大判例

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仙台地方裁判所 昭和44年(レ)16号 判決 1970年5月28日

控訴人

荒川令子

代理人

川原悟

被控訴人

大睦建設株式会社

代理人

勅使河原安夫

阿部長

沼波義郎

主文

一、原判決を取消す。

二、被控訴人は控訴人に対し、金一〇万円およびこれに対する昭和四一年八月一〇日以降支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

三、訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。

この判決の主文第二項は仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

控訴人

主文同旨の判決

被控訴人

控訴棄却の判決

第二、当事者の主張

一、控訴人の請求原因

(一)  被控訴人は左記約束手形を振出した(以下本件手形という)。

金額 金一〇万円

満期 昭和四一年八月一〇日

支払地・振出地 いずれも仙台市

支払場所 徳陽相互銀行本店

振出日 昭和四一年六月一一日

振出人 被控訴人

受取人 東北土木株式会社(以下東北土木という)

(二)  控訴人は本件手形を所持しているところ、その裏面には

(1) 第一裏書 裏書人欄 東北土木株式会社代表取締役太田三男

被裏書人欄(白地)

(2) 第二裏書 裏書人欄 太田澄子

被裏書人欄 取立委任文言および株式会社七十七銀行(但しこの被裏書人欄は抹消)

(3) 第三裏書 裏書人欄 控訴人

被裏書人欄(白地)

なる裏書記載がなされている。なお右第二裏書の一部抹消は控訴人が太田澄子の承諾を得てなしたものである。これによると所持人である控訴人にとつて裏書の連続がある。

仮に太田澄子から控訴人への裏書の連続がないとしても、控訴人は昭和四一年九月二八日ごろ、先に白地式裏書により正当に手形上の権利を取得した太田澄子から本件手形の交付を受けて手形上の権利を譲り受けたものであり、被控訴人は原審口頭弁論において太田澄子から控訴人への裏書記載のあることを自白していたのであるから、右自白はとりもなおさず右権利の譲渡を承諾したものというべきである。

(三)  前記太田澄子から株式会社七十七銀行に対する取立委任裏書は右太田澄子がこれをなし同銀行が満期に支払のため支払場所に呈示したが、支払がなされなかつた。

(四)  よつて控訴人は被控訴人に対し本件手形金一〇万円とこれに対する満期日の昭和四一年八月一〇日以降支払ずみに至るまで手形法所定の年六分の割合による利息の支払いを求める。

二、請求原因に対する被控訴人の答弁

請求原因(一)の事実および同(二)の事実中の控訴人がその主張するような裏書記載のある本件手形を所持していることは認めるが、裏書の連続があるとの主張は争う。その余の請求原因事実は知らない。

本件手形の第二裏書中、被裏書人欄の記載が抹消されたのは本件が当審に係属してからであり、その旨の主張は昭和四四年七月一七日行われた当審の口頭弁論においてはじめてなされたものであつて、時機に後れた攻撃方法であるから却下されるべきである。右の抹消がなされる以前の裏書記載によれば、太田澄子から控訴人への裏書記載は存しない。被控訴人は原審においてこのような裏書記載のあることを認めたが、これは真実に反し、かつ錯誤に基づくものであるから撤回する。

仮に右抹消の主張が許されるとしても、このような抹消によつて裏書が連続することにはならない。

三、被控訴人の抗弁

(一)  本件手形は被控訴人が昭和四一年六月一一日東北土木に対し金六〇万円を貸し付けるに際し、内金一〇万円について本件手形を振出交付したものであつて、いわゆる融通手形である。

(二)  したがつて被控訴人は東北土木に対し融通手形の抗弁を主形しうるところ、同会社はその代表取締役太田三男の個人会社であり、また第二裏書人太田澄子は太田三男の妻であつて家庭の主婦たる以外定職はなく、収入もない。したがつて太田澄子は太田三男ないし同会社と経済的独立性はない。また太田澄子は本件手形が融通手形であつて同会社からでは被控訴人に対し手形金を請求できないことも充分知つていた。そうすると被控訴人は同会社に対する抗弁をそのまま太田澄子に主張しうる。

