務は「所属員ヲ指揮監督シ、営業所、操車場又ハ信号場ニ属スル一切ノ業務ヲ処理ス」と規定され、また助役の職務は、「駅長ヲ補佐シ又ハ之ヲ代理ス」と規定されているのであるから、この規定によれば、駅長は当該駅に属する一切の業務を処理する権限を有するものであり、操車掛の業務(列車の組成入換の作業)もまた駅に属する業務の一つとして当然に駅長の権限内に入るものということができる。従つて、職制上は、駅長は緊急止むを得ない場合に限らず、いつでも操車業務をなす権限を有するが、ただ実際上駅には駅長の権限を分掌して列車の組成入換の職務を専門的に取扱う所属職員があるので、駅長自ら操車業務を普通は行わないというにすぎない。従つて、「日本国有鉄道職員服務規程」(昭和二四年六月八日達第二七号)第三六条に「上長は、専任の担務者のない場合又は担務中に欠員欠勤のあるときは、他の担務者をしてその職務を兼務又は代務させ、又は自らこれを処理しなければならない」とあるは、服務の要領として当然のことを注意的に規定したものであると解するのが相当である。これを本件藤本助役の行為についてみれば、本件当時小牛田駅長が非番で出勤していなかつたことは証拠上明らかであるから、同助役は右駅長を代理し、駅の一切の業務を処理する権限を有していたことになり、同助役の列車の組成入換等の操車業務を行う権限についても駅長と同様に解することができるので、同助役の行つた本件操車業務はその権限内の職務執行と云わなければならない。

4、藤本助役の本件操車業務の執行が、前述のとおりその職務権限内の行為であり、そして前掲証人藤本の尋問調書によれば、同助役が職務執行の意思をもつてなしたものであることは明らかであるから、同助役の本件操車業務の執行は一応適法な職務の執行と云わなければならない。もつとも、藤本助役の本件操車業務の執行が、全面停電下という異常時の作業としては、危険防止のため何らの措置を構じなかつた等国鉄内部の諸規定の精神にも背馳し、明らかに当を失したものがあることは、後述するとおりであるが、これらの点は、本件具体的情況下での被告人の行為の相当性の有無を検討するに当つて綜合的に判断する場合の資料とはなし得ても、未だもつて同助役の職務の執行を不適法にするものとまでは云えないものというべきである。

六1、されば被告人の行為は一応形式的には公務執行妨害罪の構成要件に該当するものというべきであるが、しかしながら前述のとおり、藤本助役の職務の執行については更に検討を要するものがある。即ち前記認定のとおり藤本助役は赤間助役からの電話連絡により一八五列車の機関車入換が、組合側の妨害により中止されたと聞き、直ちに自ら機関車の入換誘導をすることを決意し、本件入換機関車付近に到り、同機関士席付近の地上に機関士と機関助士の姿をみとめるや直ちに同人等に乗車を命じ、誘導のため同機関車前頭部に添乗すべく歩き出したものであつて、当時同駅構内および付近一帯が一斉停電の状態にあり、そのため被告人等から停電下の作業は危険であるから一旦作業を中止するようにとの申入が再三に亘りなされていることに対して一顧だに払うた様子がみられない。

もつとも、本件当夜の停電下における同駅構内の明暗度については争のあるところであつて、当裁判所の昭和三七年一一月八日施行の第二回検証調書によれば、本件当夜とほぼ同一月齢下に同駅構内の信号灯および入換標識を残し、一切の電灯照明灯を消灯した状況下での明るさの程度は、下り二番線上の本件当時の位置に停止した入換機関車(C一一三六六号)の前頭デツキ上、ハンドレールの傍に立つた場合、同線路上の一〇メートル先までは人の顔、姿を見分けることができ、一五メートル先では顔は見えないが、人間が立つていることはわかり、二〇メートル先では人影がぼんやり見える程度になり、更に三〇メートル先では対象の人間が移動するか、観察者の視点を移動させるかすると、付近の信号灯から発する照射によつて、視点と信号灯を結ぶ線上に光線をさえぎつて動くものがあることがようやく認められる程度であることは明らかであり、右検証時と本件当夜を比較した結果の証言には大きなくいちがいがあるが、仮に本件当夜の方が右検証時より総体として明るかつたように思うとの証人中沢、同小池の各供述記載の方を採つたとしても、その明るさは右検証当時と格段の違いがあつたというのではないから、検証時同様に見通しのきく範囲は極めて限られたものであり(まして作業を行うとなれば静止して対象を凝視した場合に比し、その見通しの情況が一層悪くなることも否めないところである)、かかる情況下での列車作業が極めて困難でかなり危険なものであつたことは否定できないところである。(なお、証人我妻正蔵に対する当裁判所の尋問調書によれば、入換機関車については運転取扱心得第四八六条により作業中前照灯は点灯しないことになつており、本件当夜停電後も点灯されていなかつたことが認められる。)勿論、ここで問題とされている藤本助役の行動は、機関車の入換をするためだけの誘導であるから、これを本件と同一情況下でのいわゆる突放作業と比較した場合、そこに差等の認めらるべきは当然である。しかし、右に認定した本件と同一条件下での突放作業について云えば、それは極めて高度の危険性を含むものというべきであつて、これよりその程度は低くなるとしても、これと比較して機関車誘導は危険のない行為であると云えないことは云うまでもない。なお、前掲第二回検証調書によれば、藤本助役が機関車を引上げて行くべき北部入換線方面の明るさの程度は駅本屋前付近より一層悪くなつていたこともここに考慮しておく必要がある。

