仙台地方裁判所 昭和48年(行ウ)7号 判決 1976年10月18日
原告 丸貿産商株式会社 ほか一名
被告 仙台中税務署長
訴訟代理人 宮北登 橘内剛造 山田昇 ほか五名
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判<省略>
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 原告会社は、原告阿部の妻阿部操を代表取締役とし、原告阿部自らも株主となつている同族会社であつて、仙台市東一番丁八四番および八七番等の各宅地上に存する地下一階地上七階建店舗兼事務所(以下仙台中央ビルという。)の管理運営等をなし、専らこれを他に賃貸することを業とする株式会社であるがその昭和四三年一〇月一日から昭和四四年九月三〇日までの事業年度分法人税をゼロとする旨の確定申告に対し、被告は昭和四五年六月二四日に、右法人税額を四七七三万六〇〇〇円と更正し、かつ過少申告加算税二三八万六八〇〇円を賦課する旨の決定をなして通知した。そこで原告会社は、同年一〇月二日被告に対し、国税通則法二三条二項一号の規定に基づき、その課税標準等を改めて税額を四四万八五〇〇円とする旨の更正請求をした。
2 原告阿部は、仙台中央ビルの敷地の所有者であるが、その昭和四四年度分所得税合計五四七万八五一六円(分離譲渡所得分四二四万二五〇〇円、不動産所得分一二三万六〇一六円)の納税申告をしたが、昭和四五年一〇月六日被告に対し、前記法条により、当該年度分の不動産所得にかかる税額をゼロとする旨の更正請求をした。
3 原告らが、前記法条により更正の請求をした理由は、次のとおりである。すなわち、原告会社に対する被告の更正処分および原告阿部の納税申告は、仙台中央ビルの所有名義が原告会社となつていた当時に行なわれたもので、被告の原告会社に対する更正処分による税額は、右ビルを原告会社の所有とし、同ビルの敷地について、原告阿部より原告会社に借地権の贈与があつたものと認定してなされたものであり、また原告阿部の申告はその敷地のみの賃貸による収益についてなされたものである。しかしながら、仙台中央ビルは新築当初原告阿部個人の所有であつたところ、融資先からの要請により昭和四四年九月二九日に原告会社の所有として保存登記等がなされたものであつて、その後右ビルの所有関係を改めることとなり、昭和四五年九月一八日に仙台簡易裁判所において原告会社と原告阿部との間で、右ビルの所有権者を原告阿部とする起訴前の和解が成立し、これにより原告阿部は原告会社に対し、従前の敷地のほか、地上の右ビルをも賃貸することとなつたもので、右ビルの所有者が阿部個人となつた関係上、原告会社の法人税については借地権の贈与の問題が消滅し、したがつてこの分に対する課税ないし過少申告加算税の点も解消することとなり、原告阿部申告の所得税についても、右ビルを原告阿部より原告会社に賃貸する関係上、その必要経費等の算定から、かえつて納税額の減少をみることとなつた。
4 原告らの各更正請求につき、被告は昭和四六年五月三一日付で原告らに対し各更正すべき理由がない旨の通知処分をなした(但し、原告会社に対しては、同日付で法人税額を四四二〇万八六〇〇円、過少申告加算税を二二一万〇四〇〇円とする再更正をなしている。)ので、原告らは右通知処分を不服とし、同年七月三〇日付で被告に対し、それぞれ異議申立をしたところ、被告より原告会社に対しては同年一〇月一二日付、原告阿部に対しては同年一一月一五日付で、それぞれ異議申立棄却の決定がなされた。
そこで、更に国税不服審判所長に対し、原告会社は同年一一月一一日付、原告阿部は同年一二月一一日付をもつて、それぞれ審査請求をなしたところ、同審判所長は昭和四八年七月七日付で、いずれも審査請求を棄却する旨の裁決をなし、同裁決書は同年八月一五日付で原告らに送達された。
5 以上の次第であるから、被告の原告らに対する各通知処分は、国税通則法二三条の規定する救済の趣旨に背き、かつ租税に関して指導を重視する法の趣旨にも添わず、ひいては課税の公平を著しく阻害することとなるので、これが救済を求める。
二 答弁
1 請求原因に対する認否
(一)請求原因1、2、4項の各事実は認める。
(二) 同3項の事実中、仙台中央ビルが原告会社の所有名義であること、原告会社に対し敷地について借地権の贈与があつたものと認定して更正処分を行なつたこと、原告阿部の所得税確定申告には右敷地の原告会社に対する賃貸料が収益として計算されていること、昭和四四年九月二九日に右ビルが原告会社の所有として保存登記がなされたこと、昭和四五年九月一八日に仙台簡易裁判所において原告会社と原告阿部との間に右ビルの所有権者を原告阿部であるとする起訴前の和解が成立したことは、いずれも認め、その余は争う。
(三) 同5項は争う。
2 被告の主張
原告らは、仙台中央ビルの所有権者を原告阿部とする起訴前の和解が成立したことにより、その所得金額の計算基礎が和解成立前と異なることを理由に、それぞれ更正の請求をなしたものである。しかしながら、右ビルの所有権者は経済的にも実質的にも建築当初から原告会社であることが明らかであるから、右和解は実態を反映した客観的合理性のあるものとは認められず、したがつて国税通則法二三条二項一号による更正をすべき理由とはならないので、被告は同条四項により昭和四六年五月二一日付で更正すべき理由がない旨の通知処分をなしたものである。
