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仙台地方裁判所 昭和45年(ワ)118号 判決 1975年3月28日

原告

大崎静

原告

大崎やしえ

右両名訴訟代理人

斎藤忠昭

外一名

被告

鳴子町

右代表者町長

遊佐清

右訴訟代理人

広野光俊

主文

一、被告は、原告大崎静に対し金二五七万七、六九九円、原告大崎やしえに対し金二〇七万二、八〇九円、および右各金員に対する昭和四五年二月二七日からその支払済みまで各年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らのその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを三分し、その一を被告、その余を原告らの負担とする。

四、この判決の第一項は仮りに執行することができる。

事実《省略》

理由

一1  事故の発生

原告らは、昭和二五年一一月五日以降、鳴子町温泉条例に基き、被告より温泉を、当初は暖房用として、昭和四三年春以降は浴用として有料で供給を受けてきたものであるが、昭和四四年八月二五日午後六時半頃、原告ら夫婦の長女である訴外亡大崎百合子が、原告ら肩書住所の自宅風呂場において、右温泉の湯を出すため蛇口をひねつたところ、硫化水素を吸引し、そのため同所で意識を失つて倒れ、同年九月二日午前三時一五分頃東北大学医学部付属病院鳴子分院において、急性硫化水素中毒により死亡するに至つたことについては当事者間に争いがない。

2  本件事故発生に至る経緯

(一)  <証拠>によれば次の事実が認められる。

昭和四〇年一二月一七日鳴子町有上地獄温泉から暖房兼浴用として給湯を受けていた学校用務員宅で、右温泉から流出した硫化水素ガスの中毒によつて家族全員が死亡するという事故が起つたが、右事故は前夜来の大雪のためガス吹き抜け装置のセパレーターのパイプが雪で詰まり、硫化水素ガスが浴室に入り、浴室からさらに屋内中に充満した結果惹起されたものであつた。そこで被告町では、かかる不幸な事故が再び繰返されないように、同年一二月から翌四一年一月にかけ、東北大学工学部応用化学科沢谷次男教授に委託して鳴子温泉の調査を実施するとともに、温泉利用者に対し、屋外にセパレーターなどのガス抜き装置を設置すること、浴場等には換気孔その他の換気装置を設置すること、廃湯の処理は危険のない場所で行うことなどの注意を呼びかけていた。そして昭和四一年二月二四日には、町役場会議室に温泉利用者を集め、前記沢谷教授の調査結果報告会が開催された。また被告町では、同年一二月二二日宮城県衛生部長から出された「旅館等に対する有毒ガス対策取扱要綱」に基き、各温泉受給者の浴場等におけるガス検知を実施することになり、翌四二年一月以降毎月一回係官が各温泉受給者宅に赴き、硫化水素ガス等の濃度を測定し、安全性に不備な点のある受給者に対してはその都度指示ないし注意を与えていた。この間昭和四二年二月にも、宮城県衛生部とその出先機関である岩出山保健所、被告町および旅館業者等の関係者が集まり、温泉利用暖房の現況と対策について協議会が開催されるなどした。ところで種々調査の結果、暖房に使用される温泉の蒸気には多量の硫化水素ガスが含まれており、その危険性の極めて高いことがあらためて確認されたし、なお当時源泉の湧出量が次第に減少していたこともあつて、被告町においては、温泉を浴用としてのみ利用し、暖房用としての利用は禁止する措置が検討され始め、昭和四三年三月頃被告町議会の特別委員会は、近い将来、熱交換用および暖房用としての温泉利用を禁止する方針を決定した。これに対しては温泉利用者からの反対もあつて、各個別にその了解を求める折衝が行われたが、結局昭和四三年九月二六日の定例議会において条例を改正し、従来認めてきた町有温泉の熱交換用および暖房用としての利用を禁止し、浴用だけに限定して利用を認めることとし、ただ過渡的措置として翌四四年三月末日まで、町長が必要と認めたときは、従来通りの利用も許されることとなつた。右条例改正に伴い、従来温泉は源泉からの蒸気直結管で直接利用者に供給されていたが、これを全部いつたん源泉近くの造成タンクに入れ、その中で伏流水という低温の温水とミックスし、浴用にのみ利用するいわゆる造成湯として供給することになつた。そこで被告町では温泉事業の集中管理計画を実施するため、昭和四三年一二月一九日東京技営株式会社に委託して温泉造成の方法、分湯配管の方法などについて調査を行うとともに従来の蒸気直結管を撤去し、造成湯の分湯管に切替える工事を実施し、その結果昭和四四年三月末までに鳴子湯泉の利用者はほとんど造成湯に切替えられた。なお右時点において、下地獄九号源泉から供給を受けていた原告方をはじめ扇屋旅館等の四軒については、いまだ造成湯に切替えられていなかつたが、その後下地獄九号源泉利用者についても、同年六月二六日に造成湯切替工事が行われ、原告宅を除く三軒についてはいずれも造成湯に切替えられた。ただ原告方についてだけは本件事故当時に至るもなお造成湯に切替られず従前通り源泉から直接給湯を受けていた。この間の同年七月二九日、被告町は町役場会議室に前記沢谷教授を招き温泉利用者を対象に温泉有害ガス対策の指導講習会を開催したが、右講習会には原告大崎静も出席して、同教授の硫化水素に関する説明を聴講した。

