仙台地方裁判所 昭和48年(ヨ)96号 決定 1973年8月21日
債権者
佐藤隆男
外七名
右八名代理人
吉田幸彦
同
日野市朗
債務者
大慶企業株式会社
右代表者
西山圭夏
右代理人
蔵持和郎
同
阿部長
主文
債権者らの第一次的申請および第二次的申請をいずれも却下する。
理由
一、債権者らは、第一次的申請として「債務者は別紙物件目録(一)記載の土地上に建築予定の同目録(二)記載の建物の建築工事をしてはならない。執行官は右命令の趣旨を公示するため適当な方法をとることができる。」との裁判を求め、第二次的申請として、「債務者は別紙物件目録(一)記載の土地上に建築予定の同目録(二)記載の建物のうち、五階を超える部分の建築工事をしてはならない、執行官は右命令の趣旨を公示するため適当な方法をとることができる。」との裁判を求めた。その申請の理由の要旨は次のとおりである。
1 債権者らは別紙物件目録(一)記載の土地(以下本件土地という)の近隣の居住者であり、債務者は右土地上に同目録(二)記載の建物(マンション。以下本件建物という)の建築を計画し昭和四八年二月二四日建築確認を受け、同年四月着工の予定である。
2 本件建物が建築されると、債権者らの日照、通風、採光等はその受忍限度を超えて著るしく妨害される。
(一) 本件建物の建築による冬至の日影時間は次のとおりになる。
債権者大内 午前一〇時から午後一時まで
同 伊豆田 午前九時から正午まで
同 高橋 早朝から午前一一時まで
同 佐藤 (木工所・事務所)早朝から午後一時頃まで
(住居) 早朝から午前一〇時まで
同 菊地 早朝から午前一〇時三〇分頃まで
同 大久保 早朝から午前九時三〇分頃まで
同 半沢 午後三時以降
右日影時間は春秋分においても多少短かくなるに過ぎず、債権者らが本件建物による日影から解放されるのは夏至前後の極めて短かい期間に過ぎない。また、本件建物を五階建にした場合、冬至の日影時間は一一階建の場合とそう変りはないが、春秋分時において、佐藤木工所等を除き、債権者らの日照はほとんど妨害されないことになる。
(二) 右日照侵害の外、債権者大内、同伊豆田、同高橋および同佐藤の木工所・事務所は、本件建物のほぼ真南に位置し、本件建物が敷地のぎりぎり一杯に建築されるため、債権者佐藤の木工所・事務所と本件建物とは約三メートル同大内、伊豆田、高橋らの住居と本件建物とは約一三メートルしか離れていないため、右債権者らは真南よりの採光、通風がほとんど奪われ、南面で仰ぐ天空は著るしく狭まり、生活環境が著るしく悪化する。
また、本件建物は債権者大久保、同半沢の建物とほぼ0.3ないし0.6メートルの地点に地上一一階の高さで建築されるため、右債権者らの通風が著るしく侵害される外電波障害、ビル風等、生活環境が侵害される。
更に、本件建物の西側には窓がつけられる予定であるため、債権者菊地、同佐藤らの居宅内が見下されることになり、生活を常時盗み見されることになる等その生活が侵害される。
(三) 本件建物建築工事による工事騒音は一五〇ホーン以上であるが、債権者大内、同伊豆田宅には乳幼児がおり右工事が開始されると他に移転しなければならない。
また、本件建物は債権者大久保、同半沢の建物の至近距離に建築され、地下一階の建築工事がなされた場合、右債権者らの建物の損傷等が予想される。
3(一) 本件地域は商業地域、準防火地域に指定されているが、仙台市の中心的商業地域とは異なり、平屋ないし二階建の建築物が大部分を占め、五階以上の建築物はほとんどない。またその用途は住宅および商店が主であるが、商店の場合もその多くが住宅と併用されている。
(二) 建築基準法改正および都市計画法改正に伴ない新用途地域が指定されることになり、仙台市においては、昭和四八年四月二四日仙台市がその原案を作成し、同年五月一八日から同月二六日にかけて説明会を終了し、同年一〇月中には知事により決定されることになつている。
右仙台市原案によれば、本件地域の容積率は商業地域では最低の四〇〇ないし五〇〇パーセントであり、右新用途地域指定後は本件地域において容積率五〇〇パーセントを超える建物は建築を許可されないことになる。
本件建物の床面積は503.162平方メートルであるから、容積率五〇〇パーセントとするためには地上五階、地下一階までしか建築できない。
4 債務者は自らの居住の確保ではなく、営利を目的としてマンションを建築するものである。
このような場合債務者は近隣の生活者に対し最大限その生活利益を害しないよう注意して建築する義務を有する。本件建物の建築により日照等の利益は一方的にマンション居住者が享受し、債権者らは一方的に不利益を受けることも受忍義務を判断するうえで考慮されなければならない。
5 以上の事由から本件建物の建築については、債権者らは、物上請求権と人格権の複合的な構造を有する日照権を被保全権利としてその差止めを請求することができるものである。
6 本件建物の建築着工後はその被害の回復が著るしく困難になるので、保全の必要がある。
二、疎明資料によれば次の事実が認められる。
1(一) 債権者佐藤は本件土地の西北西15.7メートルの所に木造平家建居宅を所有して居住し(その敷地も同人所有)、また本件土地の北方一メートルの所に木造平家建の木工所・事務所を所有(その敷地は申請外佐藤千代子らの共有)するほか後記債権者大内、伊豆田、高橋居住建物を所有している。