(三)  控訴人が太田澄子から本件手形を取得したのは仮に裏書譲渡によるものとしても、それは期限後裏書である。よつてその効力は指名債権譲渡の効力と同一であるから、被控訴人は太田澄子に対する右抗弁をもつて控訴人に対抗しうる。

仮にそうでないとしても控訴人は右のような東北土木、太田三男、太田澄子の関係および本件手形が融通手形であることを熟知し、被控訴人を害することを知りながら、本件手形を取得したものである。よつて被控訴人は太田澄子に対する右抗弁をもつて控訴人にも対抗しうる。

四、控訴人の答弁

(一)  被裏書人欄の一部抹消の主張が時機に後れた攻撃方法であるとの主張は争う。また自白の撤回には異議がある。

(二)  抗弁事実のうち太田三男が東北土木の代表取締役であり、太田澄子が太田三男の妻であること、太田澄子から控訴人への裏書が期限後裏書であることは認めるが、その余の事実は否認する。

本件手形は被控訴人主張のような融通手形ではなく、昭和四〇年七月ごろ注文者を宮城県住宅供給公社、元請負人を被控訴人、下請負人を東北土木とする名取第二団地造成工事について下請負工事代金の内金支払のために振出されたものである。

また東北土木は本件手形の割引を太田澄子に依頼したところ、同人は昭和四一年八月三日控訴人から金一五万円を借り受け内金一〇万円を同会社に交付して本件手形を割引いたものであつて、太田澄子と太田三男ないし同会社との間には経済的独立性がないとする被控訴人の主張は事実に反する。そうすると仮に本件手形が融通手形としても被控訴人は太田澄子に対してはその善意悪意を問わずその支払を拒むことはできない。

第三、証拠<略>

理由

一被控訴人が本件手形を振出したことおよび本件手形には控訴人主張のような裏書記載があることは当事者間に争いがない。そこで所持人である控訴人にとつて裏書の連続があるか否かについて判断する。

まず本件手形の裏書記載のうち第二裏書の被裏書人欄の記載(取立委任文言および株式会社七十七銀行の記載)が抹消されていること自体は当事者間に争いないところ、被控訴人は右抹消は当審になつてからはじめてなされたものであり、抹消の主張は時機に後れた攻撃方法である旨主張する。なるほど右抹消の主張が昭和四四年七月一七日行われた当審の口頭弁論においてはじめてなされたことは当裁判所に明らかであり、抹消がなされたのもそのころであることは弁論の全趣旨に照し明白である。しかしながら右抹消の主張により本件訴訟の完結が遅延せしめられたとは到底いえないからその却下を求める被控訴人の主張は理由がなく、また裏書の連続の存否は口頭弁論終結時における裏書記載から判断すべきものであるから、右のような抹消が当審になつてからなされたことは裏書連続の存否を左右するものではない。

よつて進んで記名式裏書の記載中被裏書人の氏名のみが抹消されている場合、手形法第一六条第一項の適用上このような記載をいかに扱うべきかにつき考えるに、このような場合右抹消が権限ある者によりなされた場合は当該裏書は白地式裏書の記載があるものと解すべきである。けだし、いつたん記名式裏書の記載を作成した者が、その記載中被裏書人の氏名を抹消したうえ、この裏書を利用して手形を他へ交付譲渡することは、白地式裏書の一種として適式な裏書の方式であると解すべきだからである。そして一般に、裏書の連続の有無は、当該裏書の記載自体から形式的に判断すべきであるが、右のような被裏書人の氏名の抹消の場合にも無制限にこの論を貫くと、不法に手形を取得した者であつても、ほしいままに直前の被裏書人の氏名を抹消することによつて、不法に形式的資格を作出し、あるいはまた、適法に手形を取得した場合でも、当該手形の裏書記載のうち、ある被裏書人の氏名と次の裏書人の氏名との同一性が問題とされる場合、手形取得者においてほしいままに被裏書人の氏名のみを抹消する等の危険があり、このような場合もすべて適法の白地式裏書とみなすものとすれば、手形債務者はこれらの者に対し、裏書不連続の主張をなす術を奪われることになつて、実際上妥当ではない。したがつて、被裏書人の氏名の抹消は、それが権限のある者によつてなされた場合にかぎり、白地式裏書の記載があるものと解すべきである。(なお、本件手形の場合、取立委任文言の抹消もなされているが、これについても同一に考え、権限ある者によつて抹消された場合にかぎり、譲渡裏書がなされたものと解すべきである。)

