仙台地方裁判所 昭和46年(ワ)122号 判決 1975年11月27日
主文
一 原告らの請求は、いずれもこれを棄却する。
二 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実
第一当事者双方の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告腰沢勝子に対し、金二七四万〇、三六二円および内金二五四万〇、三六二円に対する昭和四五年七月一五日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告境久美子および同丸山さゆりに対し、各金六五万円および各内金六〇万円に対する同日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告腰沢一彦、同腰沢敦子および同腰沢やよいに対し、各金一五九万三、五七四円および各内金一四九万三、五七四円に対する同日から支払済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決および仮執行の宣言を求める。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨の判決を求める。
第二当事者双方の主張
一 請求原因
(一) 原告腰沢勝子は訴外亡腰沢明(以下訴外亡明という。)の妻であり、原告境久美子、同腰沢一彦、同腰沢敦子、同丸山さゆり、同腰沢やよいは、原告腰沢勝子と右訴外人との間の長女、長男、次女、三女、および四女である。
(二)1 訴外亡明は、昭和四五年七月一五日午前八時三〇分頃、宮城県宮城郡松島町手樽字左坂地内国道四五号線路上をライトバン(宮四ひ六七四五号。以下原告車という。)を運転して塩釜方面から石巻市方面に向つて進行中、反対方向から進行してきた被告の従業員である訴外伊勢次郎こと遠藤伊勢治郎運転の被告保有にかかるバス(宮二く二八一四号。以下被告車という。)に正面衝突されたため、頭蓋骨骨折等の傷害により同日午前一一時一五分、同町所在の松島病院で死亡した。(以下本件事故という。)
ところで、本件事故は、右訴外人が被告車に旅客を乗せたうえ、その路線である津谷駅方面より北仙台駅方面に向けこれを運転して前記事故現場付近にさしかかつた際、たまたま進行方向左側道路上に停車していた四台のダンプカー等を追い抜こうとして、前方に対する注意義務を怠つたままセンターラインを越えて反対方向から進行してきた訴外亡明の運転する原告車の進路に出て、その進路を妨害したことによつて発生したものである。
2 そして、被告は、本件当時、同訴外人の使用者であつて被告車を保有して被告の業務を執行するためにこれを運行の用に供していた際、同訴外人の右過失により本件事故を発生させたものであるから、原告らの被つた後記損害につき民法七一五条および自動車損害賠償保障法三条本文所定の責任を負うべきである。
(三) 右事故により訴外亡明および原告らは、次の損害を被つた。
1 訴外亡明の損害
(1) 逸失利益
訴外亡明は本件事故当時満五九歳五ケ月(明治四四年二月一〇日生)の健康な男子で、タイル業を営む株式会社コシザワの代表取締役として月額金五万五、〇〇〇円の収入を得、生活費として月額金一万五、〇〇〇円を支出していた。したがつて、一年間当りの同訴外人の純収入は金四八万円となるので、その就業可能年数を七・五年間(就労可能年数表によれば、満五九歳の就労可能年数は七・九年であり、満六〇歳のそれは七・五年である。)として、この間の同訴外人の得べかりし利益をホフマン(ホフマン係数六・五八九)複式計算方法に基づいて算出すると、金三一六万二、七二〇円となる。
(2) 恩給受給権の喪失
訴外亡明は、元日本国警察官であり、且つ日本国軍人であつたから、恩給法により年額(昭和四五年一〇月分以降の分)金一〇万七、二九六円(但し、同年九月までは年額金九万八、六七二円)の恩給を支給されることになつていたが、本件事故による死亡のため、その受給権を失なつた。
但し、右恩給のうちの半額は、昭和四五年八月から同人の妻である原告勝子に支給されることになつたので、訴外亡明は少なくとも今後一六年間(昭和四三年度簡易生命表によれば、満五九歳の男子の平均余命は一六・六三年である)は、右恩給の半額合計金八五万八、三六八円を受給する利益を失つたものといえる。
なお、昭和四五年九月分までの恩給年額は前記のとおりであるが、平均余命を一六年と控目にしたので、上記請求金額は不当ではない。