ところで、運転取扱心得(昭和二三年八月五日達第四一四号)第五一五条によれば、「この心得に定めてない異例の事態の発生したときは、その状況を判断した上、列車の運転に対して最も安全と認める手段により、機宜の処置をとらなければならない」と定められ、また安全の確保に関する規程(昭和二六年六月総裁達第三〇七号)によれば、その第一七条において「列車の運転に危険のおそれがあるときは、従事員は、一致協力して危険をさける手段をとらなければならない。万一正規の手配によつて危険をさけるいとまのないときは、最も安全と認められる処置をとらなければならない。直ちに列車をとめるか又はとめさせる手配をとることが、多くの場合危険をさけるのに最もよい方法である」と定め、通常時においても「従事員は、作業をするときは、関係者によく連絡をとつて互に協力しなければならない。作業に変更のあつたときは、特に注意しなければならない」(同規定第九条)とされているのである。

思うに、高速度交通機関の運行という企業は、本来危険を伴つているけれども、国鉄の如くその事業を行うことを法律によつて承認された企業体によつて、完全な統制の下に秩序と調和を保ち、有機的な連繋をもつて、危険防止のために必要な一切の諸設備を完き状態の下に維持して運営されるからはじめて合法性を持ち、社会的に有用なものとして承認されるのである。であればこそ、前記安全の確保に関する規程中の「綱領」はその冒頭に「安全は輸送業務の最大の使命である」とうたつているのであり、この精神を体してその事業の遂行に秩序と調和を保ち、危険の発生を防止するためつくられた諸規定即ち前記安全の確保に関する規程その他の規程ないしは運転取扱心得等はこの意味において、その運転従事員により最大限に尊重さるべきものと云わなければならない。のみならず、運転従事員は単に列車の運転取扱に関する特別の規定を守るだけでその義務を常につくしたものということはできず、列車の運転に関して危険の発生を防止するに可能なかぎり一切の注意義務をつくさなければならないことは、これまで累次の判例(最高裁判所昭和三二年一二月一七日、大審院昭和九年六月二二日、大正一四年二月二五日、大正二年三月三一日等)によつて判示されているところであつて、当裁判所もこれら判例の趣旨とするところを正当と考えるものである。この観点からすれば、藤本助役としては、ともかく一旦入換業務を中止して、その状況を慎重にかつ正確に判断し、場合によつては、何らかの照明手配を行う(前掲証人阿部の尋問調書によれば、かつて停電中気動車に点灯して作業場を照射したことが認められる。)とか、中継合図(運転取扱心得第八一条参照)を用いる等、その危険を防止するため万全の策を講じたうえで、機関車を誘導する行動に出るべきであつたのであつて、前記のとおり何らかかる措置に出ることなく、むしろ中沢、小池両労働課員の大声に唆かされて短兵急に事を処理しようとしたとすら云い得る本件藤本助役の職務の執行は明らかにその当を得なかつたものと云わざるを得ない。

2、本件被告人の行動は、右の意味での不当な藤本助役の行動を阻止しようとしてなされたものであることは前記認定のとおりであつて、被告人が本件行為に出るに至るまでの一連の行動をみるときは、被告人の意図がもつぱら危険の防止にあつたことも、これを認めるに十分である。そうだとすれば被告人の行為はその目的において全く正当なものであるというべきであり、またその手段において、藤本助役の腕を掴み更に足を掴んだとは云え、前記認定のとおりそれは極めて短時間内の瞬間的なものであり、最初は藤本助役が手を振り離したことにより、二度目は中沢労働課員から引張られたことにより、いずれも直ちに藤本助役の体から手を離しているのであつて、あくまで同助役の行動を妨げようとしてなされたものとは認められず、他方これに対する同助役の行動が、前記認定のような停電下の情況において、被告人の危険であるから作業を中止するようにとの再三に亘る抗議に一切耳をかさず、万一の危険防止のために、照明手段等について何らかの措置を講ずべきであるのに、かかる行為に出ることなく、かえつて中沢、小池は労働課員の扇動も加わつて是が非でも機関車の誘導を強行しようとした同助役の強引な態度に対比するときは、これを説得するための手段として、右の程度に腕や足を押えること即ちこの程度の実力の行使は是認さるべきものというべきであり、その目的のための手段として決して必要な範囲を逸脱していないものと認めるのが相当である。そして、本件においては被告人において本件行為に出る以外にはその目的を果すに必要な方法がなかつたことも叙上の説明により多言を要せずして明らかなところであり、また、被告人の意図したところが、もつぱら危険の発生を憂慮し、国鉄業務における安全の確保を計つたものである以上、同様に国鉄業務の円滑な遂行を企図してなされた藤本助役の本件職務行為とその目標においては同一方向を志向した行為であつて、被告人が本件行為により果そうとした目的と、藤本助役のそれとを対比するとき、前記のとおりの運送事業の特性からして、被告人の目的としたところが、それに優越するものとは云い得ても、それに背馳するものでないこともまた十分に肯認し得るところであり、更に、前記認定のとおり被告人が本件行為に出るに至るまでの諸般の情況を考慮すると、この情況下において被告人が本件行為に出たことは全く相当な行為であると認めなければならない。そうだとすれば、被告人の本件行為についてはその言辞にやや穏当を欠くきらいはあつたにしても、これを法秩序全体の見地から考察すれば正当行為として刑法第三五条に該当し実質的には何ら違法性を持たないものと解するのが相当である。

七  果して然らば、被告人の本件所為は罪とならないものであるから、刑事訴訟法第三三六条により被告人に対し無罪の言渡をする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 佐々木次雄 阿部市郎右 落合威)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例