以上の事実が認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

(二)  ところで原告は、本件事故当時原告方だけが源泉から直接温泉の供給を受けていたのは、昭和四四年六月二六日被告町職員が下地獄九号源泉について造成湯への切替工事を行つた際原告方についてだけ源泉からの蒸気直結管を撤去せず、勝手に右直結管と原告方への引湯管を新しいバルブでつないだものであると主張する。しかしながら、前記認定の事実と<証拠>によれば、当日なお下地獄九号源泉から直接温泉供給を受けていた四軒のうち、原告方以外の三軒はいずれもその日のうちに造成湯に切替られているのであつて、造成湯の分湯管はすに原告宅より先きまで設置され、原告方に対し、従来の温泉供給を停止することも造成湯に切替えることも容易に為し得る状況にあつたこと、原告らにおいては造成湯は湯垢が多く膚に良くないなどの理由で造成湯の供給を断り従前通りの温泉ならば引続き供給を受けてもよいと考えていたこと、その日原告静は妻の原告やしえより「温泉課の人が工事に見えている。」旨電話連絡を受け、勤務先よりわざわざ帰宅していることなどの事実が認められ、これらの事実と<証拠>によれば、当日切替工事のため原告宅を訪ずれた被告町の作業員である訴外関昭輔らは、原告静より「近くセントラルヒーティングにするからそれまで従来の温泉を利用させてもらえないだろうか。」と頼まれて、従前通りの温泉を供給することになつたことが認められる。<証拠判断省略>

3  本件事故の状況

<証拠>によれば、次の事実が認められる。

事故当時、原告方では供給を受けていた温泉は蛇口を開けると最初黒く濁つた冷たい温泉が出るので浴槽の栓をはずして一〇分ないし一五分これを流し、透明な熱い温泉が出るようになつてから栓をして浴槽に湯をためる手順になつていたものであり、その仕事は主に原告ら夫婦が行つていたものであるが、本件事故当日は前記訴外亡百合子がこれに当つた。同女は蛇口のバルブを開けて温泉を流し、浴槽の栓をはずしたまま、近所に住む兄の子供をその家まで送つて行き、その後家族とともに夕食を済ませるなどした後、誘明な熱い湯が出るようになつた頃を見はからつて浴槽の栓をしめるため浴室内に入り、硫化水素ガスを吸引したのであつた。同女の「アッ」という叫び声を聞きつけて原告静らが浴室にかけつけてみると、百合子は浴槽内に顔を突つ込み、体を「く」の字にして意識を失つて倒れており、給湯用ホースの先端からは湯と蒸気が音を立てて出ていた。原告静は、同女を抱きかかえて、すぐ自宅向いの東北大学医学部付属病院鳴子分院に運んだが、すでに同女は呼吸を停止し瞳孔は散大して対光反射は消失しており、また同女の顔面には嘔吐の跡があり、右下肢には二度ないし三度の熱傷があつて、その身体あるいは着衣からは硫化水素特有の腐つた卵のような臭いがした。直ちにマウスツウマウスの人工呼吸および気管にチューブを挿管しての人工呼吸などが行われ、また肺水腫を併発して気道の閉塞を起したため、翌二六日気管切開の手術も行われたが、同女の状態は改善せず、結局意識を失つたまま九月二日に死亡するに至つた。