而して右(1)と(2)の金員を加算すると金四〇二万一、〇八八円となるが、これが亡明の得べかりし利益の合計額である。ところで、原告久美子および同さゆりは、訴外亡明に対する相続権を放棄したが、その余の原告らは各法定相続分に応じてこれを相続したので、右得べかりし利益のうち、原告勝子がその三分の一である金一三四万〇、三六二円(円未満切捨)、原告一彦、同敦子および同やよいがその九分の二である各金八九万三、五七四円(円未満切捨)を各相続した。
2 原告らの損害
(1) 慰謝料
原告勝子は夫を、その余の原告らは父を失つたことにより多大の精神的苦痛を受けたが、その慰謝料としては、原告勝子に対し金一〇〇万円、その余の原告らに対し各金六〇万円が相当である。
(2) 葬儀料
原告勝子は、亡明の葬儀費用として、金二〇万円を支出した。
(3) 弁護士費用
原告らは、被告が本件損害賠償請求に関し任意弁済に応じなかつたので、やむなく、原告訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、同代理人に対し、報酬として、原告勝子につき金二〇万円、同久美子、同さゆりにつき各金五万円、その余の原告らにつき各金一〇万円を成功時に支払うことを約束した。
(四) よつて、被告に対し、原告勝子は計金二七四万〇、三六二円および弁護士費用金二〇万円を除く内金二五四万〇、三六二円に対する本件事故発生日である昭和四五年七月一五日から支払済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を原告久美子および同さゆりは各計金六五万円および弁護士費用各金五万円を除く各内金六〇万円に対する同日から支払済まで同割合による遅延損害金の支払を、原告一彦、同敦子および同やよいは各計金一五九万三、五七四円および弁護士費用各金一〇万円を除く各内金一四九万三、五七四円に対する同日から支払済まで同割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求めるため本訴請求に及んだものである。
二 請求原因に対する認否
請求原因(一)の事実は認める。同原因(二)1の事実中、訴外亡明が原告ら主張の日時ごろ、その主張の国道を原告車を運転して塩釜市方面から石巻市方面に向つて進行中、反対方向から進行してきた被告の従業員である右訴外遠藤運転の被告保有にかかる被告車と正面衝突したため、その主張のころ、その主張のような傷害により前記病院で死亡したこと、本件事故前、同訴外人が被告車に旅客を乗せたうえ、その路線である津谷駅方面から北仙台駅方面に向けて、これを運転し、前記事故現場付近にさしかかつた際、進行方向左側道路上にダンプカー四台が停車していたことはいずれも認めるが、その余の事実はすべて否認する。同原因(二)2の事実中、本件当時、被告が同訴外人の使用者であつて、被告車を保有して被告の業務を執行するためにこれを運行の用に供していた際、本件事故が発生したことは認めるが、その余の事実は否認する。同原因(三)1(1)の事実中、訴外亡明が株式会社コシザワの代表取締役であつたことは認めるが、その余の事実は知らない。同原因(三)1(2)の事実および同原因(三)2(1)ないし(3)の事実はいずれも知らない。
三 抗弁
右訴外遠藤は、本件事故前、被告車を運転して本件事故現場付近にさしかかつた際進行方向左側道路に四台のダンプカーが停車していたので、最後部のダンプカーの後方約五メートルの地点で一旦停車し、その右側道路を対向進行してきた二台の乗用車の通過するのを俟つて同国道の前方及び後方の安全確認をしたところ、後続車両はあつたが、被告車を追越そうとする車両はなく、前方約二〇〇メートルの地点における曲角までの間には全く車両の姿が無かつた。そこで停車中の右ダンプカーを避けて、その運転する被告車をその右側道路に進出させ、約一〇メートル進行した際に、前方約二〇〇メートルの地点にある曲角から、訴外亡明運転の原告車が、対向して進んで来るのを認めた。しかしながら、右訴外遠藤は、原告車運転の訴外亡明は被告車を認めて一旦停車し、被告車を通過させた後発進するものと思料したが、原告車がなんら減速することもなく、時速約六〇キロメートルを超える速度のまま対向進行してくるので、被告車を停め、約八〇メートル前方に近づいてきた原告車に対し警音器を連続吹鳴して注意を与えたけれども、原告車はなおも減速することなく対向進行してくるので、衝突の危険を避けるため、被告車をその進行方向左側路上に後退せしめようとしたが、すでに後続車両がその部分を占領していたため、右措置をとることができなかつた。このような状況のもとにおいて、原告車は被告車の左前部に衝突して本件事故を発生させるに至つたものである。以上のように右訴外遠藤は、本件事故前、右現場付近において、前方及び後方の安全を確認して被告車を運転していたうえ、対向してくる訴外亡明運転の原告車に対しては、警音器を吹鳴して警告を発していた位であるから、同訴外人には、本件事故発生につきなんらの故意・過失も存在しなかつたものである。かえつて、本件事故は、訴外亡明が前方注視義務を怠り、右訴外遠藤の運転する被告車が、前記のような事情で国道の右側部分を進行してくるのを確認せず慢然と原告車を運転してきた過失によつて発生したか、あるいは原告車のブレーキに故障があつたためこれを停止させることができなかつたことに起因して発生したものというべきである。