債権者菊地は本件土地の西北西8.3メートルの所に木造二階建居宅を所有して居住している(その敷地は申請外佐藤千代子らの共有)。
債権者大内、伊豆田は本件土地の北方13.25メートルの所にそれぞれ鉄筋コンクリートブロック造二階建店舗兼居宅を債権者佐藤から賃借して居住し、債権者高橋は同所にある同構造の建物を債権者佐藤から賃借しているが、他所に居住して右賃借建物に通勤している。
債権者半沢は本件土地の東方0.26メートルの所に木造二階建店舗兼居宅を所有して居住している(その敷地も同人所有)。
債権者中条は本件土地の東方0.4メートルの所に木造二階建倉庫を有している(その敷地も同人所有)。
債権者大久保は本件土地の西方0.12メートルの所に木造二階建店舗兼作業所を所有し(その敷地も同人所有)ているが、他所に居住し右店舗兼作業所に通勤している。
(二) 債務者は本件土地上に別紙物件目録(二)記載のマンション(本件建物)を建築しようと計画し、右計画は建築基準法には合格しているので昭和四八年二月二四日建築確認を受けた。
本件建物の構造、高さ、建築面積、延べ面積は右目録(二)記載のとおりであり、建物の東西13.5ないし16.3メートル、南北約36.5メートルである。右確認申請書添付図面によれば、本件建物は本件土地の東側境界(債権者半沢との隣接部分)から0.21メートル、西側境界(債権者大久保との隣接部分)から0.25ないし0.41メートル、北側境界(債権者佐藤との隣接部分)から0.2ないし0.7メートルそれぞれ内側に建築の予定になつている。
(三) その後債務者は設計を変更し、東側北側各境界から更に約0.3メートル後退させることにした。
2(一) 本件建物が建築された場合これにより債権者らの建物が日影になる時間はおよそ次のとおりである(午前九時から午後四時までの間において、債権者らの建物の垂直投影面積中半分以上が日影内にある時間による。なお右記のように本件建物は一部設計変更されたが、仙台市に変更申請等をしていないので、変更前の日影図によることとする)。
冬至 春秋分 夏至
佐藤(住居) 9.00−9.30 なし なし
佐藤(木工所) 9.00−12.30 9.00−12.00 なし
菊地 9.00−10.00 9.00−9.30 9.00−9.30
大内 10.00−12.30 11.00−12.00 なし
伊豆田 9.00−11.30 10.00−11.30 なし
高橋 9.00−10.30 10.00−11.00 なし
半沢 14.30−16.00 14.30−16.00 13.30−16.00
大久保 9.00−9.30 9.00−10.00 9.00−10.00
(二) 前記債権者らの建物と本件建物との位置距離関係や本件建物の構造・高さなどからすれば、債権者佐藤の木工所・事務所、大内、伊豆田、高橋らの住居等は真南からの採光や通風が妨げられ、南西で仰ぐ天空が狭まるなど生活環境が悪化することが推認される。
また債権者大久保、半沢の建物と本件建物との位置距離関係等によれば、右債権者らの建物の通風、採光等が悪化することも窺われる。
3、本件土地は商業地域、準防火地域に指定されている。
なお債権者ら主張の新用途地域指定に関する仙台市原案によれば、本件土地の容積率は四〇〇ないし五〇〇パーセントであるから、右新用途地域指定後は(この指定は県知事により昭和四八年末までになされることになつている)、本件土地上に本件建物の面積の如き建物を建築する場合は原則として地下一階、地上五階までしか建築確認をうけられないことになるが、一般的には本件地域においては新用途地域指定後も容積率の範囲内では建築される建物の高さに制限はない。
三、前認定の事実によれば、本件土地の北側建物に居住する債権者大内、同伊豆田の受ける日照、採光等の妨害による被害がもつとも大きいと認められるが、その日照の妨害の程度が前記のとおり冬至において二時間半であり、本件地域が商業地域であることに照らすと、前記認定のような本件土地の将来の地域性や本件建物がマンションであること等を合わせ考えても、右債権者らの受ける日照、採光、通風等の被害が本件建築工事の禁止を理由あらしめる程度に著るしく受忍の限度を超えたものとは認め難く、他に右受忍限度を超えた日照等の妨害の存在を認めるにたりる疎明はない。
その他の債権者らについては、前認定の諸事実を総合して考えると、その受ける日照等の妨害の程度が右受忍の限度を超えたものであるとはとうてい認め難く、他にこれを認めるにたりる疎明はない。
四、よつて、債権者らの本件第一次、第二次の仮処分申請はいずれもその被保全権利につき疎明がないことに帰し、かつ疎明に代る保証を立てさせてこれを認容するのも相当でないと認められるのでこれを却下することとし、主文のとおり決定する。
(伊藤和男 後藤一男 小圷真史)
物件目録
(一) 仙台市昭和町八番の三
宅地 632.335平方メートル
同市同町八番の二〇
宅地 132.23平方メートル
同市同町八番の三九
宅地 35.14平方メートル
(二) 鉄骨鉄筋コンクリート造地上一一階地下一階建共同住宅
高さ 地上30.85メートル
建築面積 503.162平方メートル
延べ面積 5769.061平方メートル