なお、事故発生当日の八月二五日午後九時三〇分頃、被告町の温泉事業担当の職員である訴外青野東吉らが原告宅に赴き、事故時の現場の状況を再現して浴室内のガス検知を実施したところ、蛇口から約一〇センチメートル離れたところで濃度一五〇ppmの硫化水素ガスが検出された。同日青野らは念のため原告宅以外の温泉利用者についてもガス検知を行つたが、原告宅と異なり、これら造成湯の供給を受けていた利用者宅においては、いずれも一〇ないしこ〇ppmの硫化水素が検出されたにすぎなかつた。さらに事故後五日目の八月三〇日、県警本部の鑑識係が事故時の状況を再現して詳しくガス検知を行つたが、浴室の出入口のガラス戸を締め、窓を開け、給湯ホースを浴槽の排水孔の上に置き、給湯用バルブを開けて二〇分経過後、湯の温度摂氏七九度の状態で、浴槽内の硫化水素は二〇〇ppm、炭酸ガスは五〇〇ppmであつた。

以上の事実が認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

二被告の責任

1(一)  <証拠>によれば、本件事故当時における鳴子町温泉の設置および管理の状況は次のようなものであつたと認められる。

被告町有温泉は、前認定のとおり、本件事故当時もつぱら浴用としてのみ使用を許されていたものであるところ、右温泉の供給は、供給を受けようとする者の申請により、町長がこれを許可するのであるが、町長は公益上必要があると認めたときは一時温泉の供給を停止し、又は供給量もしくは供給時間を制限することができた。そして受給者に温泉を供給するための装置のうち、分湯ますまでの装置はすべて被告の負担で設置され、また分湯ますより分岐した給管およびこれに付属する供給用具等の受給装置は受給者の負担で設置され、かつその所有とされた(この事実は当事者間に争いがない。)が、右受給装置の施設工事は原則として町がこれを施行し、受給者が自己所有の材料を提供して自ら受給装置を設置しようとするときは町の検査と承認を得なければならないものとされた。また町長において、受給装置の修繕の必要を認めたときは、受給者の申請がなくても所要の修繕を行い、その費用を徴収することができた。なお町長は、「みだりに供給装置をなし、又は供給装置を移動し、毀損し、破棄し、もしくは種別の異つた用途に使用したとき。」など条例違反の行為をした者に対しては二、〇〇〇円以下の過料又は三月以内の温泉供給の停止、もしくは供給の廃止等の処分を行うことができた。

以上の事実が認められ、右認定を動かすに足る証拠はない。

(二)  してみると、被告町の温泉供給施設のうち分湯ますまでの装置を被告が設置し、これを管理していることは当事者間に争いがないが、前段認定の事実によれば、分湯ますから分離した引湯管およびこれに付属する供給用具等のいわゆる受給装置についても、それが受給者の所有とはなつているが、その工事は被告において施行するか或いはその監督の下に施行されたうえ他の温泉供給装置と一体となつて被告町の温泉事業に供せられていたものであることが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

(三)  次に事故当時の原告方における温泉受給の状況をみるに、<証拠>によれば次の事実が認められる。

事故当時原告方で供給を受けていた通称下地獄源泉は、原告方居宅より東南方へ約一〇〇メートル行つた小高い丘の上にあり、同所には一〇数本の源泉が存在するが、そのうちの一本(九号源泉)から原告方に直接温泉が引湯されていた。右九号源泉は地上に出たところで二つの管に分れ、その一つは原告方に至る蒸気直結管であり、他の一つは造成タンクにつながつている。この造成タンクで造られた造成湯はいつたん分湯ますに入り、そこから分湯管で各温泉利用者に供給されており、本件事故当時原告方以外の温泉利用者はいずれもこの造成湯の供給を受けていたことは前認定のとおりである。ところで九号源泉から出た蒸気直結管は原告宅向いにある前記鳴子分院旧館前の分岐点まで配管されており、右分岐点でバルブにより原告方浴室に至る引湯管に接続されていた。右蒸気直結管及び引湯管のうち原告方の屋内の部分以外は被告町において設置したものであるが、屋内の部分は原告方において設置したものである。そして浴室に入つた引湯管は浴槽に湯を落す給湯管に分離し、その先端には浴槽内の排水孔まで届く長さ約一メートルの給湯用ポリ製ホースがついていた。また右給湯管には上下二つの給湯用バルブ(ストップバルブ)がついているのであるが、この二つ目のバルブの下方でさらに配管が分離し、これには硫化水素ガスを抜くための黒色ゴムホースがついていて、浴室の窓から外に出されていた。このゴムホースは前記切替工事の行われた昭和四四年六月二六日以後に原告静が取付けたものであつた。被告の指導にかかるセパレーターは原告方においても以前取付けていたことはあつたが、昭和四二年頃撤去して以来本件事故当時もこれを設置していなかつた。なお、昭和四二年一月以降毎月一回被告町で行つてきたガス検知の結果によれば、原告方浴室の硫化水素ガスの濃度は一〇ないし七〇ppmであつたが、このガス検知も昭和四四年四月一日に行われたのを最後に、その後本件事故発生に至るまで一度も行われなかつた。