そして、一方、被告は、常日頃、同訴外人を含む運転者らに対し、健康状態や被告車等に関する構造上の欠陥・機能上の障害の有無等を確認したのち、被告車等の運行につき一般的・個別的遵守事項を告げ事故のないよう常々注意を与えてきたものであつて、本件事故当日も出勤してきた同人に対しその旨充分注意を与えるなどするとともに、同人を被告車の運転手に選任したり事業の監督につき注意を怠つたことは全くなかつたものである。そして、真実本件事故当時、被告車には構造上の欠陥もしくは機能上の障害はなかつたものである。
したがつて、被告は民法七一五条所定の使用者責任及び自動車損害賠償保障法三条本文所定の責任を負うものではない。よつて、原告らの本訴請求は、いずれも棄却を免れないものである。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実中、右訴外遠藤運転の被告車が本件事故現場付近にさしかかつた際、進行方向左側道路に四台のダンプカーが停車しており、本件事故前、その右側道路を二台の車両が対向進行してきたので、その通過を俟つて被告車をその右側道路に進出させたのち、本件事故が発生したことはいずれも認める。しかし、同訴外人が、本件事故当時、前方及び後方の安全を確認して被告車を発進させたこと、前方約二〇〇メートル先の曲角までの間、対向してくる車両がなかつたこと、原告車の速度が六〇キロメートル以上であり、全然減速しなかつたこと、同訴外人が、被告車を停止させ、警音器を吹鳴したこと、本件事故が被告主張のような訴外亡明の前方注視義務違反等によつて発生したこと、被告が右訴外遠藤に対し被告車の運転についてその主張のような注意を与えていたこと、本件事故当時、被告車には構造上の欠陥もしくは機能上の障害がなかつたことはいずれも否認する。その余の事実はすべて知らない。
第三証拠〔略〕
理由
一 被告の責任原因
(一) 請求原因(一)の事実全部および訴外亡明が、原告ら主張の日時ごろ、その主張の国道を原告車を運転して塩釜市方面から石巻市方面に向つて進行中、反対方向から進行してきた被告従業員右訴外遠藤運転の被告保有にかかる被告車と正面衝突したため、その主張のころ、その主張のような傷害により前記病院で死亡したこと、本件事故前、同訴外人が被告車に旅客を乗せたうえ、その路線である津谷駅方面から北仙台駅方面に向けてこれを運転し、本件事故現場付近にさしかかつた際、被告車の進行方向左側道路にダンプカー四台が停車しており、その右側道路を二台の車両が対向進行してきたのでその通過を俟つて被告車をその右側道路に進出させたのち、本件事故が発生したこと、ならびに、本件事故当時、被告が同訴外人の使用者であつて、被告車を保有して被告の業務を執行するためにこれを運行の用に供していた際、本件事故が発生したことはいずれも当事者間に争いがない。
(二) 成立に争いのない甲第九号証、第一一号証の一ないし一三、第一二号証の一ないし一五、原告腰沢一彦本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第五号証の一ないし八、第六号証の一ないし六、証人小幡春之進の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第一号証、証人渡辺勉、長沢忍、熊谷育郎、加藤利一、佐藤勝子、伊勢次郎こと遠藤伊勢治郎、小幡春之進の各証言および検証の結果(ただし証人渡辺勉および長沢忍の各証言中後記認定に反する部分を除く。)を総合すると、次の事実が認められ、証人渡辺勉および長沢忍の各証言中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らしてたやすくこれを採用し難く、他に右事実を覆すに足る証拠はない。
1 本件事故現場の模様
(1) 右現場の位置および付近の状況
本件事故現場は、塩釜市方面から石巻市方面に通ずる国道四五号線路上(以下本件道路という。)で宮城バス左坂停留所から約二〇〇メートル東方に位置している。
(2) 道路の状況