三 被告の主張に対する原告らの答弁
1 認否
被告主張の事実のうち、仙台中央ビルの所有権者は経済的にも実質的にも建築当初から原告会社であることが明らかであるから、右和解は実態を反映した客観的合理性のあるものとは認められず、したがつて、国税通則法二三条二項一号による更正すべき理由とはならないとの点を否認し、その余は認める。
2 原告らの主張
(一) 被告は、原告会社と原告阿部との間になされた起訴前の和解の結果を、経済的にも実質的にも実態を反映した客観的合理性のないものとし、国税通則法二三条二項一号の定める理由とはならないと主張するが、右和解の結果である仙台中央ビルの所有者を原告阿部とすることは、経済的・実質的にみて当然であり、客観的合理性を有する。すなわち、原告会社は資本金わずかに一〇〇万円の小会社であつて、自らは仙台中央ビル建設の能力を全く持ち合わせず、その経営の対象たる右ビルは、原告阿部がその経済的実力により個人所有の宅地に抵当権を設定して一億五〇〇〇万円の借り受けをなし(なお、借主は原告会社名義であるが、その実質は原告阿部個人の借り入れである。)、更に同人所有の他の不動産を売却する等によつて得た金員の中から約三〇〇〇万円を注入して建設したので、原告会社独自で右建設資金を調達することは経済常識上全くあり得ないところであつた。したがつて、右ビルは実質的にも経済的にも原告阿部の建設した建物であることが明らかである。されば、元来原告阿部の所有として建設し、その所有名義で登記することに何等の抵抗もなかつたわけであるが、原告らの税法上の取り扱いに対する無知から、これを経営上の便宜のためのみから原告会社の所有のごとく処理したものである。
したがつて、本来の性質からみて、これを原告阿部個人の所有に改めることは、何等その実質を損なうことにはならないのである。
(二) 国税通則法二三条二項一号は、課税の実質的不公平を是正し、納税上の社会正義ないし公平の実現を期するために設けられたものであるが、原告らは本件の場合、本来何等の無理なく原告阿部の所有名義となし得た仙台中央ビルを、税法上の無知から原告会社の所有名義にしたため、予期しない重課税に直面することとなり、これを合法的に正しく回避するため右救済規定に則つて、その理由を正確に開陳し起訴前の和解となつたものであり、その間何等不正な脱税等の意図を内包するところはなかつたのであるから、当然右規定による救済を受け得るものである。
四 被告の反論
1 原告らは、本件起訴前の和解も正当な裁判上の和解であるから国税通則法二三条二項一号に定める更正すべき理由があると主張する。
しかしながら、昭和四五年改正前の国税通則法二三条(更正の請求)は、納税申告書を提出した者が、その申告等に係る税額等が過大であることを知つた場合に法定申告期限から二月以内に限り税務署長に対し、その税額等につき、更正をすべき請求をすることができる旨を定めていたが、昭和四五年法律第八号により右二月の期間を原則として一年間に延長することに改めるとともに、新たに特例として課税標準等の計算上右納税申告書を提出した者の責に帰すことができないやむを得ない後発的な一定の事実が発生した場合は、右一定の事実が発生した日の翌日から二月以内に限り例外的に更正の請求を認めることとし、同法二三条に右一定の事実に該当する場合の例外規定として第二項を設けて納税者の正当な権利の救済を計つたものである。したがつて、単に形式的な要件を備えているからといつて、すべて右特例が適用されるものではなく、実質的に納税申告書を提出した者の責に帰すことができない客観的合理性のある要件を備えていなければ右適用はないものであり、このことは、右二三条二項の立法趣旨並びに条理上からも明らかである。
ところで、本件起訴前の和解は、昭和四五年六月二四日付法人税更正処分が基因となり、右更正処分を免れる目的で原告阿部とその特殊関係にある原告会社との間に行なわれたものであり、このように法人税の更正処分を免れる目的以外に何ら客観的かつ合理的理由もないのに行つた本件起訴前の和解をもつて、右一定の事実が発生した場合に該当するとは到底いい得ない。よつて、原告らの右主張は失当である。
第三証拠<省略>
理由
一 請求原因1、2、4項の事実および同3項の事実中、仙台中央ビルが原告会社の所有名義であり、昭和四四年九月二九日にその旨保存登記がなされたこと、被告が原告会社に対し右ビルの敷地について原告阿部から借地権の贈与があつたものと認定して更正処分を行なつたこと、原告阿部の本件所得税確定申告には右敷地の原告会社に対する賃貸料が収益として計上されていること、昭和四五年九月一八日仙台簡易裁判所において原告会社と原告阿部との間に右ビルの所有権者を原告阿部とする起訴前の和解が成立したことは、いずれも当事者間に争いがない。
二 原告らは、本件起訴前の和解によつて仙台中央ビルの所有関係に変動が生じたものとして、国税通則法二三条二項一号により更正の請求をするので、右起訴前の和解が同法によつて更正をすべき理由となりうるか否かについて検討する。