以上の事実が認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

(四)  以上認定した事実によれば、被告町は温泉事業経営のため、造成タンク、分湯ますおよびこれより分岐した給管およびこれに付属する供給用具等の温泉供給装置を設置ないし管理し、これによりその所有管理する温泉を各利用者に供給していたものであるが、原告方については被告の設置ないし管理にかかる蒸気直結管、引湯管等の温泉供給装置により被告町の所有管理にかかる温泉が源泉から直接供給されていたものであることが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

2(一) そこで源泉から原告方に敷設されていた温泉供給装置について、被告の設置ないし管理に瑕疵がなかつたか否かを検討するに、<証拠>によれば、

(1)  源泉から出る噴気ガスには多量の硫化水素が含まれており、その危険性が極めて高いことから、被告人においてはこれをいつたん造成タンクに入れ、造成湯として供給していたのであるが、原告方については蒸気直結管により源泉から湧出した噴気ガスが直接供給されていたこと、

(2)  右噴気ガスに含まれる硫化水素は高温であればあるほど湯に解けにくいものであるから、硫化水素のガス抜きは源泉近くで行うことがより効果的であり、受給者のところへ送られてきた段階で行うガス抜きはガスと湯の分離が完全に為されず危険が残るものであること、

(3)  本件温泉の場合その源泉近くで硫化水素のガス抜きを行うことが可能であるのに被告は原告方への給湯につきかかる設備を設置せず、また原告静が考案し、設置した給湯管にゴムホースを付けただけのガス抜き装置も極めて不完全なものであつたため事故当日原告方風呂場の給湯管から少なくとも濃度一五〇ppmないし二〇〇ppmの硫化水素が流出し、亡百合子はこれを吸引した結果死亡したものであること、

(4)  硫化水素の毒性について、文献の中には五〇〇ppm以上をもつて致死濃度とする説もないではないが、これといつた定説はなく、むしろ個体の側の硫化水素に対する感受性の度合あるいは他の客観的要因によつて左右されるところが少なくなく、特に温泉ガスのように炭酸ガスと硫化水素の両方が同時に噴出しているような場合には両者の毒性が加算されて相乗的に毒性が強化される可能性があり、一般に一五〇ppmないし二〇〇ppmという濃度は極めて危険な濃度とされていること、

などの事実が認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、原告方への温泉供給装置は、危険な硫化水素を含んだ噴気ガスが源泉から直接供給されるような構造になつていたもので、ガス抜き装置も極めて不完全なものであり、その結果、原告方風呂場の蛇口より致死濃度の硫化水素が流出し、亡百合子がこれを吸引して死亡したものであることが認められるから、右温泉供給装置は通常具有すべき安全性を欠如していたものといわなければならない。

してみれば、本件事故は被告町の営造物の設置、管理に瑕疵があつたために惹起れたものというべく、被告は国家賠償法二条一項に基き、右事故により原告らの蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

(二)  被告は、町では温泉受給者に対し繰返し温泉ガスの取扱いに関し注意を促し、かつその対策を講じてきたのであるから、温泉管理について何ら瑕疵はなかつたと主張するが、国家賠償法二条一項は、公の営造物が通常有すべき安全性を欠いていたことから他人に生じた損害について国又は公共団体に賠償責任を課したものであり、営造物の設置又は管理の瑕疵は客観的に存在しておれば足りるのであつて、過失の存在を必要としないものと解すべきであるから、前認定のとおり本件温泉供給装置が客観的に通常有すべき安全性を欠いていたものである以上、かりに被告において温泉供給に基く事故発生を回避するため、注意義務を尽したとしても被告の責任は免れないものと言わなければならない。