右事故現場付近の本件道路は、幅員約七・三メートル、路面は平坦な歩車道の区別のないアスフアルト舗装で、両側には車道外則線を伴つていて、北側は側溝に、また、南側はすぐ路肩となつている。そして、前記左坂停留所は、ほぼ峠になつていて、その西方すなわち塩釜市方面はカーブの多い登り坂であり、その峠の東方すなわち石巻市方面は直線の下り坂で約二〇〇メートルの地点で南方にカーブしているが、そのカーブの最初の地点が本件事故現場にあたる。
(3) 見通し状況
本件道路は、前記のとおり塩釜市方面から峠まではカーブの多い登り坂であるが、その峠から本件事故現場に至る約二〇〇メートルの間はほぼ一直線となつているので、いずれからも見通しは良い。また、石巻市方面から本件事故現場に向つては、約一〇〇メートルの間はほぼ一直線となつているのでこの間の見通しは良いけれども、右事故現場の一〇メートルほど手前(同市寄り)からの前記峠に対する見通しは杉林などに妨げられているためこれを見通すことはできない。
(4) 交通標識
当裁判所による検証が実施された昭和四七年一〇月一三日当時、本件道路の中央にはこの道路に平行して白色のセンターラインおよび両側には白色の車外則線がそれぞれ引かれており、また、本件事故現場の付近には追越禁止などの警戒標識が立つており、右標識は容易に認め得る状況にあつた。
(5) 交通量およびスリツプ痕等
本件事故当時、右事故現場付近は晴天で明るく、車両の交通量は多かつたが、原被告車のスリツプ痕は見当らなかつた。
2 訴外遠藤伊勢治郎は被告のバス運転手であるが、本件事故日である昭和四五年七月一五日の午前五時五一分、被告津谷案内所同分発北仙台行の被告車(定期特急バス・車高約三・〇五メートル、車幅約二・四六メートル、車長約一〇・〇二メートル)を運転して本件事故現場付近にさしかかつた際、前記の如く本件道路左側に四台のダンプカー(四台の右ダンプカーは、いずれも大型車で、その端から端までの長さは目測で約三〇メートルあつた。)が停車(一番先頭のダンプカー一台は石巻市方面に、これに続くその余のダンプカー三台は仙台市方面にそれぞれ向つて停車)しており、自動車修理人が先頭から二台目のダンプカーの故障を修理している様子であつたので、いつたん、最後のダンプカーの後ろから一〇メートルほど離れた本件道路左側に被告車を停めたものの、なおも右修理に時間がかかり容易に右ダンプカーが動き出す気配がなかつたことおよび職務上通勤客等を定時に所定の停留所で乗降させなければならなかつたことから、右ダンプカーを追抜いて被告車を前進させようと考え、被告車を前記峠までの見通しの良くきく本件道路中央線付近(ただし、本件当時まだセンターラインはひかれていなかつた。)まで前進させて前方を注視したところ、前記の如く反対方向から二台の対向車がきたため、いつたん被告車を停めて右対向車を通過させた。そして、同訴外人は、さらに、前方および後方に対する安全確認をしたところ、後続車両はあつたものの特に被告車を追越そうとする車両はなく、また、前方にある前記峠までの間には対向進行してくる車両や障害物等が全くなかつたので、再び、四台の右ダンプカーを追抜こうと考え、被告車を発進させると同時に、方向指示器を挙げて被告車が本件道路右側部分を進行中であることを合図しながら対向車線である本件道路右側部分に進路を変更したうえ被告車を数メートルほど前進させたとき、始めて、前方約二〇〇メートル先にある前記峠付近の本件道路右側部分から毎時約五〇ないし六〇キロメートルの速度で対向進行してくる訴外亡明運転にかかる原告車(車高約一・四六三メートル、車幅約一・五五メートル、車長約四・二三メートル)を発見した。しかしながら、その際、右訴外遠藤は、訴外亡明も被告車や停車中の右ダンプカー等を認めて(前記道路条件からすれば、同訴外人も右被告車等を認め得る状況下にあつた。)被告車が右ダンプカー等を追抜いて無事本件道路左側部分に戻れるよう適宜原告車を徐行または停止させるなどして危険の発生を未然に防止してくれるものと信じたが、念のため直ちに、被告車を停車中の最後の右ダンプカーとほぼ並列するような形になつた状態で本件事故現場に停止させ、原告車の動向を注視していたところ、右期待に反して、同訴外人が前方に対する安全確認をしないで前記速度のまま原告車を対向進行させてくるので、衝突の危険を感じ、原告車が約八〇メートル前方に近づいてきたとき、警音器を吹鳴して注意を促したけれども、なおも同訴外人が減速等の措置を講じないで、前記速度のまま原告車を対向進行させてきたため、これとの衝突を避けようとして、被告車を元の本件道路左側部分に後退させようとした(この場合、被告車を前進させることは右道路条件や原告車の動向からして危険な状態にあつた)ものの、その部分にはすでに他の車両が停止し、その後ろにも多くの車両が連続して停つており、被告車を後退させるとこれらの車両と接触事故を惹起する危険性があつたため、やむなく、被告車を後退させないで本件事故現場に停めたままにしているうち、前記速度で対向進行してきた原告車がその前部を被告車左前部に衝突させて本件事故を発生させるに至つたものである。