しかし当審証人太田澄子の証言によれば控訴人は第二裏書人である澄子の承諾を得て右被裏書人欄の記載を抹消したことが認められるから本件手形の裏書記載は第一裏書東北土木代表取締役太田三男―(白地)、第二裏書太田澄子―(白地)、第三裏書控訴人―(白地)、なる裏書記載があるものとして裏書の連続を肯定すべきである。よつて控訴人は本件手形の適法な権利者と推定される。

二<証拠>によると昭和四一年八月一〇日の直前ごろ、当時本件手形の適法な所持人であつた太田澄子は株式会社七十七銀行に対し本件手形の取立委任裏書をなし、同銀行は本件手形の満期日にこれを支払のため支払場所に呈示したが、支払がなされなかつたことが認められ、これに反する証拠はない。

三よつて次に被控訴人の抗弁について判断する。

<証拠>によれば、昭和四一年六月一一日ごろ被控訴人は、当時宮城県住宅供給公社から名取第二団地造成工事を請負つていたが、これを更に東北土木に対し下請工事に出していたところ、東北土木から資材購入のためとして融資申込があつたため、被控訴人は東北土木に金融を得させる目的で東北土木に対し、額面合計金六〇万円の約束手形数通を振出交付し、本件手形はそのうちの一通であることが認められる。<反証排斥>

しかしながら、他方、<証拠>によれば、東北土木の代表取締役である太田三男は、前記認定のとおり昭和四一年六月一一日ごろ被控訴人より本件手形の振出交付をうけたが、当時東北土木は資金難を伝えられ、銀行筋の評判も芳しくなかつたため、右手形をそのまま銀行で割引くことが困難であると考えて、同年八月三日ごろ妻である太田澄子に対し、以前に同様の方法で金員を工面したように、右手形を用いて他から融通を受けてくるよう依頼し、右手形の第一裏書人欄に東北土木代表取締役太田三男と記載して被裏書人欄白地のままこれを澄子に交付したこと、翌八月四日ごろ澄子はかねて親しい控訴人に対し、本件手形を示し、満期において返済することを約して控訴人から金一五万円を借りうけ、澄子は右一五万円のうち一〇万円を本件手形譲受けの対価として太田三男に交付し、残り五万円は自己において使用したことが認められる。このような事実関係のもとにおいては太田三男の妻であるとはいえ太田三男または同人が代表取締役である東北土木との間に経済的独立性がないとは到底認められず、澄子は自己の責任において東北土木に対し本件手形を割引いたものというべきであり、また太田澄子は本件手形が融通手形であることを知りながらこれを取得したと認めるに足りる証拠もない。

そうすると被控訴人は東北土木に対する融通手形の抗弁をもつて太田澄子に対抗することはできず、したがつて同人から本件手形を取得した控訴人に対しては、右取得が満期後になされたものとしても(この点は当事者間に争いない)、右の抗弁を主張しえない。また、被控訴人において右の点につき悪意であつたことを認めるに足る証拠はない。

四以上のとおりであるから被控訴人は控訴人に対し本件手形金一〇万円とこれに対する満期日である昭和四一年八月一〇日以降支払ずみに至るまで手形法所定の年六分の割合による利息を支払う義務があるものといわなければならない。よつて控訴人の本訴請求を棄却した原判決は不当であるからこれを取消し、右請求を認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。(谷口茂栄 原健三郎 奥山興悦)

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