また被告は、亡百合子の死亡の原因は硫化水素に特に敏感な反応を示す異常体質に基くものであつたと主張し、<証拠>によれば、亡百合子は五才の頃一度、暖房用に使用していた温泉の配水管より流出した硫化水素ガスを吸つて倒れたことのあつたことが認められるが、たんに右事実だけから同女が異常体質であつたことを推認することはできないし、ほかに被告の右主張事実を認めるに足る証拠はなく、かえつて亡百合子は一般に極めて危険とされている濃度の硫化水素を吸引した結果死亡したものであることは前認定のとおりである。

さらに被告は、本件事故は被告町の管理外のところで被害者らの一方的過失により惹起されたものであるから被告に責任はないと主張するが、本件事故が被告の管理する温泉供給装置の不備によりそれから流出した硫化水素ガスによつて発生したものであることは前認定のとおりであるから、被告の右主張は採用できない。

三過失相殺

被告町では昭和四三年九月二六日の条例改正に伴い、従来温泉から直接利用者に送つていた温泉を造成湯として供給することになりその切替工事を進めていたのであるが原告大崎静本人尋問の結果によれば、原告らにおいても、造成湯への切替えが従来の温泉ではどうしてもその危険性に問題が残るために行われることは知つていたものと認められるところ、原告らは造成湯への切替を断わり、セントラルヒーティングを設置するまでの間従前通りの温泉を供給してもらいたい旨被告に依頼し原告方以外の温泉利用者はいずれも造成湯に切替えられたのに、原告方だけがただ一軒だけ源泉から直接温泉の供給を受けていたことは前認定のとおりである。してみれば原告らは被告が安全な温泉を供給するためにとつた措置にあえて反対し、自ら危険性の高い温泉の供給を要望したものであり、それが本件事故の遠因となつたことは否定できず、原告らにおいても事故発生について多大の過失があつたものといわなければならない。

のみならず、温泉ガスの危険性については被告町がたびたび注意を呼びかけ、これに対する対策を種々講じてきたことは前認定のとおりであるし、以前学校用務員宅での事故があり、亡百合子自身一度温泉ガスによる硫化水素中毒を起した経験を有するのであるから、原告らおよび亡百合子が温泉ガスの危険性を熟知していたことは明らかであり、それならば同人らにおいて源泉から直接供給される温泉を利用するものである以上、給湯の際には浴室の換気を十分に行ない、硫化水素を吸引することなどのないように自らも注意しなければならなかつたのに、前認定の事実によると事故当時原告方においては給湯管にゴムホースを付けて窓の外に垂らしただけの極めて不完全なガス抜き装置を設置しただけであつたから給湯管から噴出する蒸気には多量の硫化水素が含まれていることが十分予測されたにもかかわらず、亡百合子は浴槽の栓をしめようとして不用意にも湯と蒸気が噴出している給湯用ホースの先端に顔を近づけ多量の硫化水素を吸引し、その結果ガス中毒を惹起したものであることが認められ、本件事故発生については被害者自身にも重大な過失があつたものと言わざるを得ない。

以上認定した原告および亡百合子らの過失はいずれも被害者側の過失として原告らの損害額を算定するに当つて斟酌されなければならない。

四原告らの損害

1  原告静の積極損害

金四二万九、七二四円

(一)  病院経費等

金一二万九、七二四円

<証拠>によれば、亡百合子が事故後死亡に至るまで八日間、東北大学医学部付属病院鳴子分院に入院したことにより、原告静は次の支出をなしたことが認められる。

(1) 入院費 金一〇万〇、七二四円

(2) 附添看護料 金一万六、〇〇〇円

(3) 入院諸雑費 金一万三、〇〇〇円

(二)  葬儀費用等 金三〇万円

<証拠>によれば、原告静は亡百合子の葬儀費用等として次のとおり合計金九〇万八、七六五円を出費したことが認められるが、仏壇、仏具、墓石は亡百合子のためのみならず、将来大崎家の家族ないし子孫のためにも使用されるものである、その他亡百合子の年令、社会的地位等に照すと本件事故と相当因果関係ある損害額はそのうち金三〇万円と認めるのが相当である。