以上認定の事実によれば、訴外亡明は、前方を注視しながら安全な方法で原告車を運転し、もつて事故の発生を未然に防止すべき注意義務があつたにもかかわらずこれを怠り、慢然と前記高速度で原告車を対向進行させた過失により本件事故を発生させるに至つたものであることが明らかである。なお、被告は、本件事故当時、原告車にはブレーキ装置に故障があつた旨主張するけれども、本件全証拠を仔細に検討するも、これを確認するに足る証拠は存在しない。他方、訴外遠藤は、前方や後方に対する安全を確認しながら、道路交通法一七条四項三号、五三条一項、五四条、七〇条等の趣旨に則つて被告車を適切に運転していたものであつて、前記の如き状況下においては、訴外亡明も被告車を認めて同法七〇条の趣旨に従い原告車を減速または一時停止させる等の措置をとり未然に事故の発生を防止してくれるものと信じて被告車を本件事故現場に停止させたとしても無理からぬところであつて、被告車を後退させなかつたこと等をもつて、訴外遠藤に過失があつたものということはできない。もつとも、前掲各証拠によると、右訴外遠藤は、本件事故発生前、被告車に同乗していた車掌である訴外熊谷育郎を下車させ、同人に赤または白の小旗を持たせて被告車が本件道路の右側部分を進行中であることを合図させる等の手段を講じなかつたことが認められるけれども、同法自体このような手段を講ずべきことを要求していないばかりでなく本件の如き場合右訴外遠藤にこのような手段を講ずべきことまでも要求することは酷というべきであるから、右手段を講じなかつたことをもつて同訴外人に過失があつたものということもできない。
(三) そして、本件当時、被告が同訴外人の使用者であつて、被告者を保有して被告の業務を執行するためにこれを運行の用に供していた際本件事故が発生したことは当事者間に争いなきところ、本件事故はもつぱら訴外亡明の前方注視義務違反の過失に基づいて発生したものであつて、右訴外遠藤には右事故発生につきなんらも過失もなかつたものであるから、原告らは、同訴外人の使用者たる被告に対し、民法七一五条一項本文所定の責任を問うことはできないものというべきである。
(四) そこで進んで、被告につき自動車損害賠償保障法三条本文所定の責任があるか否かにつき判断するに、前掲甲第一一号証の一ないし四、証人小幡春之進の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第二号証の一、二、乙第三、第四号証、同証人、証人熊谷育郎、伊勢次郎こと遠藤伊勢治郎、大場久男、小幡春之進の各証言によると被告は自動車運送業等を営んでいたものであるが、かねて被告車の始発駅である津谷営業所に数名の運行管理者を置き、これらの運行管理者は、毎月右訴外遠藤を含む運転手、車掌らが同案内所に出勤するや、直ちに同人らの健康状態を確めたのち、同人らをして、同人らが当日運行する予定のバス(被告車を含む。)を点検させてこれらに構造上の欠陥や機能上の障害がないかを確認させ、次いで、同人らに対し、事故防止等に関する一般的・個別的注意事項を告げたうえ、これらを運行させていたほか、月一回の割合で津谷営業所懇談会を開催し、同営業所長、運行管理者および出席可能な乗務員等をして事故防止策等に関し種々協議をさせてきたこと、そして、右運行管理者は、本件事故発生の当日も、同訴外人らに対し健康状態を質したうえ被告車等の点検を行なわせ、これらに何らの構造上の欠陥や機能上の障害がないことを確認したのち、同訴外人らに対し、「悪路カーブは徐行するように」「急停車急発進をしないように」「左折の際、歩行者に注意するように」などと車両運行に関する一般的または個別的注意事項を告げたうえ、同訴外人らを被告車等に乗車させ、定時に同案内所から出発させたこと、本件事故発生直後における被告車の点検の結果、被告車には構造上の欠陥や機能上の障害は発見されなかつたことが認められ、これを左右するに足る証拠はない。
してみると、前記認定のとおり、本件事故は、被告車の運転者以外の者である訴外亡明の過失によつて生じたものであり、被告および訴外遠藤は被告車の運行について無過失であつたし、被告車には何ら構造上の欠陥や機能上の障害もなかつたことが明らかであるので、被告は自動車損害賠償保障法三条但書所定の免責要件をすべて主張立証したものというべきである。
二 よつて、原告らの被告に対する本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく、失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 松本朝光)