1 国税通則法二三条二項一号は、「その申告、更正又は決定に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となつた事実に関する訴えについての判決(判決と同一の効力を有する和解その他の行為を含む。)により、その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したとき。………」と規定している。
右規定は、申告時には予知し得なかつた事態その他やむを得ない事由がその後において生じたことにより、さかのぼつて税額の減額等をなすべきこととなつた場合に、これを税務署側の一方的な更正の処分に委ねることなく、納税者側からもその更正を請求し得ることとして、納税者の権利救済の途を拡充したものであり、ここに言う「判決と同一の効力を有する和解」には、起訴前の和解も原則として含まれると解すべきである。ただ右条項にいう「和解」とは、その立法趣旨に照らして、当事者間に権利関係についての争いがあり、確定申告当時その権利関係の帰属が明確となつていなかつた場合に、その後当事者間の互譲の結果権利関係が明確となり、確定申告当時の権利関係と異なつた権利関係が生じたような場合になされた和解を指すと解すべきであるから、起訴前の和解の場合にも右と同様に解するのが相当である。したがつて、右のような場合ではなく、専ら当事者間で税金を免れる目的のもとに馴れ合いでなされた和解など客観的・合理的根拠を欠くものは右条項にいう「和解」には含まれないものと解すべきである。
2 そこで、本件につき判断するに、まず原告らは右起訴前の和解により右ビルの所有権者を原告会社から原告阿部に変更したことは経済的、実質的にみて当然であり、客観的合理性を有する旨主張するが、<証拠省略>によれば、原告会社はその設立後仙台中央ビルを原告阿部所有の敷地に建設することとなり、右ビルの工事請負契約や市役所に対する建築確認申請および完了申請をいずれも原告会社名義でなし、右ビルの建築費用を銀行から借り入れる際にも、原告阿部所有の土地を担保としているものの、借主の名義は原告会社であり、その後の返済も原告会社がこれに当たつていること、建築費用の一部については原告阿部も出資していること、昭和四三年一〇月一日原告会社と原告阿部との間に、右ビルの敷地について、原告会社を借主、原告阿部を貸主として賃料月四〇万円、期間昭和四三年一〇月一日から昭和四八年九月三〇日までとする賃貸借契約が締結されたこと、原告会社の本件事業年度終了当時の決算報告書には、右ビルは原告会社が訴外東海興業株式会社仙台営業所から取得し、同社に右事業年度終了当時六七六三万八〇〇〇円の未払金を有し、また原告阿部に対し右ビルの敷地につき右賃貸借契約に基づく昭和四三年一〇月分から昭和四四年九月分までの賃料四八〇万円が支払われており、さらに右ビルの入居予定者から入居保証金を取得している旨それぞれ記載されていること、原告会社の本件事業年度確定申告書にも右ビルの取得価額として二億五六四〇万円が計上されていること、昭和四四年九月二九日受付で右ビルの所有権保存登記が原告会社名でなされたことなどの事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
右認定にかかる仙台中央ビルの建築に至る経緯およびその後本件確定申告に至るまでの経過等をみると、右ビルは原告会社によつて建築されたものであつて、その所有権は当初から経済的・実質的にも原告会社にあつたものと認めるのが相当である。もつとも、建築資金について原告阿部が一部出費したほかその所有不動産に担保を設定したことがあるけれども、このことは原告会社が原告阿部を含む同族会社であるという性格からみれば、当然の成行きであり、これをもつて直ちに原告阿部が右ビルの真の所有権者であると認めるのは相当でない。してみると原告らの右主張は理由がないこととなる。
3 次に、原告らは、本件起訴前の和解は、右に述べたほか、原告らの税法上の無知から仙台中央ビルを原告会社の所有名義とした結果予期しない重課税に直面したので、これを合法的に回避するためになされた旨主張するが、前記のごとく、右ビルの所有権者は当初から原告会社と認められるところ、前掲各証拠によると、原告らの間でなされた本件起訴前の和解は、専ら原告会社に課せられた多額の法人税を免れるため原告らによつて故意になされたものであることが認められ、そこに何ら客観的・合理的理由を見出すことはできないから、原告らの右主張も理由がないこととなる。
4 結局のところ、本件起訴前の和解は、原告らが原告会社と原告阿部との間に真実の所有関係の変動がないのにかかわらず、専ら多額の法人税を免れる目的のもとになされたものであるから、これをもつて国税通則法二三条二項一号にいう更正の請求をなし得る「和解」とは言えないこととなる。
したがつて、被告の原告らに対する各更正すべき理由がない旨の通知処分は適法であつたというべきである
三 よつて、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石川良雄 松本朝光 栗栖勲)