(1) 葬儀費用 金六万三、〇〇〇円

(2) 祭壇  金七、〇〇〇円

(3) 仏壇  金二四万円

(4) 火葬場使用料 金一、九〇〇円

(5) 写真代  金五、〇〇〇円

(6) 死亡広告料 金二、〇〇〇円

(7) 葬式雑費  金五、三九五円

(8) 墓石料  金四五万円

(9) 御通夜、葬式、法事接待諸経費

金一二万七、六六〇円

(10) 和尚等の交通費 金六、七二〇円

2  亡百合子の逸失利益

金七三六万四、〇四八円

(一)  <証拠>によれば、亡百合子は本件事故当時満二一才(昭和二三年八月一七日生)で、古川市の祗園寺短期大学を卒業後、宮城高等理美容学校に入学し、本件事故当時同校に在学中であつたことが認められる。ところで<証拠>によると、美容師となるためには、美容学校に一年在学した後、一年以上のインターンを経たうえ美容師の国家試験に合格してはじめて美容師の資格を得られるものであることが認められるから、同女が美容師として収入を得られるのは控え目にみて満二四才からと認めるのが相当であり、なお第一二回生命表によると同女の平均余命は53.88年であるから同女の美容師としての就労可能年数は満二四才から満六三才までの三九年間とみるのが相当である。

そして労働省労働統計調査部の賃金センサス第一巻第一表によれば、昭和四六年度における新高卒以上、全産業全女子労働者の年令別平均年間給与額は別表(二)「年収」欄記載のとおりであるから、右金額から生活費五割を控除し、さらにホフマン式計算方法によつて年五分の割合による中間利息を控除して、事故当時の額を算定すると、別表(二)記載のとおり、亡百合子の逸失利益総額は金七三六万四、〇四八円となる。

(二)  原告両名が亡百合子の父母であることは当事者間に争いがないから原告らは右金七三六万四、〇四八円の二分の一宛相続したことが認められ、その金額は各金三六八万二、〇二四円となる。

3  過失相殺

前認定のとおり、本件事故発生については原告両名および亡百合子らにも過失があつたから、これら被害者側の過失を六割と評価して原告らの積極損害および逸失利益相続分を減額すると原告静が被告に請求できる積極損害および逸失利益相続分の合計額は金一六四万四、六九九円となり、原告やしえが被告に請求できる逸失利益相続分は金一四七万二、八〇九円となる。

なお原告静が亡百合子の入院費用として鳴子町職員共済組合から金六万七、〇〇〇円を受領したことは原告静において自認するところであるから、これを控除すると原告静の前記損害額は金一五七万七、六九九円となる。

4  慰藉料

(一)  本件事故の態様、原告らと亡百合子の身分関係、前記被害者側の過失、その他諸般の事情を考慮すると亡百合子の慰藉料は金六〇万円、原告ら各自の固有の慰藉料は各金三〇万円と認めるのが相当である。

(二)  前認定の事実によれば、原告らは亡百合子の慰藉料六〇万円を各二分の一宛相続したことが認められる。

5  弁護士費用

原告らが本件訴訟の提起遂行を原告ら訴訟代理人の弁護士斎藤忠昭に委任していることは記録上明らかであり、<証拠>によれば、原告静は同弁護士に着手金として金一六万円を支払い、本件訴訟が原告ら請求どおりに認容された場合には報酬として金一〇〇万円を支払うことを約したことが認められるが、本件訴訟の内容、経過、認容額等を斟酌すると、原告静において訴訟代理人に支払う弁護士費用のうち、被告に対し損害賠償として請求し得べきものは金四〇万円と認めるのが相当である。

6  以上の損害額を合計すると、原告静の分は、積極損害および逸失利益相続分一五七万七、六九九円、慰藉料六〇万円、弁護士費用四〇万円の合計金二五七万七、六九九円となり、原告やしえの分は、逸失利益相続分一四七万二、八〇九円、慰藉料六〇万円の合計金二〇七万二、八〇九円となる。

五ところで、被告は本件事故による損害の発生については、原告らにおいても責任があるとし、国家賠償法二条二項に基き被告は原告らに対し求償権を有するので、右求償債権をもつて、原告らの損害賠償債権と対当額で相殺する旨主張する。しかしながら、本件事故発生の原因となつた原告らの過失は過失相殺の対象としてこれを評価し、前認定のとおり原告らの損害額からすでに相当額を減額しているのであるから、もはや被告は原告らに対し求償権を行使できないことは明らかであつて、被告の右相殺の抗弁は理由がない。

六以上の次第であるから、原告らの本訴請求は、原告静につき金二五七万七、六九九円、原告やしえにつき金二〇七万二、八〇九円、およびそれぞれ右金員に対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四五年二月二七日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(伊藤和男 後藤一男 小圷真史)

別表 (一)(二)<省略>

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